さぁ、ノモンハン事変の始まりだ。
満蒙国境線においてモンゴル軍騎兵隊が国境をこえて警戒の兵を銃撃する事件に端を発する。これまでも散発的に銃撃戦が勃発してきた。遂に日ソの軍隊が進出するところまで至る。そこに政府間の交渉はなく現場単位で急に発生した。
「無謀な拡大を避けつつ電撃反撃で抑えよ」
牟田口は現地に急行しながら的確な指示を飛ばす。お互いに本格的な展開はできていなかった。まずは騎兵と歩兵の衝突を確認できる。蒙古軍の文字通りの騎兵隊に対して装甲車部隊が応戦した。重機関銃を以て蹴散らしたが無理な反撃は行わずに退いている。その決断を褒めながら無駄な拡大は慎んで反撃に徹するように命じた。
「私が機甲部隊を送る。それまで忍耐を強いる。航空機を派遣するから、なんとか、耐えるんだ」
最前線の偵察隊は指示をしっかりと守る。偵察行動は継続するが交戦は可能な限りで回避した。蒙古軍はソ連軍と交代したようで陣地の再構築を確認している。装甲車だけでなく小型二輪車を用いた隠密偵察が地味な活躍を見せた。強力な戦車と装甲車、榴弾砲を視認して詳細を追加で報告している。
これに対して現地師団も陣地を構築した。牟田口の制止を聞いて防御に徹する。敵陣を包囲するなど攻勢は慎んだ。その間も敵軍は増強していると悲痛な報告を続けた。機甲部隊を急がせていると言うが到着はいつになるのか。このままでは撃破されかねず、こちらか打って出るしかない、そう思い詰めた。牟田口の一手が指し込まれる。
「ま、まさか…」
「無線機は直らんのか!」
「ダメです。部品単位で交換せねば…」
「万事休す。これまで…」
前線の偵察隊が絶望しているところに耳に入って来たのは敵軍の砲撃でなかった。空から腹まで響いて来る重低音は航空機のもの。それがどこから来るかだ。敵陣側から来れば紛れもなく敵機である。無線機は故障のため動かなかった。識別する方法は目視以外に用意されない。恐る恐ると空を見上げた。彼らの頭上を乳白色の機影が通過していく。
「味方だ! 味方の航空機だ!」
「頼む! あいつらを吹っ飛ばしてくれ!」
「いけぇ! なんなら、俺らも吹っ飛ばしてもいいぞ!」
「ばか! 本当にそうしたらどうする!」
牟田口は色々と省略して航空隊に出撃命令を下した。前線に偵察隊と所属先の師団が展開して苦境を強いられている。彼らを支援するために襲撃機と直接協同偵察機を中心とした即応部隊が組まれた。双発の重爆撃機たちは準備が求められる。すぐにエンジンをふかして短距離で離陸できる単発機が貴重な戦力となった。一見して貧弱な機体も簡単に扱えることが込められる。
現場に到着した九九式襲撃機、九七式襲撃機、九八式襲撃機は低空から侵入した。まさか敵機が襲来するとは予想だにしていない。この時は地上部隊の防空は意識外だ。重機関銃を対空に用いるぐらい。最新の九九式襲撃機は20mm機関砲すら無力化する重装甲を備えて敵軍の対空砲火をものともせずに突貫した。
「全機へ! 砲兵を優先して叩く! 装甲車や戦車は銃撃で仕留める! 槍を組め!」
「露助が叩き返してやるさ」
「ワレに続けぃ!」
目視で友軍と敵軍を識別すると敵陣へ突撃を敢行する。その見た目こそ古めかしいが合理的だった。固定脚は極めて頑丈で荒れた前線飛行場でも離着陸できる。固定武装は主翼に集中して同調装置を省略した。低空の運動性を重視した設計が組まれている。主要区画に装甲を張ることで防御力も確保した。武装は主翼に12.7mm機関砲2門を基本に20mm機関砲ガンポッド2門を追加する。主翼(胴体側)と胴体で合計して400kgまで爆弾を装備した。当初は200kgまでの予定が牟田口が「非力すぎる」と小規模な改造で倍増を手繰り寄せる。航続距離を犠牲に払うが近接航空支援では気にならなかった。
「どんなに大口径の榴弾砲でも動けなければ鉄屑に過ぎまい。一番機は爆撃! 二番機は銃撃! 三番機は爆撃! 四番機は銃撃! 弾と燃料が尽きるまで叩く!」
「了解!」
「満州のつむじ風だ。見せてやる!」
4機を小隊と設定して計16機の中隊が攻撃を行う。彼らは試行錯誤を重ねて一つの戦術を編み出した。一直線になって眼下の砲兵陣地へ緩やかなアプローチを開始する。ソ連軍の自慢たる122mmと152mmの重カノンに等しい榴弾砲は最優先に破壊すべきだ。戦車や装甲車はまだ機甲部隊が対応できる。大口径榴弾砲は圧倒的な威力を押し付けてきた。攻撃に用いても防御に用いても何でも活躍できる。それ故に失った際の戦力低下は著しかった。
一番機が爆弾を投下して二番機が銃撃を加える。初撃で兵器の本体と操作する人員を面で叩いた。三番機も同様に爆弾を投下して四番機が銃撃を追加する。つむじ風と可愛い名称だった。そこに残るは榴弾砲の残骸とソ連兵の屍の列である。死神の列が通過した後は死しか残らなかった。これが燃料と弾が続く限りは継続される。爆弾は早々に空となるが機銃弾は残っていた。20mm機関砲は装甲車ならば容易に破壊でき、戦車もよく狙えばエンジンなど脆弱な部分を破壊でき、一時的でも戦闘不能に追い込める。
「敵砲兵陣地は壊滅すれど主力は健在と認める。砲撃支援の必要あり」
「了解。弾着観測求む」
「すでに配置についている。いつでもどうぞ」
「素晴らしい。ありがたし。今すぐに第一射を放り投げる」
襲撃機が暴れ回る様子を冷静に眺めていた。九八式直接協同偵察機である。戦場の何でも屋と働いた。今日は襲撃機の攻撃を俯瞰して状況を正しく把握すると後方へ伝達する。航空隊は一時的な救援の性質が強く、継続的な攻撃には向かず、まさにつむじ風だった。長期的にして壊滅的な損害を与えるためには暴風が如き砲撃が求められる。
敵軍砲兵陣地は壊滅状態だが本体は未だ健在だった。戦車と装甲車が集結を始めて攻撃か移動の用意をしている。航空隊が再び現れるまでに退避するのか、それとも死中に活を求めて攻撃するのか、どちらにせよ結末は変わらなかった。直協は友軍砲兵隊と連携した弾着観測射撃を実施する。低空をゆっくりと旋回していた。
「お、きたきた」
「相変わらず耳が良いな」
「それぐらいしか良い所がありません」
「卑屈になるな。俺は戦闘機を下ろされて観測機乗りだが誇りに思っている。砲兵隊は俺たちがいなければ戦えないんだ」
「弾着…今です」
どんぴしゃり。敵陣を囲むようにして弾着が相次いでいる。地面に穴を多数設けたが狙いは少しずれていた。目視から得られた情報を頭の中で言語化する。そのまま中距離無線機でわかりやすく伝えた。情報を濁さずに伝えることは重要だが、正しく理解してもらうことも欠かせず、誰にもできそうでありながら適性を見定める。直協の使い勝手が良さから侮られがちだ。戦場の便利屋は縁の下の力持ちと活躍しようではないか。
「九六式15cm榴弾砲と九二式10cm加農砲です」
「すごいな。観測手にピッタリだ」
「ジッカの方が低弾道なので精密性なら…」
「わかった。それで行こう」
弾着の様子から砲口径まで予測できることは十分に誇ってよかった。その方に詳しいのか特性まで理解している。それを元手に修正を新たに送った。ソ連軍に負けていない。第二射と第三射が撃ち込まれて地上に爆発が連鎖した。高地という地形が変わってしまう程の猛烈な砲撃である。積年の恨みとでも言いたげだった。確かに、これまで幾度となく事件と処理されたが一方的に攻撃されている。仲間が非業の死を遂げることもあった。今こそ復讐を合法的に行う。
「砲撃の続行を要請する。偵察隊の撤収を支援されたし」
続く