葛城ミサトの言葉:
「――ってなわけで、アンタには今日からエヴァのパイロットをやってもらうわよ! 準備はいい?」
比企谷八幡の心境:
……は? パイロット? 何を言っているんだこのアラサー独身美酒女史は。華の高校生活を謳歌しているはずの俺が、なぜ突然人類の存亡をかけた特務機関の兵器に乗らなきゃならないんだ。しかも機体が暴走して精神汚染されてトラウマを抉られる未来しか見えない。絶対割に合わない。拒否権は、ないらしい。
だがしかし――。
ミサト:
「あ、ちなみに。パイロット用の宿舎だけど、現在男子寮が満室でね。当面の間、すでに住んでる子とルームシェアしてもらうから」
八幡:
「……はあ。まあ、男同士でイビキがどうとかよりはマシですかね」
ミサト:
「ううん、女の子よ」
八幡:
「……はい?」
扉が開き、そこに立っていたのは、包帯を纏った無機質な少女――綾波レイだった。
レイ:
「……私は綾波レイ。初号機の、パイロット」
八幡:
「…………」
(――数秒の沈黙)
(やれやれ、と心の中で盛大なため息をつく八幡。赤の他人の家事手伝いや距離感のバグった共同生活を想像し、胃のあたりが重くなる。しかし、ふと脳裏をかすめる。……待てよ? もし相手が、あの綾波レイなのだとしたら――?)
八幡:
「……レイ、か。まぁ、いいさ」
レイ:
「……何が?」
八幡:
「いや。どうせろくな人間関係など築けないし、青春なんて幻想を爆撃される職場だ。だが……綾波と同居ってんなら、話は別だ」
レイ:
「……?」
八幡:
「必要以上に干渉してこないし、冷蔵庫のプリンを勝手に食われる心配もなさそうだしな。お互い『痛み』に慣れてる者同士、一定の不可侵条約さえ結べば、これほど精神的にラクな同居生活もない……かもしれない」
不気味なほどに静かで、けれど妙に居心地のいい(あるいは諦めに満ちた)共同生活の幕が、こうしてひっそりと上がってしまったのだった。
戦闘中のワンシーン:暴走する絶望の中で
状況: 使徒との激しい戦闘。初号機が活動限界を迎え、圧倒的な力の前にレイが危機に陥ったとき。
レイ(心の中 / 通信):
「……私は、人形じゃない。……私には、行く場所が……」
八幡:
「おい、通信回線つけっぱなしだぞ綾波。……まったく、どいつもこいつも自分を安売りしすぎなんだよ。お前の代わりなんていくらでもいる、とかネルフの偉い連中は言うかもしれないがな……」
ガチャッ、と八幡が乗る機体のレバーが荒々しく押し込まれる。
八幡:
「――あいにく、俺の狭い狭い世界じゃあ、お前が消えたら普通に飯がまずくなるんでね。……引っ込んでろ、レイ!」
むき出しの敵意と泥臭い執念で使徒の猛撃に割り込み、身を挺してレイの機体をかばう八幡。
レイ:
「……! 比企谷くん、どうして……。私は、命令に従っているだけ……。あなたを庇う必要なんて、ないのに……」
戸惑いながら、視界の隅でボロボロになりながらも自分を守るように立つ八幡の機体を見つめ、レイの胸の奥で、言語化できない小さな波紋が揺れる。
私生活・学校でのワンシーン:日常の不条理
状況: 任務のない休日、あるいは学校の教室にて。一般人に擬態するよう命じられた二人の一コマ。
お昼休み、教室の自分の席にて。
レイ:
「……比企谷くん。どうして、いつも私から一定の距離を保ちつつ、クラスの男子が話しかけてくると、絶妙なタイミングで視線による威圧と『あ、俺用事あるんで』という露骨な回避行動をとるの?」
八幡:
「……ん? いや、別に。ただ、お前みたいな『一歩間違えば宗教の教祖かミステリアス系美少女として全校のトピックになりかねない天然記念物』が、変にリア充どもの馴れ合いに巻き込まれると、こっちの平穏まで脅かされるからな。防衛策の一環だ」
レイ:
「防衛策……。でも、さっき購買で私がパンを選んでいるときも、後ろから『そっちは売り切れた、焼きそばパンにしておけ、こっちの方がカロリー対コスパが良い』と、私の意思とは無関係に選択肢を狭めてきたのは、なぜ?」
八幡:
「……お前、惣菜パンの選び方ひとつで『この子は世間知らずなんだろうか』と周囲に無駄な詮索をされるリスクを考えたことがあるのか。あれはだな、お前が『普通の中学生(を装った何か)』として平穏無事に生きるための、俺なりの優しさ……じゃなくて、保身だ、保身」
目を丸くし、じっと八幡の横顔を見つめるレイ。
レイ:
「……わからない。あなたがしていることは、非効率で、無駄が多くて、危険だわ。……どうして、そこまで私に関わるの?」
八幡:
「……さあな。誰も傷つかない世界なんて嘘っぱちだし、優しさなんて大抵は偽善だけどさ……」
窓の外を流れゆく雲を見つめながら、八幡はぼそっと呟く。
八幡:
「少なくとも、自分の目の前で誰かがすり減っていくのを見続けるのは、胃に穴が開きそうなくらい悪趣味なんだよ。――だから、お前はただそこにぼーっとしてろ。面倒事はだいたい俺が引き受けてやるからさ」
レイ:
「…………」
初めて向けられる、打算のない、けれどどこか重苦しいほどの庇護欲。
言葉の意味を理解しようとまばたきを一つしたレイの頬に、ふわりと、少しだけあたたかな風が吹き抜けるような、そんな不思議な戸惑いが残された――。
その瞬間のワンシーン
場所: 誰のいない放課後の旧校舎、あるいは静まり返ったネルフの自室。夕日が差し込む薄暗い部屋の中。
レイ:
「……どうして、そこまで私を守るの? 傷つくことも、損をすることも分かっているのに……。私には、分からない。もしかして、あなたは私に……」
真っ直ぐに見つめてくる赤い瞳に気圧されつつも、八幡はいつも通りの気だるげな目をわずかに細め、けれど逃げずにその視線を受け止める。
八幡:
「――惚れてるからだ」
レイ:
「……?」
一瞬、頭の中で言葉の意味がフリーズする。
レイはわずかに首を傾げ、その言葉の意味を探ろうとまばたきをした。
レイ:
「……ほれてる、とは。……好意、ということ? でも、私たちは出会ったばかりで、お互いのことなんて何も……」
理屈で理解しようと眉をひそめるレイの言葉を遮るように、八幡はふっと小さく息をついた。
いつもならここで茶化したり、照れ隠しに毒を吐いたりするところなのに、今日の彼はどこか真剣だった。
八幡:
「理屈やデータで割り切れるなら、もっと楽だったんだけどな」
呟きながら、八幡はレイの細い肩を引き寄せ、迷いのない手つきでその唇に自らのそれを重ねた。
レイ:
「っ……!?」
頭の芯が真っ白になるような、予期せぬ接触。
目を見開いたまま固まるレイの頬に、八幡の指先が優しく触れる。
ほんの数秒の、けれど永遠のようにも感じられる静寂のあと、八幡はゆっくりと顔を離した。
どこか照れくさそうに、しかし真っ直ぐにレイを見据えて、低い声で呟く。
八幡:
「……こう言う意味だ。分かったか?」
レイ:
「…………」
言葉を失い、自分の唇にそっと指先を触れるレイ。
頭の中は思考回路のショートを起こしたように混乱しているのに、耳の奥で、そして胸の内で、今まで聞いたこともないような激しい音が響いていた。
ドクン、ドクン、ドクン――。
普段は凪のように静かだったはずの心臓が、まるで壊れたみたいにうるさく、早鐘を打っている。
熱を持った頬が、自分の身体が「生きていて、感情を持っている」のだと、嫌でも彼女に突きつけていた。
レイ:
「……心臓が、うるさい……」
放課後の教室、あるいはネルフの静かな廊下
授業中も、整備班の調整を待っている間も、ふとした瞬間に脳裏によぎるのは、気だるげに目を伏せるあの少年の顔。
レイ(心の中):
……おかしい。
使徒の分析をしているときも、計算式を解いているときも、思考の端に彼の気配が割り込んでくる。
これは論理的なエラーだ。私の精神状態に、何か致命的なバグが生じている……。
居ても立ってもいられなくなったレイは、当の本人――部活をサボって窓際で文庫本を読んでいる八幡の元へと足を向けていた。
レイ:
「……比企谷くん」
八幡:
「ん? なんだよ綾波。……うわ、そんな真剣な顔してどうした。また使徒でも襲ってきたのか?」
本をパタンと閉じ、いつもの面倒くさそうな顔を隠しながら身構える八幡。しかしレイは、じっと彼の目をまっすぐに見つめたまま、一歩近づいた。
レイ:
「最近、私はおかしい」
八幡:
「は? おかしいって、熱でもあんのか?」
レイ:
「熱ではない。……ただ、何をしていても、あなたのことを考えてしまう。胸の奥が締め付けられて、心臓がうるさくて、何も手につかなくなる。……私は、故障したの?」
真剣すぎる瞳で、自分の異常(=恋心)を故障扱いして不安そうに問うレイ。
その純粋すぎる直球に、八幡はしばし絶句し、やがて頭を抱えて盛大な溜息をついた。
八幡:
「……っぶねぇ。お前、たまにそういうとんでもない爆弾を真顔で投下してくるから油断ならねぇな……」
耳まで真っ赤にしながら、気まずそうに視線をそらす八幡。しかし、逃げずにしっかりとレイの問いを受け止めると、ふっと自嘲気味に笑った。
八幡:
「故障じゃねぇよ。……つーか、それを世間一般じゃあな……」
言い淀みながらも、八幡は少しだけ声のトーンを落とす。
八幡:
「『成長した』って言うんじゃないのか?」
レイ:
「……せい、ちょう?」
首をかしげるレイに、八幡は少しだけ照れくさそうに、けれど優しく付け加えた。
八幡:
「あぁ。命令に従うだけのただの人形から、自分の意志で誰かを想って、悩んで、心を備えた人間になったってことだろ。……まぁ、おかげこっちは毎日気が気じゃねぇけどさ」
レイ:
「……私が、人間になった……」
八幡の言葉を、レイはゆっくりと反芻する。
胸の奥で暴れていた激しい鼓動が、恐怖ではなく、あたたかな熱となって全身に満ちていくのを感じた。
それはきっと、彼女が初めて「自分自身の心」で選んだ、かけがえのない答えだった――。
静まり返った自室、あるいは誰もいない放課後の教室
夕暮れの光が差し込む部屋。二人の距離は、いつの間にか息がかかるほどに近くなっていた。
ふいに、レイが真っ直ぐに八幡を見上げる。
その青い瞳には、迷いではなく、ほんの少しの決意と、まだ名前を知らない熱が宿っていた。
八幡:
「……なんだよ、そんな至近距離で。顔にゴミでもついてるか?」
照れ隠しを混ぜた毒を吐こうとした瞬間、レイは背伸びをし、躊躇いなく自らの唇を八幡のそれに重ねた。
八幡:
「っ……!?」
先ほどとは違い、今度は完全に不意打ちだった。
目を見開いて固まる八幡の腕を、レイはそっと、けれどしっかりと掴む。
わずか数秒で離れようとしたレイの腰を、八幡は反射的に、けれど優しく引き寄せた。
レイ:
「……ん……」
小さく息が漏れ、唇が離れたあと。
レイはわずかに頬を染めながらも、潤んだ瞳でじっと八幡を見つめた。
八幡:
「おまっ……急に何やってんだよ、全く……」
耳まで真っ赤に染め上げ、動揺を隠せない様子で顔をそむけようとする八幡。そんな彼に、レイは淡々と、けれどどこか熱を帯びた声で告げた。
レイ:
「……なぜ、って顔をしている」
八幡:
「そりゃあするだろ! 女子がなぁ、こう、だな……!」
レイ:
「……知りたいから。あなたに触れて、心臓がうるさくなって、胸が痛くなって……その理由が、もっとわかる気がするから」
理屈ではなく、本能と感情のままに紡がれたレイの言葉に、八幡の動きがぴたりと止まった。
ひねくれた防壁も、自嘲的なセリフも、この純粋すぎる少女の熱の前には完全に無力だった。
八幡:
「……っ、狡いこと言うなよ、まったく……」
小さく呟いた後、八幡の瞳の色が変わる。
いつもの気だるげな色気は消え失せ、隠しきれない独占欲と、愛おしさがその表情に滲んでいた。
八幡:
「……これでも食らえ。もっと分かるようにしてやるよ」
逃がさないとばかりに、八幡はレイの頭を優しく支え、今度は自ら深く唇を奪った。
言葉や理屈を超えた、熱くて甘い接触。
頭の芯がトロリと溶けるような感覚の中、レイの胸の奥で、先ほどを遥かに超える爆発的な勢いで心臓が跳ね上がった。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ――!
壊れてしまうのではないかと思うほどの激しい鼓動と、息ができないほどの熱量。
けれど、それが苦しいとは微塵も思わない。
彼のぬくもりに包まれるたび、自分が「ここに生きている」という実感が、レイの全てを満たしていくのだった――。
二人だけの静寂の中で
八幡:
「……いいか、よく聞けよ、綾波」
少し掠れた、けれどまっすぐな声。
レイは、潤んだ瞳のままじっと彼を見上げた。その横顔には、いつもの冷たさではなく、ひりつくほどの強い決意が宿っている。
八幡:
「世界がどうなろうと、人類補完計画とかいう胡散臭いシナリオがどうとか知ったこっちゃない。エヴァのパイロットの宿命だの、代わりはいくらでもいるだの、そんなふざけた理屈は俺の辞書にはないんだ」
レイ:
「……比企谷くん……?」
八幡:
「だから、どんな運命が待ち受けてようと――俺が、お前を死なせない」
迷いのない断言。
それは、誰かを守るために傷つくことを恐れなかった、このひねくれた少年が出せる、世界で一番誠実で、一番重たい「愛の言葉」だった。
その言葉を聞いた瞬間、レイの胸の奥で、先ほどまでの激しい鼓動がふっと優しい温かさに変わる。
レイ(心の中):
……世界がどうなってもいい。
誰も私を必要としなくてもいい。
ただ、この人が――私のために、私を死なせないと言ってくれる。
言葉にならない感情が、胸の深くに波紋を広げていく。
冷たい人形だった自分に、生きる理由を、体温を、未来をくれたこの少年。
(これが……)
小さく息を呑み、レイは八幡の胸元にそっと手を添えた。
(これが、『惚れる』ということ……なの?)
ずっと知らなかった感情の名前を、ようやく見つけた気がした。
不安も恐怖も溶かしていくようなその確信に包まれながら、レイは初めて、ほんのりと、けれど確かに頬を赤らめて小さくうなずくのだった。
最終決戦のワンシーン
状況:
圧倒的な物量を誇る使徒の猛攻。防戦一方となった八幡の機体を守るため、綾波レイの乗る零号機が自らの全リソースを投げ出し、文字通り「盾」となって突撃する。
レイ(通信 / 震える声):
「――比企谷くんを、死なせない……。私は、人形じゃない……!」
ガキィィン! と装甲がひしゃげる凄まじい音。
零号機が使徒の直撃を受け、計器が砕け散り、モニターの向こうでレイが激しく苦悶の声を漏らす。
八幡:
「……綾波っ……!!」
画面越しに血を流すレイの姿を見た瞬間、八幡の中で何かがプツリと音を立ててブチ切れた。
合理性も、保身も、ひねくれた斜に構えた哲学も、すべてが吹き飛ぶ。
八幡:
「――ふざけんな……っ!!」
リミッターを外した初号機が、暴走すれすれの狂気と執念を纏って咆哮する。
二度目のキスで誓い合った「死なせない」という約束が、八幡の体を極限まで突き動かしていた。
圧倒的な暴力と泥臭い怒りの奔流が、使徒のコアを抉り貫き、一刀両断のもとに粉砕する。
静まり返った戦場。活動限界を迎えた初号機から、八幡は焦燥に駆られたまま這い出るようにしてレイのエントリープラグへと駆け寄った。
瓦礫の中の再会と、プロポーズ
ハッチが開き、ボロボロになりながらも奇跡的に命を取り留めたレイを、八幡は力強く、壊れ物を扱うように抱きしめた。
八幡:
「……っ、バカかお前は。なんでそんな無茶をするんだよ……! 死んでたらどうするんだよ……!」
レイ:
「……だって、あなたが……私を、死なせないって……」
腕の中で息を整えながら、レイは零号機のモニターで見せたのと同じ、けれどどこか途方に暮れたような、不思議な表情を浮かべる。
初めて知る激しい感情と、安堵と、胸を焦がすような熱の波に呑まれて、レイはうまく言葉を見つけられなかった。
レイ:
「……私、分からない。こんなとき、どんな顔を……どんな風に笑えばいいのか……分からないの……」
戦いの終わりと、生き残った安堵の中で、泣き方も笑い方も忘れていた少女が、零れた涙を拭うこともできずにぽつりと零す。
そんなレイの頬に、煤と汗に汚れた八幡の手がそっと触れた。
彼はこれまでにないほど優しく、けれど逃げ場のないほどまっすぐに、その瞳を見つめ返す。
八幡:
「――笑わなくていい。泣くなよ」
レイ:
「……比企谷くん……?」
八幡:
「どんな顔をすればいいか分からないなら……これからはずっと、俺の隣で笑っていろ。――結婚してくれ、レイ」
それは、使徒との戦いも、世界がどう転ぶかも関係ない。
すべてを終わらせて、すべてを始めた、不器用で最高に誠実なプロポーズだった。
レイ:
「…………!」
目を見開いたレイの胸の奥で、世界が生まれ変わるような音がした。
恐怖でも、使命でもない。ただひとりの人間に愛され、未来を望まれるという奇跡。
頬を濡らした涙がふっと消え去り、レイはこれまでの人生で一度も浮かべたことのないような、眩いほどの、心からの笑みを咲かせた。
レイ:
「……うん。……あなたと、ずっと一緒いる」
荒れ果てた世界の真ん中で、二人は固く手を取り合い、決して奪われない明日へと踏み出すのだった――。
放課後の教室、あるいはネルフの控室にて
状況:
これまでは感情の起伏がほとんどなく、ロボットのように淡々としていたレイ。しかし、八幡と心を通わせ、キスをし、「結婚」という重すぎる未来を約束して以来、彼女の内部システムには深刻なエラー(=恋心による動揺)が発生し続けていた。
机に向かって参考書を開いているはずなのに、視線はなぜか、数メートル先で気だるそうに窓の外を眺めている八幡に吸い寄せられてしまう。
レイ(心の中):
……また、見つめてしまった。
いけない。私は今、自分の任務(自習)に集中しなければならないのに……。
どうして、彼が近くにいるだけで、呼吸の仕方が分からなくなるの?
意識すればするほど、心臓があの時のようにうるさく鳴り出す。
居ても立ってもいられなくなったレイは、教科書を持ったまま、なぜか不自然なロボットのような動きで立ち上がった。
コツ、コツ、コツ……と、妙に硬い足音を立てながら八幡の机に近づくレイ。
八幡:
「ん? なんだよ綾波。そんなガッチガチの直立不動で……って、おい、またそんなに顔真っ赤にして、どうしたんだよ」
いつものように面倒くさそうに振り返った八幡だが、目の前で挙動不審にモジモジしているレイの姿を見て、一瞬で言葉を詰まらせた。
レイ:
「ど、どうも……してない。私は、いたって正常な、普通の女子高生、の、はず……」
八幡:
「いや、どこがだよ。語尾が微妙に震えてるし、今めっちゃ目が泳いでるぞ。あと持ってるの、教科書じゃなくて国語辞典の逆さまだし」
レイ:
「っ……!」
指摘されて自分の手元を見たレイは、耳まで真っ赤に染め上げ、慌てて辞典を正しい向きに直そうとして、盛大に床に落とした。
ガシャアッ! と響く大きな音。
八幡:
「うわっ、危ねぇな! 怪我はねぇのかよ」
サッと身を乗り出してレイの手首を掴み、心配そうに覗き込む八幡。
そのあまりに近すぎる距離と、優しい体温に触れた瞬間、レイの挙動不審さは限界を突破した。
レイ:
「わっ、触らないで……じゃなくて、触ってもいいけど、いま私は、心拍数が規定値を超えていて、思考回路がショートして、その、ええと……!」
両手で自分の真っ赤な頬をパタパタと必死に扇ぎながら、あっちを向いたりこっちを向いたり、小動物のようにソワソワと落ち着きなく身体を揺らすレイ。
かつての人形としての面影はどこへやら、あまりの可愛すぎる狼狽えように、八幡は心の中で盛大に頭を抱えた。
八幡:
「(……っ、破壊力抜群すぎんだろ、この圧倒的ヒロイン感……! いや、俺の知ってる綾波はどこに行ったんだよ!)」
顔を真っ赤にしつつも、照れ隠しにいつものひねくれた調子を作ろうとする八幡。
八幡:
「お前なぁ……そんなにソワソワして、俺の顔になんかついてるのかよ」
レイ:
「ついてない……。ただ、あなたが近くにいると……落ち着かないの。目が合うと、胸が締め付けられて、何も考えられなくなる。……どうして、そんなに平然としていられるの?」
潤んだ瞳で、トロンと少し熱を帯びた目で、まっすぐ自分を見上げて抗議(?)してくるレイ。
その破壊力に、さっきまで余裕ぶっていた八幡の防御力は一瞬でゼロになった。
八幡:
「……平然としてるわけねぇだろ。こっちは毎秒心臓に悪いんだよ……!」
観念したように頭をガシガシとかきむしり、八幡はレイの手をそっと自分の大きな手に包み込んだ。
八幡:
「ほら、座れよ。……そんなにソワソワされると、俺まで変な汗かくだろ」
レイ:
「……うん」
促されるまま八幡の隣の席にちょこんと座り、けれど繋がれた手だけは絶対に離そうとしないレイ。
相変わらず心臓はうるさく跳ねているけれど、彼の隣にいるその場所だけは、世界で一番温かくて、安心できる居場所だった――。
――あれからしばらく経っても、あのとき交わした言葉の余韻は、二人の間に消えることはなかった。
あのプロポーズが夢だったのではないかと、ときどき不安になるレイと、彼女を真っ直ぐに愛し続ける八幡の、静かで熱い一幕。
静かな夕暮れの帰り道、あるいは二人だけの部屋で
夕日が長く伸びる廊下、あるいは静まり返ったリビング。
レイは落ち着かない様子で自分の服の裾をキュッと握りしめ、意を決したように八幡の顔を見上げた。
レイ:
「……比企谷くん」
八幡:
「ん? どうした急に。また国語辞典でも逆さに持って……」
冗談めかして笑おうとした八幡だったが、レイの真剣すぎる、けれどどこか震えている瞳を見て、スッと表情を引き締めた。
レイ:
「あのとき……。『結婚してくれ』って、言った。……あれは、本当なの? 夢や、あの極限状態の錯覚なんかじゃない……?」
心の奥底にずっと引っかかっていた、けれど確かめずにはいられなかった問い。
自分がこんなにも誰かを想い、誰かに必要とされることがまだどこか信じられなくて、レイの青い瞳にはわずかな不安が揺れていた。
そんなレイの心中を察したのか、八幡はふっと小さく息をつき、隠しきれない照れくささを誤魔化すように頭を軽く掻いた。
八幡:
「……おいおい。男が一生に一度(かもしれない)勝負所で吐いたセリフを、そう簡単に聞き返して蒸し返すなよ」
レイ:
「っ……」
わずかに顔を曇らせかけたレイの肩に、八幡は大きな手をそっと置き、今度は逃げ場のないほどまっすぐに、その目をしっかりと見据えた。
八幡:
「忘れてねぇよ。……あれは気の迷いでも、その場のノリでもない」
レイ:
「……っ」
八幡:
「世界がどう転ぼうと、この先どんな面倒なトラブルに巻き込まれようと……俺の隣に並ぶのは、他の誰でもなく、お前しかいないと思ったんだ。だから、本気だし、取り消すつもりもねぇよ」
飾り気のない、けれどこれ以上ないほど誠実な言葉。
その響きが、レイの胸の奥にあった小さな不安を優しく、完全に溶かしていく。
ずっと孤独で、代わりなんていくらでもいると思い込んでいた人形だった少女。
その「たった一人の特別」として、この男の隣に選ばれたという揺るぎない事実。
あふれそうになった感情が、胸の奥からこみ上げてくる。
レイ:
「……っ、ぐっ……」
八幡:
「お、おい、どうした!? なんで泣くんだよ、俺なんか変なこと言ったか……っ!?」
急に大粒の涙をぽろぽろとこぼし始めたレイを見て、八幡は激しく動揺し、あたふたとハンカチを探し始める。
しかしレイは、泣きながらも首を横に振る。
悲しいわけでも、苦しいわけでもない。ただ、胸がいっぱいで、あたたかくて、どうしようもなく嬉しくて――涙が止まらなかった。
レイ:
「……ううん。悲しくない……。ただ、胸が……あたたかくて、嬉しくて……」
涙に濡れた瞳のまま、レイはふっと息を呑むような、これまでにないほど綺麗で優しい笑みを浮かべた。
レイ:
「……ありがとう、比企谷くん。私を、見つけてくれて……私を、選んでくれて……」
溢れる涙を拭おうともせず、レイはまっすぐに八幡の胸に飛び込み、その背中にそっと腕を回した。
八幡:
「……まったく、泣き顔も反則的だな」
苦笑しながらも、八幡は愛おしそうにレイを強く抱きしめ返す。
不器用な二人が巡り合い、世界で一番確かな絆を結んだその場所には、もう二度と冷たい孤独が入り込む隙間など残されていなかった――。
甘い静寂の中でのやり取り
八幡:
「つーかさ。仮に俺が『あぁ、そんなこと言ったっけな』ってしれっと忘れたフリでもしたら、お前どうするつもりだったんだよ」
ちょっと悪戯っぽく片眉を上げて見せる八幡。
レイは驚いたように目を見張り、少しだけ頬を膨らませて、ふっと息を漏らした。
レイ:
「……そんなこと、言うの?」
八幡:
「いや、あくまで『もし』の話だろ。『もし』の」
レイ:
「……いじわる」
ぽふ、と。
今までそんな可愛い仕草なんてしたこともなかったはずのレイが、小さく拳を握りしめ、八幡の胸をコツンと軽く叩いた。
八幡:
「っ……!?」
レイ:
「そんな冗談、言わないで。……私は、真剣なのに」
少し潤んだ瞳で、まっすぐ不満(と愛おしさ)を訴えてくるレイ。
そのあまりに直球で、反則的な可愛さに、八幡の胸の裏側が激しく打ち抜かれた。
(――くそっ、このロボット系美少女、いつの間にこんな破壊力抜群の技を覚えたんだ……!)
照れ隠しと愛おしさがごちゃ混ぜになりながら、八幡はふっと小さく息を吐いた。
そして、諦めたような、けれど最高に優しい笑みを浮かべる。
八幡:
「あぁ、そうだな。……俺は世界一のイジワル野郎だよ」
呟きながら、八幡はスッと右手を伸ばし、レイの細く白い顎をそっと指先で持ち上げた。
「ん……?」と戸惑うように見上げてくるレイの視線を逃さず、八幡はその唇に自分のそれをゆっくりと重ねた。
レイ:
「っ……ん……」
言葉の続きをふさぐような、優しくて深いキス。
甘い熱が二人を包み込み、先ほどよりも一層激しく、けれど心地よく、レイの心臓が胸のなかで大きく跳ねる。
わずかに唇が離れたあと、赤く染まった頬のまま息を整えるレイに、八幡は愛おしそうに囁いた。
八幡:
「……これ以上ないくらい、本気だろ? もう二度と、そんな不安にさせねぇよ」
レイ:
「……うん」
とろんと蕩けそうな瞳でうなずき、レイは再び八幡の胸にそっと額を預けた。
不器用な二人が紡ぐ甘い時間は、世界のどこよりも温かく、静かに満ちていくのだった――。
鈴音を響かせる赤の女王と、鉄壁の拒絶
――甘い余韻に浸っていた二人の平穏(?)な空間に、ガチャリと乱暴にドアが開く音が響いた。
突然の乱入者、そして秒速のフラグ粉砕
状況:
ネルフ本部の廊下、あるいは二人で過ごしていた部屋に、ドイツ帰り(あるいは第3新東京市にやってきたばかり)のあのプライドの高い少女が突入してきた。
惣流・アスカ・ラングレー:
「ちょっとアンタたち! いつの間にイチャイチャしてのよ! 全っ然、気が利かないんだから!」
両手を腰に当て、ツインテールを揺らしながらズカズカと歩いてくるアスカ。
選ばれたパイロットとしてのプライドと、年頃の女子としての好奇心が入り混じった顔で、八幡とレイをジロジロと観察するように睨みつける。
アスカ:
「へぇ、これが噂のもう一人のパイロット、比企谷八幡ね? なんかこう……目つきの悪い、まるでやる気のないダメ男じゃない! ねぇアンタ、私と組んだら、少しはカッコつく……」
アスカが面白半分でグイグイと八幡に詰め寄り、肩を掴もうとしたその瞬間。
八幡:
「――すまん。俺は婚約者がいるから」
無表情、かつ一ミリの迷いもない声で、八幡はそう言い放ちながら、背後にいたレイの背中をそっと引き寄せ、自分の背後にピタリと庇った。
アスカ:
「……はあぁ!?」
アスカは開いた口が塞がらないといった様子で、ぴょんと飛び跳ねるように驚愕の声を上げた。
アスカ:
「こ、婚約者!? アンタたちまだ中学生(高校生)でしょ!? なに言ってのよ、冗談よね!? ねぇ、綾波も何か言いなさいよ!」
突然の展開に目を丸くし、アスカと、自分の肩に添えられた八幡の手を交互に見つめるレイ。
レイ:
「……冗談じゃない。私たちは、結婚の約束をした」
少しだけ誇らしげに、そしてどこか勝ち誇ったような(あるいはアスカの勢いに圧倒されつつも隠しきれない幸福感をにじませた)トーンで、レイはハッキリと言い切った。
アスカ:
「は、はあぁぁぁ——っ!? 綾波が……あの無口なロボット人形が、結婚!? 世界の終わりより衝撃的なんですけど!?」
耳まで真っ赤にして頭を抱えるアスカをよそに、八幡は冷ややかな目でフッと息をつく。
八幡:
「そういうわけだから、これ以上余計なちょっかいを出してくるなよ、帰国子女お嬢様。俺たちの平穏な新婚生活(?)の邪魔をする奴は、使徒より容赦なく撃滅するからな」
レイ:
「……うん。容赦しない」
アスカ:
「ちょっと、私を邪魔者扱いしないでよ! ていうか、なんなのこのアツアツっぷりは……! もういいわよ、二人して勝手に爆発しちゃいなさいよね――っ!」
顔を真っ赤にして地団駄を踏み、捨て台詞を残して勢いよく走り去っていくアスカ。
パタン、と扉が閉まり、再び静けさが戻った部屋で、八幡はふうっと大きく肩の力を抜いた。
八幡:
「やれやれ……相変わらずなぎ倒していくタイプの台風だな、あいつは」
レイ:
「……うるさかった。でも……」
八幡ん? と振り返った八幡の袖を、レイがキュッと小さく引っ張った。
見上げると、レイはどこか嬉しそうな、茶目っ気すら感じる静かな笑みを浮かべていた。
レイ:
「……婚約者、っていう響き。……悪くない」
八幡:
「っ……なっ……!」
不意打ちの破壊力高すぎる一言に、今度は完全に面食らった八幡が顔を真っ赤にする番だった。
相変わらずペースを握られっぱなしの二人だけど、その穏やかな空気は、世界で一番温かいものに包まれていた――。
赤き溶鉱炉の底と、突然の宣戦布告
――「婚約者がいるから」とアスカを秒速でフラグ粉砕したのも束の間、二人の日常には容赦なく「ネルフの過酷な任務」が牙を剥く。
地底深くのマグマの中で活動する使徒の殲滅――いわゆる『マグマダイバー』の作戦が開始された。
溶鉱炉の底での死闘
状況:
溶鉱炉の熱と高圧に耐えかね、アスカの乗る2号機の冷却機能が限界を迎えようとしていたその時。予期せぬトラブルにより、アスカは灼熱のマグマの海へと投げ出されそうになっていた。
アスカ(通信 / 絶叫):
「嘘……! 冗談じゃないわよ、こんなところで……っ!」
赤く染まるモニターの向こうで、絶望に顔を歪めるアスカ。
その瞬間、轟音を立ててマグマの海へ飛び込んだ影があった。比企谷八幡の乗る初号機だ。
八幡(通信):
「……やれやれ、これだから他人の面倒はごめんなんだよ」
愚痴をこぼしながらも、初号機は渾身の出力で2号機の拘束具を掴み、灼熱の熱風と蒸気を気合でねじ伏せながら、アスカの機体を安全圏へと引きずり出した。
救出劇の果ての、まさかの爆弾発言
作戦終了後、ドックの冷却ベイ。
ボロボロになったエントリープラグから這い出してきたアスカを、八幡は冷ややかな目で、けれど確かな足取りで迎えに行った。
八幡:
「おい、無茶すんなよ帰国子女。お前が溶けたら、こっちの耳がキツイお説教で埋まるんだからな」
アスカ:
「……っ!」
息を荒げ、ヘルメットを脱いだアスカは、顔を真っ赤に染めながら、助けられた悔しさと動揺で目を潤わせていた。
しかし、彼女のプライドはそのまま素直に「ありがとう」と言うことを許さない。
アスカ:
「べ、別に頼んでないわよ……! 勝手に飛び込んできて……かっこつけてんじゃないわよ、このダメ男!」
強がるように怒鳴るアスカだったが、その心臓は先ほどとは違う意味でバクバクと激しく鳴り響いていた。
――死の恐怖の底で、自分を迷いなく救い出してくれた泥臭い少年。その背中は、アスカの少女の心を容赦なく撃ち抜いていた。
カッと顔を赤らめたアスカは、悔しそうに歯を噛み締めると、突如として信じられない宣言をブチ上げた。
アスカ:
「っ……! こうなったら責任取りなさいよ! 綾波ばっかりズルいんだから、私だって……!
――今日から私も、アンタと結婚するからね!」
八幡:
「……はあぁ!?」
遠くでそれを聞いていたレイ:
「…………っ!?」
狼狽えるレイ、混乱する八幡
ドックの隅でそのやり取りを聞いていたレイは、持っていた整備用のタブレットを落としそうになるほど激しく動揺した。
レイ(心の中):
……け、結婚?
アスカが……比企谷くんに……?
私以外の人間が、彼との未来を……そんなの、聞いてない。私の心臓が、またうるさくなってきた。これは異常事態だ、どうすればいいの……!?
普段は決して表情を崩さないレイが、青い瞳を激しく揺らし、オロオロと両手をどうしていいか分からずその場でソワソワし始める。
八幡:
「おいおいおい、待て待て待て! なんだ急に! 冗談キツいぞお嬢様!」
アスカ:
「冗談じゃないわよ! 命の恩人に惚れるって相場が決まってるの! 覚悟しなさいよ、このタラシ!」
頭を抱えて絶叫する八幡と、顔を真っ赤にして地団駄を踏むアスカ。
そして、その修羅場(?)の遠く後ろで、冷や汗を流しながらも「私と結婚するって言ったのに……」と半泣きになりかけているレイ。
世界の運命は救ったものの、比企谷八幡の平穏な(?)新婚生活への道は、前途多難すぎてすでに崩壊寸前だった――!
二人のヒロインと、荒療治な「口止め」
――「私だってアンタと結婚するからね!」というアスカの爆弾発言。
その場に響いた宣言に、普段は凪のように静かなレイの内部システムは完全にバグを起こしていた。
ドックの隅、静まり返る空気の中での修羅場
レイ:
「…………」
いつもなら無表情で感情を読ませないレイが、珍しく両頬をプクーッと膨らませ、不満を隠しきれない様子でツカツカと八幡の元へ歩み寄ってきた。
いわゆる「プンプン」という擬音語がこれほど似合わない少女も珍しいが、今の彼女は間違いなく怒っていた。
八幡:
「お、おい綾波……そんな怖い顔して、どうした……っ」
レイ:
「……比企谷くんは、私のだから」
ぶっきらぼうに、けれど熱を帯びた声でアスカをキッと睨みつけながら、レイは八幡の腕をギュッと両手で掴み、自分の陣地を主張するようにピタリと密着した。
アスカ:
「なっ……! ちょっと綾波、いつの間にそんな強い口調を覚えたのよ! 私だって本気だし、第一『婚約』なんてただの口約束でしょ? 正式に入籍したわけじゃないんだから、法律的には全然チャンスはあるわよ!」
負けじと両手を腰に当て、ツインテールを揺らしながら言い返すアスカ。
八幡:
「いや勝手に法律を持ち出すな。つーか、なんでお前らの間で勝手に俺の争奪戦が始まってんだよ、こっちは一切そんな覚えは……」
アスカ:
「黙ってなさいよ、このタラシ!」
レイ:
「……黙ってて、比企谷くん」
一歩も引かない二人の美少女から同時に睨みつけられ、八幡は冷や汗をダラダラと流しながら天を仰いだ。
(――なんだこれ。地獄か? 天国かもしれないけど胃に穴が空くタイプの地獄だぞこれ……っ!)
これ以上言い争いを続けられたら、自分のライフ(精神力)が零号機のごとく大破しかねないと悟った八幡。
彼は大きく息を吸い込むと、ヤケクソ半分、決死の覚悟半分で、電光石火の行動に出た。
八幡:
「――めんどくせぇ!」
アスカ・レイ:
「「え……?」」
八幡は左右に立っていた二人の肩をガシッと掴み、文字通り、両側から同時(あるいは間髪入れず連続)にその唇をふさいだ。
まず、右にいたレイの唇に自分のそれを深く重ね、驚いて目を見開かせた次の瞬間、素早く左に向き直り、硬直していたアスカの唇をも容赦なく奪い去った。
アスカ:
「んっ……!? な、なっ……!?」
レイ:
「っ……ん……!」
ほんの数秒の、けれど周囲の空気が一瞬で沸騰するような強引な口止め。
パッと離れたあと、八幡は盛大に息を整えながら、両頬を真っ赤に染めて固まっている二人をそれぞれの鋭い(けれどどこか気まずそうな)目で見据えた。
八幡:
「……これで分かったか? どっちがどうとか、これ以上余計な理屈をこねる奴は、全員まとめてこうして黙らせるから覚悟しとけ」
アスカ:
「あ、アンタ……! いきなり何やってるのよこの変態バカ男――っ!!」
耳まで、いや首元まで真っ赤に染め上げ、手で自分の唇を押さえてパニックを起こすアスカ。
一方のレイは、頭から湯気が出そうなほど顔を赤くしながらも、ふらふらと八幡の服の裾を掴み、潤んだ瞳でぼそっと呟いた。
レイ:
「……ずるい。でも……私だけに、して……」
八幡:
「(――はい、自爆特攻終了……!)」
呆然と頭を抱える八幡と、怒鳴りながらも完全にペースを狂わされたアスカ、そしてすっかりトロンと骨抜きにされたレイ。
世界の危機を救ったはずの特務機関ネルフは、今日も今日とて、比企谷家の(勝手な)痴話喧嘩で大混乱に包まれていたのだった――!
二人のヒロインと、許せないけど抗えない熱
――「全員まとめて黙らせる」という荒療治をかましたものの、結果としてアスカの闘争心(と乙女心)に火をつけてしまったらしい。
それからというもの、アスカはすっかり「私だって婚約者の一人よ!」と堂々と主張するようになっていた。
ネルフ本部の廊下、あるいは作戦準備室の一角
いつものように八幡の隣をキープしつつ、不機嫌そうに頬を膨らませているレイ。
少し離れたところでは、「ねぇアンタ、今日の夕飯の買い出しは私に付き合いなさいよ!」とアスカが勝手にスケジュールを組んでいる。
レイ:
「……比企谷くん」
八幡:
「ん? どうした綾波」
レイ:
「……なんとかして。あの子、毎日私たちの距離を詰めすぎている。私の隣は、私の場所なのに」
珍しく苛立ちを隠さず、八幡の袖をキュッと引っ張るレイ。その青い瞳は、嫉妬と不満で潤んでいた。
そんなレイを見下ろし、八幡はやれやれと盛大なため息をつく。
八幡:
「いや、俺に言われてもな……。あいつはあいつで、態度はデカいけど中身はガラス細工みたいなもんだろ。誰かに必要とされたくて、必死に自分の居場所を探してるだけだ。……あの不器用な生き様を、今さら俺が突っぱねるわけにもいかないんだよ」
レイ:
「……」
八幡:
「お前と同じだよ。放っといたら勝手に自滅しそうな奴を、見捨てるほど俺は冷酷になれねぇの。……悪ぃな」
どこか優しく、けれど諭すように言う八幡。
レイはしばらくじっと彼の顔を見つめていたが、やがて不満そうに目を細め、小さく吐き捨てるように言った。
レイ:
「……女たらし」
八幡:
「ぶっ……! おまっ、誰のせいでこうなったと思ってんだよ!」
図星を刺されて盛大にむせる八幡。
しかし次の瞬間、レイはふっと表情を緩め、わずかに上気した頬のまま、彼の首にスッと両手を回した。
レイ:
「……もう。なら、私にも同じようにして」
八幡:
「は……っ?」
言葉が終わるより早く、レイは背伸びをして八幡の唇に自分のそれを重ねた。
先ほどのアスカへの牽制の意味も込めて、今度はレイの方から、逃がさないとばかりに深く、熱を帯びたキスをねだる。
八幡:
「っ……おい、綾波……?」
戸惑いながらも、八幡はその細い腰を自然に支え、より深く、甘い熱を溶け込ませるように押し返す。
数秒後、息を整えるためにそっと離れたレイの瞳は、潤みきってとろんと蕩けていた。
真っ赤に染まった顔で、彼女はかすれた息を吐く。
レイ:
「……納得、いかない。あの子を許したわけじゃない……」
八幡:
「なら、なんでそんな顔してんだよ……」
レイ:
「……いかない、のに。あなたのこういうところを見せられると……身体が、熱くなって、頭が真っ白になって……抗えなくなる。……ずるい、比企谷くん」
不満を言っているはずなのに、声も身体も完全に骨抜きにされ、八幡の胸元に崩れそうになりながらしがみついてくるレイ。
そのあまりに愛おしい矛盾に、八幡は苦笑しながらも、優しく彼女を強く抱きしめ直すのだった――。
静かな夜の優しさと、こぼれ落ちる涙
――二人のヒロインに振り回され、すっかり疲れ果てて自室のソファで眠りこけてしまった八幡。
静まり返った部屋の中で、物語はまた少し、予想外の温もりへと動き出す。
真夜中の静寂、あるいは誰もいないリビング
状況:
任務の疲れからか、珍しくソファで深く眠っている八幡。
その傍らに音もなく歩み寄ったレイは、じっと彼の寝顔を見つめていた。周囲には誰もいない。今なら、誰にも邪魔されず、自分の本当の気持ちをそのまま彼に伝えることができる。
レイはそっと身をかがめ、眠る八幡の唇に自分のそれをそっと重ねた。
レイ(心の中):
……いつも、私を安心させてくれる。
他の誰かに嫉妬してしまう私を、優しく包み込んでくれる。
だから……これだけは、秘密の。
ほんの数秒、そっと離れようとしたその瞬間。
ガシッ、と。
眠っているはずの八幡の腕が伸びてレイの背中を捉え、そのまま逃がさないように強く引き寄せた。
レイ:
「っ……!?」
目を見開くレイの前に、いつの間にか目を開けていた八幡の、熱を帯びた瞳があった。
寝起きとは思えないほど鮮やかなその眼差しで見据えられ、レイは息を呑む。
八幡:
「……起きてるっての。隙だらけだぞ、綾波」
レイ:
「……眠っていなかったの?」
八幡:
「途中からな。……お前が可愛いことするから、目が冴きちまったよ」
呟くやいなや、八幡はレイの頭を優しく支え、今度は一切の容赦なく、深くて甘いディープキスを返した。
頭の芯までトロリと溶けるような感覚に、レイは小さく甘い声を漏らしながら、彼の背中にそっとしがみつくのだった。
暗がりの中のもう一つの気配
――しかし、その甘いやり取りを、リビングの扉の隙間から、もう一人の少女が目撃していた。
惣流・アスカ・ラングレー。
「婚約者よ!」と強がってみせるものの、自分がレイや八幡の間に割って入る「招かれざる客」のような気がして、夜中にこっそり様子を見に来ていたのだ。
二人がキスを交わす姿を見て、胸の奥がキュッと締め付けられるような、痛いほどの焦燥と孤独がこみ上げる。
(……やっぱり、私なんて……。あんな風に愛される資格なんて、ないんだわ……)
震える手を抑え、音を立てないようにそっと背を向けようとしたその瞬間。
八幡の低い声:
「――そこにいるんだろ、お嬢様」
ピクリとアスカの体が硬直する。
振り返ると、いつの間にかソファから立ち上がった八幡が、静かに彼女を見つめていた。レイも、少し驚いたように目をパチクリとさせている。
アスカ:
「っ……! 別に見物してたわけじゃないからね! なんか、イチャイチャしてるところ悪いけど、私、邪魔する気なんて……!」
強がり、ツインテールを揺らしながら必死に声を荒げるアスカ。しかし、その声は微かに震えていた。
強気な仮面の裏で、誰にも見捨てられることを恐れている彼女の脆さを、八幡は痛いほどよく知っていた。
だからこそ、八幡は何も言わず、ただまっすぐにアスカへ歩み寄ると――その小さな体を、そっと両腕で優しく包み込んだ。
アスカ:
「っ……な、なによ……! 急に抱きついたりして、この変態タラシ……!」
動揺し、初めは体を強張らせて拒絶しようとしたアスカ。
けれど、八幡の腕から伝わってくる体温は驚くほど優しく、どこか温かくて、彼女の孤独をすべて受け止めるような絶対的な安心感に満ちていた。
拒絶の力はみるみるうちに抜け落ち、アスカのプライドの仮面が音を立てて崩れ去る。
アスカ:
「……うっ……ぐすっ……」
張り詰めていた糸が切れたように、アスカの目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
誰にも弱音を吐けず、いつも「完璧なパイロット」でいようと必死だった少女が、八幡の胸元に顔をうずめ、子供のように声を上げて泣き出す。
八幡:
「……いいんだよ。無理して強がらなくていい」
優しく頭を撫でながら、八幡は低い、けれど確かな声で呟く。
八幡:
「お前がどんなにトゲトゲしてようが、勝手に婚約者を名乗ってようが……俺は、お前を一人ぼっちになんてしねぇよ。だから、泣きたいときはここで泣け」
その言葉を聞いた瞬間、アスカはさらに声を詰まらせ、八幡の服の裾をぎゅっと握りしめた。
自分の弱さも、孤独も、全部受け止めてくれる場所がここにある。
その様子を、少し離れた場所から見つめていたレイは、最初はわずかに眉をひそめたものの、やがてそっと近づき、泣きじゃくるアスカの背中に、ぎこちなくも優しくそっと手を添えた。
レイ:
「……泣いても、いい。ここは、私たちの場所だから」
アスカ:
「……うっ、うぅ……二人とも、大っ嫌いよ……っ……!」
泣きながらも、二人の温もりに包まれて、アスカの心にあった冷たい氷はゆっくりと溶けていくのだった。
不器用で、けれど世界で一番愛しい絆に包まれた夜は、静かに、深く更けていく――。
温もりの連鎖と、満たされていく夜
――涙を流し、張り詰めていたプライドの殻を脱ぎ捨てたアスカ。
泣きじゃくる彼女の頭を優しく撫でる八幡の手つきには、いつもの面倒くさがりな態度とは裏腹に、深い慈愛と覚悟が満ちていた。
静かな部屋の中での、優しい奇跡
八幡:
「……ほら、泣き止んだか? お嬢様のその顔、目元が真っ赤だぞ」
少しだけからかうような、けれど最高に優しい声音でそう言いながら、八幡はそっとかがみ込み、アスカの濡れた瞳と、その小さな額に優しく唇を重ねた。
アスカ:
「っ……!?」
思いがけない優しい接触に、アスカは息を呑み、ビクリと肩を震わせた。
先ほどの強気な態度や怒鳴り声はどこへやら、彼女の顔はトマトのように真っ赤に染め上がる。
アスカ:
「なっ……急になによ、この変態……っ。子ども扱いしないでよ……」
文句を言いながらも、その声にはトゲがなく、どこか名残惜しそうに八幡の服を握りしめたままだ。
そんなアスカの様子を見て、少し離れたところで見ていたレイが、静かに一歩前に進み出た。
レイ:
「……私も」
アスカ:
「え……?」
驚いて振り返るアスカの前に、レイは少しだけ照れくそうに、けれど真剣な瞳を向けて佇んでいた。
いつもならライバル視してバチバチと火花を散らすはずの彼女が、ふっと柔らかく微笑み、アスカの頬にそっと手を添える。
そして、迷うことなく、レイはアスカの唇にそっと自分のそれを重ねた。
アスカ:
「んっ……!? な、なに……!?」
再びパニックを起こしかけるアスカ。しかし、レイのキスには何のトゲもなく、ただ温かくて、どこか「同じ仲間だよ」と包み込むような優しさに満ちていた。
数秒でゆっくりと離れたレイは、潤んだ青い瞳でアスカを真っ直ぐに見つめる。
レイ:
「……あなたは、一人じゃない。私たちと、一緒だから」
アスカ:
「……っ……」
その言葉を聞いた瞬間、アスカの中で何かが決定的にほどけていくのを感じた。
ずっと「完璧でなければ愛されない」「一人で戦わなければ捨てられる」と思い込み、誰も自分の本当の弱さを受け止めてくれないと怯えていた少女の心。
その孤独の暗闇に、八幡の圧倒的な優しさと、レイの不器用な歩み寄りが、あたたかな光となって差し込んできた。
アスカ:
「……バカ……。こんなの、反則じゃない……」
声が震え、再び涙が溢れそうになるのを必死に堪えながら、アスカはふっと息を漏らす。
しかし、今流れているのは悲しみの涙ではない。
心の底から、凍りついていた世界が溶けていくような、圧倒的な幸福感だった。
八幡は優しく微笑むと、再びアスカとレイの二人をまとめて両腕でしっかりと抱きしめた。
八幡:
「ほら、泣き顔の次はどんちゃん騒ぎか? 世話が焼ける婚約者を持ったもんだぜ、まったく」
アスカ:
「誰が世話の焼ける婚約者よ……。でも……ありがと、バカ八幡」
レイ:
「……私も、ここにいる」
荒れ果てた世界の片隅、ネルフという冷たい特務機関の中で。
不器用な少年と、愛を知らなかった二人の少女が紡ぐ絆は、誰にも引き裂けない確かな温もりとなって、静かに、けれど力強く満ちていくのだった――。
穏やかな結末と、終わらない熱
――八幡の腕の中で温もりを分かち合い、それぞれの孤独を溶かし合った夜。
不器用な3人の歪な関係は、思いがけない形でひとつの着地点を見出そうとしていた。
静かな部屋の中での、小さな独占欲
少しだけ落ち着きを取り戻し、それぞれの涙を拭ったアスカとレイ。
しかし、彼女たちの間には、どこかクスリと笑えるような「女のプライド」の火花がまだくすぶっていた。
レイ:
「……アスカが仲間になったのは、否定しない。でも……」
少しだけ頬を膨らませ、レイはアスカをまっすぐに見据えながら、きっぱりと言い放った。
レイ:
「……私が、一番。それは、譲らない」
アスカ:
「なっ……! ちょっと綾波、さっきいい雰囲気になったからって、急にマウント取ってきたわね! 私だって、アンタに負けるつもりは……!」
ムッとした顔で言い返そうとするアスカだったが、隣にいたレイがふっと柔らかく、少しだけ得意げな(あるいは本気のエールのような)目を向けたのを見て、言葉を詰まらせた。
アスカ:
「……って、なにその顔よ。ずるいじゃない……」
言いながらも、アスカは少しだけ表情を和らげ、ふっと肩の力を抜いた。
そして、八幡の袖を軽く引っ張りながら、照れくさそうに、けれど嘘偽りのない本音をポツリとこぼす。
アスカ:
「……別に、一番とか二番とか、そんなのどうでもいいわよ。……私はただ、このバカ八幡と、そしてアンタの隣にずっと居られれば……それだけで、なんでもいいわよ、もう」
八幡:
「……お前なぁ」
両側からそんな可愛いことを言われ、八幡は心の中で盛大なため息をついた。
(――なんだこれ。気づけば俺、めちゃくちゃハーレム状態の真ん中にいねぇか? いや、ハーレムって言うか、完全に胃に穴が空く修羅場のあとの大団円って感じだけどさ……)
八幡:
「……まったく。お前らな、人の話を聞いてるのか、都合のいいように解釈してやがるのか……」
呆れたように、けれどどこか愛おしそうにフッと笑う八幡。
そのあまりに自然で、かつての一匹狼だった彼からは想像もつかないほど穏やかな笑顔を見て、アスカもレイも、胸の奥がキュッと締め付けられるような温かさに包まれた。
八幡:
「――まあ、いいさ」
呟きながら、八幡は両隣にいる二人の少女の顔をそれぞれのぞき込んだ。
八幡:
「お前らがその気なら、最後まで付き合ってやるよ。世界がどう転ぼうと、俺の隣はお前ら専用の特等席だ。覚悟しとけ」
その言葉が終わるのを待たず、八幡はアスカの頬を引き寄せ、まずその唇に熱いキスを落とした。
「っ……!?」と驚き、顔を真っ赤にするアスカのすぐ後、今度は反対側にいたレイをしっかりと抱き寄せ、彼女の唇にも深く、甘いキスを重ねる。
レイ:
「っ……ん……」
交互に、そして圧倒的な熱量で愛を刻むような、贅沢で濃厚な口づけ。
頭の芯までトロトロに溶かされるような感覚の中で、アスカもレイも、もう何も言えずにただ瞳を閉じてその温もりに身を委ねた。
数秒後、そっと唇を離した八幡を見上げながら、アスカは顔をトマトのように赤く染め、小さく息を吐いた。
アスカ:
「……ほんと、どこまでタラシなのよ、このバカ……」
レイ:
「……でも、嫌いじゃない。……むしろ、好き」
素直すぎるレイの追撃に、さすがの八幡も耳まで真っ赤になって顔をそむける。
荒れ果てた世界の中で、世界を救った英雄たちは、今日も今日とて最高に不器用で、最高に幸せな日常を謳歌していくのだった――。
自販機の前の決意と、二人の絆
――騒がしくも温かい日常が巡る中、ネルフ本部の廊下や休憩スペースには、相変わらずシュールで平和な空気が漂っていた。
放課後の自販機の前で
状況:
校内、あるいはネルフ本部の休憩スペースに置かれた古い自動販売機の前。
温かい缶コーヒーやジュースを買おうと並んでいたアスカとレイの間に、なぜか少し気まずい、けれどどこか甘酸っぱい沈黙が流れていた。
アスカ:
「……っ、なんなのよこの自販機。お札が全然入らないじゃない……!」
ツインテールを揺らしながら、ガタゴトと自販機の取り出し口や投入口をいじっているアスカ。
しかしその耳や首元は、昨日までの出来事(八幡からの熱いキスや、自分の素直な本音)を思い返しているのか、見事に真っ赤に染まっていた。
恥ずかしさを紛らわすように、アスカは無駄にぶっきらぼうな態度をとっている。
隣でそれを眺めているレイは、特に言葉を発することもなく、ただ静かに自分の番を待っている。
しかし、その青い瞳の奥には、かつての冷たさは微塵もなく、どこか穏やかな光が宿っていた。
ふっと、レイは小さな息をつくと、しゃがんでいた姿勢からスッと立ち上がった。
アスカ:
「……ちょっと、どこ行く気よ綾波。まだ私の缶コーヒーが……」
慌てて顔を上げ、レイを引き留めようとするアスカ。
その表情には、トゲのあるライバル心ではなく、どこか「二人きりになることへの恥ずかしさ」が隠しきれずに滲み出ていた。
立ち上がったレイは、歩き出す足を止め、振り返ってアスカをじっと見つめる。
そして、いつもの静かな、けれど確かな意志を込めた声で告げた。
レイ:
「……アスカ。……私、少し行ってくる」
アスカ:
「待ちなさいよ、アンタ……!」
ツンとそっぽを向きながらも、アスカはガシッとレイの袖を小さく掴んだ。
離れていくことへの寂しさと、どうしていいか分からない照れくさが入り混じったその手は、かつてのように冷たくはなかった。
アスカは、悔しそうに下唇を噛み締めながらも、まっすぐにレイを見据えて言い放つ。
アスカ:
「……勘違いしないでよね! アンタ一人にいいとこ持って行かれるなんて真っ平ごめんなんだから!
――アンタも、そしてあのバカな八幡のことも、私が守るんだからね!」
不器用なプライドと、けれど間違いなく本物の「仲間への愛着」が込められた宣言。
自分の大切な居場所、そしてあのひねくれたダメ男を、今度は自分が守り抜くと誓うアスカの背中は、驚くほど頼もしく輝いて見えた。
その言葉を聞いたレイは、驚いたようにわずかに目を丸くしたあと、ふっと柔らかく、今日一番の美しい笑みを浮かべた。
レイ:
「……うん」
小さく、けれど迷いのない声で、レイは返す。
レイ:
「……私も、守る。……あなたも、比企谷くんも、二人とも」
その言葉に、アスカは「っ……!」と息を呑み、さらに顔を真っ赤にしてパッとレイの袖から手を離した。
アスカ:
「……もーっ! なんなのよ、最近の綾波は反則すぎるでしょ……! 早く行ってきなさいよ、バカ!」
照れ隠しに大声で怒鳴るアスカの背中を見送りながら、レイは静かにうなずき、待っている彼の元へと歩き出す。
世界の不条理や過酷な運命なんて、もう怖くない。
二人の少女が交わした小さな約束は、どんな防壁よりも強く、あのひねくれた少年の背中を優しく包み込んでいくのだった――。
不器用な誇りと、初めての優しい温もり
――「二人とも私が守るんだからね!」と照れ隠しに大声を上げたアスカ。
その背中を見送りに行こうとしたレイの足が、思いがけない行動によってピタリと止まった。
自販機の前の、秘密のサプライズ
レイ:
「……うっ」
振り返りかけたレイの頬に、ふわりと柔らかい感触が触れた。
ほんの一瞬、アスカが少し背伸びをして、レイの唇に自分のそれを重ねたのだ。
レイ:
「っ……!?」
いつもなら冷静沈着なはずのレイが、この日何度目か分からないほど大きく目を丸くし、全身を硬直させた。
真っ赤に染まった顔のまま、信じられないものを見るような目でアスカを見上げる。
アスカはアスカで、自分でやっておきながら耳の先までトマトのように真っ赤にし、バッと両手で顔を覆いながらも、必死に強がりな態度を作っていた。
アスカ:
「な、なによその間抜けな顔は……っ!」
レイ:
「あ、すか……? いま、のは……」
アスカ:
「べ、別に深い意味なんてないわよ! ……ただ、アンタがさっき『私も守る』とか、そんな反則みたいな顔で言うから……その、お返しくらいよ! 勘違いしないでよね!」
早口でまくし立てながら、逃げるようにそっぽを向くアスカ。
しかし、その声はわずかに震えていて、誇り高い彼女にとって、それがどれほど勇気を振り絞った行動だったのかは隠しようもなかった。
レイは、驚きで揺れていた青い瞳をゆっくりと落ち着かせると、ふっと胸の奥が熱くなるのを感じた。
ライバルでもあり、同じ痛みを分かち合う「仲間」でもあり、そして――大切な人(八幡)を一緒に愛するもう一人の存在。
言葉や理屈ではなく、肌の温もりを通して伝わってきたアスカの優しさが、レイの心を優しく満たしていく。
レイ:
「……お返し、か」
ぽつりと呟いたあと、レイは迷うことなく、一歩踏み出した。
そして、戸惑うアスカの体を、そっと両腕で包み込むように優しく抱きしめた。
アスカ:
「っ……! ちょっと綾波、急になによ……!」
驚いて声を漏らすアスカの背中に、レイはそっと腕を回し、その小さな体を自分の胸に引き寄せる。
レイ:
「……ありがとう、アスカ。……温かい」
その言葉は、嘘偽りのないレイの真っ直ぐな本心だった。
初めはぶつかり合っていた二人の少女の間に、もう隔たりなど何一つ残っていなかった。
アスカ:
「……っ、バカね……。こんなところで抱きついたりして、誰かに見られたらどうする気よ……」
文句を言いながらも、アスカの緊張した体からスッと力が抜け、彼女はレイの背中にそっと自分の腕を回し返した。
ツインテールの隙間から覗くその横顔は、これまでにないほど穏やかで、幸せに満ちていた。
自販機の前の冷たい空気が、二人の少女の不器用で温かい絆によって、まるで春のような優しさに包まれていくのだった――。
屋上の風と、三人分の特別なお弁当
――ネルフ本部の重苦しい空気や過酷な戦いから離れ、平穏な(はずの)総武高校の日常。
お昼休み、誰もいないはずの校舎の屋上に、いまや切っても切り離せない3人の姿があった。
放課後、あるいは昼休みの屋上にて
状況:
錆びかけた鉄板の扉を開け、心地よい春風が吹き抜ける屋上。
金網にもたれかかるようにして、比企谷八幡はため息をつきながら自分の学生鞄からずっしりと重いお弁当箱を取り出した。
八幡:
「……なんで俺が、わざわざ高校の屋上でこの二人のために弁当の世話まで焼かなきゃならねぇんだ……」
アスカ:
「文句言わないのよ、ダメ男! アンタが毎日食堂のまずいパンで済ませようとするから、私たちがこうして健康管理をしてあげてるんじゃない!」
両手を腰に当て、制服のスカートを風になびかせながらツンと胸を張るアスカ。
その隣では、レイがすでに手際よくお弁当箱の包みを解き、お箸をパチンと割りながらじっと八幡の手元を見つめていた。
レイ:
「……比企谷くん。今日のおかずは何?」
八幡:
「はいはい、開けますよっと……って、おい」
パカッと蓋を開けた瞬間、八幡の顔が引きつった。
中に入っていたのは、小町が気合を入れて作った(あるいはアスカとレイが前夜に張り合って詰め込んだ)結果、肉と卵と謎の赤いウインナーがこれでもかと詰め込まれた、圧倒的カロリーと愛情の暴力みたいな弁当だった。
八幡:
「お前らな……これ、絶対午後の授業で睡魔に襲われて爆死するやつだろ……」
アスカ:
「文句は味見してから言いなさいよ! ほら、綾波、あーんしなさい!」
アスカが無理やり卵焼きを一つ箸でつまみ、レイの口元へ突きつける。
レイはわずかに目を丸くしたあと、素直にそれをパクッと口に含んだ。
レイ:
「……美味しい。少し甘いけど……」
八幡:
「お前な、人の弁当を勝手に試食すんな……。つーか、俺の昼飯はどうなるんだよ」
呆れたように小さく息をつく八幡の口元へ、今度はレイがそっとお箸を伸ばしてきた。
レイ:
「いらない、わけじゃないでしょ? ほら、比企谷くんも……あーん」
真っ直ぐで、どこか期待を込めた青い瞳で見つめられながら、スッと差し出された卵焼き。
拒否しようものなら二人が揃って容赦ない視線を浴びせてくる未来しか見えない。
八幡:
「……っ、くそ。どこまで俺を甘やかす気だ……」
顔を真っ赤にしながらも、八幡は観念したようにそれをパクッと口に入れた。
確かに、小町特製の出汁が効いた味は文句なしに美味しかった。
アスカ:
「ちょっ、ずるい! 綾波ばっかりフライングしないでよ! 私だって……!」
「ほら、あっち向いてろお嬢様」「やだ、私にも食べさせなさいよ!」と、屋上の柵にもたれかかりながら、キャッキャと(あるいは相変わらず賑やかに)じゃれ合う三人。
冷たい風が吹く世界の片隅で、この屋上だけは、世界で一番温かくて、どこにでもある普通の、けれど代わり映えのない最高の青春の時間が流れていた――。
屋上の風と、三人分の特別なお弁当
――ネルフ本部の重苦しい空気や過酷な戦いから離れ、平穏な(はずの)総武高校の日常。
お昼休み、誰もいないはずの校舎の屋上に、いまや切っても切り離せない3人の姿があった。
放課後、あるいは昼休みの屋上にて
状況:
錆びかけた鉄板の扉を開け、心地よい春風が吹き抜ける屋上。
金網にもたれかかるようにして、比企谷八幡はため息をつきながら自分の学生鞄からずっしりと重いお弁当箱を取り出した。
八幡:
「……なんで俺が、わざわざ高校の屋上でこの二人のために弁当の世話まで焼かなきゃならねぇんだ……」
アスカ:
「文句言わないのよ、ダメ男! アンタが毎日食堂のまずいパンで済ませようとするから、私たちがこうして健康管理をしてあげてるんじゃない!」
両手を腰に当て、制服のスカートを風になびかせながらツンと胸を張るアスカ。
その隣では、レイがすでに手際よくお弁当箱の包みを解き、お箸をパチンと割りながらじっと八幡の手元を見つめていた。
レイ:
「……比企谷くん。今日のおかずは何?」
八幡:
「はいはい、開けますよっと……って、おい」
パカッと蓋を開けた瞬間、八幡の顔が引きつった。
中に入っていたのは、小町が気合を入れて作った(あるいはアスカとレイが前夜に張り合って詰め込んだ)結果、肉と卵と謎の赤いウインナーがこれでもかと詰め込まれた、圧倒的カロリーと愛情の暴力みたいな弁当だった。
八幡:
「お前らな……これ、絶対午後の授業で睡魔に襲われて爆死するやつだろ……」
アスカ:
「文句は味見してから言いなさいよ! ほら、綾波、あーんしなさい!」
アスカが無理やり卵焼きを一つ箸でつまみ、レイの口元へ突きつける。
レイはわずかに目を丸くしたあと、素直にそれをパクッと口に含んだ。
レイ:
「……美味しい。少し甘いけど……」
八幡:
「お前な、人の弁当を勝手に試食すんな……。つーか、俺の昼飯はどうなるんだよ」
呆れたように小さく息をつく八幡の口元へ、今度はレイがそっとお箸を伸ばしてきた。
レイ:
「いらない、わけじゃないでしょ? ほら、比企谷くんも……あーん」
真っ直ぐで、どこか期待を込めた青い瞳で見つめられながら、スッと差し出された卵焼き。
拒否しようものなら二人が揃って容赦ない視線を浴びせてくる未来しか見えない。
八幡:
「……っ、くそ。どこまで俺を甘やかす気だ……」
顔を真っ赤にしながらも、八幡は観念したようにそれをパクッと口に入れた。
確かに、小町特製の出汁が効いた味は文句なしに美味しかった。
アスカ:
「ちょっ、ずるい! 綾波ばっかりフライングしないでよ! 私だって……!」
「ほら、あっち向いてろお嬢様」「やだ、私にも食べさせなさいよ!」と、屋上の柵にもたれかかりながら、キャッキャと(あるいは相変わらず賑やかに)じゃれ合う三人。
冷たい風が吹く世界の片隅で、この屋上だけは、世界で一番温かくて、どこにでもある普通の、けれど代わり映えのない最高の青春の時間が流れていた――。
屋上の風と、少しだけ真面目な疑問
お弁当の余韻の中でのひと言
穏やかな風が吹き抜ける屋上。
卵焼きを巡る賑やかな小競り合いが一段落し、八幡はペットボトックスポーツドリンクを一口飲んで、ふと空を見上げた。
八幡:
「……なあ」
アスカ:
「ん? なによ急に。もしかして私の作った(いや、詰めさせた)ウインナーの味に感動して、愛の告白でもしちゃうわけ?」
ツインテールを揺らしながら、おどけた調子で笑うアスカ。
その隣で、レイもお茶のペットボトルを持ちながら、静かに八幡の横顔を見つめている。
八幡は少しだけ言い淀むように視線を落とし、それから、どこか現実味のない世界に対する特有のひねくれた、けれど隠しきれない真面目さを帯びた声でぽつりと言った。
八幡:
「……お前らはさ。……その、クローンなのか?」
アスカ:
「…………」
レイ:
「…………」
一瞬にして、屋上の空気がピタリと止まった。
ネルフという組織の闇、人類補完計画、そして彼女たちが背負っている逃れられない運命の核心。
普段の日常の甘い空気の裏側にずっと横たわっていたその重い事実を、八幡はあえて、今日この場所で口にした。
アスカはわずかに目を伏せ、複雑な笑みを浮かべながら自分の肩を抱く。自らの出自(遺伝子操作によって生み出された存在であること)の歪みを見つめてきた彼女にとって、それは決して明るい話題ではない。
アスカ:
「……なんだろね、急に。そんな重たい話、せっかくの美味しいお弁当がまずくなるじゃない」
少しだけ声を震わせながら、自嘲気味に笑うアスカ。
その隣で、レイは静かにカップを見つめ、それからゆっくりと顔を上げて八幡の目をまっすぐに見据えた。
レイ:
「……私は、作られた人間。代わりはいくらでもいる、そう言われて育った」
淡々と、けれどどこか切なさを帯びた声。
レイ自身がずっと抱えてきた「自分とは何か」「私は人形ではないのか」という恐怖の答えを、彼女は自分の言葉で語り出す。
レイ:
「でも……今は違う。私は私だし、あの子も、アスカも……他の誰の代わりでもない」
アスカ:
「……そうよ。いくら遺伝子をいじくられようが、私が私であることに変わりはないわ。……たとえ、世界中が私たちのことを『クローン』だの『道具』だのって呼んだってね」
ふっと力強く言い切り、アスカはレイの手をそっと自分の手で包み込んだ。
二人の少女の間に、かつてのトゲトゲしいライバル意識など微塵もない。そこにあるのは、同じ運命を背負いながらも、自分たちの手で未来を掴もうとする確かな絆だった。
八幡はその二人のやり取りをじっと見つめ、ふっと自虐的な笑みを浮かべながら頭を掻いた。
八幡:
「……そうだな。クローンだろうがなんだろうが……目の前で泣いたり笑ったり、俺の弁当をつまみ食いしたりしてるお前らは、どう見たって紛れもなく『人間』だろ」
アスカ:
「……っ、何よ、急にキザなセリフ吐いちゃって。バカね」
顔を真っ赤にして照れ隠しにそっぽを向くアスカ。
レイは、どこか胸の奥のつかえがスッと消えたような、穏やかで美しい笑みを浮かべた。
レイ:
「……うん。私は、人間。……比企谷くんの、隣にいる人間」
八幡:
「あぁ、当たり前だ。……クローンだろうが何だろうが、俺の婚約者(たち)に手出しする奴がいたら、使徒だろうが人類補完計画だろうが、俺が全力でぶっ潰してやるよ」
不器用で、ひねくれていて、けれどこれ以上なく頼もしい八幡の宣言。
その言葉に、アスカもレイも思わず吹き出しそうになりながら、しっかりと彼の両側に寄り添った。
世界の理不尽や運命なんて関係ない。
私たちが選んだこの場所で、私たちは私として生きていく――。
青空の下、三人の影が一つに重なり合って、温かな時間がゆっくりと流れていくのだった。
二人の少女の証明と、不器用な優しさ
――八幡のその言葉を聞いた瞬間、屋上の空気がふっと緩み、どこか温かい涙の気配に包まれた。
屋上の風の中で
八幡:
「そうか」
小さく呟いた八幡は、ふっと自嘲気味に、けれどどこか吹っ切れたような笑みを浮かべる。
八幡:
「……俺には関係ない。まぁ、俺自身だって、もしこの世界に似たようなひねくれた奴が何人量産されようが、『俺』は俺でしかないわけだしな」
アスカ:
「はあ? アンタのクローンなんかが何人もいたら、世界中の胃酸が足りなくなるわよ。絶対お断りだわそんなの」
呆れたようにツインテールを揺らしながらも、アスカの口元には隠しきれない柔らかな笑みが浮かんでいた。
彼女の心にあった「作られた存在」という澱(おり)のような不安は、八幡のその飾らない一言によって完全に洗い流されていた。
八幡は少しだけ真剣な目を向けると、隣に座るレイと、反対側にいるアスカをそれぞれ真っ直ぐに見据えた。
八幡:
「……俺にとって、レイはレイだし、アスカはお前だ。仮に世界中に同じ顔をした代わりが何人いようが、お前らの代わりなんてどこにもきやしねえよ」
アスカ:
「…………っ!」
レイ:
「…………」
八幡:
「……ただ、それを自分の口で確認したかっただけだ。……悪かったな、変なこと聞いて」
どこまでも不器用で、けれどこれ以上なく真摯なその言葉。
胸の奥を直接熱い何かで撫でられたような衝撃に、アスカは慌てて顔を背け、自分の真っ赤になった頬を両手で押さえた。
アスカ:
「なっ……急にそんな真っ直ぐなこと言わないでよ、このバカ……! ほんと、どこまで人殺しなセリフ吐くわけ……!」
レイ:
「……比企谷くん」
一方のレイは、言葉を失ったように瞬きをしたあと、ふっとこれまでにないほど愛おしげな、美しい笑みを浮かべた。
彼女は迷うことなく八幡の腕にそっとしがみつき、その肩に自分の額を預ける。
レイ:
「……嬉しい。私は、あなたの代わりなんていないし、あなたも私にとって、世界でたった一人の人」
アスカ:
「ちょっと綾波、また美味しいところだけ持っていくズルい……! でも……うん、私も同じよ、バカ八幡」
我慢しきれなくなったように、アスカも反対側から八幡の腕をぎゅっと抱え込み、その温もりに身を寄せた。
両側から伝わってくる二人の体温と、心地よい重み。
八幡は照れくさそうに頭を掻きむしりながらも、その細い肩をしっかりと両腕で抱きしめ返した。
八幡:
「はいはい、分かったからそんなにくっつくな。……ほら、冷める前に弁当の続き食うぞ」
アスカ・レイ:
「「はーい」」
青空の下、世界を揺るがす運命や、遺伝子なんていう不条理な呪縛は、この屋上の温かな空気の前ではもう何の効力も持っていなかった。
不器用な少年と、愛を知った二人の少女の絆は、誰にも代えられない確かな未来へと、しっかりと歩み始めていたのだった――。
シンプルで、世界で一番重い宣言
――「組織の謎とかエヴァの正体とか、正直どうでもいいだろ」という八幡のぶっきらぼうな愚痴。
その呆れたような呟きの中に、けれど、どうしようもないほどの真実味が混じっていた。
ベッドの上の静かな暗闇の中、八幡はふっと視線を天井から落とし、両側で自分に寄り添う二人の少女をそれぞれのぞき込んだ。
真夜中のベッド、静寂を裂く一言
八幡:
「……まあ、いいさ」
低い、けれど一切の迷いがない声だった。
ひねくれていて、いつも損ばかり買って出て、自分のことは後回しにする彼特有の不器用さが、その一言に凝縮されていた。
八幡:
「組織がどうとか、人類補完計画とかいう胡散臭い大義名分なんて知ったこっちゃない。世界がどうなろうと、俺の行動原理はいつだってシンプルだ」
アスカ:
「……っ、なに、急に……」
八幡:
「お前らを守る。そのために戦う。……それだけだ」
真っ直ぐに、微塵の濁りもない目でそう言い放つ八幡。
ふざけた調子でも、気取ったセリフでもなく、それが彼の紛れもない本音だと分かってしまうからこそ、破壊力は抜群だった。
アスカ:
「…………っ!」
心臓が大きく跳ね上がり、アスカは言葉を失った。
いつもなら「なによ急にカッコつけて! この変態タラシ!」と啖呵を切ってごまかすはずなのに、今の彼女は喉まで出かかった言葉を完全に飲み込んでしまっていた。
耳の先から首元まで、いや、全身がカッと沸騰するように真っ赤に染まる。
ツインテールの端をギュッと握り締め、アスカは恥ずかしさのあまり布団に顔をうずめた。
アスカ:
「……ば、バカじゃないの……。そんなサラッと、真顔で恥ずかしいこと言わないでよ……。心臓に悪いでしょうが……!」
くぐもった声で文句を言いながらも、八幡の腕を掴む力は一段と強くなり、その顔はこれ以上ないほど幸せに歪んでいた。
一方、左側にいたレイは――。
レイ:
「…………」
言葉が出なかった。
いつも感情をうまく表に出せない彼女の青い瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
それは悲しみの涙ではない。長年「代わりがいる道具」として生き、誰も自分のために命を張ってなどくれないと思っていた少女が、初めてもらった「絶対的な肯定」だった。
レイは震える両手を伸ばし、八幡の首元にしっかりと腕を回すと、その胸に顔を強く押し付けた。
八幡:
「っと……おい、レイ? 泣くほどのことじゃ……」
レイ:
「……泣いてない。……ただ、すごく……胸が熱くて、痛いくらいなの」
かすれた、けれどどこまでも愛おしい声。
レイは顔を上げ、潤んだ瞳で八幡を見上げると、その唇に自らそっと、けれど熱く深いキスをした。
八幡:
「っ……」
不意打ちの甘い感触に息を呑む八幡のすぐ後、アスカも負けじと布団から顔を出し、顔を真っ赤にしながら八幡の反対側の頬を引き寄せた。
アスカ:
「……もーっ! 綾波だけずるいんだから! 私だって……!」
勢いよく八幡の唇に自分のそれを重ねるアスカ。
二人の少女からの、照れ隠しと愛おしさが入り混じった激しいキスの嵐に、さすがの八幡も観念したように目を閉じ、両側からしっかりと二人を抱きしめ返した。
数秒後、息を整えるためにそっと離れた二人の顔は、トマトのように真っ赤で、けれどこれ以上ないほど満たされていた。
八幡:
「……ほら、満足したか? 荒療子なキスで機嫌取るの、いい加減覚えたよな、お前ら」
アスカ:
「うるさいわね! アンタがそんな真っ直ぐなこと言うからでしょうが……! でも……ありがと、バカ八幡」
レイ:
「……私も。世界がどうなってもいい。……あなたが私を選んでくれたから、私はここで生きていける」
両側から愛しい重みと体温に包まれ、八幡はふっと柔らかく微笑んだ。
理不尽な運命の歯車がどう回ろうとも、彼らの世界はこの小さなベッドの上で、完璧なまでの結末を迎えていた――。
朝の挨拶(物理)
――前夜の甘い空気と「お前らを守る」という最高のプロポーズ(?)の余韻に浸る間もなく、容赦ない現実の朝はやってくる。
ネルフ本部・最下層、司令室
状況:
翌朝。相変わらず不機嫌そうな顔でネルフ本部にやってきた比企谷八幡は、レイとアスカを両脇に引き連れたまま、司令室の重厚な自動ドアを容赦なく蹴り破った。
八幡:
「おい、ちょっと面貸せオヤジ」
碇ゲンドウ:
「…………」
肘掛けに頬杖をつき、お決まりのポーズで不敵に構えていた碇ゲンドウ。
しかし、いつもならその圧倒的な威圧感で周囲を黙らせるはずの司令官に向かって、八幡は一歩も引かずにズカズカと歩み寄る。
アスカ:
「ちょっ、アンタいきなり何する気……!?」
レイ:
「……比企谷くん?」
後ろで驚く二人をよそに、八幡はゲンドウの目の前まで詰寄ると、一切の躊躇なく、その胡散臭い眼鏡を粉砕する勢いで――
ドカッ!!
見事なまでの右ストレートを、ゲンドウの頬に綺麗に叩き込んだ。
碇ゲンドウ:
「……っ!?」
完璧な不意打ち、かつ感情の乗った一撃に、さすがのゲンドウも椅子からバランスを崩して盛大に床へと転がり落ちた。
司令室にいた冬月コウゾウやオペレーターの面々が「「……なっ!?」」と絶句して目玉を飛び出させる。
八幡:
「はあーー、スッキリした。……いや、日頃のストレスが溜まってたってのもあるけどさ」
拳を軽く振り払いながら、八幡は床に倒れ込んだゲンドウを冷ややかな目で睨みつける。
八幡:
「お前が人類補完計画だの、息子の教育を盛大にサボって世界を滅ぼしかけてる変態マッドサイエンティストだのなんだの知ったこっちゃねぇけどよ。
夜中に妙な使徒のせいで睡眠妨害食らったり、俺の大切な居心地のいいベッドを邪魔されたりした迷惑料として、とりあえずその一発は受け取っとけ」
アスカ:
「ちょ……! 司令(おやじ)を本気でぶん殴るバカがどこにいるのよ! クビよ、即座にクビ、ネルフから永久追放よ!!」
驚きすぎてツインテールを逆立てながらも、どこか嬉しそうな、というかスカッとした顔で八幡を引っぺがそうとするアスカ。
一方のレイは、床で眼鏡を拾い上げるゲンドウを一瞥したあと、ふっと柔らかく微笑み、八幡の袖をキュッと掴んだ。
レイ:
「……よくやった、比企谷くん。……少し、スッとした」
八幡:
「だろ? 娘を放置して自分の世界に浸ってるダメ親父には、これくらいのアドバイスがちょうどいいんだよ」
鼻をこすりながら悪びれもせず言い放つ八幡の背中を、アスカとレイはそれぞれの誇らしさと愛情の入り混じった瞳で見つめていた。
世界の命運を握る特務機関ネルフの最高権力者が、まさかの高校生の右ストレートで沈められた日。
――比企谷八幡の、史上最も不条理で、最高に贅沢なハーレム(?)ライフは、今日も元気に大暴走を続けていたのだった!
殴り飛ばした後の「お説教」
――床に転がり落ちた碇ゲンドウが、ゆっくりと起き上がりながら割れた眼鏡を外し、血の滲む口元を拭う。
司令室のオペレーターたちは恐怖と混乱で完全にフリーズし、冬月は「やれやれ……」と額に手を当てていた。
ネルフ本部・司令室の真ん中で
八幡:
「で。お説教はこれくらいにして本題に入らせてもらうけどさ」
八幡は床に這いつくばる特務機関の最高司令官に対し、一歩も引くことなくさらにズカズカと詰め寄った。
その背後では、アスカが「あーあ、もう後戻りできないところまで来ちゃったわね……」と呆れ半分、面白がり半分で腕を組んでいる。レイは静かに八幡の衣の裾を掴み、彼の背中をしっかりと支えていた。
八幡:
「そろそろ教えてもらいましょうか。『人類補完計画』だの『サードインパクト』だの、お前が裏でコソコソ進めてるその壮大なごっこ遊びの真相をさ」
碇ゲンドウ:
「……私を殴った男が、よく言う」
ゲンドウは低い、底知れない声で呟くと、冷ややかに八幡を見据えた。
しかし、その目にはかつての絶対的な余裕だけでなく、予測不能な「異物」である八幡に対するわずかな警戒の色が混じっていた。
八幡:
「言っとくが、俺はお前らの壮大なシナリオのコマになるつもりは微塵もない。世界がどうなろうと、人類がどう補完されようと知ったこっちゃないね。
……だが、俺の日常と、俺の隣にいるこの二人の居場所を脅かすっていうなら話は別だ。お前のその計画が、こいつらの存在を少しでも踏みにじるってんなら――」
八幡は冷酷に目を細め、さらにゲンドウの胸倉を掴み上げた。
八幡:
「今度はその顔を反対側も綺麗に腫れ上がらせてやる。……さあ、包み隠さず吐け。お前のその『計画』の全貌をな」
アスカ:
「ふん、いい気味だわ! さすがの司令(おやじ)も、このバカのひねくれた説教にはタジタジね!」
レイ:
「……すべて教えてもらう。……私たちの未来を決めるのは、あなたじゃないから」
アスカとレイの揺るぎない眼差しと、八幡の圧倒的な圧力。
世界の運命を握るはずの男は、目の前の「最悪の高校生」によって、ついにそのすべてを語らざるを得ない状況へと追い詰められていくのだった――!
老人への慈悲と、計画の「真相」
――ゲンドウの胸倉を掴み上げ、さらなる追撃(物理)を加えようとしたその瞬間。
冬月コウゾウ:
「……そこまでにしておけ、若い人」
静かに、しかし決して無視できない重みを持った声で、冬月コウゾウがスッと椅子から立ち上がった。
彼は眼鏡の位置を直し、床で呆然としているゲンドウを一瞥してから、呆れと微かな苦笑の入り混じった顔で八幡を見る。
冬月コウゾウ:
「総司令をぶん殴る前代未聞のパイロットがいるかと思えば、今度は尋問の真似事か。……まあいい、これ以上司令室を半壊させられては仕事にならん。座りたまえ、君たちの聞きたい『真相』とやらは、私が話そう」
その落ち着いた大人の態度に、八幡は「ちっ……」と小さく舌打ちしながらも、渋々ゲンドウの胸倉から手を離した。
怒りの追撃と、老人への手加減
しかし、八幡が手を離した直後。
パァンッ!!
パァンッ!!
乾いた高い音が、静まり返った司令室に二連発で響き渡った。
碇ゲンドウ:
「……っ!?」
なんと、アスカとレイがそれぞれ容赦ない勢いで、起き上がろうとしたゲンドウの両頬に美しい右ビンタを綺麗に叩き込んだのだ。
しかも、二人の顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
アスカ:
「ふんっ! 日頃の恨みと、私たちを勝手に道具扱いしてきた分の慰謝料よ!」
レイ:
「……私からも。比企谷くんの代わりに、お返し」
見事な連撃を食らったゲンドウは、本日二度目となる床への墜落を華麗にキメた。
部下の少女二人から容赦なくビンタを食らう最高司令官という、組織の威厳が完全に崩壊した瞬間である。
それを目の当たりにした八幡は、さすがに冷や汗を流しながら引きつった笑いを浮かべた。
八幡:
「いや……お前ら、容赦ねぇな……。ってか、流石にあのジジイ(冬月)は年寄りだし、これ以上殴ったら老人虐待でこっちが訴えられかねないから見逃してやるけどさ……」
冬月コウゾウ:
(……私への配慮なのか、それとも暴力の免罪符なのか……)
こめかみを押さえながら、冬月は深い、深いため息をついた。
冬月が語る「人類補完計画」の真相
気を取り直した冬月は、床でうなだれるゲンドウを放置し、パイロットたちと八幡を会議テーブルの方へ促した。
八幡は椅子にドカッと座り、その両脇には当然のようにアスカとレイがピタリと陣取っている。
冬月コウゾウやれやれ……。で、君たちの言う『真相』だな」
冬月は静かに紅茶のカップを置き、淡々と語り始めた。
冬月コウゾウ:
「端的に言えば、ネルフが進める『人類補完計画』……そしてゼーレが描くシナリオの正体は、個々の境界線を持つ人類の統合だ。
ATフィールドという個人の壁を取り払い、すべての魂を一つのスープに溶かし合わせる。そうすれば、争いも、孤独も、傷つくこともない理想郷が訪れる――というのが連中の掲げる綺麗事の真実だ」
八幡:
「……は? なんだそれ。超絶めんどくさい究極の引きこもり思想じゃねぇか」
八幡は鼻で笑い、呆れ果てたように眉間を押さえた。
八幡:
「痛みを恐れて他人との関係を最初から放棄して、全員一緒くたの泥スープになろうぜって? そんなの個性の全否定だし、ただの『めんどくさいから全員消滅しようぜ』っていう究極の現実逃避だろ。お前ら、スケールのデカい厨二病にかかってんじゃねぇよ」
アスカ:
「まったくその通りだわ! そんなの、自分の足で立つ気もない敗北者の集まりじゃない!」
レイ:
「……私は、人形じゃない。誰かの計画の一部になるなんて、嫌」
冬月コウゾウ:
「……フッ。君たちがそう反発するのも無理はない。だが、ゼーレの老人どもは、世界が滅びることよりも自分たちのシナリオを完遂することに執着している。使徒の襲来も、そのためのシナリオの一部にすぎん」
八幡:
「ふーん……。要するに、その胡散臭い連中が勝手に世界の命運を握ったつもりになって、俺たちの日常やこのベッドの平穏を邪魔しようとしてるってわけだ」
八幡は冷ややかに鼻を鳴らし、両隣にいるアスカとレイの肩にそっと手を回した。
八幡:
「そんなご立派な補完計画とやらに、俺たちが付き合ってやる義理は微塵もない。
……なぁ、お前ら。世界がどうなろうと、俺たちが選んだこの関係を、あんな連中にぶっ壊させるわけにはいかないよな?」
アスカ:
「当たり前でしょ! そんなの、私の辞書に一切ないわ!」
レイ:
「……うん。絶対に、壊させない」
敵の正体も、世界の裏事情も分かった。
恐るべき組織の陰謀など、このひねくれた少年と二人の少女の「絶対に負けない日常への執着」の前では、ただの笑い話にすぎなかった。
さて、この狂った世界をどうひっくり返してやろうか――八幡の口元に、最高に悪そうな、けれど最高に頼もしい笑みが浮かぶのだった。
崩壊した司令官と、最後の問い
ボロボロの司令室で
冬月コウゾウが語った「人類補完計画」の壮大かつ極めて迷惑な真相。
それを聞き終えた八幡は、やれやれと盛大なため息をついたあと、視線をふと床で(二度のビンタと一度の右ストレートにより)すっかりボロボロになっていた碇ゲンドウへと向けた。
八幡:
「で、だ」
八幡はポケットに片手を突っ込んだまま、床に座り込んだままのゲンドウに近づき、冷ややかな目を向ける。
八幡:
「一通り話は聞いたわけだが……。なんか、お前自身に言い残すこと、あるいは言い訳とかねぇのか? 世紀の最高司令官殿よ」
司令室の全職員が息を呑んでその光景を見守る中、アスカとレイもまた、無言でゲンドウを見下ろした。
彼女たちにとって、この男は「父親」という温かい響きを持つ存在ではなく、自分たちの運命を勝手に弄んできた冷酷な装置の管理者でしかなかった。
床に伏せていたゲンドウは、ゆっくりと顔を上げた。
血の滲む唇を拭い、割れた眼鏡の隙間から、彼特有の冷徹な光を帯びた瞳が八幡をとらえる。
碇ゲンドウ:
「……私を愚かだと笑うか、比企谷八幡」
八幡:
「笑うって言うか、ただただ呆れてるだけだ。自分の個人的な執着や未練を『人類の補完』とかいう大層な名目で包み隠して、周りを巻き込むなよ。お前のその寂しさを埋めるために、世界やこいつらを犠牲にする権利が、お前にあるとでも思ってんのか」
図星を突かれたのか、ゲンドウはわずかに眉をひそめたが、すぐにいつもの不敵で孤独な笑みを深めた。
碇ゲンドウ:
「……お前には分からないさ。すべてを失った人間の、本当の絶望がな。だが、お前のその『守る』という選択が、いずれ世界を敵に回すことになるとしても……それを貫くというなら、勝手にするがいい」
どこまでも救いのない、けれどどこか自分の運命を受け入れているようなゲンドウの言葉。
それを聞いた八幡は、ふっと冷笑を浮かべ、全く怯む様子もなく言い放った。
八幡:
「あいにく、俺は世界に好かれようなんて微塵も思ってねぇよ。お前の言う『絶望』とやらがどれだけ重かろうが知ったこっちゃない。俺のキャパシティは狭いんでね、世界を救うより、この両隣にいる面倒くさい女二人を救うので手一杯なのよ」
アスカ:
「っ……! 誰が面倒くさい女よ、このバカ!」
顔を真っ赤にして抗議するアスカだったが、その目には嬉し涙の光がうっすらと浮かんでいた。
レイもまた、八幡の袖をぎゅっと握りしめながら、静かに、けれど強くうなずく。
レイ:
「……私は、面倒くさくない。……でも、比企谷くんの言う通り」
八幡:
「ほら見ろ、本人たちもこう言ってる。……説教はこれでおしまいだ。お前は勝手にその暗い部屋で一人で拗ねてろ。俺たちは、俺たちの日常(ベッド)に戻るんでな」
背中を向け、ヒラリと手を振る八幡。
アスカとレイを引き連れたその姿は、世界の命運を握る特務機関の司令室において、最高に異質で、最高に自由な「勝ち誇った敗者」そのものだった。
ゼーレの陰謀も、人類補完計画も、もう恐れるものはない。
不器用な3人は、敵の本拠地を文字通り引っ掻き回したあと、何食わぬ顔で自分たちの温かな日常へと帰っていくのだった――!
司令室の混乱と、最悪の「トドメ」
ネルフ本部・司令室にて
――「俺たちは自分たちの日常に戻るんでな」と背中を向け、優雅に去ろうとした比企谷八幡。
その足が、ふとピタリと止まった。
八幡:
「……あ、そういえば」
ぶっきらぼうに呟きながら、八幡はクルリと振り返る。
床に座り込んだまま呆然としていた碇ゲンドウの姿を、じっと冷ややかに見下ろした。
アスカ:
「なによ、まだ何か言い残したことでもあるわけ? もうあんなジジイに用はないでしょ、さっさと帰るわよ!」
ツインテールを揺らしながら早く帰ろうと八幡の服を引っ張るアスカ。
レイも静かに首をかしげ、八幡の顔を見つめている。
しかし、八幡の目はどこか座っていた。
八幡:
「いや、なんかこう……ここまで盛大にぶん殴って、正論吐いて、最後に『じゃあな』じゃ、ストーリー的にちょっと収まりが良すぎる気がしてさ」
碇ゲンドウ:
「……?」
最高司令官としての尊厳を完全に踏みにじられ、これ以上何をされるのかと(人生で初めて)警戒の色を浮かべるゲンドウ。
その目の前まで、八幡は無言で歩み寄った。
そして――。
八幡:
「――これでおあいこだ、オヤジ」
チュッ。
碇ゲンドウ:
「…………は?」
アスカ:
「「は……はぁぁぁぁぁ――っ!?!??」」
司令室にいた全員の思考が、完全に停止した。
なんと八幡は、床に座り込むゲンドウの頬(あるいは無精ひげの生えた唇のすぐ横あたり)に、迷うことなくガッツリと濃厚なキスを叩きつけたのだ。
静まり返った空間に、あまりにも乾いた、そしてあまりにも冒涜的な「チュッ」という音が響き渡る。
アスカ:
「なっ……! なにしてるのよアンタぁぁぁぁーーっ!! きったな!! 気持ち悪っ!! 脳みそまで使徒に汚染されたの!?」
顔を真っ青にして飛び上がり、ギャーギャーと叫び声をあげるアスカ。
レイも、かつてないほどの驚愕で目を点にし、ポカンと口を開けたまま硬直している。
一方のゲンドウは、我が目を、いや我が頬を疑うようにプルプルと震え、人生最大の混乱のなかで完全にフリーズしていた。
八幡:
「ぺっ……! げっ、なんの罰ゲームだこれ、男の無精ひげって想像以上にジャリジャリして最悪だな……二度とするかこんなこと……!」
自分の口元をゴシゴシと雑巾がけのように乱暴に拭いながら、盛大に顔をしかめる八幡。
冬月コウゾウ:
(……私は一体、長年何を見せられているんだ……人類補完計画より、こちらの精神崩壊の方が早そうだぞ……)
こめかみを激しく押さえ、頭を抱えて椅子に沈み込む冬月。
八幡:
「ふぅ……よし、これで精神的ダメージの収支はトントンだな。じゃ、行くぞお前ら」
何食わぬ顔でケロッと振り返り、まだ軽くパニックを起こしているアスカとレイの手をそれぞれ引く八幡。
アスカ:
「もう、最低っ! 最悪の変態よ! 帰ったら絶対うがい薬一本使い切るんだからね!」
レイ:
「……比企谷くん、少し……消毒、が必要」
文句を言いながらも、アスカは嬉しそうに八幡の手をギュッと握り直し、レイもその反対側にしっかりと寄り添う。
ネルフ本部の最高機密も、人類の命運も、すべてのシリアスを物理とキスの暴力で完全に粉砕した八幡たち。
二度と誰も真似できないカオスな余韻を残し、彼らは今日も元気に、最高に賑やかなクイーンサイズのベッドへと帰っていくのだった――!
司令官の誤算、あるいは予期せぬ「補完」
静まり返った司令室の片隅で
ドタバタと騒がしい足音を響かせ、アスカとレイを引き連れた比企谷八幡が司令室のドアを盛大に閉めて去っていったあと。
残されたのは、重苦しい沈黙と、言葉を失ったオペレーターたち、そして――。
碇ゲンドウ:
「…………」
床に座り込んだままの姿勢で、碇ゲンドウは微動だにしなかった。
その顔の右側、さきほど八幡の唇が直撃した一画が、妙に熱を持っている。
長年、妻であるユイを失って以来、彼の世界は冷徹な絶望と、それを塗りつぶすための「計画」の二色だけで塗りつぶされていた。他者との境界線を閉ざし、誰の温もりも拒絶し、孤独の王座に君臨し続けてきた男。
そんな彼の人生において、まさか「高校生の男子から、半ば嫌がらせのようなキスをされる」というイベントが発生するなど、人類補完計画のどのシナリオにも微塵も書かれていなかったはずだった。
碇ゲンドウ:
(……なんだ、この……)
ゲンドウはゆっくりと手を伸ばし、生暖かい、あるいは少しざらついた感覚の残る自分の頬にそっと触れた。
胸の奥底。
ずっと凍りついていたはずの深い底のそのまた底で、ほんの小さな、けれど確かな波紋が広がっていた。
呆れかえり、突拍子もなさすぎて理解が追いつかないはずなのに。
あの一歩も引かずに自分にぶつかってきて、理不尽な世界をひねくれた正論と力技で叩き壊していく「異物」の存在は、冷え切っていた彼の内側に、奇妙な熱量を残していったのだ。
それは怒りでも、屈辱でもない。
孤独な世界に閉じこもっていた老いた独裁者にとって、あまりにも理不尽で、あまりにも面倒くさい――しかし、あまりにも人間臭い「他者からの干渉」だった。
碇ゲンドウ:
「……フッ……」
微かに、本当にごくわずかに。
ゲンドウの唇の端が、誰にも気づかれないほどの小さな弧を描いた。
冬月コウゾウ:
「おい、碇。……しっかりしろ、気を失っている場合じゃないぞ。おい……?」
遠くで冬月が呆れたように声をかけてくるが、今のゲンドウにはそれがやけに遠く感じられた。
(……やれやれ。あんなガキの奇行ごときに、心が揺さぶられるとはな……)
計画の全貌が暴かれようとも、世界がどう転ぼうとも。
あの不条理な「右ストレートとキス」のせいで、彼の完璧だったはずの精神のバランスは、いい意味で、あるいは最悪の形で、ちょっとだけ狂わされてしまったのだった。
老人たちへの宣戦布告
――ゲンドウが床に座り込んだまま、「なんだこの気持ちは……」と人生最大の困惑と微かな心の充足感に浸っていたその時。
ザッ、と閉まったはずの司令室の自動ドアが再び重々しい音を立てて開いた。
碇ゲンドウ:
「……っ?」
そこには、すっかり帰ったはずの比企谷八幡の姿があった。
しかも、両脇には相変わらずアスカとレイを従えている。
八幡:
「あ、そういえば言い忘れてたわ、オヤジ」
アスカ:
「ちょっと、何戻ってきてるのよ! あんな変態親父に言い残したことなんてないでしょ!」
レイ:
「……比企谷くん、忘れ物?」
呆れるアスカと首をかしげるレイをよそに、八幡はポケットに手を突っ込んだまま、床のゲンドウを冷ややかに見下ろした。
八幡:
「これからな、本部にいる他の老人たち――その、ゼーレの胡散臭いじいさんどもに直接挨拶しに行こうと思ってさ」
碇ゲンドウ:
「……なに?」
ゲンドウの眉間がピクリと動いた。
モノリスの画面越しに世界の裏で糸を引く老人たち。直接乗り込むなど、常軌を逸した行動だ。
八幡:
「だってそうだろ? いつまでも裏であーだこーだシナリオ気取られて、こっちのプライベート(特に夜の睡眠時間)を邪魔されるのはマジでごめんだ。
だから直接言ってやるのさ。『お前らの描く人類補完計画なんてクソくらえだ。俺の日常と、この二人にこれ以上手出ししたら、次はジジイども全員の頬を容赦なく腫れ上がらせてやるから覚悟しとけ』ってな」
アスカ:
「っ……! なによそれ、最高じゃない……! あの画面の向こうで偉そうにしてる老害どもに、私の鉄拳を食らわせてやる絶好のチャンスじゃない!」
アスカはツインテールを揺らしながら、不敵で、けれどどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
レイも静かにうなずき、その青い瞳に強い決意の光を灯す。
レイ:
「……私も行く。……私たちの未来を、勝手に決めさせないために」
床にへばりついたままのゲンドウは、呆れたように、しかしどこか深いところで感心したような目を八幡に向けた。
碇ゲンドウ:
「……本気か。ゼーレを相手にするなど、破滅への特等席だぞ」
八幡:
「特等席ってのは、俺たちが毎晩寝てるクイーンサイズのベッドのことに決まってるだろ。あんな陰気臭いモノリスの集まりと一緒にすんな」
鼻で笑い捨てると、八幡はクルリと背中を向けた。
八幡:
「じゃ、行ってくるわ。せいぜい床の上で自分の甘さを反省してな、オヤジ」
アスカとレイの手を引き、最高に厄介で最高に頼もしい「反逆者」たちは、今度は人類の黒幕たちをシメるべく、堂々と司令室を後にしていったのだった――!
ゼーレ会議室の治安が急激に悪化する日
――「ゼーレのじいさんどもに挨拶しに行く」と宣戦布告し、迷わず歩き出そうとした八幡の背中に、背後から必死の制止が飛んだ。
最強のストップと、最悪の共犯者
冬月コウゾウ:
「待て待て待て! ちょっと待たんか、君たち!」
さっきまでこめかみを押さえて遠い目をしていた冬月が、慌てて椅子から立ち上がり、八幡の前に立ちはだかった。
冬月コウゾウ:
「モノリスどもに直接乗り込むだと!? あそこは人類補完計画の最高評議会だぞ! 警備の数も尋常ではないし、何よりあいつらを怒らせたら地球の終わり――いや、本当にスープにされるぞ!」
八幡:
「はあ? スープって、俺は豚骨醤油か何かかよ。だいたい、あんな画面越しに説教垂れてくるだけの引きこもり老人どもを野放しにしてるから、こっちの精神衛生がどんどんすり減るんだろ。道を開けろジジイ、ついでにお前の説教も後でたっぷり聞いてやるからな」
冬月コウゾウ:
「私まで説教の対象なのか……!」
頭を抱える冬月の後ろから、床に座ったままのゲンドウが、低く静かな声を発した。
碇ゲンドウ:
「……冬月、よせ」
冬月コウゾウ:
「碇? まさかお前、本気でこいつらを送り込む気か?」
ゲンドウはゆっくりと立ち上がり、割れた眼鏡をポケットに突っ込みながら、どこか冷ややかな、けれど隠しきれない期待の篭った目を八幡に向けた。
碇ゲンドウ:
「……行かせてやれ。あの老いぼれどもが、自分の思い通りにならない『現実』を突きつけられて慌てふためく顔を……一度くらい、私も見てみたかったところだ」
冬月コウゾウ:
「お前……自分たちの計画を自分でぶっ壊す気か!?」
呆然とする冬月をよそに、アスカとレイもニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
アスカ:
「ふん、あの老害どもをまとめてシメてやれるなら、私も大賛成よ! 行くわよ八幡!」
レイ:
「……うん。あの人たちに、私たちの邪魔はさせない」
八幡:
「ほら見ろ、現場の意見は一致団結してんだよ。じゃ、行ってくるわ、オヤジの仇をとってやるから感謝しろよ」
――こうして、人類の命運を握る最高評議会(ゼーレ)へと乗り込むことが、なぜか「不良少年の喧嘩」のようなノリで正式に決定してしまったのだった。
ゼーレ会議室・モノリスの大群 vs 比企谷八幡
数分後。
ネルフ本部の最奥、普段は絶対に一般職員どころか司令官ですら許可なく立ち入れない「ゼーレ会議室」の巨大な扉。
バァンッ!!
盛大に蹴破られたその音とともに、ずらりと並んだ不気味な「SOUND ONLY」のモノリス群の前に、八幡、アスカ、レイの3人が堂々と姿を現した。
ゼーレの声A:
『なっ……!? ネルフのパイロットどもが、なぜここに……! 予期せぬエラーだ!』
ゼーレの声B:
『比企谷八幡……! 貴様、この神聖なる人類補完計画の場に、何のつもりで――』
ぴかぴかと不気味に点滅するモノリスの群れ。
ゼーレの老人どもが画面の向こうで慌てふためいているのが、声のトーンからありありと伝わってくる。
しかし、八幡は鼻をほじりながら一歩前に出ると、その胡散臭い画面の一つを冷ややかな目で睨みつけた。
八幡:
「うるせぇな、画面の向こうの無職ども。夜中にピカピカ光りやがって、迷惑料請求すんぞ。お前らが勝手に垂れ流してる『人類補完計画』とやらのせいで、こっちは毎日過労死しかけてんだよ」
アスカ:
「ほんと、いい加減にしなさいよね! 人の人生を勝手なシナリオの道具にしようたって、そうはいかないんだから! ここで一発、私たちの鉄拳を味わわせてやるわ!」
レイ:
「……私を、道具扱いしないで。……あなたたちの計画は、ここで終わり」
ゼーレの声C:
『ふ、不敬な……! 人類の統合こそが、我らリリスの選民の――』
八幡:
「ハイハイ、講釈はいいから。お前らみたいなネットの掲示板の管理人みたいな連中には、一度リアルで痛い目見せねぇと分かんねぇらしいな」
言い終わるやいなや、八幡は一番中央で偉そうに点滅していたモノリスの画面(あるいはその周囲の制御パネル)に、容赦なく全体重を乗せた渾身の右ストレートを叩き込んだ。
ガシャーーーンッ!!
ゼーレの老人たち:
『なっ……!? ぐわっ――!!?』
電子音が盛大な悲鳴に変わり、ゼーレの誇る最高級のモノリス群が、高校生の物理的な暴力の前に次々と盛大にショートし、スパークを散らして崩れ落ちていく。
アスカ:
「いっけぇーー! やれやれ、このスカスカーッ!」
レイ:
「……一網打尽」
次々と画面がブラックアウトしていくゼーレ会議室。
世界を裏で操っていたはずの老害どもが「おのれ、比企谷――!」「このエラーめが――!」と情けない声を上げながら、完全に沈黙させられていった。
司令室にて
一方、モニターを通じてその一部始終を見ていたネルフ司令室。
碇ゲンドウ:
「…………」
冬月コウゾウ:
「…………」
モノリスが次々と粉砕され、ゼーレのじいさんどもが絶叫しながら泡を吹いて気絶(あるいは通信切断)していく様を目の当たりにし、冬月は言葉を失って口をポカンと開けていた。
しかし、その隣で。
碇ゲンドウは、ゆっくりと、しかしこれまでの人生で一度も見たことがないほど深く、そして心からのスッキリした笑みを浮かべていた。
碇ゲンドウ:
(……フッ。……ざまあみろ、老いぼれどもめ)
長年、あのモノリスの圧力に縛られ、窮屈なシナリオを強いられてきた最高の独裁者の胸のつかえが、あのひねくれた高校生の暴力によって、綺麗さっぱりと洗い流されていた。
冬月コウゾウ:
「……おい、碇。お前、今めちゃくちゃスカッとした顔してなかったか?」
碇ゲンドウ:
「……気のせいだ。……だが、悪くない光景だな」
世界の理不尽も、神のシナリオも、この「最強のダメ男と二人の少女」の前ではただの笑い話。
ネルフの治安は最悪になったが、彼らの世界は、かつてないほど最高に平和で自由な空気に包まれていくのだった――!
モノリスの前での「説教タイム」
スパークを散らして次々と機能を停止していくモノリス群の残骸。
その中央で、まだかろうじて生き残ってピカピカと怯えたように点滅しているメインのモノリスを前に、比企谷八幡は呆れたように腕を組んでやれやれと首を振った。
ひねくれ者による、人類最古の愚痴
八幡:
「で。まだ何か言い訳のある画面の向こうの引きこもり老人ども。お前らのその『人類補完計画』とやらの正当性を、せっかくだから俺に分かりやすく説明してくれよ。あいにく、俺は国語の成績だけはそこそこ良かったんでね、お前らの支離滅裂な御託くらい論破してやるよ」
ゼーレの声(震え声):
『な、なんと傲慢な……! 我々は人類を過ちと争いの連鎖から解放し、単一の完全な存在へと昇華させようとしているのだ! 個の壁を取り払い、魂を一つに溶かすことこそが、神が定めた究極の救済なのだッ!』
八幡:
「救済ねぇ……。要するに、『他人と向き合うのがめんどくさいから、みんな一緒くたの味噌汁になろうぜ』って言いたいわけだろ? それのどこが救済だよ、ただの現実逃避の極みじゃねぇか」
八幡は鼻で笑い、冷ややかな視線をモノリスに叩きつける。
八幡:
「他人が怖くて傷つくのが嫌だからって、個性を捨ててスープに混ざり合いました、めでたしめでたし……そんなもん、ただの『めんどくさいからの全放棄』だ。お前らが恐れてるのは使徒でも人類の滅亡でもねぇよ。自分以外の人間と真正面からぶつかって、すれ違って、それでも分かり合おうとする痛みを恐れてるだけの、ただの臆病者の集まりだろ」
ゼーレの声:
『き、貴様……! 我々の高潔な理念を、そんな低俗な次元で――!』
八幡:
「低俗上等だよ。俺はな、他人と馴れ合う青春なんて大嫌いだったし、人間関係なんてめんどくさいことこの上ないって本気で思って生きてきた。……だがな、それでも、隣にいるこいつらと過ごす毎日は、スープに溶けて消えるような無菌室の平和より何倍もマシだし、大事だと思える」
八幡がふと隣を向くと、アスカとレイがそれぞれ胸を突かれたような、けれどこの上なく愛おしそうな顔で彼を見上げていた。
八幡:
「不器用でもいい、傷だらけでもいい。自分の足で立って、自分の言葉で文句を言って、たまに美味しい弁当を一緒に食う――そういう面倒くさい『個人の日常』を、お前らの勝手な引きこもり思想に巻き込んで消そうとすんじゃねぇよ。お前らがやりたいなら、一生そのモノリスの裏で一人でスープでもすすってろ。他を巻き込むな、迷惑だ」
アスカ:
「よく言ったわ、バカ八幡! そうよ、私たちが選んだこの不器用な日常を、アンタらみたいな老害の理想郷と一緒にされてたまるかっての!」
レイ:
「……うん。私は、誰の代わりでもない。……あなたたちの計画なんて、いらない」
ゼーレの声(絶句):
『ぐっ……! こ、このエラーめが……! 人類の進化を否定する異物め……! 計画はすでに発動してい――』
八幡:
「はい論破。進化じゃなくて退化だろそれ。これ以上うるさいと、残りのモノリスも全部スクラップにして、お前らの代わりにオヤジの部屋の置物にしてやるからな」
圧倒的な正論と、それを裏付ける暴論(および物理暴力)の連撃。
ゼーレの老人どもは、自分たちの数十年がかりの壮大な計画を「ネットの引きこもりの現実逃避」の一言で一蹴され、反論する気力すら奪われてガタガタと震えるしかなかった。
最強の黒幕たちを言葉と拳で完全に沈黙させた八幡は、フッと息を吐き出すと、両脇に控える二人の少女の手をしっかりと握り締めた。
八幡:
「さて、説教も終わったし、帰るか。今日の夕飯は何にするよ?」
アスカ:
「もちろん、私の手料理……と言いたいところだけど、アンタがまた変な顔するから普通に買い出しよ!」
レイ:
「……お肉が、いい。……比企谷くんの分も、私が選ぶ」
世界の理不尽も、神のシナリオも、すべて粉砕した不良少年と二人の少女は、最高に平和で騒がしい「自分たちの日常」へと、堂々と胸を張って帰っていくのだった――!
二人の独裁者、ささやかな乾杯
――ゼーレのモノリス群が盛大なスパークとともに沈黙し、世界を裏で操っていたはずの老人たちが言葉を失って逃げ帰っていったその頃。
ネルフ本部の薄暗い司令室では、すべてのモニターが静まり返っていた。
静寂の司令室で交わされるグラス
碇ゲンドウ:
「……フッ」
低い、けれどどこかすっきりと晴れ渡ったような笑い声が、司令室の静寂に響いた。
床から立ち上がり、割れたままの眼鏡を完全に外したゲンドウは、手元にある小さなグラスに琥珀色の液体をトクトクと注ぎ入れる。
冬月コウゾウ:
「やれやれ……。まさか、ゼーレの老いぼれどもがあんなガキ一人に論破され、挙句の果てに物理でスクラップにされるところが生きて見られるとはな」
苦笑しながら、しかしその顔には隠しきれない痛快な色が浮かんでいる。冬月もまた、自分のグラスをゲンドウから差し出された。
碇ゲンドウ:
「計画の完遂など、最初から私の望みではない。……ただ、あの退屈で窮屈なシナリオが粉々に打ち砕かれるのを見るのは、悪くない気分だ」
冬月コウゾウ:
「まったくだな。人類の補完だの、単一のスープだの……あんな陰気臭い理想郷より、よっぽど現実的で、よっぽど人間臭い」
カチャン、と静かな司令室に二つのグラスが小気味よい音を立ててぶつかり合う。
長年、世界の命運を背負い、冷徹な仮面をかぶり続けてきた二人の男。
世界を救うでもなく、人類を導くでもなく、ただ「自分たちの思い通りにならない日常を力技で勝ち取った不良少年」の背中を見送りながら、彼らは人生で最も美味い酒(あるいはただの水やコーヒーかもしれないが)を喉に流し込んだ。
碇ゲンドウ:
「……さて、冬月。明日からの業務はどうする?」
冬月コウゾウ:
「決まっているさ。……あの面倒くさい若者たちが、また勝手気ままに平穏を謳歌できるように、私たちは私たちの仕事(尻拭い)をさせてもらうとしよう」
グラスを傾けながら、二人の元最高権力者はふっと不敵な笑みを浮かべる。
神のシナリオも、世界の終焉も、もうどうだっていい。
ネルフの治安は最悪になり、上層部は完全に崩壊したけれど――彼らの世界は今、かつてないほど自由で、最高にくだらない平和に満ちていたのだった。
苦い酒と、忘られない感触
――ゼーレのモノリス群を完全粉砕し、最強の説教と暴論で世界を救った(ような気でいる)比企谷八幡が、アスカとレイを引き連れて自分たちの「クイーンサイズのベッド」へと帰っていった少し後のこと。
司令室の夜更け
静まり返ったネルフ本部・司令室。
琥珀色のグラスを傾ける冬月の横で、碇ゲンドウは窓の外に広がる夜空を見つめていた。
そこに、ガチャリと軽い音を立てて自動ドアが開く。
八幡:
「あ、そういえばさっき言い忘れたことがあったわ」
戻ってきたのは、すでに制服のネクタイを緩め、どこか気だるげな様子でポケットに手を突っ込んだ八幡だった。
後ろにはついてきていない。どうやらアスカとレイは先に部屋で休ませているらしい。
ゲンドウはグラスを持ったまま、ふっと視線を八幡に向けた。
碇ゲンドウ:
「……なんだ。ゼーレの残骸でも片付け忘れたか?」
八幡:
「いや、そうじゃなくてさ」
八幡はトコトコと司令官の席の近くまで歩いてくると、腕を組んでゲンドウの顔をしげしげと観察した。そして、どこか呆れたような、あるいはからかうような笑みを浮かべる。
八幡:
「……なあ。オヤジ、ぶっちゃけさっきの俺のキス、相当きいたんじゃないの?」
碇ゲンドウ:
「…………っ!?」
グラスを持つゲンドウの手が、わずかに、しかし確実にピタリと止まった。
隣で酒を飲んでいた冬月は「ぶっ……!」と盛大に中身を噴き出しそうになり、慌ててハンカチで口を押さえる。
冬月コウゾウ:
(こ、このガキ……! よりによって世界の総司令に向かってなんという直球を……!)
碇ゲンドウ:
「……き、貴様……何を……」
普段の冷徹な仮面は完全に剥がれ落ち、ゲンドウの顔には人生最大の動揺と、あのときの生々しいざらついた感触を思い出してしまった気まずさが複雑に入り交じっていた。
八幡:
「いや、だってお前、さっきから妙にしおらしい顔して酒飲んでるしさ。俺の渾身のファースト(?)アタックが、幾千の使徒よりお前のハートに直撃しちまったのかなって思ってさ。いやぁ、男の無精ひげって結構ハードだからトラウマになってないか心配だったんだけど」
八幡、お前という男は……と心の底から頭を抱えたくなるような軽口。
しかし、不思議とそこには敵意もトゲもなかった。ただ、世界を揺るがす大事件を全部茶化して終わらせる、彼なりの不器用な「和解の合図」だった。
ゲンドウはしばらく絶句していたが、やがてふっと息を吐き出し、自嘲気味に片方の口角を上げた。
碇ゲンドウ:
「……まったく、救いようのないひねくれ者だな。……だが、否定はせん。私の人生において、あんなにも無意味で、あんなにも強烈なノイズは初めてだったからな」
八幡:
「ノイズっておい、せっかくの愛の告白(暴行)をそんな冷たく言うなよ。まあ、お互い変な誤解は解けたってことで、これからは平和にやっていこうぜ、オヤジ」
ひらひらと手を振る八幡。
そのあまりにフランクすぎる態度に、ゲンドウはもう呆れる気力すら失い、ただ静かにうなずいた。
碇ゲンドウ:
「……ああ。勝手にするがいい」
これからどうする?
踵を返して出口に向かおうとした八幡の背中に、ゲンドウがふと低い声で問いかけた。
碇ゲンドウ:
「……でだ、比企谷。ゼーレを潰し、計画もご破算になった今、お前はこれからどうするつもりだ? 世界はまだ、お前たちが平穏でいられるほど甘くはないぞ」
足を止め、八幡は振り返りもせずに、ただフッと鼻で笑った。
八幡:
「これからどうするって……決まってんだろ」
八幡:
「明日も明後日も、あの面倒くさい二人と一緒に起きて、朝食食って、学校行って……で、夜はあのクイーンサイズのベッドで一坪の平和を死守するのさ」
碇ゲンドウ:
「……それだけか」
八幡:
「あぁ。世界がどう転ぼうが、人類がどうなろうが知ったこっちゃない。俺のやるべきことは、いつだってシンプルだ。……じゃ、おっさんも夜更かししすぎると肌に悪いからさっさと寝ろよ」
そう言い残すと、八幡は二度と振り返らず、軽やかな足取りで司令室を去っていった。
静まり返った部屋。
ゲンドウは再びグラスを傾け、小さく呟いた。
碇ゲンドウ:
「……クイーンサイズのベッド、か」
冬月コウゾウ:
「やれやれ……。全く、とんでもない不良をこの組織に引き入れたものだな、碇」
碇ゲンドウ:
「……ああ。だが、悪くない選択だった……かもしれないな」
窓の外の夜明けが、ゆっくりと新しい世界の始まりを告げようとしていた。
組織の呪縛から解放された世界で、今日も今日とて最高にめんどくさくて愛おしい日常が、彼らを待っているのだった。
スープの未来と、究極の「ぼっち」思想
――自室に戻る途中の廊下。
ふと、八幡は今日ずっと引っかかっていた疑問を思い出し、足を止めて一人で腕を組んだ。
夜の廊下でひとりごちる八幡
八幡:
「……つうかさっきから思ってたけどさ」
静まり返ったネルフ本部の冷たい通路に、八幡のけだるげな声が響く。
八幡:
「ゼーレのじいさんども、やたら『魂を一つのスープに溶かす』とか言ってたけどさ……。あれ、冷静に考えてめちゃくちゃ意味不明だよな」
誰もいない空間に向けて、八幡は勝手にツッコミを入れ始めた。
八幡:
「全員が個性の壁をなくして一つの泥スープになりました、って、それの何が嬉しいんだよ。
旨味成分の渋滞を起こしてるだけで、絶対味覚がおかしくなるだろ。隠し味に何入れてんだよ、人類の歴史のトラウマか? そんなもん煮込んだって、美味しくなるどころか一口飲んだら速攻で腹壊すわ」
そもそも、他者と関わるのがめんどくさいからって、存在そのものを液体化して混ぜ合わそうとする発想がもうヘタレすぎると、八幡は心の中で盛大に白目を剥いた。
八幡:
「他人と分かり合うのが難しいからって、物理的に混ざり合って『はい、これで悩み解決!』って……それ、究極の逃げ切りじゃねぇか。
お前ら、友達いなさすぎて最終的に全員同じ味噌汁の具になりたかっただけの寂しがり屋の集まりだろ。もっとこう、一人で本読んだり、誰にも邪魔されずにネットサーフィンしたりする方がよっぽど健全な引きこもりライフだわ」
ひとしきり毒を吐き終えると、八幡はやれやれと首を振ってため息をついた。
八幡:
「まあ、あんな美味しくなさそうなスープに、俺の大切なクイーンサイズのベッドと、あの二人の日常を差し出す気なんて1ミリもねぇけどな」
ぶつぶつと文句を言いながら、八幡は再び歩き出す。
めんどくさい世界や、ワケのわからないスープの野望なんて綺麗さっぱり忘れて、彼は今日も、世界で一番温かくて騒がしい「自分たちの居場所」へと帰っていくのだった。
独裁者たちの深夜のスープ談義
静まり返った司令室にて
八幡が「スープの美味しくなさ」や「究極の引きこもりライフ」について盛大に文句を言いながら去っていったその頃。
残された司令室では、ゲンドウと冬月がモニター越しに(あるいは盗聴マイクを通じて)そのぼやきをしっかり聞いていた。
冬月コウゾウ:
「……『スープの味覚がおかしくなる』、か」
冬月は眼鏡のブリッジを押し上げながら、なんとも言えない表情で苦笑した。
冬月コウゾウ:
「ゼーレの老いぼれどもが何十年もかけて練り上げた、人類の進化と統合の究極の儀式――『人類補完計画』。それを『泥スープの飲み比べ』『ただの寂しがり屋の味噌汁の具』的一刀両断されるとはな。あいつに聞かせてやりたいものだ、あの爺さんたちの絶望した顔を」
碇ゲンドウ:
「……ふっ」
ゲンドウはグラスをテーブルに置き、わずかに口元を緩めた。
碇ゲンドウ:
「あながち、間違った解釈でもないさ。他者との摩擦を恐れ、傷つくことから逃れるために『一つの意識に溶け合う』……それは確かに、究極の逃避であり、個の死に他ならんからな」
冬月コウゾウ:
「おや、総司令ともあろう者が、自分の進めていた計画をそんな風に言っていいのか?」
碇ゲンドウ:
「私とて、本当に人類をあんな薄気味悪いスープにしたかったわけではない。あれはあくまで、ゼーレの老いぼれどもを納得させるための『御神輿(みこし)』にすぎん。……私の目的は、ただ一つ、ユイに会うことだけだ」
グラスの琥珀色の液体を揺らしながら、ゲンドウは静かに窓の外を見据えた。
碇ゲンドウ:
「だが……あいつの言う『一人で本を読んだり、誰にも邪魔されずにネットサーフィンしたりする方がよっぽど健全な引きこもりライフだ』という持論には、少しばかり感心させられたな」
冬月コウゾウ:
「まったくくだらん。世界を救うでも滅ぼすでもなく、ただ自分の小さな日常とベッドの平穏を守るために、あの手この手で大人を言いくるめて回る……。あんな厄介なガキを主人公に据えたせいで、我々の人生計画はすっかり狂いっぱなしだ」
碇ゲンドウ:
「ああ。だが……」
ゲンドウはふっと息を吐き、悪びれもせず言った。
碇ゲンドウ:
「あのスープに混ざり合って個性を失うよりは、あいつのようにひねくれて、不器用に誰かとぶつかり合って生きる方が、人間としてよほど全うだ。……違うか、冬月?」
冬月コウゾウ:
「……やれやれ。いつの間にか、君もすっかりあのガキの毒に当てられたようだな、碇」
呆れたようにため息をつきつつも、冬月の顔にも悪くない色の大人の笑みが浮かんでいた。
人類の補完も、使徒との戦いも、巨大なスープの野望も。
すべてをひねくれた正論で一蹴したひとりの高校生のせいで、ネルフのトップに立つ二人の世界観は、今日も今日とて最高にシュールで、和やかな着地点を見出しているのであった。
静かな墓前と、招かれざる「同伴者」
――ネルフ本部の喧騒が遠ざかった、緑深き郊外の静寂な丘の上。
小鳥のさえずりと風に揺れる木々の葉音だけが響くその場所に、碇ユイの眠る墓石がひっそりとたたずんでいた。
墓標の前に立つ二人
黒いコートを身にまとった碇ゲンドウは、静かに墓石の前に歩み寄り、一輪の花をそっと手向けた。
長年、心の中で描き続けた妻の面影。その静かな空間を味わうように、ゲンドウは目を閉じ、手を合わせた。
――しかし。
八幡:
「……で、なんで俺がここに連れてこられてるわけ?」
碇ゲンドウ:
「…………」
目を開けたゲンドウの視線の先には、なぜか腕を組んで不満そうに眉間を寄せている比企谷八幡の姿があった。
しかも、なぜかアスカとレイも(「せっかくの休日だし面白そうだから」という理由で)ちゃっかり同行している。アスカは日傘をさし、レイは静かに墓石を見上げていた。
碇ゲンドウ:
「……お前が勝手についてきたんだろう、比企谷」
八幡:
「はあ? 『ちょっと墓参りに行ってくる。静かに過ごしたいからお前も来い』とかいう謎の命令を朝っぱらから叩きつけてきたのはそっちだろ。こっちはまだベッドで二人に挟まれて二度寝をキメこむ最高の予定だったんだよ、連行されたこっちの身にもなってくれ」
アスカ:
「まったくよ! アンタの個人的なセンチメンタルな感傷に私たちを巻き込まないでよね。……まあ、お母様(ユイ)のお墓って言うなら、一度くらい挨拶してあげるのも悪くないけどさ」
ツインファイルを揺らしながら、アスカは少し照れくさそうに墓石に軽く会釈した。
レイは静かに一歩進み、ユイの面影をどこか自分自身と重ねるように、じっと墓石を見つめている。
レイ:
「……きれいな場所。……ここなら、寂しくない」
碇ゲンドウ:
「……ああ」
ゲンドウは小さくうなずくと、少しだけ複雑な、けれどどこか穏やかな目をレイに向けた。
そして、目の前にいる、昨夜「スープの味覚」について散々毒を吐いていたひねくれた高校生に視線を戻す。
碇ゲンドウ:
「……妻よ。見てのとおり、我が計画はあの不気味なスープではなく、この手のつけられないガキのひねくれた正論によって完全に粉砕された」
八幡:
「おい、墓に向かって変な濡れ衣を着せるな。俺はただ、お前らのめんどくさい現実逃避に付き合わされて被害を被った一般市民(自称)だぞ」
碇ゲンドウ:
「だが……」
ゲンドウはふっと、皮肉とも優しさともつかない小さな笑みを浮かべた。
碇ゲンドウ:
「あのおかげで、私も少しは呪縛から解放されたらしい。……お前なら、この奇妙な現状をどう思うか聞いてみたかった気もするがな」
八幡:
「……知るかよ。故人に話しかけるなら一人で勝手にやってくれ、俺は蚊帳の外なんだから」
ぶっきらぼうに顔を背ける八幡だったが、その口元はどこか悪くなさそうに緩んでいた。
帰りの道すがら
墓参りを終え、丘を下る帰り道。
八幡の両脇には相変わらずアスカとレイがピタリと寄り添い、少し前をゲンドウが一人で歩いている。
アスカ:
「ねえ八幡、次の休みはどこ行くのよ? まさかまた家でゴロゴロする気じゃないでしょうね!」
レイ:
「……私は、どこでもいい。……比企谷くんと一緒なら」
八幡:
「はいはい、次の休みはちゃんと買い出しにつき合いますよ……って、オヤジ、お前も一人で寂しく帰り道のコンビニでワンカップでも煽るのか?」
声をかけた八幡に、ゲンドウは振り返りもせず、ただ小さく手を挙げて答えた。
碇ゲンドウ:
「……いや。今日は、少し温かいものでも食べて帰るさ」
世界を滅ぼそうとした独裁者も、世界を救う気のないひねくれ者も、そしてその両隣でやんやと文句を言う少女たちも。
それぞれの「面倒くさい日常」を抱えながら、足並みを揃えて新しい今日へと歩き出していくのだった。
墓標の風と、ありえないはずの声
――静寂な丘の上。
八幡たちを少し先に行かせ、ゲンドウは一人、妻・碇ユイの眠る墓石の前に残っていた。
木々の間を吹き抜ける風が、そっとコートの裾を揺らす。
もう誰もいないはずの静かな空間で、ゲンドウはゆっくりと目を閉じ、かつての妻の温もりを思い出そうとしていた。
その時だった。
『――あなた』
碇ゲンドウ:
「……っ?」
耳元で、あまりにも懐かしく、あまりにも鮮烈な声が響いた。
それは記憶の残響などではない。確かにそこに存在し、柔らかな光を帯びた「声」だった。
碇ゲンドウ:
「……ユイ……?」
目を見開き、ゲンドウは辺りを見回した。
しかし、周囲に人影はない。少し離れた場所で、八幡が「おいオヤジ、置いていくぞー」と面倒くさそうに振り返っているのが見えるだけだ。
――幻聴か? 長年の執着と疲弊が生み出した、脳のバグにすぎないのか?
ゲンドウは自嘲気味に首を振ろうとした。だが。
『幻聴なんかじゃないわよ、あなた』
風がふっと強く吹き抜け、墓石の周りに奇妙で温かい光の粒子がふわりと舞い上がった。
そこに浮かび上がっていたのは、肉体を失い、しかし確かな意志と愛を持った――精神体となった碇ユイの姿だった。
碇ゲンドウ:
「なっ……!」
言葉を失い、ゲンドウはその場に膝をつきかけた。
かつて彼女を失った日から、彼の時間は止まっていた。世界を敵に回し、非道の限りを尽くし、冷酷な独裁者として泥水をすすってきたのは、すべてはこの幻影に――いや、彼女にもう一度会うためだけだったはずだ。
だが、ユイは目の前にいる。
そして、その表情は悲壮感に満ちたものでも、冷たいものでもなく、どこか呆れたような、けれど底抜けに温かい微笑みだった。
『私を取り戻すために世界をスープにしようとしたり、変な高校生に右ストレートを食らってキスされたり……あなた、相変わらず突っ込みどころが多すぎるわよ』
碇ゲンドウ:
「ユイ……お前、なぜ……」
『ずっと見ていたわ。あなたが一人で拗ねて、間違った方向へ突っ走っていくのも……そして昨日、あのひねくれた男の子にめちゃくちゃに引っ掻き回されて、ようやく少しだけ肩の力が抜けたこともね』
ユイの精神体はふわりと歩み寄り、かつてのようにゲンドウの頬にそっと手を伸ばした。
もちろん、肉体的な触覚はない。しかし、かつてなく鮮烈な温もりと、雪解けのような優しさが、凍りついていたゲンドウの胸の奥底へとダイレクトに流れ込んでくる。
『もう、無理をしなくていいのよ。……世界なんて救わなくていいし、くだらないスープにならなくたっていい。あなたは、あなたのままで、ちゃんと生きていけばいいの』
碇ゲンドウ:
「……っ、私は……私はただ……!」
言葉が続かなかった。
喉の奥が熱くなり、胸のつかえが激しく波打つ。
長年、他人に弱みを見せることなど許されず、涙の流し方すら忘れていたはずの冷徹な男の目から、大粒の涙が溢れ出した。
碇ゲンドウ:
「私は……お前がいなくて……ずっと、寂しかった……ッ!」
子供のように、絞り出すような掠れた声。
ゲンドウは両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちるようにして、文字通り声を上げて号泣した。
かつての絶対的な独裁者の威厳など、そこには微塵もない。
ただの「愛する妻を失い、何十年も迷い続けていた一人の男」が、ようやく呪縛から解き放たれ、子供のように泣きじゃくっていた。
少し離れた場所で、振り返ってその光景を目撃した八幡は、思わず足を止めて盛大に眉間を寄せた。
八幡:
「……おいおい、マジかよ。あのオヤジ、急にどうしたんだよ……」
アスカ:
「えっ、何!? 幽霊でも出たわけ!? っていうか、あんな大男が子供みたいに泣いてるんだけど……!」
レイ:
「……お母様が、そこにいる。……比企谷くん、少し……そっとしておいてあげて」
レイの静かな言葉に、八幡はふっと小さく息をつく。
面倒くさそうな顔をしながらも、それ以上野暮なツッコミを入れるのをやめ、八幡は静かに背中を向けた。
八幡:
「……しゃーねぇな。今日はとことん泣かせておくか。行くぞお前ら、あそこのオヤジには当分プライベートな時間が必要だわ」
世界の裏で糸を引いていた最強の悪役が、妻の優しさと、最高の「くだらない日常」の余韻の中で、人生で一番人間らしく泣きじゃくっている。
それは世界の終わりでも何でもなく、彼らにとっての、本当の意味での「補完」の終わりと、新しい朝の始まりだった――。
墓標の風と、新しい世界
――八幡たちが少し離れた場所で気まずそうに背中を向け、木陰で時間をつぶしている頃。
郊外の静かな丘の上では、碇ゲンドウが今だに地面に膝をついたまま、堰を切ったように涙を流し続けていた。
長年の重圧、終わらない後悔、そして世界を敵に回してまで追い求めた執着。そのすべてが、目の前にいる妻の優しい言葉によって綺麗に洗い流されていく。
二人だけの静かな時間
碇ゲンドウ:
「……ユイ、私は……私は、お前を失ってからずっと、間違った道ばかりを……」
声を震わせ、絞り出すように呟くゲンドウに、精神体となった碇ユイは優しく微笑みかけ、かつて彼を包み込んだような穏やかな声で語りかけた。
『知っているわ。あなたが不器用で、頑固で、誰よりも寂しがり屋だったこともね』
ユイの姿は、陽光に溶けるようにふわりと揺らぎながらも、その温もりだけはしっかりとゲンドウの胸の内に残り続けている。
『――だから、もう安心して、あなた』
碇ゲンドウ:
「……安心、して……?」
『ええ。私はいつでも、あなたの心の中にいる。だから、もう怯えなくていいし、無理に世界を壊そうとしなくていいの。あなたは、あなたの足で、これからの時間を生きていけばいい』
その言葉は、呪縛のようにゲンドウを縛り続けていた「人類補完計画」や「使徒との戦い」という名の鎖を、音を立てて断ち切っていった。
もう、冷徹な仮面をかぶる必要も、孤独な王座にしがみつく必要もない。
ユイは最後の光を帯びた微笑みを残し、ゆっくりと空へと溶けていくように消えていった。
『――じゃあね、あなた。また、ずっと先で』
碇ゲンドウ:
「っ……! ユイ……!!」
手を伸ばしたその掌には、あたたかな春の風だけが残されていた。
しかし、先ほどまでの冷え切った絶望感はもうどこにもなかった。胸の奥には、どこまでも深く、満ち足りた静けさが広がっていた。
覚悟の決定と、新しく見える世界
どれくらいの時間が経っただろうか。
ゲンドウはゆっくりと立ち上がり、乱れたコートの裾を払い、落としていた眼鏡を拾い上げてかけ直した。
その瞳に宿っていたかつての冷酷な光は消え、代わりに、不思議なほど晴れやかで、どこか吹っ切れたような強い意志が宿っていた。
八幡:
「……お、やっと泣き止んだかオヤジ。こっちはそろそろ日焼けしそうだったんだぞ」
少し離れた木陰から、八幡が面倒くさそうに声をかけてくる。その両脇ではアスカが「もう、待たせすぎよ!」と腕を組んで怒り、レイが静かにゲンドウの顔をじっと見つめていた。
ゲンドウはふっと息をつき、いつもの低い声で、けれどどこか柔らかい響きを帯びたトーンで答えた。
碇ゲンドウ:
「……待たせたな。少し、身内の個人的な話が長引いてしまった」
アスカ:
「は? 身内って、お母様のお墓の前で何やってたわけよ……って、ちょっとアンタ、顔色めっちゃスッキリしてない!?」
アスカが驚いたようにツインテールを揺らす。
それもそのはずだ。今のゲンドウの視界に映る世界は、昨日まで彼が見ていた「絶望と閉塞感に満ちた灰色の一色」ではなかったからだ。
青い空。揺れる緑の木々。遠くで騒がしく文句を言うひねくれた高校生と、彼を支える二人の少女の姿。
そのすべてが、驚くほど鮮やかに、生き生きと彼の目に映っていた。
世界は何も変わっていない。相変わらず面倒くさい問題だらけだし、明日になればまた使徒が攻めてくるかもしれない。
だが、今のゲンドウにとって、それはもう恐ろしい「シナリオの脅威」ではなく――自分が守るべき、そしてこれから生きていくべき、愛おしい現実の続きだった。
碇ゲンドウ:
「ああ。……なかなかに、いい景色だ」
八幡:
「……なんだよ急に。気味の悪いセリフ吐くなよ、鳥肌立ったわ」
胡散臭そうに腕をさする八幡を横目に、ゲンドウは小さく笑った。
碇ゲンドウ:
「さあ、帰るぞ。お前たちの言う『クイーンサイズのベッドの平穏』とやらに、私も少しだけ便秘……いや、協力させてもらうとしよう」
八幡:
「言い間違えが致命的だよ! まあいい、いい加減腹も減ったし、今日の夕飯の買い出しはお前の奢りな、オヤジ」
碇ゲンドウ:
「ふっ、いいだろう。特務機関の総司令の全財産をかけて、最高の一品をご馳走してやろう」
世界の呪縛から完全に解放された元・悪役のオヤジと、相変わらずひねくれた最強の高校生、そして二人の少女たち。
最高に賑やかで、最高に不条理な彼らの帰路は、かつてないほど明るい陽光に包まれていたのだった――!
孤独な王の、たった一つの羅針盤
――夕暮れ時の帰り道。
特務機関の総司令としての威厳と、一人の男としての未練、その両方を綺麗に脱ぎ捨てた碇ゲンドウの足取りは、驚くほど軽やかだった。
本当の「声」の価値
八幡:
「……にしてもさっきのオヤジ、墓の前で大号泣したかと思ったら、急に晴れ晴れとした顔しやがって。都合よく幻聴でも聞こえたのかよ」
歩きながら、八幡は横目を向けつつぶっきらぼうに突っ込む。
もちろん、それはからかい半分、少しばかりの照れ隠しも混じった八幡なりの気遣いだった。
ゲンドウはふっと小さく鼻で笑い、遠くの空に沈みゆく夕日を眺めながら静かに首を振った。
碇ゲンドウ:
「いや……幻聴などではない。あれは本物の、ユイの声だ」
アスカ:
「はあ? 本人って、お母様はもうずっと前に……」
レイ:
「……聞こえる。……必要な時にだけ、本当に大切な時だけに、ユイの意志は届く」
レイの静かな肯定に、アスカは「え、レイまで本気で言ってるの……?」と目を丸くする。
しかし、ゲンドウの表情には一切の迷いや狂気はなく、ただ穏やかな確信だけが宿っていた。
普段、彼の世界にユイの声が届くことはない。
日々の冷徹な公務の中でも、孤独に押しつぶされそうな夜でも、彼女が耳元でささやいてくれるわけではない。あの声は、彼が弱さに屈しそうになったとき、あるいは全てを投げ出して「間違った救済(スープ)」に逃げ込もうとしたとき――本当に、人生の舵を誤る瀬戸際にだけ届く、たった一つの奇跡のような羅針盤だった。
碇ゲンドウ:
「普段は聞こえない。……だからこそ、いいのだ」
ゲンドウはポケットに手を突っ込み、少しだけ歩幅を緩めた。
碇ゲンドウ:
「いつも側にいられては、私は甘えてしまう。自分で考え、自分の足で立ち、泥水にまみれてでも生き抜くことを、彼女は望んでいる。……だからこそ、あの声を聞いた以上、私はもう迷わない」
八幡:
「……へえ。まあ、普段からネチネチ頭の中に声が響いたりしたら、それこそプライバシーもクソもあったもんじゃないしな。必要な時だけって言うなら、たまには効率の良いシステムも悪くないか」
アスカ:
「ちょっと、感動的なシーンなのに台無しにするようなこと言わないの!」
アスカが八幡の脇腹を軽く肘で小突くが、八幡は「いてっ、事実だろ」とケロッとした顔でかわす。
碇ゲンドウ:
「あいつの声が聞こえたのは、おそらく……私がようやく、あの歪んだ計画から目を覚まし、お前たちのような『面倒くさい現実』と向き合う覚悟を決めたからだろうな」
ゲンドウは後ろを歩く八幡、そしてその両隣に寄り添うアスカとレイを振り返った。
その眼差しには、かつて部下を駒としか見ていなかった男の冷たさは微塵もなく、ただ一人の保護者としての、そして同じ世界を生きる仲間としての確かな温もりがこもっていた。
碇ゲンドウ:
「あの声を聞けただけで、私には十分だ。……これからの人生、世界がどう転ぼうが、使徒が何体攻めてこようが、私には命をかけて全うすべき仕事と……守るべき日常がある」
八幡:
「お、総司令殿が急に頼もしいこと言い出したぞ。じゃあ明日からの書類仕事、半分くらいオヤジの机に押し付けても文句言えねぇな」
碇ゲンドウ:
「それは困る。私の仕事はあくまで司令官としての最低限の尻拭いだ。書類仕事は若者の特権だろう、比企谷」
ふっと、二人の間で大人の(そして少しひねくれた)冗談が交わされる。
アスカは「もう、結局そこはサボる気満々なんだから!」と呆れ、レイは小さくくすりと微笑んだ。
ユイの温かな声は胸の奥にしまい込まれ、もう二度と迷うことのない覚悟を胸に。
元・世界を揺るがす独裁者と、世界を救う気のない最強のひねくれ者、そして二人の少女を乗せた帰路は、夕日に照らされてどこまでも温かく、穏やかに続いていくのだった――!
ゼーレ会議室・リターンズ
――数日後。
ネルフ本部の最奥、かつて八幡の右ストレートと暴論によって盛大にスクラップと化した「ゼーレ会議室」。
ガシャーーーンッ!!
再び、あの重厚な扉が盛大に蹴破られた。
前回と違うのは、後ろからアスカとレイを引き連れているだけでなく、なんとあの碇ゲンドウと冬月コウゾウの二人が、腕を組んで堂々と連れ立ってやってきている点である。
最強の布陣、再びモノリスの前に立つ
修復されたばかり(あるいは仮のパネルでどうにか誤魔化された)モノリスの群れが、突然の侵入者に青くピカピカと怯えたように点滅を始める。
ゼーレの声A(動揺):
『なっ……!? 碇ゲンドウ、それに冬月……! なぜ貴様らがここにいる! 以前のあの悪魔のような高校生だけでなく、本部のトップまで揃って乗り込んでくるとは――!』
ゼーレの声B:
『き、貴様ら、いったい何を企んでいる……! 人類補完計画の最終段階を前にして、反逆するつもりか!』
パニックに陥るモノリスの群れを前に、八幡は欠伸を噛み殺しながら一歩前に出た。
八幡:
「あー、すまんすまん。前回はちょっと機嫌が悪くて、いきなりモノリスをスクラップにしちまって悪かったな。一応、大人の礼儀として謝っとくわ。……すまんかった」
口では謝りながらも、態度と言葉の端々からは「反省の色は1ミリもない」ことが全開で伝わってくる。
アスカ:
「全然反省してない顔でよく言うわね、このバカ」
レイ:
「……でも、謝ったから、許される……かもしれない」
後ろでアスカがツッコミを入れ、レイが微かに首をかしげる。
その横で、碇ゲンドウはスッと一歩前に出ると、かつての冷徹な独裁者ではなく、どこか吹っ切れた清々しい笑みを浮かべてモノリス群を見据えた。
碇ゲンドウ:
「ゼーレの老人どもよ。私からも言わせてもらう。お前たちの掲げる『人類を単一のスープに溶かす補完計画』だが……あれは却下だ」
ゼーレの声C(絶句):
『なっ……!? 碇、貴様……! 何を言っている! それが我ら選民の――』
冬月コウゾウ:
「まあ聞きたまえ、老人たち」
冬月がやれやれと片手を挙げ、冷静に言葉を継ぐ。
冬月コウゾウ:
「私たちも、あのガキのひねくれた説教と、スープの美味しくなさについての長広舌を散々聞かされたおかげで目が覚めた。他人の痛みを恐れて泥スープに混ざり合うなど、究極の現実逃避にすぎん。……でだ、本題はここからだ」
八幡:
「そうそう。要するに何が言いたいかっていうとだ」
八幡は再びモノリスのメイン画面に近づき、ジト目で言い放った。
八幡:
「お前ら、何十年もかけて考えてきた人類の未来のプランが『全員スープ』って、ちょっと発想が古臭くてワンパターンすぎやしないか? もっとこう、スープ以外のまともな解決策とか、別の案はねぇわけ? せっかくの機会だ、知恵を出し合おうぜ、うんこ座りのジジイども」
ゼーレの老人たち(完全なフリーズ):
『す、スープ以外の案……だと……? 我々に、別の選択肢を求めているのか……?』
世界を裏で操ってきた最高評議会(ゼーレ)の老人どもは、自分たちの数十年がかりの壮大な計画を「ワンパターンなスープ」と一刀両断され、さらに「別の案を出せ」とヤンキーに絡まれるようなノリで詰め寄られ、思考回路が完全にショートしてしまったのだった。
一体これからどうなるのか――ネルフの治安はもはや修復不可能なレベルで悪化しているが、彼らの未来は、かつてないほど自由でシュールな笑いに包まれていた!
ゼーレ、全会一致で詰む
――「スープ以外の案を出せ」という、人類の最高評議会に対するあまりにも斜め上の詰め寄り。
モノリスの群れは、怒号ではなく、ただひたすらに気まずい「静寂」に包まれた。
ピカピカと明滅していた青い光が、まるで故障したようにチカチカと不規則に揺らいでいる。
モノリスの動揺と、核心を突く質問
ゼーレの声A(かすれ声):
『……な、何を言っている……。我々の計画は、使徒の襲来に備え、人類が滅びを迎える前に高次の存在へと脱皮するための――』
八幡:
「いや、だからさ」
バシッ、と八幡は一番近いモノリスのフレームを軽く手のひらで叩いた。その軽薄な態度に、ゼーレの老人たちは心底怯えたような気配を漂わせる。
八幡:
「お前らさっきから『人類の滅亡』だの『たち行かなくなる』だの、大層な危機感を煽ってるけどさ。それって本当に、ガチでマジでどうしようもなくなるわけ? 本当の本当に?」
アスカ:
「そうよ! アンタたちの言う『滅亡』って、どうせ自分たちのシナリオ通りに世界が動かないからって、勝手に絶望してるだけなんじゃないわけ!?」
レイ:
「……私たちは、まだ生きている。……世界は、そんなに簡単に終わらない」
碇ゲンドウ:
「……言う通りだ。使徒を退け、個々の境界を持ったまま生きていく道は、現にある。我々が目を背けていたのは、困難な現実ではなく、ただ『傷つくことへの恐怖』だったのではないのか?」
総司令であるゲンドウまでが八幡側に寝返り(あるいは論破され)、正論で追い打ちをかけてくるものだから、モノリスの老人どもは完全にパニック状態に陥った。
ゼーレの声B(冷や汗の気配):
『ば、馬鹿な……! ATフィールドの限界はすでに予測されておる! このままでは人類はいずれ個として孤立し、自壊の道を――!』
八幡:
「自壊しようが何しようが、それは人間が勝手にやることだろ。他人に迷惑かけない範囲で勝手に引きこもる分には自由だけどさ、人類全体をまとめて強制ロトリング(※液体化)にかけるとか、お前らのエゴを地球規模で押し付けんなよ」
八幡は腕を組み、冷ややかな目をモノリスに据えた。
八幡:
「で? 答えてよじいさんたち。本当の本当に、スープにする以外に人類が生き残る道はねぇわけ? お前らの頭脳でも、もうちょっとマシな代替案――例えば、みんなでもっと面倒くさく話し合うとか、互いに歩み寄るための泥臭い努力をしてみるとか、そういう『スープを使わない選択肢』は、一歩も脳内に出てこなかったわけ?」
ゼーレの老人たち:
『ぐっ……! うぅ……!』
ゼーレの声C(絶望の断末魔):
『そ、そんなの……! そんな面倒くさいことを、全人類がやれるわけが――!』
八幡:
「やれるかどうかじゃねぇよ、やるしかないんだよ。楽して全員同じ味噌汁になろうとすんじゃねぇ、自分たちの足で立て、クソジジイども」
圧倒的な正論、そして「面倒くさいから現実逃避するな」という最強のひねくれ論の前に、ゼーレの数十年にわたる壮大な計画の根底は、完全に粉々に論破された。
崩壊する神のシナリオ
モノリスの画面が、一斉にバグったように激しく明滅し始めたあと――
パチンッ……。
次々と電源が落ちるように、画面が真っ暗にブラックアウトしていった。
「人類補完計画」の最高評議会は、物理的な暴力ではなく、高校生の「めんどくさいから現実見ろ」というあまりにも真っ当な説教によって、文字通り完全降伏(沈黙)させられたのである。
冬月コウゾウ:
「……やれやれ。まさか、ゼーレの老人どもを相手に『人生相談』のノリで説教を完遂するとはな」
頭を抱えながらも、冬月はどこか清々しい笑みを漏らした。
碇ゲンドウ:
「ああ。……これで、本当の意味で『神のシナリオ』は消滅したな」
ゲンドウは横にいる八幡を一瞥し、わずかに口元を緩める。
八幡は「ふう、やれやれだぜ」とばかりに首をポキポキと鳴らし、両脇にいるアスカとレイに向き直った。
八幡:
「ふぅ、終わった終わった。これで世界がどうこう言う面倒なイベントは全部消化したし、文句なしの休日モード突入だな」
アスカ:
「よくやったわ、バカ八幡! あんな老害ども、二度と私たちの日常に口出しできないようにしてやったんだからね!」
レイ:
「……お疲れ様、比企谷くん。……帰ったら、美味しいお茶を入れる」
世界の命運を握る壮大な陰謀は、ひねくれた一人の少年と、彼を支える二人の少女、そして完全に毒を抜かれた元・独裁者たちによって、最高にくだらなく、最高に平和な形で幕を閉じたのだった。
帰り道の、少しだけ真面目な疑問
――ゼーレのモノリス群を完全論破し、人類補完計画を「スープ以外の選択肢」に強制シフトさせたその帰り道。
ネルフ本部の薄暗い廊下を、八幡、アスカ、レイ、そして少し離れて歩くゲンドウと冬月の一行が歩いていた。
ひねくれ者の直球な疑問
ふと、前に歩くゲンドウの背中を見つめながら、八幡はポケットに手を入れたまま、気だるげに口を開いた。
八幡:
「なあ、オヤジ」
碇ゲンドウ:
「……なんだ、比企谷」
振り返りはしないが、ゲンドウは足を止めずに低い声で応じる。
八幡:
「そもそもさ。お前ほどの権力持ってる人間が、なんであんな胡散臭いジジイどもの言いなりになって、あんな面倒くさい『世界をスープにする計画』の神輿をわざわざ担いでたわけ? どう見てもお前の柄じゃねぇだろ」
その質問に、アスカも「あ、それ私も気になってた!」と足を止め、レイも静かにゲンドウの横顔を見つめた。
ゲンドウは小さく息を吐くと、ついに足を止め、振り返って八幡を見た。その表情にかつての冷酷さはなく、どこか苦笑いのような、自嘲の色が浮かんでいた。
碇ゲンドウ:
「……柄ではない、か。全くだな」
ゲンドウは窓の外の夜空に目をやった。
碇ゲンドウ:
「言う通りだ。あんな老いぼれどもの理想郷など、私にはどうでもよかった。だが……あの当時は、それ以外の方法がなかったのだよ」
八幡:
「方法、ねぇ……」
碇ゲンドウ:
「ユイを失った絶望の中で、私が持っていたのは『もう一度彼女に会いたい』という執念だけだった。組織を動かし、使徒を殲滅し、この世界の理をひっくり返すには膨大な力と、莫大な資金、そして……組織のバックアップが必要だった。だから私は、ゼーレの描くシナリオを利用し、彼らの道具のふりをして力を蓄えたのだ」
冬月コウゾウ:
「要するに、『目的のためなら悪魔にでも魂を売る』というやつだな。結果的に、悪魔の方が一枚上手だったわけだが……」
冬月がやれやれと肩をすくめる。
碇ゲンドウ:
「ああ。利用しているつもりが、いつの間にか巨大なシステムという名のレールに縛られていた。……大人の世界というのはな、比企谷。自分の意志だけではどうにもならない利害関係と、見栄と、妥協の積み重ねでできているのだよ」
ゲンドウの言葉に、八幡は「げっ……」と盛大に顔をしかめた。
八幡:
「うわ、聞くだけで胃が痛くなりそうな話だな。それって要するに、『めんどくさいことから目を背けて組織の歯車になってたら、いつの間にか身動きが取れなくなってた』ってパターンだろ? マジで大人って生き物は業が深すぎんだろ……」
アスカ:
「ちょっと、人の苦労話をそんな一言で片付けないの! でもまあ、大人の世界ってそういう妥協の塊なのよね……」
アスカが少し複雑そうな顔で腕を組む。
レイは静かに八幡の袖をキュッと引っ張り、その温もりを確かめるように見上げた。
レイ:
「……比企谷くんは、そんな大人にはならない?」
八幡:
「は? 当たり前だろ。俺はな、どれだけ世間が面倒くさかろうが、社会の歯車になろうが、自分のベッドと、お前たちが作る夕飯の平穏を守るためだけに生きるって決めてんだよ。組織のトップに立って世界を救うより、一人のひねくれ者として身の丈にあった日常を死守する方が、よっぽどハードボイルドで健全だわ」
八幡のその不器用で、しかしブレない答えを聞いた瞬間。
碇ゲンドウは、呆れたように、けれど心の底から満足したような深い笑みを浮かべた。
碇ゲンドウ:
「……まったくだ。お前のそのひねくれた現実主義が、あの老いぼれどもだけでなく、私まで救い出すことになるとはな」
冬月コウゾウ:
「やれやれ、これ以上あのガキに説教される前に、我々は自分のデスクに戻るとしようか、碇。明日からの書類の山が、我々を待っている」
碇ゲンドウ:
「ああ。……行くぞ、比企谷。大人の世界のめんどくささは私たちが引き受けてやる。お前はせいぜい、その『クイーンサイズのベッドの平穏』とやらを守るがいい」
そう言って歩き出す大人たちの背中を見送りながら、八幡はやれやれと首を振った。
八幡:
「はいはい、お仕事頑張ってくださいよ、元・世界を滅ぼそうとしたオヤジ殿。……さて、じゃあ俺たちも帰って、今日の夕飯の献立でも考えるか」
アスカ:
「決まりね! 今日は絶対、私の特製ハンバーグにしてあげるんだから!」
レイ:
「……楽しみ。……帰ろう、比企谷くん」
めんどくさい大人の世界を背後に追いやり、ひねくれた不良少年と二人の少女は、最高に温かくて不器用な自分たちの明日へと、並んで歩いていくのだった――!
残された最後の「宿題」
――めんどくさい大人の世界を背後に追いやり、最高に温かい日常へと帰路につこうとしたその時。
不意に、八幡の足がピタリと止まった。
八幡:
「……ん?」
アスカ:
「ちょっと、急に立ち止まってどうしたのよ、バカ八幡。ハンバーグの買い出しのことで頭がいっぱいなわけ?」
八幡:
「いや、そうじゃなくてさ……。一つ、根本的な疑問を思い出しちまったんだけど」
八幡は腕を組み、斜め上に視線を走らせながら、数歩先で振り返ったゲンドウと冬月をジト目で指差した。
八幡:
「ゼーレのじいさんどもは論破した。人類補完計画のスープ化も白紙に戻した。……で、だ。肝心の『使徒』ってどうすんの? まだ何体か残ってよね?」
その言葉に、アスカは「あ……」と声を漏らし、レイもわずかに目をパチクリさせた。
そして、これまですっかり「平和な隠居モード」に入りかけていたゲンドウと冬月は、ハッとしたように顔を見合わせる。
冬月コウゾウ:
「……そういえば、そうだったな」
碇ゲンドウ:
「……すっかり忘れていたな。ゼーレの相手に気を取られて、本業の使徒迎撃を後回しにしていた」
八幡:
「忘れてたんかい! 一国の総司令が地球の危機をうっかり忘れるなよ!」
八幡は盛大に白目を剥いてツッコミを入れた。
八幡:
「つうかさ、冷静に考えてみろよ。ゼーレが消えたからって、定期的に空から降ってくるあの迷惑な幾何学模様の怪物どもが『あ、上層部が解散したんで私たちも撤退しまーす』なんて空気読んだりすんのかよ? しないだろ、絶対」
アスカ:
「た、確かに……! あいつら、こっちの都合なんてお構いなしに突然襲ってくる変態的なデカブツばっかりだし!」
レイ:
「……使徒は、使徒の目的のために動いている。……ゼーレの計画とは、関係ない」
冬月コウゾウ:
「その通りだ。ゼーレの人類補完計画はあくまで『リリスベースのシナリオ』にすぎん。アダム系の使徒たちがそれを忖度して手加減してくれるわけではないからな」
碇ゲンドウ:
「つまり、だ……」
ゲンドウは眼鏡の位置を直し、かつての冷徹な司令官の顔ではなく、どこか泥臭く現実的な、けれど妙に頼もしい笑みを浮かべて八幡を見た。
碇ゲンドウ:
「ゼーレを片付けたところで、我々の仕事がなくなったわけではない。……残りの使徒をしっかりぶん殴って撃退しなければ、お前たちの『クイーンサイズのベッド』も空から降ってきた使徒に踏み潰されるということだ」
八幡:
「……うわ。マジかよ。結局、最後は肉体労働なのかよ……!」
頭をガシガシとかきむしり、八幡は天を仰いだ。
平和な引きこもりライフへの道は、まだもう少しだけ「使徒の撃破」という名の面倒くさい障害物競走をクリアしなければならないらしい。
八幡:
「はぁ……。しゃーねぇな。ここまで来たら、最後の最後まで付き合ってやるよ。
……おい、オヤジ。エヴァの修理と出撃準備はどうなってんだ? 明日からのシフト、鬼のように組んでやるから覚悟しとけよ」
碇ゲンドウ:
「ふっ、任せておけ。特務機関ネルフの総司令の全権限を以て、お前たちの戦闘を全力でサポートしよう。……もちろん、戦闘が終わったら約束のハンバーグの時間は死守させてやるがな」
アスカ:
「よしっ、決まりね! 残りの使徒なんて、私の華麗な連続キックでまとめて宇宙の塵にしてやるわ!」
レイ:
「……うん。みんなで、勝つ」
世界の呪縛は消え去った。あとは、空から降ってくる迷惑な怪物をいつも通りボコボコにして、自分たちの日常を取り戻すだけだ。
最高にめんどくさくて、最高に愛おしい最終ラウンドのベルが、今、静かに鳴り響こうとしていた――!
エヴァの操縦席(エントリープラグ)に隠された、あまりにもエグい真実
――明日からの使徒迎撃シフトについて話し合いながら歩いていたその時、アスカがふと足を止め、腕を組んでジト目でゲンドウを睨みつけた。
アスカ:
「ちょっと待ってよ、オヤジ。そういえばさっきから気になってたんだけどさ……」
碇ゲンドウ:
「……なんだ、アスカ」
アスカ:
「なんでエヴァって、子供――私たちみたいな中学生しか乗れないわけ? あんなクソでかいロボットを動かすのに、大人の技術者とかパイロットじゃダメな理由があるの? もしかして、アンタたちがラクして私たちをこき使うための陰謀なんじゃないわけ!?」
アスカの鋭いツッコミに、レイも静かにうなずき、八幡も「あ、それ俺もずっと思ってたわ」と腕を組んだ。
八幡:
「確かに。普通に考えて、危険な肉体労働や戦闘は屈強な大人のプロに任せるのが社会の常識だろ。それを思春期真っ只中の精神的に不安定なガキどもに全部押し付けるって、労働基準法どころか人道的なモラルが完全にマヒしてんぞ、オヤジ」
ゲンドウが語る「大人が乗れない」本当の理由
周囲からの疑惑の目を向けられ、ゲンドウは小さく息を吐くと、ポケットから手を抜いてやれやれと首を振った。
碇ゲンドウ:
「……誤解のないように言っておくが、私たちが好き好んで子供を選別しているわけではない。技術的、そして生物学的な絶対の制約なのだよ」
八幡:
「制約ねぇ……。要するに何? エヴァの操縦席の椅子が子供用サイズしかなくて、大人の体型だと窮屈だからとかそういうオチじゃないだろうな」
碇ゲンドウ:
「まさか。理由はもっと根本的なものだ。……エヴァの正体は、機械ではなく『人造の神(巨人)』だ。それを制御するためには、パイロットの神経を機体に同期させ、L.C.L.という液体を通じて精神をダイレクトに接続しなければならん」
ゲンドウは冷徹な、しかしどこか現実を突きつけるような目で三人を見据えた。
碇ゲンドウ:
「大人の人間はな、すでに自分という『自我の境界線』が完全に確立されている。他人との間に壁を作り、社会の常識や大人の事情でガチガチに固められた大人の精神をエヴァに接続しようとすれば、機体の圧倒的な拒絶反応(ATフィールドの衝突)に耐えきれず、脳が焼き切れるか、あるいはL.C.L.の中でただの『水』に溶けて消えてしまうのだよ」
アスカ:
「……脳が、焼き切れる……?」
レイ:
「……自我が、保てなくなる」
碇ゲンドウ:
「そうだ。その点、子供たちはまだ心が完全に固まりきっておらず、大人との境界線が曖昧で、他者との接続を受け入れる余地がある。……だからこそ、エヴァと同期できるのは、まだ世界の色に染まりきっていない『子供』だけなのだ」
八幡の斜め上の結論
ゲンドウの真面目な解説を聞き、アスカは少し絶句し、レイは静かに目を伏せた。
――だが、比企谷八幡はその場で盛大にため息をつき、頭をガシガシとかきむしった。
八幡:
「……はあ? つまり何だ。要するに『大人は心がすり減って頑固で自己防衛本能ばかり高くなってるから、エヴァみたいな面倒くさい機体とは相性が悪い』ってことかよ」
碇ゲンドウ:
「……まあ、端的に言えばそうなるな」
八幡:
「うわ、最悪だなそれ。結局のところ、素直でまだ絶望しきってない純粋なガキの方が、大人の都合のいい身代わりとしてシステムに組み込みやすいってだけの話じゃねぇか。大人の世界、どこまでクソ仕様なんだよ……」
アスカ:
「ほんとよ! 私たちが苦労してエヴァに乗って戦わされてたのは、アンタたち大人が精神的に老け込んでて使えなかったからってわけ!?」
お叱りモードに入りかけたアスカの剣幕に、ゲンドウは珍しくわずかにたじろぎ、眼鏡の位置を直してごまかした。
碇ゲンドウ:
「……まあ、過去のシステム構築においては、確かにその側面もあったことは否定せん。だが……」
ゲンドウはふっと視線を和らげ、八幡、アスカ、レイの三人の顔を順に見渡した。
碇ゲンドウ:
「これからは違う。お前たちが『自分たちの日常とベッドの平穏』を守るために戦うと言うなら、私は総司令として、そのシステムを全力で子供たちから奪い返してやろう。使徒との戦いが終われば、二度とこんな危なっかしい兵器に子供を乗せる必要などなくなるように、私がすべてを終わらせてやる」
その言葉には、かつての冷酷な独裁者の影はなく、不器用ながらも子供たちの未来を守ろうとする「一人の大人の責任感」がしっかりと宿っていた。
八幡:
「……ふっ。ま、オヤジがそこまで言うなら、次の使徒くらいサクッと片付けて、明日から爆睡してやるよ」
アスカ:
「まったく、次からそういう面倒くさい設定は最初から説明しなさいよね! でも、アンタがそこまで言うなら、明日の使徒も私の華麗なキックで秒殺よ!」
レイ:
「……うん。みんなで勝って、……美味しいハンバーグを食べる」
エヴァの操縦席という残酷な真実すらも、彼らの日常を脅かす障壁にはなり得ない。
面倒くさい現実を丸ごと抱きしめながら、最強のひねくれ者と少女たち、そして生まれ変わった大人は、明日へと続く道を力強く歩んでいくのだった――!
司令官、エントリープラグへ
――「大人の精神は硬直しているからエヴァには乗れない」という残酷な真実が語られたその直後。
比企谷八幡は、ふっと足を止め、アスカとレイを引き連れて振り返った。そして、ジト目で碇ゲンドウを上から下までじろじろと観察し始めた。
八幡:
「……なあ、オヤジ」
碇ゲンドウ:
「……なんだ、比企谷。また何か変な難癖をつける気か」
八幡:
「いやさ、さっきの話聞いてて思ったんだけどさ。大人は心が頑固で自我の境界線がガチガチだからエヴァに拒絶されるって言ったよな?」
アスカ:
「あ……! 待って、それってつまり……!」
アスカの青い目がピカーンとひらめき、悪企みをする子供のような笑みに変わる。
レイも静かにうなずき、八幡の意図を察したようだ。
八幡:
「そう。お前、さっき墓の前で大号泣して、自分の殻を盛大にブチ破ってただろ? 息子のキスでトラウマを乗り越え、ゼーレを論破して、人生の面倒くさい呪縛から完全に解放されたばっかじゃん。今のオヤジって、精神的にはむしろピッチピチの青春真っ盛り状態なんじゃねぇの?」
碇ゲンドウ:
「なっ……!?」
冬月コウゾウ:
「ほう……。確かに、昨夜からの碇の変わりようは、かつての頑迷さとは到底思えんな。まさか、お前……」
ゲンドウが息を呑む暇もなく、アスカがすかさずスマホを取り出し(あるいは無線機を掴み)、ネルフ本部の地下へ直接号令を飛ばした。
アスカ:
「リツコ! 聞こえる!? 今すぐテストプラントの準備をしなさい! 総司令を今すぐエヴァのエントリープラグにブチ込むわよ!」
赤木リツコ(無線・声):
『……は? アスカ? 何を言ってるの、大人がプラグにダイブしたらL.C.L.の中で精神が崩壊してただの液体に――』
八幡:
「いいからいいから! 形式上の実験だっての! うちのオヤジが最近イメチェンして心も体も(精神的に)若返ったもんだから、どれくらいシンクロするか試してみたいんだよ。頼むわリツコさん、日本全国の平和と俺の二度寝のために!」
赤木リツコ(無線・声):
『……比企谷くん、相変わらず無茶苦茶なことを……。まあ、総司令自身の意志なら止めはしないけれど……本当に行くの? ゲンドウくん?』
テストプラント・L.C.L.の海へ
数十分後。
ネルフ本部の最下層、エヴァのケージ。
赤木リツコ:
「……本当にやる気なのね、碇司令。正気とは思えないけれど」
冷ややかな、しかしどこか好奇心の色を隠せないリツコが見守る中、プラグスーツ(あるいはせめてもの黒いシャツ姿)に着替えさせられた(あるいはそのままのコート姿で無理やり押し込まれた)碇ゲンドウが、エントリープラグのハッチの前に立っていた。
碇ゲンドウ:
「……やれやれ。まさか、この歳になって私がプラグに逆戻りするとはな」
苦笑しながらも、ゲンドウの瞳にはかつての絶望的な暗さはなく、妙な吹っ切れた光が宿っている。
八幡:
「ほら、オヤジ、ビビってねぇでさっさと乗れよ。お前がここで華麗にシンクロして使徒を全滅させてくれたら、明日の買い出し免除してやるからさ」
アスカ:
「いっけぇーー、総司令! アンタの青春の初恋(ユイ)パワーを見せてやりなさいよ!」
レイ:
「……お父さん、……いってらっしゃい」
「お父さん」という破壊力抜群のワードにゲンドウが盛大にむせたが、もう引き返せない。
ゲンドウは覚悟を決めると、スッとエントリープラグに乗り込み、ハッチが重々しく閉まった。
ザプ――ン……。
プラグ内にL.C.L.の液体が満ちていく。
かつて多くのパイロットたちの精神を試してきた、命がけの接続の海。
赤木リツコ(コントロールルーム):
『神経接続開始……。L.C.L.酸素供給、ダイレクト・マインド・リンク……。――信じられない、ATフィールドの拒絶反応が……ほとんど起きない……!?』
コントロールルームのモニターが激しいアラートではなく、綺麗な緑色の同期数値を叩き出し始めた。
碇ゲンドウ(プラグ内):
(……これは……)
L.C.L.の液体に包まれた瞬間、ゲンドウの脳裏に、かつての冷酷な計算でも、歪んだ補完計画の幻影でもない――あの丘の上で聞いたユイの温かな声と、目の前で文句を言い合っているひねくれた不良少年や少女たちの顔が、鮮やかに浮かび上がった。
私はもう、一人ではない。
隠すべき秘密も、世界を敵に回す孤独もない。ただ、目の前の面倒くさくも愛おしい日常を守るために、私はここにいる。
碇ゲンドウ:
(……フッ。悪くない気分だな)
赤木リツコ(絶句):
『……同期率、安定……! なによこれ、大人の精神なのに、完全にエヴァと一体化している……!? 嘘でしょ、こんなのあり得ない……!』
八幡(モニター越し):
「おっ、すげぇ! マジでいけたぞあのオヤジ! つうか、ちょっとカッコいいじゃねぇか!」
プラグの中から、静かに、しかし圧倒的な存在感を放つエヴァの巨大な目が、カッと見開かれた。
殻を破った元・悪役のオヤジは、ついに自らロボット(神)のコクピットに収まり、人類の未来をその手で掴み取るための「本当のスタートライン」に立ったのだった――!
司令官、前線へ。そして赤木リツコの誤算
エヴァ初号機、起動完了
ネルフ本部・第1発令所。
巨大なメインモニターに映し出された初号機のステータス画面は、これまでにないほど完璧で、かつ美しい緑の数値を弾き出していた。
赤木リツコ(コントロールルーム):
「……嘘……でしょ……」
リツコは自分の眼鏡を押し上げ、信じられないものを見る目でモニターを凝視していた。
大人の精神なら一瞬で崩壊するはずのL.C.L.の海。その中で、碇ゲンドウは一切の拒絶反応を起こすことなく、むしろエヴァと完全に一体化していた。
八幡:
「おー、すげぇ。マジで動いちゃったよあのオヤジ。つうか、エヴァがあんなにしっくり収まってる中年男性、世界探しても他にいねぇだろ」
アスカ:
「ちょっと、総司令が自ら前線に立つ気なんて、マジで聞いてないんだけど! でも、カッコいいところ見せすぎでしょ反則よ!」
レイ:
「……お父さん、……強い」
子供たちだけに危険な戦いを背負わせるわけにはいかない――その強い覚悟と、昨夜から続く「殻を破った清々しさ」が、ゲンドウの精神をエヴァのコアへと完璧に同期させたのだ。
赤木リツコの胸騒ぎ
コントロールルームの片隅で、リツコはガッチリと組んだ両手を胸元にあてがい、自分の心臓の音がやけにうるさく感じられるのを隠せずにいた。
(……なんなのよ、あれ……)
長年、冷徹で、秘密主義で、どこか人間味を失っていたかつての総司令。
冷酷な命令を下すだけの「絶対的な上司」だったはずのゲンドウは今、自ら進んで最前線に立ち、子供たちの盾になろうとしている。
昨日の大号泣の件といい、ゼーレを論破した件といい、そしていま、世界を救うために自らエヴァのコクピットに収まったその圧倒的な男の背中。
赤木リツコ:
(……っ、ちょっと待ってよ……私、何をドキッとしてるの……っ!)
リツコは慌てて自分の頬を両手で軽く叩き、平静を装おうとしたが、赤らんだ頬と、妙に潤んだ瞳はどうにもごまかせなかった。
長年、冷め切った大人の世界で生きてきた彼女にとって、この「不器用ながらも自分の足で立ち、大切なものを守るために泥を被る男の姿」は、あまりにも反則的な破壊力を持っていたのだ。
赤木リツコ:
(……くっ、ずるいじゃない……あんなの、惚れ直す――いや、惚れちゃうに決まってるでしょ……!)
心の中で盛大に頭を抱えるリツコをよそに、プラグ内のゲンドウは落ち着いた低い声で全軍に号令を飛ばした。
総司令兼パイロット、出撃!
碇ゲンドウ(プラグ内):
『リツコ、状況は?』
赤木リツコ(慌てて無線を繋ぎ、少し上ずった声を必死に抑えながら):
『り、臨戦態勢よ! 同期率、完全に安定しているわ! ……む、無理はしないでよね、総司令!』
碇ゲンドウ:
『ふっ、心配するな。……これでも、守るべき日常と家族が増えたのでな。そう簡単にやられるわけにはいかん』
その渋く落ち着いたイケボイスが司令室全体に響き渡った瞬間、リツコは「っ――!」と言葉を失い、さらに顔を赤らめてモニターから目をそらしてしまった。
冬月コウゾウ(隣で冷ややかに見つめながら):
「……おい、リツコ。お前、今めちゃくちゃ顔赤くないか?」
赤木リツコ:
「っ、うるさいわね冬月先生! 司令官の健康状態をチェックしてるのよ!」
慌てふためくリツコを放置して、八幡はニヤニヤしながらマイクに向かって声を張り上げた。
八幡:
「おーい、オヤジ! 頼むからカッコつけてないで、最初の使徒を一発でシメてきてくれよ! 終わったらちゃんと特製のハンバーグと冷えたビール(未成年はコーラ)待ってるからさ!」
碇ゲンドウ:
『あぁ、任せておけ。……行くぞ、使徒め! 私の平穏な日常を邪魔する奴は、たとえ神だろうと容赦はせん!』
ドゴォォォンッ!!
ネルフ本部のケージを突き破り、総司令兼パイロットとして覚醒した碇ゲンドウの乗る初号機が、大地を蹴って天空へと跳び立った!
大人の世界のめんどくささも、ゼーレの呪縛も、すべてを自らの拳で粉砕しながら、最強の「総司令パイロット」は今日も元気に、愛おしい日常のために戦場へと突っ込んでいくのだった――!
モノリスの裏の現実、そして新たな挑戦者
――碇ゲンドウが総司令兼パイロットとして初号機を起動させ、見事なまでに戦場へと躍り出たその裏で。
かつて世界を裏で牛耳っていたはずの「ゼーレ」の残党――その本部に残された一人の若い女性が、メインモニターを呆然と見つめていた。
最年少の「ゼーレ」の誤算
彼女の名前は仮に――いや、ゼーレのコードネームとしての立場しか持たなかった、まだ二十代後半の女性。
白を基調とした冷たい個室で、彼女は目の前で起きている信じがたい光景に、冷や汗を流していた。
ゼーレの若手女性:
「……ありえない……。大人の精神が、あんな旧時代の男の精神が……なぜ、初号機と完璧に同期しているの……!?」
彼女はゼーレの最高幹部たち(老いたモノリスの群れ)が沈黙したあと、実質的な実務や次世代のシステム管理を引き継ぐために送り込まれた、組織の中でも数少ない「若い世代」の一人だった。
だからこそ、老いて保守的になった老人どもとは違い、彼女は心のどこかで「自分たちの進めるシナリオ」に疑問を抱いていた。
大人はエヴァに乗れない。大人の自我は拒絶される。
それが絶対のルールであり、彼女自身もその絶望的なシステムの上で組織に忠誠を誓ってきたはずだった。
なのに、あの碇ゲンドウはどうだ。
自分の殻を破り、すべてを吹っ切った中年男が、今や生き生きと最強のパイロットとして君臨している。
ゼーレの若手女性:
「……私だって……! 私だって、ただの使い捨ての歯車じゃない……っ!」
悔しさと、どこか取り残されたような焦燥感に駆られ、彼女は衝動的に席を立ち上がった。
彼女はネルフ本部へと回線をつなぎ、冷え切った、しかし怒気に満ちた声を響かせた。
ゼーレの若手女性:
「――碇ゲンドウ! 聞いているわね、ネルフの総司令! あなたがあの機体に乗れるなら、私にだって乗れるはずよ! 今すぐそちらのテストプラントを開きなさい!」
リツコの呆れと、失敗の海
ネルフ本部・第1発令所。
ゲンドウが出撃したばかりのモニターの横で、赤木リツコは急に飛び込んできた通信に、盛大にため息をついた。
赤木リツコ:
「はあ……? ゼ5番の残党の若い女が、今度はこっちで『私もテストを受けさせろ』って? 一体何なの今日という日は、大人が次から次に何を勘違いしているのかしら」
八幡:
「お、今度はなんだ? ゼーレの若いお姉ちゃんが乱入してきたのか?」
やれやれと頭をポリポリ掻きながら、八幡はモニターの前に近づいた。
アスカとレイも興味津々といった様子で画面を覗き込んでいる。
赤木リツコ:
「いいわよ、そこまで言うなら試させてあげるわ。……どうせ、普通の大人と同じように、一瞬でL.C.L.の海に溶けてただの水分になるだけだけどね」
数分後。
テストプラントのエントリープラグには、ゼーレの若手女性が乗り込んでいた。
ザプ――ン……。
プラグ内にL.C.L.が満ち、神経接続が開始される。
赤木リツコ:
『神経接続、ダイレクト・マインド・リンク……。――ダメね。拒絶反応、数値限界突破……!』
ゼーレの若手女性(プラグ内):
「っ……あ……頭が……! 私の自我が、境界線が溶けていく……っ! なぜよ、あの男はあんなに平然と……っ!!」
ピーーーーーッ!!
警告音がけたたましく鳴り響き、同期数値は一瞬でレッドゾーンに突入した。
大人の精神が持つ「硬直した自我」と、それを無理やり書き換えようとするエヴァのシステムが激しく衝突し、彼女の精神は完全に崩壊寸前に追い込まれた。
赤木リツコ:
『引き上げるわ! このままだと彼女の精神がL.C.L.に溶け込んじゃう……!』
プラグの扉を開けたのは
プシューッ……!
緊急排出されたエントリープラグのハッチが開き、白煙とともにぐったりと気絶しかけた女性が崩れ落ちた。
全身L.C.L.まみれになり、冷や汗と涙でぐしゃぐしゃになった彼女は、自分の手を見つめながら震えていた。
ゼーレの若手女性:
「はぁ、はぁ……っ……どうして……私は、あんな男みたいに……強くなんて……なれなかった……っ」
冷酷な組織の歯車として育てられ、自分の殻を破ることもできず、ただシステムの正当性を信じることでしか自分を保てなかった彼女にとって、この敗北はあまりにも残酷で、孤独なものだった。
誰もが呆れ、あるいは見捨てようとしたその時。
カツ、カツ、と気だるげな足音が近づいてきた。
八幡:
「お疲れさん。いやあ、見事に盛大に撃沈したねえ」
しゃがみ込み、ジャージのポケットに片手を突っ込んだまま、比企谷八幡が彼女の目の前にひょっこりと顔を出した。
ゼーレの若手女性:
「……っ、あなた……あのときの……。私を嘲笑しにきたの……?」
潤んだ目で睨みつけてくる彼女に対し、八幡はフッと鼻で笑い、近くにあったタオルを無造作に彼女の頭に投げつけてやった。
八幡:
「笑うわけねぇだろ。あんなクソみたいなオヤジの真似していきなりエヴァに乗ろうなんて、お前もよっぽど要領が悪いというか、人生に絶望しててタチが悪いというか……まあ、似た者同士のバカだな」
ゼーレの若手女性:
「なっ……誰がバカよ……!」
八幡:
「自分の殻を破るってのはな、別にエヴァのコクピットで脳みそを焼き切ることじゃねぇよ。……もっとこう、くだらない愚痴を誰かに吐き出したり、めんどくさい現実からいったん逃げて、あったかい夕飯でも食ったりすることからはじまるんだよ、たぶん」
八幡のひねくれていながらも、どこか妙に的を射た(そして相変わらず脱力感のある)言葉に、女性は呆気に取られたように動きを止めた。
遠くで、アスカが「ちょっと八幡、いつまでその女のナンパしてわけよ!」と腕を組んで怒鳴り、レイが静かに「……お茶、持ってきた」と差し入れを構えている。
冷え切ったゼーレの呪縛から放り出された若き女性は、人生で初めて、この「めんどくさくて温かい人間関係」という泥臭い日常の渦に、思い切り巻き込まれていくのだった――!
予想外すぎる「処方箋」
――テストプラントの冷たい床の上。
L.C.L.の液体にまみれ、精神的ショックと悔しさで震えていたゼーレの若手女性は、比企谷八幡のあまりにも脱力感のある「人生相談」に呆然としていた。
ゼーレの若手女性:
「……は? 夕飯って……私は今、組織の敗北と自分の無力さに絶望して――っ!」
言いかけたその言葉を、八幡はまったく聞く耳を持たず、ただ面倒くさそうに片眉をひそめた。
八幡:
「うるさい。ぐちぐちと自分の不幸を呪う暇があるなら、まずはそのこわばった顔の力を抜けよ。大人の世界に毒されすぎた人間は、これだから融通が利かないんだ」
ゼーレの若手女性:
「なっ、急になによ、いきなり上から目線で――んっ……!?」
次の瞬間。
八幡はためらうことなくその顔をグッと引き寄せ、彼女の唇に自分のそれを重ね合わせた。
第1発令所のパニック
コントロールルームの巨大モニターでその一部始終を生中継(あるいは監視カメラで目撃)していた面々は、文字通りフリーズした。
赤木リツコ:
「……は…………っ!?」
リツコは持っていたタブレットを取り落とし、顔を真っ赤にして絶句した。
アスカ:
「はああああああっ!? な、ななな何やってるのよアイツはぁーーーっ!!? 初対面の、しかも敵の組織の女にいきなり何キスしてやんのよバカ八幡ぁーーっ!!!」
ツインテールを逆立ててモニターに向かって飛びかかるアスカ。
レイ:
「……比企谷くんが、……キスをした。……新しい、フラグ?」
レイはいつも通り静かだったが、その青い瞳には微かな動揺と「私の分は?」と言いたげな(あるいは予想外の展開に対する)複雑な光が宿っていた。
そして、戦場の真っ只中で初号機を駆る碇ゲンドウの無線機にも、その情報がリアルタイムで飛び込んできた。
碇ゲンドウ(プラグ内):
「……ほう? 我が息子の代わりを自称するあのひねくれ者が、今度は敵の女を口説き落としたか……。なかなかにやるではないか」
敵の使徒と戦っている最中だというのに、元・総司令はなぜか妙に面白そうに鼻で笑ったのだった。
「荒療治」の結末
一方、テストプラントの床の上。
突如として唇を奪われたゼーレの女性は、脳内の思考回路が完全にショートし、目を見開いたまま固まっていた。冷え切った計算と組織の論理で塗り固められていた彼女の精神世界に、八幡のあまりにも不謹慎で、体温を感じるような「生々しい現実」が無理やり叩き込まれたのだ。
八幡:
(ふっ、離れてみると、こいつもただの「自分と同じように生きるのが下手くそな人間」にすぎないってわけか)
唇を離した八幡は、何食わぬ顔で自分の口元を手の甲で拭うと、ため息をついて立ち上がった。
八幡:
「……これで少しは目が覚めただろ。大人の世界の呪縛なんてな、案外こういう不意打ちの馬鹿げた行動で簡単に破綻するもんだよ。いつまでも古いモノリスの映像見てウジウジしてんじゃねぇよ、お姉さん」
ゼーレの若手女性:
「なっ……なななっ……! あなた、いきなり何を……!! 処女を、私のファーストキスを……!」
顔を真っ赤にし、耳まで茹でダコのように赤く染め上げながら、彼女は両手で自分の唇を押さえて八幡を激しく睨みつけた。しかし、その目には先ほどまでの絶望や冷たさはすっかり消え失せ、ただ純粋な「年頃の女性としてのパニックと戸惑い」だけがあった。
八幡:
「はいはい、訴えるなら労働基準監督署かネルフの人事部にどうぞっと。……ほら、いつまで床に転がってんだ、上のアスカが今にも殺気走ってこっちに来そうだから、さっさと退散するぞ」
呆然とする彼女に手を差し伸べる八幡。
めんどくさい世界と、冷え切ったゼーレの理想郷を強制的にぶち壊された彼女は、赤面しながらその手を取り、ぐっと引き上げられた。
使徒との戦いも、大人の世界の陰謀も、そして突発的なラブコメ的ハプニングもまとめて飲み込みながら、ネルフ本部の日常は今日も今日とて最高にカオスで、温かく動き出していくのだった――!
不条理な「呼び出し」と、崩壊するプライド
――テストプラントの冷たい床の上。
突然のキスという、ゼーレの教育カリキュラムには一文字も載っていなかった「予想外すぎる荒療治」のせいで、若手女性の脳内は完全にキャパシティオーバーを起こしていた。
顔を真っ赤にし、湯気を出しそうな勢いで自分の唇を押さえたまま、彼女はその場にへたり込んでいる。
去り際のセリフ
そんな彼女を見下ろしながら、比企谷八幡はジャージのポケットに片手を突っ込み、やれやれと首を振った。
八幡:
「まあ、今日のところはこのへんにしといてやるよ。自分の存在意義とか、組織の看板とか、そんなめんどくさい荷物はさっさとロッカーにでも置いてきた方が身のためだ」
ゼーレの若手女性:
「なっ……! なんなのよアンタ、勝手に人のプライベートをかき乱しておいて――っ!」
抗議しようと震える声を絞り出す彼女に対し、八幡はフッっと不敵な(しかしどこかからかったような)笑みを浮かべ、背中を向けながら言い放った。
八幡:
「――続きがしてほしければ、今夜俺の部屋へ来い」
ゼーレの若手女性:
「………………………………は?」
その台詞があまりにも昭和の三流トレンディドラマか、あるいは悪質な少女漫画の悪役のそれだったため、女性は数秒間、完全に言葉を失ってフリーズした。
八幡:
「あ、ちなみに差し入れの缶コーヒー一本くらい持ってくると、俺の機嫌が少しだけ良くなって、お前のその面倒くさい生い立ちの愚痴くらいは聞いてやらなくもない。じゃ、そういうことで」
振り返りもせず、八幡はひらひらと手を振りながら、アスカの怒鳴り声が聞こえてきそうな通路へとスタスタ歩き去っていった。
狼狽える元・ゼーレのエリート
ゼーレの若手女性:
「まっ……! 待ちなさいよ、アンタ……っ!!」
立ち上がろうとしたものの、先ほどのL.C.L.の負荷と、あまりの衝撃的な展開のダブルパンチで足元がふらつき、彼女は再びその場に膝をついた。
ゼーレの若手女性:
「なんなのよアイツ……! ゼーレの機密を暴くどころか、私をなんだと思ってるわけ……! 続きがしてほしければって……っ、そんなの、まるで私が……!」
自分の顔が沸騰しそうなくらい熱いのが自分でもわかる。
組織の歯車として、感情を殺して冷徹にエリート街道を歩んできたはずの彼女のプライドは、たった一人のひねくれた不良少年のせいで、音を立てて木端微塵に粉砕されていた。
ゼーレの若手女性:
「行くわけないでしょ……! あんな、人の心を踏みにじるような、無神経で、ひねくれ者の、最低な男の部屋になんて……っ!」
そう心の中で必死に叫びながらも、彼女の頭から「今夜、あの男の部屋」というパワーワードと、あの不意打ちの温もりの記憶がどうしても離れないのであった。
果たして彼女は、本当に八幡の部屋のドアを叩くことになるのか――?
ネルフ本部の夜は、使徒の脅威よりも何よりも、比企谷八幡という名の台風のせいで、かつてないほどざわついているのだった!
深夜のノックと、ひねくれ者の「挨拶」
――ネルフ本部、職員寮の静まり返った廊下。
時刻は深夜をまわった頃。
指定された(というか勝手に言い渡された)比企谷八幡の部屋の前に、一人の女性が立っていた。
ゼーレの制服を脱ぎ捨て、かろうじて私服に着替えた彼女の手には、言われた通り「缶コーヒー」が一本握りしめられている。心なしか、その手は微かに震えていた。
ゼーレの若手女性:
(……なんで私、本当にこんなところに来ちゃってるわけ……!? 行くわけないでしょってさっき自分で誓ったばかりなのに……っ!)
自分の行動の理不尽さに頭を抱えたい衝動に駆られながらも、彼女は意を決して、コンコン、と控えめにドアをノックした。
壁ドン、そして「ただの挨拶」
ガチャリ。
八幡:
「お、来たのか。……案外、素直だな、お前」
ジャージ姿の八幡が面倒くさそうな顔でドアを開けた瞬間、女性は持っていた缶コーヒーを突き出しながら、半泣きになりつつ抗議の声を上げた。
ゼーレの若手女性:
「な、なによ! 別に来たくて来たわけじゃないんだからね! ただ、あの昼間のふざけた発言について、社会人として厳重に抗議しに――」
ドンッ!!
女性の言い訳を遮るように、八幡は素早く一歩踏み込み、ドアの脇の壁にドンッと力強く手を突いた。いわゆる「壁ドン」の体勢である。
ゼーレの若手女性:
「ひっ……!?」
あまりの急な近さに息を呑む女性の顎に、八幡はもう片方の手をスッと添え、その顔を強引に自分の方へと持ち上げた。――「顎クイ」のコンボである。
八幡:
「うるさい。夜中に女子の部屋の前に来るときは、まずは挨拶が先だろ」
ゼーレの若手女性:
「ま、待っ、ちょっとアンタ――っ!?」
動揺のあまりパニックを起こす彼女の唇に、八幡はためらうことなく、軽くもう一度自分のそれを重ね合わせた。
一瞬の接触のあと、何食わぬ顔でスッと体を引く八幡。
八幡:
「――ふう、よし。これで挨拶はおしまい」
ゼーレの若手女性:
「なっ……ななななななっ……!!!?」
頭から湯気が出そうなほど真っ赤になり、女性は自分の唇を両手で押さえてその場で硬直した。
ゼーレの若手女性:
「い、いまの……なんなのよっ……! 挨拶って何よ、普通の人間はそんな挨拶しないわよ!! 脳みそ沸いてるの!?」
八幡:
「は? 海外の挨拶みたいなもんだろ、知らんけど。いちいちうるせぇな。ほら、突っ立ってないで中に入れよ、廊下に響くだろ」
呆れたようにため息をつき、八幡は彼女の腕を引っ張って半ば強引に部屋の中へと連れ込んだ。
心臓破りの「本題」
散らかった本棚と、生活感あふれるワンルーム。
部屋の隅にポツンと座らされた女性は、いまだに心臓がバクバクと暴れ回り、胸を押さえて荒い息を吐いていた。
(……なんなの、この男……。ゼーレの機密も、人類補完計画のことも、全部吹っ飛ばすようなこのペース……私の心臓、マジで止まるんですけど……!)
冷徹なエリートとして組織で生きてきた彼女の常識は、この部屋に入った瞬間から完全に崩壊していた。
差し出された缶コーヒーをガタガタ震える手で受け取りながら、八幡はテーブルの反対側に座り、やれやれといった顔でカップ麺の蓋を開けた。
八幡:
「で、だ」
ゼーレの若手女性:
「ひっ……! な、なに……?」
八幡:
「わざわざ夜中に俺の部屋までノコノコやってきて、缶コーヒーまで差し入れてくれたんだ。……で、一体何の話をしに来たわけ?」
ゼーレの若手女性:
「――って、アナタが来いって言ったんでしょーーっ!!!」
深夜のひねくれ者の部屋で、元・ゼーレのエリートの盛大なツッコミの声が、夜のネルフ本部に響き渡るのであった!
ふたたびの沈黙と、本当の「問い」
ゼーレの若手女性:
「――って、アナタが来いって言ったんでしょーーっ!!!」
夜のワンルームに響き渡った絶叫に対し、比企谷八幡は面倒くさそうに耳をほじりながら、カップ麺の箸を止めた。
八幡:
「うるせぇな、そんな大声出すなよ。近所迷惑だろ」
ゼーレの若手女性:
「誰のせいでこんなことになってると思って――んっ……!?」
再びまくし立てようとした彼女の言葉を遮るように、八幡は身を乗り出し、ふたたびその唇を軽くふさいだ。
物理的に声を封じられた女性は、目を見開いたまま「むぐ……っ!」と固まる。
数秒後、何食わぬ顔で体を引いた八幡は、冷めた目で言い放った。
八幡:
「はい、お喋りはそこまで。……で、静かになったところで本題だ」
ゼーレの若手女性:
「っ……! またいきなり……! 人の話をキスで強制終了させるんじゃないわよ、このジャイアンが……っ!!」
顔を真っ赤にし、涙目で抗議する彼女を無視して、八幡はポットからマグカップにお湯を注ぎながら、ふと真面目な(しかし相変わらずどこか投げやりな)トーンで問いかけた。
八幡:
「でさ。一つ聞いておきたかったんだけどよ」
ゼーレの若手女性:
「……なに?」
八幡:
「お前、あんな胡散臭いジジイどもの集まり――ゼーレになんでそんなにしがみついてたわけ? エリートコースまっしぐらで、喜んで人類スープ化計画の歯車やってたのか?」
その質問に、先ほどまでの怒気やパニックがスッと引き、女性の表情に急に冷たい影が落ちた。
彼女は手に持った缶コーヒーをぎゅっと握りしめ、視線を足元のフローリングの床に落とした。
ゼーレの若手女性:
「……私には、それしか居場所がなかったからよ」
八幡:
「居場所、ねえ」
ゼーレの若手女性:
「物心ついたときから、私はゼーレの施設で『選ばれた人間』として育てられた。自分の意思なんて最初からなかったし、組織のシナリオに従うことだけが私の価値だった。……あんな不気味なスープ計画なんて、心の底ではどうでもよかったわよ。でも、そこから外れたら、私には何も残らないから……怖かったのよ、一人になるのが」
震える声で吐き出されたその言葉は、かつて孤独を恐れ、誰にも必要とされないことを嫌っていた頃の八幡自身の記憶と、奇妙なほど重なっていた。
八幡はカップ麺の蓋を閉じながら、ふっと小さく息をついた。
八幡:
「なんだ、お前も結局のところ……ただの寂しがり屋の引きこもり予備軍じゃねぇか」
ゼーレの若手女性:
「なっ……! 一緒にしないでよ、私は真面目に――」
八幡:
「寂しいからって、クソみたいな組織の看板にしがみついて、自分の人生をすり減らすのはもうおしまいだろ」
八幡はまっすぐに彼女の目を見据えた。その瞳には、いつものひねくれた気だるさはなく、妙に澄んだ落ち着きがあった。
八幡:
「スープの味見に付き合わされるよりは、俺の部屋で腐った缶コーヒー飲みながらしょうもない愚痴こぼしてる方が、よっぽど人間らしい生き方だと思うけどな。……どうする? 明日から、少しは面倒くさい現実を生きてみる気になったか?」
ゼーレの呪縛という絶対的な檻の中で生きてきた彼女は、目の前にある散らかった部屋と、こんな不器用な救い方を寄越すひねくれた少年の姿を見て、胸の奥が熱くなるのを感じていた――。
不器用すぎるプロポーズ
八幡:
「じゃあ、俺の女になれ。お前を一生守る。幸せになろうぜ」
そのあまりにも直球で、しかしどこか現実離れしたセリフが、狭いワンルームの空気を完全に凍りつかせた。
ゼーレの若手女性:
「………………………………は?」
女性は持っていた缶コーヒーを取り落としそうになりながら、自分の耳を疑うようにパチクリと目をしばたたかせた。
ゼーレの若手女性:
「なっ……! はぁっ!? あんた、今……今、なんて言ったの……っ!?」
八幡:
「ん? だから、俺の女になれって言ったんだよ。聞こえなかったか? 年寄りみたいな聞き返し方すんなよな」
八幡の「平常心」と女性のパニック
八幡はまるで「明日のおかずは何にしようか」くらいのテンポで平然とカップ麺の箸を割っているが、言われた方の女性は頭から湯気が出るどころか、脳の回路が完全にショートしていた。
ゼーレの若手女性:
「な、なんなのよアンタ……! 挨拶だのキスだの言ったかと思えば、今度はいきなりそんな重すぎる台詞を……! プロポーズのつもり!? 私たち、今日会ったばかりよ!? それに私、元ゼーレの人間だし敵対してたのよ!?」
八幡:
「敵だろうが元エリートだろうが関係ねぇよ。組織の看板剥ぎ取られたら、お前はただの『行くあてのなくなった面倒くさい女』だろ。だったら、俺が引き受けてやるって言ってるの。……文句あんのかよ」
ぶっきらぼうに言い放つその顔は、照れ隠しで少しだけ耳たぶが赤くなっている。
その不器用すぎる優しさと、あまりにも斜め上の責任の取り方に、女性は胸の奥を激しく揺さぶられた。
ゼーレの若手女性:
「……バカじゃないの……。そんなの、自分の首を絞めるだけじゃない……私を養うなんて、アンタ自身の平穏が崩れるわよ……」
八幡:
「いいんだよ、俺は俺のクイーンサイズのベッドと、そこそこの平穏を守るために生きるって決めてんだからさ。お前の面倒を一人くらい増やすのなんて、大した手間じゃねぇよ」
八幡はふっと柔らかく笑い、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。
八幡:
「どうせこれからの世界、使徒を倒したあとも色々面倒くせぇことが起きるだろ。だったら、一人で怯えて組織の看板にしがみついてるより、俺と一緒にくだらない日常を生きた方が、百倍マシなんじゃねぇの?」
その言葉を聞いた瞬間、ゼーレの冷たい檻の中でずっと凍りついていた彼女の心が、音を立てて溶けていくのを感じた。
涙がこぼれそうになるのを必死にこらえながら、彼女は震える唇を噛みしめ、やがてフッと自嘲するように、けれどどこか心からの笑みをこぼした。
ゼーレの若手女性:
「……ほんと、アンタって……救いようのないくらい、ひねくれた救世主ね」
八幡:
「お、いい返事じゃねぇか。じゃあ、決まりな」
ゼーレの若手女性:
「……しょうがないわね。私の人生を狂わせた責任、一生かけて取ってもらうんだから覚悟しなさいよ、比企谷八幡」
夜の静寂に包まれたワンルームで、元・世界を支配する組織のエリートと、世界を救う気のない最強のひねくれ者の、あまりにも不器用で、最高に愛おしい「新しい未来」が、こうして静かに幕を開けたのだった――!
静かな夜の、熱い約束
――不器用なプロポーズと、互いの過去を受け入れた小さな和解。
ワンルームの空気が少しだけ柔らかくなったその瞬間、八幡はふっと息をつき、テーブルから立ち上がった。
八幡:
「さてと。堅苦しい話はこれくらいにして、そろそろ本当の意味で『お互いの距離』を縮めるとするか」
ゼーレの若手女性:
「……は? え、ちょっと、何言ってるのよ急に――っ!」
彼女が身構える間もなく、八幡はすっと彼女の前に歩寄り、その体を優しく、しかし抗えない力でソファ(あるいはベッド)へと押し倒した。
境界線が溶ける夜
組織の冷たい論理と、孤独な恐怖に縛られてきた彼女の体は、最初はわずかにこわばっていた。
だが、八幡の不器用で、けれど確かな体温が彼女の皮膚を伝うたび、その防壁は音を立てて崩れていく。
ゼーレの若手女性:
「っ……! あ、ぁ……、ねえ、アンタ……急にそんな……」
言葉はすぐに、甘く切ない吐息へと変わっていった。
八幡は彼女の服をゆっくりと紐解き、隠されていたその繊細な身体の機微を、まるで確かめるように、そして慈しむように味わっていく。
やがて、彼女の足元に膝をつき、その最も敏感で熱を帯びた場所に顔を埋めた。
ゼーレの若手女性:
「ひっ……!? あ、そこっ……ダメ、そんなの……っ!!」
頭が真っ白になるような衝撃と、これまでに感じたことのないほどの深い快楽が、彼女の神経を一気に駆け巡る。
八幡の舌が粘り気のある熱を伴って這い回るたび、彼女の背中は弓なりに反り、手は八幡の髪をぎゅっと掴んで離さなくなった。
ゼーレの若手女性:
「ああっ……! おかしい、頭が……溶けちゃう……! や、やめて、そんなに舐めないで……っ、い、イク、イクからぁっ……!!」
世界の理やゼーレのシナリオなど、この瞬間には宇宙の塵よりもどうでもよくなっていた。
ただ自分の存在を全身で肯定され、強烈な快楽の波に呑み込まれる中、彼女は激しく身体を震わせ、ついに限界の絶頂へと達した。
ゼーレの若手女性:
「はぁっ、はぁっ……んあ……っ……!」
瞳から涙を零し、抜け殻のようにぐったりとベッドに沈み込む彼女の体を、八幡は優しく抱き起こし、その汗ばんだ額にそっとキスをした。
八幡:
「……ほら、言っただろ。スープになって溶けるより、こっちの方がよっぽど人間らしくて気持ちいいってさ」
ゼーレの若手女性:
「……バカ……こんなの……反則よ……っ」
息を整えながらも、彼女は八幡のシャツの裾をぎゅっと握りしめ、その胸に顔をうずめた。
冷たい世界の歯車だった彼女は、こうして完全に「比企谷八幡の日常」の一部となり、二人の新しい夜は、どこまでも深く、温かく更けていくのだった――!
重なる体温と、初めての証明
――先ほどの激しい余韻がまだ微かに残るベッドの上。
息を整えながら天井を見上げていた彼女は、ふと体を起こし、じっと比企谷八幡の顔を見つめた。
その瞳には、かつてゼーレのエリートとして冷徹に世界を見つめていた面影は微塵もなく、ただ一人の「女」としての熱と、どこか不器用な独占欲が宿っている。
ゼーレの若手女性:
「ねえ……比企谷」
八幡:
「ん? なだよ、まだなんか文句あんのか」
気だるげに返す八幡の視線の前で、彼女はスルスルとベッドの縁へと膝を進め、その体に覆いかぶさるような体勢へと移行した。
「処女」が捧げたもの
八幡:
「おい、お前……っ」
彼女の手が、八幡の腰元へと伸びる。
組織の管理下に置かれ、自分の身体や感情さえも「道具」の一部として扱われてきた彼女にとって、誰かを愛すること、そして自分から誰かを求めに行くことは、人生で初めての経験だった。
そう――彼女は、組織の冷徹なエリートという仮面の下で、その純潔をずっと守り通してきた「処女」だったのだ。
ゼーレの若手女性:
「……驚いた? 私、こういうこと……今まで一度もしたことなかったのよ」
少しだけ頬を赤らめ、恥じらいを含んだ笑みを浮かべながら、彼女は八幡の下半身を覆っていた布地をゆっくりと下ろした。
そこに露わになった熱を帯びた硬さに、彼女はわずかに息を呑んだが、すぐに決心したように目を据えた。
八幡:
「お、おい……マジかよ、お前……」
いつもは斜に構えている八幡も、彼女のその真剣すぎる眼差しと予想外の告白に、わずかに動揺の色を浮かべる。
だが、彼女はもう迷っていなかった。
ゼーレの若手女性:
「アンタが私の世界を壊したんだから……私の初めても、全部アンタのものにしてよ」
そう呟くと、彼女は躊躇うことなくその熱を帯びた先端へと口元を寄せ、ゆっくりと自身の唇で包み込んだ。
八幡:
「っ……! あ、おい……っ!」
じゅる、むにゅ……と、湿った温もりが一気に先端を捉える。
「処女」である彼女にとって、そのサイズや硬さは初めて感じるものであり、最初はわずかに喉を詰まらせて「んっ……!」と涙目に息をむせた。しかし、彼女は逃げ出さず、自らの意思でその頭を前後に動かし始めた。
ゼーレの若手女性:
(くっ……苦しいけど……もっと、アンタの中に私キズを刻み込みたい……!)
口腔内の柔らかい粘膜と温かい湿潤が、八幡のそれを容赦なく刺激していく。
舌を這わせ、根元まで深く咥え込み、唾液が絡み合う卑猥な水音が静かなワンルームの夜に響き渡った。
八幡:
「っ……くそ、マジかよ……お前、初めてのくせに上手すぎんだろ……っ!」
八幡はこれまでの余裕を完全に失い、思わず彼女の頭に手を添えて、その銀色の波のような衝動に身を任せた。
彼女の喉の奥へと突き入れるたび、彼女はむせ返りながらも、愛おしさと独占欲に駆られてさらに深くそれを飲み込もうと必死に口を動かす。
ゼーレの若手女性:
「んっ……じゅるっ、くぷ……はぁ、むぐ……っ!」
溢れ出た愛液と唾液で濡れた唇が離れると、糸を引くようにいやらしい光を放った。
彼女は息を荒げ、潤んだ瞳で八幡を見上げながら、その先端から滴る熱い液体を名残惜しそうに舌でペロリと舐め取った。
ゼーレの若手女性:
「はぁ、はぁ……どう……? 私の初めて、アンタの全部で満たしてくれた……?」
八幡:
「……まったく、どこまで調子の狂う女だよ……」
八幡は荒い息を吐き出しながらも、愛おしそうに彼女の頬を撫で、そのまま彼女を引き寄せて強く抱きしめた。
冷たい組織の呪縛も、世界の命運も、この温もりと熱の前では完全に消え去っている。
二人は互いの身体と心を深く溶かし合わせながら、終わらない夜のなかにしっかりと結ばれていくのだった――!
冷静の訪れと、不器用な温もり
――激しい熱と初めての証明が通り過ぎたあと。
静まり返ったワンルームのベッドの上で、二人は乱れたシーツに包まれていた。
ふと、頭上に掛けられていた熱が引くにつれて、女性――キミーの脳裏に、冷徹な理性が急速に戻ってきた。
キミー:
「……っ」
彼女はガバッと上体を起こし、散らばった服を慌てて自分の体に引き寄せた。
真っ赤に染まっていた頬はみるみるうちに引きつり、現実を直視したエリートとしてのプライドが、音を立てて彼女の精神を殴りつける。
「何故、こんなことを……」
キミー:
「ちょっ……私、いったい何をやっているわけ……!?」
キミーは自分の頭を両手で抱え込み、震える声で叫んだ。
キミー:
「昨日まで私はゼーレのエリートとして、世界を裏から管理する側だったのよ!? それが何よ……初対面のひねくれ者高校生に、あっさりコクピットで口説かれて、夜這いみたいに部屋に来て……その、あんな恥ずかしいことまで全部捧げて……っ!」
自分のあまりのチョロさと、これまでの人生の価値観からは完全に逸脱した行動の数々に、パニックと羞恥心が同時に襲いかかる。
キミー:
「おかしいでしょ……! 私、どうかしちゃってるわよ……! 一体なんで、たかが一人の高校生のために、こんな人生を狂わせるような真似をしてるのよ……っ!」
涙ぐみながら早口でまくし立てるキミーの肩を、八幡は何も言わずにそっと引き寄せ、自分の胸元へと優しく包み込んだ。
八幡:
「……別に、狂ってなんかないだろ」
キミー:
「嘘言いなさいよ……! こんなの、合理的でも何でもないじゃない……!」
八幡:
「合理的じゃねぇからいいんだよ。お前は今まで、組織のシナリオ通りに動くことだけを強制されて、自分の感情なんて全部殺して生きてきたんだろ? だったら、たまにはこういう『理屈抜きのバカなこと』に振り回される人生があっても、悪くねぇんじゃねぇの」
八幡の低く落ち着いた声が、キミーの耳元に直接響く。
その胸板からは、確かな心臓の音がトクン、トクンと伝わってきた。
キミー:
「……アンタは、いつもそうやって……勝手に人の心を引っ掻き回して……」
キミーは八幡の背中に腕を回し、そのシャツをきゅっと掴みしめた。
こみ上げてくる涙を隠すように、彼女は八幡の胸に顔を埋めたまま、かすれた声で呟いた。
キミー:
「……ずるいよ、比企谷。そんなこと言われたら、もう二度と……あの冷たい世界には戻れなくなっちゃうじゃない……」
八幡:
「戻らなくていいよ。戻りたくなったら、いつでも俺の部屋に来い。……一生、面倒見てやるって言ったろ」
その不器用で、けれど絶対的な安心感を含んだ言葉に、キミーはもう何も言い返すことができなかった。
世界がどうなろうと、人類がどうなろうと、この狭いワンルームのベッドの上だけには、確かな「二人だけの居場所」がしっかりと根を下ろしていた。
夜はさらに深く静まり返り、二人は互いの温もりを確かめ合うように、しっかりと体を寄せ合ったまま眠りにつくのだった――。
ネルフ本部、朝の激震
――翌朝。
ネルフ本部、第1発令所。
いつも通りの気だるげな足取りで、しかしどこか満足げな顔をした比企谷八幡が、扉をガラガラと開けて入ってきた。その隣には、昨日までの冷徹なゼーレの制服を脱ぎ捨て、少しぎこちなくも私服に身を包んだキミーがぴたりと寄り添っている。
赤木リツコ(コーヒーカップを片手に、完全に固まる):
「……は……?」
メインモニターの前に立っていたリツコは、愛用のマグカップを落としそうになり、目を丸くして二人の姿を交互に見つめた。
アスカ(ツインテールを激しく揺らしながら突進してくる):
「ちょっとちょっとちょっとーーっ!! なんなのよアイツは! 昨日の今日で、なんであの元・敵組織の女がアンタと一緒に堂々とネルフに出勤してきてるわけ!?」
レイ(いつものように静かに、しかしじっとキミーを見つめながら):
「……新しい仲間、……それとも、侵入者?」
発令所内のオペレーターたちも、一斉に作業を止めて二人に視線を集中させていた。誰もが「どういう状況だこれ」とパニック寸前である。
「婚約者」という名の爆弾発言
そんな周囲の殺気と混乱の視線を、八幡はまったく気にする様子もなく、ジャージのポケットに片手を入れたまま平然と言い放った。
八幡:
「あー、騒ぐなよお前ら。こいつはキミー。今日から俺の婚約者だから」
発令所全体:
『……は、はぁぁぁぁぁぁぁっ――!?!?』
文字通り、発令所の空気が数秒間完全に停止した。
赤木リツコ(頭を抱えながら):
「……はぁ!? 婚約者って……あなたたち、昨日初めて会ったばかりよね!? なんで一晩でそんなことになってるわけ!? 組織の機密はどうしたの、敵対関係はどこにいったのよ!」
アスカ:
「ふざけんじゃないわよバカ八幡! 私を差し置いて、いつの間にそんな重要イベント進めてるわけよ! 納得いかないわ!」
レイ:
「……婚約者。……比企谷くんのお嫁さん、ということ?」
レイの無垢すぎる直球の質問に、キミーは顔を真っ赤にし、耳まで茹でダコのように染め上げながら、八幡の袖をぎゅっと掴んだ。
キミー:
「ちょっ……! 比企谷、あなたねえ、いきなりそんな大声で……! 私、まだ心の準備が……っ!」
八幡:
「いいだろ、事実なんだから。いつまでもウジウジ悩んでるより、さっさと既成事実作っちまった方が早いんだよ。な、キミー」
キミー:
「うっ……それはそうだけど……っ!」
赤面しながらも否定しないキミーの様子を見て、リツコはもう呆れを通り越して深々と言い訳のため息をついた。
ゲンドウの「親父」としての反応
その時、発令所の奥の扉が開き、昨日のテストで「総司令兼パイロット」として見事に覚醒した碇ゲンドウが、いつものポーズでゆっくりと歩いてきた。
碇ゲンドウ:
「……騒がしいな。朝から一体何を――」
ゲンドウの視線が、八幡と、その隣で縮こまっているキミーにとまった。
数秒間の沈黙のあと、ゲンドウは眼鏡のブリッジをくいと押し上げ、どこか面白がるような、父親らしい(?)ニヤリとした笑みを浮かべた。
碇ゲンドウ:
「ほう。……ゼーレの若手を丸め込んだだけでなく、我が家に嫁として連れてくるとはな。なかなかにいい度胸だ、比企谷」
八幡:
「おう、感謝しろよオヤジ。これでゼAELEとのパイプも完全に乗っ取ったようなもんだし、一石二鳥だろ」
キミー:
「乗っ取ったって言い方やめなさいよ……!」
ツッコミを入れるキミーの表情には、かつての冷たいエリートの面影は微塵もなく、ただ「面倒くさい男に捕まった、でもどこか満たされた女性」の穏やかな笑顔があった。
世界の命運を握るネルフ本部は、今日も今日とて使徒の襲来を前にしているというのに、比企谷八幡のせいで完全にアットホームな茶番劇へと様変わりしていたのだった――!
解決の万能薬(?)
アスカ:
「……ちょっと待って。冷静に考えてみたらさ……」
発令所の真ん中で、ツインテールを揺らしながらアスカが腕を組み、ジト目で八幡を睨みつけた。
アスカ:
「昨日からアンタ、何かあるたびにその女にキスして、さっきの元ゼーレの女も、結局のところ全部そのノリで丸め込んでない? なによそれ、ずるくない!?」
キミー:
「っ……! 別に、私はただ……その……」
顔を真っ赤にして俯くキミーの横で、レイは首をかしげながら、ゆっくりと自分の指を唇に当てた。
レイ:
「……確かに。……言葉よりも、接触のほうが、早い」
赤木リツコ:
「……待ちなさい、レイ。変な納得の仕方をしないでちょうだい。って、いや……」
リツコは昨日、自分自身がコントロールルームで聞いた無線や、これまでの異常な展開を脳裏でスルスルと巻き戻した。ゼーレの論破、大人のエヴァ搭乗、そして敵組織からの寝返り――そのすべての中心には、なぜか常にこのひねくれた少年の「不意打ちの強引さ」があった。
赤木リツコ:
「……言われてみれば、この男の周りで起きた面倒くさいトラブル、大体全部その場しのぎのキスか何かで強引に解決(?)してない……?」
八幡:
「は? 何言ってんだお前ら。人類の歴史だってな、突き詰めればコミュニケーションの不足がすべての元凶なんだよ。だったら、手っ取り早くスキンシップで物理的に脳の回路をショートさせる方が、会議室でネチネチ議論するより百倍効率的だろ」
アスカ:
「効率の問題じゃないわよ! それ、ただのセクハラ男の言い訳でしょ!」
キミー:
「うっ……でも、実際に私はそれで人生狂わされたわけだし……否定はできないかも……」
呟きながらさらに赤くなるキミーを見て、発令所の面々は一斉に遠い目をし始めた。
全員一致の「妙な納得」
その時、一連のやり取りを腕組みして聞いていた碇ゲンドウが、ふっと鼻で笑い、低く落ち着いた声を発した。
碇ゲンドウ:
「……まあ、いいではないか。難解な人類補完計画のシナリオや、数千年に及ぶ使徒との因縁とやらに比べれば、個人の衝動で世界を丸め込む方が、よっぽど人間らしくて健全だ」
冬月コウゾウ(隣で呆れたように肩をすくめながら):
「まったく、碇……お前がそれを言うか。だがまあ、結果オーライというやつか」
アスカ:
「むぐ……。なんかオヤジまで納得しちゃってるし……!」
レイ:
「……合理的、なのかもしれない。……平和なら、それでいい」
レイのその一言に、発令所のピリついた空気は完全に霧散し、脱力感と妙な連帯感だけが残された。
八幡:
「ほら見ろ。みんな納得してるじゃねぇか。難しく考えるから人生はめんどくさくなるんだよ。世の中の大半の問題は、だいたいその場のノリと勢いと、あと少しの強引さでどうにかなるもんなのさ」
得意げにふんぞりかえる八幡に対し、キミーは呆れたようにため息をつきつつも、その頬にはどこか愛おしそうな笑みが浮かんでいた。
キミー:
「……ほんと、どこまで調子のいい男なのよ、アンタは」
八幡:
「おう、褒め言葉として受け取っとくわ。さーて、だらだら喋ってねぇで、そろそろ残りの使徒でも迎撃しに行きますかね。オヤジ、準備はいいか?」
碇ゲンドウ:
「あぁ、いつでも出撃できる。……行くぞ、我が家族(ファミリー)の平和のために!」
こうして、世界を揺るがす特務機関ネルフは、今日も今日とて最強のひねくれ者と個性豊かな面々によって、最高にくだらなくて最高に温かい日常へと向かって突き進んでいくのだった――!
納得いかない大人たちへの「特効薬」
八幡:
「世の中の大半の問題は、だいたいその場のノリと勢いと、あと少しの強引さでどうにかなるもんなのさ」
得意げにそう言い放った八幡の言葉を聞き、発令所の隅でコーヒーを飲んでいた赤木リツコと、隣に立っていた冬月コウゾウは、揃って盛大に顔をしかめた。
赤木リツコ:
「ちょっと待ちなさいよ、比企谷くん。若い子たちや司令が感化されるのは百歩譲って見逃すとしてもね、私たちのような酸いも甘いも噛み分けた大人の科学者や副司令まで、その雑な理論で丸め込めると思ったら大間違いよ!」
冬月コウゾウ:
「まったくだ。長年ネルフの裏も表も見てきた我々を、そのお前の屁理屈と一緒にされては困るな。……キスひとつで世の中の複雑な因縁がすべて解決するなら、人類補完計画など最初から不要だったというわけだ」
呆れ顔で理屈を並べる大人の代表二人に対し、八幡は「はあ、めんどくせぇ」と言いながら、ジト目で首をかしげた。
八幡:
「いや、だからさ。頭でっかちにあれこれ理屈こねてるから、お前らはいつまで経っても独身だったり、昔のトラウマを引きずってジジイになったりするんだろ。百の議論より一回の実証、科学者なら実験で証明してみせろよ」
赤木リツコ:
「なっ……誰が独身で結構よ! 失礼ね、私は仕事が恋人――」
言いかけたリツコの言葉を遮るように、八幡はスルリとコントロールルームの階段を駆け上がり、リツコと冬月の目の前にひょいと立った。
赤木リツコの「フリーズ」
八幡:
「はい、論破。百聞は一見にしかずってな」
赤木リツコ:
「ちょっ、まっ、何をする気――んっ……!?」
八幡はリツコの首筋にスッと手を添え、その整った赤い唇に自分のそれを強引に押し当てた。
赤木リツコ:
(――っ!? うそ……このガキ、本気で……っ!)
長年、冷め切った大人の世界でプライドを保ち続け、ゲンドウへの秘めた想いや研究への執念で心を武装していたリツコの脳内は、その瞬間、綺麗に真っ白へと書き換えられた。
鼻をかすめる少年の匂いと、あまりにも不意打ちすぎる体温。抵抗しようと持ち上げたはずの手は、なぜかフリーズしたままピクリとも動かない。
数秒後、何食わぬ顔でスッと体を引いた八幡に対し、リツコは顔を真っ赤に染め上げ、信じられないものを見る目でよろめいた。
赤木リツコ:
「は、はひ……っ!? な、何よこれ……脳の神経接続が……L.C.L.に溶けるより刺激的じゃない……っ!?」
アスカ:
「り、リツコまで陥落してるぅーーっ!? ちょっ、バカ八幡、相手を選びなさいよ!」
パニックを起こして顔を両手で覆うリツコを放置して、八幡はクルリと振り返り、今度は渋い顔で腕を組んでいた冬月コウゾウの前に立った。
八幡:
「で、次は冬月センセ。あなたも理屈で納得いかない口だろ? ほら、男のスキンシップってやつだ」
冬月コウゾウ:
「……おい、待て比企谷。私まで巻き込むのは流石に――」
八幡:
「いいから黙れっての」
冬月コウゾウ:
「むぐっ……!?」
まさかの「おじいちゃん(あるいは人生の先輩)へのキス」という前代未聞の暴挙に、発令所の空気が完全に爆発した。
キミー:
「ちょっ……! 比企谷、それはさすがに倫理観がどっか行ってるわよ……っ!」
アスカ:
「ギャハハハッ、冬月にまで! もうこの男、誰にも止められないわよ!」
レイ:
「……カオス、だね」
すべてを解決する「最強の雑談」
数秒後、ぐっと顔を真っ赤にして(あるいは物理的ショックで)よろめいた冬月は、眼鏡を押し上げながら荒い息をついた。
冬月コウゾウ:
「……っ、ふ、ふむ……。……なるほど、これが若さの勢いというやつか……。碇、お前の息子(の代わり)は、なかなかにとんでもない特効薬を発明したようだな……」
碇ゲンドウ(腕を組んで大爆笑――はしないが、肩を震わせてフッと鼻で笑いながら):
「あぁ。……私の時よりも強烈だったかもしれんな」
八幡は自分の唇を手の甲で拭い、やれやれと肩をすくめた。
八幡:
「ほら見たことか。理屈こねるより、お互い体温ぶつけ合った方がよっぽど話が早いだろ。……これで文句ねぇよな?」
真っ赤な顔でそれぞれ自分の唇を押さえているリツコと冬月は、もはや怒る気力すらなかった。
使徒との最終決戦を控えているというのに、ネルフ本部は今日も今日とて、比企谷八幡の「雑で最強すぎるキス療法」によって、すべての面倒くさい大人の理性が盛大に粉砕されていく平和な一日を迎えていたのだった――!
最後の使徒、降臨――そして「秒殺」
平和な(というか完全にカオスと化した)ネルフ本部の一日は、突如として鳴り響いたけたたましい警報音によって破られた。
赤木リツコ(パニック気味にマイクへ叫ぶ):
「大変よ! ネルフ本部の地下深く、最終ドグマの直上から未知のエネルギー反応! 最後の使徒――第17使徒タタブ(渚カヲル)が直接侵入してきているわ!」
発令所の空気が一瞬で凍りついた。
誰もが身構え、ついに最終局面が訪れたと息を呑む中、比企谷八幡だけは「はあ、マジかよ」と盛大にため息をついた。
八幡:
「……最後の最後で、空からじゃなくて直接地下から来る系の隠しボスかよ。めんどくせぇことこの上ないな」
アスカ:
「おいおい、バカ八幡! あいつは今までの使徒とは格が違うんだからね! 気を引き締めなさいよ!」
レイ:
「……使徒の気配。……警戒して」
異様なまでの美しさと、圧倒的な神聖さを纏った少年――渚カヲルが、ターミナルドグマへと続く通路を静かに歩みを進めていた。
人類の命運を握る最後の戦いが、いま始まろうとしていた。
最強の使徒、まさかの「初手」
数分後。
地下の冷たい通路で、使徒・渚カヲルと、ジャージ姿の比企谷八幡がついに邂逅した。
渚カヲル:
「……はじめまして、リリンの生み出した少年。僕は渚カヲル。……君が、今この世界の中心にいる存在だね」
カヲルはどこか儚く、すべてを見通したような美しい微笑みを浮かべ、八幡を見据えた。
そのあまりの圧倒的なカリスマ性と美しさに、もし普通の人間であれば、一瞬で心を奪われて「人類補完計画」に同意してしまっていただろう。
――だが、相手が悪かった。相手は比企谷八幡である。
八幡:
「……んー、なんか知らんけど、面倒くさそうな美少年が出てきたな。ま、いいわ」
渚カヲル:
「ふふ、君は面白いね。僕たちは惹かれ合う運命に――」
カヲルが何か意味深で詩的なセリフを紡ぎ始めるよりも早かった。
ドンッ!!
八幡:
「うるせぇ、挨拶は済んだろ」
八幡は一瞬の隙をついてカヲルの懐に飛び込み、通路の壁へと力強く押し付けた。――伝統の「壁ドン」である。
渚カヲル:
「え……? っ……!?」
使徒として数々の神秘を纏ってきたカヲルにとって、人生で一度も経験したことのない物理的かつ強引なアプローチに、彼の美しい紅色の瞳が大きく見開かれた。
さらに八幡は、逃げる隙すら与えず、カヲルの顎にスッと手を添えて強引に持ち上げた。――「顎クイ」のコンボだ。
八幡:
「世の中の面倒くさい使徒のシナリオとか、人類の補完計画とか、そういう難しい話は一切お断りだ。……世界は俺が守るから、お前はここで黙って俺に惚れろ」
渚カヲル:
「なっ……何を――むぐっ……!?」
言葉の続きを完全に封じ込めるように、八幡は自分の唇をカヲルのそれに容赦なく重ね合わせ、そのまま深く、ねっとりと貪るようなディープキスを叩き込んだ。
崩壊する使徒の尊厳
ちゅぷ、じゅるっ……と、静かな地下通路に卑猥な水音が響き渡る。
渚カヲル(脳内思考回路:完全フリーズ):
(――っ!? な、なにこれ……!? リリンの生み出した生物のくせに、どうしてこんな強引な……! 私のATフィールドが、精神の境界線が、この少年の体温と圧倒的な自分勝手さにどんどん侵食されていく……っ!!)
数千年の時を生きてきたはずの使徒の神秘は、比企谷八幡の「雑で最強のキス療法」の前に、ものの数秒で木端微塵に粉砕された。
数秒後、満足したようにスッと体を引いた八幡に対し、カヲルは壁に背中を預けたまま、その場にガクガクと膝をついた。
渚カヲル:
「はぁっ、はぁっ……んぅ……っ……!」
カヲルは自分の唇を震える指で押さえ、生まれて初めて見る「信じられないもの」を見る目で八幡を見上げていた。
いつも余裕の笑みを浮かべていたその顔は真っ赤に染まり、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
八幡:
「よし、これで意思疎通は完了だな。お前も今日から俺の『その他大勢の面倒を見るリスト』に追加だ。分かったら、変な使徒としての活動は引退して、地上で素直にお茶でも飲んどけ」
渚カヲル(完全に腰が抜けた状態で、床に座り込みながら):
「あ、あなた……一体、何者なの……? 世界を滅ぼすでもなく、救うでもなく……ただ自分の日常のために、私をこんな風に……っ」
八幡:
「ただの、そこらへんにいるひねくれた高校生だよ。……ほら、立てるか?」
手を差し伸べる八幡の姿を、カヲルはボーッとした頭で見上げ、やがてふっと力の抜けた美しい笑みをこぼした。
渚カヲル:
「……ふふ。……全く、君というイレギュラーは、僕のシナリオを完全に狂わせるね……。でも、悪くない……かも、しれない」
最後の使徒すらも、たった一人のひねくれ者の強引さとキスによって秒速で陥落させられ、人類の存亡をかけた戦いは、今日も今日とて最高にカオスで平和な結末を迎えるのだった――!
混ざり合う境界線と、禁断の愛撫
八幡:
「世の中の面倒くさい使徒のシナリオとか、人類の補完計画とか、そういう難しい話は一切お断りだ。……世界は俺が守るから、お前はここで黙って俺に惚れろ」
ディープキスの熱がまだ冷めやらぬまま、八幡はふと動きを止め、真っ赤な顔で呼吸を乱している渚カヲルの全身をじっと見下ろした。
渚カヲル:
「はぁっ、はぁっ……ん、ぅ……な、なにを……?」
潤んだ紅色の瞳で問いかけるカヲルに対し、八幡はどこか探るような、しかし妙に冷徹な(そしていつも通り脱力した)トーンで低く呟いた。
八幡:
「……それにしても、お前さ。こうやって間近で見てると、男だか女だか、そもそも人間だか使徒だか、全然分かんねぇな」
渚カヲル:
「っ……! 僕は……」
言葉を遮るように、八幡の右手がスッとカヲルの方へと伸びた。
ジャージのポケットから出されたその手は、ためらうことなくカヲルの腰元――衣服の合わせ目へと滑り込ませた。
渚カヲル:
「ひゃ……っ!? ま、待っ……そんなところ、に……っ!!」
カヲルがビクンと全身を大きく跳ねさせ、思わず甘く艶かしい声を零す。
八幡の指先は、使徒特有の神秘的な肉体を纏うカヲルの下半身の秘められた割れ目を、まるでパズルでも解くように容赦なく撫で回し、直接その熱を確かめ始めた。
八幡:
「おい……マジかよ。これ、どっちなんだ……?」
渚カヲル:
「ああっ……! や、やめて……! そんなにグリグリ……、触らないで……っ! 私は……僕の身体は、リリンのそれとは違う、もっと曖昧な……っ!」
じゅぷ、と肉と指が擦れ合ういやらしい水音が、地下通路の静寂に響き渡る。
八幡の指が柔らかい粘膜のひだをかき分け、最も敏感な核心をグリグリとグリッチのように刺激していくたび、カヲルの瞳は快楽と混乱で完全にひっくり返りそうになっていた。
男であるか女であるか、あるいはそのどちらでもない「神の使い」であるか――そんな区別など、八幡の容赦ない愛撫の前にはもはや何の意味も持っていなかった。
八幡:
「男だとか女だとか、そんなめんどくせぇレッテルはどうでもいいか。……ただ、感じてるお前の身体がめちゃくちゃ敏感で、俺の手の中で真っ赤に染まってるってことだけは、よく分かったわ」
渚カヲル:
「あぁっ……! おかしくなる……こんなの、使徒としての私の意識が……全部、この下品で温かい指に溶かされていく……っ!! ぐ、ぅ……イッちゃう、こんなところで、男に……っ!!」
カヲルは耐えきれず、八幡の肩に細い腕を回し、その背中を爪が食い込むほど強く引っ掻いた。
絶頂の波が全身を駆け抜け、カヲルの口から甘い喘ぎ声とともに、無数の光の粒子のようなものがフワリと零れ落ちる。
八幡:
「ほら、答えになってねぇよ。……で、改めて聞いてやるけどさ」
息を荒げ、ぐったりと壁にもたれかかるカヲルの顎を、八幡はもう一度優しく持ち上げ、その濡れた唇に自分のそれを軽く合わせた。
八幡:
「お前は男なのか、女なのか? それとも、俺の新しい『面倒を見るリスト』の一番星になりたいのか?」
渚カヲル:
(はぁっ、はぁっ……この男は、本気で狂っている……。でも……)
カヲルは潤んだ瞳で八幡を見つめ、蕩けきった笑顔でふっと小さく息をついた。
渚カヲル:
「……ふふ。……男でも女でも、君がそうやって僕を求めてくれるなら……どちらでも、いいよ。僕は……君のもの、だから……」
最後の使徒すらも、肉体と快楽の底まで完全に「比企谷八幡の日常」に調教されてしまい、人類の補完計画はもはや跡形もなく消え去ったのだった――!
平和な日常、そして「めんどくさい日常」
ゼーレの陰謀も、使徒の脅威も、人類補完計画という名の壮大なスープ化も――すべては比企谷八幡の「雑で強引なキスと愛撫」によって、跡形もなく粉砕された。
世界は救われた。
正確に言えば、世界は滅びる間際で、八幡の個人的な「面倒くさい平穏」の枠内に無理やり回収されたのだ。
アフター・エンドのネルフ本部
ネルフ本部、第1発令所。
かつて人類の命運をかけた緊迫のコントロールルームは、今やすっかり「広くて治安の悪いサークルの部室」のようになっていた。
窓の外に広がる世界は青く澄み渡り、L.C.L.の海に沈む人類など一人もいない。
誰もがそれぞれの場所で息を吹き返し、日常を取り戻していた。
赤木リツコ(コーヒーを飲みながら、げんなりした顔で):
「……で、世界は救われたわけだけどさ。……この書類の山、誰が片付けるのよ?」
冬月コウゾウ(お茶をすすりながら):
「特務機関の解体手続き、各政府との折衝、それに元・ゼーレ資産の凍結解除……。使徒よりよっぽど手強い難敵だな」
アスカ(腕を組んでプンスカ怒りながら):
「ちょっと! ネルフの復興予算が大幅に削られてるんだけど! 誰のせいだと思ってるわけよ!」
レイ(静かに窓の外を見つめながら):
「……お茶、美味しい。……でも、平和すぎる」
そして、その発令所の片隅――コントロールパネルの隙間に、なぜか元・ゼーレのエリートであるキミーと、最後の使徒であるはずの渚カヲルが、妙に仲良く並んで座っていた。
キミー:
「……ねえカヲル君、ちょっとその書類のハンコ、こっちに回して」
渚カヲル:
「ふふ、いいよキミー。……それにしても、リリンの生み出す事務作業って、どうしてこんなに詩的じゃないんだろうね」
キミー:
「文句言わないの。アンタも今日から立派なネルフの事務員なんだからね」
世界を揺るがした元・敵組織の天才と元・使徒が、今やただの「八幡の尻に敷かれる過労気味の同僚」と化している光景は、もはやシュールを通り越して一つの芸術だった。
「まだ早いわな」
そんな賑やかな発令所の少し離れた場所で、比企谷八幡はジャージのポケットに両手を突っ込み、窓から差し込む眩しい太陽の光をだるそうに眺めていた。
八幡:
「はあ……。世界が平和になったからって、面倒くさい人間関係や役所の書類手続きまで自動で解決するわけじゃねぇのかよ。むしろ、人類が滅びてくれた方が労働基準法的にはラクだったんじゃねぇの……」
ぼそっと呟く八幡の背中に、背後からスッと足音が近づいてきた。
碇ゲンドウ(かつての冷徹な総司令とは思えないほど落ち着いた顔で、コーヒーの缶を放り投げながら):
「何をボヤいている、息子よ。自分でまいた種だ、最後まで責任を持つんだな」
八幡:
「うわ、オヤジのくせに言い出しっぺみたいな顔してんじゃねぇよ。そもそも、あんたがエヴァに乗ってはしゃぎ出したあたりから狂い始めたんだろ、この世界」
ふっと小さく笑い合ったあと、八幡は受け取った缶コーヒーのプルタブをプシュッと開け、一口飲んでから再び外の青空に視線を戻した。
みんなが生きている。
アスカも、レイも、リツコも、冬月も、オヤジも、昨日まで敵だったキミーもカヲルも――みんな、くだらなくて、でも温かいこの世界の泥臭い日常の中にしっかりと踏み留まっている。
人類が全員スープになって一つに溶け合うような、そんな寂しい「完成された救済」なんて必要ない。
不器用で、めんどくさくて、傷だらけで、それでも誰かとぶつかり合いながら生きていく――この面倒くさい現実こそが、今や何よりも愛おしかった。
八幡はれんとため息をつきながら、口元にニヤけた笑みを浮かべて小さく呟いた。
八幡:
「……まあ、あんなスープになってドロドロに溶けるのは、あと何十年も先――じじいになって歯が全部抜けてからで、十分すぎるほどお釣りがくるわな」
ATフィールドの正体
赤木リツコ
「ふぅ……」
束の間の静寂が戻った発令所で、コーヒーカップを置いた赤木リツコが、遠い目をして一つ大きなため息をついた。その隣で、書類の山に埋もれかけていたキミーが、ふと手を止めて八幡の方を向く。
キミー
「そういえば……結局のところ、あの戦いの本質だったはずの『ATフィールド』って、何だったのかしらね」
渚カヲル
「そうだね。リリンはそれを『他者との境界線』や『心の壁』と呼んでいたけれど……」
カヲルが意味深に微笑みながら、八幡の袖をクイクイと引っ張る。
発令所の面々の視線が、なんとなく「この世界の中心にいるひねくれ者」である八幡へと集まった。
八幡
「は? 俺に振るなよ。そんなの、生物学でもオカルトでもなくて、要するにアレだろ……」
八幡は面倒くさそうに頭を掻き、いつものダルそうなトーンで言い放った。
八幡
「**『めんどくさい人間関係から自分を守るための、精神のコミュ障バリア』**に決まってんだろ」
アスカ
「はあああぁぁぁっ!? なによそれ! 壮大な使徒の力とか、人類の進化の壁とかじゃなかったわけ!?」
八幡
「はあ? 考えてもみろよ。他人が怖くて、自分の領域に踏み込まれたくなくて、でも傷つきたくないから、目に見えない分厚い壁を全身に張り巡らせて『私に近づくな!』って威嚇する――それって、完全にネットの掲示板で他人をブロックしまくるコミュ障の心理そのものじゃねぇか」
レイ
「……コミュ障の、バリア。……確かに、私はずっと、誰も入れない壁の中にいた」
レイが小さくうなずくと、キミーも苦笑しながら同意した。
キミー
「確かにね……。ゼーレのジジイどもなんて、まさに全員が世界最大級のATフィールドを重ね合わせて、他者と交わるのを極限まで怖がってた集団だったし」
冬月コウゾウ
「なるほどな……。他者を拒絶するための防壁を自ら展開し、その痛みに耐えかねてすべてを一つのスープに溶かそうとした。それが『人類補完計画』の正体だったというわけか」
八幡
「そうそう。だから、あんな面倒くさい壁なんて、わざわざ槍でこじ開けたり、お涙頂戴の対話で溶かしたりしなくても……」
八幡は隣にいたキミーの肩を雑に引き寄せ、さらに視線の先にいたアスカやレイ、そしてなぜかこっちを見ているカヲルをチラッと見やった。
八幡
「強引にキスして、体温押し付けて、お互いの面倒くさい領域に土足で踏み込んでしまえば、そんな薄っぺらいコミュ障バリアなんて一発で消っ飛ぶんだよ。……まあ、破られた方の面倒臭さは倍増するけどな」
赤木リツコ
「……論理の飛躍がすごすぎて突っ込む気力も湧かないけれど……否定できないのが悔しいわね」
リツコが呆れたようにメガネを押し上げる。
アスカ
「まったくよ! アンタのせいで私のATフィールドもズタボロよ、責任取りなさいよね!」
八幡
「はいはい、今日の夕飯の買い出しは俺が付き合ってやるって。ほら、いつまで黄昏れてんだ、めんどくさい仕事の続き片付けるぞ」
世界を滅ぼしかけた壮大な謎も、すべては比企谷八幡の「超・自己中心的な対人哲学」によって、ただの「人間関係のめんどくささ」へと綺麗に片付けられてしまったのだった。
寂しがり屋の集合体
夕暮れ時のネルフ本部。
窓の外には、すっかり静けさを取り戻した第3新東京市の街並みと、茜色に染まる空が広がっていた。
書類の山と格闘していた発令所の面々は、いつの間にかそれぞれの作業を一段落させ、思い思いの場所に腰を下ろしている。
キミーは八幡の肩にこつんと頭をもたれかけさせ、渚カヲルはその隣で優しげな笑みを浮かべて紅茶のカップを揺らしている。少し離れた場所では、アスカがふてくされた顔をしながらもレイとタブレットの画面を覗き込み、リツコと冬月は「やれやれ」といった様子でコーヒーを啜っていた。
誰もがかつては「一人で生きるしかない」「誰にも理解されない」という分厚いATフィールドに身を包み、孤独を抱えて生きていた者たちだ。
その光景を横目でちらりと見やった比企谷八幡は、やれやれと小さく息をつき、ポツリと呟いた。
八幡:
「……なんだかな。みんなして、結局は寂しがり屋の集まりじゃねぇか」
その言葉に、キミーがクスリと笑い、顔を上げた。
キミー:
「今更なに言ってるのよ。一番寂しがり屋で、誰よりも他人の面倒見たがるひねくれ者がそれを言う?」
八幡:
「はあ? 別に俺は一人でも全然エンジョイできるし。ただ、周りが勝手に面倒くさい絡み方してくるから仕方なく付き合ってやってるだけで――」
アスカ:
「はいはい、出た出た! 照れ隠しのツンデレ発言はもうお腹いっぱいよ、バカ八幡!」
アスカが腕を組んでジト目を向ける中、レイは静かにカップを置き、八幡をまっすぐに見つめた。
レイ:
「……寂しいのは、悪いことじゃない。……比企谷くんのおかげで、分かった」
渚カヲル:
「そうだね。一人で完璧でいることよりも、こうして誰かの体温を感じながら泥臭く生きる方が、ずっと温かいよ」
リツコも苦笑しながらメガネを押し上げ、グラスを軽く掲げた。
赤木リツコ:
「まったくね……。世界を救った英雄が、こんなダウナーな高校生だなんて誰も思わないでしょうけど」
冬月コウゾウ:
「いや、悪くないさ。……こういう終わり方も、たまにはな」
終わらない、めんどくさい日常
みんなの穏やかな笑い声を聞きながら、八幡は再びふっと息を吐き、自分のポケットに両手を突っ込んだ。
寂しさを隠すために壁を作っていた者たちが、強引すぎるキスと体温の押し付け合いによってその壁を壊され、今こうして同じ空間でくだらない言い争いをしている。
効率的でも、スマートでもない。
むしろ最高にめんどくさくて、騒がしくて、逃げ出したくなるような人間関係の連続だ。
それでも――
八幡:
「……まあ、たまにはこういうのも、悪くはねぇか」
誰にも聞こえないくらいの小さな声でそう呟くと、八幡は隣で呆れたように笑うキミーの手を、そっと自分のポケットの中で握りしめた。
世界は救われ、面倒くさい日常はこれからも続いていく。
だけど、もう孤独に怯える必要なんてどこにもなかった。
特務機関ネルフの長い一日が暮れ、最高に温かく、最高に厄介な「家族」の夜が、こうして静かに始まっていくのだった――!
蘇った妻と、予想外の結末
――ネルフ本部の最深部、あるいは静まり返ったプライベートな空間。
すべての騒がしさが遠ざかったその場所で、碇ゲンドウは愛しい妻――碇ユイと並んで腰掛けていた。
かつては彼女を失った絶望から世界を敵に回し、狂気的な「人類補完計画」にすべてを捧げていた男の表情には、今やかつての冷徹な影はなく、ただ一人の「夫」としての穏やかな静けさがあった。
目の前には、かつて初号機から回収され、あるいは奇跡的な八幡の「めんどくさい力」の余波によって現実に引き戻された、生身のユイの姿がある。
ユイは自分の両手を軽く見つめ、そして隣に座る夫の顔を見上げて、ふっと柔らかく微笑んだ。
碇ユイ:
「……まさか、私がこうしてまたあなたの隣に戻ってこられるなんてね。しかも、世界がスープになるどころか、なんだかすごく賑やかなことになってるし……」
碇ゲンドウ:
(いつものサングラスを外し、遠い目をしながらコーヒーカップを傾けつつ)
「あぁ……私自身、これほどまでにシナリオが盛大に狂い続けるとは思っていなかったよ。すべては、我が息子の代わりを自称するあのひねくれ者の高校生のせいだがね」
碇ユイ:
「フフッ、そうなの? なんでもあの若い子、誰とでもすぐにキスをして問題を解決しちゃう変な癖があるんでしょう? ……あなたに似なくて本当によかったわ」
碇ゲンドウ:
「……いや、私にあんな不法侵入的なコミュニケーション能力はないつもりだが」
苦笑しながら肩をすくめるゲンドウの姿に、ユイは楽しそうに声を上げて笑った。
「予測できない未来」
ふと、ユイは窓の外に広がる、青く澄み渡った空を見上げた。
かつてゼーレが描いた絶対的なシナリオも、人類の進化という名の強制的な終焉も、すべては一人の少年の強引さと、泥臭い日常への執着によって粉々に打ち砕かれた。
設計図通りにいかないことばかりの世界。
予定調和など一つもない、予測不能で、理不尽で、最高にめんどくさい現実。
碇ユイ:
「こんな終わりがあるとはね……。ゼーレの老人たちが知ったら、きっと気絶してたんじゃないかしら」
碇ゲンドウ:
「ああ、間違いないな。だが……悪くない」
ゲンドウはユイの肩にそっと手を回し、その温もりを確かめるように引き寄せた。
碇ゲンドウ:
「計画の成就と引き換えに永遠の孤独を手に入れるより、こうして予測できない明日におびえながら、くだらない日常を生き続ける方が……はるかにマシだ」
碇ユイ:
「えぇ、本当にそうね。……世界は予測できないわね。だからこそ、こんなにも愛おしいのかしら」
二人は静かに寄り添いながら、遠くから聞こえてくるアスカの怒鳴り声や、八幡の面倒くさそうな返事を耳にしていた。
世界は救われ、すべての歯車は狂いながらも最高に温かい場所へと噛み合っていく。
予測不能で、終わらない「家族」の時間が、二人の頭上で優しく包み込むように流れていくのだった――。
止まっていた時と、新しい命
――静寂に包まれたプライベートな空間。
窓から差し込む柔らかな光が、そっと二人を照らしていた。
ユイはゲンドウの手を両手で包み込むと、じっとその顔を見つめ、どこか悪戯っぽく、けれどまっすぐな瞳で言い放った。
碇ユイ:
「ねえ、ゲンドウ」
碇ゲンドウ:
「ん……何だ、ユイ」
碇ユイ:
「私、2人目が欲しいわ」
碇ゲンドウ:
「………………………………は?」
かつて「人類補完計画」という壮大な裏シナリオを冷静に遂行しようとしていた男が、今や見事にフリーズした。手にしたコーヒーカップが小さくカタカタと音を立てる。
戸惑う元・総司令
碇ゲンドウ:
「ゆ、ユイ……唐突に何を言い出すんだ。2人目とは……子どものことか?」
碇ユイ:
「ええ。シンジもすっかり大きくなったし、ネルフのあの子たちの賑やかさを見てたらね、なんだか我が家ももう一人くらい可愛い子がいてもいいんじゃないかしらって思って」
あまりにも平然と言ってのけるユイに対し、ゲンドウは眼鏡の位置を何度も直しながら、真剣な顔で頭を抱え始めた。
碇ゲンドウ:
「だが、ユイ……君の身体は、エヴァ初号機に取り込まれていたあの時から……つまり、死亡した当時のまま時間が止まっているのだぞ。肉体的年齢も、細胞の若さも、あの頃のままだ」
碇ユイ:
「そうね。私はあの時のまま」
碇ゲンドウ:
「……しかし、私は違う。君が不在だった歳月の分だけ、私はしっかりと老い……白髪も増え、体力も衰え、もはや若い頃のようには……」
己の年齢と、あの頃のままの若々しさを保つ妻との決定的な「年の差(時間のズレ)」に、珍しくゲンドウは本気で自信を失いかけ、口ごもっていた。
「自分のような老いた男が、あの頃のままのユイと、再びそのような……」という、元・総司令の情けなくも切実な戸惑いである。
立ち位置の逆転
そんなゲンドウの葛藤と戸惑いを察したユイは、フフッと愛おしそうに微笑んだ。
碇ユイ:
「ふふ、なーに気にしてるのよ、ゲンドウ。あなたがいくつになろうと、白髪が増えようと、私にとっては大切な私の夫よ」
碇ゲンドウ:
「しかし、現実的な身体の年齢差というものはだな――」
碇ユイ:
「――うるさい口ね」
んっ……。
ユイは身を乗り出し、言い訳を並べようとするゲンドウの唇を、自らのそれであっさりと塞いだ。
かつて比企谷八幡がNERVの面々に叩き込んだ「言葉より手っ取り早い強引さ」を、まさかユイ自身が本家本元(?)として爆発させた瞬間だった。
碇ゲンドウ:
「っ……!? ゆ、ユイ……っ」
一瞬のキスのあと、唇を離したユイは、ゲンドウの頬を両手で優しく挟み込み、上目遣いに見つめた。その瞳には、かつて彼を包み込んだ変わらぬ深い愛と、少しの挑発的な熱が宿っている。
碇ユイ:
「昔から難しい理屈ばかり並べるのは、あなたの悪い癖よ。……言い訳なら、ベッドの上でたっぷり聞かせてあげるわ。ね、ゲンドウ?」
赤面し、完全に言葉を失ってタジタジになる碇ゲンドウ。
世界を裏から操ろうとした冷徹な男も、あの頃のままの若さと美しさを持つ妻の前では、ただの愛おしい夫にすぎなかった。
二人の止まっていた時間は今、新しい未来に向かって、より深く熱く動き出そうとしていた――!
ネルフ本部、朝の激震(再び)
数ヶ月後。
相変わらずバタバタと騒がしいネルフ本部・第1発令所。
いつものように窓際のデスクで書類に目を通していた赤木リツコと、隣でコーヒーをすする冬月コウゾウ。そして近くで何か言い合っているアスカとレイ、さらにその端で仲良く書類仕事をしているキミーとカヲル――そんな「いつも通りのカオスな日常」が展開されていた。
そこへ、扉が重い音を立てて開いた。
碇ゲンドウ:
「…………」
入ってきたのは、特務機関ネルフの総司令――碇ゲンドウその人だった。
だが、今日のゲンドウはいつもと何かが違う。いつもの不敵な笑みでも、冷徹な威厳でもなく、なぜか顔全体から**「底知れぬ気まずさと、妙な誇らしさ」**が入り交じった、形容しがたいオーラが漂っていた。
赤木リツコ(書類から顔を上げて、目を細め):
「……あら、司令。珍しいわね、そんな朝からすっきりしたような、でもどこか複雑そうな顔をして。使徒はもう全滅したはずだけど、また何か面倒な問題でも起きたのかしら?」
リツコのその言葉に、ゲンドウはゆっくりと首を横に振り、眼鏡のブリッジをくいと押し上げた。
碇ゲンドウ:
「いや……使徒ではない。仕事の案件でもない」
アスカ(ツインテールを揺らしながら振り返り):
「なによ、もったいぶっちゃって。じゃあ一体なんなわけ? まさかまた、あのバカ息子に変なこと吹き込まれたとか?」
アスカのその推理に、発令所の視線が一斉にゲンドウへと集まった。
八幡のせいで連日ろくな目に遭っていない面々は、「また何かやらかしたのか」と身構える。
だが、ゲンドウは一段と低い、しかし妙に響く声で、淡々とこう告げた。
「報告する」
碇ゲンドウ:
「全スタッフに告ぐ。……私とユイの間に、2人目ができた」
発令所全体:
『……は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!?!?!?』
文字通り、発令所の空気が一瞬にして爆発した。
赤木リツコ(コーヒーを盛大に吹き出しながら):
「――っ!? ぶっ……! け、けほっ、けほっ……! な、なんですって……!? い、今なんて言ったの、司令!?」
アスカ(目玉が飛び出るほどの勢いで):
「は、はあぁぁぁぁぁっ!? に、2人目!? あのユイさんが!? え、ちょっ、ちょっと待ってよ! ユイさんって、初号機から戻ってきたときのまま、全然歳とってない肉体のままでしょ!? え、じゃあ何、あの夫婦、今になってラブラブで子作りして――ぎゃあああ恥ずかしい!!」
レイ(目をぱちくりとさせながら):
「……2人目。……シンジくんの、弟か妹?」
キミー(顔を真っ赤にして):
「ちょっ……! ゼーレの崩壊とか使徒との決戦とかより、こっちのニュースの方が衝撃的すぎて頭が追いつかないんだけど……!」
渚カヲル(優雅に微笑みながら):
「ふふ、素晴らしいことじゃないか。リリンの生命の営みとは、かくも予測不能で美しいものだね」
発令所内は、かつて人類補完計画の真実を知ったとき以上の大パニックと狂騒に包まれた。
戸惑う父親と、呆れる周囲
冷徹な総司令として世界を支配しようとしていた男が、まさかこの期に及んで「まさかの新生命の誕生」という最も泥臭く、最も人間らしいライフイベントの当事者になるとは誰も思っていなかった。
冬月コウゾウ(頭を抱え、やれやれといった表情で肩をすくめながら):
「……おい、碇。お前という男は……。世界を救ったあとに、まさか私を『大叔父(おじ)』のような立場にする気か」
碇ゲンドウ:
「……私とて、まさかこのような展開になるとは思っていなかった。だが……ユイの強い希望と、だな……その……」
珍しく言葉を濁し、わずかに耳たぶを赤く染めるゲンドウの姿に、リツコはもう呆れを通り越して深々と言い訳のため息をついた。
赤木リツコ:
「はあ……。あの比企谷くんの『キス療法』のせいで、ネルフ全体がすっかりおかしな方向に染まっちゃったと思ってたけど……まさか、元凶であるはずの総司令ご本人まで、その最たる被害者(?)になるとはね……」
アスカ:
「まったくよ! シンジが聞いたら気絶するわよ、絶対!」
その時、発令所の自動ドアがガラッと開き、いつものジャージ姿のまま、けだるそうにあくびを噛み殺しながら比企谷八幡が入ってきた。
八幡:
「んー……なんか朝からやけに騒がしいけど、また使徒の残党でも湧いたのかよ。……って、なんだお前ら、オヤジを取り囲んで」
八幡が不思議そうに首をかしげると、ゲンドウは少しだけ気まずそうな顔をしながら、自分の息子の顔を見つめた。
碇ゲンドウ:
「……おい、比企谷」
八幡:
「ん、なんだよオヤジ」
碇ゲンドウ:
「……お前に、弟か妹ができることになった。心づもりをしておけ」
八幡:
「………………………………は?」
八幡のその日一番の「マジかよ」という脱力した声が、新しく平和になったネルフ本部に盛大に響き渡ったのだった――!
発令所、大パニックの連鎖
ゲンドウのあまりにも斜め上の爆弾発言によって静まり返っていた発令所。
その中心で、比企谷八幡はしばらく目をパチクリとさせていたが、やがて「へえ……」と妙に納得したような、それでいてめんどくさそうな声を漏らした。
そして、ジャージのポケットから片手を抜き、なんとなくその辺りに立っていたレイ、アスカ、そしてキミーの三人を順に見回した。
八幡:
「……ってことはだ。オヤジがそんな調子ならさ、なんか我が家だけ妙にトントン拍子で家族計画が進んでいってるわけだろ」
アスカ:
「は、はあ!? なによ急に! 人の話を聞きなさいよ!」
八幡:
「いや、別に? ただ、流れ的にさ……じゃあ、俺たちも子どもを作るか?」
発令所全体(二度目の爆発):
『――は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?』
少女たちの絶叫と赤面
八幡が放ったあまりにも自然すぎる、しかし破壊力抜群の「日常的プロポーズ(?)」に、ターゲットにされた三人は完全にフリーズした。
アスカ(ツインテールを跳ねさせながら、顔をトマトのように真っ赤にして):
「ちょっ……! な、なに言ってわけこのバカ八幡ーーっ!! いきなり何を言い出すのよ! まだ付き合い始めてるかも怪しいのに、なんでいきなり子どもの話になるわけよ! ばかばかばか、このセクハラ高校生!!」
レイ(いつもの無表情が完全に崩壊し、耳まで真っ赤に染めながら):
「……こ、子ども。……比企谷くんと、私が……? ええと、その……心の準備が、全く……」
いつもは冷静なレイが両手で自分の頬を押さえ、湯気を出しそうな勢いでしどろもどろになっている。
キミー(元・ゼーレのエリートとしてのプライドを完全に粉々に砕かれながら):
「ちょっと待ってよ比企谷! 私はアンタの婚約者ってことになってるけど、だからって展開が急展開すぎるでしょ! 私、まだ心の準備も、色々な覚悟も全然――っ!」
三者三様にパニックを起こし、発令所の真ん中で顔を真っ赤にしてオタオタしている姿は、かつて世界を救い(あるいは滅ぼしかけた)最強のパイロットとエリートの面影など微塵もなかった。
「まあ、いいんじゃない?」
そんな彼女たちの慌てふためく様子を、八幡は相変わらずダルそうに、しかしどこか面白がるようなジト目で眺めていた。
八幡:
「いや、だってよ。オヤジがあんな嬉しそうに報告してくるんだからさ、こっちも乗り遅れたらなんか負けた気がするじゃねぇの。……まあ、世界も平和になったし。めんどくさい使徒もいねぇんだから、いいんじゃない?」
アスカ:
「良くないわよ!! なんでそんなにサラッと言えちゃうわけ!? もう、アンタのその調子の狂うペースに付き合わされてたら、私の人生が何度あっても足りないわよ……っ!」
文句を言いつつも、アスカの瞳には怒りよりも、隠しきれない甘い熱と恥じらいの色が深く滲んでいた。
レイも、小さく息を整えながら、そっと八幡の袖を引っ張って俯いた。
レイ:
「……比企谷くんの、バカ。……でも、嫌いじゃない、かも」
キミー:
「……ほんと、どこまで調子のいい男なのよ、アンタは……。でもまあ、一生面倒見てくれるって言った責任、最後まで取ってもらうんだからね」
三人がそれぞれに照れ笑いを浮かべ、紅潮した頬をそっと隠すのを見届けたあと、八幡はやれやれと肩をすくめて小さく笑った。
八幡:
「はいはい、分かりましたよ。じゃあ、まずは今日の放課後の買い出しの相談から始めますかね」
予測不能で、理不尽で、最高にめんどくさくて――けれど、これ以上ないほど温かい「未来」が、ネルフ本部の騒がしい日常の真ん中で、しっかりと動き出していたのだった!
使徒の疑問と、実践的な「実験」
発令所の真ん中でアスカやレイ、キミーが顔を真っ赤にしてパニックを起こしているその脇で、渚カヲルだけはどこか神秘的で、しかし猛烈に知的好奇心を刺激されたような顔で小首をかしげていた。
渚カヲル:
「ねえ、比企谷くん」
八幡:
「ん? なだよカヲル、お前もなんかツッコむのか」
渚カヲル:
「ううん、ツッコミじゃないんだ。ただ、僕にも子供が作れるのかどうか、すごく興味が湧いてね」
カヲルはふわりと軽やかな足取りで八幡のすぐそばまで歩み寄り、その美しい紅色の瞳を真っ直ぐに向けた。
渚カヲル:
「リリンの生み出す生命の営み……その新しい命の種が、僕のような存在の身体でも宿るものなのかどうか。……百聞は一見にしかず、ね。ねえ、比企谷くん、ちょっと試してみないかい?」
八幡:
「は? 試してみるって、お前なァ……」
呆れたようにため息をつく八幡だったが、カヲルはまったく臆する様子もなく、むしろ試すような、どこか誘うような微笑みを浮かべて八幡の胸元にスッと手を添えた。
渚カヲル:
「だって、君のその『キス療法』なら、僕の体内のあらゆる神秘や境界線だって、きっと簡単に書き換えてしまうんだろう? ならば、生命を宿す奇跡だって、君のその強引さなら――」
八幡:
「……めんどくせぇ理屈こねる野郎だな、お前は本当に」
八幡は面倒くさそうにぼやきながらも、その細い腰をガシッと掴み、自分のほうへと引き寄せた。
渚カヲル:
「あ……っ」
逃げる隙すら与えず、八幡はカヲルの唇に自分のそれを力強く重ね合わせた。
発令所での「追試」
ちゅぷ、ねっとりと湿ったキス音が、再び静まり返った発令所に響き渡る。
アスカ:
「ちょっ、ちょっと――!? また人前であんな堂々と見せつけてるわよあのバカ! 相手は元・使徒よ!?」
キミー:
「もう何でもありね……。カヲル君までそっち側に引きずり込まれてるし……」
レイ:
「……また、新しい実験、みたい」
周囲の呆れと絶叫が混じった視線を完全に無視し、八幡はカヲルの唇を深く貪り、その体温を容赦なく流し込んでいく。
数秒後、満足したようにスッと唇を離した八幡に対し、カヲルは壁(あるいはコントロールパネル)に背中を預け、顔を真っ赤に染めながら荒い息をついた。
渚カヲル:
「はぁっ、んぅ……っ……! こ、これは……っ」
カヲルは自分の熱くなった唇を指先で押さえ、生まれて初めて味わうような「生命の圧倒的な熱量」に、ふわりと蕩けたような笑みをこぼした。
八幡:
「どうだ? 子どもができるかどうかは知らねぇけど、お前のその面倒くさい使徒の神秘も、俺の体温ですっかり書き換えられたろ」
渚カヲル:
「……ふふ。そうだね……。命が宿るかどうかは分からないけれど、君のその勝手な温もりが、僕の胸の奥をこんなにも狂わせるってことだけは……よく分かったよ」
カヲルは真っ赤な顔でふんわりと微笑み、満足そうに八幡の肩に頭をもたれかけさせた。
世界を救った最強のひねくれ者は、元・敵も元・使徒も、そして周りの少女たちも全員まとめて、今日も今日とてその圧倒的な「めんどくさい日常」へと平然と巻き込んでいくのだった――!
――プラグスーツではなく、普段着のラフなシャツやジャケット姿で。
少しだけふっくらとした胸元を八幡の胸に密着させ、背の低さと少し長めの白銀の髪を揺らしながら、目を固くつむって顔を真っ赤に染めてキスを受け入れるカヲル。
そして、そんなすべてを包み込むように余裕の笑みを浮かべ、強引かつ頼もしく「俺についてこい」と言わんばかりの圧倒的なリード力を見せつける比企谷八幡――。
ネルフ本部の青白いモニターの光とガチャガチャとした計器類をバックに、世界を救った最強のひねくれ者と、最後の使徒改め「すっかり調教された紅潮の美少年(少女?)」が織りなす、最高にカオスでシュールなワンシーンが、脳内のスクリーンに完璧に描き出された。
八幡:
「ほら、難しく考えるなって。俺についてくれば、この面倒くさい世界も、お前のその曖昧なアイデンティティも、全部丸ごと面倒見てやるよ」
渚カヲル(耳まで真っ赤に染めながら、トロンと目を潤ませて):
「……うん。……もう、君の好きにしてよ……」
人類補完計画の残骸も、難しいメタaphysicalな考察も、すべては比企谷八幡の「問答無用のマイペース愛撫&キス療法」の前に完全屈服し、ネルフ本部は今日も今日とて最高に賑やかで平和な泥沼(褒め言葉)に浸かっているのであった――!
大所帯の「新婚」ドタバタ生活
使徒の脅威もゼーレの陰謀も綺麗さっぱり消え去り、世界が平和を取り戻したその裏で――比企谷八幡の自宅(あるいはネルフ宿舎を無理やり改造した超大所帯スペース)は、連日、想像を絶するカオスな新婚生活の舞台と化していた。
同居しているのは、婚約者のキミーをはじめ、アスカ、レイ、そしてすっかりこちらの世界(というか八幡の懐)に馴染みきったカヲルという、前代未聞のメンバーである。
朝のキッチン戦争
アスカ(フライ返しを片手に、エプロン姿でプンスカ怒りながら):
「ちょっとバカ八幡! なんで今日の朝食の目玉焼き、私のが一個だけ黄身が潰れてるわけ!? 私の完璧な美貌に泥を塗る気!?」
八幡(食卓の椅子にダラっと座り、コーヒーをすすりながら):
「いや、フライパンのキャパシティの問題だろ。文句言うなら自分で焼けよ」
キミー(テキパキとお弁当箱を詰めつつ、ジト目を向けながら):
「まったく、朝から大声出さないの。……で、アンタ、今日の夕飯の買い出し誰と行くのよ? アスカ? それとも私?」
レイ(冷蔵庫の前で、静かに牛乳パックを見つめながら):
「……私は、昨日の残りのカレーがいい。……比企谷くんの作ったやつ」
渚カヲル(その隣で、ふんわりと優雅に微笑みながら):
「ふふ、みんな朝から賑やかだね。……ねえ、比企谷くん、今日の僕の分の紅茶は、少し濃いめに入れてくれるかい?」
八幡:
「お前らは俺の家政婦かよ……。つーか、なんでどいつもこいつも俺を起点にして動こうとするんだ。少しは自立した共同生活を送れよ」
口ではめんどくさそうに文句を言いつつも、八幡はキミーの淹れたコーヒーを飲み、アスカの焼いたトーストを受け取り、レイの好物をさりげなく覚えていて、カヲルの紅茶の好みにまでツッコミを入れる。
結局のところ、誰よりもこの「大所帯の面倒」をしっかり見てしまっているのが比企谷八幡という男だった。
予測不能な新婚(?)の夜
夜が更けて、ようやく静けさが戻ってきたリビング。
しかし、大所帯ならではの「場所の取り合い」と「スキンシップの順番待ち」という名の戦いは、夜ごと別の形で繰り広げられていた。
アスカ:
「ちょっ、ちょっとそこ私の特等席よ! なんであんたが八幡の隣に座ってわけよ、キミー!」
キミー:
「いいじゃない、今日は私のローテーションよ! アンタはさっきから八幡のジャージの裾を引っ張りすぎ!」
レイ:
「……私は、静かに隣に座るだけ。……ねえ、比企谷くん、肩、貸して」
渚カヲル:
「ふふ、リリンのこういう独占欲って、なんだかとても詩的で愛おしいね。ねえ、比企谷くん、僕たちにもさっきみたいな『愛の証明』を――」
八幡:
「お前らな……! 狭いんだよ! ていうか、カヲル、お前は男だろ、なんで自然に俺の膝枕のポジションキープしてんだよ!」
渚カヲル:
「え? だって、君の体温はとても心地いいからね……」
リビングのソファに男一人が押し込められ、その周りを元・最強パイロットの少女たちや元・ゼーレのエリート、そして最後の使徒が取り囲んでわいわいと言い争う。
誰もがかつては自分の殻(ATフィールド)に閉じこもり、孤独に震えていた者たちだ。それが今や、互いの距離感を間違えまくりながら、同じ空間で肩を寄せ合って生きている。
不器用で、めんどくさくて、喧嘩ばかりで、でも最高に温かい――。
八幡はやれやれと盛大なため息をつきながらも、その顔には隠しきれない呆れたような、しかし満たされたような笑みが浮かんでいた。
八幡:
「……まあ、静寂よりはマシか。ほら、お前ら、場所の取り合いはいいから、早く寝るぞ。明日も朝からゴミ出しの当番があるんだからな」
予測不能で、理不尽に賑やかな比企谷家の新婚生活は、今日も明日も、ずっとこんな調子で賑やかに続いていくのだった!
一斉子作り計画(?)の開幕
賑やかすぎるリビングで、八幡がいつものように盛大なため息をついたその瞬間、事態はさらに斜め上の方向へと加速した。
八幡:
「ほら、お前ら、場所の取り合いはいいから、早く寝るぞ。明日も朝からゴミ出しの当番があるんだからな」
アスカ:
「はあ? ゴミ出しなんてどうだっていいでしょ! それよりアンタ、さっきから私たちのこと放置しすぎよ!」
キミー:
「そうよ! ゲンドウさんとユイさんが2人目を作るなんて報告してきたんだから、私たちだって負けてられないわよ!」
レイ:
「……うん。……私も、比企谷くんの子どもが欲しい」
渚カヲル:
「ふふ、リリンの言う『子作り』という大イベント、僕の身体でも本当に可能なのか、ぜひ全員で同時に検証してみるべきだね」
八幡:
「――は……? 全員で同時に……って、お前らなァ、何をサラッと恐ろしいこと口走ってやがるんだ……っ!?」
カオスと情熱の夜
「善意同時に子作りする」という、かつての人類補完計画をも凌駕する謎の超・集団的アプローチの号令とともに、リビングの空気が一瞬で沸点に達した。
アスカ:
「ちょっ、待って、なんで私が一番乗りじゃないわけ!? 押さないでよキミー!」
キミー:
「うるさいわね、こういうのは勢いが肝心なのよ! ほら、八幡、覚悟しなさい!」
レイ:
「……比企谷くん、逃がさない。……私が一番最初に、その体温を――」
渚カヲル:
「僕たちの神秘の境界線も、今夜ですべて君のなかに溶かしてあげるよ、比企谷くん」
八幡:
「おい! ちょっと待て! 物理的にキャパオーバーだろ! 一人ずつ順番に――ぐっ、引っ張るな! ジャージが伸びるだろ! おい、どこ触ってんだよ――っ!!」
普段は余裕ぶったひねくれ者として振る舞い、数々の使徒や面倒な人間関係を強引なキスと論理でねじ伏せてきた比企谷八幡が、人生で初めて「完全な物理的物量と圧倒的な熱量」の前にタジタジとなり、文字通り部屋の真ん中で揉みくちゃにされていく。
ソファの上は瞬く間に、アスカのツインテールの怒号、レイの静かな執着、キミーの焦燥したツッコミ、そしてカヲル優雅で不敵な微笑みと甘い喘ぎ声が入り混じった、前代未聞の修羅場(かつ最高にハーレムな楽園)へと変貌した。
あちこちで服が乱れ、吐息が重なり、互いの体温と「子どもを作る」というぶっ飛んだ目的がごちゃ混ぜになっていく。
八幡(半泣きになりながら):
「あーもう! どうにでもしやがれ! 世界を救うより圧倒的に労働基準法違反だろこんなの……っ!!」
全員:
「「「「文句言わないの、八幡(比企谷くん)っ!!」」」」
世界は完全に平和になり、そして比企谷家の夜は、誰一人として理性を保てないまま、最高に乱れて熱く、どこまでも終わらない泥沼の幸福へと沈んでいくのだった――!
朝の光と、それぞれの「翌朝」
昨夜のすさまじい大乱戦(一斉子作り計画の果て)を経て、朝日がネルフ宿舎(比企谷家)のリビングを眩しく照らし出していた。
リビングの床やソファには、昨夜の激しさを物語るように脱ぎ散らかされた服や毛布が散乱し、広大なベッド(あるいは巨大なソファベッド)の上では、昨夜あれほど情熱的だったメンバーたちが、それぞれにぐったりと体を寄せ合って眠りこけていた。
アスカは八幡の腕を枕代わりにしながらスースーと寝息を立て、レイは反対側で八幡のシャツをぎゅっと掴んだまま微動だにしない。キミーはその足元で毛布を被って丸くなり、カヲルはなぜか満足げな笑みを浮かべたまま八幡の胸元に顔をうずめてスヤスヤと眠っている。
――そして、その中心にいる比企谷八幡はというと。
八幡:
「…………」
すでにすっきりと目を覚まし、ジャージをきちんと着込んだ状態で、一人だけ冷静に冷めたコーヒーをマグカップで啜っていた。
昨夜の狂騒が嘘のような、いつも通りの「ひねくれたダウナーな朝」である。
恥じらいの目覚め
アスカ:
「ん……っ……」
やがて、朝日が顔に当たったアスカがうっすらと目を開けた。
数秒間ぼんやりとした後、昨夜の記憶――自分が八幡にベタベタに甘え、あんなにも赤裸々な言葉や態度で子作りに参加していた現実が一気に脳裏へと蘇ってきた。
アスカ:
「……っ!? ひ、ひゃあぁぁぁぁぁっ!?」
アスカは血の気が一気に引く(あるいは沸騰する)ほどの勢いで飛び起き、真っ赤な顔で両手で頭を抱え転げ回った。
アスカ:
「なっ、なによこれ! 私、昨日の夜……あんなに恥ずかしいこと……! うそ、嘘でしょ、バカ八幡、なんでそんな平然としてられるわけよーーっ!!」
レイ:
「……ん。朝……」
レイも目を覚まし、自分の状況と昨夜の記憶をスキャンした瞬間、真っ白い肌が一気にトマトのように赤くなり、耳まで真っ赤に染めながら布団を頭からすっぽり被ってしまった。
キミー:
「うそ……私、昨夜あんなに自分から……っ! もうお嫁に行けないわよ、どうしてくれるのよアンタ……!」
渚カヲル:
「ふふ……おはよう、比企谷くん。昨夜の生命の営みは、とても神秘的で、かつ素晴らしい朝の目覚めをもたらしてくれたよ。……ねえ、すでに身体の奥がじんわりと熱いんだけど……」
見事に全員が、昨夜の赤裸々な盛り上がりを思い出して大パニックを起こし、顔を真っ赤にして身悶えたり布団に潜り込んだりしている。
一人だけ全く恥ずかしがらず(むしろ「いつもの日常に戻ったな」という顔をして)コーヒーを飲んでいる八幡の図は、シュール極まりなかった。
今夜の予告
そんな彼女たちの阿鼻叫喚と恥じらいのリアクションを横目に、八幡はやれやれとため息をつきながら、空になったマグカップをテーブルに置いた。
そして、顔を真っ赤にしてジト目を向けてくるアスカたちを見回すと、ニヤリと不敵で、かつ最高にずるい笑みを浮かべて低い声で言い放った。
八幡:
「なに恥ずかしがってんだよ。……ま、昨夜はあんな感じだったけどさ」
アスカ:
「な、なによ……! 冷やかしたら許さないんだからね!」
八幡:
「別に冷やかさねぇよ。ただ……」
八幡はふっと息を吐き、布団の中で身悶えているレイや、真っ赤な顔で固まっているキミー、そして妖しく微笑むカヲルを順に見据え、トドメの一言を叩きつけた。
八幡:
「――今夜も寝かさないぜ?」
全員:
『――っなあああああああっ!?!?』
その一言で、再びリビングは絶叫と赤面と、そしてどうしようもない甘い熱気で盛大に爆発した。
世界は平和になり、今日も比企谷家の夜は、間違いなく最高にめんどくさく、そして最高に賑やかに更けていくのだった――!
終わらない夜と、新しい命の予感
「今夜も寝かさないぜ」という八幡の宣言通り、比企谷家の夜は、その後も連日、想像を絶する熱狂と甘い混乱の渦に包まれ続けていた。
アスカのツインテールが乱れ、レイの静かな瞳が熱く潤み、キミーが理性と羞恥心の狭間で悶絶し、カヲルが詩的な言葉を吐きながら陶酔する――そんな濃厚で、どこか儀式的ですらある「愛の営み」が、ネルフ宿舎のリビングで毎晩のように繰り広げられた。
そして、季節がひと巡りしようかという、ある穏やかな朝。
いつものように朝のコーヒーを淹れていたキミーが、ふと食器を落としそうになり、顔を青ざめさせた。
キミー:
「……っ! う、嘘……でしょ……」
八幡(いつものようにジャージ姿で、新聞を読みながら):
「ん? どうしたんだよ、朝からそんな大声を上げて」
キミー:
「アンタねぇ……! 私、生理が……予定よりずいぶん遅れてるのよ。もしやと思ってさっき検査薬を……っ」
キミーが震える手で差し出したのは、紛れもない「妊娠陽性」の反応を示した検査スティックだった。
その瞬間、リビングの空気が凍りついた。
ネルフ本部、未曾有の動揺
「比企谷八幡に子供ができた」。
その情報は、ネルフ本部、そしてかつてのパイロットたちの間に、使徒襲来時以上の衝撃と動揺を巻き起こした。
アスカ(発令所のど真ん中で、マグカップを床に落としながら):
「――っはああああぁぁぁぁぁぁっ!?!? に、妊娠!? だ、誰が!? キミーが!? あのバカ八幡の子供を!?」
レイ(その横で、静かに湯呑みを置いて):
「……そう。……キミーが。お母さんに、なる」
赤木リツコ(コーヒーを吹き出しながら):
「はあぁぁぁぁぁっ!? ちょっと待ちなさいよ、あの比企谷くんが!? しかも、あのハーレム状態で、ついに責任をとるハメに……!? いったい誰の種なのよ、キミーのだけじゃ分からないじゃない!」
冬月コウゾウ(頭を抱え、呆れを通り越して遠い目をして):
「……碇のところも2人目だが、今度はあっちの家系か。全く、平和になった途端に人類補完計画とは別の意味で人口爆発が起きそうだな……」
発令所内は、祝福と驚愕と、そしてどうしようもない呆れが混じった、前代未聞のパニック状態に包まれた。
「父親」になる、ということ
事の重大さを理解し(あるいは理解しかねて)、一人だけ冷静を装っていた八幡も、流石に今ばかりは冷や汗を浮かべていた。
八幡:
「いや、あの……。俺の遺伝子的な話で言うと、毎晩あんな調子だったから、誰の子供でもおかしくはねぇんだけどさ……。とりあえず、一番分かりやすいリアクションしたのがキミーだったってだけで……」
キミー(顔を真っ赤にしながら、八幡の胸ぐらを掴んで):
「アンタねぇ! 責任取るのは当然でしょ! それに、アスカもレイもカヲルも、みんなアンタの子供を心待ちにしてたんだからね! 誰の子とか、今更そんな野暮なこと言ったらタダじゃおかないわよ!」
アスカ(血相を変えて):
「ちょっと待てよキミー! なんでアンタだけが一番乗りなのよ! 私だって……私だって毎日必死に頑張ってたのに……! くそっ、このバカ八幡の遺伝子め!」
渚カヲル(ふんわりと微笑みながら、キミーのお腹にそっと手を当てて):
「ふふ、素晴らしいね。僕たちの愛の結晶が、この世界に新たに宿るなんて。キミー、君のお腹の中で、新しい命が静かに脈動しているよ」
奇妙な共同生活を送っていた彼女たち全員が、嫉妬よりも先に、共通の「新しい命」の誕生に対する祝福と期待を抱き始めていた。
そして、その輪の中心には、逃げることもひねくれることも許されず、ついに「父親」という逃れられない運命を受け入れざるを得なくなった、比企谷八幡の姿があった。
八幡:
「……あーもう! 分かったよ! 責任取るなら全部まとめて取ってやるよ! どうせ最初から、俺の人生はアンタら全員の面倒見る羽目になってたんだからな!」
八幡がキミーの肩を抱き寄せ、そしてアスカやレイ、カヲルの方を見回してそう宣言した瞬間。
リビングは、戸惑いと、しかし確かな愛おしさと幸福感で満たされた。
世界を救った最強のひねくれ者と、個性豊かな少女たち、そして最後の使徒。
彼らが紡ぎ出した毎日の「愛の営み」は、ついに「新しい命」という、最も予測不能で、最も愛おしい奇跡を生み出したのだった。
――比企谷家の終わらない賑やかな日々は、これからさらに、最高に騒がしく、温かいものへと変わっていくのだろう。
衝撃のトリプル妊娠、そして発令所のカオス
キミーの妊娠発覚から数週間後。
ネルフ本部・第1発令所は、連日続く前代未聞の報告に、もはや麻痺状態に陥っていた。
いつものようにコーヒーを啜っていたリツコのデスクに、アスカとレイが並んで立ち、それぞれ検査スティックを差し出したのだ。
アスカ(ツインテールを揺らしながら、顔を真っ赤にして):
「……あのさぁ、リツコ。ちょっと話があるんだけど……。その、私も……ええと、その……」
レイ(その隣で、淡々と):
「……私も。……比企谷くんの、子どもができた」
赤木リツコ(コーヒーを盛大に吹き出しながら):
「――っはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!? ま、また!? ちょっと、今度はアスカとレイまで!? いったいどうなってるのよ、ネルフの託児所計画はぁぁぁっ!!」
リツコの悲鳴が発令所に響き渡る中、アスカは恥ずかしそうに俯きながら、小さく呟いた。
アスカ:
「……それにさぁ、冷静に考えてみてよ。私たち、まだ15才なんだけど……。こんな身体で子供なんて、普通ありえないでしょ!?」
アスカの言葉に、それまで静観していた周りのスタッフたちも、一斉に「確かに!」と頷いた。
「問題ない」と「ちょうどいい」
その時、発令所のドアが開き、いつものジャージ姿のまま、けだるそうに比企谷八幡が入ってきた。騒然とする発令所の様子を見て、彼は面倒くさそうに眉をひそめる。
八幡:
「んー……また何かあったのかよ。オヤジが2人目作った時より騒がしくねぇか」
アスカ(真っ赤な顔で八幡を睨みつけて):
「当たり前でしょ! あんたのせいで、私とレイまで妊娠しちゃったのよ! どうすんのよ、このバカ八幡!」
アスカの剣幕に、八幡はしばらく呆然としていたが、やがてフッと息を吐き、いつも通りのダウナーな笑みを浮かべて言い放った。
八幡:
「あー、なるほど。……で、何が問題なんだ? 15才だから子供が産めねぇってか? そんな古い常識、この世界じゃ通用しねぇだろ」
アスカ:
「通用しなくないわよ! 普通は高校生で母親になるなんて――」
八幡:
「――おい。俺は17だ。……生物学的に言っても、社会的責任的に言っても、何の問題もねぇだろ。……俺の子供を産むってんなら、俺が全員まとめて責任取って養ってやるよ。覚悟はできてる」
八幡が真っ直ぐな瞳で言い切った瞬間、アスカは言葉を失い、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
その横で、レイは静かに八幡の袖を引っ張って、小さく微笑んだ。
レイ:
「……うん。……比企谷くんが、そう言うなら、私は大丈夫」
「ちょうどいい」混沌
その時、別室で待機していた(すでに身ごもっている)キミーが、発令所に入ってきた。お腹にそっと手を当てながら、彼女は呆れたような、しかしどこか満足げな笑みを浮かべて、八幡とアスカたちを見回した。
キミー:
「まったく、アンタたち……。妊娠したっていうのに、まだそんなガキみたいな言い争いしてるの?」
アスカ:
「うるさいわね、キミー! だって、15才よ!? 15才!」
キミー(フッと笑って):
「それがどうしたのよ。私なんて、アンタたちより年上だけど、今まさにアンタたちの『先輩』としてお腹に新しい命を宿してるのよ。……むしろ、今の私からすれば、アスカとレイがアンタの子供を妊娠するなんて、最高に『ちょうどいい』タイミングじゃない」
「「「「は……?」」」」
全員の視線がキミーに集中する。
キミー:
「だってそうでしょ? キミーお姉さんが最初に産んで、その後を追うようにアスカとレイが産む。……つまり、比企谷家の第1子、第2子、第3子が一気に、しかも仲良く同じ年齢層で育っていくわけよ。これなら、教育上も兄弟構成的にも、めちゃくちゃ理想的じゃない!」
キミーのあまりにも前向きで、ぶっ飛んだ「大家族的計算」に、発令所の全員が絶句した。
アスカはさらに顔を赤くし、レイはキミーを見つめて小さく瞬きし、八幡はやれやれと頭を抱えた。
八幡:
「あーもう! どうにでもしやがれ!……オヤジが2人目作って、俺が3人まとめて責任取って、挙句の果てにキミーがそれを『理想的』だなんて言い出すこの世界……。ゼーレの老人たちも、まさか自分たちの計画の果てに、こんな爆発的な平和的子沢山家族が誕生するなんて、絶対に想像もつかなかっただろうな」
八幡のその日一番の脱力した呟きが、新しく平和になったネルフ本部に盛大に響き渡ったのだった――!
英雄の報酬と、総司令の価値観
穏やかな日常が戻りつつあるネルフ本部。
いつものように発令所のデスクで書類と格闘していた比企谷八幡は、端末に届いた今月の給与明細を開いた。
普段、ダラダラとアルバイトをしていた頃の感覚で、せいぜい数万円程度の振り込みを想像していた八幡だったが、画面に表示された数字を見て、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
八幡:
「――っ!? ぶっ……! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!? い、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……!? 億!? い、一億……? いちじゅうひゃくせんまんおくじゅうまん……!? ひ、ひゃくおく!? うそでしょ!? なんでネルフのアルバイトごときに一桁億単位の給料が振り込まれてるわけ!? 桁を間違えたとかいうレベルじゃないでしょこれ!!」
発令所のモニターに表示されたのは、前代未聞、桁外れの報酬額だった。
人類補完計画を阻止し、サードインパクトを回避し、使徒を全滅させた「世界を救った英雄」に対する、特務機関ネルフからの正式な(かつ、ゲンドウの独断による)給与振り込みである。
「世界を救ったのだから」
あまりの金額にパニックを起こし、心臓が飛び出しそうになりながら、八幡は総司令室へと駆け込んだ。
そこには、いつものように静かにコーヒーを飲んでいる碇ゲンドウがいた。
八幡(給与明細の画面を叩きつけながら):
「お、オヤジェェェェェェッ!! どういうことだよこれ!! 今月の給料、桁が全部おかしいんですけど!! 一億超えてるどころか、最終的に数千億になってるんですけど!! 俺、まだ高校生のアルバイトなんですけど!! ネルフってこんなにブラックな給料形態なの!? それとも俺、いつの間にか非課税の所得税法違反の領域に足を踏み入れてるの!?」
ゲンドウは、焦り狂う息子の姿を冷めた目で一瞥し、ゆっくりと眼鏡をくいと押し上げた。
碇ゲンドウ:
「騒々しいな、比企谷。……落ち着け」
八幡:
「落ち着けるか! こんな額、普通に口座に振り込まれたら、日本経済が傾くわ! 税務署が戦車で突撃してくるわ! 冗談じゃねぇ、すぐに返還手続きを――」
碇ゲンドウ:
「返還の必要はない。……それが今月の君の給与だ」
ゲンドウは、動じることなく淡々と言い放った。
碇ゲンドウ:
「君は世界を救ったのだからな」
八幡:
「……え?」
あまりに真っ当すぎる(しかし、彼にとってはあまりに非現実的な)理由に、八幡はポカンと口を開けてしまった。
碇ゲンドウ:
「もし君がいなければ、人類は今頃スープになっていただろう。ゼーレのシナリオも、私の計画も、すべてが完了していた。……世界が消滅するのと引き換えに、君が手に入れたかった『平和な日常』が、どれほどの価値を持つか。……数千億の報酬など、世界の存続に比べれば、安いものだ」
八幡:
「いや、あの……。俺、ただ単に、自分の居場所を守りたかっただけで……。世界を救うとか、そんな大層なことは……」
碇ゲンドウ:
「結果として、君はそうした。……私は、結果しか見ない。そして、君が守ったこの世界と、これから生まれてくる子供たちに必要な資産を、私は用意しただけだ」
ゲンドウは、どこか満足げにそう語ると、再びコーヒーカップを傾けた。
かつて世界を滅ぼしかけた男が、今や「守るべき家族」のために、これまた桁外れの資産を管理し、提供する父親の顔になっていた。
英雄の、終わらない日常(とお金)
八幡は、呆然としながら自分の給与明細の画面を見つめ直した。
数千億。
日本の国家予算並みか、それ以上の額。
かつては「独り」でいることを好み、「一人で生きるしかない」と殻に閉じこもっていたひねくれ者が、強引すぎるキスと体温の押し付け合いによってその殻を壊され、今や三人の子供を妊娠中の少女たちを養わなければならなくなった。
このとんでもない額の報酬は、世界を救った英雄としての価値であると同時に、これから始まる「爆発的子沢山家族」という、別の意味での地獄のような賑やかな日常を生き抜くための、必要不可欠な燃料(資金)でもあった。
八幡:
「……まあ、いいか。これだけありゃ、オヤジの2人目も、俺の3人まとめての子育ても、ミルク代からオムツ代、果ては私立大学の入学金まで、全部まとめて面倒見られるしな」
誰にも聞こえないくらいの小さな声でそう呟くと、八幡はふっと息を吐き、ジャージのポケットに両手を突っ込んだ。
世界は救われ、面倒くさい日常はこれからも続いていく。
ただ一つ変わったのは、その日常が、文字通り**「億万長者」**という、これまた最高にめんどくさく、そして最高に賑やかなものになったということだ――!
ネルフ本部、最後の衝撃
キミー、アスカ、レイのトリプル妊娠発覚からさらに数週間が過ぎた、ある穏やかな日のネルフ本部。
第1発令所のモニター前で、渚カヲルは一人、静かに立ち尽くしていた。
いつもは神秘的な微笑みを浮かべ、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせていた彼が、今日はどこか様子がおかしい。その美しい顔は青白く、紅色の瞳は微かに揺れ、頬を伝って一筋、また一筋と涙が零れ落ちていた。
渚カヲル:
「……僕の、中に……。新しい、命が……?」
カヲルは自分の腹部にそっと両手を当て、震える声で呟いた。
彼のような「使徒」としての肉体を持つ存在であっても、比企谷八幡の強引すぎるほどの「生命の熱量(キスと夜這い)」は、そのATフィールドはおろか、存在の根幹すらも書き換えてしまったのだ。
人類補完計画の最後の使徒としてではなく、ただ一人の「母親」として、その身にリリンの子供を宿してしまったという事実。
その事実に、彼は驚きと、戸惑いと、そして言い知れぬ愛おしさとが混じった、複雑な感情を爆発させていた。
「父親」としての責任
そこへ、自動ドアが開いて、いつものジャージ姿のまま、けだるそうに比企谷八幡が入ってきた。
八幡:
「んー……カヲル、お前、ここで何を涙流して――」
八幡がカヲルの元へ駆け寄ろうとした瞬間、カヲルは振り返り、涙に濡れた顔で八幡をまっすぐ見つめた。
渚カヲル:
「比企谷くん……。僕、妊娠してしまったよ。……君の子供を」
八幡:
「………………………………は?」
その日、ネルフ本部で何度目かとなる、八幡の気の抜けた声が響き渡った。
人類補完計画を阻止し、サードインパクトを回避し、最強の使徒を倒し、そして3人の少女を妊娠させた英雄も、まさか元・使徒の少年(少女?)まで妊娠させていたという事実に、流石に言葉を失い、心底呆然とした顔で立ち尽くした。
八幡:
「いや、あの……。カヲル、お前、男だろ。なんで男の身体で妊娠なんて――」
渚カヲル(涙を拭いながら、ふわりと微笑んで):
「君の『キス療法』は、僕の体内の神秘の境界線も、性別の概念すらも、すべて溶かしてしまったんだよ。……僕は今、一人のリリンとして、そして一人の母親として、この新しい命を愛おしく感じている。……ねえ、比企谷くん、これは素晴らしい奇跡だとは思わないかい?」
カヲルは涙を流しながらも、その表情はどこまでも幸福感に満ち溢れていた。
「爆発的子沢山大家族」の完成
その時、発令所のドアがさらに開き、既にお腹の膨らみ始めたキミー、アスカ、レイの3人が入ってきた。カヲルの妊娠を知り、驚きつつもどこか納得したような顔で彼に駆け寄る。
キミー(カヲルの肩を抱き寄せながら):
「カヲル君……! アンタまで! もう、これで比企谷家の子供は4人目ってことじゃない!」
アスカ(呆れを通り越して笑いながら):
「あはは! まさか元・使徒まで孕ませるなんて、アンタ、本当にとんでもないバカね! でも、これでカヲルも仲間入りってわけか!」
レイ(カヲルの手をお腹に添えながら):
「……仲間。……お母さんが、4人」
3人の少女たちがカヲルを囲み、新しい命の誕生を祝福するその光景は、かつて世界を救うために戦っていた最強のパイロットたちの姿とはあまりにかけ離れていた。
そして、その中心には、三人の少女に加え、最後の使徒まで妊娠させてしまったという、前代未聞の責任を背負わされた、比企谷八幡の姿があった。
八幡:
「……あーもう! どうにでもしやがれ! オヤジの2人目も、俺の4人の子供も、全員まとめて面倒見てやるよ! どうせ最初から、俺の人生はアンタら全員の面倒見る羽目になってたんだからな!」
八幡がカヲルの涙を乱暴に拭いながらそう宣言した瞬間。
発令所は、驚愕と祝福、そしてどうしようもない幸福感に包まれた。
世界は完全に平和になり、そして比企谷家の夜は、これからさらに、最高に騒がしく、温かいものへと変わっていくのだろう。
億万長者となった英雄は、今日も今日とて、終わらない「子沢山大家族」という地獄のような幸福の泥沼へと、その一歩を力強く踏み出していったのだった――!
身体の変容と、運命の受容
「妊娠」という衝撃的な事実が発覚してから数週間。
ネルフ本部の一室で、渚カヲルはまたしても一人、モニターの前で立ち尽くしていた。
最近、彼の身体には明らかな変化が起きていた。
かつての少年のような中性的なラインは、日増しに柔らかく、女性的な丸みを帯びてきていた。胸元はふっくらとし、腰のくびれも強調され、制服のサイズが合わなくなってきている。
カヲルは自分の変化した身体を鏡に映し、困惑したように眉をひそめた。
渚カヲル:
「……僕の身体が、リリンの女性のように……。どうして……? 僕にも、理由がわからないんだ」
彼自身が使徒としての能力やATフィールドを制御しきれないほど、比企谷八幡の圧倒的な「生命の熱量」と「強引な愛撫」は、彼の存在の根幹を、その性別すらも問答無用で書き換えてしまったのだ。
その事実に、彼は驚きと、言い知れぬ不安を感じていた。
渚カヲル:
「……僕が、僕でなくなっていく……? それとも、これが、最初から定められていた運命の形なのかな……?」
カヲルがそんな不安に押しつぶされそうになっていた、その時。
自動ドアが開いて、いつものジャージ姿のまま、けだるそうに比企谷八幡が入ってきた。
八幡:
「んー……カヲル、お前、またここで一人で悩んでんのかよ。……って、おい」
八幡はカヲルの姿を見て、珍しく言葉を失った。
そこに立っていたのは、以前のような中性的な少年ではなく、紛れもない「美しい女性」の姿をした渚カヲルだったからだ。
八幡:
「お前……その格好、どうしたんだよ。スカートなんて履いて……。てか、胸……」
渚カヲル(涙を流しながら、俯いて):
「比企谷くん……。僕の身体、変わってしまったんだ。……どうしてなのか、僕にもわからない。……僕は、リリンになってしまったの……?」
カヲルは不安と混乱から、ついに堪えきれずに涙を零れ落とした。
使徒としての誇りも、アイデンティティも、すべてが八幡という一人の人間の「体温」の前に溶かされ、新しい形へと変貌させられてしまったという現実。
「それでもいい」
八幡は、そんなカヲルの不安と涙を見て、しばらく呆然としていたが、やがてフッと息を吐き、いつも通りのダウナーな笑みを浮かべて歩み寄った。
そして、女性的なラインに変わったカヲルの細い肩を、その腕で優しく、力強く抱き寄せた。
八幡:
「……なんだ、そんなことかよ」
渚カヲル:
「……っ! 比企谷くん……」
八幡:
「性別が変わろうが、身体がどうなろうが、そんな些細なこと、俺にとってはどーでもいい話だ。……それに、お前がリリンになろうがなるまいが、お前はカヲルだろ。俺が毎日キスして、体温押し付けて、面倒見てきた、最高にめんどくさくて愛おしい、俺の家族の一員だ」
八幡はカヲルの耳元で、そう優しく囁きかけた。
八幡:
「……なぁ、カヲル。……もし、お前がその身体で、俺の子供を産んでくれるってんなら……。俺は、それこそ、これ以上ないくらい幸せだぜ」
八幡の言葉に、カヲルは驚き、そして安堵と幸福感で全身を震わせた。
渚カヲル(涙を拭いながら、ふわりと蕩けたような微笑みを浮かべて):
「……うん。……うん、そうだね。……もう、僕が何者かなんて、どうでもいいんだ。……君が、僕のすべてを受け入れてくれるなら。……この身体も、この命も、全部、全部君のものだよ……!」
カヲルは、身体の変化に対する不安をすべて吹き飛ばすほどの熱い愛情を八幡にぶつけ、その胸へと顔を埋めて泣きじゃくった。
世界を救った最強のひねくれ者は、今や、元・使徒の少年(少女?)の心と身体のすべてを包み込み、新たな未来へと導く「父親」としての自覚と責任を、しっかりと受け入れていたのだった――!
――比企谷家の終わらない賑やかな日々は、これからさらに、最高に騒がしく、温かいものへと変わっていくのだろう。
二人の違いと、交わる境界線
涙を拭い、すっかり女性らしく柔らかくなった身体を八幡の胸に預けながら、カヲルはふっと穏やかな笑みを浮かべた。
その様子を見ていた八幡は、ふと気になっていた疑問を口にする。
八幡:
「なあ……カヲル。今さらだけどさ、そもそも使徒と人間って何が違うんだ? お前は昔から色々めんどくさい理屈を並べてたけどよ、こうして今、お前も俺と同じようにここにいて、子どもまで宿してる。……何が境界線になってたのか、今一つピンとこなくてさ」
八幡のその率直な疑問に、カヲルは目をしばたたかせた後、くすくすと楽しそうに声を上げて微笑んだ。
渚カヲル:
「ふふ……今さらそんなことを聞くんだね、比企谷くん」
八幡:
「いや、気になっただけだ。お前は使徒で、俺たちはリリン――人間だろ。なのに、こうして生物学の常識も物理法則も無視して混ざり合ってる。どこに違いがあったのかって話さ」
カヲルは八幡の胸元にそっと顔を寄せ、トロンと潤んだ紅色の瞳で優しく見上げた。
「孤独」と「体温」の境界
渚カヲル:
「そうだね……昔の僕なら、『知恵の実』を持ったリリンと、『生命の実』を持った僕たち使徒とは、決して交わらない運命にあるって答えたはずだ。……僕たち使徒は、それぞれが完全な個として孤独に存在し、他者と交わる必要がなかったからね」
八幡:
「ふん……完全な個ねぇ。それって要するに、誰とも関わらなくても生きていけるってことか。一番めんどくさくねぇじゃねぇか」
渚カヲル:
「でも、それは同時に『誰も愛さないし、誰にも愛されない』ということでもあるんだよ。リリンである君たちは、不完全で、弱くて、だからこそ互いに傷つけ合いながらも、誰かと触れ合わずにはいられない。その『寂しさ』と『他者を求める心』こそが、使徒と人間の決定的な違いだった」
カヲルは自分のふっくらとしたお腹に手を当て、愛おしそうに続ける。
渚カヲル:
「だけど……その違いも、君のその『強引な体温』がすべて溶かしてしまったけれどね。君が僕に何度もキスをして、僕の殻を無理やりこじ開けたときから、僕の中の『使徒の壁』は消え失せた。……いまや僕は、君を求めてやまない、ただのリリンの母親と同じだよ」
八幡:
「……なんだそりゃ。結局、俺のせいにされてる気がするんだけど」
渚カヲル:
「ふふ、そうだよ。すべては比企谷くん、君の責任なんだからね」
カヲルは茶目っ気まじりに微笑むと、さらに八幡の体にぴたりと密着した。
使徒と人間というかつての絶望的な境界線は、今やこのリビングの甘い熱気と、次々と生まれる新しい命の中に完全に溶け込み、跡形もなくなっていた。
境界線の消失と、甘い結末
カヲルの言葉を聞き終えると、八幡はやれやれと片 mão で頭を掻き、しかしどこか優しく、呆れたような笑みを浮かべた。
八幡:
「……ふっ。使徒だのリンだの、知恵の実だの生命の実だの……そんな大層な肩書きがなんだってんだよ」
八幡はそのままカヲルの細い腰をしっかりと引き寄せ、その戸惑いが残る瞳を真っ直ぐに見据えた。
八幡:
「使者だろうが人間だろうが、そんなもんは関係ねぇよ。お前はお前だ。今ここで俺の腕の中にいて、俺の子供を身ごもっている……それ以外の何が必要だってんだよ」
渚カヲル:
「比企谷くん……っ」
八幡のその飾らない、しかし圧倒的な熱量を持つ言葉に、カヲルは胸を突かれたように息を呑んだ。
かつて孤独な「使徒」として世界を見下ろしていた存在は、いまや一人の人間として、愛する男の腕の中で完全に骨抜きにされていた。
ちゅっ……ぷ、とろり、と甘いリップ音が静かな室内に響く。
八幡が重ねた深いキスに、カヲルは全身の力を一気に奪われたようにその場に崩れ落ちそうになった。
女性として完全に再構築されたその柔らかな身体は、八幡の体温と唇の熱に蕩けるように溶かされ、心地よい眩暈の中でトロンと紅色の瞳を潤ませる。
渚カヲル(耳まで真っ赤に染め、完全に溶けきった声で):
「あ……んぅ……っ……。うん……そうだね……。もう、使者でも何でもいいや……。僕は君の……比企谷くんの妻で、母親なんだから……っ」
カヲルはトロンと蕩けた甘い笑みを浮かべ、八幡の首に腕を回すと、さらに自分から求め合うようにその胸へとすがりついた。
世界を揺るがした境界線は完全に消え去り、最強のひねくれ者と元・使徒の間に残されたのは、どこまでも甘く、そして逃れられない幸福な泥沼だけだった――。
総司令室の崩壊
カヲルが完全に骨抜きにされ、比企谷家の泥沼のような幸福がさらに深まっていたその頃――。
ネルフ本部、最深部の総司令室では、この世の終わりのような絶望ではなく、それとは別方向の**「人類史上最大の寝耳に水」**が叩きつけられていた。
司令官デスクの前に立つ冬月コウゾウは、手元の報告書の文字を二度見、三度見した挙句、持っていた老眼鏡を盛大に落とした。
冬月コウゾウ:
「……なんだと? もう一度言ってくれ、リツコ」
赤木リツコ(頭を押さえながら、乾いた笑いを浮かべて):
「ですから……キミー、アスカ、レイに続いて、第四の妊娠反応が確認されました。しかも、そのお相手は……元・使徒の渚カヲル君、本人です」
碇ゲンドウ:
「…………」
普段はどんな緊急事態やゼーレの陰謀であれ、険しい表情でポーカーフェイスを貫き通していた碇ゲンドウが、この瞬間、完全に固まっていた。
コーヒーカップを持ったまま微動だにせず、彼のトレードマークである両手を組むポーズすら崩れている。
碇ゲンドウ:
「……カヲルが、孕んだだと? 使徒の肉体を持つ者が、リリンの……それも我が息子の子供を?」
冬月コウゾウ:
「おまけに、身体の構造そのものが女性へと変容しているらしい。もはや人類補完計画のシナリオどころか、生物学的常識の枠組みすら完全に超越している……」
ユイの混乱
そして、その場で最も混乱していたのは、ゲンドウの傍らに立っていた碇ユイ(あるいはその精神の宿る存在、あるいは復元された肉体)だった。
彼女は目を丸くし、自分の手元に届いた詳細な医療データと、リビングで仲睦まじく暮らす若者たちの映像を見比べながら、プルプルと肩を震わせた。
碇ユイ:
「ちょっと待って……! 人類補完計画って、人類の魂を一つに繋ぎ合わせて、一つの完全な存在になるためのものじゃなかったの……!?」
赤木リツコ:
「ええ、本来はそうです」
碇ユイ:
「なのに……! なんであの子(八幡)は、使徒と人間の壁を物理的なキスと体温だけでブチ壊して、挙句の果てに全員まとめて自分の子供を産ませることで、**物理的に人類を補完(大所帯化)**してるわけ!? 私の聞いていたシナリオと全然違うんだけど!?」
ユイの悲痛な叫びが、広大な総司令室に響き渡る。
ゼーレの死文書も、人類の進化の道筋も、すべては比企谷八幡という規格外すぎるひねくれ者の「問答無用のマイペース愛撫」の前に、跡形もなく粉砕されていた。
規格外すぎる男
碇ゲンドウ(ようやく現実を受け入れ、深いため息をつきながら眼鏡を押し上げ):
「……フッ。我が息子ながら、呆れてモノが言えんな」
冬月コウゾウ:
「ああ。使徒を武力ではなく『圧倒的な生活力と数千億の資金、そして底抜けたお節介(とキス)』で屈服させるとはな……。セカンドインパクトの時よりも、よっぽど世界に激震が走っているぞ」
碇ユイ(頭を抱えながら):
「もう、どうにでもして……! 私、おばあちゃんになっちゃうの……!? それも、元・使徒や元・パイロットの少女たちに一斉に子供産まれたら、我が家の家計も、お姉ちゃんお兄ちゃんの関係性もめちゃくちゃになっちゃうじゃない!」
総司令室の重鎮たちが揃いって頭を抱える中、当の本人はというと――。
数千億の給与を懐に入れ、ジャージのポケットに両手を突っ込んだまま、今日も今日とて賑やかすぎるリビングで、泣き叫ぶアスカ、静かに寄り添うレイ、呆れるキミー、そしてすっかり女っぽく蕩けた顔をしたカヲルに囲まれながら、盛大なため息をついていた。
八幡:
「……あーもう! なんか司令室のほうでオヤジたちが発狂してる声が聞こえる気がするけど、知ったこっちゃねぇ! ほら、夕飯の買い物行くぞ、お前ら!」
世界を救った最強のひねくれ者は、今日も今日とて規格外の愛と面倒くささを背負いながら、賑やかな家族を引き連れて我が道を進んでいくのだった――!
奇跡の正体と、英雄のシュールな疑問
リビングに満ちる甘い熱気と、カヲルをはじめとする面々の圧倒的な幸福感に包まれながら、ふと、比企谷八幡は自分の手を見つめた。
アスカ、レイ、キミー、そして元・使徒の渚カヲルまでをも妊娠させ、生物学の常識も物理法則も、果ては世界の理(ことわり)すらも次々と書き換えていくこの異常事態。
常軌を逸した「奇跡」の連続を目の当たりにして、さすがのひねくれ者も、頭の中にひとつの突拍子もない仮説が浮かび上がってきた。
八幡:
「……なあ。ちょっと待てよ」
渚カヲル(トロンと潤んだ紅色の瞳を向け、小首を傾げながら):
「どうかしたかい、比企谷くん? そんなに真面目な顔をして」
八幡:
「いや……冷静に考えてみろよ。人類の補完だの、使徒の殲滅だの、世界を揺るがすような大事件が起きるたびに、なぜか俺の周りでだけこういう奇跡的なバグみたいな現象が起きまくってるだろ? ……もしかしてさ」
八幡は真剣な(しかしどこか情けない)眼差しで、カヲルをまっすぐに見据えた。
八幡:
「もしかして……俺が使徒なのか?」
全員からの盛大なツッコミ
そのあまりにも斜め上の、かつ根本的な勘違いの発言に、リビングの空気が一瞬で凍りついた。
アスカ(飲んでいたお茶を盛大に吹き出しながら):
「――はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!? 何バカなこと言ってのよアンタ!!」
キミー(呆れ返って額に手を当てながら):
「使徒って……! アンタねぇ、ATフィールドの展開の仕方すら知らないごく普通の(性格の歪んだ)高校生が、どこをどう見たら使徒なのよ!」
レイ:
「……違う。……比企谷くんは、使徒じゃない。……ただの、めんどくさい人間」
渚カヲル(クスリと上品に、しかし最高に楽しそうに微笑んで):
「ふふっ……! 比企谷くん、それは流石に発想が逆転しすぎているよ。僕たち使徒は、他者と交わらず孤独に存在するものだ。だけど、君はその真逆を行く――すべての存在を引き寄せ、拒絶せず、強引に抱きしめて自分の色に染め上げてしまう」
カヲルは八幡の胸にそっと額を寄せ、愛おしそうに囁いた。
渚カヲル:
「君は使徒なんかじゃない。……君は、僕たちすべての孤独を終わらせてくれた、この世界で唯一にして最強の『救世主(リリン)』だよ」
八幡:
「救世主って持ち上げられても、やってることは毎日全員のお腹の心配と、オヤジからの桁外れの給料明細に頭抱えてるだけのただの貧乏くじ引き受け役なんだけど……」
八幡が盛大なため息をつきながら頭を抱えると、アスカたちは顔を見合わせてクスリと笑い、再び彼の腕や背中に体温を預けてきた。
使徒でも神でもなく、ただのひねくれた高校生。
だが、その「ただの男」の圧倒的な体温と不器用な優しさが、世界で一番温かくて賑やかな奇跡の家庭を作り上げてしまったのは、まぎれもない事実だった。
今日も今日とて、突っ込み所満載の比企谷家の日常は、最高に騒がしく、愛おしい泥沼のなかで続いていくのだった――!
衝撃の真実と、驚愕の発令所
「もしかして、俺が使徒なのか?」
冗談半分、あるいは本気で現実逃避半分に発した八幡のその言葉の数分後。
ネルフ本部・第1発令所のメインモニターは、突如として真っ赤な警告色に染まった。
赤木リツコ(端末を叩きながら、顔色を真っ青にさせて):
「――嘘……! なによこれ……! 比企谷くんの生体反応から、かつての使徒たちが放っていたものと完全に一致するコアの波長が検出されたわ……っ!?」
冬月コウゾウ(文字通り椅子から転げ落ちそうになりながら):
「なんだと……!? あの比企谷が使徒だったというのか……!?」
碇ゲンドウ(コーヒーカップを握りつぶしそうな勢いで立ち上がり):
「……馬鹿な。あいつは私の息子だぞ……!? いや、しかし、だからこそ……これまでの常識を無視した奇跡の数々や、全ての境界線を溶解させた現象の辻褄が……!」
発令所内は、使徒の全滅を喜んでいたはずが、まさか「我が身の最も近くにいた、しかも世界を救った最強のヒモ(英雄)こそが正真正銘の使徒だった」というマキシマムな事実の前に、大パニックへと突入した。
慌てる周囲と、焦る八幡
その頃、リビングにいた当事者たちも、発令所からの緊急通信を受けて度肝を抜かれていた。
アスカ:
「ちょっ、ちょっと待ってよバカ八幡! あんたが使徒ってどういうことよ!? 私、知らず知らずのうちに使徒と毎晩……っ!?」
キミー:
「冗談じゃないわよ! じゃあ、私たちが身ごもっているこの子供たちは、人間と使徒のハイブリッドってこと……!?」
レイ:
「……比企谷くん。……本当なの?」
渚カヲル(どこか誇らしげに、ふんわりと微笑んで):
「ふふ、やっぱりね。僕が感じていたあの圧倒的な引力と生命の熱量は、同じ使徒としての共鳴だったんだ……」
八幡(冷や汗をダラダラと流しながら、頭を抱えて):
「いやいやいや待て待て待て待て!! お前ら俺を見る目がガチでヤバいって! え、マジで? 俺、使徒なの? 人類を滅ぼす側の存在だったの!? なのに世界救っちゃったし、しかも子ども4人も作ってんだけど、俺の人生のシステムエラーすごくね!?」
いつもは達観したような顔で世の中を斜に構えている比企谷八幡も、人生最大の「自分の正体バレ」という急展開を前に、さすがに冷や汗が止まらず、全身を強ばらせてオロオロと狼狽えていた。
「まあ、いいか」の境地
しかし、パニックに陥り、これから人類の脅威としてゼーレの残党やネルフからどう扱われるのかと冷や汗を流していた八幡だったが――ふと、自分の周りを見回した。
泣きそうな顔でこちらを見つめるアスカ、ツッコミを入れつつも袖を掴んで離さないキミー、静かに寄り添うレイ、そしてどこまでも蕩けた顔で微笑むカヲル。
そして、彼女たちのお腹の中にある、確かに脈動し始めている「新しい命の気配」。
八幡は、深々と息を吐き出すと、これまでの焦燥感をすっと消し去り、いつものやれやれと言った表情に戻った。
八幡:
「……まあ、いいか」
アスカ:
「はっ? 『いいか』って何よ!? あんた使徒なのよ!?」
八幡:
「使徒だろうがリリンだろうが、結果は変わらねぇだろ。世界を救ったのも、アンタたちの面倒を見ることになったのも、俺が俺である事実は何も変わんねぇよ。今さら人類の敵に戻る気もねぇし、第一、こんな大所帯を養う使徒なんて、史上最強にめんどくさくて割に合わねぇからな」
八幡が開き直ったようにフッと笑い、いつも通りジャージのポケットに両手を突っ込むと、カヲルは愛おしそうに目を細め、アスカたちは呆れたように、しかしどこか心底ホッとしたように息をついた。
使徒であろうがなかろうが、比企谷八幡は比企谷八幡であり、彼の作る「泥沼の幸福な家庭」が揺らぐことは微塵もない。
発令所の大人たちが頭を抱えて右往左往する喧騒を背景に、八幡家は今日も今日とて、最高にシュールで最高に温かい日常をマイペースに謳歌していくのだった――!
使徒から人間へ、最強のひねくれ者の選択
「まあ、いいか」
そう言って開き直った八幡だったが、彼の中には一つの確かな思いがあった。
自分が使徒であろうとなかろうと、彼女たちを守るという事実に変わりはない。しかし、このまま「人類の規格外」であり続ければ、生まれてくる子供たちや、ネルフという組織そのものに、将来的な面倒の火種(ゼーレの残党の介入や、厄介な研究対象にされるなど)を残しかねない。
八幡:
「……やれやれ、やっぱりめんどくせぇな。オヤジから数千億もらってんのに、使徒枠で税金対策とか絶対ややこしいことになりそうだし」
八幡は、ぼんやりと天井を見上げ、小さくため息をついた。
その瞬間。
彼の内奥深くで、使徒としての力の源であった「生命の実」と、彼自身の人間としての「知恵の実(ひねくれた思考)」が、これまでにない規模で激しく共鳴し始めた。
さらなる奇跡の瞬き
突如として、ネルフ本部全体を眩いばかりの温かい光が包み込んだ。
警報が鳴り響いていた第1発令所のモニターは、今度は真っ白に染まり、異常なエネルギー波形が完全にゼロへと収束していくのを映し出した。
赤木リツコ(モニターに顔を近づけ、震える声で):
「な、なにこれ……!? 比企谷くんから発せられていた使徒の波長が……完全に消滅した!? いえ、消滅したんじゃないわ、リリンの……人間の波長へと完全に上書きされている!」
碇ゲンドウ:
「……なんだと?」
冬月コウゾウ:
「自らの意志で、使徒としての存在を捨て、人間の存在へと再定義したというのか……!? サードインパクトどころの騒ぎではないぞ、これはまさに神の領域だ!」
世界を救う力さえ持ち、最強の存在として君臨し続けることができたはずの「使徒・比企谷八幡」は、その強大な力を、ただ一つの目的――「家族と平和に生きていくための、ただの人間になること」――のために、惜しげもなく使い果たしたのだ。
「ただの男」の帰還
光が収まり、リビングには再び穏やかな日常の静寂が戻ってきた。
八幡の身体から放たれていた微かな威圧感(ATフィールドの名残)は完全に消え去り、そこには、いつものようにジャージ姿で少し猫背の、どこにでもいるただの「ひねくれた高校生」が立っていた。
渚カヲル(目を丸くして、八幡の顔を覗き込みながら):
「比企谷くん……。君の中の、あの圧倒的な神秘の力が……全部なくなっているよ? 君は本当に……」
八幡:
「あー、うん。なんか、使徒のまま生きていくのも確定申告とか面倒そうだったからさ。全部キャンセルしといたわ」
アスカ:
「はああああぁぁ!? キャンセル!? あんた、自分の存在すらそんなスマホの契約解除みたいにノリで変えられるわけ!?」
キミー(呆れ果てて、腰に手を当てながら):
「もう、アンタっていう人は……。どこまで行っても常識外れなんだから」
レイ:
「……でも。……比企谷くんは、比企谷くんだから。……よかった」
少女たちは驚き、呆れながらも、最終的には八幡の腕や背中に安堵の表情で抱きついた。カヲルもまた、使徒としての同族意識ではなく、一人の「人間」の妻として、彼にそっと寄り添い微笑んだ。
八幡:
「これで、俺も正真正銘の『ただの男』だ。……さあ、これから四人の子供と、面倒くさい嫁四人の大所帯を、ただの人間として養っていかなきゃならねぇ。……冗談抜きで、こっからが本番だぞ」
使徒としての強大な力を捨て去り、本当の意味での「人間」へと戻った比企谷八幡。
しかし、彼が失ったものは何もない。彼の周りには、世界で一番騒がしく、そして世界で一番愛おしい「家族」が、これから生まれてくる新しい命とともに、確かに根を下ろしていた。
人類補完計画も、使徒の脅威も、すべては遠い過去の笑い話。
人間・比企谷八幡の、果てしなく面倒くさくて最高に幸福な泥沼の戦いは、今ここから、本当の幕を開けたのだった――!
穏やかな静けさが戻ったリビングのソファで、八幡は変わらずダラダラとコーヒーを啜っていた。
その隣で、アスカはちらちらと横目で八幡の顔を覗き込んでいる。ついさっきまで「使徒」だった男が、今は見事にただの「人間」になってしまったという現実が、どうにも頭の中で整理しきれていないらしい。
アスカ(腕組みをしながら、じっと八幡を見つめて):
「ねえ……バカ八幡。本当に、もう使徒じゃないわけ? あの、世界をひっくり返せるようなヤバい力とか、本当に綺麗さっぱり消えちゃったの?」
八幡:
「あ? ああ、綺麗さっぱりすっきりさ。おかげで住民票の登録もスムーズにいきそうだし、人類の脅威に怯える夜ともおさらぎだよ。文句あるかよ」
アスカ:
「文句ってわけじゃないけどさ……。なんだか拍子抜けってゆうか。さっきまで『人類の枠を超えた存在』だった男が、いつの間にかただの『ごく普通のジャージ高校生』に戻ってるなんて、調子狂うのよ」
アスカは少しだけ眉をひそめ、複雑そうな、しかしどこか名残惜しそうな(あるいはホッとしたような)表情を浮かべた。
使徒だろうが何だろうが、目の前にいる男が「比企谷八幡」であることに変わりはない。だが、「特別」だったはずの存在が、「どこににでもいる男」になってしまったような、そんな気恥ずかしさと愛おしさが入り混じっていた。
八幡はそんなアスカの横顔を一瞥し、フッと息を吐いた。
八幡:
「安心しろよ。俺は俺だ。……ただの人間だ。今は、な」
アスカ:
「――っ……!」
ふと投げかけられたその言葉に、アスカはハッとしたように目を見開いた。
「今は、な」。その一言に隠された、これだけの大所帯をたった一人の人間として、泥臭く、全力で養っていくという「覚悟」が痛いほど伝わってきたからだ。
アスカは頬を赤らめ、ツインテールをバサリと揺らしながら、少し照れくさそうにふいっと顔を逸らした。
アスカ:
「……っ、何よ急にカッコつけちゃって。まあ、いいけどさ。……使徒だろが人間だろが、アンタがアンタであるうちは、結局こうして私の面倒に巻き込まれ続ける運命なんだからね!」
強がるようにフンと鼻を鳴らすアスカだったが、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
使徒だろうと人間だろうと、関係ない。このバカで、ひねくれていて、でも誰よりも頼もしい男が隣にいてくれるなら――。
アスカ(小さく呟いて):
「……まあ、いっか。……アンタが人間なら、私も、胸を張ってアンタの隣にいられるしね」
そう呟いたアスカの顔に、八幡はふっと呆れたような、しかし最高に優しい笑みを向けた。
そして、言葉の代わりに、彼女の唇へとそっと自分の唇を重ねた。
ちゅっ……と、柔らかく甘いリップ音が静かな室内に響く。
不意打ちのキスに、アスカは真っ赤になって「ちょっと、人のいないところで――!」とジタバタ暴れたが、すぐに観念したように八幡の背中に腕を回し、その胸元に甘えるように身を預けた。
使徒の奇跡も、世界の救済も、もうどこにもいらない。
ただの人間になった八幡と、彼を愛する少女たちが織りなす最高に騒がしくて温かい日々は、今日も今日とて、世界で一番平和な泥沼のなかで続いていくのだった――!
リビングに漂う甘い余韻のなか、アスカの赤面がようやく収まってきた頃、それまで自分のふっくらとしたお腹をじっと見つめていた渚カヲルが、ふとパッと顔を輝かせた。
渚カヲル:
「あ……! なるほど、そういうことだったんだね!」
八幡(コーヒーをマグカップに戻しながら):
「ん? 何がだよ」
渚カヲル:
「だから、僕たちに子どもができたのかーって納得したんだ。だって、いくら君の体温やキスが特別だったとしても、男の僕が身ごもるなんて、物理的にも生物学的にも奇跡的すぎて正直ずっと首を傾げていたからね。でも、君自身がもともと『使徒』という規格外の存在だったなら、そりゃあ僕の性別や身体の構造くらい簡単に書き換えちゃうよねって!」
カヲルはどこかスッキリしたような、納得の笑みを浮かべて自分のお腹を優しく撫でた。
しかし、そのカヲルの爽やかな推理に対し、八幡はジト目を向けながらやれやれと首を横に振る。
八幡:
「いやいや……。元が使徒だったからって、男が妊娠するのがすんなり納得できるかよ。そもそも、そんな超常現象がまかり通る時点でだいぶバグってんだよ、この世界」
八幡(さらにトレイの上のコーヒーを揺らしながら続け):
「それに、俺が使徒だったからって言うけどさ……。よく考えたら、死んだはずのオヤジの妻――つまりユイさんが普通に復活して、あそこにピンピンしてる時点で、この世界そのものがすでに奇跡のバーゲンセール状態だろ」
渚カヲル:
「ユイさんが、復活……?」
八幡:
「ああ。オヤジが執念で引っ張り出したのか何なのか知らねぇけど、人類補完計画のどさくさに紛れて、死者が普通に蘇って家族団らんやってるわけじゃん。……そう思ったらさ、俺が使徒だったとか、お前らが子供授かったとか、そんなんこの世界で起きてる奇跡の全体像から見たら、ただの誤差みたいなもんじゃねぇの?」
八幡のそのどこか達観した、しかし妙に説得力のある(そして投げやりな)分析に、カヲルは「たしかにそうだね」とクスリと上品に笑った。
それぞれの「現実に追いつかない現実」
その横で、レイは静かに、けれど慈しむような眼差しで自分のお腹にそっと両手を添えていた。
レイ:
「……奇跡。……そうかもしれない」
八幡:
「お、レイは納得したか?」
レイ:
「……うん。……比企谷くんが使徒だったからでも、世界がどうこうだからでもなく……。ただ、私の中に比企谷くんの命がある。それだけで、十分だから」
レイのあまりに真っ直ぐで無垢な言葉に、八幡は少し気恥ずかしそうに目を逸らし、咳払いをひとつした。
しかし、その隣で――すでに大きくなり始めたお腹を抱えながら、キミーだけは一人、頭を抱えて激しく悶絶していた。
キミー(頭を両手でガシガシとかきむしりながら):
「ちょっと待ってよ! ちょっと待ちなさいよアンタたち!!」
八幡:
「んだよ、キミー。朝からそんな大声出して」
キミー:
「納得してる場合じゃないでしょ! 何が『世界中で奇跡が起きてるから誤差』よ!! 問題はそこじゃないの! 私たちは! まだ! 高校生なのよーーっ!!」
キミーの絶叫が、リビングの天井を突き抜けんばかりに響き渡った。
キミー:
「世界がどうとか、使徒がどうとか、ユイさんが復活したとか、そんな壮大な話に隠されてるけどさ! 冷静になって考えてみなさいよ! 女子高生が! まだ十代半ばから後半にかけての多感な時期に! ガッポガポに数千億稼ぐ元・使徒の同級生(=八幡)の子供を! 一挙に、しかも四人同時に妊娠して、お腹がぽっこり膨らんでるこの現実をさぁ!!」
キミーはプルプルと震えながらアスカやレイ、そしてカヲルを指差す。
キミー:
「どう考えても私の青春、どこでルート踏み外したのよ!? 普通の恋愛シミュレーションゲームなら、こんなの絶対バッドエンドかシュールギャグのマルチエンドルートだっての!!」
アスカ(少しだけ共感したように):
「……まあ、確かにね。私もたまに『あれ、私今年で何歳だっけ……お母さんって呼ばれるの……?』ってフリーズすることあるけどさ……」
渚カヲル:
「ふふ、リリンの青春という名のセオリーは、比企谷くんの存在によってすべて粉砕されてしまったからね」
八幡:
「おいおい、俺のせいにするなよ。なりゆきと勢いと、あとお前らが毎晩『寝かさないぜ』とか言ってガンガン押してきた結果だろ」
キミー:
「そこは男らしく『俺が責任持って全員養うから黙ってろ!』って言いなさいよバカ八幡――っ!!」
八幡:
「だから最初からそう言ってんだろ! 給料明細の桁も足りてんだから、いくらでもミルク代出してやるよ!」
キミーのツッコミと、八幡のやれやれとした言い返し。
そのやり取りを、レイは静かに見守り、カヲルはふんわりと微笑み、アスカは照れくさそうに頬を掻く。
世界がどう転ぼうと、使徒の呪縛が解けようと、この比企谷家だけは今日も今日とて、最高に騒がしく、そして最高に愛おしい「ただの日常(の皮を被った大混乱)」を全力で駆け抜けていくのだった――!
キミーの致命的な計算ミスと、元・使徒の暴論
リビングの喧騒がひとしきり落ち着いた頃、ソファの端で一人、膝を抱えてガタガタと震えていたキミーが、おもむろに顔を上げた。
その顔面は蒼白で、まるでこの世の終わりのような絶望の色に染まっている。
キミー(青い顔で、震えながら):
「……ちょっと、待って……」
八幡(コーヒーを啜りながら):
「んだよ、キミー。また急に大声出して。今度はなんだよ」
キミー:
「今さら、気づいちゃったんだけど……。私、年齢……いくつだっけ……?」
アスカ:
「え? キミー、アンタ確か……24才でしょ?」
キミー:
「そうよ!! 私、24才の成人した社会人(かつネルフ関係の大人)なのよ!! なのに、アンタ……! 17才の現役高校生である比企谷八幡の子どもを身ごもってるってことは……これ、冷静に考えたら法律的にめちゃくちゃヤバい事案なんじゃ……っ!?」
キミーは頭を抱え、冷や汗をダラダラと流しながらパニックを起こし始めた。
周りのアスカやレイ、カヲルは15才の高校生(あるいは使徒)なので、ある意味「青春の過ち(?)」の範疇(?)で押し通せるかもしれないが、24才の年上女性が17才の男子高校生の子供を身ごもるとなると、一気に世間体や社会的倫理のハードルが跳ね上がる。
キミー:
「うそ……私、世間から見たら『未成年を食い物にしたヤバいお姉さん』のレッテル貼られるんじゃ……!? もしかして、あの時ちゃんとゴム使っておけばこんなことには……っ! ああぁ、あの時の自分をタイムリープしてぶん殴りたい!!」
八幡:
「いや、あのな……。今さらゴムがどうこう言われても、結果が出ちまったもんは仕方ねぇだろ」
キミー:
「仕方なくないわよ!! アンタ、罪の意識とかないわけ!? 私の社会的信用が今、ガタガタ音を立てて崩れ落ちていく音が聞こえるんだけど……っ!」
元・使徒の「斜め上の解決策」
絶望に打ち震えるキミーを横目に、八幡はやれやれと盛大なため息をつき、極めて冷静に、そしてとんでもない暴論を言い放った。
八幡:
「ていうか、法律とか社会的年齢とか気にしてるけどさ。……よく考えたら、あの当時の俺、使徒だったからな」
キミー・アスカ・レイ・カヲル:
「「「「……は?」」」」
全員の動きがピタリと止まった。
八幡:
「いや、だからさ。人間界の法律や年齢制限なんて、そもそも次元を超越した『使徒』の生命活動の前には一切適用されねぇだろ。つまり、あの夜の行為は犯罪でも何でもなく、壮大な『神事(しんじ)』みたいなもんだったんだよ、たぶん」
キミー:
「神事なわけあるかァァァァァッ!!!!!」
キミーの絶叫が、比企谷家のリビングを完全に破壊しかねない勢いで響き渡った。
キミー:
「神事ですって!? 私の妊娠が!? 法律の目を誤魔化すために『あの時は使徒だったからセーフ』みたいな謎理論を堂々と展開しないでよ!! そんなん家庭裁判所じゃ絶対に通らないわよ!!」
八幡:
「いや、通す必要もねぇだろ。オヤジから数千億もらってんだ、いざとなったら弁護団でも何でも雇って、法律の隙間を全財力でぶち抜いてやるよ」
キミー:
「そういう問題じゃないのよ! お金の力で法をねじ伏せようとするんじゃないわよ!!」
アスカはツインテールを揺らしながら「あはは、まあキミーが捕まるなら私も共犯ってことでいっか」と呑気に笑い、レイは「……お金があれば、大丈夫」と斜め上の納得を見せ、カヲルは「ふふ、リリンの法律ってとても複雑で面白いね」と優雅に微笑んでいる。
24才の年上お姉さんの苦悩と焦燥なんてどこ吹いた風とばかりに、今日も今日とてマイペースに暴論を吐き捨てる八幡。
頭を抱えて地団駄を踏むキミーをよそに、比企谷家の泥沼の幸福は、今日も変わらず最高にシュールで賑やかに回っていくのだった――!
絶叫しながら頭を抱えて地団駄を踏むキミーの姿を見て、八幡はフッと小さく息を吐いた。
いつもは大人ぶって冷静な顔をしているくせに、こういう時だけやたらと世間体や年齢を気にしてパニックを起こす。そのめんどくささも含めて、目の前の女性が自分にとってかけがえのない存在であることは確かだった。
八幡:
「……まあ、ぐちゃぐちゃ理屈並べたところで、もう手遅れだろ」
キミー:
「手遅れって言わないでよ! 私はこれから社会的に――んっ!?」
言葉を続けようとしたキミーの唇を、八幡は右手でふさいで、そのまま強引に自分の唇を重ねた。
ちゅっ……とろり、と濃厚で甘いリップ音が静まり返ったリビングに響く。
不意打ちの、しかし有無を言わせぬ力強さと優しさが入り混じったキス。
社会的責任だの、法律だの、24才のプライドだのといった面倒くさい思考回路は、その熱によって一瞬で溶かされ、頭の中が真っ白になっていく。
キミーは目を見開き、パチパチと瞬きを数回繰り返したあと、みるみるうちに耳の先まで真っ赤に染め上げた。
八幡(キスを解くと、真っ直ぐにキミーの瞳を見据えて低く言った):
「法律がどうこうとか、世間体がどうこうとか、そんなもんはどうだっていい。……俺の子供を産んでくれ、キミー」
飾らない、しかし嘘偽りのないその一言。
億万長者の英雄でも、使徒の生き残りでもなく、ただ一人の男として自分に向き合ってくれたその言葉に、キミーのなかにあった焦りや不安は綺麗に霧散していった。
さっきまでの猛獣のような勢いはどこへやら、キミーはトロンと潤んだ目を伏せ、まるで恋を知ったばかりの少女のように頬を染める。
キミー(小さく、掠れた声で):
「……っ……ばか……。そんなこと言われたら、もう……反則じゃない……」
彼女は両手で顔を覆いながらも、指の隙間から八幡をチラリと見上げ、そしてコクリと小さくうなずいた。
キミー:
「……うん。……あなたの子供を産むわよ。……だから、一生責任取りなさいよ……この、バカ八幡……っ!」
キミーはそう呟くと、恥ずかしさのあまり八幡の胸元に顔をうずめ、ギュッとその服を掴んで離さなくなった。
その様子を、アスカは「まったく、チョロいんだから」と呆れたような、しかし温かい目で見守り、レイは「……よかったね」と静かに微笑み、カヲルは「愛の形は、いつだって美しいものだね」と優しく目を細めていた。
法律の壁も、年齢の差も、使徒の呪縛も関係ない。
ただの人間になった比企谷八幡と、彼にすべてを預けた四人の「母親たち」の物語は、今日も最高にシュールで、最高に幸福な甘い泥沼の中で続いていくのだった――!
キミーは八幡の胸元に顔をうずめたまま、しばらくトントンと服の裾を叩いていたが、やがてふっと大きなため息をつき、複雑な表情で顔を上げた。
キミー:
「……子どもができること自体はいいのよ。授かった命だし、責任も取る気はあるわ。……でもさ、私の頭の中では、こんなライフプランは一切予定されてなかったはずなんだけど……!」
キミーは遠い目をしながら、自分のこれまでの人生設計を指折り数え始める。
キミー:
「大学を卒業して、ネルフでキャリアを積んで、社会的地位を確立して、数年後は優秀な大人の男とスマートに結婚して……っていう、もっとこう、堅実で優雅な人生のロードマップがあったのよ! それがどうよ! 気づけば17才の高校生に子どもを孕まされ、世間的にはアウトスレスレの未成年パパの世話を焼き、挙句の果てには使徒だったとかいう超常現象の直撃を受けて……私の人生、どこで分岐路を間違えたわけ!?」
キミーの悲痛な「人生設計の崩壊に対する叫び」に、八幡はフッと鼻で笑い、いつものダウナーなトーンで言い放った。
八幡:
「そりゃあ、お前のライフプランが甘かっただけだろ。……だいたい、あのオヤジたちが企てた『人類補完計画』だって、最終的には全部パーになったんだからな。個人の予定通りになんて動くわけがねぇよ」
キミー:
「人の計画を『甘かった』で片付けないでよ! あんたのせいで私の未来予想図が白紙に戻ったんだからね!」
八幡:
「白紙に戻ったなら、新しく書き直しゃいいだろ」
八幡はキミーの肩に優しく手を置き、どこまでも真っ直ぐで、そして妙に頼もしい瞳で見据えた。
八幡:
「人類補完計画なんて大層なシナリオは、俺が全部上書きしてやった。……これからの新しいライフプランはシンプルだ。これから生まれてくる子どもたちを全員まとめて育てて、みんなでくだらねぇ言い争いしながら、ただ幸せになるだけだ」
八幡は少し照れくさそうに、しかしハッキリと言い切った。
八幡:
「……それじゃ、ダメか?」
その言葉を聞いた瞬間、キミーは目を見張り、そして言葉を失った。
計画通りでも、エリートのキャリアでもないけれど、世界を救った男が自分のために掲げてくれた、あまりにも真っ直ぐで力強い「新しいライフプラン」。
キミーはふっと力を抜き、呆れたような、しかしどうしようもなく愛おしそうな笑みを浮かべた。
キミー(フンと鼻を鳴らして):
「……ほんと、アンタって調子いいこと言うんだから。……でも」
キミーは八幡の胸を軽く小突くと、隠しきれない笑顔で彼の腕にぎゅっとしがみついた。
キミー:
「――そんなライフプランを提示されたら、乗るしかないじゃない。……しょうがないわね、私のこれからの人生、アンタ色に全部染め替えてあげるわよ!」
アスカ:
「ちょっと、私たちの旦那を独り占めする気!? ライフプランの主導権は私にもあるんだからね!」
レイ:
「……私も、一緒に新しい計画を立てる」
渚カヲル:
「ふふ、僕たちの未来の設計図は、きっと世界で一番賑やかで美しいものになるね」
四人の女性たちの笑い声がリビングに響き渡り、八幡はやれやれと頭を掻きながらも、その口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
セーレのシナリオも、人類の補完も、もういらない。
ただの人間となった比企谷八幡と、彼を囲む家族たちが歩む「新しいライフプラン」は、最高にめんどくさくて、最高に幸福な未来へと、しっかりと動き出していたのだった――!
リビングの喧騒がふと落ち着き、アスカはコーヒーカップをソーサーに置くと、じっと目の前に座る八幡の顔をまじまじと見つめた。
アスカ:
「ねえ……バカ八幡。さっきから気になってたんだけどさ」
八幡:
「んだよ、いきなり。顔に飯粒でもついてるか」
アスカ:
「そうじゃなくてさ。……使徒だった時のアンタと、今の『ただの人間』になったアンタって、正直ぶっちゃけ何が違うわけ? 見た目は相変わらずジャージだし、性格はひねくれてるし、中身は全然変わってないように見えるんだけど……」
アスカのその素朴な疑問に、レイもキミーも、そしてカヲルも興味津々な視線を向けてきた。かつて世界を揺るがした「使徒」という存在から、普通の人間へとシフトした男の「内側の変化」とは一体何なのか。
八幡はといえば、眉間を軽く揉みながら、面倒くさそうに首を傾げた。
八幡:
「違いって言われてもなぁ……。正直、俺自身は何も変わった実感ねぇよ。使徒だった時も、今も、ただ目の前の面倒ごとをやり過ごして、お前らの文句聞いてるだけで手一杯だしな。……お前はどう思うんだよ、カヲル」
八幡は、元・使徒の同志(?)であるカヲルに話を振った。
カヲルはふわりと上品に微笑み、紅色の瞳を細めて八幡の胸元を優しく見つめる。
渚カヲル:
「そうだね……。使徒だった頃の比企谷くんは、どこか圧倒的で、すべてを拒絶する必要すらないほど『完成された孤独』の気配をまとっていたよ。僕たち使徒が持っていた『生命の実』の絶対的な輝きが、そのまま彼にはあった」
アスカ:
「ふーん……。じゃあ、今は?」
渚カヲル:
「今の彼は、『不完全』そのものだ。悩み、面倒くさがり、お金の心配をして、僕たちの理不尽な言葉にため息をつく。……だけどね、その不完全さこそが、彼の『体温』なんだよ」
カヲルは愛おしそうに微笑みながら続ける。
渚カヲル:
「使徒だった彼は世界を救えたかもしれないけれど、僕たちを本当に『愛して』、この腕で抱きしめてくれるのは、今の『不完全な人間』になった比企谷くんだけだ。……ねえ、そう思わないかい?」
カヲルの言葉に、アスカは少しだけ照れくさそうに頬を掻き、キミーは「まあ、不完全なのは認めざるを得ないわね」と苦笑いし、レイは静かにうなずいた。
八幡は気恥ずかしそうに視線を逸らし、ポリポリと頭を掻いた。
八幡:
「……なんだよ、急に持ち上げやがって。要するに、神様気取りの面倒くさい引きこもりから、ただの『苦労性のダメ人間』に格下げになったって言いたいだけだろ」
アスカ(ふっと笑って):
「――そうよ! よく分かってるじゃない、バカ八幡!」
アスカはそう言うと、ソファの隙間を埋めるように八幡の隣にピタリと寄り添い、その腕に自分の腕を絡めた。
使徒の力なんてなくてもいい。完璧な神様じゃなくていい。
このめんどくさくて愛おしい「ただの人間」が、今日もこうして自分たちの隣にいてくれる――それだけで、比企谷家の新しいライフプランは完璧だった。
ゼーレの呆然と、これからの人生
モノリスの光が明滅する、暗く冷たいゼーレの会議室。
数々のモニターを通して世界を見下ろし、人類補完計画のシナリオを粛々と進めてきた老人たちは、今、かつてないほどの激しい混乱と「ポカーン」とした脱力感に包まれていた。
ゼーレの老人A:
「……な……なんだと……? 最後の使徒が女性に変わり、我が計画の鍵であるべき使徒・比企谷八幡が、自らの意志で使徒の座を捨て、ただの『人間』になっただと……?」
ゼーレの老人B:
「しかも、ネルフの職員や元パイロットの少女たちと家庭を築き、国家予算並みの給与で養うだと……? いったい、我々のシナリオのどこにそんな項目があったのだ……!?」
ゼーレの老人C:
「人類の統合はどうした! 原罪からの解放は! ……おい、誰か、ゼーレの死文書の該当ページを開いてくれ! こんなエンディング、どこにも書いておらんぞ……っ!」
数千年かけて練り上げられた壮大な人類補完計画は、比企谷八幡という規格外のひねくれ者の「まあ、いっか」「家族を養うからいい」という圧倒的な生活力の前に、完全に粉々に打ち砕かれていた。
老人たちはモニターの向こうで、子供たちのミルク代の心配をしている元・使徒の姿を眺めながら、もはや怒る気力す失い、静かにモノリスの電源を落としていくのだった――。
これからの人生を、どう歩んでいくのか
一方、ネルフ本部の賑やかなリビング。
ゼーレの老人たちが絶望の彼方へ去っていったことなど露知らず、八幡はコーヒーを飲み干すと、ふっと息をついた。
八幡:
「……さて、と」
その一言に、リビングの空気がスッと引き締まる。
アスカ、レイ、キミー、そしてカヲル。4人の「母親たち」が、それぞれの瞳に確かな光を宿して八幡を見つめていた。
アスカ:
「どうしたのよ、急に真面目な顔して。まさか、今さら『やっぱり荷が重いから逃げる』とか言わないでしょうね?」
八幡:
「逃げられるわけねぇだろ。ここまで盛大に風呂敷広げちまったんだからな」
八幡はソファから立ち上がると、窓の外に広がる、すっかり平和を取り戻した青空を見上げた。使徒としての力も、世界を揺るがすような特別な使命も、もう何もない。
あるのは、有り余るほどの莫大な資金と、最高にめんどくさくて、最高に愛おしい家族たちだけだ。
八幡:
「これからの人生をどう歩んでいくかなんて、考えるまでもねぇよ」
八幡は振り返り、待っている彼女たちに向けて、いつもの少し照れくさそうな、しかし揺るぎない笑みを向けた。
八幡:
「オヤジのところから巻き上げた数千億を軍資金にして、まずはこのアパートを出て、庭付きの一軒家でも買うぞ。……お前らが産むガキどもが走り回っても文句言われないくらいの、な」
キミー(目を丸くして):
「――一軒家って……アンタ、本気でそんな家庭的な主夫する気!?」
レイ:
「……庭。……お花を植えたい」
渚カヲル:
「ふふ、それならとても素敵だね。僕たちが毎日穏やかに暮らせる、素晴らしい楽園になりそうだ」
アスカ(少し泣きそうな、でも最高の笑顔で):
「……しょうがないわねぇ。そんなデカいこと言っちゃって、途中で弱音吐いたら許さないんだからね!」
八幡はふっと息を漏らすと、彼女たちの元へと歩み寄り、その一人ひとりの頭や肩を優しく抱き寄せた。
世界を救った英雄の物語は終わった。
けれど、ただの人間になった比企谷八幡の、泥臭くて、最高に騒がしくて、世界で一番幸福な「これからの人生」は、今まさに始まったばかりだ。
ゼーレの老人たちとの邂逅
数千億の給与明細をポケットに突っ込み、庭付き一軒家の間取り図を頭に思い描いていた比企谷八幡だったが、その前にどうしても片付けておかなければならない「最後の面倒ごと」があった。
ゼーレのモノリスが並ぶ、あの冷たく薄暗い秘密会議室。
ネルフの総司令である碇ゲンドウ、副司令の冬月コウゾウ、そして(なぜかちゃっかり同行している)碇ユイを引き連れて、八幡はそこに足を踏み入れていた。
モニターに映し出されたゼーレの老人たちは、自分たちの壮大な計画を台無しにした張本人の登場に、怒りと困惑でわなわなと震えていた。
ゼーレの老人A(声を震わせながら):
「比企谷八幡……! よくも我々の、千年の悲願である人類補完計画を勝手に上書きし、使徒の身でありながら人間へと堕ちてくれたな……ッ! お前という存在は、我が組織のすべてのシナリオを狂わせた! 一体どう責任を取るつもりだ!」
ゼーレの老人B:
「そうだ! 我々の描いた完璧な未来図を返せ! お前のような若造に、世界の行く末を勝手に決められる筋合いはない!」
怒り狂い、責任を追求しようとまくし立てる老人たち。
その前で、八幡はやれやれと盛大なため息をつき、ジャージのポケットから手を抜くと、ためらうことなく――ガツンッ!! と、一番偉そうに光っていたモノリスの一つを思い切り拳で殴りつけた。
八幡:
「うるせぇんだよ、ジジイども」
ゼーレの老人たち:
「――なっ……!?」
会議室に、鈍い衝撃音と静寂が走った。
「計画」のその先へ
拳を軽く振り払いながら、八幡は冷めた、しかしどこか見下すような、いつものひねくれた目でモニターの老人たちを睨みつけた。
八幡:
「責任を取れだと? 人類の未来図が狂っただと? ふざけんな。お前らがやってたのは、ただの現実逃避のシナリオ作りだろ。人類がどうこう、補完がどうこうって、自分の人生に絶望した連中が、世界を巻き添えにして綺麗に終わらせたかっただけじゃねぇのかよ」
碇ゲンドウ(静かに眼鏡を押し上げながら):
「……ほう」
冬月コウゾウ(小さく苦笑して):
「まったく、言い過ぎではあるが……あながち間違ってもいないか」
八幡はさらに一歩、モノリスへと歩み寄る。
八幡:
「いいか? お前らの人生はまだ終わってねぇよ。死んだ気になって何千年も前の台本をなぞる暇があるなら、自分の足で歩いてみろってんだ。……計画なんてものはな、気に入らなけりゃその場で上書きすりゃいいんだよ」
ゼーレの老人C(かすれた声で):
「上書き……だと……? 我々に、別の生き方など……」
八幡:
「当たり前だろ。お前らはお前らだ。誰かが作った分厚いシナリオの一部じゃねぇよ。……そんなめんどくせぇ組織の看板なんか今すぐ下ろして、どっかの温泉街ででも余生をのんびり過ごしやがれ。それが、お前らのこれからの新しいライフプランだ」
八幡のその不器用で、しかし圧倒的な説得力を持つ「説教」に、ゼーレの老人たちは言葉を失い、ポカンと口を開けたまま(あるいはモノリスの光を明滅させながら)硬直した。
数千年間、世界を裏から操ってきた絶対的支配者たちは、ただの「元・使徒の高校生」の真っ直ぐな一言によって、完全に言いくるめられてしまったのだ。
碇ユイ(後ろでクスリと笑いながら):
「ふふっ……さすが私の息子ね。言うことがいちいち大物だわ」
碇ゲンドウ:
「……やれやれだ。だが、これで本当に、我々の時代の『計画』は完全に終わったらしい」
八幡はパトレイバーの残骸でも払うかのように肩を叩くと、呆然とする老人たちに背中を向けた。
八幡:
「じゃ、俺は嫁たちの待つ家に帰るんで。これからは勝手にやってくれ」
世界を救い、ゼーレの老人たちを説教で叩きのめし、全ての「めんどくさいシナリオ」を終わらせた男の背中は、いつになく誇らしげで、そして最高に面倒くさがり屋なものだった。
こうして、世界は文字通りの意味で「完全に救われ」、比企谷八幡の新しい日常へと帰っていくのだった――!
八幡の放った言葉が、冷たい会議室の空気をガラリと塗り替えた。
沈黙を破ったのは、中央のモノリスに映るゼーレの老人だった。彼はかすれた、しかしどこか肩の荷が下りたような笑い声を漏らす。
ゼーレの老人A:
「……ははは……。ハハハハハッ!」
ゼーレの老人B:
「まったく……。これほど完全に、論理でも気宇でも負けを喫したなど、何千年ぶりかね……」
老人たちは次々と笑い声を上げ始めた。それは絶望や皮肉の笑いではなく、長年背負い続けてきた途方もない重荷から解放された者だけが漏らす、心からの乾いた、しかし温かい笑い声だった。
ゼーレの老人A:
「シナリオの奴隷となって世界を駒のように動かしてきた我々が、まさか『ただの人間』に殴り飛ばされ、生き方を説教されるとはな……。だが、悪くない気分だ」
老人たちは静かに光を消していくモノリスの向こうで、それぞれの表情を隠すように視線を落とした。そして、一人の老人がポツリと、しかしはっきりとした声で呟いた。
ゼーレの老人C:
「……さて。老いぼれの道楽は、ここまでだな」
ゼーレの老人A:
「そうだ。……我々にはまだ、やり残したことがある」
新しい始まりと、ひとつの約束
八幡が振り返ると、老人たちの瞳には、もはや世界を支配する者としての冷徹な光はなく、ただの「一人の人間」としての生きた輝きが宿っていた。
ゼーレの老人A:
「私にはな、ずっと放ったらかしにしていた孫がいる。……最後に会ったのは、あの子がまだ赤ん坊の頃だったか。遊園地に行く約束をしたまま、私はこの組織の泥にまみれ、何十年も顔すら見せておらん」
ゼーレの老人B:
「ほう、それは奇遇だな。私にも、いつの間にか顔すら忘れた孫がいる。……今頃、私と同じくらいの歳になっているかもしれんがね」
ゼーレの老人A:
「間に合わんかもしれん。……これだけの罪を重ねてきた老いぼれの言葉など、今さらあの子が聞いてくれる保証もない。だが――」
老人はゆっくりと顔を上げ、その目はもはや、世界の終わりに怯える老人のそれではなかった。現役の、何かに挑む者の目をしていた。
ゼーレの老人A:
「間に合うかもしれん。やってみなければ、分からないからな」
その清々しいほどの吹っ切れた表情に、八幡は片眉を上げ、フッと小さく鼻で笑った。
八幡:
「……ああ。そうだな。やってみりゃいいんじゃねぇの。ジジイのくせに、少しはまともな顔できるじゃねぇか」
八幡のその言葉を最後に、ゼーレの会議室を繋いでいたすべてのモニターの光が、パチン、と音を立てて完全に消え去った。
数千年にわたって世界を裏から縛り続けた巨大な影は、こうして、それぞれの「孫との約束」を果たすための個人的な旅立ちによって、跡形もなく消滅したのだった。
碇ゲンドウ(静かに眼鏡を押し上げながら):
「……まったく、君という男は、敵の組織まで更生させてしまうらしい」
碇ユイ(満面の笑みを浮かべて):
「いいじゃない! 世界も救われて、ジジイたちも改心して、おまけに我が家はこれから大所帯で大忙し。……最高のエンディングよ!」
八幡:
「エンディングって言うな。俺たちの人生は、ここからやっとスタートなんだからな」
八幡は大きく背伸びをすると、ジャージのポケットに両手を突っ込み、待っているアスカたちのいる「家」へと歩き出した。
世界は救われ、ジジイたちは孫との約束に向かい、そして比企谷家は最高に騒がしい未来へと歩みを進める。
これ以上なく面倒くさくて、これ以上なく幸福な、世界で一番温かい日常が、今日も彼らを待っている――!
NERVとゼーレの統合、そして「世界の修繕屋」へ
ゼーレの老人たちがそれぞれの「孫との約束」を果たすために旅立ち、使徒の脅威も完全に消え去った後――世界は驚くほど静かで、そして現実的な「復興」のフェーズへと移行していた。
使徒の襲撃や人類補完計画のドタバタによってあちこちに開いてしまった「世界のほころび」をこのまま放置するわけにはいかない。
結果として、人類の裏側で絶対的な権力を握っていた「ゼーレ」と、表で実務を担ってきた「NERV(ネルフ)」は、組織の垣根を完全に取り払い、一つの新しい組織へと生まれ変わることになった。
その名も、地球規模のインフラ修復および環境浄化を目的とした総合機関――「世界補修機構(旧・NERV&ゼーレ連合)」。
最強のトリオと、たまに手伝うキミー
その新組織のトップに立ったのは、かつての敵味方の枠を超えた、人類史上もっとも胃に悪そうな最強のトリオだった。
冬月コウゾウ(膨大な書類の山を片手でさばきながら):
「……やれやれ、ゼーレの残した資産と旧ネルフの技術を統合するだけでも、白髪がさらに増えそうだ。ゲンドウ、ここの予算案を確認してくれ」
碇ゲンドウ(いつものポーズを組みつつ、かつてよりも少しだけ柔らかい表情で):
「……あぁ、問題ない。世界各国のインフラ復旧班への通達は済ませてある。……それよりも冬月、息子のほうはどうしている?」
碇ユイ(楽しそうにコーヒーを淹れながら、横から口を挟む):
「あの子なら、今朝もアスカやレイたちのお弁当を抱えて大慌てで一軒家のリフォーム現場に向かったわよ! 『家族が増えるんだから庭の芝生は子供が転んでも痛くないようにしろって大工に注文つけた』って大騒ぎだったわ!」
かつては世界を滅ぼしかけ、あるいは裏から操っていた重鎮たちが、今や「世界の修繕屋」として、いかに効率よく地球を直すかという泥臭いデスクワークに勤しんでいる。
そして、その総司令室の一角では――。
キミー(分厚い行政資料の束を睨みつけながら、キーボードを猛烈な勢いで叩いて):
「ちょっと! なんで元・ゼーレの隠し資産の監査を、産休前の妊婦がやらなきゃならないのよ! バカ八幡のせいで私のキャリアパスが完全に『主婦&世界救済の事務手伝い』に狂ったんだけど!!」
赤木リツコ(隣のデスクで冷や汗を流しながら):
「まあまあキミー、君の優秀な事務能力が頼りなのよ。それに、夫君の給料口座、この前追加で桁が一つ増えてたわよ」
キミー(手をピタリと止め、真顔になって):
「……桁が一つ? ……よし、この資産の監査、私があと3日ですべて終わらせてあげるわ」
お金の魔力と、八幡へのあきれ混じりの愛着の前では、いかなる過酷な事務仕事も一瞬でクリアされていくのだった。
平和な世界と、賑やかな帰路
世界は修繕され、大人たちはそれぞれの新しい役割を見つけ、そして比企谷家は今日も今日とて賑やかさを増していく。
夕方、全ての仕事を終えた八幡は、スーパーの特売袋を両手にぶら下げ、すっかりお腹の大きくなったアスカやレイ、キミー、カヲルが待つ新しい一軒家へと足を進めていた。
八幡:
「……あー、疲れた。オヤジたちは相変わらずこき使ってるし、キミーは会社で鬼のように働いてるし、我が家は相変わらずフリーダムすぎんだろ……」
愚痴をこぼしながらも、彼の足取りはどこか軽い。
空を見上げれば、かつて人類を脅かした赤い空の名残は一切なく、どこまでも澄んだ美しい夕焼けが広がっていた。
使徒でも救世主でもなく、ただの人間として生きる男の影が、新しい家族の待つ家へとしっかりと伸びていく。
世界は救われ、そして日常は続く。これ以上なく面倒くさくて、これ以上なく幸福な毎日が、今日も明日も、ずっと続いていくのだった――!
総武高校の夕暮れと、終わらない物語
ふと目を覚ますと、そこは見慣れた――だがどこか不自然に整った、総武高校の教室だった。
夕暮れの茜色に染まる教室の窓から、心地よい風が吹き抜けている。自分の机に突っ伏していた比企谷八幡が、だるそうに上半身を起こした。目の前には、見慣れたジャージの袖と、積み上げられた無駄に分厚いラノベの山。
八幡はボリボリと頭を掻きながら、隣の席で大真面目な顔をしてノートに何かを書き込んでいる巨漢へと視線を向けた。
八幡:
「……なあ、材木座」
材木座義輝(ビクッと肩を震わせ、もの凄い勢いで振り返りながら):
「ぬっ!? どうした比企谷! 我が『魔導要塞アポカリプス』のプロットに何か不満でもあるか! それとも、ついに我が盟友も、この世界を揺るがす黒き神話の全貌に気づいたか……!」
八幡:
「いや、そうじゃなくてさ。……今俺が考えてた話、どう思う?」
八幡は、使徒やらネルフやらゼーレやら、数千億の給与明細や4人の妊娠した嫁たち(アスカ、レイ、キミー、カヲル)について、先ほどまでの「壮大すぎる日常」をトントンと要約して語ってみせた。
静かに聞いていた材木座は、語りが終わりに近づくにつれ、目を皿のように見開き、持っていたペンをポトリと床に落とした。そして、全身をガタガタと震わせながら叫んだ。
材木座義輝:
「な……なんだと……っ!? 使徒でありながらただの人間になり、人類補完計画を生活費と愛の力で全否定し、ゼーレの老人たちを説教の果てに孫との約束へ向かわせただと……!? 天才かお前はァァァァッ!!」
八幡:
「うるせぇ、声がでかい。お前が変な小説ばかり読むからこういう変な夢を見るんだろ」
材木座:
「夢などではない! それこそが真のアンチ・エヴァンゲリオンにして、魂の救済を描いた現代の叙事詩だ! タイトルは!? 一刻も早く書籍化すべきだ、我が盟友よ!」
教室の隅、自分の席で静かに読書をしていた碇シンジ(なぜかこの世界では普通の高校生として混ざっている)も、パタリと本を閉じ、少し呆れたような、しかし心底楽しそうな笑みを浮かべて八幡の方を向いた。
碇シンジ:
「……うん、すごく面白かったよ、比企谷くん。なんというか……すごく、君らしい結末だなって思う」
八幡:
「お前までそうやって面白がるなよ……」
八幡はやれやれと盛大なため息をつき、夕日に染まる黒板を見上げた。
使徒の力も、世界を救った英雄の肩書も、ここが現実の総武高校なのか、それとも再構築された別の世界線なのかは分からない。ただ、ポケットにはなぜか、ずっしりと重い数千億の通帳の感触(あるいは気のせい)が残っている気がした。
八幡:
「……タイトル、か」
八幡は鼻を掻きながら、ふっと自嘲気味に、しかしどこか満足そうに笑った。
八幡:
「うーん……。そうだな」
窓の外の青空に向かって、八幡は小さく呟いた。
「――やはり俺の人類補完計画は、間違っている」いや、「――やはり俺の人類補完計画は、最高だ」、かな。
――終わり。