俺は未央とはぐれてしまった。
あいつは強がりで、本当は怖がりで泣き虫で暗いところが苦手で俺が居ないとダメなヤツなんだ。
俺も未央が居ないとダメなヤツだ。未央が居るから生きられる、未央の隣だから生きられる。
小さい頃に両親が離婚した。俺は父さんに引き取られたが、それからは毎日殴られた。
素手、バット、本、酒ビン、椅子、灰皿、傘、鍋、フライパン、植木鉢、机、テレビ、体重計、グラス、殺虫剤、箒、鏡、鞄、本棚、扇風機、麺棒、卓上ライト、リモコン、ガラスケース、ラジオ、電卓、延長コード、ガスコンロ、皿、湯飲み、まあとにかく色々。
父さんは母さんに浮気されたらしい。母さんに似た俺を殴りながら、ざまあみろと何度も叫んでいた。
俺は父さんが可愛そうだと思った。だから、誰にも言わなかったし黙って殴られていた。
「それ、いたくないの?」
小学三年生の時、隣の席になった未央から声をかけられた。
その日の前日、父さんは卓上ライトで俺の腕を強く殴った。そのままにしていたら、真っ青な痣が出来ていた。
未央はそれを指差した。
「いたくない。」
「ウソだー。こんなにすごい色してるのに。」
父さんは可愛そうなんだ、俺が守らなくちゃ。当時はそれだけしか考えてなくて、未央を黙らせたくて。
「いたくねえっての!!」
「きゃあ!」
気がついたら、未央を殴っていた。
「おおこのさか、いけねーんだ!!」
「何やってんだよおおこのさか!」
「サイテー!このでぃーぶぃ男!」
「しおたさん、だいじょうぶ?!」
普段は俺に近づこうともしないクラスメイト達が一斉に喚き散らした。他のクラスからも野次馬が来ては囃し立てる。
昼休みだからか、先生は来ない。
そんな周りの状況なんて、その時の俺は見えなかった。あんなに騒々しいのに、何も聞こえない。
「……………あ、」
見えるのは未央と、未央を殴った拳だけだった。
だんだんと頭が状況を理解する。体がブルブル震えた。
殴った感触が消えてくれない。柔らかくて中身が硬い何かに手をめり込ませてぶっ飛ばした。
倒れた未央はただ呆然としていた。頬が真っ赤になって痛そうだった。
ふと、可愛そうな父さんの顔が浮かんだ。
俺も可愛そうなヒトになってしまった。
なら、この手も父さんが俺を殴る手と同じ。父さんの怖い手だ。
理解すればするほど、俺は自分に恐怖した。
そんな俺を可愛そうだと思ったのだろうか。
「おおこのさかくん。」
未央は俺の手を、自分の両手で包んだ。
「お、まえ、なにして」
「びっくりさせてごめんね。わたし、だいじょうぶだよ。」
真っ赤に腫れた痛々しい顔で、未央は笑った。
「おおこのさかくん。ごめんね。」
そう言って、未央は簡単に可愛そうな俺を受け入れてくれたんだ。
中学に上がる頃には環境もだいぶましになって、ニシとも仲良くなった。ニシも大事な友達だけど、未央はそれ以上に大切だ。
未央が居たから、俺は。
「ニシ、未央は大丈夫だよな。」
まだ原型を留めた一軒家を見つけた。今日は見張りをたてながら、ゆっくりすることになった。
眠れなくて家の中を彷徨いていたら、見張りをしていたニシを見つけてつい聞いてしまった。
気まずい沈黙に、早くも後悔する。
ニシは少しだけ目を瞑って、それからゆっくり頷いた。
「うん。……そうだね。」
ニシはそう言った。
分かってる。未央一人で生きるには、過酷過ぎる。
でも諦めねーよ。諦められるかよ。世界で一番愛してるんだ。
「近くを見てくる。すぐに戻るから。」
鉄バットを持って玄関へ向かう。ニシは止めなかった。
「チカ先輩。」
途中でソウジと会う。ソウジの目線がバットへ行き、少しの沈黙の後ヘルメットを持たされた。
「防具も着けて下さい。危ないですから。」
ソウジの躊躇いと諦めが伝わる。心配してくれる仲間がいるのも、あの時未央が居たからだ。
感謝を込めてソウジの頭を軽く撫でた。
「ありがとな。ソウジ、頼んだ。」
「子供扱いしないで下さい!……気を付けて。」
未央、大好きだ。未央。
どうして、ニシの家を出てから居なくなってしまったんだ。
Side:大不来坂 千海
未央は死んでなんかいない。
また分かりづらい物を出してしまった…。すみません解説置いときます。
未央ちゃんは実在する人物です。殴られても許してくれる優しい子です。
父さんの暴力が少なくなったのは、チカが『可愛そうな父さん』を迎撃するようになったからです。
『可愛そうな自分』を嫌悪した彼は、更正するために父さんの暴力を嫌悪するようになりました。チカは運動神経が良いので、その気になればボコボコにできました。
未央ちゃんはニシを助けに、チカと向かい合流後に食べられました。
チカの恋人が死んだのは皆知ってます。ことある毎にチカが騒いで、ニシとかがフォローする感じ。
本当の事を言っても聞いてくれないので、諦めています。そんな感じ。