群青の瑠璃 作:こんな青春したかった
一目惚れだった。
午前七時二十四分。いつもの時間、いつものバス停。彼女は乗ってきた。
黒い、セミロングの艶のある髪。凛とした横顔に、淡い翡翠の瞳。大きい涙袋のすぐ側には、控えめな泣きぼくろ。
名前も、声も知らない。どこの高校に通っているかも分からない。何歳であるかも、何の部活に入っているのかも、連絡先も───何もかも。知らない。
それでも、俺は、彼女に恋をしていた。
✧✧✧
「……普通。あまりにも普通だ。どうすりゃいいんだ」
「例の?」
「おう」
自身の性能を振り返って、思わず嘆きの声が出る。中学からの親友その一──
「……またお前は無謀な恋しやがって。そういう星のもとにでも生まれてんのか?」
「うるせーな。まだ始まってもないのに無謀とかいうんじゃねーよ」
学年一の美女、女子バレー部のエース、一匹狼の高嶺の花……中学の時からの悪い癖だ。ろくに話したことのない女の子に、コロッと恋に落ちる。面食いとも言う。
「だいたい半年も経たずに『無理!諦める!』つって泣きついてくるだろ。伊達に3年もお前の親友やってないんだわ」
オチが見えてんだよ、と。荒谷は紙パックのぶどうジュースを飲みながらそう言い放った。
「荒谷ーーー!!」
「てかそんな好きならナンパでもすればいいじゃん。行動しないと始まんないぞ」
「できるならとっくにしてますー」
「なに、またバスの子? そろそろ諦めなって」
「カバ、お前まで……」
「その呼び方やめてって言ってるよね? ぜんっぜん可愛くない」
「カバに可愛いって要素がいるかよ」
「っはあーー、落ち着くわー……。やっぱりハルの顔が1番見てて落ち着く。近頃の高校生は美男美女が多すぎてキョドるわ、全く……」
「それ間接的に俺の顔醜いって言ってるよな、萎えたから友達やめるわ」
「いや、醜いとは言ってないんじゃないか? イケメンでは無いというだけで」
「そーゆーこと! 流石まこっちゃん、私のことを世界一分かってるぅ!」
「普通に呼べ、しばくぞ」
こんな奴が女子バスケ部でエース張ってて、しかも次期キャプテン候補なのわけわかんねえ。カバにバスケの才能を与えた神様は見る目がまるでないと思う。
「で、なんの用? いっつも昼飯違うじゃん」
「あー、そうだそうだ。忘れてた。2人とも」
「?」
カバはやけに真剣な顔をして、深呼吸をする。そして、「んんっ」と咳払いをすると、話を続けた。
「日曜にここの体育館で試合やるんだけどさ。見にきてくれない?」
「ほう」
そんなことか。妙に勿体ぶって言われたから、何事かと思った。
「おっけー。直人も行けるよね?」
「もちろん。ちなみになんで?」
「今週末親どっちも出張行っちゃうから、終わったあとにみんなで銭湯いって飯はどうかなと思って」
「なるほど」
3人で出かけた後に、銭湯に入って夜ご飯を食べて帰るのは俺たちの恒例行事である。なんならこいつら以外と遊びに行く時も脊椎反射で風呂セットを用意している時がある。実に恐ろしい。
「お、予鈴」
「昼休みもっと長くてもよくないか? ゲームできない」
「まこっちゃんゲーム好きすぎね」
✧✧✧
「おはよー直人」
「ん。おはよ」
日曜日、朝。俺たちは校門前に集まった。体育館では既にカバが試合前の練習をしているのだろう。生憎の曇天だが、十一月下旬なら日が出ていてもいなくても肌寒い。
「んー、まだ試合までちょっと時間あるな。自販機よっていい?」
「いいよ。俺もコンポタ買いたい、くそさみぃし」
と、先客がいたようだ。女子が三人。俺らはその後ろで買い終わるのを待つ。
「あ、そういや直人、このまえの負債返せ。飲み物代」
「くっそ、覚えてたか。しゃーなし買ってやる。なにがいい?」
「あの300円のエナドリ……嘘。ぶどうジュースで」
「びっくりした。待ってろ」
ぶどうジュース主義者の荒谷がエナドリとか言い出すから頭打ったのかと思ったら、いつも通りで安心した。ちょっと返すの遅れたし、ペットボトルの高い方を買ってやろう。
ちょうど前の人も買い終わったようだ。俺も自販機の前に進む。が、地面に黒い長方形を捉えて、そこに目線を向ける。
「お? 財布?」
高そうな財布だこと。絶対これ大事なやつだろ。さっきの人たちかな?って考えるとまだ遠くには行っていないはず。届けるか。
「荒谷めんご! 財布落ちてたから届けに行くわ。買っといて。俺コンポタで!」
俺の財布を荒谷に託し、慌てて廊下を走る。落とし主たちは幸い、自販機ゾーンを出てすぐの廊下に貼られている地図を眺めていたようだ。
「あの、すみません。この財布って……は?」
「……?」
一人が、いち早く俺の存在に気づき、こちらを振り向く。黒いセミロングヘアが流麗に波打ち、毎朝遠くから覗く美貌が俺を向いて、初めて目があった。
「あ! ほら、あの財布。
「え……? ほんとだ。拾ってくれたの?」
どうしてここに、だとか。ルリって名前なんだ、とか。いろいろな思考が渦巻いて、合わさって、混じって、言葉が出なかった。俺はただ頷いて、黒い長財布を彼女に差し出した。
「ありがとう。ここ初めて来たからさ、困ってたんだよね」
「──っ、どういたしまして……」
「……? じゃ、またね?」
そういって彼女は身を翻して、去っていく。そこに残されたのは、顔を覆って明後日の方向に逸らした俺だけだった。
✧✧✧
「瑠璃ちゃん?」
「なに?」
「なんで『またね』? 知り合い?」
「……いや、全然違うけど。なんかさ」
友人からの、ごもっともな問いに、私は敢えて勿体ぶってこう答えた。
「また会う気がした」
「また適当言ってるよこいつ……」
「こういうとこあるけど、意外と瑠璃のその勘みたいなの、当たるからなあ。バカにできない」
本来の目的はなんだっけ。ああそうだ、
そうして私たちは、第二体育館に向かって歩いていった。