1.昼行燈
「……随分と派手にやってくれましたねえ」
瀞霊廷の空を見上げ、望月輝夜は呟いた。
つい先ほど、頭上を貫いた巨大な光。
旅禍が瀞霊廷へ侵入したらしい。
なんとも大胆な話である。
先日、市丸隊長が追い返したばかりだというのに、今度は空からとは。
「……今度は花火ですか」
「望月三席!」
背後から声が飛んだ。
振り向けば、三番隊の隊士が数名、慌ただしく駆け寄ってくる。
「旅禍が瀞霊廷内部に侵入した模様です! 各隊で捜索が始まっています!」
「そうですか」
「我々も捜索に加わるべきかと!」
「そうですねえ。では、手分けして探しましょうか」
「望月三席は?」
「俺ですか?」
輝夜は少し考えた。
「向こうを見てきますよ。皆さんも無理はなさらないように」
「はっ!」
隊士たちは勢いよく散っていった。
輝夜はその背中を見送り、軽く息を吐いた。
「……はあ、参ったな」
旅禍の迎撃は職務である。
だからといって、わざわざ危険な相手を探し回るのも考えものだ。
護廷十三隊には腕の立つ連中がごまんといる。
他の隊も動いているだろうし、自分が率先して先陣を切る必要もあるまい。
とはいえ、持ち場を放り出すわけにもいかない。
「……まあ、仕事は仕事ですからねえ」
輝夜はのんびりと歩き始めた。
何事もなければ、それでいい。
何かあったなら、そのとき考えればいい。
もっとも、世の中というものはそう都合よくできていないらしい。
⸻
しばらく通りを巡った頃、曲がり角の向こうから声が聞こえてきた。
「だから、そっちじゃねえって言ってんだろ!」
「うるせえ! だったらてめえが先に言え!」
……騒がしい。
曲がり角の手前で、輝夜は足を止めた。
そっと覗けば、橙色の頭に、やけに大きな刀。隣には妙に派手な格好の男がいる。
なるほど。
運が悪い。
輝夜は顔を引っ込めた。
おそらく旅禍だろう。
見なかったことにして引き返すのが一番楽だ。
だが、あの大刀。
あんなものを担いで、ここまで入り込んできたというのか。
「…………」
しばらく考えてから、輝夜はもう一度角の向こうを覗いた。
二人はまだ言い争っている。
どうやら、こちらには気づいていない。
輝夜は軽く襟元を直した。
それから、何食わぬ顔で角を曲がる。
「おや、随分と賑やかですねえ」
「……あ?」
橙髪の少年が振り向いた。
その手が、すぐに背中の刀へ伸びる。
「何だよ、あんた」
「三番隊三席、望月輝夜と申します」
輝夜は軽く頭を下げた。
「旅禍の方々とお見受けしますが、間違いありませんかねえ」
「……だったら何だよ」
「一護! こいつ死神だぞ!」
隣の男が声を上げる。
「分かってる!」
「おっと、そう警戒なさらず。こちらとしても、できれば穏便に済ませたいもんで」
輝夜は両手を軽く上げてみせた。
「だったら道を空けろ」
橙髪の少年が言った。
「それができればいいんですがねえ」
輝夜は困ったように笑う。
「見つけた以上、何もせずに通すわけにもいきませんでしょう?」
「……なら、やるしかねえな」
少年が大刀を構えた。
「お名前を伺っても?」
「黒崎一護だ」
「黒崎くんですか。ご丁寧にどうも」
輝夜は腰の刀に手を掛ける。
「では、少々お相手願いましょうか」
⸻
先に動いたのは一護だった。
踏み込みが速い。
振り下ろされた大刀を、輝夜は半歩退いて躱した。
刃が石畳を砕く。
跳ねた破片が、足元を転がった。
「おお、怖い怖い」
一護はすぐに刀を返した。
今度は横薙ぎ。
輝夜は刀を斜めに合わせ、受け流すように身を捌く。
「……っ!」
重い。
まともに受ければ、こちらの刀ごと押し切られかねない。
一護が再び踏み込む。
輝夜は横へ退き、その進路に刃を差し出した。
一護の足が止まる。
「……ちっ!」
「危ない危ない」
輝夜は刀を引き、間合いを空けた。
一護は構えを崩さず、こちらを睨んでいる。
「……あんた、本当に三席か?」
「ええ。長いことやってますよ」
「三席ってのは、みんなこんなに面倒くせえのか?」
「はは。どうでしょうねえ」
輝夜は笑った。
「俺としては、まともに斬り合うのは御免なんですが」
「そうかよ!」
一護が大刀を握り直す。
輝夜はその刀を眺めた。
あれを振り回せるだけの力があるなら、相当に厄介な相手だろう。
「……奇遇ですねえ」
「あ?」
「俺も長い得物が好きでして」
輝夜は自分の刀を掲げた。
「せっかくですから、こちらも得物を変えさせていただきましょうか」
「……始解か」
「ええ。大したものじゃありませんが」
一拍。
「満たせ、弓張月」
刀身が姿を変えた。
柄が長く伸び、刃が大きな弧を描く。
偃月刀。
輝夜はそれを軽く回して、肩に担いだ。
「……何だ、その刀」
一護が目を細める。
「少々長いでしょう?」
「少々どころじゃねえだろ!」
隣の男が叫んだ。
「何だよ、あの馬鹿みてえな長さ!」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてねえ!」
輝夜は笑った。
一護は偃月刀から目を離さない。
先ほどよりも、わずかに腰を落としている。
「…………」
さて。
この先、どうしたものか。
手柄を立てたいなら、ここで戦えばいい。
勝てるかどうかは分からないが、少なくとも旅禍を捕らえれば評価はされるだろう。
しかし、あの大刀を相手に無理をするのは得策とは思えない。
それに、こちらはもう十分に働いた。
「……はあ」
輝夜は小さく息を吐いた。
そして、にこりと笑う。
「いやあ、参りましたねえ」
「……何だよ」
「これはちょっと、俺には荷が重そうです」
「……は?」
輝夜は偃月刀を肩から下ろした。
一歩、横へ移動する。
道の中央が空いた。
「どうぞ、お通りください」
「…………」
一護が固まった。
隣の男も、呆気に取られた顔をしている。
「……おい」
「はい?」
「何だよ、それ」
「何と言われましても」
輝夜は困ったように笑った。
「俺ぁ弱いもんでねえ」
「さっきまでやる気だったじゃねえか!」
「実際に刀を合わせてみたら、ちょっと自信がなくなりまして」
「……ふざけてんのか?」
「とんでもない。至って真面目ですよ」
一護はしばらく輝夜を睨んでいた。
しかし、いつまでもここで足を止めているわけにもいかない。
「……岩鷲、行くぞ」
「お、おう!」
二人が動き出す。
輝夜は笑顔で見送った。
「お気をつけて」
一護は振り返らない。
岩鷲だけが、何度か不審そうにこちらを見ていた。
二人は角の向こうへ消えていった。
⸻
人影が見えなくなってから、輝夜は偃月刀を元の姿へ戻した。
刀を鞘に納める。
先ほどまでの笑顔は、もうない。
「……黒崎一護、ですか」
厄介な旅禍だった。
あの霊圧に、あの大刀。
無理に斬り合っていれば、こちらもただでは済まなかっただろう。
「……どうしたもんか」
隊長への報告も必要だ。
旅禍を見つけた。
交戦した。
そして、逃げられた。
まあ、間違ってはいない。
輝夜はゆっくりと歩き出した。
誰もいない道。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かだった。
その左目から、ふっと光が失われる。
右目には、いつもの瀞霊廷の景色。
左目には、勢いよく流れていく石畳。
曲がり角。
遠ざかる建物。
前方へ伸びる道。
輝夜自身は、ゆっくり歩いている。
それでも左目に映る景色だけは、走り続けていた。
「……いやあ」
口元がわずかに緩む。
「若い人は元気でいいですねえ」
最終章アニメで一気見して高まった気分で初投稿
生存全振り飄々とした胡散臭めの男いいですよねてことで市丸隊長の下に生やします護廷とは