皆様が読んでくださることとても嬉しく感じてます!
拙作を今後もよろしくお願いします。
11.伝手
「……現世への先遣隊、ですか」
吉良イヅルが書類から顔を上げた。
「ええ。日番谷隊長を中心に、何名か派遣されるそうですよ」
望月輝夜は、手元の通知を机に置いた。
先日の破面襲来を受け、護廷十三隊は現世へ戦力を派遣することになったらしい。
もっとも、三番隊に直接関係する話ではない。
隊長不在のうえ、所属する三席は処分保留中。
今の三番隊から人員を出す余裕など、到底なかった。
「……日番谷隊長が直々に」
「ええ。随分と大きな話になりましたねえ」
「それだけ、相手が危険だということでしょう」
「でしょうねえ」
輝夜は頷いた。
黒崎一護が片腕を斬り落としたにもかかわらず、なお戦意を失わなかった大柄な破面。
そして、浦原喜助を相手にしても、ほとんど動じる様子のなかったもう一体。
いずれも、通常の虚とは比べものにならない相手だった。
それが藍染惣右介の配下だというのだから、厄介な話である。
「……望月さん」
「はい?」
「僕たちには、何か指示が?」
「今のところはありませんねえ。通常の隊務を継続するように、とのことです」
「……そうですか」
イヅルは少しだけ残念そうだった。
輝夜は、その顔を眺めた。
市丸ギンが去ってから、イヅルは以前にも増して仕事に打ち込んでいる。
もっとも、本人にその理由を尋ねたことはなかった。
他人の胸の内など、簡単に分かるものではない。
「……まあ、出動がないのはいいことですよ」
「望月さんは、いつもそうですね」
「命あっての物種ですから」
「……そうですね」
イヅルは小さく頷いた。
その返事が、妙に素直だった。
輝夜が少しばかり意外に思っていると、廊下から声がした。
「吉良ー! いるー?」
聞き覚えのある、明るい声だった。
「……松本さん?」
イヅルが顔を上げた。
ほどなくして、扉から一人の女性が顔を覗かせる。
十番隊副隊長、松本乱菊。
「いたいた。よかった」
「どうされたんですか?」
「ちょっと挨拶にね。あ、望月さんもいたんだ」
「おや、松本副隊長。いらっしゃい」
輝夜が軽く頭を下げると、乱菊は笑った。
「相変わらずねえ、望月さん」
「おかげさまで」
「ほんと、変わらないわね」
そう言って、乱菊はイヅルへ向き直った。
「私、しばらく現世に行くことになったの」
「……聞いています」
「あら、もう知ってた?」
「先ほど、先遣隊の通知が来ましたから」
「そっか」
乱菊は頷いた。
「日番谷隊長も一緒だから、しばらく戻れないかもしれないけど」
「……お気をつけて」
「ありがと」
いつもなら、もう少し賑やかな会話になっただろう。
だが、二人の間には、どこか遠慮があった。
市丸ギン。
その名前を口にする者はいない。
それでも、輝夜には分かった。
二人とも、あの男のことを忘れたわけではないのだ。
「……吉良」
「はい」
「帰ってきたら、また飲みましょ」
イヅルが目を瞬かせた。
それから、小さく頷いた。
「……ええ。ぜひ」
「今度はもうちょっと楽しいお酒にしたいわね」
「……そうですね」
乱菊は笑った。
イヅルも、少しだけ表情を緩めた。
輝夜はその様子を見ながら、机の上の書類に手を伸ばした。
わざわざ口を挟むことでもないだろう。
「それじゃ、そろそろ行くわね」
「はい」
「望月さんも、吉良のことよろしくね」
「ええ。もちろんですとも」
「……僕だって副隊長なんですけど」
「あはは、ごめんごめん」
乱菊は軽く手を振った。
「じゃあ、行ってくるわ」
「……お気をつけて」
イヅルが頭を下げた。
輝夜も、それに続いた。
扉が閉まる。
しばらくして、イヅルが小さく息を吐いた。
「……松本さんも、大変ですね」
「そうですねえ」
「……皆さん、無事に戻ってくるといいんですが」
「ええ」
輝夜は頷いた。
「本当に、そう思いますよ」
⸻
八番隊から使いが来たのは、その日の午後だった。
「……京楽隊長が?」
「はい。少々お話があるとのことです」
輝夜は、思わず空を仰いだ。
つい先日、あれほど面倒な話をしたばかりだというのに。
どうやら、また何かあるらしい。
「……分かりました。伺います」
イヅルに留守を頼み、八番隊へ向かう。
道すがら、輝夜は考えた。
平子真子について、何か分かったのだろうか。
それとも、先日の破面襲来についてだろうか。
あるいは、自分の処分が決まったという可能性もある。
最後のものだけは、できれば遠慮したかった。
「……いやあ」
輝夜は小さく息を吐いた。
「落ち着きませんねえ」
八番隊の隊舎へ到着すると、京楽春水は既に待っていた。
「やあ、望月くん」
「お呼びでしょうか」
「うん。まあ、座りなよ」
「失礼します」
輝夜は勧められた席へ腰を下ろした。
京楽は湯呑みを手にしている。
いつもの、少し気の抜けた様子だった。
「……さて」
京楽が口を開いた。
「先日の報告、読ませてもらったよ」
「……ありがとうございます」
「浦原さんに夜一さん。いやあ、懐かしい名前が揃ったもんだねえ」
「ええ。随分と賑やかなことになっていますね」
「まったくだ」
京楽は苦笑した。
「それでね、望月くん」
「はい」
「平子くんの件なんだけど」
輝夜は姿勢を正した。
「……何か分かりましたか?」
「いや。まだ何とも」
「……そうですか」
「ただ、少しばかり話を進められそうでね」
京楽は湯呑みを置いた。
「浦原さんに、一度話を聞いてみようと思うんだ」
「……浦原元隊長に?」
「うん」
輝夜は考えた。
浦原喜助。
かつて十二番隊隊長を務め、技術開発局を設立した男。
彼が尸魂界を追放されたのは、平子真子らが姿を消したのと、ほぼ同じ時期だった。
当時は別々の事件として捉えていたが、藍染の暗躍が明らかになった今となっては、無関係と決めつける理由もない。
「……なるほど」
輝夜は頷いた。
「確かに、何かご存じかもしれませんねえ」
「そうなんだよ。平子くんたちが消えた頃の事情を、浦原さんなら知っている可能性がある」
「……ですが、浦原元隊長の居場所なら、以前から把握していたのでは?」
「もちろん」
京楽はあっさりと頷いた。
「現世で何をしているかも、ある程度はね。別に、行方知れずというわけじゃない」
「……では、今まで接触を?」
「必要な連絡はともかく、昔のことについてはねえ」
京楽は湯呑みを傾けた。
「追放されたとはいえ、現世で大きな問題を起こしているわけでもない。わざわざ藪を突いて、余計な騒ぎを起こす必要もないだろう?」
「……なるほど」
「それに、百年前の一件については、こちらにも分からないことが多い。昔のことをほじくり返すなら、それなりの理由がいる」
輝夜は黙って頷いた。
浦原が追放されたこと。
平子たちが姿を消したこと。
それぞれの記録は残っている。
だが、そこで実際に何が起きたのか。
少なくとも輝夜は知らなかった。
「……それで、今は理由があると?」
「あるだろうねえ」
京楽は机の上の報告書へ目を落とした。
「藍染が破面を動かし始めた。その相手を、浦原さんと夜一さんがしている」
「……ええ」
「それに、失踪した平子くんまで黒崎一護の近くに現れた」
京楽は輝夜へ視線を戻した。
「百年前と今とで、何かつながっているのなら、知っておいて損はないだろう?」
「……そうですねえ」
輝夜も、そう考えていた。
平子に話を聞きたい。
それが最初の目的だった。
だが、浦原が当時の事情を知っているのなら、わざわざ平子に限る必要もない。
重要なのは、藍染について何を知っているかだった。
「……ですが、簡単に話してくださるでしょうか」
「さあねえ。そこは聞いてみないと分からないさ」
京楽は肩をすくめた。
「浦原さんが藍染と敵対しているとしても、それだけで護廷十三隊を信用してくれるとは限らない」
「……ええ」
「だから、まずは向こうに話をする意思があるかどうか。それを確かめたいんだよ」
輝夜は頷いた。
百年前の事件について、いきなり情報を寄越せと迫るわけにはいかない。
まして、浦原は護廷十三隊を追われた人間である。
今は利害が一致しているとしても、過去のことを話す義理などないだろう。
「……それで、どうやって連絡を?」
「ちょうどいいことに、現世へ向かう隊士たちがいるじゃないか」
「……ああ」
輝夜は目を瞬かせた。
先遣隊。
日番谷冬獅郎を中心として、現世へ派遣されることになった一行。
「……なるほど。伝言を頼むわけですか」
「うん。ボク個人からの封書を、一通届けてもらおうと思っている」
「……正式な依頼にはしないんですねえ」
「今はまだ、その段階じゃないからね」
京楽は笑った。
「公に報告されたことは、そのまま上へ上げる。そこは変わらないよ」
「……ええ」
「ただ、今回の用件は任務の話じゃない。百年前のことについて、少し話を聞かせてもらえないかという相談さ」
「……なるほど」
「それをいきなり総隊長の名前で送りつけるのも、どうかと思うだろう?」
確かに、それでは相手も警戒するだろう。
平子たちの失踪と浦原の追放。
その真相を知っているのだとしても、簡単に話してくれるとは限らない。
「……ただね、望月くん」
「はい」
京楽は輝夜を見た。
「一つ、決めてもらいたいことがある」
「……何でしょう?」
「君の名前を、先方に伝えてもいいかい?」
輝夜は、すぐには答えなかった。
「……私の名前、ですか」
「うん」
京楽は頷いた。
「平子くんと話したいと言い出したのは、君だろう?」
「ええ」
「だったら、いずれ君の名前を出すことになる。もちろん、ボクの名前だけで話を持ちかけることもできるけどね」
輝夜は考えた。
望月輝夜。
護廷十三隊三番隊三席。
百年以上、同じ地位に留まっている男。
そして、現在は市丸ギンの部下だったという立場にある。
その名前を聞いて、平子がどう思うのか。
見当もつかなかった。
「……怪しまれるでしょうねえ」
「だろうね」
京楽はあっさりと認めた。
「市丸ギンの部下が、藍染のことを聞きたがっている。しかも、その三席は長年藍染を疑っていたのに、何も報告しなかった」
「……耳が痛い話ですねえ」
「事実だからね」
輝夜は苦笑した。
まったく、そのとおりだった。
ただ、相手が平子真子なら。
百年前から自分が三番隊にいたことくらい、覚えているかもしれない。
何しろ、当時の三番隊隊長は鳳橋楼十郎だったのだから。
「……構いませんよ」
輝夜は答えた。
京楽が目を細める。
「いいのかい?」
「ええ。どのみち、私が話を伺いたい以上、隠し通せるものでもありませんでしょう」
「……そうだねえ」
「それに」
輝夜は一度言葉を切った。
「名前も名乗らずに、百年前のことを教えてくれというのも、少々虫のいい話ですから」
京楽は、しばらく輝夜を眺めていた。
「……分かった。それなら名前も書いておこう」
「ありがとうございます」
「ただ、浦原さんがどう受け取るかは分からないよ」
「ええ。承知しております」
「それから、念のため言っておくけど」
京楽は湯呑みを置いた。
「君の現世派遣は、引き続き認められない」
「……まだ何も言っていませんが」
「言い出しそうな顔をしてたからねえ」
「……いやあ、参りましたねえ」
京楽は小さく笑った。
だが、その目は笑っていなかった。
「望月くん。君の処分は、まだ保留中だ」
「……ええ」
「今回の件で君を自由に動かしていいと判断したわけじゃない。そこは勘違いしないでおくれよ」
輝夜は頷いた。
京楽が自分に協力しているのは、信頼してくれたからではない。
藍染に対抗するため、利用できるものを利用している。
そして、こちらが危険だと判断されれば、そのときは。
「……心得ております」
「なら、結構」
京楽は再び、いつもの調子に戻った。
「さて。あとは浦原さん次第だねえ」
「……そうですね」
輝夜は頭を下げた。
話が進んだのは確かだった。
もっとも、その先に何があるのかは、まだ分からなかったが。
⸻
翌日。
現世先遣隊の出立を控え、瀞霊廷は慌ただしくなっていた。
十番隊の隊舎でも、準備に追われる隊士たちが行き交っている。
松本乱菊は、その様子を眺めながら小さく息を吐いた。
「……まったく、急な話よねえ」
日番谷冬獅郎から命じられた準備は、ひととおり済ませてある。
あとは現世へ向かうだけだった。
もっとも、現世に到着してからの方が忙しくなるのだろう。
そう考えていたところへ、声が掛かった。
「やあ、松本くん」
「……京楽隊長?」
振り返ると、八番隊隊長の京楽春水が立っていた。
「あら、どうされたんですか?」
「いやあ、ちょっとお願いがあってね」
「お願い?」
京楽は懐から一通の封書を取り出した。
「現世に着いたら、これを浦原さんに届けてほしいんだ」
「……浦原喜助さんに?」
「うん。ボクからの私信だよ」
乱菊は封書を受け取った。
差出人には、京楽春水の名前。
宛先には、浦原喜助と記されている。
「……何か大事な話ですか?」
「まあ、ちょっとした相談事さ」
「……怪しいわねえ」
「ひどいなあ。ボクはただ、昔の知り合いに手紙を出したいだけなんだけど」
「それなら、普通に連絡すればいいじゃないですか」
「今回は、あんまり大げさな話にしたくなくてねえ」
京楽は苦笑した。
「もちろん、先遣隊の任務が優先だよ。届けるのが難しければ、持って帰ってきてくれて構わない」
「……そこまでして、私に?」
「直接渡してもらえれば、少なくとも話の行き違いはないだろう?」
乱菊は封書を眺めた。
中身までは分からない。
ただ、京楽がわざわざ自分に持たせるからには、何か事情があるのだろう。
「……場所は分かるんですか?」
「浦原商店の場所なら、こちらでも把握しているよ。分からなければ、朽木さんに聞くといい」
「……分かりました」
乱菊は封書を懐にしまった。
「渡しておきます」
「ありがとう。助かるよ」
京楽は笑った。
「それと、松本くん」
「はい?」
「できれば、本人に直接渡してほしいんだ」
乱菊は京楽を見た。
「……本当に、ただの手紙なんですか?」
「まあ、受け取った浦原さんがどう思うかは、分からないけどねえ」
「もう……」
乱菊は呆れたように笑った。
「分かりましたよ。ちゃんと届けます」
「うん。よろしく頼むよ」
京楽は軽く手を振った。
そして、何事もなかったように去っていく。
乱菊は、その背中を見送った。
「……変なの」
もう一度、封書を眺める。
宛先は浦原喜助。
差出人は京楽春水。
それ以外には、何も書かれていない。
「……まあ、いいか」
乱菊は封書を懐にしまった。
そのとき、遠くから聞き慣れた声が響いた。
「松本! 何をしている! 出発するぞ!」
「はーい! 今行きます!」
乱菊は慌てて振り返った。
日番谷冬獅郎が、いかにも不機嫌そうな顔でこちらを見ている。
「……ったく、最後まで何をやってるんだ」
「ちょっと頼まれ事をしてただけですよー」
「余計なことを増やすな!」
「分かってますって!」
乱菊は笑いながら駆け寄った。
現世へ向かう準備は、もう整っている。
その懐には、一通の封書。
百年前の事件について、話を聞きたいという三席の名が記されている。
長い間、触れずにいた過去。
そこへ向けて、京楽春水が差し出した一つの問い。
その返事がどのようなものになるのか、まだ誰にも分からなかった。
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