三席は生き残りたい   作:瓢箪から窯

15 / 15
15.活路

八番隊の隊舎を訪ねるのは、これで何度目になるだろう。

以前なら、隊長格の執務室など、用事があってもなるべく近寄りたくない場所だった。

もちろん、今もそう思っている。

ただ、近頃は用事の方が向こうから増えてくるのだから困ったものだ。

 

「失礼します」

 

声を掛けると、室内から返事があった。

京楽隊長は机に向かっていた。傍らには書類が積まれている。

 

「望月くんか。何か分かったのかい」

「はい。藍染の周辺で、動きがありました」

 

京楽隊長が筆を置いた。

 

「聞こうか」

 

私は腰を下ろし、見たものを順に話し始めた。

藍染のいる場所に、井上織姫が現れたこと。

そこが虚圏側の拠点と思われること。

そして、彼女がグリムジョーの失われた左腕を元に戻したこと。

 

「腕を、元に?」

「はい。切断されていた腕が、再び現れました」

「回道とは違うのかい」

「通常の回道とは違うように見えました。ただ、原理までは分かりません」

「……なるほどね」

 

京楽隊長は腕を組んだ。

 

「藍染が彼女を虚圏へ迎え入れた理由は、その能力にあるのかもしれないね」

「そう考えられます」

 

私は続けた。

グリムジョーは腕を取り戻した後、十刃の一人を殺害した。

ルピと呼ばれていた破面だ。

 

「十刃同士で?」

「はい」

「藍染は止めなかったのかい」

「少なくとも、私が見ていた範囲では。藍染もその場にいました」

 

京楽隊長はしばらく黙った。

十刃の一人が、別の十刃を殺す。

それを藍染は止めない。

あの男にとって、配下の命がどの程度の価値を持つのか。

少なくとも、私ならあんな男の下では働きたくない。

もっとも、働きたいと言った覚えもないのに、長い間あの男の部下だった者が三番隊にはいたのだが。

 

「望月くん」

「はい」

「井上織姫が自分の意思で虚圏へ行ったようには見えたかい」

「そこまでは分かりません。私が見たのは、藍染の前にいる彼女だけです」

「そうだね。そこは分けておこう」

 

京楽隊長は紙を引き寄せ、筆を取った。

 

「藍染は彼女の能力に関心を持っているようだった?」

「はい。彼女が能力を使うところを、藍染は見ていました。ただ、何を目的としているかまでは分かりません」

「分かった。ありがとう」

 

京楽隊長が筆を走らせる。

私はそれを黙って見ていた。

私が知ることのできるのは、藍染が目を向けたものだけだ。

見えていない場所で何が起きているかなど、知りようがない。

それでも、見たものを伝えるだけで隊長格が動く。

その報告が、誰かの行き先や命運を左右するかもしれない。

そう考えると、筆の走る音まで妙に重く聞こえた。

 

「この件は総隊長にも上げるよ」

 

京楽隊長が言った。

 

「浦原さんにも、必要な範囲で知らせておきたい。井上織姫の能力については、彼の方が何か知っているかもしれないからね」

「承知しました」

「君の能力については、これまでどおり慎重に扱う。余計なことまで書くつもりはないよ」

「ありがとうございます」

 

私は頭を下げた。

私が藍染の視界を覗けることを、知る者は少ない方がいい。

知られれば、対策される。

そして、あの男が本気で対策を考え始めたとき、私にそれを上回る自信などない。

 

「それにしても」

 

京楽隊長が、ため息交じりに笑った。

 

「望月くんからの報告は、いつも穏やかじゃないねえ」

「私としても、もう少し平穏なものをお届けしたいのですが」

「例えば?」

「藍染が昼寝をしていた、とか」

 

京楽隊長は小さく笑った。

 

「それなら、ぜひ聞きたいものだね」

「私もです」

 

本心だった。

藍染が一日中眠っていてくれるなら、私も安心して眠れる。

報告を終え、私は八番隊を後にした。

 

⸻

 

ほどなくして、井上織姫の件について尸魂界の方針が伝えられた。

井上織姫は藍染側に拘束されているものと判断された。

しかし、現時点で救出のための部隊は派遣しない。

現世にいる先遣隊には帰還命令が下される。

報せを聞いて、私はしばらく黙っていた。

相手は藍染だ。

十刃を従えたあの男の本拠地へ、準備もなく踏み込むわけにはいかない。

判断としては理解できる。

 

「……黒崎一護が、大人しく引き下がるとは思えないな」

 

双殛の丘での一件を思い出す。

あの少年は、護廷十三隊を敵に回してまで朽木ルキアを助けに来た。

今回も、井上織姫が虚圏にいると知れば、きっと同じことをするだろう。

尸魂界が止めたところで、聞くとは思えない。

 

「……若いなあ」

 

思わず苦笑した。

私には、とても真似できない。

だが、あの無茶が実際に朽木ルキアを救ったのも事実だ。

だから、今回も何とかしてしまうのではないか。

そんな気がしてしまう。

 

「……まったく、大した少年だよ」

 

呆れたように呟きながらも、不思議と悪い気はしなかった。

 

⸻

 

三番隊でも、戦いに備えた動きが目立つようになっていた。

各席官の配置確認。

隊士の練度の把握。

欠員が出た場合の指揮系統。

普段から必要な仕事ではある。

だが、今は一つ一つの意味が違っていた。

戦いが起きることを前提に、準備をしている。

 

「望月さん」

 

書類を抱えたイヅルが、私の席へやって来た。

 

「こちら、確認をお願いします」

「ありがとう、イヅルくん」

 

受け取った紙に目を通す。

隊士の配置案だった。

 

「ずいぶん細かく見直したね」

「今のうちに、できることはしておきたくて」

「そうだね」

 

私は紙を机に置いた。

三番隊には、隊長がいない。

市丸ギンが去ってから、その席は空いたままだ。

普段なら、隊長不在でも隊務は回る。

だが戦時となれば話は違う。

隊長格が一人いないという事実は、書類の上では埋めようがなかった。

 

「……隊長がいれば」

 

イヅルがぽつりと言った。

 

「もっと違う判断ができたのかもしれません」

 

私は顔を上げた。

イヅルは机の上の配置案を見つめていた。

 

「僕が決めていいのか、迷うことがあります。誰をどこに置くか、それだけのことでも」

「それだけのこと、ではないからね」

 

私は答えた。

 

「何かあったとき、最初に動くのはその隊士たちだ。迷うのは当然だよ」

「……はい」

「それに、隊長がいたって迷わないわけじゃない」

 

イヅルがこちらを見る。

 

「私が三席になった頃の隊長も、よく考え込んでいたよ」

 

鳳橋隊長。

音楽のことばかり考えているように見えて、隊務に関しては案外細かい人だった。

何かを決める前、机を指先で軽く叩く癖があった。

その調子が、いつの間にか鼻歌に変わっていることもあった。

 

「……そうだったんですか」

「うん。もっとも、最後にはちゃんと決めてくれたけどね」

 

そう言ってから、私は少しだけ黙った。

最後。あの人が三番隊を出ていった夜のことを、思い出しかけた。

留守を頼む。

そう言われたきり、戻ってこなかった。

 

「望月さん?」

「いや、何でもないよ」

 

私は配置案を手に取った。

 

「イヅルくん。君が全部一人で決める必要はない。私もいるし、ほかの席官たちもいる」

「……はい」

「隊長がいないのは、どうにもならない。でも、だからといって三番隊までなくなったわけじゃないだろう?」

 

イヅルは何かを言いかけ、口を閉じた。

その視線が、一瞬だけ机の上に落ちる。

やがて、ゆっくりと頷いた。

 

「……そうですね」

「まずは、できることからやろう」

「はい」

 

私は書類を返した。

 

「配置はこれでいいと思う。各席官にも確認してもらおうか」

「分かりました」

 

イヅルが一礼して去っていく。

私はその背中を見送った。

隊長がいない。

百年前にも、同じことがあった。

あのときは何も分からないまま、ただ日々の隊務をこなしていた。

今は少しだけ、事情を知っている。

だからといって、何かが楽になるわけではない。

むしろ、知らない方が幸せだったと思うことの方が多い。

 

「……困ったものだな」

 

私は机に残った書類へ目を落とした。

藍染との戦いが始まれば、三番隊も無関係ではいられない。

隊長がいない以上、イヅルと私が隊士たちを支える必要がある。

できれば後方で。

それが無理なら、せめて生きて帰れる場所で。

そんな都合のいい願いを抱きながら、私は次の書類を引き寄せた。

 

⸻

 

その日の隊務を終え、隊舎を出た頃には、空が暗くなり始めていた。

歩きながら、ふと百年前の光景を思い出す。

平子隊長の後ろを歩いていた藍染。

私の右目には、その二人が映っていた。

一方、新月印を通して接続した左目には、薄暗い部屋が映っていた。

机と灯り。

廊下とはまるで違う景色。

 

あのとき私は、藍染が何をしているのか分からず、ただ恐ろしかった。

今なら、少し違う見方ができる。

鏡花水月。

五感を支配し、相手に偽りの光景を見せる斬魄刀。

私もその完全催眠の下にいる。

だから、私自身の目に映る藍染を信用することはできない。

 

だが。

 

「……藍染自身は?」

 

足が止まった。

あの男は、自分の目に何を映しているのだろう。

鏡花水月で私たちを欺いている間も、藍染自身は本物の戦場を見ているはずだ。

 

自分にまで幻を見せる理由はない。

そして私は、その視界を借りることができる。

 

それなら。

 

藍染の見ている景色から、あの男自身の居場所を割り出すことはできないだろうか。

 

戦場に立つ者の位置。

建物の並び。

遠くに見える地形。

同じ景色でも、眺める場所が変われば見え方は変わる。

 

複数の目印があれば、どのあたりから見ているのか推測できるはずだ。

問題は、目印の位置をどう確かめるか。

私の目も、鏡花水月に欺かれているのだから。

 

「……鬼道か」

 

小さく呟いた。

自分で放った鬼道なら、術を放った感覚を手掛かりにできる。

少なくとも、目に映る景色だけを頼りにするよりはましだろう。

その光が藍染の視界に映れば、位置を推し量る手掛かりになるかもしれない。

攻撃するためではなく、測るために鬼道を使う。

それだけで、見えてくるものがあるのではないか。

 

私はしばらく、その場に立っていた。

考えれば考えるほど、試してみたいことが増えていく。

もちろん、実際に藍染を相手にしなければ、この考えが正しいかどうかは分からない。

それに、居場所が分かったところで、勝てるとは限らない。

 

相手は藍染惣右介だ。

正面から斬り合えば、私などひとたまりもないだろう。

だが、鏡花水月に惑わされたまま、何も分からず刀を振るうよりはいい。

あの男の姿が見えなくとも、そこにいると分かれば。

刃を向けることくらいは、できるかもしれない。

 

気づけば、口元が緩んでいた。

 

藍染惣右介。

あの男を、斬れるかもしれない。

そんなことを考えたことがあっただろうか。

百年前、私は藍染の視界に映るものを恐れていた。

その力が、今になって自分を生かす手段になるかもしれない。

何とも奇妙な話だった。

 

そこまで考えて、私は小さく息を吐いた。

 

……浮かれすぎだ。

 

位置が分かったところで、相手は藍染惣右介なのだから。

誰かに話すつもりはない。

まだ思いつきに過ぎないし、何より、知られる必要のない手の内だ。

私は再び歩き始めた。

戦いなど、起こらない方がいい。

藍染と刃を交える機会など、来ない方がいい。

 

その考えは、今も変わらない。

 

それでも、もし避けられないのなら。

 

せめて、相手がどこにいるのかくらいは知っておきたい。

 

何も見えないまま死ぬのは、御免だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

鬼神と呼ばれた男(作者:鬼人)(原作:ONE PIECE)

以前投稿していた内容を一度リセットし、ストーリーや描写を新しく書き直して再スタートしました!▼この小説はAIと一緒に執筆・作成しています!▼「もしギンが最初から自分の海賊団を作ったら?」というIFストーリーです。▼独自展開や原作改変が大丈夫な方は、気軽に楽しんでいってください!


総合評価:398/評価:7.67/連載:12話/更新日時:2026年11月03日(火) 00:00 小説情報

『2度目の鴉は死神として生きる』(作者:時泥棒)(原作:BLEACH)

弟にすべてを託し忍としての生涯を終えた男▼"うちは イタチ”▼死を受け入れたはずの彼が次に目を覚ました場所は木ノ葉でも、忍の世界でもなかった。▼そこは死した魂たちが暮らす世界――尸魂界。▼病は消え、身体は幼くなりながらも前世の記憶と写輪眼を残したままイタチは二度目の生を歩み始める。▼やがて死神という存在を知った彼はかつての忍としての人生にはなかった…


総合評価:1368/評価:8.08/連載:13話/更新日時:2026年11月06日(金) 19:01 小説情報

四番隊副隊長は夢を見ている(作者:逆ギレ伯爵)(原作:BLEACH)

護廷十三隊四番隊副隊長、榊花霊司。軽薄、軽率、そして軽佻浮薄な女好き。常に不真面目、あえて不真面目。書類の山から逃げ続け、女の尻を追い続ける。怒られたって変わらない、減給されたって変わらない。・・・少なくとも、この夢が覚めるまではね?▼*誤字脱字の精査とモチベ維持の為にAIを使ってます


総合評価:1522/評価:7.34/連載:12話/更新日時:2026年09月23日(水) 17:40 小説情報

BLEACHの世界に転生したけど何故かステータス画面があるんだが(作者:最強主人公2)(原作:BLEACH)

気づいたら『BLEACH』の世界に転生していた主人公。▼しかも、目を開けると何故かステータス画面が表示されていた!▼「ステータスがざこすぎる!」▼原作知識とステータスを頼りに、斬魄刀も持っていない状態から少しずつ強くなっていく。▼果たして朔は、この世界でどこまで強くなれるのか。▼これは、そんな少年の成長物語。


総合評価:852/評価:6.48/連載:18話/更新日時:2026年11月03日(火) 13:59 小説情報

宵の弓月(作者:“妄蛇”蛇)(原作:BLEACH)

BLEACHに霊王の欠片持ち、仮面の軍勢、夜一さんの弟、夕四郎の兄な盛り盛り四楓院転生オリ主を突っ込んでみた話。▼推敲作業、文章チェックで生成AIを使用。


総合評価:44/評価:-.--/連載:5話/更新日時:2026年10月25日(日) 21:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>