三席は生き残りたい   作:瓢箪から窯

3 / 3
3.半月

「……藍染隊長が?」

 

望月輝夜は、手にしていた筆を止めた。

 

「はい! 藍染隊長の遺体が発見されたそうです!」

 

三番隊の隊士は、息を切らしていた。

 

「それから、吉良副隊長も拘束されました!」

「……イヅルくんが?」

「五番隊の雛森副隊長と交戦したそうで……。両名とも身柄を拘束されたとのことです」

「怪我は?」

「大きな負傷はないと聞いております」

「そうですか。それは何より」

 

輝夜は筆を置いた。

昨日まで同じ部屋で仕事をしていた後輩が、今日は拘束されている。

どうにも落ち着かない話だった。

 

「それで、市丸隊長は?」

「ご無事です。ただ、藍染隊長の遺体発見現場にいらっしゃったため、雛森副隊長から疑いを向けられているようで……」

「……なるほど」

 

藍染惣右介の死。

市丸ギンへの疑惑。

吉良イヅルの拘束。

 

厄介な話が一度に押し寄せてきたものだ。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

隊士が頭を下げ、部屋を出ていく。

輝夜はしばらく、閉まった扉を眺めていた。

 

「…………」

 

やがて椅子に深く腰掛ける。

左目から、ふっと光が失われた。

見慣れた執務室の景色が、半分だけ遠のく。

代わりに映ったのは、白い壁と、その先へ続く廊下。

景色はゆっくりと動いていた。

輝夜はしばらく黙っていたが、やがて目を伏せた。

再び顔を上げたとき、左目にはいつもの執務室が映っていた。

 

「……はあ、参ったな」

 

報告書へ目を落とす。

藍染隊長は死んだ。

そういうことになっているらしい。

 

⸻

 

「望月はん」

 

隊長室へ入ると、市丸ギンが顔を上げた。

 

「おや、市丸隊長。ご無事で何よりです」

「ふふ。何です、その言い方」

「随分と物騒なことになっているようですので」

「ほんまやねえ。困ったもんですわ」

 

ギンはいつも通り笑っていた。

輝夜は軽く頭を下げる。

 

「それで、イヅルくんのことなんですが」

「ああ、イヅルね」

「しばらく戻れそうにありませんかねえ」

「どうやろねえ。上の判断次第やろうし」

「……困りましたねえ」

「イヅルのこと、気にしてはるんですか?」

「ええ。いい後輩ですから」

 

輝夜はあっさりと答えた。

 

「それに、仕事の方も心配でして」

「そっちもですか」

「もちろんですとも」

 

ギンがくすりと笑った。

 

「望月はんらしいねえ」

「お恥ずかしい限りです」

 

ギンは机の上の書類を一枚持ち上げた。

 

「せやけど、イヅルがおらへんとなると困りますわ」

「ええ。昨日も随分と働いてもらいましたからねえ」

「そこで、望月はん」

「……はい」

「しばらくイヅルの代わりをお願いできます?」

「……俺が、ですか?」

「他に頼める人もおりまへんし」

「なかなか重いご期待ですねえ」

「信用してますよ」

「そう言われると、断りづらいですね」

「ふふ。ほな、決まりや」

 

輝夜は小さく息を吐いた。

 

「……承知しました」

「助かりますわ」

「ただし、俺はあくまで三席ですからねえ」

「分かってますよ」

「副隊長ほどの働きは期待なさらないでください」

「それは困りますわ」

「おや、厳しい」

 

ギンは楽しそうに笑った。

輝夜もつられて笑う。

藍染の死を巡る騒ぎの最中だというのに、隊長室の空気はいつもとさほど変わらなかった。

 

⸻

 

八番隊隊舎へ向かう道を、輝夜は歩いていた。

吉良が拘束されたことで、各隊との連絡業務まで引き受けることになったのである。

 

「……やれやれ」

 

書類を届けて、隊舎へ戻る。

それで今日の仕事は終わりにしたかった。

八番隊の隊舎が近づいてきた頃、遠くから破砕音が響いた。

続いて、隊士たちの悲鳴。

輝夜は足を止めた。

 

「…………」

 

帰ろうか。

一瞬、そう考えた。

だが、今は吉良がいない。

普段以上に、三番隊の看板を背負っている身である。

 

「……まったく」

 

音のした方へ足を向けた。

そこには、倒れた隊士たちと、ひときわ大柄な男がいた。

褐色の肌に大きな体躯。そして、異様な形状の右腕。

少し離れた場所には、八番隊の席官らしき男が倒れている。

どうやら、こちらは既に片がついているらしい。

 

「……おやおや」

 

大柄な男が振り向いた。

 

「死神か」

「ええ。三番隊の望月輝夜と申します」

 

輝夜は軽く会釈した。

 

「旅禍の方ですねえ」

 

男は答えず、右腕を構えた。

 

「いつもなら、見なかったことにして差し上げるんですがね」

 

輝夜は腰の刀に手を掛けた。

 

「生憎、今はイヅルくんの分まで働かなきゃいけないもんで」

「……どいてくれ」

 

男が低く告げた。

 

「そうしたいのは山々なんですが」

 

輝夜は笑った。

 

「副隊長代理、三番隊第三席。望月輝夜がお相手いたします」

「……俺は、先へ行く」

「でしょうねえ」

 

輝夜は刀を抜いた。

 

「困りましたね」

 

⸻

 

「満たせ、弓張月」

 

刀身が変形する。

長く伸びた柄。大きく湾曲した刃。

偃月刀を手にした輝夜は、その切っ先を静かに下げた。

 

「まずは、お名前を伺っても?」

「……茶渡泰虎」

「茶渡くんですか。よろしくお願いします」

 

茶渡が地を蹴った。

巨体に似合わぬ踏み込み。

輝夜は半歩退き、偃月刀の柄を横に振った。

鈍い音が響く。

柄が茶渡の脇腹を捉えた。

だが、足は止まらない。

 

「……おや」

 

茶渡の右拳が迫る。

輝夜は後ろへ跳び、拳の軌道から身体を外した。

拳が石畳を砕いた。

 

「これはまた、随分と頑丈なことで」

 

茶渡は何も答えない。

そのまま距離を詰めてくる。

輝夜は偃月刀を回し、今度は柄の端を胸元へ突き出した。

体勢を崩すつもりだった。

しかし、茶渡はその一撃を受けながら前進した。

 

「……っ」

 

輝夜は横へ退く。

右拳が、わずかに死覇装を掠めた。

布が裂ける。

 

「……参りましたねえ」

 

やりづらい。

一撃の重さだけなら、先日出会った橙髪の少年にも引けを取らないかもしれない。

それ以上に厄介なのは、この男がほとんど怯まないことだった。

普通なら足を止める一撃を受けても、前へ出てくる。

狙いは一貫している。

こちらへ拳を届かせること。

そのためなら、多少の痛みは構わないらしい。

輝夜は片手を上げた。

 

「縛道の四、這縄」

 

光の縄が走り、茶渡の腕を絡め取る。

男の動きが止まった。

ほんの一瞬。

 

「これで大人しくしていただけると――」

 

縄が軋んだ。

茶渡が右腕を引く。

霊力の縄が、力任せに引き千切られた。

 

「……おやおや」

 

茶渡が踏み込む。

輝夜は瞬歩で距離を取った。

すぐ横を拳が通り過ぎる。

 

「随分と無茶をなさる」

「……退け」

「それはできませんねえ」

 

輝夜は偃月刀を握り直した。

 

「できれば、あまり傷つけたくなかったんですが」

 

刃が、静かに持ち上がる。

 

「……仕方ありませんか」

 

⸻

 

茶渡が踏み込む。

輝夜は後ろへ下がった。

追いかける茶渡。

退きながら、偃月刀が弧を描く。

刃が、茶渡の左肩を浅く裂いた。

血が滲む。

それでも茶渡は止まらない。

輝夜は間合いを保ったまま、さらに一歩退いた。

 

「痛くありませんか?」

 

返事はない。

茶渡の拳が伸びる。

輝夜は身を捻り、刃を返した。

今度は脇腹。

浅い傷が一本増える。

 

「……なるほど」

 

思った以上に頑丈だ。

いや、頑丈というだけではない。

傷を負うことに、あまり頓着していない。

輝夜が間合いを取ろうとすれば、茶渡は追ってくる。

深追いを誘うように退き、刃を振るう。

茶渡が進めば下がり、足が止まれば間合いを測った。

一度、二度。

浅い斬撃が重なる。

そのたびに茶渡は、輝夜の間合いへ踏み込もうとした。

だが、輝夜は近づかせない。

少なくとも、拳が十分な威力を持つ距離には。

 

「……っ!」

 

茶渡の右腕が光を帯びた。

次の瞬間、凄まじい霊圧が膨れ上がる。

輝夜は即座に横へ跳んだ。

衝撃が、先ほどまで立っていた場所を吹き飛ばす。

石畳が抉れ、土煙が舞った。

 

「……危ないですねえ」

 

距離を取った輝夜の袖が、わずかに焦げていた。

まともに受ければ、ただでは済まなかっただろう。

茶渡は荒く息を吐き、右腕を構え直した。

 

「……どいてくれ」

「随分と頑固ですねえ」

 

輝夜は偃月刀を肩に担いだ。

 

「そこまでして、先に何があるんです?」

「……仲間がいる」

「お仲間?」

「助けなきゃならない」

「……なるほど」

 

輝夜は小さく頷いた。

 

「それは大変ですねえ」

 

茶渡は答えない。

 

「ですが、こちらにも仕事がありまして」

 

輝夜は偃月刀を構え直した。

 

「困ったものです」

 

⸻

 

刃が茶渡の腕を掠める。

茶渡は構わず拳を振るう。

輝夜は一歩退いた。

すれ違いざまに、また一太刀。

深くは斬らない。

大きな隙も作らない。

ただ確実に、刃を届かせる。

しかし、茶渡もただ斬られていたわけではなかった。

偃月刀の間合いを測り、輝夜の退く方向を見ている。

次の一撃。

茶渡はあえて刃を左腕で受けた。

 

「……!」

 

そのまま踏み込む。

右拳が迫った。

避けきれない。

輝夜は咄嗟に偃月刀の柄を横へ差し込んだ。

衝撃が走る。

柄越しに伝わる力に、足が石畳を滑った。

 

「……っ!」

 

輝夜は後ろへ跳び、ようやく距離を取る。

右腕が痺れていた。

あと少し遅れていれば、骨の一本くらい持っていかれていただろう。

 

「……まったく」

 

輝夜は小さく息を吐いた。

 

「頑丈なだけじゃありませんか」

 

茶渡は黙ったまま構える。

輝夜は左手を開いた。

 

「縛道の六十一、六杖光牢」

 

六本の光が茶渡を捉えた。

茶渡が力を込める。

光の柱が軋んだ。

その隙に、輝夜は踏み込む。

偃月刀が一閃した。

浅く、だが確実に。

そして、すぐに退く。

 

「……さて」

 

茶渡の身体には、幾筋もの傷が刻まれている。

左肩、脇腹、太腿、腕。

いずれも深い傷ではない。

それでも、これだけ動けば消耗は避けられない。

六杖光牢が砕けた。

茶渡が再び構える。

その呼吸は、少し荒くなっていた。

輝夜は偃月刀を静かに持ち上げた。

 

「茶渡くん」

 

返事はない。

 

「せっかくですから、一つご説明を」

 

⸻

 

「我々死神の持つ斬魄刀は、いわば己の写し身のようなものでしてねえ」

 

輝夜は一歩、横へ移動した。

茶渡もそれに合わせて身体を向ける。

 

「それぞれに、不思議な力があったりするんですよ」

「…………」

「ご覧になったことがあるでしょう? うちの隊長の刀が伸びるところを」

 

茶渡の表情が、わずかに動いた。

 

「他にも、炎を操るものや、氷を生み出すもの。実に様々でしてね」

 

輝夜は偃月刀を軽く回した。

 

「それなのに、そんな無防備に斬られていて大丈夫ですか?」

 

茶渡は答えない。

 

「隊長格でなければ、大した能力はないと?」

 

輝夜の声は、どこまでも穏やかだった。

 

「それとも、その頑丈な身体なら耐えられるとお思いで?」

 

茶渡の右腕に力がこもる。

 

「……俺は」

 

男は低く答えた。

 

「一護のために、ここを通る」

「…………」

「だから、退かない」

「……そうですか」

 

輝夜は小さく頷いた。

 

「でしたら、仕方ありませんねえ」

 

茶渡が地を蹴った。

右腕に霊圧が集まる。

その拳が振り抜かれる、直前。

 

「……っ!」

 

茶渡の足が鈍った。

呼吸が乱れる。

吸おうとしても、胸が思うように動かない。

踏み込んだ足に、力が入らなかった。

 

「……な、にを……」

 

茶渡は片膝をつきかけ、堪えた。

輝夜は片手で偃月刀を支えた。

 

「俺の斬魄刀はね」

 

一歩、前へ。

 

「呼吸を奪うものなんですよ」

 

茶渡は歯を食いしばった。

右腕を持ち上げる。

まだ拳を振るおうとしていた。

 

「……おや」

 

輝夜は目を細める。

 

「まだ動けますか」

 

茶渡が一歩進んだ。

勢いは明らかに落ちている。

だが、拳にはまだ力が残っている。

輝夜はその軌道を見極め、横へ躱した。

懐へ入り、偃月刀の柄の端を茶渡の鳩尾へ叩き込む。

鈍い音。

茶渡の身体が折れた。

続けて足を払う。

巨体が石畳へ崩れ落ちる。

それでも茶渡は地面に手をつき、立ち上がろうとした。

 

「……一護……」

 

小さな声が漏れる。

輝夜は偃月刀を構え直した。

 

「……もう十分でしょう」

 

茶渡の腕が震えた。

やがて、その身体から力が抜ける。

意識が途切れた。

輝夜は短く息を吐いた。

胸が重い。

自分の呼吸も、いつも通りとはいかない。

長く使いたいものではなかった。

輝夜は偃月刀を元の刀へ戻した。

その瞬間、茶渡の肩に浮かんでいた淡い半月が欠けていく。

やがて、紋様は消えた。

輝夜の胸の重さも、ゆっくりと薄れていく。

膝をつき、茶渡の呼吸を確かめた。

浅いが、確かに息をしている。

 

「……まったく」

 

刀を鞘に納める。

 

「頑丈な人は、これだから困りますねえ」

 

⸻

 

「……やれやれ。間に合わなかったか」

 

背後から声がした。

輝夜が振り向く。

笠を被った男が立っていた。

 

八番隊隊長、京楽春水。

 

「おや、京楽隊長」

 

輝夜は軽く頭を下げた。

 

「これはお騒がせしました」

「こっちこそ、うちの隊舎の前で働かせちゃったねえ」

 

京楽は倒れている茶渡へ目を向けた。

 

「……生きてるかい?」

「ええ。今、確かめたところです」

「そうかい」

 

京楽は小さく息を吐いた。

 

「途中から見てたんだけどね。そろそろ止めようかと思っていたところさ」

「申し訳ありません。もう少し穏便に済めばよかったんですが」

「……あの子、退かなかったんだろう?」

「ええ。なかなか頑固な方でして」

 

京楽は茶渡の傍らにしゃがんだ。

 

「そうだろうねえ」

 

しばらく、その顔を眺める。

 

「いい目をした子だね」

「そうですねえ」

 

輝夜も頷いた。

 

「まったく、困ったものです」

「それにしても、望月くん」

「はい?」

「君もなかなか器用な戦い方をするじゃないか」

「とんでもない。これでも必死だったんですよ」

「ふふ。そうかい」

 

京楽は笑った。

 

「ところで、京楽隊長」

「ん?」

「こちらの旅禍の処遇ですが、お任せしてもよろしいですかねえ」

「……そこまで任せるのかい?」

「何しろ八番隊の管轄ですし、俺もイヅルくんの分まで仕事を抱えておりまして」

 

京楽は苦笑した。

 

「君ねえ。うちの隊士の代わりに戦ってくれたのはありがたいけど、後始末まで任せるとは」

「隊長のお力を頼りにしておりますので」

「よく言うよ」

 

京楽は肩をすくめた。

 

「まあ、いいさ。四番隊にはこっちから連絡しておくよ」

「助かります」

 

輝夜は深々と頭を下げた。

 

「では、俺は市丸隊長のところにでも戻りますかねえ」

「……ああ、望月くん」

「はい?」

 

京楽は倒れた茶渡を見たまま、口を開いた。

 

「さっきの子、随分と必死だったろう」

「ええ。そうですね」

「君は、ああいう子をどう思う?」

 

輝夜は少し考えた。

そして、いつものように笑った。

 

「……俺には、あそこまで無茶はできませんねえ」

「そうかい」

 

京楽も笑う。

 

「君らしい答えだ」

「お褒めにあずかり光栄です」

 

輝夜はもう一度頭を下げ、その場を後にした。

背後では、京楽が四番隊を呼ぶ声が聞こえている。

石畳を歩きながら、輝夜は軽く肩を回した。

右腕には、まだ少し痺れが残っていた。

 

「……はあ」

 

まったく、今日は働きすぎた。

 

「……イヅルくん、早く戻ってきてくれませんかねえ」

 

そう呟いて、三番隊の隊舎へと歩き出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。