三席は生き残りたい   作:瓢箪から窯

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4.疑惑

「……十番隊の隊長と?」

 

望月輝夜は、手元の書類から顔を上げた。

 

「はい。市丸隊長が日番谷隊長と交戦されたそうです」

 

報告に来た隊士は、どこか落ち着かない様子だった。

 

「詳しい経緯は分かっておりません。ただ、両隊長が刀を抜いたことは確かなようで……」

「……なるほど」

 

輝夜は筆を置いた。

藍染惣右介の遺体が発見されてから、まださほど時間も経っていない。

雛森桃と吉良イヅルが拘束され、今度は隊長同士の衝突である。

 

「怪我人は?」

「日番谷隊長に大きな負傷はないとのことです。市丸隊長についても、負傷の報告はありません」

「それは何より」

 

輝夜は軽く頷いた。

 

「市丸隊長は、今どちらに?」

「所在は確認中です」

「そうですか。では、確認が取れたら教えてください」

「はっ!」

 

隊士が頭を下げ、部屋を出ていった。

扉が閉まると、輝夜は小さく息を吐いた。

 

「……まったく」

 

日番谷冬獅郎。

十番隊の隊長が、わざわざギンと刃を交えたという。

何を知り、何を疑ったのか。

そして、どこまで辿り着いているのか。

 

「……困りましたねえ」

 

輝夜は書類を一枚めくった。

今日も仕事は山ほどある。

そのうえ、厄介事ばかり増えていく。

 

⸻

 

「望月三席」

 

昼を少し過ぎた頃、別の隊士が執務室を訪ねてきた。

 

「おや、どうしました?」

「各隊への連絡書類ですが、ひとまずこちらで取りまとめました」

「ありがとうございます。そちらに置いてください」

 

隊士が書類を机に置く。

そのまま退出するかと思いきや、何か言いたげに立ち止まった。

 

「……どうかしましたか?」

「あの、吉良副隊長のことなんですが」

 

輝夜は顔を上げた。

 

「何か分かりました?」

「いえ、まだ拘束されていると聞いております。ただ、詳しいことは……」

「そうですか」

 

輝夜は少し考えた。

 

「では、イヅルくんの様子を確認していただけますか?」

「はい。容体についてでしょうか」

「ええ。それと、ちゃんと食事は取れているかも」

「……食事、ですか?」

「ええ」

 

輝夜は頷いた。

 

「拘束されているからといって、腹を空かせていては気の毒でしょう?」

「……確かに、そうですね」

「よろしくお願いします」

 

隊士は頭を下げて部屋を出ていった。

輝夜はその背中を見送る。

イヅルくんも災難なことだ。

昨日まで仕事に追われていたと思えば、今度は牢の中である。

もっとも、無事でさえあれば、それでいい。

 

「……はあ」

 

輝夜は向かいの机を見た。

普段なら、そこに吉良が座っている。

書類をめくり、時折こちらへ相談を持ち掛けてくる。

自分が仕事を後回しにしていれば、困った顔をすることもあった。

今は誰もいない。

机の上には、まとめかけの書類が残されている。

 

「……仕方ありませんねえ」

 

輝夜は立ち上がり、その束を自分の机へ運んだ。

 

⸻

 

午後になっても、隊舎の落ち着かない空気は変わらなかった。

廊下を歩けば、小声で話す隊士たちの姿がある。

市丸隊長は本当に藍染隊長を殺したのか。

なぜ日番谷隊長と戦ったのか。

吉良副隊長はどうなるのか。

誰も答えを知らない。

輝夜もまた、答えを求められる立場にいた。

 

「望月三席」

 

廊下の向こうから声を掛けられる。

若い隊士が二人、こちらへ駆け寄ってきた。

 

「お忙しいところ申し訳ありません」

「いえいえ。どうしました?」

 

二人は顔を見合わせた。

 

「その……市丸隊長のことなんですが」

「はい」

「藍染隊長の件、本当なんでしょうか」

 

輝夜は口を閉じた。

一人が続ける。

 

「雛森副隊長が市丸隊長を疑って、それで吉良副隊長も……」

「隊長は、何もおっしゃらないんですか?」

「……そうですねえ」

 

輝夜は少し考えた。

 

「皆さんは、どう思います?」

「え?」

「市丸隊長が、本当に藍染隊長を殺したと?」

 

隊士たちは黙り込んだ。

やがて、一人が小さく首を横に振る。

 

「……分かりません」

「そうでしょうねえ」

 

輝夜は頷いた。

 

「なら、今は決めつけないことです」

「……ですが」

「それに、旅禍もまだ捕まっていませんからねえ」

 

輝夜は少しだけ笑った。

 

「そちらの方も、忘れないでくださいよ」

 

二人は顔を見合わせた。

やがて、一人が小さく頷く。

 

「……承知しました」

「失礼します!」

 

足音が遠ざかる。

輝夜はその場に立ち止まったまま、しばらく廊下を眺めていた。

 

「…………」

 

答えを知らない者は、答えを求める。

当然のことだ。

自分だって、知りたいことはいくらでもある。

ただ、知ったところでどうにもならないこともある。

輝夜は歩き出した。

 

⸻

 

夕刻。

 

吉良の様子を確認しに行った隊士が戻ってきた。

 

「望月三席。吉良副隊長の件、ご報告いたします」

「ええ。お願いします」

「それが……既に牢を出られているようでして」

「……おや」

 

輝夜は顔を上げた。

 

「拘束が解かれたんですか?」

「いえ、正式な釈放ではないようです。詳しい経緯は確認できておりません」

「……なるほど」

 

どうやら、思っていたより厄介なことになっているらしい。

 

「それで、イヅルくんの行方は?」

「現在、確認中です」

「そうですか。では、所在が分かりましたら教えてください」

「承知しました」

「ありがとうございます。お手数をお掛けしましたね」

 

隊士が退出した。

部屋は再び静かになる。

輝夜は湯呑みに手を伸ばした。

すっかり冷めている。

 

「……やれやれ」

 

吉良副隊長は無事。

市丸隊長の所在は、まだはっきりしない。

藍染隊長は死亡したことになっている。

旅禍は瀞霊廷を歩き回り、各隊の隊長たちまで動き始めている。

何とも落ち着かない話だ。

輝夜は湯呑みを置いた。

机の端には、藍染惣右介の名が記された報告書がある。

しばらく、それを眺めていた。

 

「…………」

 

誰に何を伝えればいいのか。

そもそも、それを伝えたところで何が変わるのか。

輝夜は報告書を裏返した。

そして、別の書類へ手を伸ばす。

巡回経路の変更。

隊士の配置。

未提出の報告。

こちらは、やれば終わる仕事だ。

 

「……まずは、こっちからですかねえ」

 

筆を走らせる。

部屋の外では、隊士たちが慌ただしく行き交っていた。

向かいの席は、今日も空いたままだった。




吉良イヅルが釈放されたタイミングを間違えていたため修正
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