「……十番隊の隊長と?」
望月輝夜は、手元の書類から顔を上げた。
「はい。市丸隊長が日番谷隊長と交戦されたそうです」
報告に来た隊士は、どこか落ち着かない様子だった。
「詳しい経緯は分かっておりません。ただ、両隊長が刀を抜いたことは確かなようで……」
「……なるほど」
輝夜は筆を置いた。
藍染惣右介の遺体が発見されてから、まださほど時間も経っていない。
雛森桃と吉良イヅルが拘束され、今度は隊長同士の衝突である。
「怪我人は?」
「日番谷隊長に大きな負傷はないとのことです。市丸隊長についても、負傷の報告はありません」
「それは何より」
輝夜は軽く頷いた。
「市丸隊長は、今どちらに?」
「所在は確認中です」
「そうですか。では、確認が取れたら教えてください」
「はっ!」
隊士が頭を下げ、部屋を出ていった。
扉が閉まると、輝夜は小さく息を吐いた。
「……まったく」
日番谷冬獅郎。
十番隊の隊長が、わざわざギンと刃を交えたという。
何を知り、何を疑ったのか。
そして、どこまで辿り着いているのか。
「……困りましたねえ」
輝夜は書類を一枚めくった。
今日も仕事は山ほどある。
そのうえ、厄介事ばかり増えていく。
⸻
「望月三席」
昼を少し過ぎた頃、別の隊士が執務室を訪ねてきた。
「おや、どうしました?」
「各隊への連絡書類ですが、ひとまずこちらで取りまとめました」
「ありがとうございます。そちらに置いてください」
隊士が書類を机に置く。
そのまま退出するかと思いきや、何か言いたげに立ち止まった。
「……どうかしましたか?」
「あの、吉良副隊長のことなんですが」
輝夜は顔を上げた。
「何か分かりました?」
「いえ、まだ拘束されていると聞いております。ただ、詳しいことは……」
「そうですか」
輝夜は少し考えた。
「では、イヅルくんの様子を確認していただけますか?」
「はい。容体についてでしょうか」
「ええ。それと、ちゃんと食事は取れているかも」
「……食事、ですか?」
「ええ」
輝夜は頷いた。
「拘束されているからといって、腹を空かせていては気の毒でしょう?」
「……確かに、そうですね」
「よろしくお願いします」
隊士は頭を下げて部屋を出ていった。
輝夜はその背中を見送る。
イヅルくんも災難なことだ。
昨日まで仕事に追われていたと思えば、今度は牢の中である。
もっとも、無事でさえあれば、それでいい。
「……はあ」
輝夜は向かいの机を見た。
普段なら、そこに吉良が座っている。
書類をめくり、時折こちらへ相談を持ち掛けてくる。
自分が仕事を後回しにしていれば、困った顔をすることもあった。
今は誰もいない。
机の上には、まとめかけの書類が残されている。
「……仕方ありませんねえ」
輝夜は立ち上がり、その束を自分の机へ運んだ。
⸻
午後になっても、隊舎の落ち着かない空気は変わらなかった。
廊下を歩けば、小声で話す隊士たちの姿がある。
市丸隊長は本当に藍染隊長を殺したのか。
なぜ日番谷隊長と戦ったのか。
吉良副隊長はどうなるのか。
誰も答えを知らない。
輝夜もまた、答えを求められる立場にいた。
「望月三席」
廊下の向こうから声を掛けられる。
若い隊士が二人、こちらへ駆け寄ってきた。
「お忙しいところ申し訳ありません」
「いえいえ。どうしました?」
二人は顔を見合わせた。
「その……市丸隊長のことなんですが」
「はい」
「藍染隊長の件、本当なんでしょうか」
輝夜は口を閉じた。
一人が続ける。
「雛森副隊長が市丸隊長を疑って、それで吉良副隊長も……」
「隊長は、何もおっしゃらないんですか?」
「……そうですねえ」
輝夜は少し考えた。
「皆さんは、どう思います?」
「え?」
「市丸隊長が、本当に藍染隊長を殺したと?」
隊士たちは黙り込んだ。
やがて、一人が小さく首を横に振る。
「……分かりません」
「そうでしょうねえ」
輝夜は頷いた。
「なら、今は決めつけないことです」
「……ですが」
「それに、旅禍もまだ捕まっていませんからねえ」
輝夜は少しだけ笑った。
「そちらの方も、忘れないでくださいよ」
二人は顔を見合わせた。
やがて、一人が小さく頷く。
「……承知しました」
「失礼します!」
足音が遠ざかる。
輝夜はその場に立ち止まったまま、しばらく廊下を眺めていた。
「…………」
答えを知らない者は、答えを求める。
当然のことだ。
自分だって、知りたいことはいくらでもある。
ただ、知ったところでどうにもならないこともある。
輝夜は歩き出した。
⸻
夕刻。
吉良の様子を確認しに行った隊士が戻ってきた。
「望月三席。吉良副隊長の件、ご報告いたします」
「ええ。お願いします」
「それが……既に牢を出られているようでして」
「……おや」
輝夜は顔を上げた。
「拘束が解かれたんですか?」
「いえ、正式な釈放ではないようです。詳しい経緯は確認できておりません」
「……なるほど」
どうやら、思っていたより厄介なことになっているらしい。
「それで、イヅルくんの行方は?」
「現在、確認中です」
「そうですか。では、所在が分かりましたら教えてください」
「承知しました」
「ありがとうございます。お手数をお掛けしましたね」
隊士が退出した。
部屋は再び静かになる。
輝夜は湯呑みに手を伸ばした。
すっかり冷めている。
「……やれやれ」
吉良副隊長は無事。
市丸隊長の所在は、まだはっきりしない。
藍染隊長は死亡したことになっている。
旅禍は瀞霊廷を歩き回り、各隊の隊長たちまで動き始めている。
何とも落ち着かない話だ。
輝夜は湯呑みを置いた。
机の端には、藍染惣右介の名が記された報告書がある。
しばらく、それを眺めていた。
「…………」
誰に何を伝えればいいのか。
そもそも、それを伝えたところで何が変わるのか。
輝夜は報告書を裏返した。
そして、別の書類へ手を伸ばす。
巡回経路の変更。
隊士の配置。
未提出の報告。
こちらは、やれば終わる仕事だ。
「……まずは、こっちからですかねえ」
筆を走らせる。
部屋の外では、隊士たちが慌ただしく行き交っていた。
向かいの席は、今日も空いたままだった。
吉良イヅルが釈放されたタイミングを間違えていたため修正