三席は生き残りたい   作:瓢箪から窯

8 / 8
破面編
8.開示


「……つまり、始解した弓張月を見た者には、新月の印が刻まれるということかい?」

 

京楽春水の問いに、望月輝夜は頷いた。

 

「ええ。私の意思とは関係なく、一度でも目にすれば刻まれます」

「それで、その印がある相手の目と耳を借りられる、と」

「はい。一度に一人だけですがねえ」

 

京楽は顎に手を当てた。

 

「……随分と厄介な能力だねえ」

「そう言っていただけると、嬉しいですねえ」

「褒めてないんだけどね」

 

一番隊の隊舎。

居並ぶ隊長たちの視線を受けながら、輝夜は小さく肩をすくめた。

 

「これまで説明していた能力はどうなる」

 

口を開いたのは、砕蜂だった。

 

「相手の呼吸を奪うというものだ」

「ええ。そちらも間違いではありませんよ」

 

輝夜は頷いた。

 

「正確には、神経の働きに干渉する能力でしてねえ。呼吸を奪うのも、その一つです」

「……つまり、他にもできることがあると?」

「ええ。ただ、相応の制約もありますので」

「その詳細も後ほど提出してもらおう」

「承知しました」

 

砕蜂は腕を組んだ。

 

「それよりも問題なのは、貴様がその能力を今日まで秘匿していたことだ」

「……仰る通りです」

「何のために隠していた」

「知られたくなかったからです」

 

あまりにあっさりとした返答に、砕蜂の眉が動いた。

 

「……貴様」

「知られなければ、警戒されずに済みますからねえ」

「それが問題だと言っている!」

 

鋭い叱責が飛ぶ。

輝夜は素直に頭を下げた。

 

「……申し訳ありません」

 

謝罪はできる。

だが、今更なかったことにはできない。

何十年も使い続けてきた能力だった。

そして、その能力によって知ってしまったことがある。

 

「望月輝夜」

 

山本元柳斎重國の声が響いた。

 

「その能力を、これまで誰に用いた」

「……随分と長い間使ってきたものですから、全てをこの場で申し上げるのは難しいですねえ」

「ならば、覚えておる限りの使用歴を書面で提出せよ」

「承知いたしました」

「その中には、隊長格も含まれるのか」

 

わずかに間が空いた。

 

「……はい」

 

部屋の空気が重くなる。

 

「よくもまあ、ぬけぬけと……」

 

砕蜂が呟いた。

輝夜は苦笑した。

 

「……申し開きもございません」

「それで」

 

京楽が静かに口を開いた。

 

「今回、わざわざその秘密を明かした理由は何だい?」

 

輝夜は顔を上げた。

 

「……藍染惣右介について、お話しするためです」

 

⸻

 

「藍染が、何だと?」

 

山本の問いに、輝夜は静かに答えた。

 

「藍染の死が偽装であることを、私は知っておりました」

 

沈黙が落ちた。

 

「……何?」

 

日番谷冬獅郎が、低い声を漏らした。

 

「今、何と言った」

「五番隊隊長の遺体が発見された後、私は藍染本人の視覚と聴覚に接続しました。そこで、藍染が生きていることを確認しております」

「……お前」

 

日番谷が一歩踏み出した。

 

「それを知っていて、黙っていたのか」

「……はい」

「雛森がどれだけ……!」

 

日番谷の声が荒くなる。

輝夜は何も言わなかった。

雛森桃。

藍染の死を嘆き、市丸ギンを疑い、そして最後には藍染自身の手で斬られた少女。

もし、もっと早く知らせていたなら。

彼女はあんな目に遭わずに済んだのだろうか。

分からない。

だが、分からないからといって、自分が黙っていた事実が消えるわけではない。

 

「……申し訳ありません」

 

輝夜は深く頭を下げた。

 

「謝って済む話か!」

「日番谷隊長」

 

京楽が静かに声を掛けた。

日番谷は唇を噛み、足を止めた。

 

「……理由を聞かせてもらおうか」

 

京楽の問いに、輝夜は顔を上げた。

 

「何故、報告しなかったんだい?」

「……命が惜しかったからです」

 

飾り気のない答えだった。

 

「藍染が何かを企んでいることには、随分と前から気づいておりました。市丸隊長がそれに関わっていることも、ある程度は」

「……市丸ギンのこともか」

 

山本が問い返す。

 

「はい」

「それでも黙っておったと」

「……ええ」

 

輝夜は頷いた。

 

「私では、あの方々を止められませんから」

 

隊長と三席。

その実力差は、今更語るまでもない。

まして相手は、藍染惣右介だ。

鏡花水月の完全催眠。

あれほど厄介な能力を持つ男に、正面から挑む気など起きなかった。

 

「情報を得ても、それを証明できるとは限りません。下手に動けば、私自身が消されるかもしれなかった」

「だから、自分だけ助かろうとしたのか」

 

砕蜂の声は冷たかった。

 

「……そういうことになりますねえ」

 

否定はしなかった。

言い訳なら、いくらでも思いつく。

だが、それを並べたところで、結局は同じことだった。

 

「……ただ」

 

輝夜は続けた。

 

「今回の件で、少々考えを改めまして」

「ほう?」

「私一人が情報を持っていても、使い道は限られます。藍染を止めるだけの力がないのなら、せめて止められる方々にお伝えした方がよいのではないかと」

 

京楽が目を細めた。

 

「それで、今更になって秘密を明かしたわけかい」

「……ええ」

「都合のいい話だねえ」

「まったくです」

 

輝夜は苦笑した。

 

「我ながら、そう思いますよ」

 

⸻

 

それからも、質問は続いた。

印を刻む条件。

能力の有効範囲。

これまでの使用歴。

そして、藍染について知っていたこと。

全てをその場で説明することはできず、詳しい内容は改めて報告書にまとめることになった。

 

「……それで、藍染に対しても、その能力は使えるのかい?」

 

京楽の問いに、輝夜は頷いた。

 

「ええ。既に印は刻まれておりますので」

「鏡花水月の影響は?」

「……分かりません」

 

輝夜は首を横に振った。

 

「少なくとも、これまで藍染本人の視界には接続できております。ただ、それが鏡花水月を破る手段になるかどうかまでは……」

「保証できない、ということじゃな」

 

山本の言葉に、輝夜は頷いた。

 

「はい」

 

しばしの沈黙。

やがて、山本の杖が床を打った。

 

「望月輝夜」

「はい」

「おぬしの処分は、当面保留とする」

 

輝夜は顔を上げた。

 

「……おや」

「無罪を意味するものではない」

「……承知しております」

「過去の使用歴と、藍染について知り得た情報を全て報告せよ。内容を精査した上で、処遇を決める」

「はい」

「それまでは三番隊での隊務を継続する。ただし、独断での情報収集能力の使用を禁ずる。現世への派遣も、当面は認めぬ」

「……はあ」

 

思わず、気の抜けた声が漏れた。

砕蜂の視線が突き刺さる。

輝夜は慌てて頭を下げた。

 

「失礼いたしました。承知いたしました」

 

山本は続けた。

 

「一方で、その能力が藍染への対抗に役立つ可能性はある」

「……はい」

「おぬしが印を刻んだ者の中に、黒崎一護がおると申したな」

「ええ。旅禍として瀞霊廷へ侵入した折に」

「現世に戻った後も、接続は可能か」

「……試したことはございませんねえ」

 

輝夜は少し考えた。

 

「ですが、印は残っているはずです」

「ならば、追って確認を命ずる。観測は監督の下で行え」

「承知いたしました」

 

結局、自由に使っていた能力は許可制になり、自分は調査対象になった。

それでいて仕事は減らない。

 

「…………」

 

輝夜は静かに息を吐いた。

どうやら、随分と割に合わない選択をしてしまったらしい。

 

⸻

 

「……というわけで、当面は処分保留だそうです」

 

三番隊の執務室。

輝夜の報告を聞いた吉良イヅルは、困ったような顔をした。

 

「……先輩、本当に大丈夫なんですか?」

「さて。どうでしょうねえ」

「どうでしょうねえ、じゃありませんよ」

「まあ、少なくとも今すぐ牢に入れられることはなさそうです」

「……何を話してきたんですか、一体」

 

吉良は深く溜息をついた。

輝夜は笑った。

 

「少々、昔のことでしてねえ」

 

詳しい内容は、まだ話せなかった。

調査が終わるまでは、能力の取り扱いも含めて不用意なことは言わない方がいい。

もっとも、いずれ吉良にも説明する必要はあるだろう。

 

「……とにかく」

 

吉良は机の上の書類を揃えた。

 

「三番隊に戻ってこられたなら、仕事はしてくださいね」

「おや、随分と厳しい」

「先輩がいない間、どれだけ溜まったと思ってるんですか」

「……いやあ、困りましたねえ」

 

輝夜は椅子に腰掛けた。

隊長は去った。

自分は疑われている。

三番隊には、以前にも増して仕事が増えている。

それでも、向かいの席には吉良がいた。

 

「……まあ」

 

輝夜は筆を取った。

 

「生きて帰れただけ、よしとしましょうかねえ」

 

⸻

 

それから、しばらく経った。

黒崎一護が現世へ戻った後、輝夜には一つの任務が与えられた。

弓張月による、現世への接続確認。

藍染が現世で活動を始めた場合に備え、情報収集の手段として利用できるかを調べるためだった。

もっとも、監督付きである。

 

「……何だか、落ち着きませんねえ」

 

輝夜は用意された椅子に腰掛けた。

室内には、一番隊から派遣された隊士が同席している。

観測する相手。

接続する時刻。

継続した時間。

確認できた内容。

全て記録することになっていた。

 

「望月三席。準備が整いましたら、始めてください」

「ええ。では、少々失礼して」

 

輝夜は目を閉じた。

意識を集中する。

黒崎一護。

橙色の髪をした、あの少年。

最後に見たのは、双殛の丘だった。

藍染に斬られ、地面に倒れていた姿。

あれから無事に現世へ戻ったらしい。

 

「……さて」

 

左目に意識を向ける。

次の瞬間。

景色が変わった。

 

「……おや」

 

明るい室内。

並べられた机。

黒板。

どうやら、学校らしい。

聞き慣れない話し声が左耳に流れ込んできた。

輝夜は右目を開き、手元の記録用紙を確認した。

現世と尸魂界。

異なる世界にいるというのに、接続そのものには問題がないらしい。

 

「……成功ですねえ」

「視界は確認できましたか?」

「ええ。現在、学校と思われる場所にいます」

「音声は?」

「問題ありません」

 

隊士が記録を取る。

輝夜は再び左目に意識を集中した。

黒崎一護の視界には、教室の中が映っていた。

机。

椅子。

制服姿の少年少女。

実に平和な光景だった。

 

「……学校ですか」

 

そういえば、あの少年はまだ学生だった。

尸魂界で斬魄刀を振り回していた姿からは、少々想像しにくい。

輝夜は小さく笑った。

そのとき。

一護の視線が動いた。

教室の前方。

そこに、一人の少年が立っていた。

金色の髪。

細い目。

飄々とした笑顔。

 

「…………」

 

輝夜の表情が止まった。

見覚えがある。

いや。

忘れるはずがなかった。

百年以上前。

五番隊を率いていた男。

藍染惣右介が副隊長を務めていた頃、その上官だった人物。

姿は随分と変わっている。

髪型も、服装も。

だが、あの顔を見間違えるはずがない。

左耳に、声が流れ込んできた。

転校生の自己紹介らしい。

その名を聞いた瞬間、輝夜は確信した。

平子真子。

かつての五番隊隊長。

そして、百年以上前の事件で姿を消した男。

 

「…………」

 

筆を持った右手が止まる。

 

「望月三席?」

 

同席していた隊士が顔を上げた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

輝夜は答えなかった。

左目の向こうでは、平子真子が笑っていた。

まるで、何事もなかったかのように。

黒崎一護と同じ教室で。

 

「……平子、隊長?」

 

思わず、声が漏れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~(作者:冬冬✻)(原作:BLEACH)

「では、君はどんな世界を目指すのかな」▼「俺は――――のような世界を目指します」▼孤高の存在、藍染惣右介。▼もし、彼を理解しようとした死神がいたら?▼柊周介、彼の選択はやがて三界を巻き込むほどの大きな渦となる。▼その決断の先にあるものは、希望か絶望か……▼柊周介 ビジュアル▼【挿絵表示】▼


総合評価:15/評価:-.--/連載:9話/更新日時:2026年10月28日(水) 01:02 小説情報

宵の弓月(作者:“妄蛇”蛇)(原作:BLEACH)

BLEACHに霊王の欠片持ち、仮面の軍勢、夜一さんの弟、夕四郎の兄な盛り盛り四楓院転生オリ主を突っ込んでみた話。▼推敲作業、文章チェックで生成AIを使用。


総合評価:37/評価:-.--/連載:5話/更新日時:2026年10月25日(日) 21:05 小説情報

BLEACH ―斬界の御厨子―(作者:tunagi)(原作:BLEACH)

黒崎一護には、昔から付き合いのある一人の少年がいた。▼その名は――御門朔夜。▼普段は浦原商店で気ままに暮らし、店番を頼まれては嫌がり、四楓院夜一とは軽口を叩き合う。▼一見すれば、少し変わった普通の少年。▼しかし、その正体は――死神だった。▼朔夜を鍛え上げたのは、元十二番隊隊長・浦原喜助と、元二番隊隊長にして瞬神の異名を持つ四楓院夜一。▼二人による常識外れの修…


総合評価:575/評価:6.19/連載:79話/更新日時:2026年10月27日(火) 12:47 小説情報

『2度目の鴉は死神として生きる』(作者:時泥棒)(原作:BLEACH)

弟にすべてを託し、忍としての生涯を終えた、うちは イタチ。▼死を受け入れたはずの彼が次に目を覚ました場所は、木ノ葉でも、忍の世界でもなかった。▼そこは、死した魂たちが暮らす世界――尸魂界。▼病は消え、身体は幼くなりながらも、前世の記憶と写輪眼を残したまま、イタチは二度目の生を歩み始める。▼やがて死神という存在を知った彼は、かつての忍としての人生にはなかった力…


総合評価:663/評価:8.27/連載:7話/更新日時:2026年10月27日(火) 19:01 小説情報

絶対の先制(作者:幻影の塔)(原作:BLEACH)

護廷十三隊どこにでもいる平隊員、だがその実力は最強格あえて実力を隠し平穏に生きてる。これはしがない平隊員が、絶対の先制をもって敵を葬る物語である


総合評価:271/評価:5.33/連載:110話/更新日時:2026年10月04日(日) 03:40 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>