三席は生き残りたい   作:瓢箪から窯

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9.留保

「……平子、隊長?」

 

思わず漏れた言葉に、隣の隊士が顔を上げた。

 

「望月三席?」

「……ああ、失礼」

 

望月輝夜は、左目に映る景色を眺めたまま答えた。

黒崎一護の視界。

教室の前に立つ、一人の少年。

金色の髪に、細い目。

百年前と変わらぬ、飄々とした笑顔。

 

「……まさか、生きていらしたとは」

「どなたか、お知り合いでも?」

「ええ。随分と昔の知り合いでしてねえ」

 

輝夜は、そこで接続を切った。

両目に見慣れた室内が戻ってくる。

 

「……観測は終了でよろしいですか?」

「はい。接続そのものには問題ありませんでした」

「では、記録をお願いします」

 

隊士が用紙を差し出した。

輝夜は筆を取った。

現世への接続成功。

対象は黒崎一護。

学校と思われる施設内にて観測。

視覚、聴覚ともに異常なし。

そこまで書いて、手が止まった。

 

「……望月三席」

「はい?」

「先ほどの平子隊長というのは、何でしょうか」

 

やはり、聞かれていたらしい。

無理もない。

よりにもよって、一番隊の監督役の前で口にしてしまったのだから。

 

「……平子真子という方をご存じですか?」

「いえ」

「百年以上前、五番隊の隊長を務めていた方です」

 

隊士が目を見開いた。

 

「……元隊長、ですか?」

「ええ。今回、黒崎一護の近くにいる姿を確認しました」

「それは……」

「大事な情報でしょうねえ」

 

輝夜は頷いた。

 

「ですので、少々お願いがありまして」

「何でしょうか」

「この件について、先に京楽隊長へご相談したいのですが」

 

隊士は困惑した様子だった。

 

「……報告先は一番隊となっておりますが」

「ええ。承知しております」

 

輝夜は記録用紙に目を落とした。

 

「もちろん、今見たものを隠すつもりはありませんよ。ただ、百年前の事情もありますので、少しばかり確認したいことがありましてねえ」

 

隊士は考え込んだ。

 

「……私の判断では、報告を止めることはできません」

「でしょうねえ」

「観測内容は記録に残します。それでもよろしければ、京楽隊長への面会を申請していただくことは可能です」

「ええ。それで構いません」

 

輝夜は頷いた。

 

「お手数をお掛けしますねえ」

 

その後、観測記録の残りを記入して提出した。

既に知られた情報は、もう自分一人のものではない。

それが、今までとは違うところだった。

 

「……さて」

 

輝夜は小さく息を吐いた。

 

「また、面倒なことになりましたねえ」

 

⸻

 

「……望月くん」

 

京楽春水は、目の前に座る三席を眺めていた。

 

「はい」

「君はどうして、ボクのところに来るたび厄介な話ばかり持ってくるんだい?」

「いやあ、俺も好きで持ってきているわけじゃないんですがねえ」

「そうかい?」

「ええ。できることなら、平穏無事に暮らしたいもので」

 

京楽は呆れたように笑った。

 

「その割には、随分と物騒な能力を持ってるじゃないか」

「生まれつきなものでしてねえ」

「便利な言葉だねえ」

 

輝夜は苦笑した。

八番隊の隊長室。

以前、茶渡泰虎との一件で顔を合わせたときも、京楽はこの調子だった。

もっとも、今回は旅禍の話ではない。

 

「……それで?」

 

京楽が茶を置いた。

 

「今度は何を見つけたんだい?」

 

輝夜は姿勢を正した。

 

「平子真子という方を、ご存じでしょうか」

 

京楽の動きが止まった。

 

「…………」

 

ほんのわずかな沈黙。

それから、いつもの調子で口を開く。

 

「……懐かしい名前だねえ」

「ええ」

「もちろん、知ってるとも」

 

京楽は輝夜を見た。

 

「それがどうかしたのかい?」

「……現世にいらっしゃいました」

「…………」

「黒崎一護の通う学校で、学生をされているようでして」

 

京楽は何も言わなかった。

輝夜は続けた。

 

「今回の観測任務で、偶然お見かけしました。お名前も確認しております」

「……平子くんが、学校にねえ」

 

京楽は小さく息を吐いた。

 

「それはまた、随分と変わったことをしているもんだ」

「まったくです」

「……望月くん」

「はい」

「見間違いじゃないんだね?」

「ええ。あの顔は忘れませんよ」

 

百年以上前。

まだ平子真子が五番隊を率いていた頃。

輝夜は既に三番隊の三席だった。

平子と親しくしていたわけではない。

それでも、隊長格の顔を見間違えるほど、付き合いの浅い相手ではなかった。

 

「……なるほどねえ」

 

京楽はしばらく考えていた。

 

「それで、君はどうしたいんだい?」

「……できれば、お話を伺いたいですねえ」

「平子くんに?」

「ええ」

 

輝夜は頷いた。

 

「百年前のことについて、少々」

 

京楽の目が細くなった。

 

「……あの事件かい」

「はい」

 

それだけで、十分だった。

百年前。

複数の隊長、副隊長が姿を消した事件。

その中には、当時の三番隊隊長、鳳橋楼十郎もいた。

そして、八番隊副隊長の矢胴丸リサも。

 

「……君も、あの頃から三席だったね」

「ええ。長いばかりが取り柄なもので」

「鳳橋くんのことは?」

「……もちろん、覚えておりますよ」

 

輝夜は静かに答えた。

 

「お世話になった隊長ですから」

 

京楽は頷いた。

 

「……そうだったねえ」

 

しばらく、二人とも黙っていた。

 

⸻

 

「……ところで、望月くん」

 

先に口を開いたのは京楽だった。

 

「君が平子くんに会いたい理由は、昔話をするためだけじゃないんだろう?」

「……お見通しですか」

「君の立場で、わざわざボクを訪ねてきたんだ。何かあると思うじゃないか」

 

輝夜は笑った。

 

「……藍染のことです」

 

京楽の表情が変わった。

 

「ほう」

「百年前の事件について、私は以前から疑問を抱いておりました」

 

藍染惣右介。

あの男が、何かを企んでいる。

そう気づいたのは、随分と昔のことだった。

だが、その全容は今でも分からない。

誰が、何をされて、どうして姿を消したのか。

輝夜が知っているのは、断片的な出来事にすぎない。

 

「……もし、あの事件に藍染が関わっていたのなら」

 

輝夜は言った。

 

「平子隊長も、藍染に思うところがあるのではないでしょうか」

 

京楽は黙って聞いている。

 

「もちろん、今のあの方が何を考えているかは分かりません。護廷十三隊に協力する意思があるかどうかも」

「……それで?」

「ですが、敵と決まったわけでもありませんでしょう?」

 

輝夜は小さく笑った。

 

「藍染を討つために、手を組める余地はあると思うんですよねえ」

 

京楽は腕を組んだ。

 

「……なるほど」

「敵の敵は味方、などと申し上げるつもりはありません。ただ、確認もせずに敵にしてしまうのは、少々もったいないかと」

「……君、なかなか嫌なところを突いてくるねえ」

 

京楽は苦笑した。

 

「使えるかもしれない札なら、捨てる前に確かめておきたい。そういうことかい?」

「ええ。そういうことです」

「だけどねえ、望月くん」

 

京楽は湯呑みを置いた。

 

「その札が、藍染の仕込んだ罠だったらどうする?」

「……十分にあり得る話ですねえ」

「他人事みたいに言うね」

「いえいえ。ですから、確かめたいんですよ」

 

輝夜は答えた。

 

「そのために、京楽隊長のお知恵をお借りできればと」

 

京楽は目を細めた。

 

「……なるほどねえ」

 

しばらくして、笑った。

 

「要するに、ボクにも面倒事を背負えってことだね?」

「……まあ、そうなりますかねえ」

「まったく」

 

京楽は大きく息を吐いた。

 

「困った三席だこと」

 

⸻

 

「……一つ、確認しておきたいんだけどね」

 

京楽は笑みを消した。

 

「君、この件を総隊長に報告するつもりはあるのかい?」

 

輝夜は少し考えた。

 

「……いずれは」

「いずれ、か」

「ええ。ですが、今すぐとなると少々困りまして」

「何故だい?」

「……平子隊長が、どういう立場にあるのか分からないからです」

 

京楽は黙っている。

 

「百年前の事件で、あの方々は護廷十三隊から姿を消しました。今更見つかったからといって、穏便に話が進むとも限りません」

「……まあ、そうだねえ」

「まして、藍染との関係も分からないままです」

 

輝夜は一度言葉を切った。

 

「確認する前に追手を差し向けてしまえば、協力できる相手まで失うかもしれません」

 

京楽は頷いた。

 

「それで、ボクに報告を控えろと?」

「……できれば、少しばかりお時間をいただけませんかねえ」

「……望月くん」

「はい」

「君、自分が処分保留中だってこと、忘れてない?」

「……よく覚えておりますとも」

「その割には、随分と大胆なお願いをするじゃないか」

「いやあ、我ながら驚いております」

 

京楽は額に手を当てた。

 

「……まったく」

 

輝夜は笑った。

だが、京楽の表情は変わらない。

 

「一つ、勘違いしないでほしいんだけどね」

「はい」

「ボクは、護廷十三隊の隊長だ。君が持ってきた情報を、勝手に握り潰すわけにはいかない」

「……ええ。存じております」

「それに、一番隊にはもう観測記録が残っているんだろう?」

「はい」

「なら、完全に隠すことなんてできないよ」

「……そうですねえ」

 

それは、輝夜自身も承知していた。

一度提出した記録は、消せない。

監督役の隊士に嘘をつかせるつもりもなかった。

 

「……ただ」

 

京楽は続けた。

 

「その情報をどう扱うかは、まだ決められる」

 

輝夜は顔を上げた。

 

「……と、仰いますと?」

「平子くんが現世にいた。それは一つの情報だ。でも、彼が護廷十三隊の敵かどうかは別の話だろう?」

「……ええ」

「だったら、まずはそこを確かめる。報告するにしても、少しは材料があった方がいい」

 

京楽は湯呑みを持ち上げた。

 

「一番隊には、今回の件について確認が必要だと、ボクから話を通しておこう。ただし、総隊長への報告を止められるとは約束できないよ」

 

輝夜は、小さく頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

「礼を言うには早いって」

 

京楽は笑った。

 

「君には、もう少し働いてもらわないとねえ」

「……おや」

「平子くんの動向について、引き続き情報を集める。ただし、観測は正式な許可の下で。勝手な接触も禁止」

「……現世への派遣は?」

「君、本当に分かってて聞いてる?」

「……駄目ですかねえ」

「駄目だねえ」

 

即答だった。

輝夜は肩を落とした。

 

「……残念です」

「君を現世に出す理由なんて、今のところないだろう?」

「……ごもっともで」

 

京楽は楽しそうに笑った。

 

「それに、平子くんだって、突然君が会いに来たら驚くと思うよ」

「……でしょうねえ」

 

元五番隊隊長。

百年前の事件で姿を消した男。

その前に現れるのが、市丸ギンの部下だった三席。

それも、藍染の動向を長年探っていたという。

 

「……どう考えても怪しいですねえ」

「そうだろう?」

 

二人は顔を見合わせた。

輝夜は苦笑した。

どうやら、平子に会うまでには随分と時間が掛かりそうだった。

 

⸻

 

「……望月くん」

 

帰り際、京楽が声を掛けた。

 

「はい?」

「平子くんが生きていたということはね」

 

そこで、一度言葉が途切れた。

 

「……他の皆も、生きているかもしれない」

 

輝夜は振り返った。

京楽は窓の外を眺めていた。

 

「鳳橋くんも。……リサちゃんもね」

「…………」

 

輝夜は、すぐには答えなかった。

百年前。

突然いなくなった隊長。

その理由も分からぬまま、三番隊には別の隊長がやってきた。

やがて市丸ギンが隊を率いるようになり、随分と長い時間が過ぎた。

それでも、忘れたわけではない。

 

「……そうですねえ」

 

輝夜は頷いた。

 

「皆さん、お元気だといいんですが」

「……そうだね」

 

京楽は笑った。

いつもの、少し気の抜けた笑顔だった。

 

「まあ、まずは平子くんからだ」

「ええ」

「それと、望月くん」

「はい?」

「次に何か見つけたら、ちゃんと持ってきてくれるかい?」

 

輝夜は一瞬、目を瞬かせた。

それから、笑った。

 

「……ええ。もちろんですとも」

「ただし、できればもう少し平和な話にしてほしいねえ」

「善処いたします」

「……期待しないでおくよ」

 

京楽は苦笑した。

輝夜は深く頭を下げ、隊長室を後にした。

 

⸻

 

八番隊を出ると、空はすっかり夕暮れだった。

 

「……いやあ」

 

輝夜は大きく伸びをした。

 

「疲れましたねえ」

 

今までなら、こんな話を誰かに持ちかけることなどなかった。

知った情報は、自分だけのもの。

危険を避けるために使い、誰にも知られないようにする。

それで十分だった。

だが、今回は違う。

情報を一人で抱える代わりに、京楽春水という協力者を得た。

もっとも、信用されたわけではない。

京楽が守ろうとしているのは、輝夜個人ではなく、護廷十三隊にとっての選択肢だ。

平子真子が敵ならば、切り捨てる。

味方になるならば、利用する。

その判断を下すために、少しだけ時間を作った。

 

「……なるほど」

 

輝夜は小さく笑った。

 

「こういうやり方も、あるんですねえ」

 

藍染惣右介。

あの男を止めるには、自分一人では到底足りない。

だからこそ、使えるものは使わなければならない。

たとえ、それが百年前に姿を消した元隊長であっても。

あるいは、護廷十三隊から追われた者であっても。

まずは、敵か味方かを確かめること。

そして、できることなら。

 

「……手札は、多い方がいいですからねえ」

 

輝夜は、三番隊の隊舎へ向かって歩き始めた。

明日もまた、仕事は山ほど残っている。

それでも今日は、少しだけ。

昨日よりも、できることが増えた気がした。

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