『世界征服部。魔王と勇者で世界を征服することを目標に活動しています。興味のある方は部室までお越しください。尚、種族は問いません。どなたでも大歓迎です。 部長 高等学部二年 第十六代魔王 エレーナ・フェリア』
第一多目的室。この一風変わった募集用紙を掲げる世界征服部が、魔王のコネと駄々で手に入れた根城だ。
もとは荷物置きだった部屋で、ただでさえ狭いところに段ボールや新品の掃除用具、使わなくなった教材がひしめいている。その隙間にパイプ椅子を二つと小さな机を押し込んだせいで、部室はさらに狭くなっていた。
その小さな机を挟んで、黒髪で男女どちらにも見られがちな顔の俺――勇者テウス・アンドレイは、向かいに座る魔王と部活の現状について話し合っていた。
銀色の髪に、黒い角。世界征服部部長、エレーナ・フェリアである。
「テウスよ。
エレーナは狭い部室をぐるりと見回してから、続ける。
「一か月前の計画では、今頃は部員が最低でも十人。部費もたんまり貰って、世界征服の軍資金が手に入っておるはずだったのじゃ」
思い通りに進まないのが不服らしく、エレーナは口を尖らせる。
「なぜじゃ。なぜここまで人が集まらんのじゃ。これでは部活を作った意味がないではないか」
「だから言ったろ。世界征服部なんて物騒な名前の部活、誰も入らないから名前だけでも変えろって。ただでさえ魔王が部長で、勇者が副部長の色物部活なのに」
人間と魔族が争っていた幾千年前なら、世界征服を目論む魔王のもとに集う者もいただろう。だが戦争が終わり、憎しみや悲しみを抱える者も少なくなった今、争いの種になりそうな部活に入りたがる物好きはいない。
そもそも、遊び半分で『世界征服部』と名乗ること自体が不謹慎なのだ。
それでもこの名前が通っているのは、魔王の権力と、勇者である俺が所属しているからに他ならない。
エレーナが日頃から無茶苦茶をやっているのは校内では有名な話で、入学以来、魔王のお守りは勇者の役目とばかりに、教師たちから彼女のことを任されてきた。その流れで、気づけば俺は世界征服部の副部長になっていた。
正直、不服でならない。
争いがなくなった今、勇者などお飾りのような存在だ。それでも、かつて先祖が得た栄光を汚すような真似はしたくない。魔王と一緒に世界征服を企むなど、もってのほかだ。小言の一つや二つ、言いたくもなる。
「配下がたくさんいる魔王様が、なんでそんなに人望がないんでしょうね。この学校にもエレーナの配下が何人かいるだろ。そいつらを誘えばいい」
「我もそう思って、とっくに四天王の二人と他の部下は勧誘したのじゃ。我じきじきに誘ってやったのに、あ奴ら『ごめーん、ちょっと忙しいから無理かなー』と、皆そろって雑に断ってきおった。我、魔王じゃぞ。魔を統べる王で魔王なのに、なぜ部下からこんな扱いを受けねばならんのじゃ!」
なんて人望のない魔王だ――と口から出かかった言葉を、どうにか飲み込む。
当の本人は一通り文句を言い終えて喉が渇いたのか、購買で買ってきたパックのジュースをストローでちゅうちゅうと吸っていた。
両手でパックを抱えるその姿は、どう見ても高校生には見えない。
「先に言っておくけど、俺は部員集めの力にはなれないからな」
俺がそう告げると、エレーナはあっけらかんと言い放った。
「安心するのじゃ。最初から頼るつもりなどないわ。お主に友人と呼べる者がほとんどおらんことくらい、我は知っておる。一年以上の付き合いじゃからな。いくら我とて、友の少ないお主に部員集めなどという酷な真似はさせん」
我は分かっておるぞ、と言わんばかりの理解者面。
いきなりのディスに、俺の心がえぐられる。
「…………いや。勇者として、表立っての協力はできないって言おうとしたんだけどな」
言ってから、少しだけ間が空いた。
「……いや、まぁ、俺、友達ほとんどいないもんな。ごめんな、役立たずで」
「えっ、あっ」
思っていたのとまるで違う理由に、エレーナの顔が驚きから気まずさへと変わっていく。
俺も俺で、余計なことを言わずに話に乗っておけばよかったと後悔した。
「…………」
「…………」
微妙な空気が流れる。
おとぎ話に出てくる時間停止魔法を疑似体験しているかのように、俺もエレーナも動けなかった。
そんな空気を壊すように、いつもならまず開くことのない部室のドアが、勢いよく開いた。
「うーっす、やっとるかね……って、なにやってんだお前ら。見つめ合ったりして」
二人そろってドアのほうを向くと、赤いだぼだぼのジャージを着た、だらしない格好の教師が立っていた。
アリア・エリース。髪はボサボサで、気だるそうな雰囲気をまとった巨乳の女性だ。間違いなく美人ではあるのに、色気というものを一切感じさせない。
これで種族がサキュバスだというのだから、人は見た目で判断できないとつくづく思い知らされる。
「あ、いや、なんでもないっす。それで、アリア先生はなんの用ですか? いつもは部屋が狭くて落ち着かないって、部室に来ないじゃないですか」
「そ、そうじゃの。顧問にしてやったというのに一度も顔を出さんお主が、急にどうしたのじゃ。やっと世界征服する気になったのか?」
アリア先生のおかげで、さっきまでの空気はどうにか霧散した。
だが、そのアリア先生の様子が、どこかよそよそしい。いつものふてぶてしさを知っているだけに、妙に引っかかった。
先生は少し考えるそぶりを見せてから、意を決したように口を開く。
「いやー、それがな。このままだと、この部、廃部になりそうなんだわ」
「「ええええええええええええ!」」
一瞬の硬直のあと、狭い部室に俺たちの声が響いた。
世界征服部、活動期間一か月にして廃部の危機である。