「…………お、おい。来て早々、何を冗談をかましておるのじゃ」
「冗談じゃないぞ。本来なら部員は最低三人必要なところを、エレーナが無理を言って二人で認めさせた。ほとんど使ってなかったとはいえ、部屋も一つ渡してやった。なのに活動らしい活動もせず、部室でだべってるだけの一か月。魔王の我儘で渋々認めた教師陣からすれば、廃部にできる免罪符を手に入れたってわけだ」
「うっ」
アリア先生の正論パンチを受け、魔王の顔が歪む。
この一か月、世界征服部が活動らしいことを一切していないのは、変えようのない事実だった。
巻き込まれた俺はそもそも乗り気ではないので、積極的に動くはずもない。
肝心の魔王はといえば、部室に来てはゲームをしたり、お菓子を食べたり、課題をしたりと、部活と関係のないことばかりしていた。
一応、エレーナが『世界征服活動計画書(仮)』と名付けたノートに、世界征服の方法を書き込んではいる。だが中身はほぼ妄想なので、部活動に数えていいかは怪しいところだ。
「じゃ、じゃが、お主らが魔王である我に逆らえると思うとるのか」
ここで魔王は切り札――『我、魔王ぞ』を発動した。
魔王という肩書きを笠に着て、相手に言うことを聞かせるという最低な技だ。だがその効果は凄まじく、大抵の魔族は従い、人間もその圧に屈してしまう。
下手な魔法よりよほど強力なのだが――
「逆らえるよ。この学校だと、教師の方が立場は上だし」
この学校では、あまり役に立たない。
創立当初こそ、教師による貴族と平民の贔屓や差別が横行していたらしい。だが時代が進み、生徒を平等に扱うため、校内ではいかなる権力も行使してはならないと定められた。
そのため、必然的に教師が一番上の立場になる。
だからこそ、俺はこの部活が認められたこと自体が不思議でならなかった。
「それなら、最初から認めなければよかったじゃないですか。エレーナにノーって突きつけてくれれば、俺も面倒ごとに巻き込まれずに済んだのに」
「まぁ、なんだ。毎年一定数、保身に走る奴がいるんだよ。特に新任の教師がビビって権力に屈する。この魔王様はそれを利用して部活を作ったってわけ。一回オーケーを出しておいて、やっぱりダメってのは信用に関わるからな。取り消そうにも取り消せなかったのよ」
「別に利用などしておらん。ちょーっとお願いしたら、認めてくれただけなのじゃ」
なぜか誇らしげなエレーナを、アリア先生がジト目で見る。
俺も同じ気持ちだった。
「お前、それ確信犯だろ。……まぁ、これでエレーナがこんな訳の分からない部活を作れた謎は解けたけど」
ついでに、前から気になっていたことも聞いてみる。
「あと、アリア先生。なんでこの部活の顧問を引き受けてくれたんですか? 俺の知ってるアリア先生なら、絶対『面倒くさい』って断ると思うんですけど」
「そ、それは…………ちょっとな」
興味本位で聞いただけなのに、先生は珍しく言い淀んだ。
その様子を見たエレーナが、得意げに理由を話し始める。
「アリアが二十一連勤で目の下にくっきり隈を作っておるときに、こっそり書類を持っていって、名前とハンコを貰ったのじゃ。船を漕ぎながら仕事をしておったから、あっさり顧問になってくれたぞ」
思わずアリア先生の方を見ると、スッと顔を逸らされた。
反射的に見てしまったが、湧いてきたのは責める気持ちではなく、憐れみだった。
二十一連勤という社会の闇を聞いてしまった今、先生を責めるのはお門違いだろう。
「これは不慮の事故みたいなもんですよ、アリア先生。二十一連勤は仕方ない。仕方なかったんです。アリア先生は何も悪くありません。この学校とエレーナが全部悪いんです」
当時を思い出して肩を落とす先生を、俺は慰める。
その横でエレーナがニヤニヤしているが、こうなったのは全部お前のせいだからな。
「悪いな、テウス。少し取り乱した。あの二十一連勤地獄は、今でも夢に出てくるんだ」
よほどの地獄を見たのだろう。
これ以上掘り下げると先生のトラウマを刺激しそうなので、俺は本題に話を戻すことにした。
「それで、この部活は結局廃部ってことでいいですか? 俺としては嬉しいですけど、エレーナが黙ってるとは思えないっすよ」
「そうじゃぞ! 我がタダで黙っていると思うなよ。部活を認めるまで、むごくて地味な嫌がらせをしてやるのじゃ。例えば、昼休みに職員室へ忍び込んで、弁当のメインのおかずをこっそり盗んでやる」
なんて陰湿なやつだ。
まあ、魔王は大物に見えて意外と小物だったりするので、やりそうなことではある。
ちなみに俺も、エレーナの機嫌を損ねてミニハンバーグを取られたことがある。
「まぁ待て。私ら教師陣も、いきなり廃部にするほど鬼じゃない。これは最終通告みたいなもんだ」
アリア先生は指を二本立てる。
「世界征服部の問題は二つ。部員が三人以上いないこと。活動内容がはっきりしないこと。この二つをクリアできれば、存続を認める。期限は二週間だ」
話を聞く限り、教師陣はこの部活をあまり良く思っていないようだった。だから即廃部だと思っていたのだが、存続の道は残されているらしい。
エレーナも即廃部を覚悟していたのか、目を輝かせていた。
「アリアよ。その言葉に二言はないな。我らはこれより部員集めを行う。二週間後にアッと言わせてやるから、覚えておれ! 行くぞテウス、部員探しの旅に出るのじゃ」
エレーナが俺の腕を掴んで引っぱる。だが、広い校内をあてもなくさまようのはごめんだ。
それに時計を見れば、針はもうすぐ十八時を指そうとしている。
「水を差すようで悪いけど、そろそろ――」
『本日の活動は終了時刻となりました。鍵の閉め忘れ、忘れ物に気を付けて、速やかに下校してください』
「――ってわけで、明日から頑張ろう」
やる気満々だったエレーナの顔から、一気に覇気が抜けていった。