気がつけば、俺は車に乗っていた。
外見はごく普通の車だ、街中にいくらでも走っているような車。だが、中は別世界だった。後部座席には小型モニターが並び、計器類が埋め込まれたパネルが助手席から背後にかけて伸びている。運転席の女性が手元のキーボードを叩くたび、モニターに何やら地図やデータが表示される。
「…ここ、どこですか」
俺は素直に聞いた。声が少し掠れていたのは、まだ喉が乾いているせいだろう。
「ZECTの指令車だ。今は移動中だから、楽にしてくれ」
助手席から振り返ったのは、さっきの男──田所修一だった。年齢は三十代半ばくらいか、強面だが、声は意外と穏やかだ。
「ZECT……?」
聞き覚えのない名前に首を傾げる俺を、田所は少し目を細めて見た。
「まさか、リュシオル・ゼクターの資格者が子供だとはな」
「リュシオル、なんだって?」
「そうだな、君は知らない事ばかりだな。まずは自己紹介からだな。俺は田所修一だ。ZECT田所チームのリーダーを務めている」
「田所さん……か。俺は一星レイ。さっきも言ったけど、なんでも一番を目指す男だ」
俺は出来るだけ堂々と言った。さっきエイリアンに追い回されて泣きそうになっていた男と同じだとは思えないくらい。田所は微かに口の端を上げた。
「一番を目指す、か。いい心がけだ」
その言葉が褒めているのか呆れているのか、判別がつかない。俺が微妙な顔をしていると、運転席の女性がこちらを一瞥した。
「あたしは岬祐月。田所チームのオペレーターをやってる」
冷静な声だった。短い。必要最小限の言葉だけを置くような話し方に、なんだか気後れしてしまう。
「岬……さん」
「岬でいい。堅苦しいのは苦手だ」
そう言いながらも、表情はほとんど変わらない。俺、この人苦手かもしれない。
「あ、俺は加賀美新です!」
残りの一人が乗り出してきた。田所の後ろに座っていた若い男だ。年は俺とそう変わらないように見える。だが、その目には何か──迷いのような、それでいて真っ直ぐな光があった。
「加賀美くん、か」
「加賀美でいいよ、レイくん。あ、レイくんって呼んでいい?」
「ああ、もちろん」
「あーあ、元気だな若者は」
田所が小さく呟いた。その言葉に、岬が薄く溜息をつく。
「それで、ZECTっていうのは何ですか?」
俺は一番聞きたかったことを口にした。さっきから気になって仕方がない。あのエイリアン、あのベルト、あの蛍型ロボット──全部が繋がっているはずだ。
田所は少し間を置いた。モニターの光が彼の顔を青白く照らしている。
「ZECTはな、ワームに対抗するための秘密組織だ」
「ワーム……?」
「あの化け物だ。さっきお前がスケボー場で遭遇した奴らだろう。正体は地球外生命体。人間に擬態して社会に潛り込み、人間を襲う。一般には知られていないが、被害は少なくない」
田所の声は淡々としていた。だが、その淡々さが逆に──この男がどれほどの場数を経験してきたかを物語っているように思えた。
「人間に擬態……? じゃあ、街の中にいるってことですか?」
「そうだ。お前の隣にいる人間が、明日にはワームに成り代わっているかもしれない。それが奴らのやり方だ」
背筋に冷たいものが走った。さっきまでスケボーをしていた公園、通学路、コンビニ──全部が急に怖い場所に思えた。
「ZECTはワーム関連の事件を調査し、隠蔽する。そして現場へ部隊を派遣して、ワームを殲滅する。それが俺たちの仕事だ」
「殲滅……」
「ああ。だが、ワームは強い。並みの人間では太刀打ちできない。だからZECTは強化スーツを着たゼクトルーパー部隊と──」
田所はそこで一度言葉を切った。俺の腰元に巻かれたベルト──今はもう外して手元にあるそれに、目を落とした。
「──マスクドライダーシステムを開発した。それがお前が今持っているやつだ」
「このベルトと、あの蛍……?」
「リュシオル・ゼクター。あれはZECTが開発した戦闘システムの一部だ。ゼクターとベルト、ブレスレットを組み合わせて起動する。使い方はライダーごとに異なるが──お前の場合は、あの蛍型ゼクターがドライバーに装填されることで変身が完了する」
「変身……」
さっきのあの感覚が蘇る。全身を覆う装甲、キャノン、そして──あの力。
「あの力は、俺のじゃないってことですか?」
「システムが提供する戦闘能力だ。だが、使うのはお前の意志だ。ゼクターがお前を資格者として選んだ。そこに理由があるはずだが──それはまだ分からん」
田所はそう言って、前を向いた。モニターに新たなデータが表示される。
「今のところ、お前には三つ知っておいてもらうことがある」
田所は指を三本立てた。
「一つ。ZECTはワームを倒す組織だ。二つ。お前はリュシオルゼクターの資格者として、マスクドライダーに変身できる。三つ──」
そこで田所は少し声を低くした。
「──君以外のライダーに関してだ」
「俺以外のライダー?」
それに関して、田所さんは少し困っていた。
「まぁ、こいつだよ」
それと共に加賀美さんが見せたのは、パソコンの画面。
画面に映っていたのは──派手だった。
夜の街を背景に、鮮やかな赤の装甲をまとった仮面の男が、跳躍する。まるで重力なんて忘れたかのように、空中で優雅に体勢を変え、落下の軌道を調整する。
「…これが?」
俺が思わず身を乗り出すと、隣で加賀美くんが「ああ」と頷いた。
「天道総司。ZECTのマスクドライダーシステムの一つ、カブトゼクターを使う奴だ」
画面の中の赤いライダーが、着地と同時に手首のゼクターを操作する。金属音とともに装甲が排気され、軽装のライダーフォームへと移行する。
「…うわ、格好いいな」
「格好いいけど、問題は中身だよ」
加賀美くんはそう言って眉間に皺を寄せた。その声には、はっきりとした苛立ちが滲んでいた。
「俺と出会って最初に言われたのが『俺が世界を救う』だ。いきなりそれだぞ? しかも、俺がビストロサルでアルバイトしてるのを見つけて、店に入ってきて、自分の好みの料理を勝手に作り始めたんだ」
「…料理を?」
「そう。俺のバイト先で、俺の目の前で。しかもそれがめちゃくちゃ美味かったりするから腹が立つんだよ」
言いながらも、加賀美くんの視線は画面に釘付けだった。赤いライダーがワームへ向かって突進し、踵落としを叩き込む。空中で体勢を反転させ、助走をつけて跳躍──
「──ライダーキック」
岬さんが短く呟いた。
画面の中の天道は、空中で一度静止するような滞空時間を見せたあと、真っ直ぐにワームへと踵を落とす。着弾と同時に爆発が起こり、ワームの装甲が粉々に砕け散った。
「…あれが天道のキックか」
俺が呟くと、加賀美くんは「ああ」と短く答えた。口元には、悔しそうな、それでいて認めざるを得ないような表情が浮かんでいる。
「強い。俺だって、あいつの腕前を否定できない。戦闘センスも、判断力も、人を守る時の姿勢も──全部、本物だ」
だが、そこで加賀美くんはため息をついた。
「でも、付き合いづらい。本当に。何をするにも自分のやり方で、人の意見なんか聞かない。ZECTに入るよう説得したこともあるけど、『俺は俺のやり方でやる』って一蹴された」
「断られたのか」
「ああ。ZECTの指示に従う気なんて最初からないらしい。勝手に動いて、勝手にワームを倒して、その度に俺たちが後始末するはめになる」
田所さんは黙って加賀美くんの話を聞いていた。何かを諦めたような、あるいは期待しているような──読み取りきれない表情だ。
「それで、レイくん。お前が知りたいのは、天道の何だ?」
田所さんが問いかけてきた。俺は画面を見たまま、口を開いた。
「天道さんに会いたいです」
言った瞬間、車内の空気が一瞬止まった気がした。
「…は?」
加賀美くんが目を丸くした。
「天道に? 会いたいって、本気で言ってる?」
「本気だ。俺、あの人に直接会って話してみたい」
「あいつは一筋縄じゃいかないぞ。会ったからって、何か分かるわけじゃ──」
「分かるか分からないかは、会ってみないと分からないだろ」
俺は真っ直ぐに加賀美くんを見た。加賀美くんは一瞬、言葉に詰まった。苛立ちとも、困惑ともつかない表情が揺れる。
「…困るな、そう言われると」
加賀美くんはそう言って、頭を掻いた。否定はしない。だが、軽々しく約束するような男でもない。それが、加賀美くんという人の誠実さなんだろう。
「あいつに会うのは簡単じゃない。でも──俺も、あいつにはちゃんと話しておきたいことがあるし」
「じゃあ──」
「待て。まずは俺たちの説明を最後まで聞け」
田所さんが遮った。俺は「すみません」と小さく謝る。
「天道については、後で考える。まずはZECTと、今の状況を正しく理解しろ。それができない奴に、天道を会わせるわけにはいかない」
「…分かりました」
「それで、次は──」
田所さんは岬さんの方を見た。
「岬、続きを頼む」
岬さんは小さく頷き、モニターの一部を操作した。新たなデータが画面に表示される。
「レイくん、君にはまだ知っておいてもらうことがある。まずはZECTの指揮系統と──君のリュシオルゼクターについてだ」
岬さんの声は相変わらず冷静だった。だが、その目は俺を真っ直ぐに見据えていた。
「聞く準備はいい?」
俺は大きく頷いた。
「ああ、全部教えてくれ」