「……」
「トラ……大丈夫?苦虫噛み潰したような顔してるけど」
「これが大丈夫に見えるなら眼科に行ったほうがいいな……似合ってると一瞬でも思ってしまったら何か取り返しのつかない物を失う気がする」
「そこまで……?いやその、結構本気のコーディネートだから似合ってる似合ってないのどっちかだと似合ってると思うの、可愛いというか綺麗系だし」
「褒められても嬉しくない、お前の家の人達が謎に本気出したから雑クオリティじゃないのは認めるが……最後の一線だけは越えたくない」
逃げようのないとんでも要求から大体2週間ほど。あれよあれというまに俺は琴音の家に連行され女性らしい所作、ボイトレ、果てにはメイクの練習まで……ちょっと正気が消し飛びそうなトレーニングの数々を経て今日はいよいよ社交界当日である。
何故俺なのか、何故女装しなければならないのか……というのも今回の社交界、琴音曰く「すげぇ面倒くさいの」が来るので雑に絡まれないよう1人で居る時間を減らしたいのが1つ。
あと男性を連れてると余計絡まれそうなのが1つ、ついでに言えば例の3Dフィールドのお披露目もあるそうなのでバトル誘われた時代わりに戦えるクソ強い奴が欲しいので1つ……
……ねえ俺じゃなきゃ行けない理由最後だけだよな?それだけの理由で俺女装しなくちゃいけないの?それもこんな本格的な奴。
せめて執事服とかじゃダメですかって抵抗したけど喉隠せないから無理という理不尽な理由でメイド服に、それもスカート長いクラシカルなの。カチューシャだけは最後の抵抗で外してもらったが……今のままでも似合ってると認めてしまったら何か大事な物を失いそうな気がする、本当に。
「トラ案外長髪も似合うね」
「認めたくないって言ってるだろ!ああもうメイクの人が謎にいい顔してたの今思い返してもちょっと殴りたい……!」
ついでに言えば今の髪型はウィッグ使った長髪だ。そのままでも男性に見えないとか言われてるのにこれは誰かの性癖だろ絶対……!
「2度とやらない、絶対やらない……!」
「ごめんってトラ……ほんと今日だけだから……」
「もうすぐですよお嬢様」
「ありがと……大丈夫?切り替えられる?」
「だから今こうやって吐き出してるんだろうが……んんっ、はあ……別に何一つ問題ありませんよ「お嬢様」?」
「うわ急に女性声になった!?」
「地獄のようなボイトレがあったんでね……今じゃこんな感じですぐ切り替えできる、そういう才能が自分にあったことが恐ろしい、凄く」
「目が、目が死んでる……」
こんな才能知りたくなかった。割とすぐにできたもんだから講師の人の目が嫌な感じで輝いてたの本当に怖かったよ、そんな狂喜乱舞することある?ってくらいフィーバーしてたしマジでさぁ……
「着きましたよ」
「はあ……では行きましょうかお嬢様」
「……本当にトラ?雰囲気一気に変わったんだけど」
「男性の気を少しでも出したら疑われるでしょうが、ほら。さっさと終わらせてさっさと帰るんでしょう?」
「そのつもりだけど……なーんか調子狂うなぁ」
「元の私を見せないようしっかりと叩き込まれたので……後会場で「トラ」呼びはしないように」
「えっじゃあなんて呼べばいいの」
「それくらい考えておきなさいよ!?」
……大丈夫かこれ?
「琴音さんお久しぶりです!先日の大会見てましたよ、大金星じゃないですか!」
「久しぶり、まああれは誘った相手がよかったというか……」
「学友の方ですか?」
「うん、私の知る中で1番強い人。巻き込んじゃったのは申し訳ないと思ってるけどね……」
「……案外、平和な物ですね」
そういう訳で始まった社交界。あの自由人極まりない琴音がちゃんとしたドレス着て生真面目に世間話してるのなんて初めて見た、馬子にも衣装というがやっぱあいつ普通にお嬢様なんだよな……
「失礼、琴音様の従者の方ですかな?」
「ええ、お嬢様に何か用が?」
「グリモアの交流会がありまして、よければ」
「……申し訳ないのですがお嬢様は上手いこと実力の加減ができないお人でして。場の雰囲気を壊しかねないためご辞退するかと」
「左様でございますか……ではそのように伝えておきます。それにしても今日は伊吹様がお付きではないのですな」
「伊吹様は都合の悪い事に急用が入りまして……今日は私が彼女の代理で」
「なるほど、だから緊張していらっしゃるのですね。貴方の歳でこのような場は初めてでしょう」
……そして恐ろしい事に俺も今のところ偽装できたまま振る舞えてる、鬼のトレーニング恐るべし。あ、伊吹さんってのは琴音ん家のメイド長、俺に女性の所作……というかメイドの振る舞い方を叩き込んだ張本人でもある。
時間がないからってかなりのスパルタだったのに「筋がいい」とか言われてもっとみちみちの指導になったのは流石に酷いと思う、客として来た時は凄い優しい人だったのに指導する側になるとああも豹変するのマジで怖かった。
やっぱり俺場違いじゃないの?なんかちらほらニュースで顔見た事ある人居るし琴音はその人達と気さくに談笑してるし……家に帰りたい、帰って「デートだね」とかほざいてた妹をはっ倒しに行きたい。今すぐに。
「でも飯が美味い……」
流石に上流階級の集まりなだけあって食事のクオリティが凄まじい。こんな物一般家庭じゃ数年に一度くらいしか食えねぇだろってくらい美味い、これ食うためだけに此処に来た価値は……いや何言ってんだ俺そのために尊厳捨てる一歩手前まで来るわけねぇだろ正気に戻れ。
「じゃあこの辺で……ね、グリモアの交流会やってるみたい。見に行こうよ」
「身の程を弁えてくださいよ。料理教室に調理師免許持ちが乱入するような物です」
「何その微妙に分かりにくい例え……心配しなくても大丈夫だって。見るだけだから本当に」
せっかく止めたのにこのジャンキーバトルと聞いて飛びつきやがった。バトルしないバトルしないと言ってるが嫌な予感しかしないのですぐに止めれるよう準備をしておく。今日のデッキはこいつの要望で「テクトリカ」入りの「影竜」だってのに……!
「おーやってるやってる。天城さんが見たら昇天しそう」
「勝手に大企業の社長を殺さないでください……」
まあなんというか、交流会はほんとに交流会って感じだ。貴族同士のチェスみたく世間話しながら気軽にバトルしてる。カードにちらほら高額なの見えるのは流石に社交界か、俺が何故か3枚揃えられてるってだけで基本この世界の高レアカードは1枚持ってるだけでも凄いもんだし。
「まー……うん、行かなくて正解かな。私雰囲気ぶち壊しちゃうし」
「そうでしょうね。で、いつまで見物するおつもりで?」
「満足するまで……およ?」
「どうかしました?」
「ほら、あの子」
「ん……?」
まあこいつの欲求不満がある程度満たされるまで付き合ってやろうと横に立ってたら急に琴音が卓の1つを指差す、わざわざ俺に知らせるって一体何を……
「ファイナルターンです!このターンで私は貴方のライフを0にしますわ!」
「……」
「……そういやバズってたねあの切り抜き」
「そう……ですね……」
……そこにあったのはどっかで見た勝利宣言をどっかで見たポーズで決める女の子の姿。一体誰の真似なんだろうなー気になるなー……
はい現実逃避終わり。ちょっと自我出してやってしまったあの勝利宣言、実際に決めてしまったせいでそれはもう盛大に公式垢がバズったのである。所謂「魅せプ」なあれだがシンプルかつ決まったら凄い気持ち良いという事で一部で流行し始めたようであるやめろ羞恥で殺す気か。
で、あのこのデッキは……マジか「歌聖」じゃん。ちゃんとラクシュミもドゥルガーもあるし子供が勢いで組んだってレベルじゃない、あの歳でこれは期待が……
「先の宣言を台無しにするようで悪いですが……キャスト「終戦の鐘」」
「あっ……」
「……まあそう上手く決まらないよねぇ」
「マナ3つ温存してた時点で警戒すべきでしたね。ドゥルガー単騎でで走り切るためのアーツが足りてない様子でしたし」
「なんでこの数分でそこまで見てるの怖いんだけど」
「ハンドと盤面で予想はつきますので」
「いやまあそうだけどさぁ……」
……まあその、基礎はできてるんだが最後の詰めが甘いなあの子。磨けば光りそうではあるがまずは実践経験を積むところからスタートだな、新規が増えるのはいい事だ。
「……私もやりたくなって来た。いいかな?」
「おやめください相手がそもそもいないではありませんか」
「そうだけど一応デッキ持って来てるし私一応大会優勝者だし?見てるだけってのは……」
「だからやめろと言っているのです、遊戯会にストラディバリウスを持ち込む気で?」
「だからなんで例えが分かりにくいのさ……早く帰ってトラと調整したい……」
「はあ……」
こんな所で俺の名前を出すな。優勝者の片割れではあるが何の地位もないただの一般人だぞ。なんかちいがよわいかわいそうなやつだぞ。
というか変なのにバトルで絡まれたくないって言ってたのそっちだろうが、戦闘願望出しちゃ本末転倒……
「なら私が相手しようか琴音殿」
「げっ……城戸……」
「相変わらず歓待されていない様子だ……私の何が不満で?」
ほーら言ってたら来たよ、推定琴音が言ってたすげぇめんどくさいの。如何にもな金髪チャラ男の雰囲気漂わせるタキシードマン。
「不満というか……私は純粋にバトルを楽しみたいだけなの、ロマンストークしたいわけじゃない」
「バトルは交友手段の1つでしょう?それを通じて仲を深め合うのも一興だと思いますが」
「それを目的にしたくないって言ってるの、あくまで本命はバトル」
「そうですか……ああ、そう言えば貴方が初めての体験者となったあのフィールド、此処でも使えるようで対戦者を募っているらしいですよ?よければご一緒に」
「だから……」
……うん、あいつ本当にすげぇ迷惑そうな顔してるな。実力はともかくガチで相手にしたくないって雰囲気漂わせてる、このままだと爆発しかねん。なら此処は……
「経験者というネームバリューは強い、盤上に立つ者としては……」
「失礼、少し宜しいでしょうか」
「充分すぎる……む、君は?伊吹さんではないようだが」
「伊吹さんは都合が悪くなってしまったので本日は私が代理でお嬢様の従者を務めております。お嬢様にもお嬢様の都合がありますので強引な勧誘はやめていただけると」
流石に見ていられないので間に入って助け舟を出す。ちょっぴり自業自得な気もするが俺の役目は琴音からこいつを引き剥がす事だ、それを忘れてはいけない。
「しかしバトルしたいと言っていたのは琴音だよ。私はそれに応えようとしただけでね」
「お嬢様は敢えてバトルせず見に徹していらっしゃるのです、己の実力を理解しているからこそ無用な諍いを起こしたくない」
「私が彼女の相手足り得ないと、君はそう言いたいのかな?」
「私はお嬢様の実績はよく存じておりますが貴方の実績を知りませんので。何も知らなければ止めるのは必然かと」
「これでも私はかなり強い方だよ?彼女の相手としても申し分ない」
「うへぇ……」
……うわぁ琴音のやつすっげぇ苦々しい顔してる。多分言葉通りある程度の実力はあるやつなんだろう、じゃなきゃ歯牙にもかけないだろうし。
だから俺が呼ばれたっていうのも納得だ……こりゃ実力で叩きのめさないと引き下がらない。
「そうですか、で、あるのなら……」
「おや、認めてくれるのかい?」
「いえ、自称するだけならば誰にだってできます、ですので1つ試させていただきましょう」
「ほう?」
「えっ、え?」
多分盤上で一戦やっても諦めが悪そうな気がするし勝つまでやるタイプと見た。だから此処は……
「従者としては新参の身ですが相手役もしておりまして……私程度下せぬようであればお嬢様を満足させる事などできません」
「言ったな?なら君が私の相手をすると?」
「ええ、せっかくならばフィールドの上で」
「いいだろう……名を言え」
……あやっべそこらへん何も考えてなかった。なんかこう適当、適当に……
「……
「よかろう、では準備をしておけ龍弥君。私に倒される準備をな!」
「手を抜く気はございませんので」
……ま、これでいいだろ。どうせ今日限りの名前だし適当だ、あいつもすぐ忘れるだろう。
「……ごめん、面倒なのの相手させちゃって」
「そのための私でしょうが、一応言っておきますがバトルを熱望したお嬢様も原因の一端ですよ?」
「それは分かってるけどぉ……あ、「テクトリカ」使うの?」
「このような場ですしね、お披露目としてはこの上ないかと……正直胃が死にそうですが」
「……我儘1つじゃなくていいよ?」
「終わってから考えます……では」
あーったくこれ下手な態度取ったら琴音の品性に関わるしすっげぇ息苦しいな……
「……浮気ばっかしててごめんな、ちゃんと力貸してくれよ」
まあそれはそれ、あのカードゲームを出会いの道具と思ってそうなナルシスト金髪はこの手で叩き潰す、絶対にな。