ZEXAL世界にメルフィー使い復讐者ショタを投下する 〜ナンバーズハントでお兄ちゃんぶっ殺した天城カイト許せねえ!〜 作:同じ顔の別人
⭐️宇佐木視点
オービタル7。ぼくが憎んでいるナンバーズハンターのしもべで、空が飛べるスーパーロボット。そいつに連れられて、ぼくは今空高くに釣り上げられていた。
「ひゅ、ひゅ、ぁ……」
「あんま下みんなよ、あ、ほら見ろ、鳥! あれ渡り鳥らしいぜ。翼がおっきいだろ。海を越えられるように大きくなってるんだって、昔父ちゃんに教えてもらってさー」
地面が遠い。なんか、浮遊感。怖い。遊馬がいなければぼくはとっくに失神していただろう。
「平気だし! 全然怖くないし!」
「ならいいけどよー」
遊馬の子が右耳から左耳へ流れていく。惜しい。遊馬とはもっとちゃんと話したいのに。でもどうしようもなくてぎゅっと目を瞑った。
高いのが怖くて、でも恥ずかしいから言い出せなくて、ぐっと指に力を入れればすぐに気づいて深く抱きしめ返してくれる。下を向かないように鳥を指差したりデュエルの話をしたり、気遣われているのがわかる。わかるのにぼくはまだ幼くて、慰めを間に受けてこころが勝手に泣きそうになる。こんなに暖かいのは、兄さんがいなくなって以来だった。
遊馬は兄さんと似ている、と思った。そのすぐ後、ちょっと違うと頭を横に振った。遊馬は、本当の兄さんがこうだったら良かったのにと、ぼくが祈る姿に似ていた。
古い思い出の中の兄さんはいつだって優しかった。
その頃のぼくはメルフィに一目惚れして、自分だけのデッキが欲しくてたまらなかった。貧乏家庭の末っ子なのだ。大体がお下がりな中で、兄の趣味からはかけ離れたメルフィーたちをねだるのは、なかなか勇気のいることだった。兄は病弱な父の介護をしながら、いくつもバイトを掛け持ちしていた。ぶきっちょなくせにぼくにおっきな手製ぬいぐるみまで作ってくれて。なのにあの頃のぼくは兄さんの優しさを上手に受け止めることができなかった。こんなのヤダ、本物のカードがいい、ぬいぐるみなんてもう卒業したって癇癪を起こして……本当は大好きなのに、友達がメルフィを女の子のものだと決めつけているのを見てから堂々と好きだと言い出せなくなってしまった。そんな他人の言葉に萎縮する弱さを家の中まで持ち込んで、思ってもいない虚勢を張ってしまったんだ。
「そうか。じゃ、気に入ったら持ってけよ」
兄さんはニヤリと笑い、ぼくの頭を撫でて仕事に向かった。
悔しくて、涙が出た。
兄さんはずるい。ぼくを悪者にしてくれやしないんだ。お前はオレと違ってデュエルの才能があるとか、果てはプロデュエリストかなんて煽てて、ぼくをデュエルスクールに通わせて、自分はさっさと高卒で就職を決めてしまった。
デュエルは楽しくて、大好きで、でも兄さんの楽しくない時間の上に成り立っていると思うと馴染みきれなくて。何落ち込んでるんだ、デュエルで一番の成績を取ることだけが兄さんに返せるものだろうと、奮い立たせてまた机へ齧り付く。
多分、ぼくら兄弟は完璧ではなかった。それでもこの頃は確かに幸せだった。
父さんが死んだ。
兄さんは変わってしまった。
元々疲れた顔をすることが増えていたが、あるカードを手に入れてから一段と荒っぽくなった。
突然だった。兄さんはメルフィーのカードをぼくにくれた。嬉しかったのに、喜んでいいのかわからなかった。兄さんが笑っていなかったからだ。それから妙に金回りが良くなった。突然ぼくの学費を卒業分までポンと入れて、そのくせ妙に時間を余らせて、よく怪我をして帰ってきた。その内ぼくの目を見てくれなくなった。何かあったのは間違いなかった。だからぼくは兄さんに声をかけようとして、でも荒れた目つきを目の当たりにするたびになんでもないと飲み込んだ。乱暴なのは怖くなかった。でもぼくは、兄さんのくれたカードとぬいぐるみをいつも持ち歩いていたから、そのどちらかでも否定されたら——もしくは、ぼくが否定しないといけなくなったら——優しかった兄さんが本当にいなくなってしまう気がして……どうしても、向き合うことができなかった。どうしてだろう、ぼくがどうしようと兄さんなら許してくれるのに。そういうところが大好きで大嫌いだったはずなのに。
機会は何度もあった。家にも帰ってきたし、学園前の工事現場でよくタバコも吸っていた。活かせなかったのはぼくが臆病だからだ。
深夜、家を出る兄にこっそりついて行った。兄は何人かの仲間と共に、美術館を襲撃し展示品を盗む計画を立てていた。止めなきゃ——そう思うのに、息が詰まった。その場には兄さん以外の悪い人がたくさんいた。いや、たとえいなかったとしても、ぼくのような臆病者に飛び出すことが出来ただろうか。そして、強盗に成り下がった犯罪者に報いの時がやってくる。急にみんなが石像みたいに動かなくなって、ナンバーズハンターはやってきた。
——キサマの魂ごと狩らせてもらう。
そうして、兄とのデュエルが始まった。魂を抜き取るとか、なんとか。怖くて、ずっと隠れ潜んでいた。兄さんは立ち向かったのに、ぼくはずっと怯えて泣いていた。兄さんが動かなくなるまで、ずっと。
「ナンバーズ、ハンター……」
臆病の報いが遠ざかっていく。
暖かな空気を取り戻した世界で、平和な静けさを取り戻した暗闇で、孤独に己の弱さを呪う。兄さんが死んで喜ぶ人の方が多い世界で、優しかった姿を覚えているのはもはや己だけだった。
「にいさん、大丈夫だからね。今度はぼくが守るから……」
兄さんの大きな体を引きずって、こっそりと帰路に着く。人目ばかり気にして生きてきたから、抜け道の知識だけには自信があった。誰にも捕まらず、家の中まで兄を連れていく。
もう二度とぼくを否定することのない兄さんは、冷たかった。『家に、帰らないと』——うん、そうだね。『うれしいね』——カードから声が聞こえた。『だったら大事にしまい込んじゃおうよ』——その提案にときめいた。今の兄は、ぼくが助けようと無茶しても嫌な顔をしない、その事実に愚かにも高揚してしまったせいだ。ぼくの弱さがこの結末を招いたのだ。ぼくは病院には行かなかった。「食って寝た方が早い」なんて昔の言葉を言い訳に使い、自分の選択を正当化した。本当はもっと早く他人に頼るべきだったのに、今なら何かを返せるなんて夢を見てしまった。
『今の二人、とっても素敵な兄弟ね』
「うん……」
本当の意味で兄の命を繋ぎ止められたかも知れなかった一夜を、いまだに夢に見る。
目が覚めて、黒ずんだ姿を目の当たりにする。バスタオルを持ってきて、垂れた汁を拭いて、直接触れると崩れちゃうから床に垂れた分だけを拭って、そうして一日が始まる。また始まってしまう——
⭐️
ナンバーズハンターは生きていた。遊馬の言う通り、自分はまだ一線を超えていなかった。ハートランドの塔の最上階で、ぼくが刺した傷なんてなかったかのように堂々と自分の足で立って待ち構えていた。その威圧感は凄まじく、ぼくはまた身体をこわばらせて、けれど遊馬に手を握り返してもらって、頑張って勇気を振り絞る。あの異常な空の旅よりはいくらかマシだ。
「……?」
ナンバーズハンターの隣にはもう一人立っていた。ぼくとさほど歳が離れていなさそうな子供。「兄さん、ケガは大丈夫?」なんて声をかけて、優しく返事を返されている。彼らの間に流れる空気をぼくはよく知っていた。
激情が、ぼくという器の閾値を超えて再び溢れ出す。
なんだそれ。
ナンバーズハンターは、凛とした空気を纏いながらも、弟への優しい眼差しを隠しきれていなかった。彼が生きててよかったと思えたのに、それ以上の怒りと後悔が体を満たしていく。
遊馬の態度からして、ナンバーズハンターにも何か事情があるとは思っていた。だから全てを確かめるためにここへ来た。その結果がこれか? こんなもののために?
ぼくと同い年くらいのハルトと呼ばれた小さな子供。彼はぼくだった。ぼくがそうなりたかった兄弟の形をしていた。なんでお前たちは幸せで、ぼくの兄さんだけ死ななきゃならなかったんだ?
あの夜に舞い降りた影が、ただ強くて理不尽なだけの嵐だと思いたかった。兄の過ちとぼくの臆病を断罪するだけの機構であってくれたなら。今更穏やかな顔なんて見せないでくれよ。弟と寄り添う光景を見ているだけで、自分たちは間違ったから死に別れたのだと嘲笑われている気分に落ちいった。『ムカつくよねぇ』——“夜な夜なぼくを襲う幻聴”が蘇る。『今度こそやっちゃおうよ』——昼間なのにケタケタと大きな声を響かせる。身体が芯から震える。反射で声を荒げた。
「黙れ、そんなこと、していいワケないだろ……!」
「お、おい宇佐木? 大丈夫か?」
「え、あ、遊馬……」
遊馬に心配されて、ぼくはますますパニックに陥った。あの声は間違っている。それを否定するのに必死で、不意を突かれた。ぼくの味方だと思っていた遊馬が、あの兄弟にほんの僅かの敵意もむけていない。別にぼくが責められたわけじゃない。なのに、急に自分の気持ちの全部が間違っている気がしてきて、頭が真っ白になった。溢れ出る感情がぼくの理性を塗りつぶしていく。とにかくあの幻聴だけは否定しなければならない。わけがわからなくなって、微かな理性を手繰り寄せ、ただこの場が丸く収まるように、必死に言葉を探した。
「…………ご、ごめんなさい」
「おい、宇佐木? ホントに……それでいいのか?」
「ちがうの、ホントに、酷いことをしたから、間違って、怪我、させて、ぼく」
「──媚びるなッ!」
雷のように鋭い声が響いた。
ぼくはすっかり気圧されて、反射的に一歩下がった。同時にすーっと頭が冷えていく。
今は遊馬も同じ気持ちだったようだ。隣に寄り添うナンバーズハンターの弟も、驚いた顔を浮かべている。
「貴様、ナンバーズを持っているな」
「そうだ、その話! アストラルお前も気づいてたなら言えよ! ……えっ、というかさっきのデュエルオレ負け、大丈夫かアストラル!?」
『問題ない。私とデュエルした時には持っていなかったからな。ナンバーズはそこにある』
「……負けた? 遊馬が?」
ナンバーズハンターと遊馬の視線が、ぼくが持つ兄さんの遺影に集中した。どうしてバレたんだ。ぼくは隠そうとしたが、やめた。遊馬に嘘はつきたくない。写真立ての裏から一枚のカードを取り出した。
「「No.29マネキンキャット」……」
「昔拾ったの。メルフィーより前に手に入れた最初のエクシーズで……ぼくの、お守りだった。コレがあれば兄さんを止められる気がしたんだ」
「だから、カイトの姿を目撃できたのか……」
「?」
「あ、いやこっちの話」
気がしただけで、本当はずっと泣いてたけど。兄さんが襲われた夜も、家の中でもずっと。意気地なしは何をやっても意気地なしだ。自分自身にとんと失望して、それきり兄さんの思い出と共に腐らせていた。『ほんとウサちゃんはバカだよねー、愚か、おろ可愛くて超タイプ!』——うっとうしい。このカードはの声は間違っている。こんな声に唆された自分も愚かだ。このカードは、己の弱さの象徴だった。
「なぜ、WDCに参加しなかった?」
「あのさカイト! あーほらこいつさ……兄ちゃんの、その、“看病”をずっとしてて……」
「オレはこの男に聞いている。遊馬に届く実力を持ってして、なぜWDCに参加しなかった?」
「……なぜ?」
「あの場にナンバーズ所有者が集まることはある程度予見が出来ただろう。決勝は中継もされていた。オレの所在を掴むには絶好のタイミングだったはずだ。なぜ今更名乗り出た?」
なんでだろう。考えたことなかったから言葉に詰まる。目の前の男は厳しくて、学校の先生みたいに先回りして正解を喋ってくれたりはしなかった。時間をかけて、あの頃の自分に問いかける。帰ってきたのはひどく冷たい言葉だった。
「……あの頃は、WDCなんて、どうでも良かったから。辛くて、怖くて……それで満たされてて、十分だったんだ」
全てを失ってすぐは何にもできなかった。兄を助けられるのではと舞い上がって、少しずつ己の過ちに気がついて、兄さんへの感情で頭がいっぱいになっていった。WDCにも先生が代理で申し込んでくれたのに辞退した。ハートピースはクラスメイトに譲って——誰もそれを咎めなかった。兄さんがいなくなって寂しいんだろう、今はそっとしておいてやろうって、腫れ物を扱うみたいに距離を置かれて、ずっとずっと兄さんのことを考えていた。
「ぼくは兄さんを自分の手で止めたかったんだ。兄さんは……お金のために悪いことをしていた。ぼくは気づいてた。そのお金はぼくのために使われてた。ぼくのために悪いことなんかしなくていいんだって……でも、もう二度と伝えられない。WDCに勝ったって叶わない。デュエルに、何の意味もなくて……全部、全部に意味ない気がして………朝、起きる必要がなくなって、なのに」
「…………」
最初は復讐なんて思いつきもしなかった。悲しくて悲しくて──なのに毎朝それが薄れていく。こぼさないよう必死に握りしめても、指の隙間からサラサラと落ちて色褪せる。ぼくが空っぽになっていく。この世から兄さんの証が消えていく。そう思ったら急に怖くなった。
なぜ、ぼくが今更復讐に走ったか。それはきっと──
「「暇」になっちゃった。なっちゃいけないのに。ずっと悲しまなきゃいけないと、思っていたのに。そんな決意さえ貫けなくて」
だからスクールの前でこの男を見た時、運命だと思った。
暇が怖くて、目的が欲しくて、それが急に目の前に現れたから頭がおかしくなってしまった。
もう二度と兄さんを失うことのないよう、復讐をして世界に証を打ち立てなければならないと思ったのだ。
「でも今は違う」
遊馬はぼくに言った。
兄さんがいない悲しみと、デュエルが楽しいと思う心は別物だと。
ぼくは遊馬に言った。本当にそうなら、確かめたいと。
「貴方が……兄さんを、殺した」
「そうだ」
目の前の男は迷わず頷いた。その態度に歯噛みする。
ぼくに刺されたくせに。痛かったくせに。兄さんが死んだのは、あのロボットが言ってたみたく、ぼくのせいでもあるととっくに気づいているだろうに!
ああ——この手の人間はどうして! ぼくを悪者にしてくれやしない!
「っ、ナンバーズハンター! 貴方にデュエルを申し込む」
「いいだろう」
《なっ、カイト様!? よろしいのですか!? その、まだ……》
「下がっていろ。アストラル、一つ頼みがある」
『どうしたカイト?』
「————」
ぼくだけは絶対に兄さんの味方なのだと、証を打ち立てる。今度は血もナイフもない、もっと別のやり方で。
遊馬は心配してぼくの目を見てホントの気持ちを確かめようとしてくれた。出会って間もないが、ぼくが周囲の顔色を伺いすぎるタチだと気づいているのだろう。気にかけてもらえることが嬉しかった。問題ないと笑い返す。遊馬は、ぼくの決意をちゃんと受け取ってくれた。
「そっか、わかった」
「遊馬……」
「兄ちゃんのために頑張るんだもんな。応援してるぜ!」
「うん」
怖いけど、全然涙止まらなくて正直今も視界が潤んでいて、なのに遊馬に応援してもらうと頑張る勇気が湧いてくる。
あの夜を思い出す。ぼくは怖くて動けなかった。兄さんは一人で戦った。もし迷わず兄さんの隣に立つことが出来ていたなら——何か変わっただろうか。それとも死体が一つ、増えただけだろうか。
これはチャンスだ。決して答えが出ない筈の“もしも”を、確かめられる機会。
過去の弱さに囚われていた日々に決着をつける。今この瞬間の自分と、これからの未来の自分と向き合う時がやってきた。
ぼくはナンバーズと呼ばれたカードをデッキに入れた。これで、デッキの中身はあの夜と同じ。ぐらりと視界が揺れ、幻聴がよりはっきりと響くようになる。「No.29マネキンキャット」は獣族、ランク2、メルフィーと相性は悪くない。ぼくは覚悟を決める。
「オービタル!」
《あああ、カ、カシコマリー!》
「デュエルモード、フォトンチェンジ!」
「っ、Dゲイザーセット!」
——ARヴィジョン、リンク完了。
機械的なアナウンスがDゲイザーから響く。ナンバーズハンターはオービタルから三日月状のデュエルディスクを射出し、服を黒から白へ変化させた。目元には独特のペイントが浮き上がっている。そうして、かつて兄を屠った時と同じ捕食者としての鋭さを、今度はぼくへと向けていた。
「人はオレをナンバーズハンターと呼んだ。さあ、狩らせてもらう。——貴様の魂ごと!」