戦国恋姫 播磨争奪戦 作:凱刀
播磨よりもっと西、岩見国(島根)。
緑生い茂る山々の麓に一文字に三ツ星の旗が高々と上がっている。
「あー。てっか、いきなり鬼となった尼子が来るなんて空気読めだし!」
一人の女の子が山から見下ろした先の城を見て愚痴を零した。
柿色の長い髪を後ろで束ね少し無造作に乱れがある。
「どうしましょうか?」
隣にいた家臣が恐る恐る尋ねた。
「このままここにいてもしゃーないでしょ。そろそろ攻めるべきだと思うな」
「いいのですか?」
「大丈夫、大丈夫、先陣は私が切るから付いてきて、あの城を落とそう」
楽天的なのか自分に自信があるのか軽い気持ちで城攻めを決めた。
彼女の名は吉川元春、通称、朱海。
均整に整った身体に豊満な胸の持ち主。
彼女は毛利家の次女で勇猛な将と名が知られている。
毛利家は中国地方をほぼ手中に収めつつあり、残るは尼子だけとなったのだが。
尼子は元々、毛利より強大な勢力を誇っていたが、毛利元就こと、和泉が得意の調略を駆使し勢力を削いでいき、今では毛利の方が尼子より大国となっている。
尼子はそんな苦境の中、鬼となり毛利家を襲いにかかってきていた。
その尼子を食い止めるため、朱海は尼子との最前線の戦地に送られた。
「し、しかし、あの城には勇将で名高い本城常光がいます」
「あ~、たぶん、あっちから来るかもしれないね~。でも、それはそれで滾るよね! この姫切でぶっ倒したい」
槍を頭上に高々と上げ言った。
「では、いつごろ攻めますか?」
「明後日ぐらいでいいかな? あ、あと、あそこの茂みに。私も馬鹿じゃないからね」
「わかりました」
家臣は一礼し下がっていった。
「それにしても、優海姉と穂波たちはどんな状況なのかな~?」
彼女には姉と妹がいて二人は別の戦場にいる。
別々にいるのは、朱海は武勇は知れ渡っており、中国地方では有名。
彼女をここにいれば迂闊に近隣諸国は攻めてこない。鬼は別として。
「―元春さま! し、城から鬼が打って出ましたー」
「えっ!? マジに? すぐに準備して、あっちが包囲する前に突撃を掛けるよ」
「はっ!」
「出てくるとは思わなかった~、まぁ、城攻めより野戦の方が殺りがいあるから、いっかな」
朱海は槍を肩に乗せ戦いに赴く。
詩乃、雫、梅は姫路から別所の居城である三木城に向かっていた。
晴れ渡る青空の下で三人は真剣な顔だ。
「詩乃さん。別所の調略は大丈夫そうですの?」
梅は詩乃の力を疑ってはいないけれど、やはり、調略というのは難しいことも心得ている。
「はい。時雨殿のご助言で私なりに考えました」
別所長治こと三奈は学問好き、この情報が詩乃の頭の中で一つの策として変換されていた。
「詩乃、別所も毛利に味方するという意見が多いですが、頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます。雫」
雫の応援で詩乃は少し緊張が解れた。
いくら、音に聞こえし軍師でも調略は緊張するものであり、間違いを犯してしまえば命すら危うくなる危険性も孕んでいる。
今回は雫と梅の命も預かる身、緊張するなと言うのが無理なこと。
「問題は取り巻きの家臣の者たちですわね。毛利に心寄せている者がいると厄介です。まだ、迷っている方の方が楽ですわ」
「そこは、こちらに利があることと大儀があることを言えば問題はないでしょう。雫には悪いですが、小寺の当主の優香殿のような心変わりが一番怖いのです」
「あはは、そうですね。優香様はすぐに気が変わりますから」
苦笑いで答える雫も否定は出来ない。
三木城までの距離はもう近い。
「ところで、毛利の動きはどうなっていますか?」
詩乃は調略の前に毛利の動きについて雫に尋ねた。
西に集中してるとはいえ、調略の手がないとは言いけれない。
「母は今、毛利は西の大友と戦をしているのは変わりなく、調略の手は伸びてないとは言っていましたが……」
「雫何か不安があるのですか?」
「その大友との戦に毛利家の次女にあたる朱海殿はどうやらいないらしいです」
「えっ!? どうゆうことですの?」
「わかりません。背後を気にしてか留守を預かっているのかとは思いますが」
「それなら、他の将でも良いのでは? 朱海殿は中国地方では勇将として名高いです。単純に考えれば、大友の戦に入れるべきです」
元春こと朱海は毛利の武の要、その朱海が大友の戦いにいないのは二人にとっては不思議にならないらしい。
理由は大友には二人の驍将がいる。
一人は武勇誉れ高く雷を刀で斬り雷神と謳われた戸次鑑連。また、どんなに弱卒でも彼女の軍勢に入れば獅子の如き猛者になるとも言われている。
もう一人は、文武に通じ智謀を兼ね揃えている高橋鎮理。
大友の柱石、この二人がいるのに朱海がいない。
二人が疑問に思うのも無理はない。
「そうですよね。そこが私も引っかかります」
「もしや、鬼が出た可能性もありますわね。それなら、元春殿を置いておくのもが点がいきますわ」
「たしかに可能性はありますね」
小さな手に考え込むように顎を乗せる詩乃。
「別所の件が終わりましたら、探ってもらえませんか?」
「わかりました。毛利家を探らせます」
毛利の動向を探ることになった。今後の方針のため必要なことだと、軍師二人の意見は一致しているのは互いに信頼している証、まさに、剣丞隊が誇る二大軍師。
「雫さん。あれが三木城ですか?」
梅が指を指した方角に城がそびえ立っていた。
三木城は前方に川が流れ背後には小高い丘陵が控えている天然要害な城。
播磨でも堅牢な城。
「雫、三木城のあの大きさといい曲輪の形が何とも興味深いです! この城ならいろんな策を駆使して敵を追い払いたいです!」
城が好きな詩乃は興奮し三木城を舐めるように見ている。
「ちょっと、詩乃さん! 今からこの三木城の別所を調略するのですよ。お城の観察をする暇はなくてよ!」
「それは承知してます。しかしながら、この三木城のすばらしさは眼に焼き付ける必要があります!」
詩乃は城に入る前に三木城を眺めていた。雫と梅はそれに付き合わされたのは言うまでもないだろう。
三木城内に入った三人は大広間に通されたが、別所家臣たちの目は鋭く歓迎されていない。
「暫しお待ちを」
小姓の一人が部屋を出て主を呼びに言った。
詩乃、雫、梅は正面一点だけを見つめている。左右には家臣団の鋭い眼があり、それを見てしまえば威圧されるからだ。
「当主、別所長治、通称、三奈様がお見えになる」
その言葉と共に一斉に広間にいる者たちは平伏した。
「織田連合の使者の方々、面を上げてください」
涼しい声音が三人の耳に入り顔を上げた。
まだ、幼さがあるものの、利発な顔立ちをしていた。
「織田連合軍の新田剣丞が家臣である竹中半兵衛重治、通称、詩乃と申します。こたびは、謁見の場を設けて下さり、誠にありがたき幸せであります」
儀礼言葉を述べる詩乃。
「貴女が今孔明に名高い竹中殿ですか、お目にかかれて光栄です」
「ありがたき幸せです。しかしながら、その名で呼ばれるのは些か抵抗がありますので、詩乃とお呼び頂ければと」
「これは失礼しました。では、改めて詩乃殿、今回の御用向きは?」
「はっ! 別所殿には我が織田連合に味方して頂きたい所存です。今、織田連合軍は京の都と自国の市政に精力を注いでおりますが日ノ本を統一するため準備が整い次第、兵を出すでしょう。無論、各地に蔓延る鬼の討伐のためです」
「この播磨にも鬼はいるが、数は少ない我らだけでも倒せますぞ」
ここにも反論する家臣がいた。
「播磨が少なくとも近隣諸国の鬼が播磨に来ることも考えられます。それで、別所だけで戦うことはできますでしょうか?」
「それは……も、毛利が助けに来るに決まってる」
「どうでしょうか?」
一切臆することなく詩乃は言葉を生み出している。
「毛利は西にかかりきりです。播磨に来ようとも西が気になるのではないでしょうか? それに播磨に来る際に宇喜多もいます。宇喜多は毛利の味方ではないようですが、それでも来るとお思いですか?」
「そ、それは……」
詩乃は中国地方の情勢を調べており抜かりはなかった。
「三奈様、数が少ないからと、毛利が来るから大丈夫、地の利があるからと言うのは簡単です。されど、鬼の力は強いです」
「織田連合軍なら鬼に勝てると申すのですか?」
「戦いには慣れてます。数や鬼の練度にもよりますので絶対とは言い切れませんが勝てる可能性は十分にあります」
「そうですか……」
三奈は渋っている。詩乃の言葉を信用しているのではなく、本当に織田連合に味方すれば別所は大丈夫なのかと。
「三奈様、播磨ではどの諸勢力も足並みは揃わず互いに警戒し合っています。しかし、それでは、播磨が危うくなります」
「そうですね」
力なく同意する三奈。
「地の利は人の和に如かず」
「――っつ!」
詩乃の言葉に三奈は衝撃が走ったかのように驚いた。
「孟子の言葉ですね。詩乃殿、分かりました。織田連合の味方となりましょう」
「三奈様! それはっ!」
「良いのです! 我ら別所だけではあらゆる脅威には勝てません。織田連合軍の力を借りてお家を守ることこそが私の望みです」
家臣の言葉を制止、自分の思いを強く示した。
詩乃が言った孟子の言葉は『どのように土地の形勢が有利であっても、人心の和合団結の堅固なのには及ばない』という意味が込められている。
「ありがとうございます。織田連合軍は別所家の危機の時は馳せ参じましょう」
「詩乃殿、機会があれば孟子や六韜などのご教授をして頂けますか?」
「はい。その時にはぜひ語りましょう」
詩乃の言葉で当主の別所長治、三奈の調略は成功した。
書物好きという時雨の助言から導き出した策。
軍略ではない別の詩乃の力が発揮された瞬間だったかもしれない。