戦国恋姫 播磨争奪戦 作:凱刀
詩乃、雫、梅が播磨に入った頃、播磨の隣にある備前の城。
その城の薄暗い広間に一人の女性が胡座かいて座っていた。
美しく大人の色香を出している細い身体に、しなやかなに伸びる手足は男を惑わすほど白く艶がある。
女性は徳利から盃に次ぎ酒を飲んだ。
「この酒美味しいわね~」
「申し上げます。椿様」
声はするものの姿が見えない声の主は椿の忍びの者。
椿、彼女は宇喜多椿直家といい、智謀に優れ彼女はその智謀で数々の敵を葬り去った。
そのやり方は暗殺や毒殺が多く危険極まりない人物である。
「どうしたの?」
「播磨に潜伏している仲間から織田の家臣たちが播磨の国衆たちを調略して回っている模様です」
「そう。上方でいろいろとあった織田がついに来たのね。これは楽しめるわ」
「抹殺すべきでしょうか?」
「いえ、そのままで良いわよ。泳がせておくのも悪くないし、どこまで織田がこちらに本気なのか確かめる必要があるもの」
「では、引き続き織田の者たちを監視しておきます」
「頼んだわよ」
「はっ!」
忍びは音も無く消えていった。
「東には行かず西に来るとはね。まぁ、まだ織田のお嬢ちゃんには手を出さないでおこうかしら」
「今、毛利は大友と一戦交えているけど、こっちに眼を向けられたら厄介だからね。今のうちに頭を下げるのも一つかしら」
毛利は門司で大友と戦をしており、未だ決着づかず膠着状態が続いている。
この時期に動くのも一手だが、戦の展開が読めない今動くと、戦が終わった後に毛利が何か言ってくる。
宇喜多は決して大きい家ではない。毛利に眼を付けられたら危うい状況に置かれてしまう。しかしながら、毛利も宇喜多を無視できない。
理由として、宇喜多の動きを読めず何をしでかすか分からない。
備前で最も大きいのは宇喜多で、その宇喜多が備前で動きを見せると備前の国人衆は宇喜多に従う。
宇喜多を敵に回すのは毛利にとっても痛手でもある。
毛利は宇喜多の動きを恐れ、宇喜多は毛利の出方を恐れており互いに牽制し合っている現状である。
「何もしない方が私もやりやすいから毛利に頭を下げてみましょう」
椿は二回手を叩いた。
「お呼びでしょうか?」
その音を聞きつけた家臣が早足で駆けつけてきた。
「毛利に書状を書くから紙と筆を用意しておいて頂戴」
「はっ! 今すぐご用意いたします」
立ち上がり一礼し広間を早足で去った。
「さて、これから面白くなりそうだわ。織田の力を見させてもらうわよ。久遠ちゃん」
細く笑みを零す椿。
椿の動きをまだ詩乃、雫、梅は知らない。
備前の蛇が動くのは近いだろう。
赤松の居城である龍野城は籠鶏山の山頂に築かれており、城の傍には揖保川が流れ容易には攻めにくい城である。
詩乃、雫、梅の三人は龍野城の門前まで来ていた。
「織田家家臣、蒲生梅賊秀、城主の赤松来香広秀様に御目通りしに参いりました」
「今、門を開ける」
門が開かれ堂々と城内に入る三人。
「来香様がお待ちです」
袴を着ている家臣が出迎え大広間まで案内する。
行き交う赤松の者たちは三人を怪訝な眼で見たり殺気を放つ者までいる。
歓迎してくれてはないが、ここまであからさまに態度に表すのは来香が織田を快くおもっていないからである。
「では、暫しお待ちを」
家臣は早足で去っていった。
梅を前に後ろは詩乃と雫が座っていった。
「赤松の人たちは私たちを警戒していますわね」
梅はここまで来るまで赤松の者共の眼を感じていた。
将たる者は何も見えなくとも感じ取れる能力がある。
「それはそうでしょう。上方の鬼を討伐したとはいえ織田の力は大きく脅威だと思われています」
「謁見してもらったのは織田の事を知りたいだけかもしれません。でも、赤松も味方になってもらいたいですね。播磨で赤松は無視できませんから」
詩乃と雫は小さな声で梅に話した。
「織田の味方にならないのなら織田の力を見せ付けるまでですわ!」
梅は二人の小声で話しているにもかかわらず普段の声量で言葉を放った。
「梅さん! 声が大きいですよ! 聞かれたらアどうするのですか!」
梅を窘める詩乃は慌てる表情を見せる。
こんな会話を誰かに聞かれたら三人の身が危うい。
「来香様がいらっしゃる。お三方」
家臣の声に三人は姿勢を正して頭を下げた。
ゆっくりと足音が近づき、その足音に木が軋む音が混ざり合い場の空気を重くしていた。
来香が上座に腰を下ろした。
「面を上げよ!」
背丈は空や愛菜と同じで幼さない顔で、どこか威嚇しているような空気を出している。
「はっ!」
三人はゆっくりと顔を上げた。
「織田家家臣、蒲生梅賊秀と申します。後ろに控えるお二人は竹中半兵衛詩乃重治と小寺雫考高であります。この度は御目通りして頂き誠に恐悦至極に存じます」
澱みなく覇気を込めて梅は定形文を述べた。
「竹中ってあの今孔明と言われてる人ね。」
「その呼び名は私自身あまり好きではありません。」
詩乃が口を開き自身の噂の不満を堂々と言った。
「ふ~ん。そうなんだ。それで、織田は何しにここへ?
不機嫌な声で言った。
「はっ! 我ら織田は近いうちに西に進出するため播磨に誼を通じておきたいと思い、私たちが参りました次第でございます。」
梅は織田がここに来た理由を述べた。
「誼ね~。織田は西の毛利を警戒しているんでしょ? それもそうね。毛利は織田を快く思ってないし、それで播磨を毛利に取られないように織田のあなたたちが来たってことね。でも、私は織田をまだ信用してない。上方では鬼を討伐した立役者となっているけど、ここではそんなもの通用しないのよ。大きな家は小さな家を駒としてしかみない。昔から決まっているのよ。だから、私は自分で赤松の家を守るの」
他国の情勢に聡く自分なりの考えを言いつつ、どこか達観したような物言いだった。
(幼いながら来夏様は頭が良いですね。これは一筋縄ではいきませんよ。梅さん)
詩乃は来香の聡明さに驚きも梅が説得出来るか不安になった。
「たしかに武家の理ではそうでしょう。しかしながら、織田家は今川義元様のご嫡男でありまする。今川治部大輔氏真様こと鞠様を保護し今川家を再興させました。一度は今川義元様を討ち取ったに織田家、普通なら鞠様を亡き者にしても可笑しくはないです。いえ、普通はそうするでしょう。しかし織田久遠様は違います。久遠様は弱気を助けて強気を挫く。その力と度量の大きさは並みの将にはないものです。赤松のお家も織田が守ります」
梅は覚悟に満ちた声で言い放った。
「信義に厚いと?」
「はい。この日ノ本のためなら義に動くお方です」
梅を見ず少し目線を外して来香は考え込んでいる。
(来香様が考えていらっしゃるわ。ここで一気に押すべきですわね)
「もし、織田の申し出を断るのであれば、それなりの対処をするもと思っていただきたい」
この言葉で来香は不機嫌になった。
「来香まだ何も言ってないんだけど! そう強引に誼を通じようって脅してるつもり? 信義に厚いんじゃなかったの織田は? それでは信義ではなく支配よ。やはり、織田は支配するつもりなのね播磨を」
「―来香様。梅殿の述べたことは言葉の綾でありまして、決して織田はそのような事はいたしません。何卒、今の梅殿のお言葉をお許しいただきたい」
すぐさま。雫が割って入った。
「小寺の者。雫かしら? 今の言葉は聞かなかったことにするわ。どう違うの?」
後ろにいた雫は梅の隣に進み出た。
「梅殿の申した対処と言うのは、力を持ってではなく誠意を持って赤松家との誼を通じましょうと意味であります」
「誠意ね…。織田は本当に誠意があるのかしら? 私は織田久遠殿を見たことはない。噂で聞くだけ信用に値するかは分からない。来香はきちんと見ないと気がすまないの」
噂だけでは惑わされず自分の眼で何かしらの形で相手を見る。
来香は播磨の大名の中ではその器に相応しいだろう。
「久遠様本人が来ることは難しいですが、久遠様の書状ではどうでしょう?」
久遠本人が赤松と会うのは無理な話だ。
赤松の方が古い家格だが織田は今の家格は赤松より上である。
おいそれと、久遠が出てくることは周囲に示しがつかず、なめられてしまう恐れがある。
それは来香にも充分わかっている。
「わかったわ。その久遠殿からの書状で決めるわ」
(なんとかなりました。一時はどうなるかともいました)
胸をなでおろす雫。彼女の対応は交渉決裂を防いだだけでなく、赤松との同盟の可能性を大きくした成果もある。
赤松との交渉が終わり三人は帰路をゆっくりと馬の蹄鉄音を響かせ帰っている。
「雫さん。先ほどはありがとうございますわ」
「梅殿、最初は良かったですが、少々焦り強引にしすぎたのが良くなかったともいますよ。あれでは、来香様が怒るのも無理ありません」
詩乃は梅の悪かった点を指摘した。
「私はいけると思ってましたわ。けれど、逆に来香様を怒らせた結果になってしまいました。まったく、来香様も頑固ですわね。でも、あのままいっていたら危なかったですわね。私は少し調略を甘くみていましたわ」
梅は愚痴を零しつつも自身の過ちを深く受け止める。
「でも、梅さんは相手をみればできると思います。それにしても来香さまは聡いお方でした。梅さんの言葉をすぐには信用せず、確証を求めてくるとは」
雫が梅を励ましつつ来香の優秀さを語った。
「なかなか一筋縄ではいきませんでしたね」
詩乃も来香が当主としの器があると認めている。
「久遠様の書状を求まめるとは来香さまは織田家を本当に信用してませんのね。本当にわからず屋ですわ!」
よほど来香を嫌っているのかまた来香の文句を言う梅。
「これで播磨は何とかなりそうですね」
「そうですね。播磨を抑えれば、西の進出には大きな役割を担います。あとは離反しないように眼を光らせておきましょう」
「そうですわね。播磨は毛利贔屓の者たちがおおいですから、いつ毛利に離反おかしくありませんわ」
三人は播磨がまだ完全にこちらに味方するとは思ってはいなかった。毛利という大国の牙が来ることを警戒している。
「善助や九郎衛門たちに警戒するように私から言っておきます」
雫は自分の頼れる部下に播磨の動きを監視するようにすると言った。
善助とは栗山善助という雫の右腕たる将で、知略に優れ雫の考えを言葉にしなくても顔を見れば分かるほどの主従関係がある。
九郎衛門こと井上九郎衛門は頭が良く文武両道な将であり雫の懐刀ともいえる存在だ。
「よろしくお願いします。雫、毛利は油断なりませんので」
「はい。任せてください!」
詩乃に頼まれたのが嬉しいのか雫の声が弾んでいた。
三人まだ気づいていなかった。
毛利の前に備前には油断ならない宇喜多椿直家がいることを。