【TS】魔法少女は崩壊世界にただ一人 作:顔の良い魔法少女
──たとえ世界がどうなっても幼馴染と過ごす時間は最高だ。
事件が発生する5分前、黒瀬凪は幼馴染の星崎紫月とデートをしていた。
紫月について軽く説明すると『人類で最も顔と頭が良い女』だ。少なくとも凪はそう思うし、反論する者がいたら全力で戦う用意がある。
凪の「デートだ」という主張を紫月は認めようとはしなかった。
あくまで研究の為の現地視察だと言う。
「スイーツも食べて、服も買って、これでデートじゃないなら手を離すか?」
「嫌よ。天才たる私を迷子にするつもり?」
その割に手も離さず、気が付くと公衆の面前で腕に抱き着いてくる始末だ。
紫月の髪は夕日に照らされ、灰銀色の髪は淡い紫に見える。
思わず見惚れるような怜悧な横顔はほんのりと赤らんでいた。
とはいえ、楽しい時間はあっという間だ。
何気なく凪が腕時計に目を向けて小さく唸った。
「うわ、もう夕方か。紫月と過ごすとあっという間だな」
「……ん」
これから街は眠りの準備に入り始める。
節電・停電政策だ。眠らない街という言葉は死語となり、一部の場所を除いたら、誰もが夜に逆らうことなく寝るしかない。人類、仲良くお休みタイムだ。
当然、凪も紫月も人類にカウントされる。デートは終わりだ。
駅前の広場で足早に動く人々の流れを眺めながら、なんとなしに凪は呟いた。
「電気が無かった時代もこんな感じなんだろうな」
「エネルギー不足は少しずつ改善してる。今は研究や防衛に使われているけど余裕が出たら前みたいに戻れるわよ。……戻してみせるわ」
その横顔と言葉には使命感や責任感が宿り、目元には隈が薄っすらと浮かんでいた。
話題を振ったのは自分だが、これは良くない。
今日のデートに硬い話題はいらない。そのつもりで過ごして貰うつもりだったから。
「紫月。お前、ちゃんと寝てないだろ」
凪は口元に笑みを浮かべると明るい口調で紫月に話しかけた。
「研究も設計も順調だけど? 私を誰だと思ってるのよ」
「つまり寝てないと」
「……私ってショートスリーパーだから。天才ってそういう物よ」
「初耳なんだが」
「ええ、まあ、今言ったから」
普段はもう少し自分好きで自信家の天才だが、歯切れの悪そうに呟く紫月を見ていると、昔の頃を思い出す。
子供の頃の紫月を重ねて、凪は思わず手を伸ばす。
「睡眠は美容に悪いんだぜ?」
「ん……」
「おっ、伸びる。この調子なら腹の方も少し増えたんじゃないか?」
むにむに、と頬を伸ばして遊びながら凪は戸惑う。
嫌がることもなく、紫月は凪の手に自らの手を重ねて艶やかな眼差しを向けた。
「そう見える?」
「いや……」
自然と見つめ合う。鼓動が高鳴る。
少しずつ、長い睫毛に縁取られた紫紺の瞳に、凪は吸い寄せられていく。
「…………」
「…………」
その眼差しに思う。
凪が知る中で最も賢くて、凛々しくて、美しくて、可愛い幼馴染。
嫌なこともあったけど。彼女がいたから今日ここにいるのだと、そう思って。
「凪」
いつの間にか至近距離に紫月の美貌があった。
高鳴る鼓動を他所に、幼馴染はどこか切羽詰まったような声色を聞かせた。
「あれ、なに」
震える紫月の声音に、凪は振り返った。
それは明らかに異常な光景だった。
「……え?」
茜色の空が紫色に染まっていく。
鮮やかで、鳥肌が立つような冷たさのある紫の空。そこからどこまでも広がる紫の帳が垂れ下がっていた。
その向こうの景色はぼんやりと見える。
建物や街路の形はなんとなく分かるが、輪郭は霞み、何があるかまでは判断できない。
それよりも、その空と帳は近づいてきていた。
サイレンが鳴り響く。
スピーカーからは切羽詰まったような声が響いた。
『侵食現象です! 市民の皆様はただちに最寄りの避難場所に移動して下さい! これは訓練ではありません! 繰り返します──』
嫌な記憶が蘇る。
侵食現象。
4年前、世界を壊した災害が再び押し寄せてきた。
地面が揺れる。鳥が一斉に飛び立ち、甲高い悲鳴が響く。
硬直する紫月の手を引き、凪は駆け出した。
周囲にいた人々も同様だ。誰も彼もがパニックになって逃げ惑う。
一瞬だけ振り返る。
すぐ近くにまで来る紫。揺らいでいる空間の先が薄っすらと見える。黒く変貌した地面に、紫色に染まり始めた街路樹、そして奥から現れる人型や獣の化け物。
紫の帳から飛び出すと逃げ惑う人々を化け物が襲う。
組み伏せられ、噛みつかれ、切り裂かれ、傷を負った人々が苦悶の表情を浮かべる。そうしているとじわじわと押し寄せる紫の膜に追い付かれ、彼らも異形と化した。
「逃げないと」
いや、もう、どうにもならない。
距離が近すぎる。
あの紫の帳がどこで止まるか分からない以上、二人で逃げたらどちらも異形になるだけ。
自分のような凡人は、ああいう化け物になる。
残された命の使い道なんて、化け物たちの足止め程度しかないだろう。
でも凪の幼馴染は、星崎紫月はこんな場所で死ぬ人間ではない。
誰よりも聡明な存在だ。生きて欲しい。
「紫月を大学に逃がしてくれ!」
『──承知した』
無線機を取り出し叫んだ直後、エンジンが唸る音が近づいてくる。
デート中も陰ながら護衛が付けられていた。侵食現象が発生した場合は、専用車両で紫月を大学まで移送する手筈になっていた。
現れたのは一台のバイクと黒服の男。凪は紫月の背を押し、彼に預ける。
「ちょっと。凪、あなたも乗りなさいよ!」
「それって二人乗りだろ。俺は一人が好きなんで」
強引に紫月を護衛に預け、二人で彼女を乗せる。
バイクなら、この人混みの中でも徒歩より速く抜けられる。
「大丈夫だって。あとで──」
その瞬間、凪の耳が何か空気を斬り裂いて飛来する音を捉えた。
「……ぅ?」
咄嗟に紫月の前に出て、凪の右腕が吹き飛ばされた。
何かが掠めたのだと冷静に頭が回ったのは、紫月の顔が絶望に染まったからか。
「なぎっ!?」
「……大丈夫だ! 行け! 行くんだ!」
痛みが押し寄せる前に叫ぶ。
エンジン音が響く。
凪に駆け寄ろうとする紫月を抱いた黒服は一瞥もせずにバイクを走らせた。こちらに手を伸ばして何かを叫ぶ幼馴染の姿に、凪は口元を緩めて。
「ぶ」
空気が割れるような音と、稲妻のような衝撃が凪の身体を吹き飛ばし、宙を舞った。
ぐるぐると上下が入れ替わり、どこか知らない建物の壁にぶつかった。
耳鳴りが酷く、右目がよく見えない。
直後に押し寄せてくる空前絶後の痛みが意識を飛ばし、再び凪を覚醒させた。
「あぁぁっ!! ぐっ、ぁぁ……!!」
灼熱のような痛みが黒瀬凪を壊し始めていた。
呻き、叫んだ。
口からは尋常ではない量の血を堪えきれずに吐き出していた。
「い、てぇ……」
紫月の為なら死んでもいいと思った。
そんな訳が無かった。大丈夫ではなかった。
女の前だからって恰好いい真似をすれば痛みもなく死ねると思ったのか?
だとしたらバカすぎる。現実はこれだ。
半分潰れた凪の視界には、やや不格好な人に似た化け物が映った。
4メートルくらいだろうか。人が合体でもしたような見た目だ。
正式な名前があった筈だが痛みで思い出せない。
特徴的なのは右腕の小さな砲口と、左手の斧だろうか。分かりやすく戦闘の為に身体が変貌した姿をしている。
ゆっくりと化け物は右腕を持ち上げる。
何らかのエネルギーが砲口に収束していくのが見える。
あれが凪の腕を、目を、身体をグチャグチャにした奴だと直感した。地面に転がる凪には見向きもせず、どこかに向けて右腕の位置を調整していた。
「なめ、やがって……」
あの砲口の向かう先はきっと紫月だ。彼女を狙っている。
根拠のない予感が死にかけの黒瀬凪を動かした。立ち上がり、転がる。
星崎紫月は人類の希望なのだ。
彼女が研究し、作り上げた物が人類を救う。そんな幼馴染を凪は誇りに思う。
「紫月は、死なせねえぞ……!」
死にかけの身でも、脚にタックルするくらいならできた。
骨が折れた。何かが潰れる音がした。取り返しのつかない熱と痛みが凪を苦しめたが、それでも見えない塊が近くの建造物を吹き飛ばした。
その余波で凪は吹き飛ぶ。塵のように何度も転がった。
もう呻く声は掠れて、見上げた空は紫色だった。
いつの間にか、侵食現象の中に凪はいた。
これで化け物の仲間入りだ。
幸い、痛みも身体の感覚も無くなったのはラッキーだったかもしれない。
辛うじて無事な左目で見上げるとその化け物が凪に対して斧を振り上げる。
これで黒瀬凪の人生は終わりだ。
ちっぽけな満足感と達成感で死ぬ。命を奪われる。
斧が落ちてくる。
死の間際、凪は思った。
──嫌だ。やっぱり、死にたくない。
けれど、黒瀬凪の身体はピクリとも動かなくて。
凪の醜く情けない思いを絶つように斧が振り下ろされた。
「────」
数秒が経っても黒瀬凪は死ななかった。
空気を斬り裂いて落ちて来た殺意の塊を、凪の左手が受け止めていたからだ。
「……え?」
いや、知らない。そんなつもりは凪には無かった。
少なくとも凪の意思ではなかった。
しかし現実は、間違いなく身長の倍はある大きさの斧を握り、砕き、押し返した。
天を突くように左手が拳を握り、凪の目の前で化け物が一歩後退した。
【■■■■】■■■■
ちら、と赤黒い視界に何かが見えた。
幻覚かもしれない。いよいよ、化け物に変わろうとしているのか。
身体中から黒紫色の粒子が、銀色の粒子が広がり覆うのが見えた。それらの粒子が絡み合い、混ざり合い、渦を巻く。
まるで銀河のような円環に凪の身体がゆっくりと浮くように身体を起こした。
【■■少■】■V■■
凪の意思ではない。だが、黒瀬凪の身体は動いた。
ゴリゴリと骨が軋み、内臓が蠢いている気持ちの悪い感覚があった。
そこでようやく視線を落として凪は絶句した。
【魔■■女】L■.■
時間が巻き戻るように身体中の傷が治っていく。
粒子が衣装となり凪の身体を包み込む。
黒を基調としたドレスのような衣装。手袋、ブーツ。そして目の前に浮遊する杖。
衣装と同じく黒い長杖だ。先端には無色透明な宝玉が据えられ、その奥では銀と黒紫の粒子が絶えず螺旋を描いている。
夜空の銀河を閉じ込めたような光が凪を照らし出した。
「──夜を越えて星を喰らう」
意味が分からないと動揺する凪の意思を無視して、目の前に浮く杖を手にする。
失ったはずの右手で杖を回転させて何かを語り出す。
なんだ。誰なのだ。
いったい、何が俺の身に起きている?
「イクリプス・ノクティス」
疑問に答えるように黒瀬凪の口が動く。視界に流れた金髪が見えた。
「──さあ、始まりの幕を上げましょう」
奇妙な名乗りを上げた凪の身体は静かに杖を地面に突いて。
ぐしゃり、と化け物を触れずに潰した。
まるで虫を叩くように簡単に。
意味不明な現象だった。
ただ、凪の理解を置き去りに、その目にだけは確かに映っていた。
【魔法少女】LV.1