【TS】魔法少女は崩壊世界にただ一人 作:顔の良い魔法少女
【魔法少女】LV.1
そう表示された文字を眺める。
それが点滅して視界から消えるのを見て、凪は息を吐いた。
「助かった、のか?」
先ほどまで自分を虐げていた化け物の末路を見下ろして黒瀬凪は呟く。
新聞紙を丸めて蚊を叩き潰したように、巨人は潰れていた。あまりの威力に黒い地面が沈み込んでクレーターと化している。
流石に生き返らないとは思うが、それよりも凪には気になることがあった。
「……なんか背が低くなったか? それに、声もなんか……でも、目とか手は治ってるのか。痛くないし。よく分かんねえな。何がどうしてこうなるんだ?」
手足は治っている。身体中に広がった灼熱のような痛みがないことは凪としては良いことだろうが、代わりに見知らぬ手袋とブーツを装備している。
それだけではない。
黒を基調とした深いスリット付きドレス……豪奢な衣装を身に着け、長杖を持っていた。
「で、これは?」
妙に重たい胸元を衣装越しに揉む。
その大きな感触に凪は直感で本物だと理解した。
唸りながら後頭部に手を回すと、同時に視界で揺れる金髪が自分の物だと自覚する。
何気なく撫でた首や下腹部を確認しつつ、しゃがみこむ。
──もしかして女になっているのか?
「……なんで」
何故、何故、何故と。
膨らむ疑問と不安と焦燥にパニックになりそうな凪は、ええい、と頬を叩く。
ベタだが夢ではない。現実だと分かって、少し落ち着いた。
「気にしないってのは無理だが、いったん置いておこう」
唐突な情報量に頭が混乱する凪は、頭を振ると周囲に目を向ける。
紫月とのデートスポット、つまり駅前の広場から少し離れたところにある商店街だ。
いや、商店街と呼ぶべき場所だった。
空は紫色に染まり、大地は黒く染まり、まるで異界にいるかのようだ。
周辺の街路樹は紫色に変貌を始め、元の緑色が失われつつある。幸いにも店舗や家屋などは見知った物も多いが、今後はどうなるかは不明。
「俺は今、侵食現象の中にいる」
環境だけではない。そこにいる人間や動物にも影響を与える災害だ。
本来なら防護服と専用のマスクを着用しないといけないが、今の凪にそんな物はない。
「……ッ」
気配を感じ、反射的に近くの建物の陰に張り付くように隠れた。
その判断は正解だったと凪は思う。
入れ替わるように、通路の先から化け物が姿を見せた。
正気を失い、虚ろな眼差し。
涎の垂れた口。ボロボロの衣服に、侵食されて黒く変色した四肢。
先ほどの化け物に似ているが、もっと人間に近い見た目をしている。先ほどは混乱していて思い出せなかったが、その名称は凪の頭の中にあった。
「ロスト」
人間が侵食現象に侵された末路であり、代表的な侵食獣の一種だ。
それも複数人、いや複数体いる。
ロストは炎を吐いたり、空を飛んだりする訳ではない。だが、ためらいも遠慮もない元人間の攻撃は強烈だ。命を奪うことに戸惑いが無い。
戦うなら武器と覚悟がいる。
生憎だが、凪の中の覚悟は幼馴染に捧げられたばかりで足りそうにない。見知らぬ長杖を持っているが武器として使える気がしない。
逃げよう。
遠回りでも別の道を迂回してロストと遭遇しないような立ち回りを──
「お?」
それは本当に何気ない吐息だった。
緊張と不安に静かにこぼしたものだった。それだけの些細な行為だった。
同じように脚が何気なく前に出ていた。
「え……」
まるで散歩するような気軽な動きで黒瀬凪は建物の陰から出た。
身体が勝手に動いた。
出るつもりなんて欠片も無かったというのに。
自らの行動に硬直した凪が、慌てて隠れようとしても遅かった。
ロストに見つかった。
見た目以上の速さでロストが迫ってくる。
確かな圧を前に、凪は息を呑む。
無理だ。逃げないと。なんで動いた。分からない。
混乱する脳内、迫る危機に凪は、うわああ!? と叫んだつもりだった。
「──ノクティス・レイ」
みっともなく情けなく、笑われるような悲鳴を上げた。
少なくとも凪の認識ではそうだった。
実際には悠然とした所作で、黒瀬凪の唇は言葉を紡ぎ、長杖を突き出す。
長杖の台座に収まった宝玉が輝く。
直後に、光が迸った。
銀を纏った黒紫の光線、それが凪の視界いっぱいに広がった。黒紫の粒子に混ざる銀色の粒子、その光がロストを呑み込み、その先の建造物を崩壊させた。
「……は」
流れ星みたいな煌めきに目を奪われ、その光が消えた後も凪は動けなかった。
何が起きたのか理解が追い付かないまま、凪は周囲を見渡した。
ロストは消えた。
いや、消し飛ばしたのだ。先ほどの巨人のように。魔法で。
「な、なんなんだよ」
慌てたように下がって、脚がもつれて尻もちをつく。
驚きはあった。それ以上に違和感を覚えて、杖を、手袋に包まれた手を見る。
「身体が……」
身体が勝手に動く。口が知らない言葉を語り、魔法を使う。
それらは凪にとって酷く不気味な現象で、頭がどうにかなりそうだった。
「考えろ。考えろ、黒瀬凪。運よく、いや何か理由があって生き残れた。身体を勝手に動かされるけど敵を倒してくれる謎の女体特典をゲットした」
今はそれだけを理解すれば良い。細かいことは後だ。
混乱する思考、それでもなんとか状況を理解しようと苦心する。
息を吸って、吐いて、自分の身体らしき物に触れて、呼吸する。避難時、パニックになった者から死ぬのは鉄則だ。
黒瀬凪は自分のことを賢い人間とは思わない。
自分よりも賢い奴も強い奴もいる。だから、分からないことは専門家に任せる。
「だから、まずは会いに行こう」
凪にとって一番頭の良い人──先ほど別れた女性が思い浮かんだ。
「紫月。そうだ。とりあえず、紫月に会いに行こう」
謎の女体化に衣装に魔法。話したいことは山ほどある。
「けど、脱出した後のことを考えられるなんて思わなかったな」
あの時は死ぬつもりで特攻した。それは間違いない。
だから今はボーナスゲームみたいなものだ。五体満足で紫月にまた会える。その事実だけはこの謎の肉体に感謝して良いと思えた。
紫月が向かった大学方面に歩くこと数分。
やけに騒がしい音が聞こえてきた。
少しだけ人恋しい凪は、その中に混じる人の声を聞いて駆け寄った。
「え」
犬型を中心に、ロストや虫を大きくしたような侵食獣が、マスクや防護服、盾で武装した人々に襲い掛かっていた。
武装した人たちは背後にいる怪我人たちを守っているようだった。
忙しそうだ。見捨てよう。
だって、凪には関係ないことだ。さっきは魔法のような何かを出したけど、それは凪ではない誰かがやったことで、凪には関係ない。
今までも、そしてこれからも変わらない。知らない人を助ける余裕なんて凪には──
「イクリプス・フォール」
低く、可愛らしい声が凪の最も身近なところから聞こえた。
ロストの集団。それが一斉に潰れた。
その現象には身に覚えがあって、思わず凪は自分の口元を押さえた。柔らかい唇は自分の物とは思えず、いつの間にか長杖を掲げるポーズを止めようとしたが遅かった。
「あれは……!」
事態の異変に気付いた人間の集団が凪を見た。
ロストや他の侵食獣も凪を見た。
その場の注目を他の何よりも集めていたのが、凪の身体を強張らせる。
「……なんで」
最悪だった。
助けるつもりなんてなかったのに。
注目を浴びると、一番空気の読めないタイミングで教室に入った気分になる。
無言で凪は引き返そうとしたが、それより先に一人の男が声を張り上げた。
「民間人の脱出に手間取ってる! もう少しだけ時間を稼ぎたい! 力を貸してくれ!」
無視するべきだった。
ただ、その声の、藁にも縋るような必死な声音に凪は反応してしまった。
「……いや、ちがっ」
「お願いします!」
明らかに凪を実力者か何かと勘違いしている発言だ。
否定したのに無視された。
これは放置して良いだろう。助ける義理もない。凪には関係ないことだ。
「……けど」
目の前で助けを求められている。凪が、求められている。
それを放置して行くのはどうなのか。
ふと、そんな考えが凪の脚を引っ張った。先ほどの強力な魔法なら。あるいは。
「……少しだけなら」
できるだけのことはしよう。無理なら逃げよう。魔法が使えなかったら全力で逃げよう。それくらいの心持ちで凪は脚を踏み入れた。
「イクリプス・フォール」
呪文は不思議なことに頭の中に浮かぶ。
それを口にすると何かが体内から減る感覚と同時に効果を発揮する。
今回は先ほどの巨人のように侵食獣を地面に潰した。
二回、三回とロストや虫型の侵食獣を潰していく。
「……」
魔法を使ってから、ふと凪は思った。
ロストは元とはいえ人間だ。少し前まで商店街にいた人間だ。それを凪は平然と殺したのだ。その嫌悪感が今更ながら胃からせり上がって──
【魔法少女】LV.2
──いや、特に嫌悪感は無かった。
視界の端に表示されたレベルの数字を見た瞬間に収まった。
「殺そうとしてきてんだから殺して問題ねえだろ」
そんな考えが真っ先にきた。
恐怖も慣れたのか麻痺したのか、先ほどよりは平静を保てる。
それは視界に表示される【魔法少女】の数字が増えたことに関係しているのかもしれない。凪程度が真面目に考えたところで答えなど出る訳がないが。
「よく分かんねえけど、戦える」
このままいける。戦える。
複数の侵食獣を巻き込むようにプチプチプチプチと潰して、凪は彼らに合流した。
「た、助かる。……すまないが名前は?」
本名を答えたくはない。偽名にしよう。
そう凪が考えた瞬間、黒瀬凪の口が滑らかに動き、身体はポーズを取った。
「私はイクリプス・ノクティス。魔法少女」
「……魔法……少女……?」
唖然と、困惑したような顔はマスク越しでも伝わってきた。
それ以上に驚きと困惑があるのは凪の方だった。
決定的だった。
黒瀬凪の身体は、どこかおかしい。勝手に魔法を放ち、動き、喋る。
侵食現象で生き残った副作用なのかもしれない。
肉体の制御が凪の意識から離れるタイミングも掴めず、そんなことを人に話しても頭がおかしい扱いをされかねない。最悪隔離だ。
言い訳したいが、話をするのは避けた方が良い気がした。
「それよりも」
羞恥を押し殺して凪は侵食獣を睨む。
何も恥ずかしいことなどない。堂々とした態度を装い、長杖の先端を肩に掛ける。
「……逃げないんですか?」
呼びかけると先ほど話した男が静かな口調で応じた。
「怪我人や民間人の搬送を進めているがもう少し時間がかかる。イクリプスさんには足止めをお願いしたい」
男は凪に情報と依頼をしてきた。
「私は竹田です。ロストは我々で撃退するので素早い犬型の対処をお願いします」
「分かった……あ、や、分かりました」
「敬語は不要です」
間違いなく年上の相手から丁寧な物腰で応対されると、凪としても無碍にはできない。
「イクリプス・フォール」
犬型の侵食獣を潰していくと周囲で戦っていた人たちに賞賛される。
「すげえ、これが魔法使いか!」
「やっぱ魔法だわ!」
「よし、後退していくぞ!」
賞賛する彼らの動きも目を見張る物がある。
盾で接触を防ぎ、他の者が槍や飛び道具で頭を吹き飛ばす。堅実な連携を横目に、凪は杖をかざした。
「ノクティス・レイ」
あまりに数が多い場合は、ビームだ。
凪のかざした杖から高出力のエネルギーが放出され横薙ぎに払う。これで一息に複数体の侵食獣を切断していく。
その確かな威力に内心で安堵しながら、竹田たちと連携していく。
「竹田さん、B班一人やられました!」
「D班と交代して。侵食される前に撤退を急いで」
竹田の指示で彼らは無駄なく動く。
武器も年齢や性別もバラバラだが動きは洗練されていた。
「もうすぐ侵食波も収まると思います。もう少しだけ堪えて下さい」
「……ええ」
「収まり次第、すぐにここを抜け出しましょう。申し訳ないがそこまでお願いします」
凪に、竹田は丁寧だが指示を出してくれる。
それが少しありがたい。
着実に侵食獣を撃退していく。床には死骸が転がり、脚の踏み場が無くなっていく。
侵食獣が波のように押し寄せてくる。だから侵食波。
かつての国や都市も、この波が連続で押し寄せ続けたことで壊滅した。凪たちにできるのはこの波が収まるまでの防波堤となることだ。
「イクリプスさん、魔力の方は持ちそうですか?」
竹田から聞かれた。
「魔力、ええっと……たぶん、なんとかなりそうだ」
なんとなくだが、半分もないくらい。ふわっとした物だがそういう感覚があった。
もう少し数字で表示されないだろうか。凪は考える。
「いける! 終わりが見えた! 全員で帰るぞ!」
そう一人の男が歓喜の声を上げた瞬間だった。
地面が揺れ動き、下から突き上げるように赤黒いミミズが男たちを呑み込み現れた。
「侵食波! 第二波が接近してくるぞ!」
まだ来るのかと凪は眉間に皺を寄せる。状況は明らかに悪化していた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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