【TS】魔法少女は崩壊世界にただ一人 作:顔の良い魔法少女
二度目の侵食波によって、竹田たちの防衛戦線は崩壊を始めていた。
「ノクティス・レイ」
防衛戦線を立て直すために、凪は杖を振るう。
銀を纏った黒紫の閃光が地面を穿った。
直後に、他の虫型侵食獣を巻き込む形で巨大ミミズが姿を見せた。収束した一撃は確かにミミズの表面を焼いていたものの、致命傷には至らない。
攻撃を続けようにも、地上の侵食獣が多い。
犬型、人型、虫型と侵食された存在が群れを成して襲い来る。
「竹田さん!?」
悲鳴に視線を向ける。リーダーである竹田がロストに噛みつかれていた。
魔法を使おうにもあまりに距離が近い。
幸い、凪が何かするより先に竹田が自力で敵を撃退していた。
ナイフを振るい、首を斬り落とす姿は大人しい姿に似合わず野性的だ。
「イクリプスさん。前衛の手助けをお願いします」
自らよりも戦線の維持を重視する発言に凪は頷く。
「イクリプス・フォール! ノクティス・レイ!」
地面ごと潰し、収束した光が侵食獣を滅ぼす。
それでほんの少しだが、戦線と侵食波の間に空間が生まれた。
だが、数が多い。
文字通り波のように押し寄せてくるのだ。このままでは魔法を使える凪も押し流されて波の一部になる。かつて敗北した国や都市のように。
──逃げるか?
そう考えなかった訳ではない。
最期まで付き合う義理はなく、彼らを囮にすれば凪は逃げられるだろう。
ただ、それなら最初から関わるべきではなかった。
中途半端に手を出して、状況が悪くなったから手を引くなんて真似は情けなすぎる。
身体が勝手に動いて状況に流されたとしても、自分でやると決めたのなら。
責任を持って筋を通す。
それくらいできなければ、凪は紫月の隣にはいられないだろうから。
「なんとか、しないと」
でもどうやって?
こういう時に限って黒瀬凪の身体は動かない。何をしているのだ。
動けよ、身体。動いてくれ、イクリプス。
俺を救ってくれたように、この人たちを救う魔法はないのか。
そう思いながら凪が何体目かの侵食獣を潰した時だった。
【魔法少女】LV.3
侵食獣を吹き飛ばした瞬間、凪の視界に文字が映る。
数字が変わった。その変化が何を意味するのかは分からなかったが、
「────」
黒瀬凪の身体が動いた。
魔法行使を止めて侵食波から背中を向け、竹田や負傷した人に触れる。
「……?」
「なんですか?」
返事はしない。ただ静かに息を吸って、一言だけ唇を震わせた。
「イクリプス・ドレイン」
直後に、彼らの肌を犯すように広がっていた侵食の痕──黒い紋様が吸い寄せられるように肌の上を蠢き、やがて黒い粒子となって黒瀬凪の手に集う。
魔法を使用した直後、身体の中に何かが入り込んできた。
冷たい水を一息に飲みこんだような感覚だが、胃の中には何も落ちない。喉も通らず、身体の奥底に運び込まれ、どこかに吸い込まれる。
「これは……」
苦悶の表情を見せていた人たちが負傷箇所に目を向けた。
戦闘で汚れてはいるが、間違いなく人間の皮膚の色に戻っていた。
「治った?」
周囲の反応を他所に、黒瀬凪の身体はその場にいた負傷者に触れていき、エネルギーを吸収していく。
黒い粒子は黒瀬凪の体内に入り込み、身体の奥底へと吸い込まれていく。
そして、鼓動と共に全身からあふれ出る黒紫の粒子に銀の閃光が奔った。
膨大な力を体内に感じた凪は、それで何をすれば良いのかを察した。
長杖を握り締めると、宝玉から溢れんばかりの黒紫と銀の光が周囲を照らし出す。
「イクリプス・フォール」
狙った獲物は巨大ミミズ、隠れた地面ごと叩き潰すような一撃が侵食獣を圧殺した。
地面を砕き、空気を震わせ、侵食獣を大地に沈めた。
そこに例外はない。波のように押し寄せた敵を道路ごと潰した。
道路が陥没し、そのまま大穴が開く。
生き残った侵食獣も勢いそのままに落ちていった。
「────」
静寂が広がる。
ただ、凪の耳や感覚が侵食獣の排除が完了したことを告げていた。
「……じゃあ、俺はこれで」
竹田に一声かけて、脚を進める。
「ま、待って下さい!」
振り向くと、先ほどの戦闘中に黒瀬凪が吸収した男の一人だった。
凪よりも若いだろうか。
侵食の紋様や痣は消え、ロストのような虚ろな表情が嘘のように生気に満ちている。
「魔法使いさん! 名前、名前を教えて下さい!」
まるで憧れる者を見るような視線に、黒瀬凪の身体は勝手にポーズを決めて、また勝手に名乗りを上げた。
「私はイクリプス・ノクティス。魔法少女よ」
そうして黒瀬凪は颯爽と背中を向けて歩き出した。
目指すべき場所は分かりやすい。空から垂れ下がる紫の帳はどこからでも見えていた。最寄りの帳に到着するとその膜を通る。
するり、と抵抗なく通り抜けることができた。
「……出られた」
空を見上げる。紫色ではない。暗いが薄っすらと空が明るんでいる。
肌に感じる空気がまるで違う。
それどころか、いつの間にか夜を越したようだ。
背後からも脱出したことに喜ぶ彼らの声を聞きながら、周囲を見渡す。すぐ近くには遠くにまで広がる紫の幕が下りているが、これ以上動く様子は見られない。
侵食現象も停止したのだろうか。
凪には分からないが、そう判断して動くことにした。
「これなら駅が近いかな」
最初に巻き込まれた商店街からそこまで離れていない。
遠巻きに見守る避難民や、武装した人たちの奇異な視線を無視してその場を去る。
「……珍しいな」
対向車線からはディーゼルエンジンの唸りを鳴らして軍用車両が押し寄せてくる。貴重な燃料を使うだけの緊急事態なのだと、凪は思った。
呼び止められたが、無視する。
この状況を細かく説明するのは面倒であり、証明も難しそうだから。
早朝にも関わらず騒然とした街中を後目に、凪の身体は物凄い速さで走り出す。
車のように時速数十キロは──それ以上も出ていたかもしれない。
尻目に避難しようと移動する人たち、遠くに聞こえるサイレン。
それらを周囲の景色ごと置き去りにして凪は走り続けた。
目的地まで一時間かからなかったが、空は明るくなっていった。
先ほどの侵食現象が起きた国分寺から紫月がいる八王子の大学まで休憩することなく走り続けた。オリンピックに出場したら優勝間違いなしだと凪は思う。
「……っと、到着」
元々、八王子市には大学などの教育機関が点在している。
23区などの首都圏が侵食される中、残存政府が保存状態の良い大学を研究所および学び舎として再構築した。
『東京先進大学』と新たに名付けられた学舎が人類の技術の集積所だ。
早朝だから人も殆どいないと思っていたが、屋内には活気がある。既に国分寺駅近辺で発生した侵食現象について情報が共有されているのだろう。
慌ただしい空気を感じたが、この恰好ではどうしようもない。
警備の目を避けながら凪は大学の一番奥にある研究施設に向かう。警備体制は分かっているから忍び込むのは容易だった。
「…………で、どうやって説明しよう」
ふと我に返る。
侵食獣よりも難しい問題だと凪は思った。
いまだに自分の容姿を鑑みる余裕も、鏡を見る暇もなかった。
ただ、肌や髪に触れた感じは美少女だと、すなわち黒瀬凪という人物からほど遠い状態なのは間違いない。
男から女に、ただの人から謎の魔法少女になった。
それを、どうやって説明する?
「いや、紫月なら」
勝手な期待なのは分かっている。それでも長年一緒にいた幼馴染だ。
というか、分かってくれ。
説明について考え出すとぶわりと頭に不安が過る。
凪にも自分が凪だという証明が難しい状況なのだ。
このまま誰にも黒瀬凪と認められなかったら。そう思うと凪の脚が速くなる。
「紫月……紫月ッ!」
殆ど転がるように、あるいは恐怖に追い立てられるように凪は彼女の研究室に入った。
部屋は暗い。
静かだ。実験や研究をしている彼女の姿はなく、就寝中なのかと疑う。
プライベートルームの方かと急いで部屋に向かうと、
「……いるじゃねえか。てっきりお前も侵食現象に巻き込まれたって最悪の想像を始めるところだったぜ」
護衛はキチンと送り届けたようだ。
その事実にホッとしながら、静かに忍び寄る。
床には服や小物だけではなく研究で使う部品が散らばる。生活臭のする部屋の隅で紫月はベッドに膝を抱えて座っていた。
「紫月?」
紫がかった灰銀色は相変わらず綺麗で、知性を感じさせる美貌は目を惹かれる。ただ、それ以上にどこか不安定さを感じさせる眼差しに、凪は眉を寄せた。
こんなに近くにいるのに、その瞳には何も映っていない。
写真立て、中学入学時に紫月と撮った凪を指で撫でて、身体を丸めていた。
「…………」
正面から紫月の美貌を見つめるも反応がなかった。
「あ」
その姿に凪は思い出した。
侵食現象で国や都市が崩壊していった時、紫月の父も東京先進大学で侵食現象に関する研究をしていた。
ただ、不幸なことに実験中に死亡して紫月が研究を引き継ぐことになったのだが、しばらくの間はこんな風に反応が薄くなった。
「…………」
ただ、今回は違う。
凪はまだ死んでいない。悲しまれてたまるか。
確かに彼女を助ける過程で手脚も内蔵もダメになって、もしかしたらその一部始終を見て、死んだと思ったのだろう。
だからと言って、本人を差し置いて写真の中の凪に目を向けないで欲しい。
その関心も眼差しも言葉も心も、その全てをここにいる凪に向けて欲しいのだ。
「俺は死んでない。死んでねえよ」
だから、こっちを見ろ。
俺は、ここにいるのだから。
「ていっ」
「いたっ!?」
天才を覚醒させるにはデコピンで十分だ。その次がくすぐり。
反射的に手を頭に置いた紫月が瞬きを繰り返す。灰銀の睫毛に彩られた紫紺の瞳に波紋が広がっていく。
「……なぎ?」
「おう」
瞬きを繰り返して焦点が凪に合う。
ほんの一瞬でも凪と思ってくれたのなら、あとは言葉を通すだけだ。彼女の頭脳が現実を受け止めて勘違いだと判断する前に、凪は口を開く。
「紫月。そういうのは俺が死んでからにしてくれ。泣いてくれるのは嬉しいし、なんだかんだで引きずって、ふとした時に思い出して欲しい。けど、今はそれどころじゃない」
「あなた、は」
「俺を助けてくれ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
もし作品を気に入っていただけたら、評価やお気に入り登録で応援していただけると嬉しいです。今後の執筆の励みになります。
引き続き、よろしくお願いします!