【TS】魔法少女は崩壊世界にただ一人 作:顔の良い魔法少女
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引き続き、本作を楽しんでいただければ幸いです。
目に光が灯った紫月の眼差しは胡乱気なものだった。
ああ、信じていないな。
凪が一瞬で理解すると同時に、紫月は冷たい美貌で睨んでくる。
「誰ですって」
「だから、俺だよ。黒瀬凪」
「凪を語らないで。言っておくけど、子供でも私は容赦しないわよ」
「誰が子供だ。ちょっと歳上だからって大人ぶるなよ」
苦笑しながら応じると紫月から発せられる圧が強くなった。
無言で吊り上げた瞳には色濃い敵意が宿る。
その感情を向けられることに少し心に痛みを感じながらも、凪は頭を回す。
「じゃあ、質問しろよ。……待って、警備は呼ぶなって」
「きゃっ」
ベッドから立ち上がり逃げようとする彼女の手を引っ張る。
予想よりも力が出て、紫月をベッドに押し倒してしまった。
「あ、悪い」
「乱暴する気ね。かよわく美しい私に」
「しねーよ!?」
「……ごめん、凪」
「凪は俺だって! 待て、話を聞いてくれ」
逃げようとする紫月を凪が押さえる。
やがて、紫月が身体を脱力させて凪を見上げた。
「……いいわ。なら質問を与えてあげる。紫月理論、第3項7について」
「もっと一般的な、俺たちの間に共通する文系的な質問にしてくれ」
ここまで鏡を見ていないが、きっと美少女スマイルに違いない。だというのに、凪を見る紫月の眼差しからは疑念が減るどころか増しているようにも見える。
「俺たち、ね」
紫月の声色は、確かな硬度を保ったままだ。
距離は近いが心の距離は遠い。
それでも話さなくては前に進めない。これで失敗すれば警備を呼ばれて、更に面倒な展開になるのは目に見えていた。
警戒色を宿した瞳を凪は見つめて、身振り手振りで語り出す。
「じゃあ、俺が語るよ。星崎紫月。侵食現象を元にナノマシンとか侵食杭とか作った天才技術者。大和生存圏でオンリーワンなレベルの重要人物にして俺の幼馴染」
「調べればわかることね」
「甘い物が好き。外面は良い癖に、すぐに部屋は汚し、洗濯も忘れる。なのに、虫は苦手。配給券の大半が甘い物に消えるから幼馴染の俺が料理を担当してる。ナルシストで頭は良いけど繊細なところもある。昨日一緒に行ったデートでプレゼントしたぬいぐるみを上げたらニコニコしてて可愛かった。……どうだ?」
「別にニコニコなんてしてない。それにアレは落としちゃって……」
抗議の声が止まった。紫月の相貌に警戒とわずかな興味が浮かんだ。
続けて、と目線で語ったような気がして凪は口を動かす。
「あと、昔さ、俺のプリン食べただろ? それを悪いなって思ったのかゼリーを入れて返してきたことあったよな。すっごい変な味の。自作ゼリー」
「記憶にないわね」
「国会答弁みたいなこと言ってないで思い出してくれ」
「……当時、凪が好きだった食べ物を全部混ぜたのよ。効率的よね」
「まずいだけのビビンバかよ。どうりで今でも覚えてる訳だわ」
「……それって、凪が教えたの? 彼に妹や親戚はいない筈だけど」
「いや、だから、俺! 俺が凪なの! 信じてくれ!」
「あなたの見た目なら俺じゃなくて、せめて私か僕辺りにしなさい。将来、後悔するわよ」
「この状況で言うことかよ」
紫月の表情に変化はない。元々変化は薄い方だったが、一切の変化がないクールな美貌と相手を見抜こうとするような眼差しに、凪は静かに危機感を募らせる。
「なら、その恰好は?」
「魔法少女らしい」
「バカなの?」
「いや、本当に! 侵食領域に入って死にかけていたら、こうなったんだって。この服も、髪も、あと顔も! まだ見てないけど」
「鏡ならそこにあるでしょ」
「見たら確定しそうじゃん! 俺が女の子になった事実が!」
魔法少女の恰好──他に出会ったことは無いから正式な衣装かは不明だが、少なくともドレスのような衣装を叩いて凪は主張する。
必死だった。どれだけ話したところで簡単には信じにくいのは分かる。
だけど、信じて欲しい。何か、もう一つきっかけがあれば可能性はあるだろうに。
「物的な証拠って何かないか」
ぎゅっとドレスを握っていると、ふいに布地の消失感があった。
まるで空気に溶けるような感覚に凪は目線を下げる。
「あ、服が」
黒瀬凪が着ていた服だ。袖は無くなり、腹部分は赤黒く、それどころか裂けている。ズボンも同様だ。
ただ、明らかにサイズと長さが合っていないのはストンと落ちたズボンからも分かる。
「なら身体は……戻ってないのか。なんか条件でもあんのか?」
咄嗟に胸元を撫でるが胸板はなく、柔らかい膨らみは健在だった。
顔を触っても変化は感じない。
つまり凪の服部分だけが元に戻ったらしい。
「それ……」
「ん?」
自分の身体を弄る凪に、紫月が声を掛ける。その指先は凪の左手首に辛うじて留まっている腕時計に向けられる。
「これは……紫月がくれたんだ」
「ええ」
ガラス細工に触れるような手つきで紫月は腕時計に触れる。
自分の子供を見るような慈愛に満ちた表情は、そんな状況ではないのに見惚れてしまいそうになる。
「誕生日にくれたよな」
「いつも身に着けて欲しいって思って」
「紫月って重いって言われたことない?」
「……? 誕生日なら相手にキチンとした物をあげたいし、何なら見る度に私のことを思い出して欲しい。そういう気持ちを形にするイベントよね」
間違っていないでしょ? とばかりに小首を傾げる紫月。
顔の可愛さで大抵のことは許される女だ。
少なくとも凪はそれで大抵のことは許してしまうから質が悪い。
「そのおかげで毎年の誕生日は苦労したんだけどな」
「……そうね」
「あーあ、認めてくれねえと俺の遺品って扱いになっちまうわ。今年の誕生日は考えなくて済むし、遺族には腕時計しか返ってきませんでしたってな。遺族いねえけど」
「それ、面白くないから止めて。笑えない」
「じゃあ、どうする? 俺を認知する?」
「なんで私を脅す流れになってるのよ」
珍しく眉間にしわを寄せ、何者をも黙らせるような絶対零度の視線が浴びせられるが、凪にとっては大したダメージではない。
自分の死亡ネタだ。誰が困るでもないだろうし。
それよりも絶好のチャンスだった。紫月を凪が見つめると彼女は腕を組む。
「……いいわ。けど、全部を信じた訳じゃない」
「この時代って信じられないことばかり起きてるだろ。それに紫月だって他の人が信じられないような発明だってしてきたろうに」
「人は人。私は私よ。だって私は天才だもの」
傲慢な言葉が無慈悲に凪の言葉を切り裂く。
その相変わらずな態度には、長年の付き合いがある幼馴染も唸るしかない。
「──でも」
ふいに硬度と冷気を持ったような声が軟化した。
まるで雪解け水のような冷たくも透き通った声が耳朶を撫でる。
「少しだけ、信じてあげる」
紫紺の瞳は少しだけ柔らかく、凪の髪を撫でる手は慈しみがあった。
◇
全部話して。
紫月からの指示を受け、凪は思い出せる限りのことを話した。
化け物──変異したロストと戦っていたら(一方的にやられていたとも言う)知らない魔法少女になっていたこと、魔法を使ったこと、武装した人たちを助けたこと。
「あの場所にいたなら防衛局か駆り出された探索者のどちらかね」
「巻き込まれたって言ってたから探索者な気がする。どっちでもいいけどな。……で、脱出に成功した俺は華麗に走って大学まで来たって訳」
「なるほど。あなたの主観はともかく、おおよその話は分かったわ」
凪は語り終えると湯呑を傾ける。
茶葉は貴重だ。それを惜しみなく使ってくれるのは今の時代では相応の階級しかいない。匂いと味を楽しみながら一息つくと紫月は真面目な表情で何かを考えていた。
「うまい、もう一杯」
「自分で淹れて」
「そもそも、これも俺が淹れた奴だけどな」
「あなたが淹れたなら私が淹れたも同然よ。それは私の茶よ」
ぴしゃりと拒否しながらも彼女は棚に転がっていたパンを差し出した。
コッペパンだ。柔らかく、白い。
よく見るとパンの上に小さな粒がいくつか乗っている。サプリメントだ。
「これ、あなたの朝ご飯ね。半分あげる」
「ありがとう。……いや、ちょっと待て!」
「なによ。不満なの?」
思わず立ち上がった凪に、紫月は気にした様子を見せない。
椅子に座り、パソコンに色々と書き込んでいる。
「ちゃんと食事をしろって言ってるだろ。俺が作ったのは全部食ったのか?」
「美味しかったわ」
「じゃあ、仕方ない。キッチン貸してくれ。冷蔵庫も」
「いいけど大したものは入ってないわよ」
偉そうにしているが紫月の生活力はほぼ皆無と言って良い。
そこで黒瀬凪の出番である。
勝手知ったる様子で棚に置いたエプロンを手に取った凪は颯爽と着用する。
「……やっぱり、大きいな」
「見た目通りね」
「実際、見ないようにしていたけど若いというか幼い気がしないか」
「そうね。見た目の年齢は……」
「おおっと、ネタバレは止めてくれ!」
凪の衣服は現状、シャツに無理やりベルトで締めたズボンだ。
そこに長めのエプロンを着用して、いざ料理開始だ。
「料理は良いな。掃除もそう。洗濯もいい」
現実逃避に最適なのだ。何より綺麗になるし健康的で美味しい料理も作れる。
この東京先進大学に所属する者は労働が免除されるだけではなく、食料も優先的に配給される。
それらを使えば、ちょっとした魚料理やみそ汁を作り、米も炊くことができる。
「はい、完成」
文明的な料理の完成だ。ついでにタッパーも洗って適当な野菜炒めを詰める。
「……凪の味がする」
机を挟んで一緒に食べる。紫月の第一声に凪は箸を止める。
「ホラー的な意味で?」
「お母さん的な意味で」
「お母さんで思い出したけどちゃんと洗濯した? 着る物なかったらまた昔の体操服を着ないとまずいからな。いい年なのにイタッ!?」
つまり黒瀬凪の味を再現したことで、凪=イクリプスの補強に繋がったようだ。
ナイスプレーと、蹴られた脚を撫でながら紫月と食事を進める。
「まず、確認したいのだけど」
食べ終えた後、紫月からいくつか凪に質問があった。
「魔法少女になれる? それができるなら魔法の再現性も確認したいわね。特にロストに傷を負わされた探索者の治療──吸収魔法を使えるなら面白いことになるわよ」
「面白いこと?」
「ええ、侵食された人間の医療研究はあまり進んでいないもの。吸収というアプローチで優秀な人材を復活できるなら、能力次第では人類の未来だって変わるわ」
「おおげさ、とは言えないか」
自分のことだけで考えもしなかった。
思わず自分の左手を見る。
「もし、本当に治せるなら」
凪を助け、探索者たちを助けた手だ。この手なら守りたい者を守れる。何もできずに介錯してきた友人たちも助けられたかもしれない。
「紫月。治療ができたら俺はすごいと思うか?」
「……ええ、すごいでしょうね」
この時代は無能には厳しい。
人類が生き残る為に能力の無い者は死んでいくしかない。恥も矜持も捨ててお情けのように人にすがるか、人の情を利用して寄生虫のように生きるしかない。
昨日までの凪のように。
黒瀬凪は学も無く、力も無く、才能もない。
少しの体力と天才幼馴染にすがれるプライドの無さだけはあった。
そんな凪に転がり込んできた力だ。本当にこれが有能なら、『すごい』のなら。
──これなら、紫月とも対等な存在になれるかもしれない。
「やろう。俺も、すごくなりたい」
凪の少し子供じみた言葉に、紫月は表情を変えずに首肯した。
「じゃあ、さっきの衣装に変身して」
「分かった。──ハア!!」
壁に手をかざすが反応はない。紫月が目をパチクリとさせただけだ。
こういうやり方では無いようだと凪は反省する。
「悪い。空回った。少し待ってくれ」
そもそも魔法少女にどうやってなるのだろうか?
衣装を着ていないだけで、今も魔法少女の状態なのではないのか?
「……ん?」
思考の迷宮に入りかけて髪に触る凪は、ふと気づいた。
左手。正確にはその中指に目を向ける。よく見ると、本当によく注視しないと分からなかったが、そこには見知らぬ指輪が嵌っていた。
「こんなのいつ……」
その指輪に触れる。閃光。銀色が混ざった黒紫の粒子があふれ出した。
気が付くと、凪の手には一つの長杖があった。
「──夜を越えて星を喰らう」
紫月を前にして静かに呟く。
凪の意思を置き去りに、黒瀬凪の身体はポーズを決める。
「イクリプス・ノクティス」
黒紫の粒子が一斉に周囲に広がり渦を描く。
身体にまとわりつく銀の粒子が黒を基調とした衣装に変わる。
「──ここに、再会の祝福を」
浮遊する杖をクルリと回し、スカートを翻す黒瀬凪の手が紫月に差し出される。
光が収まり、そこには先ほどまでと同じ魔法少女が顕現した。
さて、凪の反応はどうだろうか。
「ふーん。本当に変身できるのね。ところで、その口上は?」
紫月の反応は極めて淡泊な物だった。