大洗にT-34がいたら(旧題眠れる鉄騎と、春の大洗) 作:ouka23
1/
各校へのご挨拶から、二週間が過ぎた。
大洗女子学園は、夏休みに入っていた。とはいえ、戦車道の生徒たちの昼間は、あまり変わらない。午前中は格納庫で整備をして、午後は、暑さに負けない程度に練習をする。その合間に、各自が、各自の夏を過ごしていた。
その日の夕方、格納庫の前に、全チームが集められた。
「えー、お知らせでーす」
杏が、干し芋をかじりながら、一冊の雑誌を掲げた。表紙には、砂埃を上げて走る戦車の写真と、太い文字。
『月刊戦車道』。
「あっ、それ……!」
優花里が、引き寄せられるように一歩前に出た。
「そ。ここの編集部から、取材の申し込みが来ましたー。今年の大会で戦った学校の『戦車女子の一日』を、一時間ごとに追いかける特集だって」
「一時間ごと、ですか?」
みほが、首をかしげた。柚子が、書類をめくりながら補足する。
「同じ日の、同じ時刻に、全国の戦車道の子たちが何をしているのか、っていう企画なの。大洗には記者さんがひとり来て、朝から晩まで、各チームを順番に回るんだって。他の学校にも、それぞれ取材班が行くそうよ」
「優勝校として、恥ずかしくない一日を過ごせ!」
桃が、叫んだ。それから、手元の紙を読み上げ始めた。
「取材の順番を発表する! 朝六時、アヒルさんチーム!」
「はいっ! 朝練なら、任せてください!」
磯辺典子が、拳を握って飛び跳ねた。
「七時、あんこうチーム!」
「……七時は、寝ている」
麻子が、もう半分目を閉じたまま言った。沙織が、頭を抱えた。
八時にカモさんチーム、九時にカバさんチーム。正午にウサギさんチーム、一時にレオポンさんチーム。四時にアリクイさんチーム、五時にカメさんチーム。
桃の声が、ひとつずつ名前を読み上げていく。そのあいだを埋めるように、他校の名前も並んでいた。十時、聖グロリアーナ。十一時、サンダース。二時、プラウダ。三時、アンツィオ。六時、黒森峰。
伊里奈は、格納庫の壁際で、その読み上げを聞いていた。
自分たちの名前は、まだ呼ばれていない。
「――そして、夜の七時。シロクマさんチーム! 最後だ!」
こはるが、ぱっと顔を上げた。
「私たち、いちばん最後!?」
「大とりだねー」
杏が、にんまりと笑った。
「編集部から、名指しで頼まれたんだよ。『決勝でティーガーIIを止めた、あのT-34の乗員に話を聞きたい』って。……それと、『元プラウダの砲手だというのは本当か』ってもね」
格納庫の前が、少しだけ静かになった。
伊里奈は、壁から背中を離した。
「……答えないと、いけませんか」
「答えたくないことは、答えなくていいよ。そこは、ちゃんと言ってあるから」
杏は、乾いた干し芋を、伊里奈のほうに向けた。いつもの軽い口調だったけれど、その目は笑っていなかった。
「ただね、雪村ちゃん。黙ってても、もう少ししたら、誰かが勝手に書くよ。だったら、自分で言ったほうがいいんじゃない?」
―――
その夜、倉庫の作業台で、すみれが新しい記録帳を開いた。
「で、どうするの」
「……どう、とは」
「取材。元プラウダだって、言うの?」
伊里奈は、転輪を磨く手を止めた。
大洗の仲間には、もう知られている。あんこうチームにも、生徒会にも。先日は、あの学園艦に、自分の足でもう一度上がってきた。
けれど、雑誌に載れば、それは、知らない人たちにまで届く。「前年の優勝校の砲手が、なぜか大洗にいた」。そういう書かれ方をされたら、去年の雨の日のことまで、何度も蒸し返されるかもしれない。
西住さんの前で。
「……私のことは、いいんです。でも、去年の決勝の話になったら、西住さんが……」
「西住さんなら、大丈夫だと思うけどな」
砲塔の上から、千紗の声が降ってきた。カメラのレンズを拭きながら、事もなげに続ける。
「黒森峰、ちゃんと行けたんでしょ。写真、笑ってたよ」
「……そうですね」
操縦席から、こはるが顔を出した。
「あのね、伊里奈ちゃん。私、記者さんに聞かれたら、ちゃんと言うよ。うちの車長は、プラウダから来た、世界一かっこいい砲手ですって」
「……世界一は、やめてください」
「じゃあ、日本一」
「それも、やめてください」
すみれが、ふっと息を吐いて、記録帳に日付を書き込んだ。
「決めるのは、当日でいいわ。それまでに、他のチームがどう答えるか、見ておきましょう。私たちは七時。いちばん最後なんだから」
伊里奈は、小さく頷いた。
――後になって思えば、その一日を「見ておく」というのは、思ったよりずっと大変なことだったのだが。
2/
取材の日の朝、五時半。
まだ薄暗い海沿いの運動場に、四つの人影が並んでいた。
「……どうして私たちまで、早起きしてるんですか」
こはるが、大きなあくびをかみ殺した。
「他のチームがどう答えるか、見ておくって言ったでしょう」
すみれは、もう記録帳を開いていた。表紙には、『取材日 観察記録』と書かれている。
「……観察、なんですね」
「全部よ。一時間ごとに、全部」
伊里奈は、何も言えなかった。言い出したのは、自分たちだ。
運動場の端には、八九式中戦車が、朝露に濡れて停まっていた。その前で、バレー部の四人が、もう準備運動を始めている。
六時ちょうど。カメラを提げた若い女性が、小走りで運動場に入ってきた。パンツスーツの胸に、『月刊戦車道』の腕章をつけている。
「おはようございます! 『月刊戦車道』です。本日は一日、よろしくお願いします!」
「おはようございまーす!」
四人の声が、きれいにそろった。朝の空気に、よく響く声だった。
「それでは、いつもの朝練を見せてください」
「はいっ! まずは、砂浜ダッシュ十本から!」
「それ、戦車道の朝練ですよね?」
「戦車道もバレーも、基本は足腰です! 根性です!」
磯辺は、迷いなく断言した。記者は、一瞬だけ筆を止めて、それから楽しそうに『根性』と書き込んだ。
砂浜ダッシュが終わると、四人はそのまま八九式に乗り込んだ。エンジンが、少しぜんそく気味な音を立ててかかる。
「……あの子、毎朝あれでよく動いてるなあ」
こはるが、操縦手らしい顔でつぶやいた。そのあいだにも、八九式は、運動場を一周、二周と回りはじめる。弱い砲。薄い装甲。それでも、決勝の市街戦で、あの車輌は最後まで走り回っていた。
「八九式で戦うとき、いちばん大事にしていることは何ですか?」
窓から身を乗り出した磯辺に、記者が大声で尋ねた。
「追いかけることです! 撃ち抜けなくても、引きつけられます! ボールを落とさなければ、試合は終わりません!」
伊里奈は、その言葉を、少しだけ口の中で繰り返した。
すみれのペンが、記録帳の上を走る。『六時 アヒルさん。記者、最初の三分で「根性」を三回聞く。』
―――
七時。
アパートの廊下の、ある部屋の前で、記者は立ち尽くしていた。
「……あの、あんこうチームの方は」
「すみません、今、起こしてます!」
扉の向こうから、沙織の必死の声がした。そのあとに、布団を引っ張る音と、もごもごとした低い声が続く。
「……七時は、寝ていると言った」
「取材なの! 雑誌に載るの!」
「……じゃあ、寝ているところを載せればいい」
廊下の端で、千紗が、壁に額を押しつけて肩を震わせていた。
そのうち、廊下の向こうから、みほが、お盆を持ってやってきた。おにぎりが五つと、水筒。その後ろには、優花里が、大きなカメラを三つも首から下げてついてきている。
「あ、おはようございます。……冷泉さん、まだですか」
「西住さん。あんこうチームでは、これが毎朝の、いちばん最初の戦いなんですね」
記者が、感心したようにメモを取る。みほは、少し考えてから、真面目に答えた。
「えっと……毎朝、ではないです。毎朝だと、沙織さんが大変なので。でも、冷泉さんは、起きてしまえば、いちばん頼りになる操縦手ですから」
そのとき、扉が開いた。
麻子が、制服の上着を片腕に通しただけの姿で、寝ぐせのついた頭をかしげて立っていた。その腕には、赤い布に白い星の刺繍がしてあるクッションが、しっかりと抱えられている。
「……おはよう」
「あの、そのクッションは……?」
「……友達にもらった。プラウダの昼寝用だ」
記者のペンが、ぴたりと止まった。
「……プラウダに、お友達が?」
「……雪村さんに、連れていってもらった」
麻子は、そう言うと、廊下の端に立っている伊里奈のほうを、そのまま指さした。
記者が、ゆっくりと振り返った。その目が、待ちかねたものを見つけたように、少しだけ光った。
「……あなたが、雪村伊里奈さんですね。夜の七時の方の」
「……はい。今日は、その……見学をさせていただいています」
「そうですか。……では、七時を楽しみにしていますね」
記者は、にこりと笑って、手帳の端に何かを書き足した。それから、何事もなかったように、あんこうチームの朝食の光景にカメラを向けた。
「……麻子のばか」
沙織が、ひめいのように小声で言った。麻子は、おにぎりをもぐもぐとやりながら、不思議そうに首をかしげただけだった。
「……何か、まずかったか」
伊里奈は、小さく首を横に振った。まずくはない。ただ、夜の七時が、少しだけ近くなっただけだ。
すみれの記録帳に、一行が足された。『七時 あんこう。冷泉さん、起床と同時にこちらの予告編を流す。』
3/
八時。
校門の前には、夏休みだというのに、三人の風紀委員が並んで立っていた。
「おはようございます! 風紀委員、園みどり子です!」
おかっぱの少女が、胸を張って記者を出迎えた。その両脇で、そっくりな髪型の二人が、そろって頭を下げる。
「夏休みも、校門に立っているんですか?」
「当然です! 休みだからこそ、気が緩むんです。部活で登校する生徒の服装も、ちゃんと見ておかないと」
そこへ、自転車が一台、ゆらゆらと近づいてきた。漕いでいるのは沙織で、荷台には、赤いクッションを抱えた麻子が、半分眠ったまま腰かけている。
「――冷泉さん!」
園の声が、一気に裏返った。
「二人乗りは禁止です! それに、何ですかそのクッションは! 学校には必要のないものでしょう!」
「……必要だ。昼寝に」
「学校は昼寝するところじゃありません!」
「……そど子は、今日もうるさいな」
「そど子って言うな!」
記者が、楽しそうにシャッターを切った。校門の向かいの木陰で、千紗も、同じ瞬間にシャッターを切っていた。
「……あの二人、毎朝あれなんだって」
「仲がいいのよ。たぶん」
すみれが、記録帳から目を上げずに言った。
自転車を押して通り過ぎるとき、麻子は、伊里奈たちのほうをちらりと見て、小さく言った。
「……さっきは、すまなかった」
「いえ」
伊里奈は、首を横に振った。
「本当のことですから」
麻子は、少しだけ眠そうな目を細めて、それから、また沙織に押されていった。
すみれの記録帳。『八時 カモさん。園さんと冷泉さん、取材中も平常運転。』
―――
九時。
戦車倉庫の裏手に、のぼり旗が四本、風にはためいていた。四人それぞれの、好きな時代の旗だという。どれがどの時代のものなのか、記者にはわからなかった。
その下で、III号突撃砲を囲んで、四人が論争していた。
「――だから、決勝のあの場面は、まさにカンナエだったと言っている!」
「いや、あれは待ち伏せだ。桶狭間だ!」
「どちらも違う。あれはアルデンヌの森を抜けるような――」
「それじゃあ、寺田屋のような――ぜよ」
「それだ!」
四人が、声をそろえて叫んだ。記者は、何が「それ」なのかわからないまま、とりあえずメモを取っていた。
「あの……カバさんチームの皆さんは、休みの日には、いつもこういう話を?」
「休みの日だけではない」
赤いマフラーの少女――カエサルが、腕を組んだ。
「戦車道は、歴史と地続きだ。過去の戦いに学べば、次の戦いが見えてくる」
伊里奈は、その言葉に、少しだけ肩をこわばらせた。
次の戦いが見えているのは、過去に学んだからではない。ただ、知っているからだ。それは、学ぶこととは、まったく違う。
「――ところで、そこの三年生」
エルヴィンが、待ちかねたようにこちらを振り向いた。その目が、きらきらと輝いている。
「T-34といえば、クルスクだ。プロホロフカだ。一度、ソビエトの戦車乗りに、じっくり話を聞いてみたかった」
「……私は、そこまでは詳しくないですよ」
「謙遜は美徳だが、過ぎれば嫌味だぞ」
左衛門佐が、静かに言った。おりょうが、にやりと笑う。
「このあと、昼の弁当でも食べながら、ゆっくりどうぜよ」
そこで、記者が、ふと口を開いた。
「そういえば、カエサルさん。アンツィオの方に、ご友人がいらっしゃるとか――」
カエサルの肩が、びくりと跳ねた。
「……そ、それは、歴史とは関係がない」
「関係あるぞ。幼なじみは、立派な個人史だ」
エルヴィンが、すかさず口を挟んだ。カエサルの耳が、マフラーと同じ色になっていく。
伊里奈は、少しだけ笑った。この人たちにも、答えたくない質問はあるのだ。そして、それを、こんなふうに笑って流せる仲間がいる。
すみれの記録帳。『九時 カバさん。記者、歴史の話は半分もわかっていない。たぶん私たちも。』
4/
十時。横浜。
聖グロリアーナ女学院の学園艦では、別の取材班が、庭園の片隅に通されていた。
花壇のあいだに、白いテーブルが一脚。その上には、磁器のポットと、三段のケーキスタンド。午前中だというのに、そこだけが、午後のお茶の時間のように静かだった。
「ようこそ。ちょうど、お茶を淹れたところよ」
ダージリンは、立ち上がりもせずに、優雅にカップを傾けた。その隣で、オレンジペコが、記者の分のカップを用意している。
「聖グロリアーナの午前十時は、いつもお茶の時間なんですか?」
「紅茶に、時間の決まりなどないわ。飲みたいときが、お茶の時間よ」
オレンジペコが、記者にだけ聞こえる声で、そっと付け足した。
「……戦車の中でも、です」
取材は、紅茶の話から始まって、紅茶の話ばかりが続いた。茶葉の産地。ミルクを先に入れるか、後に入れるか。記者が、ようやく戦車道の話に持ち込んだのは、二杯目を飲み干したあとだった。
「今年の大会で、いちばん印象に残っている対戦相手は?」
「大洗よ」
ダージリンは、迷わずに答えた。
「大会の前の練習試合で、一度だけ手合わせをしたの。勝ったのはわたくしたち。けれど、あの試合で、わたくしはカップをひとつ失ったわ」
「カップを、ですか?」
「ええ。砲弾ではなくて、その振動で。……大洗には、赤い星を描いたT-34がいるの。その砲手が、ちょうど、わたくしのチャーチルのいちばん嫌なところに当てたような一発だったわ」
記者が、身を乗り出した。
「その砲手については、ちょうど今日、大洗でも話を伺う予定なんです。……元プラウダの方だという話もありますが」
ダージリンは、カップをソーサーに戻した。かちり、と小さな音がした。
「その質問に、わたくしが答えることはないわ」
穏やかな声だった。けれど、そこで話を切るという意味は、誰にでもわかる声だった。
「その人がどこから来て、どこへ行くのかは、その人が自分で語るものよ。……イギリスには、こんな言葉があるわ。『他人の靴を履かずに、その人の道を語るな』」
オレンジペコが、少しだけ首をかしげた。
「……ダージリン様。それは、『他人の靴を履いて一マイル歩くまで、その人を裁くな』ではなかったでしょうか。それに、もともとはアメリカの――」
「ペコ。紅茶が冷めるわ」
「……はい」
記者は、笑いをこらえながら、手帳を閉じた。
帰り際、ダージリンは、花壇の前でふと足を止めて、記者にだけ、もうひとこと付け足した。
「ただ、ひとつだけ。――あの砲手は、いい紅茶を飲む人たちのところにいるわ。それだけは、書いてくださってもよくてよ」
―――
同じころ、大洗の戦車倉庫では、すみれの携帯が鳴っていた。
華からだった。「聖グロリアーナの取材のこと、オレンジペコさんが教えてくださいました」という前置きのあとに、短い報告が続いている。
『雪村さんのことを聞かれて、ダージリンさんは「その人が自分で語るもの」と、お答えにならなかったそうです。それから、いつものように格言を……。出典は、オレンジペコさんが直したそうです』
伊里奈は、しばらくその画面を見つめていた。
「……答えなかったんですね」
「その人が自分で語るもの、だって」
すみれが、携帯を閉じた。それから、伊里奈の顔をまっすぐに見た。
「会長と、同じこと言ってるわね」
伊里奈は、何も答えなかった。
すみれの記録帳。『十時 聖グロ。(五十鈴さん経由)ダージリンさん、伊里奈のことは答えず。格言、今日も間違う。』
5/
十一時。佐世保。
サンダースの学園艦の甲板では、取材班が、わずか五分で取材の主導権を失っていた。
「Hey! 月刊戦車道の人たちよね? ちょうどよかった、今からバーベキューなの! 一緒にどう?」
「えっ、あの、まだ午前中――」
「細かいことはいいの!」
ケイは、取材班の肩を抱いて、そのまま甲板の端のグリルのほうへ連れていった。煙の向こうでは、アリサが、トングを握ったまま、うんざりした顔でこちらを見ている。
「……隊長、また人を拾ってきて……」
その隣で、ナオミは、黙って肉をひっくり返していた。
取材は、結局、ハンバーガーを片手に始まった。
「今年の大会、サンダースにとってはいかがでしたか」
「楽しかったわ! 一回戦で負けちゃったけど。……でも、その一回戦の相手が、そのまま優勝しちゃうんだもの。自慢しちゃうわよね」
ケイは、本当に自慢そうに胸を張った。アリサが、小さく咳き込んだ。
記者が、手帳をめくった。
「大洗との一回戦で、特に印象に残った車輌はありますか」
ケイは、少しだけ考えて、ナオミのほうを見た。
ナオミは、トングを置いて、ガムを口に放り込んだ。それから、短く言った。
「……T-34」
それだけだった。記者は、続きを待った。続きは、なかった。
「……あの、もう少しだけ、具体的に――」
「ナオミにしては、すごくしゃべったほうよ!」
ケイが、楽しそうに笑った。
「あの子はね、ちゃんと当てる子よ。ナオミと同じ。だから、もう一回やりたいの。今度、練習試合の約束もしたんだから」
「その砲手について、元プラウダだという話があるんですが……」
「へえ、そうなの?」
ケイは、本当に今はじめて聞いたような顔をした。それから、あっさりと肩をすくめた。
「でも、それがどうかしたの? 前にどこにいても、今は大洗の子でしょう。うちにも、いろんなところから来た子がいるわ。戦車に乗ってるあいだは、みんな同じチームよ」
「……それは、記事に書いても?」
「もちろん! そこは、大きく書いて!」
ケイは、親指を立てた。その後ろで、アリサが「……結局、うちの話になってないじゃない」と、ハンバーガーに八つ当たりのようにかぶりついていた。
―――
十一時半。大洗。
倉庫の日陰で、四人は、早めのお昼を広げていた。こはるが作ってきた、不揃いなおにぎり。千紗の水筒の麦茶。すみれの記録帳は、もう六ページ目に入っている。
優花里から、サンダースの様子が届いていた。取材のあと、ケイがすぐに優花里へ知らせてきたのだという。
『ケイ殿が、記者の方に「前にどこにいても、今は大洗の子でしょう」と、おっしゃったそうです! それと、ナオミ殿は、「T-34」とだけ。……すごく、ナオミ殿らしいです!』
「……一言だけ、だって」
千紗が、おにぎりを少しだけ掲げてみせた。
「伊里奈、もててるね」
「……もてては、いないと思います」
伊里奈は、不揃いなおにぎりを、ゆっくりとかじった。有り合わせの具は、なぜか三つ入っていた。
朝から、まだ五時間しかたっていない。そのあいだに、自分のことを聞かれた学校が、もう二つ。どちらも、答えなかった。あるいは、「それがどうかしたの」と笑った。
まるで、自分の代わりに、周りの学校が、少しずつ空気を整えてくれているようだった。
「……午後は、プラウダがありますね」
すみれが、記録帳の予定表を指でなぞった。二時。
「カチューシャさんは、何て言うと思う?」
伊里奈は、おにぎりを飲み込んでから、少しだけ考えた。
「……答えない、という選択肢は、あの人にはないと思います」
こはると千紗が、そろって吹き出した。すみれは、笑いをかみ殺しながら、記録帳に書き込んだ。
『十一時 サンダース。(秋山さん経由)ケイさん「今は大洗の子」。ナオミさん「T-34」。 十一時半 伊里奈、カチューシャさんについて、たぶん正しい予言をする。』
そのとき、倉庫の入口から、にぎやかな声がなだれ込んできた。
「――雪村先輩ー!」
ウサギさんチームの六人が、息を切らして駆け込んできた。先頭の澤梓が、両手を合わせている。
「お願いがあります! 私たちの取材、十二時からなんですけど……!」
正午まで、あと三十分だった。