走っていた。
目の前の背中を、追いかけるために。
俺たちは満月の夜に家を抜け出して街の外れを目指している。
冒険をするために。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「あはは、
「うるせぇ、はぁ、お前、が、速いんだよ……!」
目の前の女の子は俺よりも足が速くて、俺よりも体力があった。
体育で走る時も去年の運動会のリレーでも、俺は男子の中で一二を争ってるのに、こいつには手も足も出ず、息を切らして必死に追いかけている。
走り続けて熱くなる身体に、痛いくらい夜風がぶつかる。
こいつはそんなの屁でもないって笑顔で時折俺を振り返ってはいじる。
息が苦しい。汗が止まらない。風が痛い。横っ腹も痛くなってきた。
けど、楽しい。
ただ走ってるだけなのに、何故か楽しかった。
こいつは、
スキップをしたりくるって回転したり側転したり。
最初は煽ってんのかと思ったけど、七海はただ楽しいからそうしているだけだとすぐに思った。だって、こいつは走りながら踊る時、俺を見ていなかったから。こいつは空を、月を見上げて、息を切らせてでも、ただ踊りたいだけなようだった。
「らんらん、きらきらお月さま〜♪私と一緒に踊りましょ〜♪」
走りながら歌って踊る。
全く持って、こいつの方がお化けみたいな体力をしている。
「はぁ、はぁ……ははっ」
俺も釣られて笑って、満月の下、暗いアスファルトを駆け抜けて行った。
──────
────
──
「とうちゃ〜く!」
「はぁ〜疲れたぁ〜……」
七海が足を止めるのを見てやっと俺は走り終わった。
座り込んで膝に手を乗せ、ぜぇぜぇと息をする。
「ここ、どこ、だよ……」
街の外れには森があって、俺たちはそこへ突き進んだ。七海は道を知っているからか迷う事なく進んでいって、俺はやっぱりその背中を追うだけだった。
そこには、紫陽花が咲き誇っていた。
右にも、左にも、奥にも、紫陽花がカーペットのように咲いている。
見上げた夜空には雲が一つもかかってなくて、ここには街の街灯もないからか、星と月が俺たちを見下ろしている姿がとてもよく見えた。
七海は紫陽花の中、一人仰向けになって空を眺めていた。
街灯がないって事は、この森は真っ暗だ。
あいつに連れられるままに来たから帰り道も分からない。
普通なら景色よりも怖さが勝っていたと思う。
でも、不思議と怖くなくて、ただ綺麗な景色に目を取られた。
「あはは、見てよ大汽。お星さまがよく見えるよ」
「そうだなー……ふー、やっと落ち着いてきた」
俺は腰を下ろして七海の隣に座る。
こいつは学校に来ない変な奴だ。
でもちょっとした事があって学校の外で友達になってから、たまにこいつの案内で色んな所に出かけたり、色んな事をしてみるようになった。
「私ね、将来の夢があるんだ〜」
「へー」
七海は寝っ転がって、頭上にある紫陽花の香りを嗅ぎながら心地良さそうに話す。俺も真似をして紫陽花の香りを嗅ぐ。紫陽花の香りは特段好きでも嫌いでもない香りだった。
七海の夢はどんなものなのだろうか。花屋さん、それともお洋服屋さん?女子の夢は俺にはよく分からないけど、七海の夢がどんな夢なのかは少し興味を持たされた。
「ふっふっふ。大汽〜」
「なんだ?」
「一緒にとある冒険しない〜?」
「どんな冒険だ?」
俺は聞き返した。興味があったから。
七海は俺が知らない世界を知っていた。
走る楽しさも、紫陽花のカーペットも、知らない森の歩き方も、雨の泳ぎ方も。
俺は、興味があった。
いつもの学校いつもの勉強いつもの家いつもの幼馴染とは違った世界。
だから俺は聞き返した、どんな冒険かって。
「お星さまを探す冒険!」
目を輝かせて、道中いつの間にか拾っていたいい感じの棒を空に突き出す。
俺はこの星空の中で、七海が他の何よりも輝いて見えた。
だからその夢を笑うこともせずに、ただ「いいよ」と言った。
七海の言うお星さまを探すこと。
それが、俺たち三人が巡る大冒険の始まりだった。
「……ところでこれどうやって帰るんだ?」
「わははは、分かんなーい!」
道を知っていても暗くて方向が分からないのなら帰れるわけもなく、俺たちは朝になるまで待ってから帰った。七海は怖くないのか紫陽花の中でぐっすり眠ってやがった。
そして当然、俺は翌朝お母さんにめちゃくちゃ怒られた。
ちぇっうるさいな。反省してまーす。
冬はよく空気が澄んで、夜空がよく見えるよ。
たまには夜空を見上げて星を数えてみるのもいいかもしれない。