マジカル・リテラシー【Magical Literacy】 作:自認コメディ
学園の理事長室。
部屋には、手元の資料をめくる大戸谷アマネと、その前に立つ二人の少女がいた。
キララは隣に立つイチカをちらりと見た。
自分より頭一つほど小柄な少女は、眉間にしわを寄せ、理事長の返答を待っている。
またチカちゃん、怖い顔してる。
キララはそんなことを思いながら、にこにこと二人のやり取りを見守っていた。
「
「でしたら、私たち二人でチーム登録をさせてください」
イチカがそう申し出ると、アマネはため息を吐いた。
「それとこれとは話が別じゃ。三名以上揃わなければ、チームとしては認められん」
「足手まといは要りません」
チカちゃん、言い方。
キララは思わず隣を見た。
理事長は相変わらず穏やかな顔をしているけれど、少し困っているようにも見える。
そもそもキララ自身は、そこまで急いで領主を倒したいわけではなかった。
チカちゃんがどうしてもと言うから、こうして一緒にお願いしに来たのだ。
「お主らの実力は認めておる。じゃが、領主討伐は何が起こるか分からぬ。それに、規則を曲げるわけにはいかん。学生のうちから二人チームという例外を認め、領主討伐任務を許可したとしよう。そんな前例ができれば、後進の者も自分たちならば、と言い出すやもしれん」
「そんなバカ、居ませんよ」
「おるものじゃ。怖いもの知らずの大馬鹿者が」
理事長はそう言って、遠くを見つめた。
ほんの一瞬、どこか寂しそうな目をした。まるで、過去の誰かを思い出しているような。
「……のう、今すぐでなくともよいのではないか? 三人目を見つけてから任務を受ければよいじゃろう?」
理事長は困ったように眉を下げ、二人の様子をうかがっている。
「……もう一人連れてくればいいんですね」
「うむ。そうすれば、すぐにでも領主討伐任務の許可を出そう。約束じゃ」
「わかりました。ありがとうございます」
二人は一歩下がると、扉の前まで移動した。
「失礼します」
そう言って腰を折り、部屋から退出する。
部屋を出る直前、キララは振り返った。理事長は、どこか心配そうな顔をしていた。
そんなに心配しなくても大丈夫なのにな。
*
「あーもう信じらんない!」
ぷりぷりと怒り、地団駄を踏みながら廊下を歩くという器用なことをしているイチカ。
その後ろをキララが歩き、「まあまあ」と
「二人で十分なのに! なのに危険危険危険危険って……」
「理事長って結構過保護だもんね~」
イチカは不満そうに腕を組んだ。
「じゃあ、あと一人誘ってチーム結成かな~?」
「……いいこと思いついたわ」
イチカが悪い顔を浮かべる。
「この際、二年とか一年とか、適当なのを詰めてやろうかしら」
「う~ん、まぁ私たちなら、どんな子連れて行っても大丈夫じゃない?」
キララは少し考えてから、ぽんと手を打った。
「そうだ! 噂になってる二年生の留学生ちゃんとかどう~?」
「……キララが誘ってきて」
冗談で提案しただけなのに、イチカはばつが悪そうに顔をそらしてしまった。
「え~? 私は別にボス倒さなくてもいいし~。チカちゃんが誘っておいでよ~」
「言い出したのはキララでしょ」
「行きたいのはチカちゃんでしょ~?」
チカちゃんは強気なくせに、知らない人と話すのは苦手なのだ。
そのことをよく知っているキララは、わざと意地悪を言ってみる。
呆れたように目を細めるイチカと、相変わらずにこにこと笑っているキララ。しばらく押し付け合いが続いた。
「……で、結局どうするの?」
「ほかに候補もいないし、とりあえず探すわよ」
「え~、誘うのはチカちゃんだよ~?」
「分かってるわよ!」
*
目の前にはドーム状の領域が広がり、その向こうの景色を遮っている。
「対策本部で聞いたら、この領域に来てるって」
「鎮静領域ね。まあ留学生が無理でも、ほかの一・二年の魔法少女がいそうね」
イチカがフンと鼻を鳴らし、手の中にヘビイチゴの実を出現させる。
その横で、キララも変身の動作をとる。
両手で形作った
──変身。
牡羊を形作っていた星々がほどけ、無数の光となって降り注ぐ。
星の光は肩に積もり、羊毛のようにふっくらと膨らんだ純白のファーへと姿を変える。続いて柔らかな白い布が全身を包み込み、裾の短いワンピースを形作った。
両腕を伝う光は、丸みを帯びた大きな袖へと変わっていく。幾重にも重なった布は手の甲を越え、ついには指先まで覆い隠してしまった。
衣装の裾には星座を模した金色の刺繍が走り、すらりと伸びた脚を白いタイツが包む。足元には小ぶりなショートブーツが現れ、最後にクリーム色の髪がふわりと揺れた。
星々の輝きが収まり、純白の衣装を纏った少女が姿を現す。
双眼鏡にしていた手を頭に当てると、そこへくるりと巻いたアモン角が現れる。
────『牡羊座の魔法少女』
隣には既に『ヘビイチゴの魔法少女』に変身したイチカがいて、キララを見ている。
赤と緑を基調とした衣装に、鮮やかなレモンイエローの髪。赤くつぶつぶとした毒々しい実の飾りや、
キララが一匹の羊を召喚する。
軽自動車ほどの体格を持つその羊の背中に、イチカは当然のように飛び乗った。
キララも慣れたもので、何も言わずに羊を歩かせる。
「適当に間引きながら、留学生を探そうか」
「そうね」
二人はそのまま領域へと進み、外界から姿を消した。
*
領域内をしばらく進んでいると、黄色い光が動いているのが視界に入った。
どうやら一人の魔法少女が、ガルム系の魔物の群れと戦っているらしい。
橙色の艶やかな髪と身に纏う白い衣を揺らし、黄色く光る剣を振りかぶっている。そうして一匹ずつ魔物を処理する彼女は、眉一つ動かさない。
舞うように剣を振る彼女の姿は、どこを切り取っても彫刻になりそうなほどに美しいものだった。
「……あの子、強いね~」
キララが思わず呟くと、イチカもじっと少女を見つめていた。
「そうね。剣の扱いは少し変だけど、身体能力はかなり高そう」
言われてみれば、剣を振るたびに重たい音が響いている。剣というより、鈍器で叩いているような。
それでも、少女は危なげなく魔物を倒していく。
最後の一匹が消滅する。
彼女は剣を右手に握ったまま、立ち尽くしていた。
視線に気づいていたのか、こちらに振り返る。
チカちゃんは何やらだんまりしている。
このまま二人で黙っていると、去ってしまう。そんな予感がして、キララはとっさに話しかけた。
「ねぇ! ちょっと待って」
声をかけると、少女はびくりと肩を震わせた。
さっきまであれほど凛々しい顔で魔物を倒していたのに、今は黄金の瞳をきょろきょろと泳がせている。
あら、かわいい。
イチカが羊の背から少女に話しかける。
「あんた、何年? 私らは三年だけど」
「い、一年です」
少女は一歩後ずさった。
チカちゃん、怖がらせちゃってるよ~。
「……一年で、あの動きができるんだ」
イチカが小さく呟いた。
キララには聞き慣れた声だった。チカちゃんが何かに興味を持ったときの声だ。
あ、これ、誘うつもりだ。
キララがそう思ったときには、既にイチカが口を開いていた。
「……この子、気に入ったわ」
少女は目を丸くして、口をぱくぱくさせた。
「私ら、領主討伐のためにチーム組むんだけど、あんたも入りなさい」
少女は何か言いかけたものの、慌てて両手で口を押さえてしまった。
それから、必死に首を横に振っている。
「遠慮しなくていいわよ」
ぶんぶんぶん。
「……嫌なの?」
こくこくこく。
あ、やっぱり嫌なんだ。
「チカちゃん、この子、めっちゃ首振ってるよ~」
「見れば分かるわよ」
少女はキララの方を向き、何度も頷いている。
うんうん、ちゃんと伝わってるよ~。
「首の可動域すごいね~。フクロウの物真似かな?」
ぶんぶんぶん!
ふはは、おもしろ~。
イチカは少し考え込むと、再び少女を見た。
「……沈黙は肯定だな」
それは違うと思うなぁ。
「チカちゃん、それはさすがに強引だよ~?」
キララがもう一度声をかけるが、イチカはすっかり乗り気になっている。
「一年であれだけ戦えるなら十分でしょ。領主討伐だって、私らが一緒なら問題ないわ」
少女は必死に何かを訴えようとしている。
口元を押さえたり、手を振ったり、首を横に振ったり。
けれど、どうしてだろう。頑なに声を出そうとしない。
キララは首を傾げた。
さっきまでは普通に喋っていたのに。
チカちゃんが怖いのかな?
ちょっとかわいそうになってきた。
イチカは少女の反応を気にする様子もなく、話を進めてしまう。
「チーム登録しとくから。
あらら。
これは、あとでちゃんと話し合わないといけないかもしれない。
キララがそう思ったところで、イチカが手を差し出した。
*
またカツアゲかぁ?
雑魚処理するたびに魔法少女に囲まれる。カツアゲロードかな、ここは?
なんて考えていると、角を生やしたモコモコ冬服少女が話しかけてきた。
なんか、どっかで聞いたことあるような声だなぁ……。
カツアゲだったら逃げて、アネットパイセンに助けを求めよう。
続いて羊に乗った方が話しかけてくる。
え? 三年生? なんでいるの?
というか、こっちも聞いたことあるような……。
……konnさんとトモエさんじゃねーか!
まずい。
VCでは変身後の声を使っているから、これ以上喋ったらバレるかもしれない。
今更気づいても遅い気がするけど、まだセーフ! まだセーフだから!
とにかく黙ろう!
「私ら、領主討伐のためにチーム組むんだけど、あんたも入りなさい」
無理無理無理無理。
なんで魔法少女姿でオフ会せなあかんねん。
必死に首を横に振り、身振り手振りでどうにか断ろうとする。
konnさんは分かってくれているみたいだ。
流石だよぉ……! ありがとうkonnさん!
……フクロウちゃうわ!
今ボケないでくださいお願いします。
トモエさんも一向に引き下がらない。
「……沈黙は肯定だな」
ぼ、傍若無人だぞぉ!
黙っているだけで勝手に話が進んでいく。
ネットリテラシーを守っているだけなのに、どうしてこんな目に!
「チーム登録しとくから。GW明けにボス討伐ね」
えぇ……。
そして、トモエさんが手を差し出してくる。
「じゃ、財布出しなさい。学生証見せて、名前と学籍番号メモするから」
結局カツアゲされるんかい!