マジカル・リテラシー 作:自認コメディ
「さて、
目の前の和服美人が、にこやかにそう告げた。
僕は今、大きな病院の一室にいる。
3日間領域に漬けられた食材でチャーハンを作って食べていたところ、救助に来た人たちに連れ出され、そのまま入院させられてしまったのだ。
なにか強いショックを受けて気を失ったせいで忘れていたが、あのとき特異災害の警報が鳴っていた。僕が逃げ遅れた領域では、時間の経過を認識しにくくなるらしく、3日間違和感を感じることなく部屋で過ごしていた。
ちなみに、目の前にいる和服のえらい美人さんは、いろんな大人に散々叱られたあと、最後にやってきた人である。
ここに来る大人全員に叱られたので、もう嫌というほど知っているのだが、僕は本来なら死んでいたらしい。救助隊の人たちも、領域内に捜索に来た頃には半ば遺体を回収しに行くつもりだったらしいが、死んでいるどころか意識はあるわ、チャーハンをかき込んでいるわで、大変困惑したという。
その例外が、魔法少女だ。
僕には魔法少女の適性があり、知らないうちに変身していたおかげで、領域内でも生き延びることができたらしい。ちなみに僕の入院の原因は、変異したハムや卵、ネギなんかではなく、室温で放置していたご飯に繁殖したセレウス菌による食中毒だった。チャーハン
「聞いているかのう?」
「はい」
考え事をしていたら、和服美人がこちらを覗き込んでいた。
もちろん、聞いていたとも。魔法少女の適性があるんでしょ。知ってる知ってる。
「ふむ。では、妾が理事長をしておる
「えぇ! 嫌ですよ! なんで元々山しかなかったのにさらに更地になったGUNMAに行かなきゃならないんですか!」
「なっ!? 聞いておらぬではないか! それに群馬は草津温泉に富岡製糸場、だるまだってあったわい!」
のじゃ娘が地元馬鹿にされて怒ってる。おもろ。
ちなみにGUNMAとは、かつて群馬県と呼ばれていた土地に建設された特異災害
なんとも思い切った再開発である。
「よいか? もう一度しか言わぬからのう」
のじゃ娘は咳払いを一つして、居住まいを正した。
「......オッホン。男児の適性は稀だが前例はある。その前例は学園で育った。学園ならば十分な支援ができるから、来ぬか?」
う~ん。
「もちろん、私生活への配慮もする。変身のことをむやみに他人へ知らせるような真似もせぬよ」
そう言って、のじゃ娘は穏やかに微笑んだ。
珍しい男子の魔法少女だから、面倒を見てくれるということらしい。
ありがたい話ではある。ありがたい話ではあるのだが。
「いやぁ……」
僕は曖昧に笑った。
そもそも、魔法少女になりたいなんて一度も思ったことがない。変身したら女の子になるらしいし、魔物と戦うのだって怖いし、何よりゲームをする時間が減るではないか。
それに、GUNMAだし。
「良いじゃない」
それまで黙って話を聞いていたママが、突然口を開いた。
「あんたが魔法少女になって世間様の役に立てるってことだろう。親孝行はしないでも、少しは世のため人のためになったらどうだい」
えぇ......
黙っていたママが急に敵側の援護射撃を出してくる。
「お母様、本人の意思を尊重するべきじゃから、強要はしておらなんだ」
のじゃ娘が慌てて取りなしてくれた。
そうだそうだ。もっと言ってやってください。
「ママ......魔法少女になるって簡単に言うけどね、命かけるってことなんだよ。可愛い息子が死んじゃってもいいんだ」
僕はできるだけ悲しそうな顔を作った。
「なんでそんな親子でギスギスしてるんじゃ......?」
のじゃ娘が困惑している。
ここは譲れない。僕の命がかかっているのだ。
さあ、ママ。愛する息子の訴えを聞いて、考え直すがいい。
「ママはね、パパと最近イチャイチャできていないんだよ。兄も出て行ったんだし、リツ、あんたもさっさと出ていきな」
ひどい。
息子の命より夫婦のイチャイチャを優先しやがった。
僕は絶望した。
「そ、その、な?」
のじゃ娘が、僕とママを交互に見ながら口を挟んだ。
「中学生のうちは危険な任務など任せぬ。除去作業や避難誘導の補助など、安全な仕事が中心じゃ。高校生になっても、危険業務に就くには本人の同意が必要じゃし、危険手当もつく──」
「やります」
「......ぬえ?」
「お給料、出るんですよね?」
僕は身を乗り出した。
のじゃ娘がぱちぱちと瞬きをする。
「ま、まぁ、魔法少女としての業務には報酬が出るぞ。除去作業や避難誘導なんかでものう」
「なるほど」
なるほどなるほど。
僕は姿勢を正し、理事長の目をまっすぐに見つめた。
「僕は将来は社会の役に立ちたいと思っています。どんな形であれ、その夢が叶えられる仕事に憧れています。人々の暮らしを守る魔法少女という仕事は、まさに僕の理想です」
「お、おぉ......」
「あと群馬ってすごいいいところですよね。高低差が無くて」
「急にどうしたんじゃ! さっきまで群馬を更地じゃと馬鹿にしおったくせに!」
失礼な。
人間、考えが変わることだってある。僕は今、社会貢献という崇高な目標に目覚めたのだ。
断じてゲーム機のためではない。
「まぁまぁ、良いじゃない」
ママが満足そうに頷いた。
「リツ、学園のお世話になって、立派な人間になるのよ」
「うん、ママ。僕、頑張るよ」
「いい子ねぇ」
僕たちは顔を見合わせて微笑んだ。
そしてママは理事長に向き直り、深々と頭を下げた。
「理事長先生、息子をよろしくお願いいたします」
「えぇ......なんなのじゃ、怖いのじゃ」
理事長は、すっかり怯えた顔で僕たち親子を見つめていた。
失礼な人だなぁ。
僕たちはただ、将来について前向きに話し合っているだけなのに。