マジカル・リテラシー【Magical Literacy】 作:自認コメディ
夏から約半年が過ぎた。
暦の上では春だが、まだまだ寒さが残る季節である。中学校の行事もすべて終わり、あとは高校の入学式を待つのみだ。
4月からは地元を離れ、少し遠くの高校へ進学する予定である。
僕こと『
ゲーム好きの兄の影響で、小さいころから一緒にゲームをしてきた。しかし、進学を機に兄が家を出てからは、一人寂しくゲームをするようになった。
学校の友達と遊べばよかったのだが、兄の趣味嗜好をそのまま引き継いだジェネリック兄の僕は、同年代の友達とゲームの趣味が合わなかった。
心に小さな穴がぽっかりと開いたようだった。兄とは喧嘩も多かったが、それ以上に、僕は兄のことを案外大事に思っていたらしい。
もっとも、オンラインゲームを始めてからは、よく遊ぶ固定のフレンドもでき、非常に充実したゲームライフを送っている。
そんなゲーム好きの一般中学生である僕には、秘密がある。
男でありながら魔法少女の『適性』を持つ、非常に珍しい存在なのだ。クラスの皆には内緒だよ☆
この半年間、魔法少女としてできる限り仕事をこなしてきた。
主な仕事は、領域のボスが討伐された後の復旧支援だ。変異物の除去や物資の運搬など、地元の建設業者に混じって作業を行う。
それ以外にも、一度だけ警戒業務に参加した。こちらは、魔法少女が安全を確保しながら、住民の避難誘導を行う仕事だ。
中学生にしてはそれなりの貯金ができたが、最新のゲームハードを買うには心もとない額だ。
今日は、中学最後の大仕事をする。
両手の親指と人差し指で四角いフレームを作り、その向こうを覗き込む。
何もないはずの空間を見つめる瞳に夜空が広がり、ひときわ輝く黄色い一等星を映す。
──変身。
光が収まり、部屋の姿見を確認する。
鏡の中に立っていたのは、神話の世界から抜け出してきたかのような、一人の少女だった。
鮮やかな橙色の髪は、癖の一つもない滑らかな直毛へと変わり、絹糸のような光沢を帯びて背中へ流れ落ちている。その下で輝くのは、双子座の一等星ポルックスを宿した黄金の瞳。まるで星の光をそのまま閉じ込めたような、澄んだ黄色である。
身に纏うのは、純白と漆黒を基調とした装束。
古代ギリシャの彫像を思わせる白い布が、左肩に輝く星形の金具から幾重もの
白布の下には、身体の輪郭に沿う漆黒の衣。競泳水着にも似たその衣装は、背中が大胆に開かれ、腰から脚の付け根にかけて鋭く切れ上がっている。
腰にはさらに白い布が巻かれ、幾筋もの長い裾となって膝上まで垂れていた。前後に重なる布の間には大きな隙間があり、すらりと伸びた両脚を隠すことはない。緩やかな曲線を描く太腿の内側まで、白布の間から覗いている。
足元を飾るのは、薄い靴底と華奢な金の紐で形作られたサンダル。足の甲から足首へと絡む金細工は星の軌跡を思わせ、軽やかな足取りを妨げることなく、繊細な輝きを放っていた。
肩、腰、手首。随所に散りばめられた黄金の装飾は、いずれも星を
白布の優美な襞と、漆黒の衣が描く鋭い輪郭。そこに黄金の星々が輝く姿は、神殿に祀られた神像を思わせる。
それは、夜空に輝く双子星の名を冠する魔法少女の姿だった。
────『ポルックスの魔法少女』
最後の仕上げだ。
肩の留め具に手をかけ、白い布をはぎ取る。H〇T LIMITみてーな黒いボディウェアだけになったところで、その上から私服を着た。
準備は整った。さぁ、行こうか。リビングへ。
高校からのお小遣いを懸けた交渉へ──
*
リビングにはパパがいた。
本を片手にコーヒーを飲んでいたが、僕に気付くと顔を上げた。
「おはよう、リツ。今日は横文字のTシャツがダサかわいいね」
「おはよう。黒地にPUNKはかっこいいでしょ」
パワフルで勇ましい母を炎と形容するならば、父は水の人だった。
どんなにハイテンションな人が隣にいても、受け流すプロフェッショナルだ。たとえ、家で急にママがコンテンポラリーダンスを踊り始めたとしても、何事もなかったかのように普段通りの生活を続けるだろう。
道理や規範に従って振る舞うことを苦に感じない人で、いつも凪のように穏やかだ。
それは交渉の場でも変わらない。
これまで僕が「欲しいゲームがある」と熱烈に交渉しても、最後まで黙って聞いたあとで「ママがダメだと言うからダメだ」と受け流されてきた。
しかし、この前のことだ。
魔法少女のバイト帰り、変身したままの姿で「パパ♡ 万札ちょーだい♡」と冗談交じりに言ってみたところ、差し出した手に千円札を3枚載せられ、「無駄遣いするなよ」と頭をポンと撫でられたのだ。
本当にお金をくれるとは思っておらず、思わず呆然としてしまい、その場で会話は終わった。
なにせ、今までお年玉以外でお小遣いをもらったことがなかったのだ。必要な物があれば買ってくれるが、ゲームはその対象に含まれない。
そのため、幼いころの僕ら兄弟は、新作ゲームが出るたびに年に一度のお年玉でなんとかやりくりしてきた。
その後、何度か変身した状態で過ごすなどして検証を重ねた結果、判明したことは以下の3つだ。
①変身した状態だと、挨拶のあとに一言加わる。
②会話中の相槌や口数が増える。
③命令系統の原則が崩れ、僕の優先順位が母と同列になる。
指揮命令系統が曖昧な今なら、交渉のテーブルにつける。
ふぅ……落ち着け。
相手が許容できる範囲の上限は不明だ。高すぎるハードルを設定して、初手から拒絶されることだけは避けなければならない。
素人の僕にドア・イン・ザ・フェイスは難しい。ここはフット・イン・ザ・ドアで徐々にハードルを上げていこう。
「お話だけでも」の姿勢だ。ドアに靴先を挟み込め。
テーブルに向かい、パパの隣に腰を下ろす。椅子をパパの方へ少し傾け、表情をリラックスさせて口角をわずかに上げる。
手を胸の前で軽く合わせ、顔をほんの少しだけかしげる。そして、上目遣いで告げた。
「相談があるんだけどン……」
「どうしたんだい」
「高校から毎月お小遣いが欲しいのン……」
「それはパパも考えていたよ。そうだね。いくら必要だい?」
1万円!!! 1万円!!!
くっ、待て。落ち着け。すねだ、
「千円ン……」
「それで足りるかい?」
「じゃ、じゃあ五千円ン……」
「いいよ」
よし! 膝まで入ったぞ!
「あとね、魔法少女の仕事で稼いだお金も、全部自分で管理させてほしいんだン……」
「そうだね……危険な仕事だ。お金を稼ぎたいからって、無理をしてはダメだよ。それが約束できる?」
「ウン……」
これで太ももがドアに挟まった。ムチムチである。
最低目標は達成したが、交渉はまだ続いている。
ここで急にハードルを上げるペースを速めてはいけない。少しずつ、少しずつだ。
「あっ、あとあと、新作のゲーム機を買おうと思ってるんだけど、ちょっと足りなくて、パパに借金してもいい?」
「ゲーム機はいくらなんだい?」
頼む。買うこと自体を否定してくれるな。
「……7万円ン」
「うん……よし。半分出してあげるよ。一人暮らしを始めたら、何かとお金が必要になるだろう。浮いたお金は大事に使いなさい」
フェイスがドアを越えた!
ありがとう!!!
まさかここまで交渉が上手く運ぶとは思わなかったぜい。へへへ、サービスしてやんなきゃな。
「えへへ、パパありがとう♡ 大好き~♡」
「……ありがとう。パパも大好きだよ」
ちょろい♡ 大好き♡