アスランに頭の柔らかい兄がいたら。   作:ハスター大納言

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アスランに頭の柔らかい兄がいた世界線(その1)

 ──C.E.71 ヘリオポリス脱出直後。

 ザフト軍クルーゼ隊所属、ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウス。

 

「──なるほど。ラスティが討たれた、か」

 

 仮面の下で、ラウ・ル・クルーゼは静かに目を細めた。

 破壊された資源衛星の残骸が漂う闇の中、艦橋を包む重苦しい空気に反して、彼の言葉はどこか他人事のように冷ややかに響く。

 

「優秀な部下を失うのは実に惜しいが……これもまた戦争だ。さて、ロゥタス。私はこのままあの『脚付き』と残された『G』を追撃すべきと考えるが……副隊長たる君はどう見る?」

「いいえ。小官は、即時撤退を提案いたします」

「……分かった、では直ちに追撃──なに?」

「追撃ではなく、即時の撤退を提案しているのです、隊長」

 

 クルーゼの動作がピタリと止まる。

 艦橋に詰めていたイザーク、ディアッカ、ニコル、そしてアスランの視線が一斉に副隊長──ロゥタス・ザラへ注がれた。

 

「ほう……それはなぜかね? 確かに人的被害は出たが、戦力としては十分だ。奪取したG4機も揃っている。作戦続行に支障はないと考えるが」

「支(・)障(・)が(・)な(・)い(・)と(・)思(・)う(・)こ(・)と(・)自(・)体(・)が(・)、(・)問(・)題(・)な(・)の(・)で(・)す(・)」

 

 ロゥタスは背筋を伸ばし、淡々と、しかし艦橋全体に通る澄んだ声で言い放った。言外に自身を貶めるような物言いをした副官に対し、クルーゼは無言で続きを話すよう促す。

 

「我が隊の損害は軽微。とはいえ、ゼロではありません。そのうえで人員と機体を失い、そして何より──現在の状況において、我々は敵に対し、二つの要素で決定的に敗北しています」

「決定的に敗北だと!? ナチュラル風情に俺たちが負けているものなどあるものか!!」

 

 イザーク・ジュールが額に青筋を立てて噛み付く。ロゥタスは眉一つ動かさず、静かに首を振った。

 

「情報アドバンテージと、艦の基本性能だよ、イザーク。奴らにとって我が軍のジンやシグーは見慣れた兵器だ。おまけに奪取した『G』とて、元は連合の開発した機体。弱点や対策などいくらでも講じていると見るべきだ。接触回線を開いた瞬間に自爆コードやウイルスプログラムを送り込まれる可能性すら否定できない」

 

 仮にも中立地帯で秘密兵器の開発をしているような連中が、何らかの備えをしていると考えるのは当たり前だろうと言外に伝えるロゥタス。それを感じ取ったイザークはさらに噛み付く。

 

「ですが!!」

「それに、あの新造艦だ」

 

 ロゥタスは人差し指でメインモニターに映る足つきの戦艦──アークエンジェルを指さした。

 

「こちらにモビルスーツがあり、パイロットが精強だとしても、あの戦艦の主砲が直撃すれば一瞬でお陀仏だ」

 

 ロゥタスはデバイスを操作して、アークエンジェルにある2門の2連装ビーム砲「ゴッドフリート」をフォーカスする。

 

「加えて、奪取したGのデータを簡単に解析して判明したが、Gの母艦であるあの船には陽電子砲が搭載されている」

 

 怒り・困惑など様々な感情を持ちながらも黙ってロゥタスの話を聞いていたクルーゼ隊の面々は、その発言を聞いて顔を青くする。携帯ビーム兵器を搭載したモビルスーツにばかり目が向いていたが、陽電子砲を搭載した艦艇など、コズミック・イラの、ザフトの技術力でもまだ持ち得ない存在だったからだ。

 

「わかりやすい反応をありがとう。──そんなものを装備した新造艦と砲撃戦ができるほど、ヴェサリウスやガモフは優秀じゃない。それに、こちらはGを4機奪ったが、あちらの艦載機をすべて潰したわけじゃない。……これだけ言えば、俺たちは決して楽観視できるような状況じゃないことはわかるだろ?」

 

「ですが! 連合のG兵器奪還、および破壊は国防委員会からの至急命です! それを反故にして撤退することに、一体どんなメリットがあるというのですか!」

「……連合に『戦術的経験』を与えないことだ」

「はあ? それが何のメリットに……」

 

 口を挟んだイザークを、ロゥタスは鋭い眼光で制する。

 

「正確には──『連合のモビルスーツはザフトに対抗できる』という証明を、遅らせることができる」

「なんだそりゃ……さっきと言ってること変わんねーだろ」

 

 思わずといった表情で口を挟んだディアッカに対し、ロゥタスは冷静に言葉を返す。

 

「変わるさ。現に隊長は、私の提示する意図に気づいておられる」

「……フッ」

 

 クルーゼが仮面の裏で薄く笑みを漏らした。ロゥタスは言葉を続ける。

 

「ここで俺たちが深追いをやめれば、奴らは『ザフトのMSと実戦で戦った』という貴重な戦闘データを持ち帰ることができない。そうなればどうなる?」

「……せっかく作ったんですから、量産化に動くはずでは?」

「そうはならないな、ニコル」

 

 率直な意見を述べたニコルに、ロゥタスは静かに語りかける。

 

「軍隊──とくにナチュラルの軍隊は、それがどれだけ画期的な兵器であっても、実績を重視する。言い換えれば、実(・)績(・)の(・)な(・)い(・)試(・)作(・)品(・)に(・)無(・)謀(・)な(・)国(・)家(・)予(・)算(・)を(・)投(・)じ(・)る(・)ほ(・)ど(・)寛(・)容(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)。現在、彼らの手元にあるデータは『連合技術の粋を集めたストライクが、ジン1機を中破させるのが限界だった』という結果だけだ。実際は『黄昏の魔弾』というザフト屈指のエースが相手だったわけだが、あのストライクのパイロットがそれを知る術はないしな。……ニコル、君が軍の予算を握る連合上層部なら、そんなコスパの悪い機体を即座に大量生産しようと思うか?」

「それは……思わない、ですね。効率的とは言えませんが、確実に戦力として計算できる既存のモビルアーマーの運用や、モビルアーマーを使った新戦術の開発に回すと思います」

「その通りだ。敵(ナチュラル)の強みは『数』……プラントの100倍以上の人口と物量だ。現状、ジン1機に対してメビウス5機という撃墜比率(キルレシオ)を保っているからこそ、我が軍は拮抗できている。だが、もし連合がMSの量産に成功してみろ」

「……ッ」

「いくら能力に優れたコーディネーターとて、兵器のスペックが並べば数の暴力には勝てない。ここで敵に『自軍で作り上げたMSでザフトに勝てる』という確信を与えて量産化を促すことこそ、我々が犯す最大の戦略的敗北だ」

 

 艦橋がしんと静まり返る。血気盛んなイザークすら、ロゥタスの論理の前にぐうの音も出なかった。

 

「……だからこそ、あえて見送り、疑惑を抱かせたまま放置する。そして我々は一刻も早くプラント──アーモリー市*1へ戻るべきです」

「アーモリー市だと? なぜかね」

「奪取したG4機のデータから、連合が将来乗り出してくるであろう量産機への『完全なカウンター機体』を先行開発するためです。アスラン、メカニックの視点から見てどうだ?」

「! ……はい。敵の残存機ストライクをベースにした量産機なら、あらかじめスペックの上限を予測できます。対抗策を講じた新型を先行して開発すれば……撃墜比率(キルレシオ)の低下は最小限に抑えられると思います」

「その通りだ。……以上の理由から、小官は即時撤退を言上いたします」

 

 クルーゼはしばし顎に手を当て、やがて低い満足げな笑い声を漏らした。

 

「……フフ、相何度も見事な洞察力だ、ロゥタス。良いだろう、追撃は中止。本艦はこれよりプラントへ帰投する。……ただし、パトリック・ザラ国防委員長への説明と報告は、息子の君からしてもらうが構わんな?」

「……ッスー。了解いたしました、隊長」

 

 


 

 ザフト軍クルーゼ隊所属、ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスの副長の私室。

 

 自動ドアがシュコンと開き、アスランが足早に踏み込んできた。

 

「兄上!!」

「ん? どうしたアスラン。そんなに肩を揺らして」

 

 私室のデスクで残務書類を整理していたロゥタスが振り返る。その顔には、先ほど艦橋で見せた冷徹な副隊長の面影はなく、穏やかな兄の笑みが浮かんでいた。

 

「さっきの作戦はどういうことです! 意図は分かりました……ですが、なぜ残された1機と新型戦艦を完全に見逃すのですか! ラスティは……ラスティはあいつらに殺されたんですよ!?」

 

 叫ぶアスランを、ロゥタスは優しく、しかしどこか切ない眼差しで見つめる。

 

「……お前がラスティの敵を討ちたい気持ちは分かるよ、アスラン」

「なら、なぜ……!」

「だがな、ラスティの敵討ちに執着してここで無理な戦闘を行えば、今生きている仲間を危険に晒すことになる。……考えてもみろ。ラスティは、自分の死に囚われたお前が、仲間を危険に晒すことを望むと思うか?」

「それは……っ」

「耐えろ、アスラン。戦場にいる間は、感情を殺した冷徹な軍人でいろ。それが……残された者の義務だ」

「……はい。……すみませんでした、兄上」

 

 肩を落とす弟の頭を、ロゥタスはぽんぽんと優しく撫でた。自由な雰囲気を出すように、意地悪く口角を上げる。

 

「それにさぁ……お前がここで怪我でもして帰ってみろ。キラちゃん*2がどれだけ泣くと思ってるんだ?」

「!? ッ!? キ、キラは関係ないでしょう!?」

 

 一瞬で顔を真っ赤にするアスラン。ロゥタスは「やれやれ」と大袈裟に肩をすくめてため息をついた。

 

「関係大アリだろ! ザフトレッドとしてアカデミーを卒業した記念にせっかく婚約したんだぞ? 婚約者がボロボロになって帰ってきたら、キラちゃんが可哀想じゃないか」

「ぐっ……! それは……」

「俺だってな、自分の婚約者にそんな思いはさせたくない。だから生き残るために最善を尽くしているんだ。……いいかアスラン、戦争なんて、人殺しなんて進んでやるもんじゃないんだよ」

「……はい。兄上の言う通りです」

「まあ……問題は、この戦略的撤退を頭イザークな親父殿が理解してくれるかどうかだが……はぁ、想像しただけで胃が痛いよ」

「ご、ご愁傷様です……」

「……いっそのこと、さっさと孫の顔でも見せれば、あの頭の堅い親父殿も少しは丸くなるかな?」

「兄さん!?」

「よし決めた! アスラン、プラントに戻ったらすぐに結婚式の準備だ! 俺とお前で怒涛のW挙式を挙げて、親父殿を正気に戻すぞ!」

「にいさん!!!!?????」

「大丈夫だ、キラちゃんならお前の子供の1人や2人、喜んで産んでくれる!」

「何をおっしゃっているんですか兄さんは!? 体に障るでしょう!!……って、そういう話じゃないでしょう!!」

「大丈夫だ、勢いが大事だ!さあ婚姻届の書類を──」

「いい加減にしてください兄さん!!」

 

 耐えかねたアスランが、部屋の隅の棚に飾れていた黄色の球体ロボット──ハロを力任せに投げつけた!

 

『ネムレ、ロウ! ネムレ、ロウ!』

「ぶふっ!?」

 

 顔面にハロを直撃させたロゥタスは、うめき声を上げてそのまま背後のベッドへ豪快に倒れ込んだ。

 

「……はぁ、はぁ……。俺も大概だが、兄さんも暴走すると手が付けられないな……」

 

 ベッドで「う、うぅ…」とうめいている兄を見下ろし、アスランは呆れつつもふっと苦笑を漏らした。

 (……きっと、デッキでの大立ち回りや、イザークたちの説得で、兄さんも精神をすり減らしていたんだな)

 

 自分を和ませようとしてくれた(半分本気かもしれないが)兄の優しさに触れ、アスランは幼い頃の記憶を静かに思い返す。

 

『俺たちは兄弟だ! だから何でも遠慮せずに言えよ、アスラン!』

 

 いつだって自分の前を走り、導いてくれた優秀な兄。

 月の幼年校時代、キラへのプレゼントである鳥型ロボット『トリィ』の制作が行き詰まった時、夜遅くまで一緒にハンダ付けをして完成させてくれた兄。

 月の情勢が悪化し、キラと別れることになったときも、離れ離れになりたくないと泣きついた自分を見て、父上と母上に「ヤマト夫妻をプラントへ招致してほしい」と必死に直談判してくれた兄。

 そして……ザフト入隊前、照れる自分とキラの手を取って、半ば強引にエンゲージリングを交換させたお節介な兄。

 

 (……あの時は本当に余計なおせっかいだと思ったけれど)

 

 指輪を受け取った時、顔を真っ赤にして俯きながらも、どこか嬉しそうに照れくさそうに微笑んでいたキラの表情を思い出し、アスランの胸の奥が温かい熱で満たされていく。

 

 (ありがとう、兄さん)

 

 心の中でそっとつぶやき、アスランは部屋のドアへ手をかけた。

 

 (……でも、俺とキラに子供を作らせて育休で前線から降ろそうとする作戦だけは、絶対に阻止させてもらうからな……!)

*1:
この世界線では、とある資産家が企業を焚きつけた結果、アーモリー市がすでに存在している。ただ、民間出資によるコロニー群であるため、SEED開始時に存在するのはワン、ツー、スリーの3号機まで。

*2:
本来の世界線と異なり、この世界線のキラ・ヤマトは女性です。

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