Blue Archive fo MetroExodus   作:宇迦之たま猫

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相棒の名はティハール

 

 キヴォトスでは、愛用の銃に名前をつける。入学した頃、それを知らずに「カラシニコフ」と答えたら、名前ではなく種類の話になっていると教えられた。確かにそうだった。僕だって、名前を訊かれて人間ですと答えたことはない。

 

 そんなわけで、僕のAK-47には《オーロラオーダー》という名がある。あの列車と、そこに乗っていた仲間たちから貰った名前だ。口に出すのはまだ少し照れくさいけれど、呼ぶたびに思い浮かぶ顔があるので、気に入っている。

 

 そして今、その隣に並べる、もう一挺ができあがろうとしていた。工務部から借りた作業台の上で、僕が最後に眺めているのは、銃本体よりも、重ねたパイプの銃床だった。

 

 削り終えたはずのところが、指で撫でると少し気になった。もう少し、と手を伸ばしかけたところで、背後から声が飛んできた。

 

「アルチョム。その『もう少し』は、さっきも聞いたぞ」

 

 振り返ると、ミノリが作業場の時計を指さしていた。僕も時計を見た。どうやら、針の方は僕のこだわりに付き合うつもりがないらしい。

 

「今度こそ、最後の少しだよ。ここ、握るとちょっと気になって」

 

「分かった。ただし、休憩も忘れるな。作業台は逃げない」

 

 僕は頷き、手を止めた。逃げないどころか、ここ数週間、毎日のように僕を待っていてくれた台だ。さぞ見飽きたことだろう。台から感想を聞けなくてよかった。

 

 作っていたのは、ティハールだった。手動で加圧し、溜めた空気で金属球を撃ち出す、空気圧搾ライフル。かつてトカレフが作ってくれて、何度も僕を助けてくれた銃だ。

 

 また、あれを使いたいと思った。最初は、ただそれだけだった。ノートの隅に覚えている形を描き始め、気がつくと、一枚では足りなくなっていた。

 

 何度も使い、手入れもしてきたから、よく知っているつもりだった。ところが、自分で一から作ろうとすると、覚えていることと、できることの間には、結構広い溝があった。僕はその溝へ、しばらく両足を突っ込んでいた。

 

 工務部の作業場を借り、教わり、考え直し、また作業をする。帰り道に浮かんだ考えを手帳へ書き、翌日それを見て、昨日の僕はずいぶん楽観的だったなと感心する。そんな日が続いた。

 

 もちろん、授業もあった。ノドカに教わった数学が、思わぬところで役に立ったこともある。お礼を言うと喜んでくれたが、そのあとに、この調子で宿題も済ませてくださいね、と付け足された。僕の信用には、まだ少し隙間があるらしい。

 

 試作がうまくいかなかった日のことも、よく覚えている。肩を落として旧校舎へ寄ったら、シグレに、今日は道具の方が勝ったんだね、と言われた。言い方がおかしくて笑ってしまい、お茶を飲んでいるうちに、翌日もう一度やってみようと思えた。

 

 トカレフは、よくあんな顔で新しいものを僕へ渡せたものだと思う。こちらは、ようやく形になったものを前にして、銃床の小さな引っかかりまで気になっている。彼が自分の作った銃を見ていた時間は、僕が思っていたより、ずっと長かったのかもしれない。

 

「……これで、いいかな」もう一度手に取り、僕は呟いた。目の前にあるのは、記憶の中からそのまま抜け出してきた銃ではない。こちらで手に入るものを使ったから、違うところはいくつもある。それでも、抱えた時の落ち着き方には、ちゃんと覚えがあった。

 

 ミノリが隣へ来て、できあがった姿を見た。しばらく黙って眺めてから、僕の顔を見る。僕が頷くと、彼女も頷いた。

 

「では、確かめに行こう。見せたい相手も、待っているんだろう?」

 

 僕は時計へ目をやり、それから、作業場の入口を見た。ノドカとシグレに連絡しておいた時間には、まだ少し余裕があった。今日は、二人を待たせずに済みそうだった。

 

     *

 

「……思っていたより、ずいぶん賑やかな見た目ですね」射撃場でケースを開けると、ノドカはそんな感想をくれた。銃をひと目見てから、横へ回り、もう一度眺める。僕の肩にある《オーロラオーダー》と見比べているらしかった。

 

「その言い方、初めて聞いたな。賑やか?」

 

「ここにも何かついていて、そっちにも何かあって……どこから見ても、見どころがあります」シグレが隣で笑った。僕もつられて笑ってしまった。確かに、ティハールの外見は、すっきりしているとは言い難い。知らない者の前へ置いたら、まだ組み立ての途中なのかと訊かれそうだった。

 

「でも、ちゃんとできあがったんだね。アルチョムちゃん、ここしばらく、この話をする時だけ少し早口だったから」

 

「そうだったかな。自分では、あまり分からなかったけど」

 

「うん。お茶が冷めてることにも、気づかないくらいには」

 

 それは覚えがあった。気づいた時には冷めていて、温かいものへ取り替えてもらったことがある。あの時、二人が何となく笑っていた理由も、ようやく分かった。

 

 ミノリは少し離れたところで、僕たちの話を聞いていた。作業場を貸してくれただけでなく、困った時には何度も相談に乗ってくれた人だ。今日ここまで来てくれたことも含めて、あとで改めて礼を言わなければと思った。

 

 射台へ向かい、銃を手に取る。ポンプを動かすと、手の中から、覚えのある音と感触が返ってきた。圧力計へ目を落とした時、僕は少しだけ笑ってしまった。

 

 これも、何度やったか分からない動作だった。手が空いた時に、まず確かめる。急いでいる時ほど、確かめておけばよかったと後悔する。昔はそんなことの繰り返しだった。

 

「それを見ると、できあがったんだなって思うよ。アルチョムちゃん、さっきまでより楽しそう」

 

 シグレに言われ、僕は顔を上げた。否定しようと思ったが、たぶん顔に出ているのだろう。無駄な努力はやめて、そのまま頷いた。

 

「うん。ここまで来たら、早く撃ってみたい」

 

「では、頼む。こちらも、その顔を見るために付き合っていたようなものだ」

 

 ミノリが言ったので、僕はもう一度礼を言った。それから的へ向き直り、銃床を肩に当てた。

 

 照準の向こうに、見慣れない射撃場の的があった。明るくて、足元も平らで、誰も僕の背中へ噛みつこうとはしていない。試射には、とてもいい場所だった。

 

 引き金を引くと、短く空気が弾けた。続いて、離れた的へ弾が当たる音がした。肩へ返ってくる感触も、銃身の先から聞こえる音も、あの銃を思い出させた。

 

 僕は、しばらくそのままでいた。撃てたことを確かめる時間より、手の中にあるものを受け入れる時間の方が、少し余計に必要だった。

 

「……本当に、静かなんですね」ノドカの声で、僕はようやく肩から銃を下ろした。振り向くと、彼女は的とティハールを交互に見ていた。シグレも、さっきまでの笑顔を引っ込めて、興味深そうにこちらを見ている。

 

「思っていた音と、違った? 外見の方が、騒がしかったかな」

 

「はい。もう少し、こう……頑張ってます、って音がするのかと思ってました」

 

「それは僕の担当かな。空気を入れるのは、手動だから」

 

 シグレが吹き出し、ノドカまで笑った。僕も笑ってから、もう一度銃を構えた。今度は、一発だけで終えずに、何度か確かめた。

 

 長く離れていた感覚が、ひとつずつ戻ってきた。手の添え方も、肩へ収めた時の落ち着き方も、こうだったなと思い出す。的へ目を戻すたび、撃ちたい場所と、実際に弾が届いた場所が近づいていった。

 

 僕は、ティハールを信じていた。手持ちの弾薬が心細くなった時も、大きな音を立てたくない時も、こいつがあると分かっているだけで、できることが増えた。泥を落とし、埃を払い、また空気を溜めて、何度も持ち直した。

 

 新品になった今の一挺には、あの頃の傷はない。けれど、使っていれば、こちらにも僕の知らない傷が増えていくのだろう。できれば、転んだ拍子についた傷くらいにしておきたかった。それなら、僕が少し恥ずかしいだけで済む。

 

 ひと区切りつけ、手元へ目を落とす。銃を下ろしてポンプへ手をかけると、後ろから、感心したようなノドカの声がした。

 

「撃っている時、本当に迷わないんですね。作ったばかりだって、分からなくなりそうです」

 

「昔から、よく似たものを使っていたからね。手が覚えていたんだと思う」

 

「なるほど……。その割に、今はちょっと大変そうですが」

 

 僕はポンプを持ったまま、ノドカを見た。どうやら、感心してもらえる時間は、もう終わったらしい。少し腕へ来ていたのも確かなので、言い返す言葉は特になかった。

 

「こっちも、手が覚えていた。忘れていてくれてもよかったんだけど」

 

 シグレが肩を揺らして笑った。ミノリまで口元を緩め、完成品の感想を聞きたいのか、僕の感想を聞きたいのか分からない顔をしている。まあ、楽しんでもらえたのなら、それはそれでよかった。

 

     *

 

 試射を終えたあと、ミノリはできあがったティハールを、しばらく眺めていた。銃の話を少ししてから、何枚にも増えた僕のノートへ目をやる。最初の頃の頁も知っているので、どれくらい遠回りしたかまで、すっかりばれていた。

 

「ともあれ、完成だな。よく諦めずにやったものだ」

 

「いろいろ手伝ってくれたからだよ。ありがとう、ミノリ」

 

「君が作りたかったんだろう。見ていればよく分かった」

 

 そう言われて、僕はティハールを見た。作りたいと話した時には、懐かしい銃をもう一度手に持ちたかったのだと思う。今は、その向こうで、これを作って渡してくれた人のことまで、前よりよく見える気がした。

 

 部品を揃えるだけでも、考えることは沢山あった。自分でやってみると、あの人が何でもない顔でしていた仕事の、一つひとつに時間がかかった。作業台から僕の手へ来るまでに、どれだけの手間があったのか、今さら少し分かった。

 

 見せてみたかった。自分で作ってみたよ、と渡したら、トカレフはどんな顔をしただろう。まず一緒に喜んで、それから僕が気づいていないところを見つけそうだった。そう思うと、少し困って、少し嬉しかった。

 

「作り方を教えてくれた人にも、見せたい?」

 

 隣でシグレが訊いた。僕が黙って銃を見ていた理由を、何となく察したらしかった。僕は頷き、磨いた銃床へ指を置いた。

 

「うん。きっと、まだ言いたいことがあると思う。僕が得意になっていたら、なおさら」

 

「それなら、私たちが先に褒めておこうか。ちゃんとできてたよ、アルチョムちゃん」

 

 シグレはそう言って笑った。ノドカも大きく頷き、今日見た中で驚いたことを、いくつも話してくれた。途中から、手を動かして説明し始めたので、僕は少し照れながら、それを聞いていた。

 

 ミノリは道具を片付けると、まだ仕事が残っているからと先に戻った。別れ際、また作業場を借りる時には声をかけていいと言ってくれた。その言葉を聞いた途端に次のことを考えかけて、僕は慌てて頷くだけにしておいた。まずは、今日借りたものを全部返さなければ。

 

     *

 

 旧校舎へ戻ると、ノドカが机を空けてくれた。ケースを置き、《オーロラオーダー》とティハールを順番に収め直す。二挺を並べて見られるのが嬉しくて、少しの間、手を止めてしまった。

 

「そっちにも、名前をつけるんですか? できあがった記念ですし」

 

 ノドカがティハールを指さした。僕は、名前を考えている時の顔をしたのだと思う。シグレがこちらを見て、言葉を待たずに小さく笑った。

 

「空気を入れる銃、以外でお願いね。それだと、また種類の話になっちゃうから」

 

「それは、もう学んだよ。……この銃は、ティハールのままにしたいんだ」

 

 声に出すと、思っていたより、しっくりきた。あの名前で呼びたくて、ここまで作ったのかもしれない。僕がそう話すと、ノドカも、ならそれがいいと思います、と笑った。

 

「トカレフという人が、僕に作ってくれた銃なんだ。何度も助けてもらった。できれば、名前も一緒に持っていたい」

 

「うん。じゃあ、ティハールだね。覚えておくよ」

 

 シグレの返事を聞いて、僕はケースの蓋を閉めた。知らない街で、知らない制服を着た二人が、あの銃の名前を知っている。何だか不思議で、もう一度だけ蓋を開けたくなった。

 

 その手元へ、皿が一枚差し込まれた。顔を上げると、ノドカが少し得意そうにしていた。シグレはその横で、お茶を注いでいる。

 

「完成のお祝いです。今日は、冷める前に食べてくださいね」

 

「ありがとう。もちろん、そうするよ」

 

 僕は椅子へ座り、皿へ手を伸ばした。焼きたての匂いがする。口へ運ぼうとして、ふと、射撃場で確かめた感触のことを思い出した。

 

 あの時、手に収まった感じを、忘れないうちに少し書いておこうか。手帳へ目をやったところで、シグレが僕の視線を追った。笑い声が聞こえたので、僕は何も言われる前に、お菓子をひと口かじった。

 

「……おいしい。こっちは、手帳に書かなくても覚えていられそうだ」

 

「よかった。じゃあ、お茶の方も、今のうちにどうぞ」

 

 僕は頷き、温かいカップを持ち上げた。向かいの壁際には、二挺の銃が収まったケースがある。今日はもう、どちらにも働いてもらう予定はなかったので、僕もゆっくり、お茶を飲むことにした。

 

 

───トカレフ、あんたは僕が思ってたよりもずっと凄かったんだな。自作してとても良く理解したよ。

 

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