一般通過偽クェス・パラヤ 作:未完紙
スペース・シャトル、ハウンゼンは、地球へと向かっていた。ハウンゼンの客席の多くを、連邦政府の閣僚が占めている。そんな乗客の中で、ハサウェイ・ノアは珍しいタイプの乗客であった。
「ケネス大佐、あの人誰ですか? なんか目が合うんですけど」
「ハサウェイ・ノア。ブライト・ノアの息子だよ」
「へぇ……」
緑色の髪を、ツインテールで結んだ女は、ハサウェイに特に興味を示さなかった。ちなみに偽クェスは、やっぱ緑ツインテは正義だとハサウェイの視線を受けて確信していた。
ハサウェイにとって、クェス・パラヤは初恋であり、運命の相手であり、呪縛であった。緑髪の女は、そんなクェスのことをハサウェイに強く連想させた。
「あの、すっごく嫌な予感がするんですけど、具体的には戦闘の予感がします」
「クェス、お前が言うと洒落にならん…! クソ。もっと具体的に言え」
「分かりませんよ! この中にテロリストがいて暴れるとか、ハイジャックでもされるんじゃないですか!」
――クェス
ハサウェイの耳には、そう聞こえた。有り得ない。クェス・パラヤは死んだはずだ。思わず立ち上がったハサウェイ。彼の視界が揺らぎ、背中に汗が滲む。
「ちょっと大丈夫ですか? ハサウェイ?さんでしたっけ」
「チッ。クェス。俺はコクピットに向かう。お前も後で来い!」
倒れ込みそうになったハサウェイの身体を、クェスと呼ばれた女が、抱え込んだ。
「本当にクェスなのか…?」
「えっ、あっ、はい。クェス・パラヤです。し、知り合いだったりします? 昔のことは記憶がなくてぇ……」
違う。コイツは、クェス・パラヤじゃない。ハサウェイの脳がグラリと揺れた。心の中に土足で踏み込まれ、大切な思い出をめちゃくちゃにされた気分だった。
「えぇ、ハサウェイさん!? 大丈夫ですか…? ちょっとぉ!」
ハサウェイは憎悪と自己嫌悪に挟まれ、身体から力が抜けた。
偽クェスは、とても困惑した。ハサウェイ?なる人物は、低血圧でも起こしたのだろうか。
「そこの金髪の子! うん、そう。あなた! ちょっとこの子を見てて!」
「わ、分かったわ」
偽クェスが、ハウンゼンのコクピットに向かうと、そこではケネス・スレッグとハウンゼンのパーサーが盛大に揉めていた。
「分かったよ。お前が正しい。俺は間違っている。そうだな」
ケネスの発言に、パーサーは安堵したようで溜め息を吐いた。しかし、ケネスは止まらなかった。こっそり持ち込んでいた拳銃を取り出すと、パーサーに突き付けたのである。
「責任は俺が取る。お前は脅されてコクピットの扉を開けた。それで良い」
「け、ケネスさん……それ、ハイジャックですよ」
偽クェスが、頬を引きつらせながらそう告げた。ケネスは、ニカッと破顔した。
「この手に限る」
「それしか知らないんですよね」
「悪いか?」
「……悪くはないですけど」
ケネス・スレッグという男は非常に運に恵まれた男だった。
袖付きとの戦争では、ジェガンでシナンジュとやり合ったり、ネオ・ジオングとやり合ったりした。ケネスは、まっったく本意ではなかったが、疫病神である偽クェスが、なぜかいつも彼を戦場の真ん中に連れて行ったのである。
彼女のおかげで、ケネス・スレッグは5機以上の敵MSを撃墜しエースになっていた。
ラプラス事件の後も、友軍から抜け出してきたΖプラスとやり合ったり、アクシズにサザビーの残骸を回収に向かってトラブルに巻き込まれたりなど、色々なことがあった。
ケネスは学んだのだ。偽クェスと一緒にいるとロクなことにならないと。何事も先手を取ることが重要である。ハイジャックが目的ならば、こっちがハイジャックをしてしまえば良いのだ。
「ユーハブコントロール」
「あ、アイハブ」
偽クェスがハウンゼンの操縦を掌握した。本人はとても嫌そうにしている。
「遠くにアンノウンがいます……嫌な気配です。このシャトルをぶつけますか?」
「メーデーコールを出せ。それから、衝突コースでソイツに向かえ。寸前で避けろ」
「はいぃ。メーデー、メーデー、メーデー。こちらシャトルハウンゼン。現在ハイジャックに遭っています。マフティーが乗っ取ってきました〜」
ミノフスキー粒子が濃いのもあり、この通信が地球軌道艦隊に拾われるかは分からない。高高度であり、邀撃機もすぐには上がれないだろう。
「レーダーに感あり。粗いですけど画像出します」
「おそらくコイツはギャプランだな。まさかMSでハイジャックを仕掛けるとは、ギャプランを相手にするならシャトルの機動力じゃ逃げられん」
「じゃあどうするんですか!?」
「衝突コースを継続しろ。敵が避けるようなら、その分味方のスクランブルまでの時間が稼げる」
「敵が攻撃してきたら死ぬかもしれませんよね!? こんな非武装のシャトルですよ!」
ケネスは大きく肩をすくめると、いつものことじゃないか、と吐き出した。偽クェスは、それを見て盛大に眉をしかめる。
ギャプランは吶喊してきたハウンゼンを大きく迂回しなかった。それどころか、ハウンゼンの相対速度と機体の速度を合わせ始めた。
つまり、ギャプランはハウンゼンに取り付く準備をしているのだ。ギャプランに乗っているパイロットは、相当な腕であるらしい。マフティーに与しているのが惜しいくらいだ。
「よし、クェス。オートパイロットを入れろ。俺たちはエアロックに向かう。ハイジャッカー共をぶち殺すぞ」
偽クェスはジオン産の強化人間であり、肉体も強化されている。そしてニュータイプ能力による先読みは戦闘において非常に強力である。
ケネス・スレッグも鍛えられた男であり、戦闘能力は非常に高い。この2人が待ち構えているのだから、テロリストの運命はもう語るまでもなかった。
「やっぱ人殺しって慣れないですよ」
「ほとんどお前がやっておいて、よく言うよ」
偽クェスは、袖付きとの戦闘で敵MSをぶっ壊し、それから色々あってジオン残党を要塞ごと吹っ飛ばしたりしたので、すっかり殺人に染まっていた。
「え〜、皆さん。このシャトルを乗っ取ろうとするテロリストは殲滅しました」
ところどころ返り血を浴びたケネスと、血塗れの偽クェスが、怯える乗客に対してそう呼び掛けた。
「しかしね、君。私たちはマフティーを調べる立場に有るのだから皆殺しというのは、やり過ぎではないかね……」
「このおじさん、よく喋りますね。ケネス大佐、1人くらい死んでもバレませんよ。マフティーにやられちゃったなら仕方ないですし」
偽クェスの発言で、ハウンゼンの機内が静まり返った。
「やだなぁ。冗談ですよ。冗談。私たちの血税でブクブク太った連邦政府の閣僚には思うところは有りますけどね」
「良い加減にしろクェス・パラヤ准尉。部下が失礼しました。皆様の安全は、ケネス・スレッグ大佐が守ります」
ケネスは良い笑顔を浮かべ、そう言った。しかし、彼も連邦政府の閣僚に対しては、偽クェスと同じように思うところがあるのだ。
「おや、そこのハサウェイ?くんだっけ。彼は大丈夫?」
「ええ。多分大丈夫だと思うけど」
「どうもありがとう。お嬢さん。私はクェス・パラヤ准尉です」
「ギギ・アンダルシア」
「あー、まぁよろしく? ギギちゃんは強化人間だったりする? ちょっと私と似たようなニオイがするけど?」
偽クェスの問いかけにギギは、フリーズした。ギギ・アンダルシアは強化人間ではない。意味不明な疑惑だ。
「おっと、失礼すぎたね。忘れて」
ギギの傍らにいたハサウェイ・ノアは脳が破壊されそうであった。シャアの反乱時に死んだはずのクェス・パラヤが何故か目の前にいる。そして、明らかにクェス・パラヤではない。
クェスはハサウェイのことも全く覚えていなかったし、どこかバカそうだ。初恋の少女であるクェスは死んだはずなのだ。
「お前は、誰だ? クェスの顔をしたお前は誰なんだ!?」
「私、クェス・パラヤだよ。記憶喪失になっちゃって……ほら、昔のこととかあんまり覚えていなくて……」
「違う。お前はクェスじゃない! クェスは死んだ! 僕を庇って! 僕が見殺しにしたんだ! お前は! お前は! クェスじゃない!」
突如発狂したハサウェイの様子に、偽クェスは思わずギギの方を見てしまった。ギギ・アンダルシアも非常に困っているようで、クェスと目が合ってしまう。
「ハサウェイくん、その、精神科に行ったら…?」
「そうよ。そうした方が良いわ!」
ハサウェイには精神科を受診したら、精神科医がテロリストのシンパでマフティーに勧誘されたというクソみたいな過去がある。
「クェス……本当にクェスなのか?? 生きているのか? いや、クェスは死んだんだ。僕がッ、僕が見殺しにしたんだ…!」
精神崩壊しかけているハサウェイは、ブライト・ノアに回収される予定となった。ケネス・スレッグは、袖付きとの戦闘を通してブライト・ノアと知り合っており、連絡先を知っていたのだ。