一般通過偽クェス・パラヤ 作:未完紙
ハサウェイ・ノアは宇宙を泳いでいた。しかしそれは、本当の宇宙ではなかった。RX-94Rのサイコミュと接続された、ハサウェイの脳が見せる幻覚であった。
サイコミュは人間の意思を反映する。意地の悪い使い方をすれば、サイコミュは機械の意思を人間に反映させることも出来るのだ。
「僕たちの予定としては、ダバオに滞在する閣僚を襲撃する。襲撃経路はレーダー網を誤魔化すために海面スレスレになる」
スラスラと自白するハサウェイ。彼は安らかな表情を浮かべていた。
「レーダー網の薄いところを突くのか?」
「ああ。そうだ。サブフライトシステムであるギャルセゾンを使用してメッサーで襲撃をかける。その後で、僕たちはアナハイムからクスィーガンダムを受領する予定だ」
「なるほどな。お前たちの計画はよく分かったよ。で、お前らの黒幕は誰だ?」
「クワック・サルヴァーだ。そう名乗っている。おそらくは連邦政府の高官だろう。名は明かされなかった」
ケネス・スレッグの眉間が引き攣った。
「ヤブ医者? あるいは弁護士だと? 連邦政府の自浄作用を司る医者気取りか。気に食わないな。……ハサウェイ。お前はこれから俺たちの二重スパイだ。クェス。お前はハサウェイの恋人として、マフティーに潜入しろ」
偽クェスは、えっ!? という表情を浮かべた。しかし、こういう場面でのケネス・スレッグは頑なだ。
「ハサウェイ。お前はマフティーに偽の情報を流せ。連中はお前を盲目的に信じているんだろう。なら、その信頼をとことんまで利用する。クワック・サルヴァーを表舞台に引き摺り出してやれ」
ケネスは、クェスを呼び寄せ。小声で告げた。
「ハサウェイが妙なことをするようなら殺せ。クスィーガンダムには、お前が乗れ。クワック・サルヴァーがマフティーに見切りをつけたようなら、お前がマフティーの一味を全滅させろ」
「……私が居なくなったらガンダムはどうなるんですか? νガンダムを動かせるパイロットなんて居ませんよ。ケネス隊の戦力が低下します」
乗り気でない偽クェスは、ガンダムを盾にした。
「戦争ってのはモビルスーツ1機で決まるもんじゃない……と言いたいところだが、νガンダムは、強力すぎる。あれ1機あれば、戦術レベルは覆せる。ガンダムは、レーン・エイムに任せるさ」
「レーン・エイムに私のガンダムが扱えるとは思えませんけどね……」
「御託は良い。お前はダバオに侵入するマフティー連中を殲滅しろ。それから、ハサウェイとハネムーンだ」
「……了解しました」
ケネスはエンジニアたちにハサウェイの脳にマイクロサイコミュを注入するように命じた。これは、ケネスの成果物の一つだった。
偽クェスのニュータイプ能力により、ハサウェイの脳を脳波コントロールするのである。廃人となる危険は大きいが、元よりハサウェイは、連邦政府の閣僚を殺そうとしたテロリストだ。ケネスに躊躇はない。
「待って。つまりハサウェイはクェスの傀儡になるってこと? そんなのあまりにも非人道的よ!」
「必要がなくなれば脊髄から抜けば良い。ハサウェイは最初からケネス隊の二重スパイで、マフティーに潜入して大手柄を立てる。俺もブライトさんに顔向けができる。それで良いじゃねぇか」
「……そんなのって!」
「なら代案は有るか?」
「……世の中って世知辛いのね」
諦めたように呟いたギギの腰に、強引にケネスが手を回す。ギギ・アンダルシアは、お手上げとばかりに両手を上げ、ケネスに自身の体重を委ねた。
§ § §
マフティーの一員にして、メッサーのパイロットであるガウマン・ノビルは、母艦から出撃して以来、ずっと嫌な予感に苛まれていた。
「ハサウェイからの情報におかしな点はない。だが、妙な予感がする。俺たちは泳がされているんじゃないか?」
「誰にだよ? ケネスか? ビビってんのかぁ? 確かにケネス隊は、シャアの反乱以来のエース部隊だ。それにゾルタン事件では、ジオン系住民を平気でぶっ殺した。ヤバい奴らだが、ケネスはまだ赴任したばかりだぞっ!! ッ!! 敵機だ!!」
サブフライトシステムに乗った遠方の敵機が、こちらに威嚇射撃を行ってきた。まず当たるはずがない距離である。だが、こちら側が確実に見つかってしまっている。
ギャルセゾンは、レーダーを掠めるように飛んでいた。哨戒網に引っ掛かる可能性は限りなく低かった。しかし、事実として部隊は待ち伏せを食らっている。偶然か水漏れのどちらかだろう。
グスタフ・カールのビームをギャルセゾンは余裕を持って回避する。その後で、メッサーのパイロットたちの耳に奇妙な音が入り込んだ。
「la.la.la.la.la.la.la〜」
「歌だと……?」
「誰が歌っている!?」
「……悪名高いケネス隊のセイレーンか!! どこだ!?」
若い女性の歌声が戦場に広がっていく。優しく囁かれる子守唄が戦場には場違いだった。
「うギャッ!?」
「……ガンダムッ!!」
海から現れたツインアイに特徴的な顔立ちの機体。紛れもなくガンダムだ。
ガンダムからは、黄泉へと誘うように、無数の
「ぎゃっ!?」
「なんだッ!!?」
ファンネルは、メッサーを火達磨にし海へと叩き落とした。
「馬鹿な。たった1機のモビルスーツ相手だぞ……」
味方のギャルセゾンも、メッサーももう居ない。ガウマンの跨るギャルセゾンも既に火を吹いている。
「クソッッ!! 化物め! よくも…!」
1機のガンダムが、数秒で全てを片付けたのだ。
「捕虜は要らないんだ。ごめんね」
ガウマンが最期に聞いたのは、優しい女の声だった。
偽クェスは、最後のメッサーが漆黒の海に飲み込まれるのを見てから、回線を開いた。
「こちら、セイレーン。目標を沈黙させました」
「良くやった。明日からは、ハサウェイとハネムーンだな。楽しんで来いよ」
偽クェスは、おそらくケネスがいるだろう方角に中指を立てた。
§ § §
マフティーの母艦であるヴァリアントの雰囲気は最悪であった。モビルスーツ隊が全滅したのである。良いことは、ハサウェイ・ノアが帰還したくらいだ。しかし、彼は女を連れて戻ってきている。
「みんなに紹介するよ。ミク・ニセノだ。彼女はクワック・サルヴァーから紹介されたネオ・ジオン製の強化人間だよ。僕は、彼女をクスィーガンダムのパイロットとすることに決めたんだ」
クルーの反応は芳しくなかった。謎の女であり、スパイかもしれない人物を内側に入れることに抵抗があったからだ。
「強化人間ですか……ハサウェイ、この子は信じられるの?」
「ああ。信じられるよ」
ハサウェイに埋め込まれたマイクロサイコミュが、偽クェスの意思を形にハサウェイに伝播させた。ハサウェイは、自身の意志であると信じ切っており、それを疑うことは全くない。
「それなら良いんだけど。あなたは、クェスの面影をこの子に求めているんでしょう?」
「クェス…? ぅぁ、頭がッ!!! ぅっ、あああ」
「大丈夫!? ハサウェイ!!」
「あっ、ああ。心配ないよケリア」
ハサウェイの瞳は焦点が合っておらず、誰の目から見ても大丈夫には思えなかった。
「それで、ミクだっけ? アンタはなんでマフティーに来たんだ?」
「はい。私はネオ・ジオン製の強化人間です。ですのでマスターの意向に従っただけですよ」
強化人間らしい話の通じなさを感じたヴァリアントのクルーたちは、彼女と心理的な距離をとった。
「アンタは本物のシャア・アズナブルを知っているんだよな? どんな奴だったんだ?」
「シャアはマスターではなかったので分かりません」
「そっ、そうか……」
あまりにも機械的なミクの応答に、腫れ物に触るようなコミュニケーションが行われていく。
「ミクは僕の恋人なんだ。あまり、詮索はよせ」
「まだハサは、クェスを引き摺っているの?」
「ケリア。君と僕とは終わった関係だろう?」
ケリアはハサウェイのあまりの言い草に絶句した。これは、誰だ。ハサウェイではない。偽物なのではないだろうか?
「クスィーを受け取ったら、オエンベリの連中の支援に向かう。連中はマフティーの陸軍を名乗っているんだろう?」
目の前にいる人物は紛れもなくハサウェイ・ノアだ。けれど、これは彼ではない。身体を重ねたからこそケリアは、その違和感に気付けた。
彼女はハサウェイを自室に呼び出した。ハサウェイの真意を確かめたかったこともあるし、彼の変質を問いたださなければならないと、ケリアの直感が告げていたのだ。
「どうしたんだケリア? 急に呼び出すなんて……」
「ハサウェイ。あなたは本当にハサウェイなの?」
「僕はハサウェイ・ノアだ。そしてマフティー・ナビーユ・エリンでもある」
「そう。なら、あの女は誰? クェス・パラヤそっくりのあの強化人間は? 少なくともあの子は、一般人じゃないわ。そしてあの声。あの子の声は、ケネス隊のセイレーンにそっくりよ。戦場で子守唄を歌いながら、敵を葬る悪夢のガンダム。ねぇ、ハサウェイ? 本当のことを教えて…?」
「しっ、知らない。僕は、クェスと…? 僕は、僕は、クェス! クェス……クェス、クェスぅ」
ハサウェイが、頭を抑え藻掻き苦しむ。明らかに異常だ。ケリアがハサウェイの服を脱がすが、彼の身体に拷問を受けたような傷跡は無かった。
「ふふ。困りますね。勘が鋭い人って」
「やっぱり、あなたがハサウェイを!!」
緑髪のツインテールの女が、笑みを浮かべてケリアを見ていた。
「何をするの! 人を呼ぶわよ!」
「無駄ですよ。強化人間は、肉体も強化されていますから。ケリアさんも、私の端末になって貰いますね」
ミクが手に持っているのは、金属が液体となったような灰白色の流体だ。水銀のように金属光沢を秘めている。
「はい、ブスッとします。マイクロサイコミュは、脊髄から脳脊髄液として脳と神経に作用します。じゃあ、ケリアさんこれから自殺してください。皆の前で海に落ちて死んでくださいね」
ケリアは、コクリと頷くと立ち上がる。その瞳は、狂気を内包し、サイコミュの光を宿していた。