一般通過偽クェス・パラヤ 作:未完紙
ヴァリアントの空気は最悪だった。モビルスーツ隊が全滅したことに加えて、ケリアが身投げをしようとしたからである。
不幸中の幸いにして、ケリアの様子がおかしいことに気が付いたハーラが、彼女の身投げを止めた。しかし、ケリアは正気を保って居なかった。そのため彼女は、自室に軟禁されることとなった。
「皆の犠牲は無駄にしない。僕とミクがクスィーガンダムで仇を取る」
ハサウェイがそう言ったが、本人の目に正気は残っているようには見えなかった。
「だ、大丈夫……ハサウェイ。おっぱい揉む?」
上裸のメカニックであるジュリア・スガが、心配そうにハサウェイを慰めた。
「陥没乳首なんですね」
「うるさいよ! 強化人間!!」
「折角なのでお言葉に甘えて揉みます」
「お前には言ってないんだけど!! ハサウェイに言ったの! ええい鬱陶しい! 痛い! 思いっ切り揉むな!」
ハサウェイは、そのやり取りを華麗にスルーした。
「クスィーガンダムの受け取りに向かう。ハーラ。ギャルセゾンとメッサーを用意してくれ」
「分かった。残りのパイロットにも話を付けておくわ」
クワック・サルヴァーであろう人物との通信記録を、ハサウェイは抜き取った。それから、ヴァリアントへの補給品の目録も書類の中から抜き取る。
クワック・サルヴァーの足跡を追えるだけの証拠を、ハサウェイはいとも簡単に手に入れた。
「ハサウェイ。もう終わったんですか?」
「ああ。これが有れば奴の足取りは追えるだろう」
「なら、もう終わりにしますか。アカデミー賞ものの芝居でしたよね?」
「君の演技は酷すぎる。これでは道化だよ」
「……うるさいですね。クスィーガンダムを取りに行きましょう」
クスィーガンダムの落下地点は、暗号通信によりマフティーに伝えられていた。しかし、ハサウェイは暗号の鍵をケネスに白状してしまっている。
ケネス隊は、万全な状態で地球へと落下してくるカーゴ、ピザを補足していた。
「レーン・エイム中尉。ペネロペー出ます!」
「おいおい、ふらついてるじゃねぇか。マトモに飛べないのか?? やっぱりνガンダムをペネロペーの核にするのは無理だったんじゃないか?」
ラー・カイラムのブリッジから無線越しに飛んできたケネスの軽口に、レーンは臍を噛んだ。レーン・エイムは、ケネス・スレッグの隣りにいる強化人間が嫌いであったし、一方的にライバル視をしていた。
「あの女がνガンダムに乗れたんだ! 僕にだって…!」
ペネロペーはよろよろと飛行し、バランスを崩した。そして機体の高度が下がっていく。
「こりゃあ無理だな。ラー・カイラム隊でクスィーガンダムを叩くしかない。ブライト大佐、アムロ・レイってやつは凄かったんですね」
「……ええ、まぁ」
ケネスからの要請を受け、ラー・カイラムで地球に降りてきたブライト。ケネスの隣でキャプテンシートに座る彼の心は、ここにあらずといった様子だ。
それも無理はない。息子であるハサウェイがマフティーにリーダーとして参加していたのだから。マフティーであったハサウェイは、良心の呵責から、全てをケネスに自供したという。
ケネス・スレッグと、ハウンゼンで乗り合わせたことが、ハサウェイの運命を救ったのである。
クスィーガンダムを連邦軍に引き渡すこと、マフティーのスポンサーの究明に力を貸すこと。ケネスがハサウェイの罪を握り潰す条件がこの二つであった。
「ブライト大佐、ハサウェイくんのことを、私は公にしたいとは思っていません。私は彼の罪を追求したくない。代わりと言ってはなんですが、ブライト大佐には私に協力して欲しい」
ブライトは身構えた。ブライト・ノアは、ケネス・スレッグのことを知っているつもりだった。有能な指揮官でありながら、獰猛なモビルスーツパイロットである。スペースノイドやジオン系テロリストには、苛烈な対処をするが、決して法を守らないわけでもない。
ブライトは、ケネスを、政治屋ではなく、前線指揮官タイプの人間だとずっと考えていた。
「ケネス大佐は、何をする気なんですか?」
「強いて言うなら、人類の救済ですよ」
非常に剣呑な言葉が、ケネスの口から溢れた。かつてシャア・アズナブルが語ったような内容だ。ジオニズムとは無縁だと思っていた彼も、シャア・アズナブルに毒されたのだろうか。
「それだけでは、分かりません。人類の救済とはどういう意味ですか?」
「私は、現在の腐りきった連邦政府が嫌いです。これを外部の圧力として、改革しようとしたマフティーは、ある意味では正しかった。彼らには同情的します。
しかし、マフティーのやり方は単なるテロリズムだ。人を殺して世界を変えるなんてことはくだらない。ナンセンスだ。シャアの反乱で、アクシズが地球に落下しそうになりましたね。しかし、英雄アムロ・レイが、身を呈してアクシズを止めた。けれど、あのサイコフレームの光を見ても人類は変われなかった」
ケネスの瞳に強い意志の光が宿った。
「必要なものは、マフティーの思想でもアクシズの奇跡でもありません。現物ですよ。そのためには技術が必要なんです。地球に縋り付く現状を技術により打破します。
お恥ずかしいですが、私は子どもの頃からサイエンス・フィクションが好きでした。あの世界では、恒星間航行やらワープやらが平気で使われている。しかし、我々は地球の環境を巡って争っている。スケールが小さすぎる。誰かが、強制的にパラダイムシフトを起こさせる必要があるんです。
連邦政府が頼りにならないのならば、私の手で新しい技術を生み出すまでです。アムロ・レイのような英雄にはなれない。なら、せめて、技術屋の意地を見せてやりますよ」
ブライトは、ケネス・スレッグの途方もない野望に、思わず声が出そうになった。ケネスという男は、技術によって世界を変えようと目論んでいるらしい。
「率直に言って、驚きました。ケネス大佐は、前線指揮官だと思っていましたので」
「私は、技術屋ですよ。地球に降りたのもペネロペーのテストがしたかったからですし。ミノフスキークラフトの小型化や、その先を見据えた実証実験をしたかったということも有ります」
「ミノフスキークラフトですか?」
ミノフスキー粒子は万能だ。しかし、ブライトにはミノフスキークラフトの可能性をそこまで信じられなかった。
「ええ。ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉には、まだ可能性が有ります。ペネロペーは、その実証機です。ミノフスキー粒子の活用により、理論的には時空の歪みを作り出すことや、ワープ航法が可能になると、私は確信しています。
しかし、それを証明するためには、先立つものが必要でしてね。要は金と、潰されないだけの権力が私には必要なんですよ。ブライト大佐に金を出せと言うわけではありません、マフティーに支援をするくらいなら、私に払えと、金の有る所に強請るだけです。ブライト大佐にはその手伝いをしてもらいたい」
ブライトは逡巡した。
「私に、クーデターに加担しろと…?」
「いえ、まさか。そんなことはしませんよ。アデレードに姿を表すクワック・サルヴァーであろう男を、ラー・カイラムで脅して頂ければ結構です」
「……乱暴ですね。しかし、……私に選択肢は有りません。協力しましょう」
「感謝します。ブライト大佐」
握手を交わすブライトとケネス。ケネス・スレッグという男は、なかなかにユニークな男であったらしい。
ブライト・ノアは、ケネスの野望に付き合うことに決めた。退官後のレストラン経営は遠ざかりそうだが、政治家としてケネスの資金集めを手伝うことも良いだろう。軍に残って、ケネスの研究を助けても良い。ハサウェイの件で沈んでいたブライトの心は、多少軽くなった。
「ねぇ、ケネス大佐はブライト大佐にあんなこと言ったけど、本当なの?」
「……本当さ」
ギギがケネスにしなだれる。ギギは、ブリッジで外を眺めていたが、話はしっかり聞いていたのだ。
「ねぇ、ギギ・アンダルシアが可哀そうだと思わない? 籠の中の鳥よ。何も知らないの」
「俺の胸の内を教えろと?」
「そ。大佐、悪いこと考えているでしょ?」
ケネスは、口角を上げると楽しそうに語り出す。
「嘘が分かるってのは、難儀だな。俺の本命はサイコフレームだよ。サイコマシーンと強化人間。これが有れば、莫大なエネルギーを生み出せる。コイツはアクシズショックで、小惑星を跳ね返すほどの莫大なエネルギーを生み出した。アムロ・レイの生命一つでこれほどのエネルギーを生み出せたんだぞ。
アムロ・レイが5人だったら? 10人だったら? 100人だったら? 想像するだけでワクワクするだろう? 人類が時空を歪めて、距離を超越出来ると思うとワクワクが止まらん」
ギギは、ケネスの語る内容にドン引きした。
「人間を燃料として消費するつもり…?」
「……ギギ。お前は素直だな。俺の本命案を聞いた奴らはお前のような反応をするだろう。表向きは、ブライトに語ったプランを進める。金と権力が無ければ、強化人間の養殖は難しい。どちらのプランを採用するにしても、当面は金と権力基盤を固めるしかないな」
ギギは、ケネスを選んだことを若干後悔し始めていた。ケネスは合理的だが、イカれた理想主義者だった。
ケネスには、強化人間を集めておく趣味も有るのだろう。勿論それは消費を考えてのことだ。クェス・パラヤや、レーン・エイム。そしてギギ・アンダルシア。これらはケネスの夢の材料である。
ギギは、薪として消費されるのは真っ平御免だった。ブライトに乗り換えるという選択肢すら、ギギの中で浮かんできた。ため息を吐くと、ギギの尻をケネスの掌が撫でた。その手を、ギギは握りしめる。
ギギは籠の中の鳥だが、案外図太いのである。