「おい、ライス!ぼさっとしてんんじゃねえ!」
鼓膜を突き刺すようなベートさんの怒声と同時に、視界の端から容赦のない蹴りが頭に迫る。
「っ……!」
僕は手にしていたロングソードでとっさに受け流し、受け流し切れなかった衝撃を後ろに跳ぶことで何とか頭への直撃を避けた。
けれど、相手はLv.5の冒険者、大部分を受け流したはずの衝撃が腕をしびれさせる。痺れる腕でロングソードを握りしめ、頭部への蹴りを受け流されたことにより、こちらに背を向けているベートさんに肉薄しその背に刃を潰したロングソードを振り下ろした。
しかし、当然のようにこちらを把握していたベートさんは受け流された脚を軸に今度は逆の脚で後ろ回し蹴りを放ち、振り下ろされていたロングソードごと僕を蹴り飛ばし、ニィと獰猛に笑う。
「悪くねえ動きだ!だけどよぉ……甘ぇんだよ!」
獰猛な笑みを浮かべたベートさんは先ほどより数段速く重い連続蹴りを僕に叩きつけた。何とかその蹴りを躱し、受け流しながら反撃のすきを窺う。
そしてその時は来た、ついに蹴りが途切れたのだ。その隙を逃さず、反撃にでた時それを見た僕は一瞬硬直する。ベートさんが凶悪な笑みを浮かべこちらを見ていたのだ。
(しまった、誘われたーー!)
一瞬とはいえLv.5の冒険者の前で作ってしまったその隙は致命的だった、硬直した僕の胸にベートさんの蹴りが容赦なく叩き込まれる。
「がっ……!?」
背中から訓練場の床に転がり、激しく咳き込む。その時、訓練場に明るい声が響き渡った。
「はーい、そこまでそこまでー!模擬戦終了、勝者ベート!」
僕たちの模擬戦の審判をしてくれていたティオナさんが、笑顔で両手を叩きながら歩み寄ってきた。僕は痛む体を起こしながら、苦笑いをしながら蹴れ飛ばされた時に落としたロングソードを拾い上げる。
僕はライス・ヴァレンシュタイン、11歳。
ロキ・ファミリアに所属する、Lv.4の冒険者で名前で分かる通り剣姫アイズ・ヴァレンシュタインの血のつながった弟だ。
11歳で第二級冒険者であるLv.4に到達。周りからは天才少年なんて言われてるし、僕自身、姉さんに少しでも追いつきたくて、いつも真剣に鍛錬に励んでいる。もちろん、今の模擬戦だって全力だった。
だけど、やっぱり第一級冒険者の壁は厚く高かった、姉さんやベートさんがいる場所はまだまだ遥か遠くだ。
「ライス君、今日もいい動きだったねえ!負けちゃったけど、あのベート相手にここまで食い下がるなんて、さっすが最年少Lv.4の天才!」
ティオナさんがポンポンと僕の肩を叩いて励ましてくれる。
「まぁ、11歳でこれだけ動ければ上等じゃない。でも、まだ第一級冒険者の壁は厚いわね」
少し離れた場所でレフィーアさんと模擬戦を見ていたティオネさんも腕を組みながら、客観的に僕の動きを評価してくれる。隣にいたレフィーアさんも、どこか羨ましそうな眼差しを向けながら頷いていた。
僕だって、第二級冒険者としては十分戦える自信はある。だけど、ロキ・ファミリアの「幹部」としての看板を背負うには、第一級冒険者にも届いていない僕は、まだまだ実力が足りない。
「ハッ、ただの腑抜けの甘ちゃんだろ。最後の一撃、完全にビビってやがったろ」
ベートさんが苛立ちを隠さずにティオナさんたちを睨みつけ、最後に僕を睨む。
「最年少のLv.4の天才だか何だか知らねえが、幹部としてはまだ足りねえガキだ。なぁ、俺にはどうしても理解できねえ。何でフィンやリヴェリア、果てはロキまでが、テメェみてぇなガキを特別扱いしてんだ?遠征の配置決めでも、毎回フィン達はこいつの動向や意見を気にしてコイツを中心に遠征の配置を決めやがる。今の模擬戦を見たって、ただのLv.4だろ。次期幹部だとしても明らかに特別扱いしてやがる。俺はそれが気に食わねえんだよ」
ベートさんの棘のある言葉が訓練場に響く。
「そ、そんなこと僕に言われても・・・」
実は、僕だってずっと不思議だったんだ。
ベートさん達が不審に思うのも無理はない。確かに僕は他の人よりもレベルが上がるのが早い、でもそれだけなんだ、僕よりも強い人はベートさん含め沢山いるし、同じ次期幹部としてリヴェリアさんの後継として期待されているレフィーアさんみたいに特別な魔法も持っていない。
強いていえば、僕の持つ付与魔法「エアリアル」は他の人の使う付与魔法よりも強力みたいだけど、姉さんだって同じ魔法を持ってるし、当然僕よりもレベルが上だからその分強力だ。
「まぁ、確かに……団長があそこまでライスに目をかける理由は、私もちょっと気になるわね」
ティオネさんも、愛するフィンさんの名が出たことで、少しだけ真剣な顔をして顎に手を当てた。
なぜファミリアの絶対的トップであるフィンさんたちは、第一級冒険者のベートさんたちを差し置いて、他の人よりも少し早く強くなれるだけの僕の意志や動向をあそこまで気にかけてくれるんだろう。
すると、ティオナさんがトコトコと僕の隣へ歩いてきた姉さんに視線を向けた。
「ねえねえアイズ、アイズはどう思う? 何でフィンたちはライス君を特別扱いするんだと思う?」
その問いかけに、姉さんはいつもは感情の起伏が薄い表情に誇らしげな笑みを浮かべ僕を見つめながら、
「……ライスは、本気を出せば、世界で一番強いから」
さらりと、あまりにも大真面目に姉さんは言い切った。
「はあ!? 姉バカも大概にしろよ、アイズ!」
ベートさんが呆れ果てたように声を荒らげる。ティオナさんも「あはは、また始まったー」と笑っているし、レフィーアさんも困ったように微笑んでいる。ティオネさんは「はあ? あんたねぇ……」と眉をひそめて呆れ顔を向けたけれど、姉さんがあまりにも真っ直ぐな目で言い切るものだから、それ以上は言葉を続けられずに、どこか釈然としない様子で僕をじっと見つめていた。
姉さんは僕の前だといつもこうだ。両親を失ってから、僕たち姉弟は二人三脚で生きてきた。姉さんが僕を守ってくれるように、僕がそばにいることが、姉さんの心の支えになっているんだとリヴェリアさんから聞いたことがある。姉さんの弟バカはいつも少し恥ずかしくなる。だけど、大好きな姉さんにそう信じてもらえるのは、やっぱり僕の誇りだった
「ライス、お疲れ様。汗、拭いてあげるね」
タオルを持った姉さんが歩いてくる。
普段はあまり感情が顔に出ない姉さんだけど、僕の前にいる時だけは、他の人には見せない優しい笑顔を浮かべる。
「ありがとう、姉さん。でも自分でできるよ」
「だめ、私がしたいの。……ライスは、今日も頑張ってるね」
姉さんは僕の汗を拭き終わった後、頭を愛おしそうに撫でる。
「こら、アイズ。ライスをあまり甘やかすな。それでは本人のためにならんと言っているだろう」
訓練場の入り口から、凛とした涼やかな声が響いた。
ロキ・ファミリアの副団長にして、幼い頃に死に別れてしまったせいでほとんど両親の記憶がない僕にとっては親代わりでもあるオラリオ最強の魔導士、リヴェリアさんだ。
「ライス。少し休憩したら今日の魔力制御の訓練を始める。体調に問題はないな? 無理をする必要はないぞ」
「大丈夫です、リヴェリアさん。僕、ロキ・ファミリアの次期幹部として相応しい冒険者になりたいんです」
僕が真っ直ぐにそう答えると、リヴェリア様は一瞬だけ、顔を和らげ僕を労るような、本当の母親のような優しい微笑みがふっと浮かぶ。
「……焦る必要はない。お前は十分に強い。まずは己の風を正しく御すことだ。行くぞ」
リヴェリア様は僕の頭へ小さく手を置いたあと、綺麗に踵を返した。僕はその背中を追って慌てて歩き出す。
――それから、数日後。
僕たちは、ファミリアの最大行事であるダンジョン遠征の途上にあった。
現在判明しているライスのステイタス
ライス・ヴァレンシュタイン
Lv.4
《魔法》
エアリアル
・詠唱式:【目覚めよ(テンペスト)】