剣姫に弟がいるのは間違っているだろうか 作:覚醒悟飯はかっこいい
上層に続く道に向かって猛スピードで逃げ去っていくミノタウロスの群れ。
その異様な光景に一瞬呆気に取られたけれど、フィンさんの怒号で僕は正気に戻った。
全力で地を蹴り出した姉さん達の背中は、一瞬で遠ざかって消えていってしまった。レベル5の第一級冒険者が本気で出す速度はLv.4の僕では、どれだけ『エアリアル』の風を全開にしても彼らに追いつけない、誰に命令されるでもなく僕自身が一番よく分かっていた。
それに、姉さんたちが追った方向のミノタウロスは、どうせ追いついた姉さんたちがすべて片付けてしまうだろう。それなら僕がすべきことは一つだ。
「ライス! 君はアイス達とは別ルートに散った残りの個体を確実に潰せ!」
上空から響いたフィンさんの的確な指示に「はい!」と短く応え、僕は別の方角へと逃げ出したミノタウロスを追って通路を滑り込んだ。
パニックを起こして脇道へ逃げ込んだ数頭の猛牛。もしこれを上層へ逃がせば、下位の冒険者たちに甚大な被害が出る。僕は風の推力を乗せて鋭く踏み込み、ロングソードを一閃した。姉さん程の威力は無いが、僕の風を纏った一撃はミノタウロスの強靭な肉体を確実に両断していく。別ルートの個体を全頭、ここで確実に仕留める。それが今の僕にできる、最善の役割だった。
その後、全てのミノタウロスを討ち取った僕は、姉さんたちと無事に合流を果たし、地上へと帰還した。
けれど、合流した時の姉さんは、なぜかいつもより少しだけぼんやりとしていて、どこか落ち込んだ様子だった。
「姉さん、大丈夫……? どこか怪我でもしたの?」
「……ううん。ライス、私は大丈夫。……ちょっと、ね」
姉さんは小さく首を振るだけだった。大した怪我もないようだし、少し疲れているだけなのかな、と僕はその時深くは気に留めなかった。
◇◇◇
黄昏の館に帰還し、シャワーを浴び体を洗った後、僕はロキさんの部屋の前の廊下で、姉さんのステイタス更新を待っていた。
「ライス、もう入ってええで」
ロキさんの部屋に入って最初に目に入ったのは手にしたステイタスの書かれた紙を見つめながら、小さく顔を顰めていた、姉さんだった。
姉さんに話しかけようとした瞬間、ロキさんに話しかけられる。
「よし、次はライス、お前の番や。そこに座り」
「…はい、お願いします」
僕はロングソードを傍らに置き、ロキさんの指を指した場所に腰を下ろし背を向けた。背中を出した僕の肌に、ロキさんが指先を這わせ、ステイタスを更新していく。
50階層での未知の魔物との緊迫した防衛戦、そして17階層でのミノタウロスとの戦闘。僕の背中に浮かび上がる神聖文字(ヒエログリフ)が組み替わり、現在の僕の成長が数値となって紙に写し取られた。
「今回も、よう伸びとるで」
ライス・ヴァレンシュタイン
Lv.4
力:F343→F367
耐久:G299→F315
器用:F301→F321
敏捷:F346→F371
魔力:F378→E409
狩人:G
耐異常:G
剣士:I
《魔法》
【エアリアル】
・付与魔法
・風属性
・詠唱式:【目覚めよ(テンペスト)】
ロキさんから手渡された紙には、Lv.4になったばかりだからか、大きく伸びたステイタスが並んでいた。
確実に強くはなっている。レベル4の第二級冒険者として、僕は間違いなく順調すぎるほどに成長しているはずだった。
だけど、大きく成長したステイタスを見ても、僕の胸の中は重く沈んだままだ。どれだけ数字が増えたところで、あの女王型のモンスターを前にした時の無力感が消えるわけではないし、姉さんを置いていった事実が変わるわけでもない。
黙り込んで自分のステイタスを見ていた僕の横に、姉さんがトコトコと近寄ってきて、そのステイタス用紙を黙って覗き込んできた。
「ライス……凄い。たくさん、伸びてる……」
姉さんは僕のステイタスを覗き込みながら呟く。その言葉には、誇らしさと羨望、そしてほんのわずかな焦りの感情が滲んでいた。
ステイタス用紙を片付けた僕と姉さんは広間へと向かう、そこでは先に向かったロキと皆が遠征の無事な帰還を祝うために、『豊穣の女主人』での打ち上げに行くことで盛り上がっていた。
「ライス、お前も行くやろ? 今回もよう頑張ったらしいやんけ!」
ロキがニシシと笑いながら僕の肩を組んでくる。隣では、ティオナさんたちも「美味しいものたくさん食べようね!」と誘ってくれていた。
けれど、僕の胸の中は、未だに重く沈んだままだった。
未知のモンスターの襲撃の時、僕は前衛でありながら『エアリアル』の風が周囲を巻き込むのを恐れて、まともに手が出せなかった。そればかりか、あの巨大な女王型のモンスターを、姉さん一人に任せきりにしてしまった。
僕が姉さんのようにエアリアルを繊細にコントロール出来ていれば、姉さんのように強ければ…自分が情けなくて、悔しくてたまらない。
だけど、せっかくの打ち上げの席で、僕のこんな落ち込みのせいで周りに余計な心配をかけたくはなかった。
「ううん、僕は遠慮しておくよ。今回の遠征はイレギュラーなことがあって少し疲れちゃったし……遠征の間できなかった勉強や、届いてる本を読みたいんだ」
僕はできる限り、いつも通りの笑顔を作ってそう言った。
僕が昔から色んな動物が書かれた図鑑や、勉強のための学術書が大好きであることをみんなはよく知っている。僕のために、姉さんたちが世界中から集めてくれた本で、黄昏の館の書庫や自室の本棚はいっぱいだ。
「ええ~!そんな~、ライスも一緒に行こうよ~」
「ティオナ、あまりライスに無理を言うな。ライス、お前がそう言うのなら無理にとは言わん。今回はイレギュラーもあって、精神的にも疲弊したのだろう。しっかり休むといい」
残念がるティオナさんをなだめ、リヴェリアさんが労るような声で僕の頭にそっと手を置いた。
「ん……じゃあ、ライス。私は行ってくるね」
姉さんも少し寂しそうな目をしながらも、僕の意思を尊重して、みんなと共に『豊穣の女主人』へと繰り出して行った。
◇◇◇
いつもより静かな黄昏の館。
僕は今回の遠征に同行しなかった留守番のファミリアメンバーたちと一緒に、食堂で少し静かな夕食を取った。その後は自室に戻り、大好きな動物の図鑑を開いてみたけれど、どうしても今回の遠征での出来事が頭をよぎってしまい、文字が全く頭に入ってこなかった。
静かな部屋で、一人壁に立てかけられたロングソード見つめ、拳を強く握りしめる。
(もっと、強くならなきゃ……。姉さんの隣に立って、今度こそ僕が姉さんを守れるくらいに……!)
夜も更けた頃、館の玄関が騒がしくなり、打ち上げに行っていたみんなが帰ってきた。
僕は一日の区切りをつけるために、玄関へと出迎えに向かう。そこには、予想外の光景が広がっていた。
「ハッ! どいつもこいつも腑抜けばかりだ! 離しやがれラウルッ!」
「うわぁっ!? ちょッ、ベートさん、暴れないでくださいっス! 」
ベートさんは完全に正気を失うほどベロベロに酔っ払っていて、肩を貸しているラウルさんを乱暴に払い除けようとしては足元をよろめかせ、玄関先を引っ掻き回している。
そしてそのすぐ後ろを歩くアイズ姉さんの様子も、どこかおかしかった。
「…………」
姉さんは俯き、声をかけることすら躊躇われるほど、元気がなく、トボトボと歩いていた。
「姉さん……?ベートさん……?」
僕の居なかった酒場で、一体何があったのだろうか。
変わり果てた二人の姿を見つめながら、僕はただ、少しばかりの心配と不安に胸を焦がすことしかできなかった。
次はロキ視点で主人公のステイタスを出します