剣姫に弟がいるのは間違っているだろうか 作:覚醒悟飯はかっこいい
「はぁ……あのアホ犬、豊穣の女主人で大暴れしおってからに……」
黄昏の館の執務室。うちは、リヴェリアから「今日中に目を通せ」と押し付けられた書類の山を眺めながら、うんざりしたようにため息を吐き出した
酒場で「トマト野郎」と誰ぞの新米冒険者を発端に、荒れに荒れたベートの姿が思い浮かぶ。
(あの逃げ出した冒険者に過去の自分でも重ねてイラついとったんやろ。……まあ、アイズたんに告白じみたこと言うてあっさり振られたんも大きいやろうけど。ほんま、不器用で格好悪い男やで)
心の中でアホ犬の情けない八つ当たりと失恋を哀れみながらも、うちは部屋に入ってきたフィン、リヴェリア、ガレスの三人に視線を向けた。
「ロキ。アイズとライスの様子は、どうだった?」
フィンがいつもの冷徹な、しかしどこか心配そうな目を向けてくる。
「……ちょい危ういな。二人とも、今回の遠征を経て、これまで以上に強さを求めようとしとる。こんままやと、次の遠征あたりでちょっと無茶しそうで見てられへんわ」
うちは背もたれに深く体重を預けた。
アイズたんのステイタスは、Lv.6へのランクアップが目前に迫るほどに育っとる。なのに、あの娘の顔にあるのは達成感やない。むしろ『まだ足りない』と自分を追い詰めるような、真っ直ぐすぎる焦燥感や。…助けた少年を血塗れにして逃げられたんもあの娘が落ちこんどる理由やろうな。
(……ベートが酒場でクダ巻いとった『トマト野郎』っちゅうのが、おそらくアイズの言うてたその少年なんやろな……)
そんな風に頭の片隅で予測を立てながら、うちはアイズたんとライスのことを考える。
「アイズたん、ライスの成長に少し焦りを感じ始めとるみたいやな。アイズたんはライスのことを『世界で一番強い』と本気で信じとる。せやから、ライスの著しい成長を見て、このまま置いていかれるんやないかって焦っとるんや」
「ライスはライスで、姉のそんな葛藤にこれっぽっちも気づいとらん。あの子のステイタスは順調すぎるほど伸びとる。11歳でLv.4。オラリオの歴史を塗り替える天才児や。……けどな、あの子の背中は、もっと早く強くなって、一刻も早くアイズたんに追いつきたいと必死に叫んどるようやったわ」
ライスは優しい子や。そんなあの子が、姉を一人にしないために、力を求めて焦っとる姿は正直、ちょっと痛々しいわ。
うちは机の引き出しから、ライスに手渡した物とは別に、あらかじめフィンたちに見せるために写しておいたステイタス用紙を取り出して、机の上に置いた。ライスに渡した方には意図的に隠しておいたスキルの欄を、すべてオープンにして刷り出した特別な一枚や。そこにはあの子が4歳のあの時、姉を救いたいという一念だけで発露した、あまりにも桁外れな才能の正体が並んどる。
フィンたちは、そのステイタス用紙を覗き込んだ。
ライス・ヴァレンシュタイン
Lv.4
力:F343→F367
耐久:G299→F315
器用:F301→F321
敏捷:F346→F371
魔力:F378→E409
意気:G
耐異常:G
剣士:I
《魔法》
【エアリアル】
・付与魔法
・風属性
・詠唱式:【目覚めよ(テンペスト)】
《スキル》
【潜在能力(ポテンシャル)】
・獲得経験値、および全アビリティ上昇値の増大
・スキルにより増大した経験値およびアビリティの大部分をを潜在能力値として蓄積
・精神が穏やかであるほど蓄積倍率向上
・怒りの丈に比例して蓄積された潜在能力値をステイタスに加算する
・命の危機に対して潜在能力値の一部を自動解放
「相変わらず、凄まじいな……」
覗き込んだフィンが、少しの呆れを交えながら、その異常な伸び率に薄っすらと驚きの吐息を漏らす。彼らはライスの驚異的な成長速度を昔から知ってはいるが、今回提示された数字もまた、常識を置き去りにするものだった。リヴェリアもガレスも、どこか呆れたような、しかし確かな感嘆の目をその用紙に向けている。
「獲得経験値とアビリティの増大、その大部分を『潜在能力値』として裏側に蓄積する、か……」
フィンは用紙に記されたスキルの効果に目を落とし、感心したようにふっと息を吐いた。
「この効果のせいで、ライスは本来得られるはずの爆発的な成長にブレーキがかかっている。力が蓄積されている分、あの子の表向きの成長速度はこれでも大分『遅くなっている』はずなんだよね。……それなのに、この速度でLv.4に到達している。裏に溜まり続けている底知れない力を考えると、本当に呆れてしまうよ」
「あぁ。平時は戦いを好まぬ優しい心で莫大な力を溜め込み、いざ封印が解ければ、その蓄積された潜在能力値のすべてが怒りに呼応して一気にステイタスへ加算される……本当にライスという人間の本質そのもののようなスキルだ」
リヴェリアが複雑な、しかし確かな感嘆の目をその用紙に向け、静かに腕を組む。
「がはは! 本来の才能に加えてこのスキルじゃ、ブレーキがかかっとる状態でもLv.4にあっという間に到達するわけじゃて。規格外にも程があるわい。その上、命の危機に対して一部が勝手に解放されるおまけ付きじゃ。」
ガレスが太い髭をなでながら豪快に笑った。
「なぁみんな、うちは、このスキルをライスに今すぐ伝えるつもりは、まだあらへんで。まだ幼いあの子に、この力は劇薬も同然や。……けどな、フィン。うちも、お前も、ライスを想えばこそ薄々は感じとるやろ。そろそろ本当のことを教えてやったほうがええ時期にきとるんちゃうかってな」
「……そうだね。僕たちがいくら隠して守ろうとしても、本人が前線に出ようと焦るあまり、無茶をしてしまっては元も子もない。本当の才能を正しく自覚させて、コントロールの術を学ばせる方が、結果的にあの子のためになるかもしれない」
フィンが静かに目を閉じ、親指の先を無意識に噛みながら、団長としての冷静な判断を口にする。
「待ってくれ、二人とも。その心配は分かる」
リヴェリアが二人を遮るように、しかしライスへの深い慈愛に満ちた声で語りかける。
「だが、あの子は今、自分の内に眠る凄まじい力の存在を何も知らないのだ。もし仮に、私たちが今本当のことを伝えてみろ。あの子のあの生真面目な性格だ、今度は『それほどの才能がありながら、自分の意志でその力を引き出せない現状』に対して、余計に激しい焦りを抱え込んでしまうのではないか?」
リヴェリアの切実な言葉に、フィンも静かに視線を落とす。
「あの子にはまだ、それほどの負担をかけたくない。アイズがどれだけ無茶をしようとしても、ライスの前でだけは足を止めて、穏やかな笑顔を見せてくれる。あの子の存在がアイズの大きな支えになっているのもまた、確かなのだから。もう少しだけ、あの子の優しさをそのままに見守ってやるわけにはいかないか」
「がはは、なるほどな。何も知らせんままでええ、か。となれば、わしらにできるのは一つじゃ。あやつが何も知らんまま姉を追うて無茶をする前に、その力を正しく御せるよう、今のうちに徹底的に鍛え上げてやることだけじゃな」
ガレスがリヴェリアの心配を受け止め、二人を鼓舞するように、太い髭をなでながら豪快に笑った。
「……そうやな。今はまだ、これでええ」
うちは静かに頷くと、机の端で小さく揺れていた蝋燭の火へと、そのステイタス用紙を近付けた。
用紙の端に火が移り、橙色の炎がそこに刻まれた文字をじわじわと侵食していく。
パチパチと小さな音を立てながら、ライスの中に眠る規格外の才能の記録は、瞬く間に黒い灰へと姿を変え、夜の闇へと溶けて消えていった。
やる気を使い果たした気がする、疲れた