〜熱千めら〜
「火の用心じゃ〜!」
わしは青い炎を小さく吐き出した。
目の前の少女――風真いろはは、刀を構えたままこちらを見ている。
「炎を使うのですか……!」
「うむ! じゃが、火の扱いには気をつけねばならぬ!」
炎が床や荷物に燃え移らないよう、わしはすぐに火を消した。
ここは倉庫の中じゃ。
周囲には機材も残っておる。むやみに火を広げるわけにはいかぬ。
「ならば、大人しく捕まってください」
「それは嫌じゃ!」
わしは首を横に振る。
せっかく栃木まで来たというのに、餃子を食べる前に捕まるなど御免じゃ。
「わしは帰って餃子を食べたいだけなのじゃ!」
「そのためにも、まずは事情を聞かせてください!」
「事情なら、わしも聞きたいくらいなのじゃ!」
いろはは静かに刀を構え直した。
その刀身が、倉庫の明かりを受けてきらりと光る。
「この刀は、ちゃき丸。私の相棒です」
「ちゃき丸……?」
「はい。あなたの炎に対しても、油断はしません」
「むむ……ずいぶんと立派な刀じゃのう」
わしは感心しながらも、青い炎を手元に灯した。
いろはが一歩踏み込む。
その瞬間、わしの目の前を刀の軌跡が走った。
「おおっ!?」
わしは思わず身体を引く。
速い。
それも、ただ速いだけではない。
刀の動きに無駄がなく、まるで舞うように滑らかじゃ。
「今のを避けましたか」
「いやいや、危ないところじゃったぞ!」
「まだ終わっていません!」
いろはは続けて動く。
ちゃき丸が空を切るたび、銀色の軌跡が目の前に描かれる。
わしは身体を翻しながら、その動きを避けていく。
「お主、なかなかやるのう!」
「ありがとうございます。ですが、まだまだです!」
いろはの表情は真剣そのもの。
対するわしも、ただ逃げ回っているわけにはいかぬ。
「仕方ないのう……!」
わしは口元に青い炎を集めた。
そして、いろはから離れた空間へ、短く炎を吐き出す。
青い光が一瞬だけ広がる。
「っ!」
いろはが距離を取った。
炎はすぐに消え、周囲に燃え移った様子もない。
わしは床を確認する。
火の粉も残っておらぬ。
「ふう……これなら大丈夫じゃな」
「戦いながら、周囲の確認もしているのですね」
「当然じゃ! 火を扱う者として、そこは譲れぬ!」
いろははちゃき丸を構えたまま、わしを見つめる。
「その力、確かに危険ですが……あなた自身が扱い方を理解しているようですね」
「む? 褒めておるのか?」
「評価しただけです」
「そうかそうか! ならば、もう帰してくれてもよいのじゃぞ?」
「それはできません」
「むむむ……!」
やはり話は通じぬようじゃ。
いろはが再び踏み込む。
今度は先ほどよりも鋭い。
ちゃき丸の動きは、まるで水が流れるように途切れることなく続いていく。
わしは炎を使うタイミングを慎重に見極めながら、なんとかその場を離れようとする。
「わしは戦いたくないのじゃがなぁ!」
「私も、できれば穏便に済ませたいです!」
「ならば、道を開けてくれぬか!」
「それはできません!」
「頑固じゃのう!」
わしは一度大きく距離を取った。
そして、これまでよりも強い青い炎を口元に集める。
「これで、どうじゃ!」
短い炎が青い光となって広がった。
いろはは一瞬だけ目を見開く。
しかし、すぐにちゃき丸を構え直し、炎が収まるのを見極めて動いた。
「そこです!」
気づいたときには、いろはが目の前にいた。
ちゃき丸の柄が、わしの手元へと迫る。
「うわっ!」
炎を出すことに意識を向けすぎて、次の動きへの対応が遅れた。
手元の炎が消える。
そして、わしの身体は大きくよろめいた。
「これ以上は危険です。大人しくしてください」
「むぅ……!」
わしは悔しそうにいろはを見た。
力では負けておらぬはずじゃ。
しかし、相手はわしの動きをよく見ておった。
無理に炎を使えば周囲に被害が出る。
その制約まで見抜かれていたのじゃろう。
「……わかったのじゃ。もう無理はせぬ」
「ありがとうございます」
わしは小さく息を吐いた。
「しかし、餃子は食べさせてもらうぞ!」
「……それは、あとで相談しましょう」
〜鈴鳴つづり〜
「いや〜……まさかこんなことになるとは」
目の前にはナイフを構えたクロヱさん。
少し離れたところでは、ラプラスさんがこちらを眺めている。
装置は壊れた。
荷物もなくなった。
報酬の行方もわからない。
そして私は、依然として依頼主の組織に囲まれている。
「……これ、完全に赤字じゃないですかねぇ」
「余裕そうだねぇ?」
クロヱさんがこちらを見て笑う。
「いえいえ、そんなことないですよ。私としては、早く帰ってお仕事を終わらせたいだけですから」
「じゃあ、ここで捕まってもらおっか」
「それはちょっと困りますねぇ」
クロヱさんは軽い足取りで近づいてくる。
小柄な身体に、手元のナイフ。
その雰囲気はどこか気の抜けたものに見える。
しかし、目だけは違った。
こちらの動きを見逃さない、鋭い視線。
「……あんまり油断しない方がいいよ?」
「それはこちらの台詞ですねぇ」
クロヱさんがふっと姿勢を低くした。
次の瞬間、その姿が視界から消える。
「おっと!」
私は反射的に横へ跳んだ。
直後、先ほどまで私がいた場所をナイフの刃が通り過ぎる。
「わぁ……! 危ないですねぇ!」
「今のを避けるんだ」
クロヱさんは少し離れた場所に立っていた。
いつの間に移動したのか、目で追いきれなかった。
「びっくりしましたよ。急にいなくなるんですもん」
「ふふっ。沙花叉、こういうの得意なんだよね」
クロヱさんは再び姿勢を低くする。
今度は正面から来るとは限らない。
私は相手の姿を見失わないよう、周囲に注意を向けた。
しかし、クロヱさんの動きは予想以上に素早かった。
視界の端に影が揺れる。
次の瞬間には、反対側からナイフが迫っていた。
私は大きく跳び退く。
「おおっと!」
「逃がさないよ」
クロヱさんは追いすがるように動く。
その姿は、まるで影が床を滑っているかのようだった。
「いや〜、追いかけっこは得意なんですけどねぇ!」
「じゃあ、もっと付き合ってもらおっかな」
「できれば遠慮したいですねぇ」
私は周囲の様子を確認する。
クロヱさんは、こちらが気を取られた瞬間を狙ってくる。
正面から力をぶつけるのではなく、こちらの隙を突く。
まさに暗殺者のような戦い方だ。
「……なるほど。そういう感じですか」
私は小さく呟いた。
クロヱさんが再び動く。
今度は、私はその場から大きく跳び上がった。
倉庫の設備を利用しながら、相手との距離を取る。
「私、こう見えても運び屋ですからねぇ。足場の悪い場所には慣れているんですよ」
「へぇ……面白いね」
私は周囲の様子を見ながら、クロヱさんの動きを探る。
そして、彼女が次に姿を現した瞬間、思い切って反撃に出た。
「今です!」
私は大きく跳び、相手の動きをかわす。
クロヱさんの視線が一瞬だけこちらを追った。
その隙に、私は近くにあった大きな布を引き寄せる。
ふわりと広がった布が、クロヱさんの視界を遮った。
「わっ!?」
私はその間に距離を詰める。
「これでどうですか!」
しかし、手応えはなかった。
布の向こうから、クロヱさんの姿が消えていた。
「……え?」
「残念。そっちは囮だよ」
背後から声がした。
振り向くよりも早く、ナイフが私の手元に迫る。
私はとっさに身を引いたが、足元がもつれて体勢を崩した。
「しまっ……!」
そのまま床へ倒れ込む。
起き上がろうとしたところで、クロヱさんが目の前に立っていた。
「はい、ここまで」
「うわぁ……。完全に読まれてましたねぇ」
「最初の動きはよかったよ。でも、最後に焦っちゃったね」
クロヱさんはナイフを下ろした。
私はしばらく天井を見つめたあと、ゆっくりと上半身を起こす。
「いや〜、参りました。まさかあそこまで先を読まれるとは」
「沙花叉、こういうの慣れてるからね」
「ええ、十分伝わりましたよ……」
〜鈴鳴つづり〜
私は立ち上がろうとしたが、すぐにクロヱさんに制止された。
もう一度動けば、また同じ結果になるだろう。
少し離れた場所では、めらさんもいろはさんに動きを止められていた。
「めらさんも……」
「むぅ……すまぬのう。わしも負けてしまったのじゃ」
「いえいえ、私もですから」
私は苦笑いを浮かべた。
これで四人全員が敗北したことになる。
キョーコさんとそぴあさんも、ルイさんとこよりさんに押さえられている。
holoXの四人は、どの戦いでも大きく崩れることがなかった。
こちらの能力を見極め、状況に応じて対応してくる。
一方の私たちは、それぞれの力を発揮することはできても、相手の経験を上回ることはできなかった。
「わっはっは!」
倉庫の奥から、ラプラスさんの笑い声が響いた。
「見事である! ルイ、いろは、クロヱ、こより! よくやった!」
ラプラスさんは、戦いを終えた四人を見渡す。
「そして、つづりら4人。貴様らの才能、確かに見せてもらったぞ!」
「……それはどうも」
私は床に座ったまま答えた。
「ですが、私たちはまだあなたたちの仲間になるとは言っていませんよ」
「うむ! 当然だ!」
ラプラスさんは大きく頷いた。
「今すぐ返事を求めるつもりはない。だが、貴様らがただ者ではないことは、これで十分にわかった!」
「わしは、ただ餃子を食べたいだけなのじゃが……」
めらさんがぼそりと呟く。
「わっはっは! それもまたよい!」
ラプラスさんは笑い続けていた。
私は倉庫の床に散らばった装置の破片へ目を向ける。
あれだけ大きな騒動を起こした装置は、もう跡形もない。
仕事も失敗。
報酬も未確定。
そして、私たちは全員捕まってしまった。
「……はぁ。どうしましょうかねぇ」
私は小さく息を吐いた。
しかし、これで全てが終わったわけではない。
装置が壊れた今、ラプラスさんたちは次に何をするつもりなのだろう。
そして、私たち四人はどうなってしまうのか。
まだ、何もわからないままだった。