〜鈴鳴つづり〜
「……栃木って、あの栃木ですか?」
「他にどこの栃木があるんだ。」
廃工場の中で、ヤギ獣人の少女――鈴鳴つづりは、目の前の男を見上げながら確認するように問いかけた。
「いや、だって栃木ですよ? 栃木。もっとこう、東京とか大阪とか、そういう都会じゃなくて?」
「……お前、栃木を何だと思ってるんだ。」
「えーっと、餃子?」
「それは宇都宮だ。」
「そんなすぐ否定しないでください!」
つづりは頬を膨らませながら、男からスーツケースを受け取った。
見た目はごく普通の黒いスーツケースだ。特に重そうでもなく、持ち手を握って軽く持ち上げてみても、少女の腕に負担がかかるほどではなかった。
しかし、男はそんなスーツケースを見つめながら、念を押すように言った。
「いいか。この荷物は絶対に開けるな。途中で誰かに襲われても、荷物を手放すな。警察に捕まっても、荷物の中身については一切口外するな。」
「警察に捕まる前提なんですか!?」
「それくらい危険な仕事だということだ。」
「なるほど……つまり、警察に見つからないように運べばいいんですね!」
「そういう話ではない。」
男は額に手を当てた。
本当に大丈夫なのだろうか、この少女は。
「それと、移動にはこの車を使え。」
男が差し出したのは、一台の軽自動車の鍵だった。
「……え?」
「何か問題でもあるのか?」
「私、免許持ってないんですけど。」
「…………」
「…………」
廃工場に沈黙が流れた。
「お前、運び屋だろう!?」
「はい! 徒歩での運搬ならお任せください!」
「そういう意味じゃない!」
結局、男は頭を抱えながら、別の移動手段を手配することになった。
そして数十分後。
「……まさか、新幹線に乗ることになるとは。」
東京駅の新幹線ホーム。
つづりはスーツケースを片手に持ちながら、ホームに滑り込んでくる列車を眺めていた。
普段から運び屋として様々な仕事を請け負っている彼女だが、新幹線で荷物を運ぶというのは、今回が初めてだった。
「まあ、車よりは楽ですかね。運転しなくていいですし。」
そもそも免許を持っていないのだから、車を運転するという選択肢自体が存在しないのだが。
つづりは指定された座席に腰を下ろすと、スーツケースを自分の隣に置いた。
「よし。これなら目的地まであっという間ですね!」
そう言ってスマートフォンを取り出したつづりだったが、すぐに画面を見つめたまま固まった。
「……あれ? 宇都宮って、東京からどれくらいかかるんだろう。」
調べてみると、思っていたよりもずっと近かった。
「えっ、そんなに近いんですか!? じゃあ、報酬5000万円って、ほとんど移動費みたいなものじゃないですか!」
もちろん、仕事の危険性を考えれば、そんな単純な話ではない。
しかし、つづりはあまり深く考えなかった。
「ま、いっか! お仕事はお仕事ですし!」
列車がゆっくりと動き始める。
つづりは窓の外を眺めながら、これから始まる仕事に思いを馳せた。
なお、本人はまだ知らない。
そのスーツケースを狙っているのが、警察だけではないということを。
〜百灯キョーコ〜
「あらためて、百灯君。今回の任務は、極秘裏に輸送されていると思われる兵器の確保だ。」
警視庁本部の一室。
先ほどまで頭を抱えていた上司は、気を取り直して説明を続けていた。
「現在、その兵器は何者かによって栃木県内へ運ばれているという情報が入っている。詳細な輸送経路は不明だけど、現地での受け渡しが行われる可能性が高い。」
「なるほどっ! つまり、栃木に行って兵器を確保すればいいんですねっ!」
「そういうことだ。ただし、相手が武装している可能性もある。絶対に単独で突っ込まないこと。現地の警察とも連携して――」
「了解しましたっ! それでは、行ってまいりますっ!」
「待て! まだ説明が――」
バタン!
勢いよく閉じられた扉を見つめながら、上司は深いため息をついた。
「……あいつ、本当に大丈なのだろうか。」
一方、その頃。
「栃木! 栃木ですか! 初めて行く場所です! 楽しみですねっ!」
百灯キョーコは、駅へ向かう道を元気いっぱいに駆けていた。
「えーっと、必要なものは……手帳、筆記用具、警察手帳、携帯電話、あとドーナツ!」
彼女は鞄の中身を確認しながら、ふと足を止めた。
「……あれ?」
何か大切なことを忘れている気がする。
しばらく考え込んだ末、キョーコは勢いよく顔を上げた。
「そうだ! 現地の集合場所を聞いてなかった!」
その瞬間、彼女の携帯電話が鳴った。
画面には、上司からの着信。
「もしもしっ! 百灯ですっ!」
『百灯君。集合場所は――』
「はいっ! えっ、もう一度お願いしますっ!」
『だから、集合場所は――』
「はいっ! はいっ! 栃木駅ですねっ! わかりましたっ!」
『違う! まだ何も言ってないだろうが!』
通話はそこで切れた。
「……あれ? 切れちゃいました。」
キョーコは首を傾げた後、すぐに笑顔を浮かべた。
「まあ、栃木に行けば何とかなりますよねっ!」
こうして、彼女はまだ見ぬ事件へと突き進んでいくのだった。
そして、東京駅。
「わあああっ! 新幹線ですっ!」
ホームに到着した列車を前に、キョーコは目を輝かせていた。
「これに乗れば栃木まで行けるんですね! すごいですっ!」
周囲の乗客がちらちらと視線を向けてくるが、本人はまったく気にしていない。
「えーっと、切符は……ありましたっ! よし、準備万端ですっ!」
元気よく改札を通り、ホームへと向かう。
そして、乗車したキョーコは、窓際の席に座るなり鞄を開いた。
「まずは任務の内容をもう一度確認して、それから現地の警察に連絡して、兵器の輸送ルートを調べて……」
珍しく真面目な表情で手帳を開くキョーコ。
しかし、数秒後。
「……あれ? 任務の資料、どこに入れたんでしたっけ?」
鞄の中身を一つずつ取り出していく。
手帳、筆記用具、警察手帳、携帯電話、おやつ。
「……あっ!」
彼女は勢いよく顔を上げた。
「資料、部屋に置いてきちゃいましたっ!」
その声は、新幹線の車内に響き渡った。
「お客様、車内ではお静かにお願いいたします。」
車内放送が流れた。
「す、すみませんっ!」
キョーコは慌てて頭を下げる。
そして小さな声で呟いた。
「……まあ、現地に着けば何とかなりますよねっ!」
反省しているのか、していないのか。
どうやら彼女の任務は、兵器を確保するよりも先に、忘れ物をしないことから始める必要がありそうだった。
〜宙科そぴあ〜
「ふっふっふ……なるほどなるほど。」
研究室の中。
宙科そぴあは、複数のモニターに表示された情報を見比べながら、満足そうに頷いていた。
「地球外生命体との接触。そして、そこから提供された未知の技術。それを利用した新型兵器……。」
彼女の瞳は、好奇心で輝いていた。
「最高じゃん! これ、絶対に調べるしかないでしょ!」
そぴあは椅子から立ち上がると、机の上に広げていた資料をまとめ始めた。
「えーっと、必要なのは調査用端末と、記録装置と、簡易分析キット。それから予備のバッテリー……あ、あとお菓子!」
しばらくして、彼女は大きな鞄を背負い、研究室の扉へと向かった。
しかし、扉を開ける直前、そぴあは何かを思い出したように振り返った。
「そういえば、兵器の輸送先が栃木なのは分かったけど……具体的な場所はまだ特定できてないんだよね。」
彼女は端末を操作し、画面に表示された情報を確認する。
「うーん……輸送ルートの途中で情報を拾うしかないか。」
少し考え込んだ後、そぴあはにやりと笑った。
「ま、何とかなるでしょ! そぴあ、こういうの得意だし!」
そう言って、彼女は研究室を飛び出した。
なお、彼女が出ていった後、机の上には大きく『研究室の電源を切ること!』と書かれたメモが残されていた。
そして、そのメモのすぐ隣では、用途不明の機械が怪しげな音を立てていた。
「……あれ、切ったっけ?」
廊下の向こうから、そんな声が聞こえた。
一方、そぴあは東京駅へと向かっていた。
「いやー、まさか本当に地球外の技術が使われてるなんてね!」
歩きながら端末を操作し、集めた情報を確認する。
「しかも、兵器の輸送先は栃木。輸送経路も一部しか分かってない……。うーん、これは現地で調べるしかないか。」
彼女は改札を抜け、新幹線のホームへと向かった。
「よし、移動中にもう少し情報を整理しよう!」
列車に乗り込んだそぴあは、座席に腰を下ろすと、すぐさま端末を起動した。
モニターには、輸送対象の位置情報や、兵器に関する断片的なデータが表示されている。
「ふむふむ……この反応、一定の間隔で強くなったり弱くなったりしてるな。」
そぴあは画面を拡大し、表示された数値を見つめた。
「単なる位置情報じゃない……? もしかして、荷物そのものが何かの信号を発してる?」
彼女はしばらく考え込んだ後、楽しそうに笑った。
「うわーっ、何それ! めちゃくちゃ面白いじゃん!」
周囲の乗客が驚いた様子で振り返る。
「……あっ、ごめんなさい。つい。」
そぴあは小さく咳払いをして、再び端末に視線を戻した。
「とにかく、栃木に着いたら現物を確認しないと。もしかしたら、地球の科学が何百年も進歩するような発見になるかもしれないし!」
窓の外を流れる景色を眺めながら、そぴあは期待に胸を膨らませた。
未知の技術。
未知の兵器。
そして、その正体を確かめるための旅。
彼女にとって、今回の事件は危険な任務などではなかった。
まだ誰も知らない宇宙の秘密に触れる、絶好の機会だったのである。
〜熱千メラ〜
「ふむふむ……これが現代の人間社会というものか。」
山道を歩く少女――熱千メラは、手元のスマートフォンを眺めながら、感心したように呟いた。
「昔は山を下りるだけでも一苦労じゃったが、今は地図も道案内もこれ一つ。まことに便利な世の中になったのう。」
画面には、山の麓にある駅までの経路が表示されている。
「えーっと……この道を下って、バスに乗ればよいのじゃな。」
メラは満足そうに頷いた。
しかし、歩き始めて数分後。
「……バスとは、どこにおるのじゃ?」
当然ながら、バスは道端を歩いているわけではない。
「むむむ……現代の乗り物は神出鬼没なのじゃ。」
そう言いながら、メラは道端にあったバス停の看板を見つけた。
「おお! ここで待っておればよいのじゃ!」
彼女はベンチに腰掛け、スマートフォンを操作し始めた。
「さて、どこに行こうか迷うのじゃ……。」
検索画面に表示された観光情報を眺めていたメラは、ある単語を見つけて目を輝かせた。
「餃子!」
その文字を見た瞬間、彼女のお腹が小さく鳴った。
「……決めたのじゃ。まずは栃木とやらで餃子を食べるのじゃ!」
目的地が決まった。
ただし、彼女は知らない。
自分がこれから向かう場所で、国家規模の秘密を巡る騒動が起ころうとしていることを。
そして、その騒動の中心にあるものが、彼女の想像をはるかに超える存在であることも。
〜そして、物語は動き出す〜
栃木県某所の秘密基地。
「幹部、輸送担当からの連絡は?」
「無事、鈴鳴に依頼できたようです。総帥。」
「こよりの方はどうだ?」
「はーい!宙科からからが情報収集を開始!熱千の誘導は完了しました!それと予定通り警視庁が動き出したみたいです!」
「そうか、順調だな。」
謎の人物が不敵に笑う。
「見せてもらおうか、お前たちがふさわしいかどうかを。」
その頃、栃木へ向かう新幹線は、それぞれの目的を抱えた少女たちを乗せて走り続けていた。
鈴鳴つづりは、黒いスーツケースを抱えながら、目的地に着いた後のことを考えていた。
「……届けたら、追加報酬で4000万円。合計5000万円……。」
思わず頬が緩む。
「ふふふ……これだけあれば、しばらく仕事しなくてもいいかも……!」
一方、百灯キョーコは、忘れてきた資料の代わりに、手帳へ任務の内容を必死に書き留めていた。
「えーっと、兵器の確保! 現地警察との連携! 単独行動は禁止!」
そこまで書いたところで、彼女は満足そうに頷いた。
「よしっ! これで完璧っ!」
そして、宙科そぴあは、端末に表示された奇妙な数値を見つめていた。
「……やっぱり変だな。この反応、普通の電子機器とは明らかに違う。」
彼女は画面を操作し、さらに詳しい分析を始めた。
「栃木に着いたら、何としてでも正体を突き止めないと……!」
一方その頃、熱千めらは
「餃子、餃子なのじゃ〜♪」
それぞれの思惑を胸に、少女たちは目的地へと近づいていく。
そして、彼女たちを待ち受けるものが何なのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。