〜鈴鳴つづり〜
「ふんふんふ〜ん♪」
新幹線を降り、栃木の地に足を踏み入れた私は、鼻歌まじりに黒いスーツケースを引いていた。
「いや〜、それにしても大きな荷物ですねぇ。これを届けるだけで五千万円……!」
思わず頬が緩んでしまう。
今回の依頼は、東京から栃木まで、この黒いスーツケースを運ぶこと。報酬は先払いの一千万円に、届け終えた後の四千万円。合計五千万円という、今までにない大仕事だ。
「こんなにおいしいお仕事、逃すわけにはいきませんよねっ!」
私はスーツケースの持ち手を握り直し、目的地へ向かって歩き出した。
……ただ、ひとつだけ気になることがある。
この荷物、いったい何が入っているんだろう?
依頼主からは中身について一切説明されていない。開けることも禁止されているし、届け先についても必要最低限の情報しか教えられていない。
まあ、運び屋という仕事をしていれば、こういう依頼も珍しくはない。
「中身を知らないほうが、余計なことを考えずに済みますしねぇ」
そう呟き、私は再び歩き始めた。
そのときだった。
――ピピッ。
小さな電子音が、少し離れた場所から聞こえた気がした。
私は何気なく周囲を見回す。
人通りはそれなりにある。特に変わった様子もない。
「……気のせいですかね?」
そう思って歩き出したものの、背中に妙な視線を感じる。
誰かに見られている。
しかも、ただの通行人ではなさそうだ。
私は歩く速度を変えず、ショーウィンドウに映る景色をさりげなく確認した。
少し離れた場所に、こちらを気にしている少女の姿が映っていた。
「なるほどなるほど……」
私は小さく笑う。
どうやら、今回のお仕事は荷物を届けるだけでは終わらないらしい。
〜宙科そぴあ〜
「反応が強くなってる……!」
私は手元のレーダーを見つめ、思わず声を上げた。
東京を出発してから追い続けていた謎の信号。その反応が、栃木に入ってから急激に強くなっている。
間違いない。
この近くに、例の兵器がある。
「ふふっ……! やっぱり本当に存在していたんだね!」
私は興奮を抑えきれず、レーダーを何度も確認した。
今回調べているのは、宇宙人から提供された技術をもとに開発されたと噂される兵器だ。
もし本当に地球外の技術が使われているのなら、そこには私の知らない科学が詰まっているはず。
一体どんな仕組みなんだろう?
どんなエネルギーを使っているんだろう?
どうやって動いているんだろう?
考えれば考えるほど、知りたいことが増えていく。
「絶対に、この目で確かめてみせるよ!」
レーダーの反応を頼りに進んでいくと、ひとりの少女が目に入った。
頭には特徴的な角。手には黒いスーツケース。
そして、その荷物からは、レーダーが示しているものと同じ反応が出ている。
「……見つけた!」
私は少女の後を追い始めた。
もちろん、いきなり声をかけるつもりはない。
まずは荷物の正体を確かめたい。あの子が何者なのかも気になるところだ。
「ふふふ……待っててね、未知の科学技術!」
〜鈴鳴つづり〜
やっぱり、ついてきている。
さっきから距離を保ちながら、私の後を追ってくる少女。どうやら、こちらに気づかれていないと思っているようだ。
「うーん……どうしましょうかねぇ」
人通りの多い場所で騒ぎを起こすわけにはいかない。
それに、相手が何者なのかも分からない。警察関係者なのか、それとも荷物を狙っている別の依頼人なのか。
いずれにせよ、このまま目的地へ向かうのは少し面倒そうだ。
私は周囲を見渡した。
目に入ったのは、建設途中の大きな建物。まだ工事が終わっていないらしく、周囲には資材が置かれ、建物の上部には足場が組まれている。
「……ここなら、ちょうどよさそうですねっ」
私は進路を変え、建設現場のほうへ向かった。
もちろん、許可なく入るのはよくないことだ。
でも、今は少しだけ事情が違う。
相手が追ってくるのなら、こちらにも場所を選ぶ権利くらいあるだろう。
建物の中へ入ると、私はスーツケースをそっと脇に置いた。
そして、足音が近づいてくるのを待つ。
「……来ましたね」
姿を現したのは、先ほどから私を追っていた少女だった。
「あれ? 気づいてたの?」
少女は少し驚いたように目を丸くした。
「ええ。ずっと後ろにいらっしゃいましたから」
「そっかそっか! いや〜、尾行って難しいねぇ!」
ずいぶんと気さくな反応だ。
私は相手の様子をうかがいながら、ゆっくりと尋ねた。
「それで、私に何かご用ですか?」
「そのスーツケースについて、ちょっと聞きたいことがあるんだ!」
「荷物について、ですか?」
「うん! それ、どこで手に入れたの? 中には何が入ってるの?」
なるほど。
やっぱり、この荷物が目的らしい。
「申し訳ありませんが、お答えできません。こちらは大切なお届け物ですので」
「えーっ! ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん!」
「お仕事ですからねぇ」
少女は少し考え込むように腕を組んだ。
そして、腰に装着していた装備から、小型の光線銃を取り出す。
「それなら、ちょっとだけ調べさせてもらうね!」
「……あらあら。そういうことですか」
私も荷物から手を離し、身構えた。
どうやら、話し合いだけで済ませるのは難しそうだ。
〜宙科そぴあ〜
「わわっ! やっぱり持ってるんだ!」
目の前の少女が取り出したものを見て、私は思わず声を上げた。
彼女の動きは素早い。見た目からは想像できないほど身軽で、こちらの様子をよく観察している。
ただの運び屋ではなさそうだ。
「それじゃあ、こっちもいくよ!」
私はホバーブーツを起動させ、地面から身体を浮かせる。
同時に光線銃を構えた。
「おおっ! 空を飛ぶ靴ですか! 便利そうですねぇ!」
「でしょでしょ! これは私の自信作なんだ!」
「へぇ〜。それはぜひ、あとで詳しく見せていただきたいですねっ」
「えっ、興味あるの!?」
「もちろんです! でも――」
私は身をひるがえし、彼女との距離を取った。
「今はお仕事中なので!」
次の瞬間、彼女の姿が視界から消えた。
「えっ!?」
上だった。
彼女は驚くほど高く跳び上がり、建物の足場へと軽々移動していた。
「うわぁ! すごいジャンプ力!」
感心している場合ではない。
私はホバーブーツを操作し、彼女の動きを追う。
建設途中の建物には、まだ固定されていない資材や、複雑に組まれた足場がいくつもある。
彼女はそれらを利用するように、次々と位置を変えていく。
「ふふっ。こういう場所は、なかなか得意なんですよ!」
彼女の声が上から聞こえた。
直後、建物のどこかで大きな音が響いた。
私はとっさに距離を取り、頭上を見上げる。
揺れた資材が、彼女のいた場所から大きく動いていた。
「わわっ! 周りのものまで利用するんだ!」
単純に素早いだけじゃない。
この場所の構造を見て、どう動けば有利になるのかを考えている。
「これは……面白い相手だね!」
私はレーダーを確認した。
スーツケースからの反応は、すぐ近くにある。
あの荷物を確かめるまでは、ここで引き下がるわけにはいかない。
〜鈴鳴つづり〜
「おやおや、なかなかしぶといですねぇ」
相手の少女は、空中を自在に移動しながら私の動きを追ってくる。
あの靴も、手に持っている光線銃も、普通の道具ではない。
なるほど。依頼主が隠していた荷物の中身とも、何か関係があるのかもしれない。
「そろそろ、教えていただけませんか? あなたは何者なんです?」
「私は宙科そぴあ! 科学と宇宙が大好きな、天才科学者だよ!」
「おおっ! ご丁寧にありがとうございます!」
「そっちは?」
「私は鈴鳴つづり。荷物を届ける運び屋ですっ!」
「運び屋さんなんだ! じゃあ、やっぱりそのスーツケースが目的なんだね!」
「お仕事の内容は秘密です♪」
「えーっ!」
会話は弾んでいるように見えるけれど、互いに譲る気はない。
私は足場から別の場所へ跳び移り、そぴあさんの視線をかわした。
けれど、彼女もすぐに追いついてくる。
「うーん……これは長引きそうですねぇ」
そのとき。
建物の外から、やけに大きな声が響いた。
「ちょっとちょっとー!! そこの二人ー!!」
私とそぴあさんは、同時に動きを止めた。
「えっ、誰?」
そぴあさんが声のしたほうを振り返る。
建物の入口に、ひとりの少女が立っていた。
明るい表情に、警察官らしい装備。そして、こちらに向かって大きく手を振っている。
「いや〜、ようやく見つけましたよ! まったく、こんなところで何をしてるんですかねぇ!」
少女は、こちらの状況などお構いなしに、ずかずかと建物の中へ入ってくる。
「えーっと……そちらのお二人! ちょーっとお話を聞かせてもらってもいいですか?」
その胸元には、警察の身分証が見えた。
「私は百灯キョーコ! 警察官です!」
彼女は満面の笑みで名乗った。
「……あちゃー」
私は思わず呟いた。
どうやら、面倒なことがさらに増えてしまったらしい。
そして、私たち三人はまだ知らない。
この出会いが、私たちの今後を左右する大きな騒動の始まりになることを。