〜熱千めら〜
「えーっと……お主ら、何か困りごとかの?」
わしがそう尋ねると、三人の少女は一斉にこちらを見た。
「そのスーツケース、返してもらえませんかー!」
頭に角の生えた少女が、真っ先に声を上げた。
「待って! その荷物から出ている信号を調べたいんだ!」
光る靴を履いた少女が続く。
「はいっ! その前に、警察官として荷物の確認をさせてもらいます!」
最後の一人は、警察官らしき格好をしておる。
……ふむ。
どうやら、三人ともこの黒い箱に用があるようじゃ。
「これはお主らの荷物なのか?」
「はいっ! 私が届けるお仕事を引き受けたものです!」
「私は中身の信号を調べたいんだ。少しだけ確認させて!」
「私は警察官ですからね! 怪しい荷物をそのまま見逃すわけにはいきません!」
三人の言い分を聞き、わしはスーツケースを見下ろした。
なるほど。事情はそれぞれ違うらしい。
「では、誰に渡せばよいのじゃ?」
「私にお願いします!」
「いや、まずは調べさせて!」
「いえいえ、警察で確認するのが先です!」
三人が同時に手を伸ばしてきた。
「お、おおっ!?」
わしは慌ててスーツケースを抱え直す。
これはまずい。
誰か一人に渡したところで、残りの二人が納得するとは思えぬ。
「わしは餃子を食べに来ただけなのじゃ。こんな騒ぎに付き合っておる暇はない!」
「えっ?」
三人の視線がこちらに集まる。
「さらばじゃー!」
わしはスーツケースを抱え、その場から走り出した。
〜鈴鳴つづり〜
「ああーっ! 待ってくださーい!!」
私はすぐさま後を追った。
せっかく栃木まで運んできた荷物を、ここで失うわけにはいかない。
「そこのお姉さん! それ、私のなんですー!」
「知らぬ知らぬ! わしは関わりとうないのじゃー!」
めらさんはスーツケースを抱えたまま、人通りの少ない道へと駆けていく。
見た目以上に足が速い。しかも、荷物を持っていることを感じさせない身軽さだ。
「むむっ、なかなかやりますねぇ!」
私は地面を蹴り、大きく跳び上がった。
建物の低い屋根を越え、進行方向へ回り込む。
「今度こそ、捕まえましたよっ!」
「なぬっ!?」
めらさんが急停止する。
私は着地と同時に手を伸ばした。
しかし、めらさんは身体をひねってその手をかわすと、すぐさま反対側へ走り出した。
「おおっと!?」
「そう簡単には捕まらぬぞ!」
そのとき、横から光が走った。
「わっ!」
私は身をひねって光線を避ける。
撃ってきたのは、空中を移動していたそぴあさんだった。
「ごめん! でも、そのスーツケースは調べさせてもらうよ!」
「そぴあさん! 今は私が先です!」
「順番なんて決まってないでしょ!」
「だから私の荷物なんですー!」
三人の主張が交差する。
どうやら、誰も引くつもりはないらしい。
私は二人の位置を確認しながら、めらさんを追った。
できれば大事にはしたくない。
けれど、荷物を取り戻すためには、こちらも手を抜けなさそうだ。
〜宙科そぴあ〜
「待って! その荷物から出てる信号、まだ追えてるんだからね!」
私はレーダーを確認しながら、ホバーブーツで上空を移動していた。
スーツケースの反応は途切れていない。
ただ、追跡を妨げているのは、荷物を抱えた少女だけではなかった。
「うわっ!?」
めらさんがこちらを振り返る。
その口元に、青い光が揺らめいた。
次の瞬間、炎が視界を横切る。
「ええっ!? 火!?」
「わしはサラマンダーじゃぞ! あまり近寄るでない!」
「サラマンダー!?」
思わず声が裏返った。
まさか、こんなところで本物のサラマンダーに出会うなんて!
「すごい……! 青い炎だ! どういう原理なんだろう!?」
「そぴあさん! 今は感動している場合じゃないですよー!」
「分かってるってば!」
私は炎を避けて高度を調整した。
めらさんは周囲の建物や人の位置を確かめてから、炎を短く吐き出している。必要以上に広がらないよう、かなり気を配っているようだ。
未知の能力に興味は尽きない。
けれど、今はあのスーツケースを見失うわけにはいかない。
私はレーダーを見直し、再び追跡を続けた。
〜百灯キョーコ〜
「いや〜、これはなかなか大変なことになってきましたねぇ!」
私は二人を追いながら、周囲の状況を確認していた。
スーツケースを持って逃げるサラマンダーさん。
それを取り戻そうとする運び屋さん。
そして、空中から追跡する科学者さん。
それぞれ目的が違う以上、簡単に話がまとまるとは思えない。
「皆さーん! 人のいる場所で暴れるのは危ないですよー!」
「わしは暴れておらん! 逃げておるだけじゃ!」
「それはそうなんですけどね!」
私は声を張り上げながら、めらさんの進路へ回り込んだ。
警察官として、あの荷物を放っておくわけにはいかない。
「はいっ! そこのサラマンダーさん! ちょっと止まってくださーい!」
「止まれと言われて止まる者がおるかー!」
「ですよねー!」
めらさんが足を止める。
その口元に、再び青い光が集まった。
「おっと、今度は何が来ますかね!」
私は進路を見定め、すぐに動けるよう身構えた。
〜熱千めら〜
「火の用心じゃー!」
わしは口から青い炎を吐き出した。
ただし、周囲には建物も人もおる。
無闇に火を広げるわけにはいかぬ。
炎は人のいない開けた方向へ短く放ち、すぐに消す。
「おおっ!? 今のはすごいですね!」
警察官の少女が目を丸くした。
「ふふん! わしは火消しのサラマンダーじゃ! 火の扱いには慣れておる!」
「火消しなのに火を吹くんですか!?」
「火を扱う者こそ、火の恐ろしさを知っておるのじゃ!」
わしは周囲を見渡した。
残り火はない。近くのものにも燃え移っておらぬ。
よし。
これなら大丈夫じゃ。
「さて、今のうちに――」
「待ってください!」
角の少女が迫ってくる。
さらに上空から、光る靴の少女が回り込んできた。
「こっちに来て!」
「ぬおっ!?」
後ろからは警察官の少女も近づいてくる。
三方向を塞がれ、わしは思わず足を止めた。
「お、お主ら! いい加減にするのじゃ!」
「その荷物を返してくださーい!」
「せめて信号だけでも確認させて!」
「まずは警察で事情を聞かせてください!」
三人の声が重なる。
ええい、話が進まぬ!
わしはスーツケースを抱え直し、口元に青い炎を集めた。
今度も、周囲に燃え広がらないように注意する。
炎が三人の目の前で青く揺らめく。
その一瞬、全員の動きが止まった。
「今じゃー!」
わしは空いた脇をすり抜け、再び走り出した。
〜鈴鳴つづり〜
「待ってくださーい!」
私はすぐに追跡を再開した。
めらさんは炎を使うたびに、周囲に燃え移っていないか確認している。その慎重さは分かったけれど、だからといって荷物を諦めるわけにはいかない。
私は周囲を見渡した。
少し先に、工事用の資材が置かれている場所がある。
足場を見極めて跳び上がり、資材の向こう側へ回り込む。
「今度こそ、捕まえましたよっ!」
「なぬっ!?」
めらさんが進路を変える。
だが、その先にはそぴあさんが待ち構えていた。
「こっちだよ!」
「またお主かー!」
めらさんは急停止し、反対方向へ向かおうとする。
そこへキョーコさんも追いついた。
「はいっ! 今度は逃がしませんよー!」
「もう嫌じゃー!」
めらさんの叫びが響く。
私はその隙を逃さず、スーツケースへ手を伸ばした。
「その荷物、返していただきます!」
「いやじゃ!」
青い炎が一瞬だけ揺らめく。
私は反射的に身を引いた。
炎はすぐに消え、めらさんは周囲に異常がないかを確かめている。
その間に、私は再び距離を詰めた。
しかし、めらさんはスーツケースを抱えたまま身を翻し、三人の間を抜けていく。
「おおっと! まだ逃げますか!」
「わしは餃子を食べたいだけなのじゃー!」
栃木の街に、めらさんの声が響き渡った。
四人の追走は、まだ終わりそうにない。
そして、その頃。
遠く離れた場所では、四人の動きを見つめる者たちがいた。
〜???〜
薄暗い部屋。
壁一面のモニターには、栃木の街を走る四人の姿が映し出されていた。
「……ほう。もう四人が揃ったか」
映像を眺めていた人物が、静かに呟く。
「ふふ……面白くなってきたな」