〜鈴鳴つづり〜
「……えっと、これって大丈夫なんですかね?」
目の前の黒いスーツケースは、先ほどまでとは比べものにならないほど強く振動していた。
青白い光が隙間から漏れ、倉庫の壁や床を不規則に照らしている。
「大丈夫なわけないでしょ! 明らかに異常だよ!」
百灯キョーコさんが声を張り上げる。
「装置内部のエネルギー反応が急上昇しています! このままでは――」
宙科そぴあさんが手元の機器を確認しながら叫んだ。
その表情には、恐怖よりも驚きと興奮が入り混じっている。
「コヨリ、どういう状況だ」
ラプラスさんが振り返る。
「わ、わかりません! 四人分のデータを同時に処理しようとして、装置の許容量を超えたみたいです!」
「許容量を超えた……?」
私が呟いた、その瞬間だった。
装置の光が一気に強くなる。
「全員、離れてください!」
こよりさんの声が倉庫に響いた。
次の瞬間――
バンッ!!
耳をつんざくような破裂音とともに、スーツケースが弾け飛んだ。
青白い光が倉庫いっぱいに広がり、周囲にいた全員が思わず腕で顔を覆う。
しばらくして光が収まると、床には装置の破片が散らばっていた。
「……うわぁ。五千万円の仕事が……」
私は思わず呟いた。
いや、正確にはまだ届け終わっていない。
報酬がどうなるのか、そちらの方が気になる。
「装置が……壊れた……?」
そぴあさんは呆然と破片を見つめている。
「そんな……せっかく集めたデータが……!」
こよりさんも膝をつき、残骸を確認していた。
「わっはっは……!」
そんな中、ラプラスさんの笑い声が響いた。
「まさか装置が耐えきれぬとはな! どうやら、吾輩の目に狂いはなかったようだ!」
「総帥、感心している場合ではありません!」
ルイさんがすぐさま声を上げる。
「装置の破損により、周辺への影響が――」
「わかっておる!」
ラプラスさんが言いかけた言葉を遮った。
そのときだった。
「……動かないでください」
こよりさんが、そぴあさんへ向けていた視線を再び鋭くする。
同時に、クロヱさんが私の前に立ちはだかった。
「さっきの装置は壊れちゃったけど、あなたを逃がすわけにはいかないんだよね」
「ええ〜……まだ続くんですかぁ?」
私は困ったように笑いながら、少しだけ後ろへ下がった。
一方、キョーコさんの前にはルイさんが立っている。
「警察の方でしたね。ここから先へ進ませるわけにはいきません」
「いやいやいや! こっちは警察なんですけど!? そっちこそ、何者なのか説明してもらわないと困りますよ!」
「説明する義務はありません」
「それなら、こっちも遠慮なくいかせてもらいます!」
キョーコさんは笑顔のまま、構えを取った。
少し離れた場所では、イロハさんとめらさんが向かい合っている。
「その場から動かないでください。これ以上、騒ぎを大きくするわけにはいきません」
「わ、わしはもう帰りたいだけなのじゃが……」
めらさんは困ったように眉を下げる。
「それなら、こちらの指示に従ってください」
「むぅ……それはそれで困るのじゃ」
めらさんの尻尾がゆらりと揺れた。
そして、青い炎が小さく灯る。
ただし、その炎は周囲へ燃え移らないよう、彼女の手元に慎重に留められていた。
〜百灯キョーコ〜
「それじゃあ、始めましょうか!」
私は目の前の女性に向かって声をかけた。
相手は弓を構えたまま、こちらの様子をうかがっている。
なるほど。弓かぁ。
距離を取って戦うタイプかな?
「……随分と余裕そうですね」
「そりゃあ、困っている人を助けるのが警察のお仕事ですから!」
「ここに困っている人はいません」
「えっ、そうなんですか? でも、困ってるかどうかは話してみないとわからないですよね!」
「話すつもりはありません」
「そっか! じゃあ、まずはお互いに落ち着いて話せる状況を作りましょう!」
そう言って、私は一歩踏み込んだ。
相手の反応は速い。
矢が飛んでくる。
私は身をかわし、距離を詰める。
もちろん、相手も簡単には近づかせてくれない。
「おおっ! なかなかやりますね!」
「あなたも、随分と身軽なようで」
「よく言われます!」
会話を交わしながらも、互いに一歩も譲らない。
どうやら、簡単には終わりそうにない。
〜宙科そぴあ〜
「うわぁ……! 装置が壊れちゃったのは残念だけど、これはこれで大発見だよ!」
私は目の前の少女を見つめた。
白衣を着た彼女は、こちらの装備を興味深そうに眺めている。
「その機械、少し見せてもらえませんか?」
「もちろん、渡すわけにはいきません!」
「えーっ! ちょっとだけでも?」
「駄目です!」
「むむむ……!」
知的好奇心が刺激される。
あの装置についても、彼女たちについても、まだまだ知りたいことが山ほどある。
けれど、今はそれどころではないらしい。
相手の手にある機器がこちらへ向けられた。
私は浮遊ブーツを作動させ、ふわりと床から離れる。
「わっ! 浮いた!?」
「へえ、あなたも面白い技術を持っているんですね!」
「そちらこそ!」
互いの技術がぶつかり、倉庫の中に光が走る。
ああ、もっと調べたい。
でも、まずはこの場を切り抜けないと!
〜熱千めら〜
「火の用心じゃ〜!」
わしは青い炎を小さく吐き出した。
目の前の少女――イロハと名乗った者は、刀を構えたままこちらを見ている。
「炎を使うのですか……!」
「うむ! じゃが、火の扱いには気をつけねばならぬ!」
炎が床や荷物に燃え移らないよう、わしはすぐに火を消した。
「ここは建物の中じゃからの。むやみに燃やすわけにはいかぬ」
「ならば、大人しく捕まってください」
「それは嫌じゃ!」
わしは首を横に振る。
せっかく栃木まで来たというのに、餃子を食べる前に捕まるなど御免じゃ。
「わしは帰って餃子を食べたいだけなのじゃ!」
「そのためにも、まずは事情を聞かせてください!」
「事情なら、わしも聞きたいくらいなのじゃ!」
互いに譲る気はない。
どうやら、話し合いで解決するのは難しそうじゃな。
〜鈴鳴つづり〜
「いや〜……まさかこんなことになるとは」
目の前にはナイフを構えたクロヱさん。
少し離れたところでは、ラプラスさんたちが何やら指示を出している。
装置は壊れた。
荷物はなくなった。
報酬の行方もわからない。
そして、私は依然として依頼主の組織に囲まれている。
「……これ、完全に赤字じゃないですかねぇ」
「余裕そうだねぇ?」
クロヱさんがこちらを見て笑う。
「いえいえ、そんなことないですよ。私としては、早く帰ってお仕事を終わらせたいだけですから」
「じゃあ、ここで捕まってもらおっか」
「それはちょっと困りますねぇ」
私は周囲を見回した。
壊れた装置の破片。倒れた棚。散らばった機材。
使えそうなものは、まだいくつかある。
「……仕方ありませんね」
私は小さく息を吐いた。
この場を切り抜けるには、相手の動きをよく見て、隙を探すしかない。
クロヱさんがこちらへ踏み込んでくる。
私はその場から跳び退いた。
「おっと!」
「逃がさないよ!」
「いや〜、追いかけっこは得意なんですけどねぇ!」
倉庫の中に再び騒音が響く。
誰もが自分の目的のために動いている。
警察として事件を追う者。
未知の技術を調べようとする者。
ただ帰りたい者。
そして、依頼を完遂しようとする者。
その誰もが、目の前の相手を簡単に退けることはできない。
装置の爆発は、騒動の終わりではなかった。
むしろ――
四人と秘密結社holoXの、本当の衝突の始まりだった。