「繁栄を極める途方もない人類史において、幾多の歴史が紡がれてきた。それは涙を流し、血にまみれ、莫大の屍を乗り越えてきた武勇の賜物。しかし、安寧を持て余した現世は今、
国王が放った『英雄至上宣言』は、平和に暮らす世界中の人々に『希望』と『野望』を与えた。それは腕に自信がある者、家族を守る者、一発逆転を狙う者など、ありとあらゆる存在の魂を揺さぶり、実現へと駆り立てる。
この日を境にして、人々は“勇者”を名乗り、世界に繰り出した。今や、“誰もが勇者になれる時代”。英雄の称号を追い求め、人類は新たな歴史を紡ぎ始めたのだ――――
なんだか、えらいことになったなぁ。
宿屋の個室で魔法のタブレットを操作していた自分は、ニュースを一通り確認した後に力無くベッドに寝転がっていく。
『英雄至上宣言』が出されてから、一週間が経過した。フリーのしがない便利屋を経営する自分にとって、勇者という崇高な職業は今も無縁のように感じている。だが、英雄の称号を求めて“慈善活動”に取り組み始めた人々が爆増したことで、便利屋稼業を営む自分にも多大な影響が出始めていた。
これまで、素材集めやモンスター退治といった民事的な依頼をこなすことでギリギリ食い繋いできた。しかし、英雄の称号を手にするべく、勇者を名乗る人々がそれらの問題事を“無償で”解決し始めた結果、有償で依頼を請け負う便利屋の仕事が無くなってしまったのだ。
今や、周囲を見渡せば勇者が居る時代。わざわざ便利屋に掛け合わなくても、無償で働いてくれる勇者に依頼すればタダで問題事を解決できる。
正直、ここまでの痛手を食らうとは思っていなかった。『英雄至上宣言』自体があまりにも唐突なものだったため、事前の準備も間に合っていない。
不可抗力だ。自分は半ば諦めに近い心持ちで天井を眺めながら纏まりのない思考を巡らせていく。しかし考えるだけでは何も変わらないと悟った自分は起き上がり、投げ出してあった魔法のタブレットを回収する。手に持ったそれをフッと消失するように透明のポーチへしまい込むと、真っ直ぐな視線を正面に向けながらそそくさと動き出した。
身長175cm、性別は男。
不備はない。両剣をポーチに戻した自分はそのまま退室し、宿屋のチェックアウトを済ませてから扉を開いて外に出る。
燦々と輝く日差しを受けて、一瞬だけ暗転した視界。光に慣れた目が視覚を取り戻すと、次にも眼前には城下町の景色が広がった。
ミコト城下町。『英雄至上宣言』を発令した国王本人が治める大都市だ。その景色は至ってシンプルであり、異界の舞台としてよく用いられる西洋風の洗練された石造りの街並みという印象。
往来する人々は、様々な風貌で外界を練り歩いている。冒険者の一式を揃えた人間、魔法使いのローブを身に纏った獣人、屋台を経営するエルフに、鍛冶職人のドワーフなど、種族も多様。現在は勇者を名乗る人々が爆増した関係で、風来の旅人があちこちで見受けられるようになった。
自分は人波に乗るよう街中を歩き出すと、最寄りの酒場に立ち寄った。朝っぱらにも関わらず酒気を帯びた店内に訪れると、入口付近に設けられたカウンターで受付嬢とそのようなやり取りを交わしていく。
「すみません、転職の手続きは行えますか?」
「転職ですね。何かご希望はございますか」
「現在、募集している職種の一覧を見せていただくことは可能でしょうか」
「かしこまりました」
受付嬢はどこからともなく魔法のタブレットを取り出し、画面に手を添えながら案内を始めていく。
「ご存知だとは思いますが、ミコト城下町では勇者への転職が推奨されております。ただいま勇者に転職されますと、旅の出費を国王様が一部ご負担していただける特殊な制度に加入することが可能です」
「えっと、勇者以外で何か募集中の職業はありませんか?」
「それでございましたら、こちらの一覧からご確認ください」
受付嬢に促されるまま項目を確認する。だが、どれもピンと来なかった自分は渋い表情で「うーん」と唸ると、不安を脳裏に
「少し考えさせてください。また後で来ます」
「承知いたしました。またのご利用をお待ちしております」
受付嬢に見送られた自分は重い足取りで酒場から出てくる。
今から転職をするならば、勇者が安牌になるだろう。しかし、それで稼げるかは別の話だ。自分は別に冒険がしたいわけではない。ただ日々の生活に困らない環境を維持したいだけなのだ。
勇者として冒険する生活は、自分が求める『安定』とは最もかけ離れている。便利屋稼業で食えなくなった今、多少の冒険は必要になるのかもしれない。だが、その冒険に命を懸けるつもりは毛頭なかった。