そんな場合でないと知りながらも、どうしてもそれから目を離せない二人
実は筋金入りのゲーマーであるこの二人が織りなすドタバタコントです
祝・ブリーチアニメ千年血戦篇完結記念。ということで、書き溜めからクソギャグを一個上げてみました
BLEACHはめっちゃストックあるからいつか出したいですね
「待て一護……宝箱を開けるな……これは罠だ……」
石英の樹林がどこまでも続くメノスの森の中、ルキアの押し殺した制止の声が響いた。
藍染により井上が連れ去られ、それを奪還すべく尸魂界(ソウル・ソサエティ)の命も無視して虚圏(ウェコムンド)にやってきた二人。一刻を争う決死の潜入行であるはずが、その足はなぜか完全に縫い止められていた。
二人の視線の先にあるのは――冷え切った白砂の上に、場違いなほど堂々と鎮座する豪奢な宝箱。
重厚な木目、磨き抜かれた真鍮の装飾、そして鍵穴の周囲に埋め込まれた妖しい輝きの紅玉。前屈みになって手を伸ばしかけていた一護は、ルキアの言葉にピクリと肩を跳ね上がらせて慌てて手を引っ込めた。
「何だって……? おかしいと思ったぜ。ウェコムンドの森に宝箱があるわけねーよな!」
我に返ったように声を荒らげる一護。
敵地深奥、凶悪な大虚(メノスグランデ)が跋扈する不毛の地に、おあつらえ向きの宝箱など転がっている道理がない。十中八九どころか百パーセント罠であり、即座に背を向けて先を急ぐのが賢明な判断だった。
しかし――二人はその場から動けずにいた。放たれる得体の知れない魅力に、どうしても抗えずにいたのだ。
知らず知らずのうちに、一護の右手が再び吸い寄せられるように宝箱へと伸びていく。
「待て……!」
真鍮の留め具に指が触れかけた刹那、ルキアが一護の腕を強引に引き戻した。
足元の白砂を蹴立ててよろめいた一護は、苛立ち交じりに眉を吊り上げる。
「おい、いきなり引っ張るな! 何なんだよ!」
「馬鹿者、一度手を引け! 毒ガスが出る可能性がある!」
「……は? 毒ガス?」
「そうだ。現世の『聖剣伝説』という作品で私は学んだのだ。不用意に触れた宝箱から毒ガスや爆弾が噴出し、冒険者が致命傷を負う様をな!」
あまりにも真面目な顔で熱弁を振るうルキアに、一護は呆れ果てて額を押さえた。
「……それ、俺の部屋のゲームじゃねえか」
「たわけ! 現世の文化を軽視するな! あれは実に示唆に富んだ名作だったぞ!」
「勝手に人のスーファミやってんじゃねえよ……」
小さく溜息をついた一護だったが、改めて目の前の豪奢な木箱を見つめ、腕を組んだ。
「……まあ、だが。確かにブービートラップの可能性はあるな」
「うむ。ここは敵地、ましてやあの狡猾な藍染の根城だ。何が仕掛けられていてもおかしくはない」
「じゃあ……無視して先に行くか」
「うむ。井上を助けに行くのが至上命題。このようなものは、後で余裕がある時に回収すべきだ」
ごく当たり前で、極めて理知的な判断だった。
尸魂界の命に背いてまで虚圏へと乗り込んできたのだ。道端に転がる正体不明の木箱などに構っている暇など、一分一秒たりともない。一刻も早くメノスの森を抜け、虚夜宮(ラス・ノーチェス)へと急ぐべきなのだ。
――結論したはずであった。
しかし、二人はその箱から目を離せない。微動だにせず、ただじっと、白砂の上に佇む豪奢な直方体を見つめ続けていた。
「……うむ。一護、先に行け」
「いや、ルキアが先に行けよ」
「何を遠慮している。ここは男らしく、貴様が先陣を切って進むのが筋というものだ」
「遠慮なんかしてねえよ。お前が先に歩けっつってんだ」
互いに宝箱へと視線を注いだまま、視界の端で相手の出方を窺う。
どちらも一歩たりとも前へ踏み出そうとせず、ただ白砂の上に立ち尽くしていた。
「……よもや一護よ。私が見ていない間に、宝を独り占めするつもりではあるまいな」
「それはお前だろ!」
被せ気味に放たれた一護のツッコミに、ルキアはピクリと眉を跳ね上げた。
「心外だな。私は死神として、規律と公平性を重んじているだけだ」
「どの口が言ってんだ! さっきから視線が鍵穴に吸い付いて離れてねえじゃねえか!」
「言いがかりをつけるな! 私は……そう、罠の術式を注視しているのだ!」
「絶対に嘘だろそれ!」
押し問答に痺れを切らした一護は、やけくそ気味に吐き捨てた。
「だいたい、こんなところの宝箱に入ってるのなんて、どうせ虚(ホロウ)が集めたゴミとかガラクタだろ! 無視だ、無視!」
「待て」
「あ?」
「……虚が、このような豪奢な箱を用意できると思うか?」
ルキアは顎に手を当て、鋭い眼光を宝箱へと向けた。
「もしや……破面(アランカル)の秘術が収められているのではあるまいか。藍染の企みによって進化を遂げた奴らだ、尸魂界の技術をも凌駕する未知の霊具や、虚夜宮を攻略するための鍵が眠っている可能性があるぞ」
「……言われてみりゃ、すげー武器とか防具が入ってることもあんじゃねえか? 雷神の槌(ミョルニル)とか、伝説の妖刀・村正とかな!」
一護の脳裏に、都合のいい妄想が猛スピードで駆け巡る。
背負った大剣――斬月に加え、右手にミョルニル、左手に村正を構えた重装備スタイル。現世で苦杯を舐めさせられた第6十刃(セスタ・エスパーダ)――グリムジョー・ジャガージャックの凶刃をものともせず、伝説の武具から迸る雷光と妖気で圧倒し、完膚なきまでに叩きのめす己の姿。
「へっ、それがあればグリムジョーの野郎がいくら粋がってきても、正面からボコボコにねじ伏せられるぜ……!」
「目を覚ませ一護。何を調子の良い妄想に浸っているのだ」
冷ややかな視線を浴びせ、ルキアは呆れ果てたように腕を組んだ。
「ともあれ、我々は固定装備だ。死神にとって魂の分身たる斬魄刀を差し置いて、得体の知れぬ武器を振り回すなど論外。つまり『ファイナルファンタジー』ではなく『テイルズ オブ デスティニー』システムだな。武器は要らぬ!」
「……お前、もしかしてロープレ好きなのか?」
「なっ……! た、たわけ、私は貴様の部屋にあったソフトの裏面解説を読んだだけで――」
「どんだけ熟読してんだよ。まあいい、武器がいらねえなら尚更だ。じゃあいらねーな、決まりだ」
今度こそ未練を断ち切るように、一護はくるりと踵を返した。
井上を救い出すという本来の目的に立ち返り、白砂を踏みしめて歩き出す。
――しかし。
背後からついてくるはずの足音が、まったく聞こえてこない。
不審に思った一護が足を止め、肩越しに振り返ると、ルキアは一歩たりとも動いていなかった。 依然として宝箱の前に佇み、食い入るように木箱を見つめたままでいた。
「……おい。お前、抜け駆けしようとしてねーか」
「ま、まさか! 私は朽木の養女であるぞ。望めば何でも……!」
四大貴族の誇りを掲げ、堂々たる口調で身の潔白を主張するルキア。
――言いつつも。
彼女の視線は、宝箱の真鍮の鍵穴から一ミリたりとも離れていなかった。
口では超然と言ってのけながらも、その瞳は爛々と輝き、つま先はじりじりと宝箱へと擦り寄っている。
「……目が完全にハンターのそれじゃねえか」
「だ、だまれ! これは観察だ! 敵の文化を深く識るための学術的探求なのだ!」
「じゃあいらねーよな。行くぞ」
一護はあっさりと背を向け、顎をしゃくって先を促した。
ルキアは名残惜しそうに何度も木箱を振り返り、未練がましく視線を彷徨わせながらも、ようやく諦めたように前を向いて歩き出す。
一歩、二歩と白砂を踏みしめて進むルキア。
――しかし。
一護は、ついてきていなかった。
それどころか素早く宝箱の前へと滑り込み、誰にも見咎められない絶妙なタイミングを見計らって、こっそりと真鍮の留め具に手をかけていた。
「おのれ一護、謀ったか――っ!」
バチンッ、と鋭い炸裂音がメノスの森に響き渡った。
目にも留まらぬ瞬歩で肉薄したルキアの手刀が、宝箱に伸びていた一護の手首を容赦なく叩き落とす。
「いってえええっ!? 何すんだよ!」
「こちらの台詞だ大馬鹿者! 私を体よく追い払っておいて、抜け駆けするとは何事だ!」
「ぬ、抜け駆けじゃねえよ! 俺が代表して罠の有無を確かめてやろうとしただけだろーが!」
「白々しい嘘をつくな! 顔に『うひょー、お宝!』と書いてあるぞ!」
叩かれた手首をさすりながら、一護は開き直ったように大きく息を吐き出した。
もはや誤魔化しはきかないと、ついに己の欲望を認める。
「……待てよ。井上は心配だし、一刻も早く助けに行かなきゃならねえのは分かってる。だがなルキア、これはこれだ! 男のロマンなんだよ!」
「ふん……みみっちい男よ」
ルキアは呆れ果てたように首を横に振った。 だが、一護は不敵な笑みを浮かべ、ルキアの心を巧みにくすぐりにかかる。
「でもよ、よく考えてみろよ。中にエクスカリバーとか、ファイヤークリスタルとか、ブラックオーブとか……ひょっとしたら、ジャックフロストが入ってるかもしれねえぞ?」
「……ばかばかしい」
ルキアは冷ややかな目を向け、淀みない口調で一蹴した。
「エクスカリバーは『ファイナルファンタジー』、ファイヤークリスタルは国産コンピュータロープレの原点『ザ・ブラックオニキス』の続編たる『ザ・ファイアクリスタル』、ブラックオーブは『ドラゴンクエスト』、そしてジャックフロストに至っては『女神転生』の悪魔ではないか! 異なる世界線の産物がひとつの箱に同居する道理がなかろう!」
「お前、なんで国産PCゲーム黎明期のタイトルまで把握してんだよ!? まさか押し入れの奥にあった親父の『MSXマガジン』とか、パソコン通信時代の攻略掲示板のプリントアウトログまで漁り倒したのか!?」
「ふん、死神の索敵能力を侮るな。貴様の部屋に眠るあらゆる文化遺産はすでに検分済みだ!」
「勝手に人の家の化石資料でロープレの歴史学んでんじゃねえよ!」
あまりにコアすぎる知識量にツッコミを入れつつも、一護自身、同じオタクとしてその名を聞いて血が騒いでしまうのを否定できなかった。
――そして、ルキアもまた同じだった。
口元こそ冷静を保っているものの、その表情は明らかに異様だった。
見開かれた両の瞳はギラギラと怪しく爛熟し、完全に目がガンギマっている。
ジャックフロスト――あの愛らしいフォルムの妖精を想像してしまったのか、それとも『伝説のお宝』という響きに理性が焼き切れたのか。黒目がちの瞳の奥に、尋常ならざる執念の炎が燃え盛っていた。
「……ルキア?」
「……一護」
「お、おい」
「もしも……もしもあの箱の中に、白くて丸い、愛らしい霜の妖精が潜んでいたとしたらどうするのだ」
「目が据わってんだよお前!?」
ルキアは大きく息を吸い込み、両手で自らの頬を強く叩いた。
瞳に宿っていた怪しい熱気を気迫でねじ伏せ、凛とした表情を取り戻す。
「……認める。興味はある。喉から手が出るほど気になるのは事実だ」
「素直でよろしい」
「だが、これが罠である可能性がある以上、これ以上時間を無駄にはできん! 我らの本来の目的を見失ってはならぬのだ!」
毅然とした声音を響かせるルキアに、一護も真剣な面持ちで頷いた。
少年の瞳にも、本来の険しく揺るぎない覚悟が戻ってくる。
「ああ、その通りだ。こんなとこで油売ってる場合じゃねえよな」
「うむ。どちらかが抜け駆けをせぬよう、『せーの』で同時に踵を返すぞ」
「最後まで信用ねえな……まあいいや。せーの、だぞ」
「せーの!」
二人は息を合わせ、白砂を蹴って力強く踵を返した。
宝箱の放つ魔の魅力に背を向け、虚夜宮の気配が漂う奥地へと前進を再開する。
一刻も早くメノスの森を抜け、藍染の魔の手から井上を救い出すのだ。
その揺るぎない使命感だけを胸に宿し、二人の足取りは急速に速度を上げていった――。
――それから、およそ数分後。
石英の樹林が延々と広がるメノスの森。
静寂に包まれた白砂の上には、見慣れすぎた真鍮の金具と怪しげな紅玉で装飾された、例の豪奢な宝箱がまったく同じ佇まいで鎮座していた。
そしてその眼前には、当然のように死神二人の姿がある。
「……で、何でここにいるんだよ」
額に青筋を浮かべた一護が、ドスの利いた声音で低く呟いた。
問われたルキアは視線を明後日の方向へと露骨に泳がせ、スースーと音の抜けた下手くそな口笛を吹いている。
「いやあ……迷ってしまったのかなあ。森だからな。石英の木々はどれも同じ形をしておるし、目印もない。不可抗力というやつだなあ」
白々しさの極みのような棒読みで独りごちつつ、ルキアは宝箱の天板を右手でペシペシとリズミカルに叩いた。
「わざと戻ってきただろお前! ペシペシ叩いてんじゃねえ、愛着湧いてんじゃねえか!」
「め、滅相もない! 私はただ、この木箱の材質を確かめていただけで――」
「もう完全に開ける気満々じゃねえか!」
「……わかった。さっさと開けて先に進もう。どうせ大したものは入ってねえんだ」
一護は観念したように両手を広げ、大きく息を吐き出した。
このまま無視して進んだところで、どうせ気になって足が鈍るか、再び不可解な『迷子』を繰り返すのが目に見えていたからだ。
「うむ、その決断を待っていたぞ!」
「お前が誘導したんだろうが……」
「よし。では……」
ルキアはニヤリと口端を歪め、ペロリと唇を舌なめずりした。
もはや四大貴族の矜持など微塵も感じられない、純粋なお宝への期待に満ちた眼差しで、豪奢な箱へと歩み寄る。
だが、頑丈な真鍮の留め具は固く閉ざされており、容易には開きそうもない。
「ふん……やはり一筋縄ではいかんか。だが、死神の術理を侮るなよ」
ルキアは躊躇なく袖白雪の鞘を払うと、その清冽な切っ先を真鍮の鍵穴へと無慈悲にねじ込んだ。
「おいルキア!? 何やってんだ、そんな無茶苦茶な開け方――」
「だまれ! 破道の四『白雷』!」
至近距離から、極小の白雷が鍵穴の奥へと容赦なく撃ち込まれた。
バチッと激しい火花が散り、内部の頑強なシリンダーが無理やりに焼き切られる。
カチリ、と重厚な開錠音が鳴り響いた。
――まさに、その瞬間だった。
鍵が破壊されて自由になった蓋が、外側から引き上げられるよりも早く、内側から凄まじい勢いで跳ね飛ばされたのだ。
「――っ!?」
ガタッと激しい音を立てて蓋が吹き飛び、白砂の粉塵が舞い散る。
罠かと即座に察知した一護とルキアは、同時に白砂を蹴って後方へと大きく飛び退いた。
背負った大剣――斬月に手をかけ、袖白雪の柄を握りしめて鋭い眼光を放つ。
一触即発の臨戦態勢を取る二人の前で、開いた木箱の中から勢いよく飛び出してきたのは、凶悪な刺客でも毒ガスの噴煙でもなかった。
「うわぁ、助かっただす! イツゴ、ルキア……!」
「……ぶへっ!?」
涙と鼻水を撒き散らしながら弾丸のように突っ込んできた緑色の影――ネルが、構えを取っていた一護の顔面へと真正面から激突した。
凄まじい勢いで押し倒され、一護は後頭部から白砂の上へと無様に転がる。
「わあああああん! 暗くて狭くて息が詰まるかと思っただすぅぅぅ!」
「ぐえっ……! 重え、離れろネル! つーかなんでお前がこんな箱の中に入ってんだよ!?」
「ネ……ネルだと……!?」
袖白雪の切っ先を構えたまま、ルキアは完全にフリーズしていた。
伝説の秘宝でも、アランカルの秘術でも、ましてや白くて丸い霜の妖精でもない。
箱の中から飛び出してきた泣きじゃくる破面(アランカル)の幼女を前に、二人の張り詰めていた緊張感は音を立てて崩壊していた。
「宝は! マテリアは! 水鏡の盾は!? 危ない水着はどうしたのだ!?」
「だばばばばっ!? そ、そんなの知らねーっす! ネルは何も持ってねえだす!」
「とぼけるな! 底に隠しスペースがあるのではないか!? 貴様が着込んでいるのか!?」
「知らねえっつってんだす! いい感じの箱があったから入ったら、閉まっちまったっす!」
目を回しながら必死に首を振るネルの言葉に、ルキアの動きがぴたりと静止した。
空っぽの木箱の底を呆然と見つめ、がっくりと両膝を折る。
伝説の秘宝も、最強の防具も、最初から存在などしていなかったのだ。
「……危ない水着を着てどうする気だったんだよ、お前は」
白砂を払いながら立ち上がった一護は、深々と溜息をついて肩を落とした。
井上救出という大目的の最中に繰り広げられた、あまりにも不毛で脱力的な寄り道。
だが、安堵の涙をぼろぼろと零しながら自分にしがみついてくるネルの頭をぽんぽんと撫で、一護はふっと苦笑を零した。
「……まあ、開けてよかったな」
「……うむ。命が助かったのなら、良しとせねばならんな」
未練を断ち切るように小さく頷くルキア。
宝箱の騒動がようやく幕を下ろし、二人はネルを連れて、今度こそ迷うことなく虚夜宮へと歩みを進めるのだった。
――それから、なんやかんやあって。
激闘の末に藍染を打ち倒した一護は、最後の月牙天衝の代償として、自らの死神の力をすべて使い果たしていた。
空座町の夕暮れ。
急速に失われていく霊力。視界が徐々に白み、目の前に立つルキアの姿が陽炎のように薄く透け始めていた。
もう、その輪郭すら曖昧になりつつある。
死神と人間――交わるはずのなかった二人の世界が、本来の境界線を取り戻そうとしていた。
互いに言葉もなく、万感の思いと感傷に浸るようにじっと見つめ合う。
静かな別れの時が、刻一刻と迫っていた。
「……じゃあな、ルキア」
「……うむ。達者でな、一護」
切なく微笑み合う二人の間に――ずいっ、と無遠慮に何かが割り込んできた。
「一護! ルキアも!」
夕暮れの切ない空気をあっさりと塗り替える、艶やかで透き通った美声。
見れば、本来の大人の姿へと戻ったネリエルが、柔らかな微笑みを浮かべて二人の間に割り込んでいた。
感傷的な空気が瞬時に霧散し、一護とルキアは呆気に取られて目を丸くする。
「ネ、ネリエル……? お前、急に何なんだよ……」
「そういえば、あの森の宝箱にこんなものが入っていたんだよ」
そう言うや否や、ネリエルは自らの豊満な胸の谷間へと手を差し入れ、何やら小さな硝子瓶をすっと引き抜いた。
谷間から取り出されたのは、神秘的な七色の光彩を放つ霊液が満たされた小瓶。
一護とルキアは目を見張る。
「「ラストエリクサーじゃねーか!」」
夕暮れの空座町に、二人分の絶叫が完全にシンクロして木霊した。
なぜそんな究極の回復アイテムがメノスの森の宝箱に、そしてネリエルの胸の中に収まっていたのかは一切不明だが、奇跡の霊薬は今、確かに目の前に存在していた。
「ほら一護、全部飲んで!」
「ぶふっ!?」
ネリエルによって問答無用で小瓶の中身を一護の口内へと流し込まれる。
次の瞬間、失われかけていた霊圧が凄まじい勢いで全身を満たし、薄れかけていたルキアの姿がくっきりと鮮明に蘇った。
死神の力、完全全快。
「……戻ったぞ、一護」
「……ああ。戻っちまったな」
先刻までの涙を誘うような感動の別れは、一体何だったのか。
二人は気まずそうに顔を見合わせ、深く溜息をつくのだった。
――ということで、一護は無事に死神の力を取り戻したのであった。
めでたし、めでたし。