登校班が異世界の冒険者へ   作:匿名希望

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伝説の冒険者

さらに長い歳月が流れ去った。

正確な数字など、もはや石畳の摩耗具合ですら測ることはできない。

おそらく、あの若者たちを送り出してからおよそ一世紀――百年の時が刻まれていた。

 

第20階層の深奥、かつて古代の闘技場だった広大な廃墟。

そこで奇妙な小競り合いに遭遇したのは、いつものように淡々と魔物を狩り進めていた最中だった。

 

「――っ、囲まれた! もうダメだ……!」

 

若い男の悲鳴が石壁に反響する。

追い詰められていたのは、ボロボロの革鎧をまとい、使い古されたダガーを構えた見習い冒険者の一団だった。

数体の高位魔獣に囲まれ、誰もが死を覚悟して目を閉じたその瞬間――。

 

パッと視界が眩み、一筋の閃光が轟音とともに魔獣の群れを両断した。

 

「うるさいねぇ。これだから新米はすぐに足がすくむんだ」

 

ふさふさとした銀色の尻尾を優雅に揺らしながら、十代の少女の姿をした『多重詠唱のムギ』が、不敵な笑みを浮かべて空中に幾何学的な魔法陣を展開する。

その傍らでは、リリアーネが放った矢が正確に最後の魔獣の急所を射抜いていた。

 

「助けに入ったわけじゃないわ。ただ、私たちの足元でギャアギャア騒がれると、索敵の邪魔だから排除しただけよ」

ツンとそっぽを向くエルフの狩人は、百年前と一寸の狂いもない瑞々しい美貌のまま、冷ややかにそう言い放った。

 

救出された若い冒険者たちは、恐怖で腰を抜かしたまま、目の前に立つ六人の姿を呆然と見上げていた。

そのなかに、一人の少女がいた。彼女は震える手で懐から、ひどく古びてボロボロになった小さな木彫りのペンダントを取り出し、そして目の前に立つクロエの顔と、交互に見比べた。

 

「……うそ……」

 

少女のその呟きに、クロエの足がぴたりと止まった。

クロエは小さく眉をひそめ、少女に歩み寄る。

 

「なんだ、その変な顔は。どこか怪我でもしたのか」

「ち、違います……! でも、その……そのペンダント……!」

 

少女が掲げた木彫りの小刀の形をしたペンダント。それは、かつて百年前、この迷宮のどこかでまだ幼かった最年長の少年――自分たちが最初に保護し、そして自立へと送り出したあの少年に、記念として手渡したものだった。

 

「おじいちゃんが……生前にずっと言ってたんです。

 『迷宮の深層で迷ったときは、老けない魔女みたいな見た目の、最強ですごいお姉さんたちを探せ。その人たちが、お前たちの本当の祖先を救ってくれた恩人だ』って……!」

 

少女の言葉に、パーティの空気が一瞬で凍りついた。

 

おじいちゃん。

百年前、あの小さな広場で自分たちの背中を追いかけ、自分の足で歩き出すと誓って旅立っていったあの少年は、やがてこの迷宮のどこかで誰かと出会い、家庭を築き、命を繋ぎ、そして――寿命という人間の理に従って、とうにこの世を去っていたのだ。

 

自分たちは、あの頃から一秒たりとも老いていない。

肉体はあの日のままの「少女」であり「若者」のままであるのに、かつて自分たちが守り、子供扱いして見送ったあの小さな命の血脈は、すでに何世代も先へと受け継がれ、今や目の前の若者たちの「祖先」となっていた。

 

「……そうか」

 

クロエはわずかに息を呑み、そして、震える少女の頭にそっと手を置いた。

その手袋越しに伝わる温もりは、百年前、あの震える少年を撫でたときと同じものだった。

 

「お前のおじいちゃんは、元気に生きていたか」

「はい……! すごく強くて、最後まで冒険者を誇りに思ってて……っ、まさか、本当に会えるなんて……!」

 

少女がポロポロと大粒の涙をこぼす。

その後ろで、他の若者たちも「あの伝説の……!?」「おばあちゃんから聞いたことがある……!」と、驚きと畏敬の入り交じった目で彼女たちを見つめていた。

 

レンは静かに目を閉じ、胸の前で聖印を握りしめて小さく祈りを捧げた。

ムギは耳を伏せ、どこか切なそうな、しかし誇らしい複雑な笑みを浮かべる。

ドラガはガシガシと頭を掻き、柄にもなく照れくさそうに鼻を鳴らした。

そしてミナは、片眼鏡の奥から一筋の涙を零しながら、荷車の引き綱を握る手にぐっと力を込めた。

 

自分たちは、時の流れに取り残された永遠の異形の者かもしれない。

愛する者たちはいつか必ず老い、自分たちを置いて先へと進んでいってしまう。

その事実は、やはり残酷で、胸を締め付けるように切なかった。

 

けれど――。

 

自分たちがこの迷宮の底で繋ぎ止めた命の火は、こうして確実につながり、未来へとバトンを渡されていたのだ。

自分たちが老いないからこそ、彼らは安心して歳を重ね、次の世代へと命を繋ぐことができた。

それは呪いであると同時に、彼女たちがこの迷宮で生きてきた最大の「証」でもあった。

 

「泣くな」

 

クロエは少女の涙を指先で軽く拭い、かつてと同じ、けれどより深く優しさを湛えた声で告げた。

「お前たちのご先祖様は、最後まで立派な冒険者だった。……だから、お前たちも胸を張りなさい。ここは、弱者が泣く場所じゃない」

 

「はい……!」

 

若い冒険者たちは力強く頷き、崩れかけた武器をしっかりと握り直した。

彼らは彼らの道を、自分たちの足で進んでいく。

たとえ自分たちがどれほど歳月を重ねようとも、この迷宮の深淵には、いつだって「あの日のままの彼女たち」が灯し続ける焚き火の光があるのだから。

 

若者たちを見送り、再び静けさが戻った回廊のなかで、クロエはゆっくりと振り返った。

 

「さて……」

 

リリアーネが弓を構え、レンが聖光を灯し、ムギが電撃を走らせ、ドラガが斧を担ぎ、ミナが荷車の綱を引く。

 

終わりなき永遠の時間を抱えながら。

最強の女冒険者パーティは、新たな血脈の未来を見届けた誇りを胸に、さらなる深淵へと続く闇の中へ、迷うことなく歩みを進めていくのだった。

 

 

新米の若者たちが去っていった静かな回廊の端で、パーティの面々はそれぞれの持ち場の整備に戻っていた。

 

しかし、先ほどの孫世代の少女が残していった「伝説の魔女みたいな見た目の、最強ですごいお姉さんたち」という言葉の響きは、妙に生々しく五人の脳裏にこびりついていた。

 

「……ねえ」

 

数歩離れた場所で、純白のシスターローブの裾を整えながら、レンがぽつりと呟いた。

その整った中性的な顔立ちは、なぜか真っ赤に染まっている。

 

「さっきの子……私たちのこと、『百年前から深層を統べる、慈悲深き神聖なる聖女の群れ』とか言ってなかった……? 私、そんなキャラだっけ……?」

「言ってましたねぇ……しかも『怒らせると一瞬で魂を消滅させられる』って、どこの大魔王の伝説ですかそれは」

 

ミナもまた、実直な片眼鏡を外し、クロスでレンズをゴシゴシと雑に拭きながら深々とため息をついた。その耳たぶまでが、恥ずかしさでトマトのように真っ赤になっている。

 

「ちょっと待ってよ! 私なんて『夜な夜な怪しげな呪術で魔獣を生け贄に捧げるマッドサイエンティスト』みたいな扱いにされてなかった!?

 ひどくない!? 私、そんなやばい趣味持ってないし!」

ムギが頭の上の銀色の狐耳を両手でわしゃわしゃと掻きむしりながら、石畳の上をバタバタと足蹴りして悶絶した。

「……まあ、あながち間違ってもない気はするけどさ」とドラガがニヤニヤしながら言いかけた瞬間、ムギの放った電撃が足元をかすめた。

「うるさい筋肉ドワーフ! アンタだって『一声吼えれば山が割れ、素手でドラゴンを引っこ抜く暴虐の鬼姫』とか言われてたでしょ!」

「ぐっ……! そ、それはその、戦闘中はテンション上がってつい大口叩いたかもしれないけど、実際そんな大層なもんじゃないだろ……!」

ドラガは巨体を小さく丸め、ゴツい両手斧の柄で顔を隠すようにして身悶えした。

 

リリアーネは壁に額をコツンと預けたまま、ぐったりと肩を落としていた。

「……『冷酷非道にして美しき、森の深淵の女王』、ね……。もうやめて、これ以上その単語を思い出させないで……。

 私、昔はただの普通の、お絵描きが好きな女子小学生だったのよ……」

 

そして、その中心にいるリーダー――『最強の女盗賊』クロエは、短剣のメンテナンスの手をぴたりと止め、顔を両手で覆ったまま微動だにしていなかった。

 

(……やばい、恥ずかしすぎる)

 

クロエの脳内の最深部、そのずっと奥底に押し込められていた、かつての「桐生透(小学6年生・給食当番)」の自我が、全身を真っ赤にして床を転げ回っていた。

『伝説の英雄』だの『深層の守護者』だの、そんな大層な存在になれたわけじゃない。

ただ生きるために必死で武器を振り回し、気づいたら肉体が老いなくなっただけの、元の世界に帰れぐれたちっぽけな子供の集まりだ。

それなのに、孫世代の子供たちからは、まるで神話の神様みたいな誇張された「偉大な存在」として語り継がれている。

 

「……もう、あのペンダントを渡した過去の自分を殴りに行きたい」

クロエの低く掠れた声から、完全にリーダーの威厳が抜け落ち、ただの恥ずかしさに耐えかねる少年のトーンが漏れ出していた。

 

「本当よねぇ……。百年の間に、話が盛られすぎです」

ミナも頭を抱え、トボトボと荷車の陰に隠れるようにうずくまった。

 

外見は百戦錬磨の高ランク冒険者。

中身は、かつて現代の教室で給食のプリンを争い、ノートの端に落書きをし、テストの点数に一喜一憂していただけの、どうしようもなく普通の子供たち。

 

その強烈なギャップと、自分たちに向けられた「過剰すぎる美化」のせいで、最強のパーティは揃いも揃ってその場で盛大に頭を抱え込むしかなかった。

 

「……まあ、いいさ」

 

しばらくの沈黙の後、クロエは真っ赤になった顔を無理やり上げ、低い、しかし少しだけやけくそ気味な声を絞り出した。

「どうせ今さら普通の人間には戻れないんだ。

 ……伝説の魔女だろうが鬼姫だろうが、やってることが生き残りのための泥臭い冒険なのは変わらないんだからな」

 

「それもそうね……。ここで赤面してたら、本当にただの変態集団だし」

リリアーネが乱れたプラチナブロンドを直しながら、強がり交じりにぷいとそっぽを向いた。

「よし! 恥ずかしついでに、次の階層のボスをあたしの斧で木端微塵にして、新しい伝説でも勝手に作ってやるわ!」

ドラガが勢いよく立ち上がり、気合を入れるように両手斧を肩に担いだ。

「賛成! どうせなら、もっとヤバい古代魔術を開発して、子孫どもを本当の意味でびびらせてやろうかしら!」

ムギがケラケラと笑いを取り戻す。

「まったく……本当に手のかかる、恥ずかしがり屋な子供たちですね、私たちは」

ミナがふっと優しく微笑み、片眼鏡をかけ直して荷車の引き綱をしっかりと握った。

 

照れくささは消えない。

心の中の小学生たちは今でも真っ赤になって頭を抱えている。

それでも、歪んだ肉体と永遠の時間を抱えた彼女たちは、互いに顔を見合わせて苦笑いしながら、再び前を向いた。

 

伝説の裏に隠された、どうしようもなく愛おしい子供っぽさを胸に秘め、最強の女冒険者パーティは、新たな笑い声を響かせながら迷宮の闇へと歩き出すのだった。

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