登校班が異世界の冒険者へ   作:匿名希望

19 / 26
スイッチ

日常の緩やかな流れがすっかり定着したある日の放課後、事態はあまりにも唐突に、そしてくだらないきっかけで動いた。

 

学校帰りに透の自室に集まり、アイスの棒を咥えながらテスト対策という名の雑談をしていた時のことだ。

「あーあ、この制服のスカート、マジでスースーして落ち着かないんだよな。

 あの頃のシスターローブの方がまだ布地が多くて防御力高かった気がするわ」

畳の上に寝そべっていた蓮が愚痴をこぼした。

 

「バカ言わないでよ」と凛がノートから目を離さずに返す。

「あんな全身真っ白の重装ローブで登校してみなさいよ。即座に不審者扱いされて生徒指導室に連行されるわ」

 

「でもさ~、たまにあのダサいとんがり帽子と狐耳が恋しくなるんだよね」

麦が自分の頭をぽりぽりと掻く。

「ほら、こうやって耳をピコピコ動かす感覚? あれが無いと頭の上が寒くてさ」

 

「……耳を、動かす感覚、ですか?」

 

部屋の隅で全員分の文房具とプリントを完璧にファイルへ収めていた湊が、ふと手を止めた。

伊達眼鏡の奥の瞳が、ふっと観察者のそれに変わる。

 

「皆さん。私たちは今まで『日常に戻ったから異世界の力や肉体は失われた』と決めつけていました。

 ですが、脳内の記憶や魂の波長には、依然としてあの千年の経験が完璧に保存されています。

 ……もし、単に『出力のスイッチ』の切り替え方を忘れているだけだとしたら?」

 

「は? スイッチって……」透が眉をひそめた。

 

「簡単です。異世界での自分の姿――あの『完璧な女冒険者』としてのイメージを、魔力回路を模して脳内で一瞬だけ強く構築してみてください。

 呼吸を整えて、あの冷たい迷宮の空気感を思い出すのです」

 

「そんな漫画みたいなこと……」

 

言いかけた透だったが、全員が顔を見合わせ、半信半疑のまま目を閉じた。

深層の冷気。

石畳の匂い。

無数の戦場を潜り抜けてきた、あの研ぎ澄まされた感覚。

互いの黒歴史を握り合いながら、千年の時を共に駆け抜けた「最強の自分たち」のイメージ。

 

――カチリ。

 

脳内で、何か決定的なギアが噛み合う音がした。

 

「――うわわっ!?」

 

最初に悲鳴を上げたのは麦だった。

バチンと弾けるような青白い放電現象とともに、彼女の頭上にふさふさの銀色の狐耳が勢いよく飛び出し、スカートの後ろからは豊満な銀の尻尾がドロンと出現した。

 

「出たぁぁぁーっ!? 狐耳戻ってきたーっ!?」

 

「ちょっと待って、私まで……っ!」

凛の黒髪ポニーテールが瞬時に眩いプラチナブロンドへと変わり、耳元からピンと尖った黄金色のエルフ耳が突き出す。

着ていた制服のブラウスは、幾何学模様の美しい革の軽鎧へと一瞬で変貌を遂げた。

 

「嘘だろオイ!?」

透のボブヘアが乱れ、身軽なハーフリングの隠密装束へと変化すると同時に、全身の隠しポケットから無数の罠解除ツールがジャラジャラと音を立てて床に転がり落ちた。

 

「聖印が……光ってる……!?」

蓮の制服は一瞬で純白のシスターローブへと置き換わり、胸元で黄金の聖印が淡く美しい光を放ち始める。

中性的で整った『聖女レン』の神聖なオーラが狭い6畳間に満ち溢れた。

 

「あたしの……あたしの腕力がぁぁぁーっ!!」

葵は小さく叫んだ瞬間、ドワーフ特有の超重量級の筋肉が爆発的に再構築され、足元の畳が「ミシッ!」と悲鳴を上げた。

背後には、どこからともなく顕現した身長の倍はある巨大な両手斧がドスンと倒れ込み、畳に盛大な凹みを作る。

 

「分析通りです。変身(トランスフォーム)スキルの任意発動、成功ですね」

湊だけが実に嬉しそうに、人間の作業用レザーベストと片眼鏡の姿で、巨大な荷車を狭い部屋の中に物理的に出現させていた。

 

「「「「「狭い!!! 重い!!! 邪魔ーーーっ!!!!」」」」」

 

部屋の中は一瞬でカオスと化した。

ドワーフの斧が壁を擦り、ハーフリングの鍵束が散らばり、狐の尻尾が凛の顔を直撃し、聖女の神聖な光が部屋全体を無駄に神々しく照らし出す。

 

「消せ! 今すぐ消せお前たち! 畳が抜ける! お袋に見つかったら殺される!!」

透(クロエ)が悲鳴を上げながら、必死で「高校生モード」のイメージを脳内に叩き込んだ。

 

ポンッ、という軽やかな音とともに、全員の姿は瞬時に元の制服姿へと戻った。

静まり返る室内。残されたのは、凹んだ畳と、散らばった罠解除ツール、そして全員の荒い息遣いだけだった。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

静寂の中、凛が乱れた前髪を直しながら、ひくひくと眉を震わせた。

 

「……ねえ。今、完全に切り替え可能になったわよね?」

 

「うん……できちゃったね……」

蓮が自分のスカートを握りしめながら引きつった笑みを浮かべる。

 

「ってことはさぁ!」

麦が目を輝かせて跳ね起きた。

「放課後、誰もいない山の中とかに行けば、あの超かっこいい魔法とか使い放題ってことじゃん!

 外出先で困ったら、いつでもドワーフの怪力で車とか持ち上げられるってことじゃん!」

 

「バカ言うな!!」

透が即座に麦の頭を叩いた。

「現代社会でそんなことしてみろ! 一発でニュースになって自衛隊と研究機関に追われる羽目になるわ!」

 

「ですが」

湊が落ち着いた手つきで散らばったツールを拾い集めながら、不敵な笑みを浮かべた。

「日常生活の『ちょっとした不便』を解決する隠し札としては、極めて有効なスキルです。

 ……例えば、クラスの重い荷物を運ぶ時や、防犯対策、あるいはテスト期間中の圧倒的な集中力の維持など」

 

「そういう問題か……?」

 

葵は自分の華奢な腕を見つめ、それからニッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「まあでも……いざって時にあの怪力が戻せるって分かっただけでも、胸のつかえが取れたぜ。小春を守るための『保険』としては最高だ」

 

「私も……」

凛がふっと自嘲気味に微笑む。

「あのポエムノートを誰にも見られずに物理的に消滅させるための火力が手に入ったと思えば、悪くないわね」

 

「そこかよ!!」

 

自分たちの体に刻まれた「神話の力」と「日常の生活」。

その二つを自由に切り替える術を手に入れた彼女たちは、また一つ、世界で唯一無二の「最強でめんどくさい女子チーム」としての絆と秘密を深めてしまった。

 

「……よし」

 

透はブレザーの埃を払い、全員を見回してニヤリと笑った。

 

「普段は絶対に使うなよ。特に学校内での誤発動は厳禁だ。

 ……だがまあ、週末にでも誰も来ない河川敷に行って、久しぶりにパーティーの連携訓練でもしてみるか」

 

「「「「「オーーッ!!」」」」」

 

夕暮れの部屋に、元気な歓声が響き渡る。

元・最強の女冒険者たちの日常は、怪しげな秘密とさらなる騒がしさを孕みながら、どこまでも賑やかに続いていくのだった。

 

 

「……なぁ」

 

放課後の夕暮れ、誰もいなくなった裏山の河川敷。

土手に散らばってジュースを飲んでいた六人のうち、透(クロエ)がぽつりと声を漏らした。

空には茜色と紫紺が混ざり合う不気味なほどのグラデーションが広がり、秋の風が彼女たちの制服の裾をパタパタと揺らしている。

 

「あの『世界の切り替えスキル』の件なんだけどさ。……ちょっと気になってることがあるんだ」

 

「気になるところ?」

ポニーテールを揺らしながら、凛(リリアーネ)が空のジュース缶を弄んだ。

「日常モードと冒険者モードを自由に行き来できるようになったんだから、これで万々歳じゃない。何か不都合でもあった?」

 

「いや、不都合っていうか……」

透はブレザーのポケットに突っ込んだ手で、実家の鍵と十徳ナイフをカチカチと鳴らした。

その三白眼には、斥候特有の冷徹なリスク計算の光が宿っている。

 

「冒険者モードの時ってさ……あたしたち、文字通り『不老』だよな?」

 

その一言に、周囲の空気が一瞬で静まり返った。

 

「……あ」

麦(ムギ)の手から、自作の猫耳フードがポロリとこぼれ落ちた。

「た、確かに……! 冒険者モードになってる間って、千年前と一ミリも変わらない状態だよね……。

 ってことは、もし冒険者モードのままでずっと過ごしてたら……私、現代世界でも一生中学2年生のままってこと!?」

 

「バカ、そんなの日常モードに戻れば普通に年取るに決まってるでしょ」

凛が呆れたように眉をひそめたが、その言葉にはどこか確信を持てない揺らぎがあった。

 

実際、彼女たちの推論は半分正しく、そして半分は世界の根本的な理から外れていた。

 

透たちが手に入れた『姿の切り替えスキル』の真の正体――それは単なる変身魔法などではなく、「地球にある肉体」と「異世界の迷宮に今なお残されている不老不死の肉体」の位相を丸ごと入れ替える高次元転移現象だったのだ。

 

彼女たちが「地球の高校生・中学生・小学生」として過ごしている間、肉体は現代の理に従って緩やかに成長し、年を取っていく。

しかし、ひとたび『冒険者モード』へ切り替えた瞬間――地球の肉体は次元の狭間へと退避され、代わりに迷宮の深層で千年の魔力を吸い上げ続けた「完全に不老で固定された最強の肉体」が現実世界へと引っ張り出されてくる。

 

つまり、冒険者モードでいる時間だけは、現代社会においても完璧な「不老」が適用されるのだ。

 

そして、透たちが知る由もない最大の隠されたシステム――。

向こうの世界の迷宮の底には、彼女たちが千年間愛用し、鍛え上げ、神話の域にまで高められた「本物の異世界の肉体」が、完璧な保存状態のまま魂の帰還を待ち続けていた。

 

もしも、万が一。

日常モードで不慮の事故に遭い、地球の肉体が「死」を迎えたとしたらどうなるか。

 

その瞬間、魂は自動的に迷宮の肉体へと弾き返される。

彼女たちは「異世界の最深部」で目を覚まし、そして迷宮の理不尽な復元機能によって、再び地球の肉体へ意識を転送され、「何事もなかったかのように日常へ復活する」という無制限のコンティニュー権を与えられていた。

 

地球の肉体の寿命が尽きるその日まで、彼女たちは「死にたくても死ねない」という、神話の存在にふさわしい狂ったシステムに守られていたのである。

 

――問題は、その先だ。

 

将来的に、彼女たちが地球の肉体として天寿を全うし、「寿命による死」を迎えた時、その魂はどこへ向かうのか。

 

地球の理に従って静かに成仏し、新たな命へと転生するのか。

それとも、地球の肉体だけが滅び、完全な「不老の異世界人」として永遠に迷宮の底で生き続けることになるのか。

あるいは、迷宮のバグが再び発動し、再び若返った状態で地球の日常へと放り投げられるのか――。

 

二つの世界の理が盛大にバグり散らかした彼女たちの存在は、宇宙の法則からしても完全なイレギュラーであり、その末路は神ですら予測不能の未知数だった。

 

 

「……まあ、難しいことは分かんないけどさ!」

 

沈黙を破ったのは、芝生の上にドカッと胡坐をかいていた葵(ドラガ)だった。

彼女は自分の華奢な両腕を頭の後ろで組み、豪快に笑い飛ばした。

 

「今ここで考えても答えなんて出ねぇだろ!

 冒険者モードになれば怪力が戻って、普段は普通の中学生として年を取れる。それで十分じゃねぇか!」

 

「そうですとも」

湊(ミナ)が伊達メガネを親指で押し上げながら、完璧なパッキングのランドセルを揺らした。

「たとえ将来的にどうなろうと、現在の私たちの最優先事項は『明日の学校の予定を滞りなくこなすこと』です。

 透さん、まさか不老の心配にかこつけて、明日の課題の提出を踏み倒そうとしていませんね?」

 

「ギクッ……!」

透は思わず目を泳がせた。

 

「ちょっと透! あんたまた宿題やってないの!?」

凛が叫ぶ。

「千年の知恵(黒歴史)があるんだから、高校の数学くらい自力で解きなさいよ!」

 

「無理言うな! こちとら魂のベースは小6だぞ!? 微分積分なんて異世界の古代ルーン文字より意味不明なんだよ!」

 

「あははは! リーダー、がんばれ~!」

麦と蓮が声を揃えて腹を抱えて笑い転げる。

 

茜色の空の下、六人の影が長く土手に伸びていた。

 

自分たちの肉体がどれほど恐ろしい秘密を抱えていようと。

将来、どんな未知の未来が待っていようと。

 

今、この場所で、互いのポンコツぶりを笑い合いながら生きる「日常」がある。

それだけで、最強で最悪に愛おしい彼女たちにとっては、何も問題はなかった。

 

「……ちくしょう、帰ったら湊に数学教えてもらうか……」

 

透は小さく呟き、ブレザーのボタンを留め直すと、夕暮れの街へと続く帰り道を仲間たちと共に歩き出したのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。