登校班が異世界の冒険者へ 作:匿名希望
【おまけシナリオ】――バレンタインイベント
二月十四日。
街じゅうが甘いカカオの香りと無駄に浮き足立った熱気に包まれるバレンタインデー。
神話の化け物から「中身と肉体が噛み合わないポンコツ女子集団」へと姿を変えた元・最強冒険者パーティにとっても、この日は地球の理不尽で眩しいイベントの一つとして容赦なく襲いかかってきていた。
1. 高校生組:虚勢のリーダーと、ノロケ全開のリア充
放課後の靴箱前。
透はブレザーのポケットに突っ込んだ十徳ナイフをカチカチと弄りながら、三白眼で周囲の「戦況」を警戒していた。
そこへ、サッカー部の練習着をバッグに詰めた南部明が、これ見よがしに鼻の下を伸ばしながら近づいてくる。
その手には、可愛らしくラッピングされた小さな箱が握られていた。
「よお、桐生! 見ろよこれ!」
明は白い歯を爽やかに剥き出し、自慢げにチョコの箱を透の目の前に突き出した。
「杏奈が手作りでくれたんだぜ! 『明先輩、いつも部活お疲れ様です』って! 本命だぜ本命!
いやー、持つべきものは可愛い後輩の彼女だな!」
「……ああ、そうか。よかったな、南部」
透は感情を殺したフラットな声で応じたが、胸の奥では千年の迷宮で培った「ハーフリングのプライド」と「元少年の意地」が盛大に火花を散らしていた。
(なんだその全開のノロケは! 爆発しろ! いや待て、ここで羨ましがったらこちらの敗北だ。
リーダーとして、そして『女子高生』としての威厳を保たねば……!)
透は胸を張り、フッと冷ややかな笑みを浮かべながら、あえて気怠げに髪をかき上げた。
「まあ、私は『渡す側』だからさ。そういうの、もう準備で手一杯なんだよね」
見栄を張りまくった一言。
あたかも「まあ色々と渡す相手(本命)が多くて困っちゃうんだよね」風の雰囲気を全力で醸し出す透。
しかし、その実態――。
透の手提げバッグの中に入っているのは、放課後に凛たちと交換するための完全なる「女子同士の友チョコ(義理)」のみ。
男としての甘酸っぱいイベントなど皆無であり、もちろん男子から貰う予定も、男子に渡す本命など爪の垢ほども存在しなかった。
「へえ! 桐生も誰かに渡すのか! 青春してんなー!」
「……まあね。いろいろと、ね」
明の無邪気な追撃に、透は必死でクールな顔を貼り付けながら、心の中で「早くこの場を去ってくれ……!」と神(自分たちが殺しかけた奴ら)に祈りを捧げるのだった。
2. 中学生組:無自覚な攻防と、甘酸っぱい混乱
中学校の昇降口付近。日向蓮(元男子・現中3女子)は、カバンの中の小さな巾着袋を握りしめたまま、モジモジと足踏みをしていた。
中身は、昨日麦や凛と一緒に作らされた手作りチョコクッキー。
女子同士の友チョコの余り……のはずだった。
「んあ~? 蓮ちゃん、どうしたの~? お腹でも痛いの~?」
校門の陰から、伸ばしかけのくせ毛を揺らした綾部茂がのほほんと現れる。
「あはは~」と無防備な笑顔を浮かべる茂に対し、蓮は「っ~!」と顔を真っ赤にして巾着袋をバッと突き出した。
「これ! やるよバカ!」
「え~? ボクに~? わぁい、なにこれ~?」
茂が嬉しそうに袋を受け取り、中から不恰好なクッキーを取り出して口に放り込む。
「ん~! おいしい~! 蓮ちゃん、手作りなんてすご~い!」
「べ、別に私が一から作ったわけじゃないし! 麦の家で余ったやつだし! 感動すんな!」
蓮はまくし立てるように叫んだが、無邪気に喜ぶ茂の顔を直視できず、プイッとそっぽを向いた。
(……なんなんだよ、この変な感じ)
胸の奥がソワソワと波立ち、喉の奥がキュッと熱くなる。
自分は元男子だ。茂とは昔、公園の泥水で遊んだ「悪ガキ仲間」だ。
だからこれは、ただの友情の証であり、日頃の感謝――のはずなのに。
今の自分の肉体は女子で、茂は自分を「女の子」として接してくれていて、こうして手作りチョコクッキーを渡して笑い合っている。
(私……なんで茂にチョコ渡して、こんなドギマギしてんだ……!? マジで意味分かんねぇ……っ!)
「蓮ちゃん、一口食べる~?」とクッキーを差し出してくる茂から逃げるように、蓮は「いらねぇよ!」と叫んで全速力で駆け去っていくのだった。
3. 小学生組:甘い期待と、圧倒的「母性」の壁
下校途中の公園。
小学6年生の丸島隆二は、ポロシャツの襟を何度も整えながら、ベンチに座る小西湊に近づいていった。
心臓が口から飛び出そうだった。
今日はバレンタイン。
クラスの男子たちがソワソワする中、隆二の目的はただ一人、目の前で完璧な姿勢で手帳を整理している湊だった。
「あ……あのね、湊ちゃん!」
「はい、隆二くん。なんでしょうか?」
湊が伊達メガネを指でクイッと押し上げ、静かに振り返る。
その包容力に満ちた瞳に見つめられ、隆二は顔を真っ赤にしながら意を決して言葉を紡いだ。
「あの! 今日……その……バレンタインだから……!」
(言えた! これで湊ちゃんからチョコが貰えれば……!)
隆二の頭の中には、甘酸っぱい甘い青春の1ページが広がりかけていた。
だが、千年の修羅場を越えた最強ポーター・ミナの脳内回路は、隆二の「男としての意識」など1ミリも拾い上げてはいなかった。
「ああ、バレンタインですね。ええ、もちろん用意してありますよ」
湊はランドセルのサイドポケットから、完璧なラッピングが施された小さな小袋を取り出した。
「はい、どうぞ。隆二くん」
「っ……! ありがとう、湊ちゃん……!」
震える手で受け取る隆二。
しかし、湊が放った追い打ちの一言が、彼の甘い妄想を粉々に打ち砕いた。
「隆二くんも最高学年になって、毎日班長として下級生のお世話をよく頑張っていますね。
これは『毎日元気に学校へ通ってくれているご褒美』です。成長期ですから、糖分補給も大切ですよ。……ふふ、大きくなりましたね」
その眼差しは、どう見ても「参観日で息子の成長を優しく見守る母親」あるいは「初孫にオヤツを与えるおばあちゃん」のそれだった。
「……あ、ありがとう、湊ちゃん……(やっぱり子供扱いだーーー!!)」
初恋の甘酸っぱさは、千年の母性という名の巨大なクッションに優しく包み込まれ、何一つ噛み合わないまま消化されていくのだった。
4. 女子組:平和で平和な、最強の友チョコ交換会
放課後のファミレス。
ボックス席を占拠していたのは、女子組の賑やかな面々だった。
「はい、杏奈ちゃん! これ私から!」
「ありがとう、麦ちゃん! 私のも食べてね!」
テーブルの上には、華やかにラッピングされた友チョコの山が築かれていた。
凛、麦、葵の元・冒険者組と、杏奈、順子、小春の現実の友人たち。
そこには世界のバグも、不老の不気味さも存在しない、どこまでも平和で微笑ましい女子会の風景があった。
「順子、あんたチョコ作るときに溶かしたカカオをドライバーにかけたりしてないでしょうね?」
「失礼な! ちゃんと湯煎で溶かしたよ! 途中で温度計がどこか行ったから勘でやったけど!」
「一番やっちゃダメなやつー!」
麦と順子がケラケラと笑い合い、小春は葵から受け取った小さなチョコを大事そうに胸に抱えていた。
「葵ちゃん、ありがとう……! すごく可愛いチョコだね」
「おう! あたしは器用じゃないから形は不揃いだけどな! 味は保証するぞ!」
葵は照れくさそうに頭を掻く。
ドワーフの肉体を失い、スルメのように細くなった今の腕で作ったチョコだが、小春の喜ぶ顔を見れば、そんな落胆もどこかへ吹き飛んでいった。
その横で、凛は杏奈と上品にチョコを交換し合いながら、ふっと柔らかく目を細めた。
「杏奈、明先輩にあげたチョコ、喜んでくれた?」
「うん! すごく喜んでくれて……『本命だー!』って叫んでた」
顔を真っ赤にする杏奈を見つめながら、凛は自分のコーヒーカップに口をつけた。
かつて「孤高のエルフの女王」気取りで、誰とも交わらずにポエムを書いていた痛々しい自分。
けれど今、こうして大好きな友達とテーブルを囲み、チョコを交換し合い、他愛もない恋話で笑い合っている。
(……うん。神話の女神なんて、やっぱりなるもんじゃないわね)
千年の迷宮の記憶も、地球時代の黒歴史も、バグだらけの肉体も。
すべてを抱えたまま生きるこの日常は、バレンタインの甘いチョコの味と同じくらい、とびきり愛おしく、そして賑やかに続いていくのだった。