登校班が異世界の冒険者へ   作:匿名希望

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【おまけシナリオ】――スチームパンク世界からの帰還者

放課後の陽光が長く伸びる通学路。

黄色い登校旗を手にした小学六年生の丸島隆二は、どこか落ち着かない様子で周囲をきょろきょろと見回していた。

さらさらとした黒髪のマッシュルームカットが夕風に揺れ、紺のショートパンツの裾から伸びる足元が小刻みに落ち着きを失っている。

 

「どうしたのですか、隆二くん。そんなにキョロキョロして。まさか、下校班の児童の列から外れた者がいるのですか?」

 

ふと、背後からかけられた凛とした、しかしどこか温かみのある声に、隆二は肩をビクッと跳ねさせた。

振り返るとそこには、完璧に整えられたランドセルを背負い、伊達メガネを指先でクイと押し上げる小西湊が立っていた。

その完璧な立ち居振る舞いは、最高学年としての総務部長的威厳と、あふれんばかりの母性を同時に漂わせている。

 

「あ、湊ちゃん……! いや、違うんだよ。そういうわけじゃないんだけどさ……」

 

隆二はゴクッと唾を飲み込み、視線を自分の登校班の列の最後尾へと促した。

そこには、背筋をピシッと伸ばし、まるで軍人のように規則正しい歩調で歩く、一人の小柄な女子児童がいた。

 

小学4年生。

名前を「星野奏(ほしの・かなで)」というその少女は、ミルクティー色のボブカットを綺麗に切り揃え、クラシカルな真鍮製の歯車や小さなスチームバルブがあしらわれた特製のランドセルを背負っていた。

一見すると少し変わったお洒落が好きな女の子だが、その瞳の奥には、年齢不相応に研ぎ澄まされた機械的な冷徹さと、膨大な演算処理を行う者の静けさが宿っている。

 

「……あのさ、星野さんさ、最近うちの登校班に入ってきたんだけど、なんか変なんだ」

隆二は湊の耳元に顔を寄せ、声をひそめて言った。

「変、といいますと?」

「いや、昨日なんて横断歩道のところで『地表磁場の変動値が許容範囲を0.03パーセント超えています。

 迂回ルートの選定を推奨』とかブツブツ呟きながら電柱の計測始めてさ……。

 あと、昨日なんて道端で転びそうになった下級生を助けようとして、腕の関節が不自然に180度曲がってガキッて音立てたんだよ!

 絶対に骨じゃなくて歯車と金属の擦れる音がしたって!」

 

湊の伊達メガネの奥の瞳が、一瞬だけ鋭く光った。

――星野奏。

その名前と特徴は、先日彼女がネット上の非公開フォーラムや治安情報のキャッシュから割り出した「別の異世界からの帰還者たち」のリストと完全に一致していた。

 

(スチームパンク世界……。歯車と蒸気機関、そして機械仕掛けの都市。

 私たちがあの『神話の迷宮』に引きずり込まれたのと同時期に、別の位相の裂け目に落ち、そこで肉体と精神を狂い狂わされた者たちの一人……!)

 

湊が思考を巡らせている間に、その少女――奏は、トトトと小気味よい足取りで二人のもとへと歩み寄ってきた。

まるで精密機械の駆動音のような、無駄のない均一な歩行フォームである。

 

「コニシ・ミナト、およびマルジマ・リュウジ。現在時刻、午後四時十四分二秒。定刻通りの下校進行速度を確認。

 ……一つ、貴殿らに高次元的機密事項に関する照会事項があります」

 

奏の声色は、幼い少女のものでありながら、どこか機械の合成音声のような冷たい反響を含んでいた。

隆二は「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、思わず湊の背後に隠れようとする。

 

だが、湊は微動だにせず、むしろその表情に「年下の面倒を見る保護者」としての穏やかな微笑みを貼り付けたまま、奏と真っ直ぐ向き合った。

 

「星野さん、ですね。こんなところで下校中の児童を呼び止めるとは、何か緊急のパッキング不良でもありましたか?

 それとも、ランドセルのなかに常備している予備の文具や救急キットが必要ですか?」

 

湊がそう言って、いつもの癖でランドセルのサイドポケットからピカピカに消毒された絆創膏を取り出そうとした瞬間、奏の動きがピタリと止まった。

 

少女の瞳孔がわずかに拡大し、その視線は湊の手元の動き、そして彼女の周囲に漂う微細な「異世界の魔力残滓」へと向けられた。

星野の脳裏に、かつての記憶がフラッシュバックする。

それは無限に広がる歯車と蒸気の海。

空を覆う真鍮の飛空艇。

そして、冷徹なまでにシステマティックに生存確率を算出し、自らを「宇宙観測用オートマタ(自律人形)」として異世界の理に組み込まれていた過酷な日々。

あの世界では、感情や温もりなどエラーコードでしかなかった。

 

しかし――目の前にいるこの少女は、人間の子供の姿をしながら、かつての自分と同じ「別の世界の理を刻まれた者」でありながら、その内側から放っているのは、あまりにも強烈で、あまりにも圧倒的な「母性」の波動だった。

 

「……エラー。機密演算の処理が……バグを起こしています」

 

奏は小さく呟き、自分のこめかみを小さな手で押さえた。

異世界での姿――少女型宇宙観測用オートマタとしての冷徹な演算回路と、地球の小学4年生としての幼い自我が、湊の発する圧倒的な「お母さんオーラ」の前に盛大にショートを起こしかけている。

 

「星野さん? 大丈夫ですか?

 ほら、頭が熱いようでしたら、私のランドセルに入っている冷感タオルと、あと栄養補給用のカロリーメイトのメープル味をどうぞ。

 脳の糖分が不足している証拠です」

 

湊はためらうことなく奏の前に歩み寄り、その小さな頭に優しく手を伸ばすと、慣れた手つきで髪の乱れを整え、額に優しく手を当てた。

 

「ふむ、微熱はありませんね。ですが、最近の児童は朝食を抜く傾向がありますからね。しっかり栄養を摂りなさい。

 あなたはまだ、私たちの可愛い後輩なんですから」

 

その瞬間、奏の内部で何かが劇的な音を立てて崩壊した。

冷徹な宇宙観測用オートマタとして千年間、冷たい歯車と蒸気だけを友に生きてきた彼女の胸の奥底で、かつて人間だった頃の温かな記憶と、目の前の「圧倒的なお母さん」の存在が強力に結びついてしまったのだ。

 

「あ……あ……」

 

奏の瞳から、大粒の涙がポロリとこぼれ落ちた。

それは機械の冷却水などではなく、あまりの安心感と精神的負荷の解放によって流された、まじりけのない人間の涙だった。

 

「ひ、ひえっ!? 湊ちゃん、急に泣かせちゃったよ!? 僕、何もしてないのに!」

隆二はパニックを起こし、オロオロと両手を宙に彷徨わせる。

 

星野は、震える両手で湊の制服の袖をキュッと掴んだ。

そして、かすれた、しかしどこか子供らしい甘えた声を絞り出す。

 

「……ミナ……お母さん……私、ずっと……あの冷たい歯車の中で……ひとりで……計算し続けて……怖かった……」

 

「まぁ……! そうだったのですね。それはそれは、よく頑張りましたね」

 

湊は一切の疑問を挟むことなく、まるで長年行方不明になっていた我が子を抱き締めるように、奏の小さな体を優しく包み込み、その背中をトントンとリズミカルに叩いた。

千年の間、冷徹なポーターとして仲間たちの生存確率だけを冷ややかに計算していた湊の魂は、この世界に戻ったことで「守るべきものに対する無条件の慈愛」へと完全に昇華されていた。

その包容力の前では、スチームパンク世界の宇宙観測用オートマタの防壁など、紙細工のようなものだった。

 

「もう大丈夫ですよ。ここは安全な地球です。

 お腹が空いたら私がいつでも美味しいおにぎりを握ってあげますし、歯車がおかしくなったら私が完璧にメンテナンスしてあげますからね」

 

「うん……うぅ……お母さーーんっ!!」

 

奏は完全に精神のタガが外れ、湊の胸に顔をうずめてワンワンと泣きじゃくった。

 

その光景を目の当たりにした隆二は、目玉が飛び出るほど驚愕し、その場で硬直していた。

 

「な……なにこれ……? 星野さんが急に大泣きして湊ちゃんに抱きついてる……?

 っていうか、湊ちゃん、なんであんなに手慣れたお母さんオーラ全開でよしよししてるの……?

 僕の知ってる同級生の女の子と全然違う……っ!」

 

激しい混乱と、年頃の男子特有の気恥ずかしさと、そしてどこか置いてけぼりにされたような切なさが入り混じり、隆二の顔面は茹でダコのように真っ赤に染まっていった。

 

夕暮れの通学路。

完璧なパッキングのランドセルを背負った総務部長(小学6年生女子)が、スチームパンクの異世界から帰還した宇宙観測用オートマタ(小学4年生女子)を優しくあやし、その傍らで登校班の班長(小学6年生男子)が頭から湯気を吹いてパニックを起こしている。

 

二つの世界の理が交錯するこの日常は、今日も今日とて、最高にシュールで、そして温かな平穏に満ちていた。

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