登校班が異世界の冒険者へ 作:匿名希望
放課後の校門を抜けたところで、狐塚麦の手首を急に掴んだのは、カラフルなピン留めで前髪を適当に留めた城之内順子だった。
「ねえねえムギちゃん! このあと時間ある!? 頼むから助けてーっ!」
「なちなに!? 爆発事故なら理科室で手遅れになってるけど!?」
「違うよーっ! 近所のひまわり幼稚園!
お母さんのお友達の保育士さんに頼まれて、今日の放課後、おもちゃの修理ボランティアに行く約束忘れてたの!」
順子が提示した事情は極めて切実だった。
壊れたおもちゃの山を前にして、説明書も読まずに雰囲気だけでドライバーを振り回す順子を野放しにすれば、幼稚園の備品が更なる壊滅的被害を受けるのは火を見るより明らかだ。
「……はぁ。順子、あんた本当にドライバー握らせると何起こすか分からないんだから。ついて行ってあげるわよ」
麦はフェルト製の狐耳風フードをパチンと整え直すと、順子と共に住宅街の角を曲がった場所にある「ひまわり幼稚園」の門をくぐった。
夕方の園内には、お迎えを待つ居残り組の園児たちの賑やかな声が響いていた。
「あら、順子ちゃん! 来てくれたのね!……それに、そちらはお友達?」
出迎えてくれたのは、年長組の担当保育士である山崎絵里先生だった。
エプロン姿に優しい笑みを浮かべた絵里先生は、日々の業務と元気すぎる園児たちとの格闘で少しだけ疲れを覗かせつつも、甲斐甲斐しく二人をプレイルームの奥へと案内してくれる。
「本当に助かるわ。
男の子たちが乱暴に扱って音が出なくなっちゃったおもちゃや、ネジが外れた車がたくさんあって……順子ちゃんが『壊れたおもちゃ直すの大好き!』って言ってくれたから、期待してお待ちしていたの」
「任せてください絵里先生! 私のハンドパワーで直してみせます!」
「順子、ハンドパワーじゃなくてハンダごてと精密ドライバーだからね!?」
麦がすかさずツッコミを入れる中、プレイルームの真ん中で、一人だけ特大のプラスチック製ロボット玩具を抱えて仁王立ちしている女の子がいた。
短く結んだ髪を揺らし、膝にすり傷を作ったおてんばな女の子――ミサキちゃんだ。
「ちょっとお姉ちゃんたち! ミサキの『超銀河合体ダイガロン』が動かなくなっちゃったの!
これ直せないなら、お姉ちゃんたちのこと敵の怪獣だと思ってパンチするからね!」
「ダイガロン!?」
順子の目が輝いた。
「知ってる! 今曜日の朝にやってるロボットアニメのやつだ! カッコいいよねこれ!」
「でしょー!
でもね、昨日のお話みたいに必殺技の『ギャラクシー・スパーク』を出そうと思って、お風呂場のお湯の中にドボンって入れたら、ピカピカ光らなくなっちゃったの……」
ミサキがしゅんと肩を落とす。見れば、ロボットの胸部にある発光ギミックと音声ユニットの隙間から、うっすらと水滴が滲み出ていた。
絵里先生が困り顔で苦笑する。
「ミサキちゃん、水の中に入れちゃダメって言ったでしょ? 電池のところにお水が入っちゃって、動かなくなっちゃったみたいなの」
「うぐぐ……ダイガロンは宇宙のロボットだから、水の中でも戦えると思ったんだもん……」
悔しそうに涙目になるミサキを見て、順子が即座にポケットから大きなマイナスドライバーを取り出した。
「よしっ! 私にまかせて! この裏の大きいネジを力任せに回して、中身をバカッと割れば原因が分かるはず――」
「やめなさーーーい!!!」
麦が間一髪で順子の首根っこを掴んで引っ張り戻した。
「プラスチックの筐体をマイナスドライバーでこじ開けたら外装が割れるでしょ!
しかも水没直後に無理やりネジを回したら内部基板が干渉してトドメを刺すわよ!」
「ひゃいっ!? ご、ごめんなさい……!」
麦は深くため息をつくと、リュックから手際よく精密ドライバーセット、絶縁ピンセット、そして接触復活剤を取り出した。
その手つきは、千年の間『多重詠唱のムギ』として古代魔導回路の精密な修復を行ってきた、あの研ぎ澄まされた理科部部長のそれだった。
「ミサキちゃん、貸してごらん」
麦はダイガロンを優しく受け取ると、手際よくバッテリーカバーの外装を外し、水没した乾電池を絶縁ピンセットで取り出した。
「ふむ……幸いにもショートして焦げた匂いはしないわね。回路の主要部分は防水パッキンがギリギリ耐えてる。
問題は、スイッチ接触部の水分による短絡(ショート)と、電池ボックスの端子の酸化反応よ」
麦の口からスラスラと飛び出す専門用語に、絵里先生はぽかんと目を丸くした。
「あ、あら……麦ちゃん、すごく詳しいのね……? まるで専門の修理業者さんみたい……」
「あはは! 絵里先生、ムギちゃんは学校でも理科の天才なんだよ! 雰囲気で機械をいじる私とは大違いなの!」
順子が誇らしげに胸を張る横で、ミサキが目をキラキラさせて麦の手元を覗き込んできた。
「お姉ちゃん、ダイガロン治る!? また『ギャラクシー・スパーク』光る!?」
「ええ、任せなさい」
麦は自作の狐耳フードをピコピコと揺らしながら、不敵な笑みを浮かべた。
(ふふん……古代魔導船のエーテル流動炉の修復に比べれば、現代のおもちゃの電子回路なんて基板のバイパスを通すだけの初歩の初歩よ……!)
麦はティッシュとドライヤーで内部の水分を完璧に飛ばすと、端子の青錆をピンセットの先端で丁寧に削り落とした。
そして、通電を良くするための接点復活剤を微量だけ塗布する。
「順子、新しい単三電池二本、私のリュックの右ポケットから出して」
「はいっ! 電池どうぞ!」
電池をセットし、裏蓋の精密ネジを適切なトルクで締め直す。
麦はミサキの目線の高さに合わせてかがむと、ダイガロンを差し出した。
「さあミサキちゃん。必殺技のボタンを押してみて」
ミサキはゴクリと唾を飲み込み、小さな指でダイガロンの胸のボタンを力いっぱい押し込んだ。
――『ピキーン! ギャラクシーー・スパーーーク!!』
ジャキーンというけたたましい効果音とともに、ダイガロンの胸部から眩しい赤と青のLED光がプレイルームを照らし出した!
「うわあぁぁぁぁっっ!! 光った!! ダイガロンが復活したーーーっ!!」
ミサキが飛び上がって歓声を上げた。
おてんばな顔いっぱいに輝くような笑顔を咲かせ、ダイガロンを頭上に掲げて走り回る。
「すごーい! お姉ちゃん天才! 魔法使いみたい!!」
「ふふん、魔法じゃなくて適切な乾燥と接点復活処理よ!」
麦が誇らしげに鼻を鳴らす。
それを見ていた絵里先生は、心底ほっとしたように胸に手を当て、深く頭を下げた。
「本当にありがとう、麦ちゃん、順子ちゃん!
ミサキちゃん、あのダイガロンが壊れてからずっと元気がない様子だったから……本当に助かっちゃった」
「へへ、どういたしまして! 役に立ててよかったー!」
順子が嬉しそうに頭をポリポリと掻く。
ミサキはダイガロンを大事そうに抱え直すと、麦のところへトコトコと駆け寄ってきて、キュッと麦のパーカーの裾を引っ張った。
「お姉ちゃん! ミサキ、大きくなったらお姉ちゃんみたいに、カッコいいロボットを直せる博士になる!」
「博士? ふふ、いいじゃない。応援してあげるわ」
「あとね! お姉ちゃんの頭についてるキツネさんのお耳、すっごく可愛くてカッコいい!」
「え……?」
ミサキに純粋な瞳で褒められ、麦は思わず耳まで真っ赤になった。
現代の学校では「自作の痛い猫耳フードを被ってる変な子」として扱われがちなこのフードを、こんなにも素直に、真っ直ぐに褒められたのは初めてだった。
「っ……べ、別に可愛くなんて……! これはただの理科部としてのアイデンティティというか……!」
「あはは! ムギちゃん照れてるー! 赤くなってるー!」
「うるさい順子! あんたは壊したおもちゃのネジ締めを手伝いなさい!」
夕暮れのプレイルームに、子どもたちの元気な歓声と、二人の女子中学生の賑やかなツッコミが響き渡る。
千年の時を越え、かつては戦場で殺戮の雷撃を放っていた指先。
けれど、こうして小さな子どもを笑顔にし、壊れたおもちゃに再び命を吹き込むために使う今の自分の手と知識が、麦はたまらなく誇らしく、そして愛おしかった。
帰りがけ、絵里先生から「お礼に」ともらった手作りのクッキーとアンパンマンのジュースをかじりながら、二人は夕日に染まる通学路を並んで歩いた。
「いやー、今日は楽しかったねムギちゃん!」
「順子が余計なネジを回そうとしなければもっと平和だったけどね。……まあ、たまにはこういうボランティアも悪くないわ」
フードの狐耳を夕風に揺らしながら、麦は小さく笑った。
元・最強の魔導士の放課後は、どこまでも賑やかで、甘く温かな日常の中に溶けていくのだった。