登校班が異世界の冒険者へ 作:匿名希望
春の陽気が残る放課後。
中学校の校門から少し離れた裏道の公園で、轟葵と野沢小春はベンチに腰掛けていた。
「……やっぱり、本当だったんだね」
小春はバッサリと切ったショートカットの毛先を指先でいじりながら、葵の顔を覗き込んだ。
「葵ちゃんたちの登校班がいなくなったあの日、私たちにいじわるしてきた吉岡くんたちも急にいなくなって……。
本当に、みんな別の世界に行っちゃってたんだ」
「おう。昨日、湊と透から聞いた」
葵(ドラガ)は華奢な腕を組んでフンと鼻を鳴らした。
ドワーフの肉体を失った今の身体は細く華奢だが、その三白眼には武闘派としての警戒心が宿っている。
「なんでも、あいつらはネオンがギラギラしたロボットの街に落ちたらしくてな。昨日、数年ぶりに急に戻ってきたらしい。
……まぁ、あたしらの前に行儀良く面を下げてツラ見せに来る度胸もないだろ」
「――誰が行儀良く面を下げるって?」
低い、けれどどこか高く透き通った少女の声が、頭上から降ってきた。
「っ……!?」
小春が悲鳴を上げて葵の背中に隠れる。
公園の木陰からヌッと姿を現したのは、三白眼を苛立つように鋭く光らせた一人の生徒だった。
中学校の制服ブレザーの第一ボタンまでキッチリと留めているが、肩の張り方やズカズカとした歩き方には、かつて小学生時代に小春や葵にしつこくちょっかいを出していたガキ大将――吉岡広海の粗暴な癖が隠しきれずに残っていた。
その表情は極限まで不機嫌そうだ。
さらにその背後には、同じく数年ぶりに現代へ生還した元・取り巻きの三人組――松山蛍、竹原光、そして梅川灯の姿があった。
「吉岡……! お前、それ……」
葵が驚愕の声を漏らす。
目の前に立つ広海は、どこからどう見ても『女子中学生』だった。
「うるせぇ!! じろじろ見るんじゃねぇよバカ葵!!」
広海は顔を真っ赤にして叫んだ。
魂は完全にガキ大将の男子小学生のままであるため、思春期の女子の体という現実に対する耐性が皆無なのだ。
「フハハハ! 驚いたか葵! 俺たちはあの過酷なサイバーパンク世界を生き延び、最強の力を手に入れて帰ってきたんだよ!」
「そうとも! 今の広海さんは電子の破壊神! そこらの雑魚とは格が違うんだからな!」
アホの蛍とバカの光が、後ろで調子に乗ってイキり立つ。
唯一、比較的頭が良い参謀ポジションの梅川灯だけが、冷ややかな目で「また始まったよ……」と呆れ顔でため息をついていた。
「俺たちが向こうでどんな死闘をくぐり抜けてきたか、その身に刻んでやるよ!」
広海はプライドを保つため、そして格下認定していたはずの葵と小春にマウントを取るため、脳内で『出力のスイッチ』を強く切り替えた。
――バチンッ!!
眩い青紫色のホログラム光が弾け、空間が歪む!
広海の現実の身体が消え去り、代わりに現れたのは――ネオン光を放つ全高3メートル超の重装甲ロボット型兵器!
そしてその機体のコックピット透過ウィンドウには、ヴァーチャルアイドルとして生み出された存在である本体アバター――可憐でスタイル抜群な美少女の姿が映し出されていた。
『ハハハハ! 見ろこの電子生命体の圧倒的パワーを! こいつでお前らなんか一瞬で踏み潰して――』
「――うるっせぇなぁ」
ゴキリ、と首の骨を鳴らす重厚な音が響いた。
ロボットのセンサーが捉えたのは、華奢な女子中学生から、一瞬で「真紅の編み込み髪、巨大なプレートメイル、背中に身長の倍はある巨大両手斧を担いだドワーフの超重量級女戦士ドラガ・アイアンハート」へと姿を切り替えた葵の姿だった。
畳みかけるような圧迫感。
千年の迷宮で何百体もの超大型ゴーレムを粉砕してきた「前衛重戦士」の本物のオーラ。
『え? あ、あれ……葵……? なんでそんなデカい斧持って……』
「お前さぁ。調子に乗るのも大概にしろよ」
葵は踏み込んだ。
地表が「ドスン!」と悲鳴を上げる。
ドワーフの爆発的な脚力により、葵の姿が残像となる。
「ぬんッ!!」
閃光のような一閃。
巨大な両手斧が超重量の軌道を描いて叩きつけられ、広海の誇る重装甲ロボットの右脚関節とメインフレームを正確無殺で一撃のもとに粉砕した!
――ガキィィィンッ!!!!
『ひにゃあああああっ!?!?』
ロボットは盛大な火花と爆音を上げて横転し、回路が完全にショート。
ポンッという軽やかな音とともに召喚解除され、地面にはブレザー姿に戻った広海が、頭を打って目を回しながら転がっていた。
「ひ、広海さぁぁぁぁん!?」
「一撃!? 電子の破壊神が一撃で大破したぁぁぁ!?」
蛍と光が抱き合って悲鳴を上げる。
「あーあ。言わんこっちゃない。
広海ちゃん、あのロボット壊されたら自動修復に丸一日かかるでしょ。手動修理のスキルなんて僕たち誰も持ってないんだから」
灯がやれやれと首を振った。
「うぅ……頭がガンガンする……」
頭を押さえて立ち上がろうとする広海に、日常モードに戻った葵が冷ややかに見下ろす。
「いいか吉岡。あたしらを舐めるな。それと、小春に二度とちょっかい出すなよ」
「う、うるせぇ……! 覚えてろよバカ葵! 次はもっと強い兵器を――」
「あーっ! いたいた! 広海ぃ~!探したよ~!」
捨て台詞を吐こうとした広海の背後から、突如としてハイテンションな足音と甲高い歓声が近づいてきた。
「ッ!?!?」
広海の顔面が、一瞬で血の気を失って蒼白になった。
現れたのは、スタイル抜群で派手なメイクを施した現役女子高生――広海の姉である吉岡千波と、その取り巻きのギャルグループだった。
「も~、部活終わったらすぐ帰ってきてって言ったじゃん!
久しぶりに帰ってきたんだから、ギャル服と可愛い下着買いに行くよって言ったでしょ~!」
「なっ……! ちなみ姉ちゃん!? やめろよ! 俺は男だ! ギャル服なんか着ねぇぞ!!」
必死で抵抗する広海だったが、千波は「はいはい、反抗期~」と全く相手にせず、広海の首筋をガシッとヘッドロックで捕獲した。
「何言ってんの! 女の子の体になったんだから、ちゃんと可愛い服着ないとダメでしょ!
ほら、マユもエミも手伝って! こいつ、放っておくとメンズのジャージしか着ないんだから!」
「任せて千波~! この子、顔立ち綺麗だから絶対パステルカラーのワンピース似合うよ~!」
「キャー可愛い! 着せ替え人形みたいじゃん!」
ギャルたちにガッチリと囲まれ、ズルズルと連行されていく広海。
「やめろぉぉぉ! 離せぇぇぇ! 俺は! 俺は電子の破壊神だぞ! 男だぁぁぁぁっっ!!」
「あ、蛍たちも荷物持ちでついてきな~!」
「はいっ! 喜んでお供します千波さん!」
アホとバカの取り巻き二人はあっさりとギャル側に寝返り、荷物持ちとして楽しそうについて行ってしまった。
「……あいつ、相変わらず姉ちゃんには勝てねぇんだな」
葵が呆れたように息を吐く。
「ふふ、でもちょっと可哀想だったね、吉岡くん……あ、吉岡ちゃん?」
小春が小さくクスリと笑った。
夕暮れの公園。
「俺は男だぁぁぁ!」という虚しい絶叫が遠ざかっていくのを聞きながら、葵と小春は顔を見合わせ、静かに笑い合うのだった。
中学校の体育館横にある視聴覚室。
カーテンが締め切られ、薄暗くなった室内には特有の重苦しい空気が充満していた。
「――はい、じゃあ今日の保健の授業はここまでにします。
女子の身体の変化や、これから大人になっていくための大切な仕組みについて、しっかり覚えておくようにね」
保健体育の女性教師が教材のビデオデッキを止め、明かりをつけた瞬間、室内に独特の気まずい沈黙が広がった。
学年合同で行われた「女子限定・特別保健授業」。
女子生徒たちがどこか恥ずかしそうに下を向いたり、小声でささやき合ったりする中、部屋の最前列と最後列で、完全に「異なる質の気まずさ」を放っている二つの影があった。
最後列のパイプ椅子に深々と腰掛け、死んだ魚のような目で天井の一点を凝視しているのは、吉岡広海だった。
首元は汗で滲み、顔面は土気色を通り越して蒼白になっている。
その横では、同じく元ガキ大将の取り巻きだった松山蛍と竹原光が、魂の抜けた抜け殻のようにガタガタと膝を震わせていた。
(……な、なんだあのビデオは……っ!? 変化……!? ホルモン……!? し、周期だと……!?
え、人間の女子の体って、そんな恐ろしいシステムで運用されてんのかよ……っ!?)
広海の脳内CPUは完全に熱暴走を起こしていた。
サイバーパンクの異世界において、広海たちは実体を持たない電子生命体であり、搭乗するのは無骨な重装甲ロボット兵器だった。
性徴も、生殖機能も、生身の肉体が辿る生物学的な変化も、何一つ経験しないまま思考年齢だけが男子小学生の状態で止まっていたのだ。
そんな広海にとって、カラー図解と実写映像で突きつけられた「現実の女子の体の仕組み」は、どんな高出力レーザー兵器の直撃よりも凄惨で、圧倒的な精神的破壊力を誇っていた。
「ひ、広海さん……俺、もう無理……」
蛍が白目を剥きかけながら掠れた声で囁く。
「血とか……周期とか……ロボットのオイル交換より意味が分かんねぇよ……俺たちの体、これからどうなっちまうんだよ……!」
「光……喋るな……想像したら頭が割れそうだ……っ」
光は胃を押さえて蹲っていた。
一方、その惨状を離れた席から三白眼で見つめていたのは、葵だった。
葵とて、現実世界での元の姿は小学2年生の女子であり、直後に千年の迷宮へ落とされてドワーフの肉体へと固定された身だ。
異世界では「肉体的には成人済みのドワーフの女戦士」として千年間を生きてきたため、解剖学的な知識や女性特有の生理現象に対する耐性は一応備わっている。
(……まあ、知ってはいたけどよ……。現代の授業で改まって図解で見せられると、なんか絶妙に気まずいな……)
葵は腕組みをしたまま、居心地悪そうに首筋をポリポリと掻いた。
ドワーフ時代は「血が出たら薬草を塗り込んで酒を飲めば治る」という大雑把な野戦衛生で生きてきたため、現代の生理用品の精密さや保健教育のデリカシーの高さには、それはそれで別のベクトルで戸惑いを隠せないでいた。
だが、チラリと後ろを振り返り、完全に「現実の壁」に激突して息絶えかけている広海たちの姿が視界に入ると、葵の苦労人としての血がわずかに疼いた。
「……おい、吉岡」
授業が終わり、他の女子生徒たちがクスクス笑いながら退室していく中、葵は机の間を歩いて広海のもとへと近づいた。
「っ……!? ば、バカ葵……!」
広海はビクッと肩を跳ね上げ、死んだ目を必死で鋭く見開こうとしたが、すでにライフはゼロに近かった。
「な、なんだよ……! 勝ち誇りに来たのか……!? 俺たちを笑いに来たのかよ……!」
「笑うかよ、アホ。……ほら、これ持ってけ」
葵がブレザーのポケットから放り投げたのは、湊から「女子の身だしなみと緊急事態用」としてランドセルから強奪……もとい支給されていた、黒い不透明なポーチだった。
中には目立たないデザインの衛生用品と、湊特製の「女性用鎮痛剤&温熱シートセット」が隙間なくパッキングされている。
「な……なんだこれ……?」
広海が怯えながらポーチを受け取る。
「湊……小西から預かってたやつだ。お前ら、どうせこういうの買いに行く度胸も知識もねぇだろ。
千波姉ちゃんに連れ回される前に、自分のロッカーの奥にでも隠しとけ」
葵は気まずそうにそっぽを向いた。
「……あたしも異世界にいた頃は、ドワーフの体だったからな。
こういう『生の体の不都合』には多少慣れてるが……お前ら、生身じゃなかったんだろ。
急にこんな現実突きつけられて、脳がフリーズするのも無理はねぇよ」
「葵……お前……」
広海は目を見開いた。
敵として斧を振り下ろしてきた武闘派の女戦士が、今、自分たちの「男子としてのプライドの崩壊」を誰よりも理解し、そっと救いの手を差し伸べている。
「……か、勘違いするなよバカ葵!! 俺は別に困ってなんか……っ!」
強がりを言おうとした広海の横で、参謀ポジションの梅川灯がどこからともなく現れ、広海の手からポーチをスッと奪い取った。
「素直に受け取りなよ広海ちゃん。僕たちのグループで一番メンタルが死んでるの広海ちゃんだよ?
昨日の夜も『俺の体が……俺の体が変質していく……!』って泣きながらネットで検索してたでしょ」
「あかりぃぃぃぃっ!? 余計なこと喋るなーーーっっ!!」
広海は顔を真っ赤にして叫んだ。
灯は「はぁ、やれやれ」と溜息をつき、葵に向かって丁寧にお辞儀をした。
「ありがとう轟さん。
僕はこの手の仕組み、異世界にいる間に裏のデータベースから解析済みだから平気なんだけど、このアホ三人組は本当に助かるよ。
特に広海ちゃん、次の保健のテストで『女性ホルモンの働き』を全問不正解で出そうとしてたくらいだから」
「灯! お前裏切り者だろ!! 殺す!! 電子のチリにしてやる!!」
「ロボット壊されてるからスキル使えないでしょ。大人しくしなよ」
バタバタと暴れる広海と、それを冷ややかにあしらう灯。
その横で、蛍と光は葵から貰ったポーチをまるで神の遺物(アーティファクト)のように崇め奉っていた。
「轟さん……あんた、いい奴だな……」
「俺、今日から轟さんのこと『師匠』って呼ぶわ……」
「呼ぶなキモい!!」
葵は即座に一蹴しつつも、呆れたように息を吐き出した。
二つの世界を股にかけ、性別も肉体もバグり散らかした自分たち。
思春期の甘酸っぱさどころか、現実の生物学的な壁にぶち当たって七悶絶する元・ガキ大将たちを前に、葵は「まったく、うちのパーティ以上に手がかかる連中だ」と、苦笑いを浮かべざるを得なかった。
「……じゃあな。次、体育で着替えがあるから、早めに着替えとけよ。……間違えて男子更衣室に入ろうとしたら、蹴り飛ばすからな」
「入るかよバカぁぁぁぁっ!!」
夕暮れの校舎に響く広海の悲鳴。
気まずくも、どこか可笑しな「現実の日常」は、こうして一歩ずつ、容赦なく彼女たちを飲み込んでいくのだった。