登校班が異世界の冒険者へ 作:匿名希望
昼休みの教室は、弁当の匂いと部活の連絡、他愛のない噂話が雑多に混ざり合う、ごくありふれた賑やかさに包まれていた。
その教室の中央、窓からの日差しが差し込む席で、日向蓮は頭を抱えていた。
「ねえ、蓮。今日の放課後、また『聖者』様とお出かけ? 駅前の新しいクレープ屋、あのデカい奴と行くんでしょ?」
弁当のたまご焼きを口に運んでいた女子クラスメイトが、からかうような、けれどどこか生温かい眼差しを向けてくる。
「だーかーら! 聖者って誰のことよ! 茂のことでしょ!? あいつはただの幼馴染! 昔からの悪ガキ仲間!
なんで毎回毎回、そんな妙にありがたそうな称号で呼ぶわけ!?」
蓮が顔を真っ赤にして反論すると、周囲の女子グループからドッと笑いが起きた。
クラスにおける日向蓮の評価は、ここ数ヶ月で劇的な変貌を遂げていた。
銀白色の混ざる美しい長髪に、凛とした顔立ち。
体育の授業では男子顔負けの運動神経を発揮し、女子からは「カッコいい」、男子からは「高嶺の花」として一目置かれていた……はずだった。
すべての元凶は、帰還直後に巻き起こった『汝の罪を悔い改めよ事件』である。
当時、蓮に本気で恋をしたひとつ下の二年生、久米新太(くめ あらた)。
意を決して放課後の下駄箱前でピンク色のラブレターを差し出した彼に対し、パニックを起こした蓮は、異世界で何千回と唱え続けたシスターとしての職業病を完璧な発声と神聖すぎる重厚なトーンで発動させてしまったのだ。
『――汝の罪を、悔い改めよ……!』
下駄箱に響き渡ったその澄み渡るソプラノヴォイスと、神の代行者のごとき眼光。
振られた久米は一瞬で魂を浄化されたような顔で平伏し(現在は無事に立ち直り、なぜか隣のクラスの狐塚麦に片思い中)、その一部始終を目撃していた生徒たちによって、蓮のイメージは「美少女」から「神々しすぎる謎の奇行種」へと一気に躍り出ることになったのである。
それ以来、男子たちは「下手に告白すると神の光で浄化される」と恐れをなし、陰で彼女を敬意と畏怖を込めて『聖女』と呼び始めた。
当の蓮本人はその事実にまったく気づいていなかったのだが。
そして、先週末。
そんな『聖女』様が、大柄でいかにも気の抜けたような男子生徒――綾部茂と、楽しそうにパンケーキ屋に入っていく姿が複数の生徒によって目撃された。
「あの『聖女』を連れ回せる男がいる」
「相手は誰だ? どこかの名門のイケメンか?」
「いや、3年の綾部」
「あー……茂の奴か。なら納得だわ」
クラスの男子たちの間で流れた、謎の納得感。
あの異次元の神聖オーラ(と奇行)を撒き散らす日向蓮を前にして、一切物怖じせず、普段通りにヘラヘラ笑いながら手首を掴んで引っ張っていける男。
あの人間離れした無頓着さと最強の鈍感力を持つ茂だからこそ、あの奇行種を受け止められるのだと、周囲は全会一致で結論づけたのである。
結果として、誕生したのが以下の構図であった。
『聖女(日向蓮)に選ばれし唯一の伴侶』=『聖者(綾部茂)』
「待って、まず私『聖女』なんて呼ばれてるの!? なにそれ!? 聞いてないんだけど!!」
蓮は机をバンッと叩いて立ち上がった。
「えっ、知らなかったの? 久米くんを聖職者トーンで浄化してから、男子の間じゃ『聖女様』で満場一致だよ?」
「浄化してない! 普通に断っただけ! ちょっと滑舌と声量がアレだっただけで!」
「あと、茂くんが『聖者』になったのは、あの『悔い改めよ』の威光に唯一耐えられる聖耐性の持ち主だからだってさ」
「どんな耐性だよ!! あいつはただアホなだけ!!」
蓮が髪を振り乱して絶叫していると、教室の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。
部活の集まりから戻ってきた茂が、少し伸びかけた柔らかいくせ毛を揺らしながら、のほほんとした顔で入ってくる。
「あ、蓮ちゃん。どうしたの~? そんなに顔赤くして、また熱でも出た~?」
「茂ーっ!! お前のせいだからな!!」
「えぇ~? ボク、何もしてないよ~?」
茂は心底不思議そうに首をかしげ、購買で買ってきたつぶあんパンの袋を破った。
その周囲に漂う、圧倒的な「平和そのもの」の空気。
クラスの女子たちは「ほら、やっぱりお似合い」「熟年夫婦みたい」とクスクス笑い合い、男子たちは「さすが聖者様、あの聖女の咆哮を正面から受け流している……」と遠くから敬意の視線を送っている。
「ちーがーうー!! 私とあいつは、ただの幼馴染!! 昔、一緒に泥だらけになってザリガニ捕まえてただけの、悪ガキ仲間!!」
必死に否定すればするほど、興奮すればするほど、異世界のシスター口調が抜けきらない綺麗な言葉遣いと、元男子特有のやんちゃなリアクションが絶妙なギャップを生み出し、クラスの生温かい生暖かすぎる視線は深まるばかりだった。
自分の意志とは無関係に神聖視され、親友は勝手に「聖者」に祭り上げられる。
元の「やんちゃな男子」に戻ろうと足掻けば足掻くほど、周りからは「聖女様の可愛らしいお戯れ」として処理されていく理不尽な現実に、蓮は今日も盛大に頭を抱えるのだった。