登校班が異世界の冒険者へ 作:匿名希望
秋の深まりゆく休日の午後、子どもたちの笑い声が遠ざかった静かな公園の片隅で、二人の少女がベンチに腰掛けていた。
周囲に人気がないことを確認すると、彼女たちは誰にも言えない秘密の、そして少しだけ獣臭い愚痴大会をひそやかに開催していた。
「――ねぇ、先輩。ずるくない? それ、絶対に向こうの世界の文化水準とビジュアルの解釈が優遇されすぎてて不公平だわよ!」
大塚美月――小学6年生の清楚で可愛いお姉さんを必死に演じている彼女は、今ばかりはその仮面をかなぐり捨てて、目の前の同類に向けて激しく詰め寄っていた。
その黄金色の瞳には、言語化しがたい羨望と、理不尽な世界構造に対する憤懣がみなぎっている。
詰め寄られた中学2年生の狐塚麦――理科部部長の彼女は、自作のフェルト製狐耳フードを少しだけ後ろにずらし、困ったような、しかしどこか誇らしげな複雑な表情で両手を広げてみせた。
「いや、あのね美月ちゃん? 私だって好きでモフモフ耳と尻尾を背負って千年間魔導書をめくってたわけじゃないのよ。
当時は『指先から電撃を放つ危険な魔導士』として恐れられてたんだからね?
謎の神秘性を演出するためにローブの裾を引きずりながら夜の森を闊歩してたの!」
「そういう問題じゃないのよ! 問題なのは『獣人』としての見栄えと社会的生存戦略の難易度よ!」
美月は頭を抱え、自身の異世界での姿――野性味あふれる「雌の狼獣人」の記憶をまざまざと思い出しながら、身悶えするように声を荒げた。
「聞いてよ、私がいた『獣人世界』のスタンダードを!
あれはもう、完全に野生と文明のグレーゾーンっていうか、ハードコアなサバイバルなのよ!
基本的にみんな、服を着てないの!
職業ごとに最低限のレザーの防具や腰巻きをつけるくらいで、町中を歩いてる住民の大半がガッツリ直球の動物そのものなの!
四足歩行でもしようものならマジで山の野良オオカミと見分けがつかないから、うっかり森で水浴びでもしようものなら『あ、あの娘、野生に戻ったな』って目で見られるのよ!」
「あー……」
麦は遠い目をしながら相槌を打った。
「確かに、フルアニマルのガチ勢世界だと、現代社会の感覚にフィードバックした時の精神的ダメージが大きそうだよね……」
「大きすぎるわよ!」
美月はガシガシと自分の頭をかきむしった。
「しかも私、手足の爪を活かした高速の斬撃スタイルだったでしょ?
普段から爪を研いで、狩りをして、群れの掟に従って……ってやってたから、いざ地球で小6の女の子に戻った時、自分のこの華奢な爪を見て『マニキュアなんて可愛いもんじゃなくて、これじゃ紙すら満足に裂けない……!』って絶望したんだからね!
のうえ、『二足歩行するデカい狼』の姿なんて、今のクラスの女子に見られたら『こわい!』って一発でハブられるか、理科の実験動物みたいに保護施設送りよ!
だから必死に、死ぬ気で可愛いイチゴのキーホルダーぶら下げて『お姉ちゃんだよ~』ってやってるの! 私の苦労、先輩にわかる!?」
「うん、全方向から涙ぐましい努力が伝わってくるよ……美月ちゃん、本当にお疲れ様……」
麦は同情するように頷きながら、自分の膝の上でふさふさとした銀色の大きな尻尾をパタパタと揺らした。
「でもさ、美月ちゃんのその『狼武闘家』って、シルエット的にはめちゃくちゃカッコよくない?
月夜の荒野を駆け抜ける銀色のファントム、みたいな中二病的なロマンがあるじゃん。
私のほうなんてさ、名前こそ『獣人(狐)』だけど、実態はかなりズルい折衷案で成り立ってるんだからね」
麦は自分の顔をぺたんと両手で触った。
「私のいた世界の獣人ってさ、一応は人間ベースの骨格なんだよね。
だから、普通に人間の服を着て、靴を履いて、人間の街で人間の道具を使って暮らすことが物理的に可能なわけ。
顔だって、完全に獣そのものじゃなくて、ちゃんと人間的な表情――例えば、ドヤ顔したり、悔しがってほっぺを膨らませたりするようなデフォルメが自然に効いちゃうの。
耳と尻尾がちょっと感覚が違ってくるから違和感あるけど、文化的にはちゃんと人間と同じように『おしゃれ』を楽しむ余裕があったのよ」
「そこよ! そこがずるいのよ!」
美月はビシッと麦の鼻先に人差し指を突きつけた。
「服を着て、靴を履いて、人間の街にスッと溶け込める文明レベルがあるくせに、頭だけ最高級のモフモフ狐耳とキュートな尻尾を標準装備してるなんて、ずるすぎる反則技よ!
それもう、ファンタジー世界の住民っていうより、子供向けアニメの擬人化動物のデザインそのものじゃない!」
「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃない!
私だって、あの耳のおかげで、現代社会に戻ってきた時に『耳が恋しすぎて自作のフェルト製狐耳をフードにつけて登校するヤバい中2女子』っていう不名誉なアイデンティティを確立しちゃってるんだからね!
向こうだとずっと狐耳生やしてたから、違和感がないのが逆に落ち着かないのよ!」
「自業自得でしょそれ!!」
秋晴れの公園のベンチで、元・雌の狼武闘家と元・銀狐の天才魔導士が、それぞれの異世界の種族特性と現代社会での擬態の苦労について熱く語り合う。
もちろん、通りすがりの一般市民から見れば、ただ仲良くおしゃべりしている一見平和な小学生と中学生の女の子の姿にしか見えない。
しかしその内面では、数千光年離れた多元世界の過酷なサバイバル環境と、そこから引き戻された者特有の「文明のギャップに対する切実な叫び」が激しく交錯していた。
「……はぁ。でもさ、先輩」
少し落ち着いたのか、美月はベンチにもたれかかり、遠くの空に浮かぶ雲を眺めながら小さく呟いた。
「なに、美月ちゃん?」
「その……モフモフ、ちょっと触らせてよ。
癒やしが足りないのよ、私。最近、登校班で熊獣人の不審者をシメたりしてストレス溜まってさ……」
麦は少しだけ頬を赤らめつつ、「しょうがないなぁ……」と呟きながら、スッと肉体を異世界モードに切り替えると、自分の背後でふさふさと揺れる銀色の大きな尻尾をそっと手前に引き寄せた。
「ほら、あまり強く引っ張っちゃダメだよ? ちゃんとブラッシング用の専用グローブ使ってるんだからね」
「わぁ……まっさらで、すっごい柔らかい……。これが人間の骨格ベースのずるいモフモフ……」
トゲトゲしい狼の戦闘本能を一時的に忘れ、無心で銀色の尻尾に顔をうずめてモフモフの感触を堪能する美月と、どこか照れくさそうに目を泳がせながらもまんざらでもなさそうな表情を浮かべる麦。
平和な公園の夕暮れは、多元世界の理不尽さを忘れさせるような、どこか温かくシュールな静けさに包まれていた。
何回生成してもイメージイラストがそうなるので、そういう設定になりました